2018年08月31日

貧困層拡大の原因

 日本において貧困層が拡大している。大学生の半分近くが卒業時に奨学金の返済という借金を背負っている。多くの年金受給者も生活不安を抱えている。労働者の40%にも達している非正規労働者は低賃金で将来に大きな不安を抱えている。
 貧困層が拡大してきた原因はどこにあるのか。多くの政治家や学者は経済成長が止まったことが原因だという。しかし本当だろうか。逆ではないのか。つまり貧困層が拡大するような政策がとられたことによって経済成長が止まったのではないか。
 今日のアベノミクスという「異次元の景気対策」がとられているが、景気回復に最も重要な個人消費は伸びるどころか減少している。つまりお金があれば個人消費を拡大する貧困層にはお金は回っておらず、株価の上昇などで資産を多く持っている富裕層にお金が回り、富裕層は今以上消費するものはないので個人消費は伸びず、さらなる資産形成にお金を回すという悪循環が今の日本に起きている。
 最近の政治運動の特徴は富裕層と貧困層対立ではなく、中流層や貧困層内部での対立をあおることで人気を得るところにある。典型的なのがおおさか維新の元代表橋下氏であり、アメリカではトランプ氏だ。橋下氏は自治体職員の待遇が民間企業に比べて良いことや、生活保護水準が一部の低所得者より良いことなどを取り上げ、その間の対立をあおってきた。
 このため、富裕層の税負担を高くして、貧困層の負担を低くする政策は進んでいない。給付型奨学金の充実や保育士・介護士の待遇改善など、貧困層の拡大を防ぐ政策に力を入れる必要があるのではないか。
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2018年08月29日

理不尽な日本―21世紀の不平等

 格差問題について、よく語られるのは、「努力が足りないから貧困になった」というものだ。だが、果たして、その人が貧困になってしまったのは努力不足だったからだと、本当に言えるのだろうか。
 それに関して驚くべきデータがある。それは初めて就職する人の4割が非正規になっているという現実だ。非正規の約7割は年収200万円未満。これは努力不足というだけで片付けられる問題ではないという事実の一端を示している。
 さらに懸念されるのが「貧困の連鎖」だ。親が“負け組”になると、その子供は十分な教育を受けられず、大人になっても貧困状態が続く可能性がある。ある慶大生は子供のころから努力しているが、それは親が「食卓に漢字ドリルをおいていた」というように、努力するために何らかの働きかけがあったからだ。だからこそ、貧困に陥った人たちのサポートが必要なのではないか。
 「サポートすべきだと思う。最低限の文化的な生活は提供すべき。子供は、(国の)みんながおカネを出し合って、育てたほうがいい」
 「そもそも努力ができない環境にあることもある。親が仕事に忙しく、兄弟の世話をしなければいけない」
 「もともと公平じゃない中で、努力だけでどうにもならない部分もあるかもしれない」
 「ただし、困ってる人たちだけを助けようとすると、多くの人たちは、自分の負担が増えることを嫌がるのではないか……」
 では、格差はどうすれば是正できるのだろうか。ここでアトキンソン氏が『21世紀の不平等』で提言する「格差を是正する15の方法」を挙げてみよう。
 @ イノベーションを正しく導こう
 A 多くの人々の声を反映する仕組みを強化しよう
 B 失業者の雇用を政府が保証しよう
 C ちゃんとした国民報酬政策をつくろう
 D 貯蓄にはプラスの利子を保証しよう
 6 成人した人みんなに定額のお金をあげよう
 F ソヴリン・ウエルス・ファンドなどで国の資産を増やそう
 G 所得税の累進性を高めて最高税率を65%にしよう
 H 所得の低い人には政府が税を通じて補助金を出そう
 I 相続や生前贈与に対して、適切な課税をしよう
 J 最新の不動産鑑定に基づいた固定資産税にしよう
 K すべての子どもに児童手当をあげよう
 L 広い意味での社会参加に対して所得保証をしよう
 M 社会保険の給付を引き上げ、範囲を拡大しよう
 N 富裕国はODAをGDPの1%に増やそう
 この提言に対し、次のような意見がある。
 「子供の格差については政府がおカネを出さなければいけない」
 「現金給付と言っているが、誰もが欲しがるおカネを一部の人に配ることが、本当に日本で受け入れられるのか。機会の平等を考えるのであれば、現金給付よりもサービスを出すべき。とくに教育サービスは効果的」
 これらの意見に共通しているのは、子供の貧困は絶対に認められないということ。子供をきちんと育てなければ、国の将来も危うくなる。そうした問題意識のもと、格差の議論はさらに深まるはずだ。
 こうした議論について、『18歳からの格差論』(井手英策著)では、「格差について問題なのは、格差が見えないということ。そして、もう1つ。多くの人がいろんな意味で格差を受け入れないことだ」と指摘する。
 「とくに、自分は貧困層ではない、格差を受け入れないという見方はやっかいだ。生活苦に耐えながら働いている人たちは、貧困層に対して、努力していない、だから自己責任だという不満を募らせる」
 なぜ努力しない人たちのためにカネを払わなければいけないのか。そうした不満は、とくに世帯年収300万〜400万円の非正規カップルに多いのではないかという。貧しい人が、より貧しい人を差別するような状況こそが問題なのである。
 一方、ブラックバイト問題については、「企業悪者論」だけを唱えていても問題は解決しないという。そもそも日本人は、長時間労働でGDPを上げてきた国民。歴史的に見ても、ブラック企業というのは、いかにも日本人らしい現象の1つだと言う。
 「さらに言えば、都市化によってサービス産業化、IT化が進めば、賃金は必然的に下がっていく。これは先進国中で起きている問題。企業も安い賃金でなければ成り立たないから、長時間働かせて、ある程度の収益を上げるかしかない。こればかりは逃げられない」
 「労働生産性が下がり、技術革新も進まない今の日本は病人。この病はおそらく長期的に続くはずだ。企業の悪口を言うだけではなく、また経済のバラ色の未来を語るのでもなく、成長に頼らない社会の可能性をみんなで考えないといけない」
 それでは、格差は努力不足で起こるという問題についてはどう考えればいいのだろうか。
 「そもそも人がどれだけ努力をしたのか証明することは難しく、家が裕福で、健康に生まれ、不自由のない生活を送れるかどうかは『運』によるところが大きい」
 「運が悪い人がずっと人生を棒に振るのは理不尽だ。理不尽なものを変えるのが人間の知恵。近代は合理化の歴史であり、理不尽をなくすことで発展してきた。なのに、なぜそこから目を背け、努力不足、自己責任と批判するのだろうか」
 多くの人は努力することを無理強いされてきたからこそ、頑張らない人が憎い。ただそうであったとしても、「自由について考えなきゃいけない。そのためにはどんな家に生まれようと、人間が自分の生き方を自分で決められるように、あらゆる生活の基礎をみんなでつくることだ」
 「格差を縮めるという言葉に違和感がある。むしろ、助けないでいい状況にすることが大事だ。子どもに対して、貧しいから助けるのではなく、みんなが学び、働いて、貧しくならないために知恵をしぼる。それが人間らしさ。つまり大きな格差を生まない社会、格差があってもそれを受け入れられる社会だ」
 井手氏は、ニーチェの「同情とは、人間を愛する者がはりつけにされる十字架ではないのか」という言葉をこう言い換える。「救済、人を助けてやる気持ちとは、善意ある、弱者を見捨てられない人間がはりつけにされる十字架ではないのか」と言う。
 「助けるという行為がどれだけ人の心を傷つけるかということを、きちんと考えなければいけない。そうでなければ、生活保護をもらう人が、あるいはもらうのが嫌な人が自殺したりしない。助けてもらって、恥ずかしい思いをして、失格者のレッテルを貼られる。僕たちは、助けられる人の痛みに鈍感であってはならない」
 大事なことは、誰もがコンテストに参加でき、運だけで人生が決まらない社会をつくることであり、そんな理想を目指すことができるのは人間だけだ、と井手氏は語る。
 「だからこそ、アトキンソンの『21世紀の不平等』は、貧困に気づかせてくれる、問題を見えるようにしてくれるという意味で、とても大切な本だ。でも、僕たちはそこからさらにその先に行って、頭のよい経済学者の提案を受け入れるだけではなく、もっと人間の心を持った、血の通った、人間の顔をした学問や社会をつくっていかなければいけない。僕は、そのことに気づくための貴重な教材として、この本は読まれるべきだと思う」
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2018年08月28日

貧困大国 ・日本―その元凶は市場原理主義

 一国の経済規模を示す国内総生産(GDP)でみると、アメリカが世界第1位、日本が第2位の経済大国である(中国が2位といわれているが嘘の統計によるものと考えられる)。日米両国はつい最近まで誇り高い経済大国であったはずだが、今や貧困大国という汚名を着せられる始末となっている。それは、「市場にまかせれば万事うまく事は運ぶ」という触れ込みで強行された市場原理主義が元凶なのである。
 湯浅 誠著『反貧困』を手がかりに貧困大国・日本の実像をさぐり、対抗策を考えるてみよう。
 『反貧困』の副題は、「すべり台社会」からの脱出― となっている。「すべり台社会」とはどういう社会なのか。 一度転んだらどん底まですべり落ちていってしまう「すべり台社会」の中で、「このままいったら日本はどうなってしまうのか」という不安が社会全体に充満している。
 このような貧困状態に落ち込む背景としてつぎの「五重の排除」を挙げている。特に「自分自身からの排除」が新しい今日的な貧困を意味している。
@ 教育課程からの排除
 背景にはすでに親世代の貧困がある。
A 企業福祉からの排除
 非正規雇用が典型。低賃金の不安定雇用にとどまらず、雇用保険・社会保険にもは入れず、かつての正社員が享受できた福利厚生(廉価な社員寮・住宅ローン等)からも排除される。さらに労働組合にも入れない、など。
B 家族福祉からの排除
 親や子供に頼ることができなくなった。
C 公的福祉からの排除
 生活保護制度が、若者には「まだ働ける」、老人には「子供に養ってもらえ」―などとその人が本当に生きていけるかどうかに関係なく、追い返す技法ばかりなってしまっている。
D 自分自身からの排除
 何のための生き抜くのか、何のために働くのか、そうした「当たり前」のことが見えなくなってしまう状態。。@からCの排除を受け、しかもそれが自己責任論によって「あなたのせい」となり、さらに本人自身が「自分のせい」であると考えたとき、人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思えない状態に追い込まれる。
 ある生活保護受給者が「死ねないから生きているにすぎない」と言っていた。生きることと希望・願望は本来両立すべきなのに、両者が対立し、希望・願望を破棄することでようやく生きることが可能となる状態―これを「自分自身からの排除」と湯浅氏は考えた。
 「あれだけ本人も頑張っているから、助けよう、というのが普通の感覚だが、現実は違う。頑張れ、と言われても頑張りようがないところに追い込まれている人が多い。例えば34歳の男性は『自分はこのままでいいんスよ』と言い張る。なかなか共感を得にくい人たちでもある。しかし重要なことは頑張れという前に頑張れるための条件づくりが先決だ。それが社会と国家の責任だと思う 」
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2018年08月27日

OECDによると、所得格差は経済成長を損なうと言う

 最新のOECD分析によると、所得格差を是正すれば、経済成長は活性化されるという。所得格差の縮小している国は所得格差が拡大している国より速く成長すると分析している。
 成長にとって最大の問題は、下位中間層および貧困世帯とそれ以外の社会層との格差が拡大していること。重要なのは教育で、格差が成長を損なう主な要因は貧困層の教育投資不足なのだ。
 アンヘル・グリアOECD事務総長は「この説得力あるデータは、大きく、さらに拡大しつつある格差問題に取り組むことが、力強くかつ持続可能な成長を促進する上で重要であり、こうした取り組みを政策論議の中心に据える必要があると示している。幼少期から万人の機会均等を促進する国は、成長し、繁栄する。」と言う。
 推計によれば、メキシコとニュージーランドでは、格差拡大が過去20年間の成長率を2000年代後半の経済危機までに10%以上押し下げた。イタリア、英国、米国では、所得格差が拡大していなければ、累積成長率は6-9%高く、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーでも、低水準からではあるものの、成長率はより高くなっていたと言う 。他方、スペイン、フランス、アイルランドの場合は、経済危機前の格差縮小が1人当たりのGDPの増加に寄与したはずだ。
 本ワーキングペーパーは、格差が経済成長に影響を及ぼす主要なメカニズムは、貧しい社会経済的背景を持つ子供の教育機会を損ない、社会的流動性の低下をもたらし、技能開発を阻害することによるという新たな研究結果を示している。
 低学歴の両親を持つ個人は、所得格差が拡大するにつれ、教育成果が悪化する。これに対し、中学歴または高学歴の両親を持つ個人は、格差が拡大しても、ほとんどあるいはまったく影響を受けない。
 経済成長への影響は、社会の最下位10%の最貧困層と社会全体との格差によるだけではなく、下位40%の所得層との格差からも生じている。OECDによれば、貧困防止対策のみでは対策は十分ではないと言う。現金移転や質の高い教育、訓練、保健医療などの公共サービスへのアクセス拡大も、長い目でみれば、機会均等化を進めるための極めて重要な社会的投資なのだ。
 また、本ワーキングペーパーでは、適切に設計され、対象を絞った政策の下で実施される限り、税や社会的給付などの再分配政策が経済成長を損なうという研究結果 はないと言う。
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生活保護は、誰のためにあるのか?

 生活保護バッシングが吹き荒れるわずか数か月前の2012年1月、札幌市白石区のとあるマンションの一室で、2人の女性の遺体が発見された。部屋に住んでいたのは40代の姉妹。料金滞納で電気・ガスは止められ、冷蔵庫のなかは空っぽ。ちなみに42歳の姉は脳内出血で病死、そのあとに亡くなった知的障がいのある40歳の妹はやせ細った状態で凍死していたという。そして実は、その後の報道で、この姉妹が約1年半前から3回にわたり区役所へ生活相談に訪れていたことが判明した。
 しかし、結果的に生活保護の申請にはいたらず、2回目の相談にいたっては非常用のパンの缶詰を交付されたのみだったことがわかった。遺された姉の携帯電話には「111」の発信記録が何度も残されていたと言う。知的障がいを持つ妹が、姉が倒れたあとに、何度も何度も、救急や警察などの助けを求めようとしたのだろう。そして、その声は届かなかった。
 生活保護は、本当に過剰に支給されてきたのだろうか。手厚すぎたのだろうか。少なくとも、必要な人に支援はまだ届いていない。
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2018年08月25日

脆弱なセーフティネット

 2012年8月。「社会保障制度改革推進法」が制定された。これは、この国の社会保障の将来的な方向性を定めたものだが、附則の第2条には、生活保護をはじめとする生活困窮者施策に関して次のような記述がなされている。
 1項においては、「不正受給対策の強化」「生活保護基準の見直し」「就労の促進」が掲げられ、2項においては、「貧困の連鎖の防止」「就労可能層への支援制度の構築等」が明記されたのだ。そして、この記述をもとに、「不正受給対策の強化」としては、2013年12月に生活保護法の改正、そして「生活保護基準の見直し」としては、2013年8月より生活扶助基準(生活保護の生活費分)の段階的な削減が断行され、2年後の2015年7月からは住宅扶助および冬季加算の削減も行われた。
 「就労の促進」については、2013年5月に「就労可能な被保護者の就労・自立支援の基本方針」という通知により、稼働年齢層(15歳から64歳まで)の生活保護利用者に対し、生活保護開始から3〜6か月以内に、低額でも必ずいったん就労することが求められるようになった。そして、「貧困の連鎖の防止」に関しては、2013年6月に成立した「子どもの貧困対策法」に、「就労可能層への支援制度の構築等」に関しては2013年12月に成立した「生活困窮者自立支援法」へとつながった。
 この「社会保障制度改革推進法」は、社会保障の税源を明確化したり、国の責任や方針を明らかにした、という意味では多少は評価ができるかもしれない。しかし、生活保護をとりまく最低生活保障の部分に関しては、正直、かなり厳しい内容となっている。
 生活保護は文字通り、生活に困ったときの最後の砦。その最後のセーフティネットが、財政的にかなり削られてしまった。210万人を超える人の生活に大きな影響をもたらしたほか、今後の生活保護をめぐる議論にも大きな影を落とした。
 生活保護バッシングが吹き荒れた2012年は、良くも悪くも生活保護をとりまく環境を一変させた最初のきっかけとなってしまったのだ。
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2018年08月24日

210万通りの貧困がある

 210万人以上が利用する生活保護制度。日本人の約60人に1人が使っている計算だ。単純に考えたら、いま該当する人たちがたくさんいる。210万通りの貧困のかたちが、たぶんあるはずだ。
 考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。1人ひとりの置かれている状況や歩んできた道のりは違う。1人として同じ人はいない。そんなの当たり前のことなのに、どうしても同じだと考えがちである。
 そして、どう見ても困った状態にある人でも、誰が見てもかわいそうな状況にある人であっても、次の瞬間には、自己責任としか言いようのない、眉をしかめたくなるような行動を起こすことがある。そういった瞬間は数多くある。ある程度は裏切られることも仕方のないことなのだ。それは当たり前のことなのである。彼らにかわいそうなふるまいを期待するのはたぶん、いつだって「こちら側」の問題なのである。
 「生活保護=こんな人」「貧困=こんな感じ」などという図式は成立しない。1人ひとりに向き合うしかないのである。そして、それと同時に、制度や政策、社会の仕組みについてはある程度、普遍化していく必要があるのだ。たとえば「○○な人が多いから××な政策を」というようにだ。
 相反するものをどうやってまとめていったらいいのか。そして、どのように貧困という目に見えない問題をとらえていけばいいのか.。考えてみる必要が、誰にでもある。
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2018年08月22日

転換点は「税と社会保障の一体改革」

「生活保護は最後のセーフティネットだ!」
「国は当事者の声を聞け!」
 生活保護バッシングが吹き荒れるなか、もやいをはじめとする支援団体、法律家などは生活保護についての誤解や偏見が広がらないようにと、さまざまなアクションを起こしていた。議員会館に出向いて国会議員に直接生活保護利用者の声を届ける活動をしたり、生活保護バッシングにより不安に感じている人への相談会を開いたりした。
 しかし、生活保護の利用者が、つまり当事者が声をあげるというのは並大抵のことではない。身近な人、近所の人に知られたら恥ずかしい、世間の目が怖い、フクシのケースワーカーにいやがらせをされるんじゃないか......。
 彼ら・彼女らの生活を支えていたのは、まぎれもない「生活保護」そのものなのだ。だからこそ、それを支給してくれる国や納税者である世間に対して声をあげる勇気を持つ人は、本当に少なかった。
 ただ、残念ながら、そういった声は必ずしも政策に反映されたとは言えない。
 「わかりました。いただいたご意見はしっかりと検討させていただきますから」
「必要な人が生活保護を受けることについては、何も反対なんかしていませんよ。あくまで、悪質な事例に対処するために生活保護制度の改革が必要なんです」
 官僚も政治家も、話は聞いてくれた。でもそれは本当に、聞いてくれただけだった。
 こうして「税と社会保障の一体改革」の名のもとに、「社会保障制度改革推進法」をはじめとする関連8法案が、日本の社会保障を、そして生活保護をはじめとした生活困窮者支援施策にとって、大きな転換点となった。
 このときほど、日本の暗い面を見たことはない。
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2018年08月21日

貧困はなぜ起こるのか?

 貧困って何で起きるのか。また、なくならないのか。
 「貧困は絶対になくならないよ。なぜなら人間はそこまで賢くないから」
 そうであれば、そもそも、貧困はなぜ起こるのか。経済学はどう貧困を捉えているのだろうか。また、それにどうアプローチすればいいのだろうか。
 ある日読んだ論文はかなり自分のためになった。論文といっても実証論文ではなくかなり読み物に近いもの。
 『Rebecca M. Blank (2003) "Selecting Among Anti-Poverty Policies: Can an Economist be Both Critical and Caring?" Review of Social Economy, 61-4. 447-469』―著者は、クリントン政権で大統領経済諮問委員を務め、現在はリベラル系の名門シンクタンク、ブルキングス研究所の研究員である。なぜ貧困が起こるのかということを、アメリカ社会と途上国を見て論じている。経済学での6つの見解がまとめられている。
 @ 貧困は低開発のせい。すなわち、貧困は効果的に機能する市場が欠如しているから生まれる
 途上国は十分に経済発展していなくて市場がないので貧困の人が多い、という立場。この立場をとるとすれば、貧困削減の対策としては、「経済発展しましょう」ということになる。そうすればやがて雇用も生まれ、貧困にあえぐ人も貧困から脱せると考えるのである。
 A 貧困者が経済活動に参加できなかったり、参加する準備ができていないから、貧困が生まれる
 女性やマイノリティは経済活動をするには不利な立場におかれている。また、若い人が失業にあえぐのは、働くためのスキルがないからという説明。
 この立場だと、対策としては経済活動への参加を阻むものをなくすことを目指す。、例えば女性の機会が不均等であれば、機会均等法を制定したり、育児休暇を増やすとなる。また、準備ができていないとなれば、職業訓練や教育の機会を施す、となる。
 B そもそも市場はうまく機能することなどなく、市場があるから貧困が生まれる
 この立場であれば、対策は市場を規制しようとなる。例えば、多国籍企業の活動のせいで、現地企業が発展せずに困っているではないか、多国籍企業の活動を規制しようとなる。もしくは、企業は従業員をできるだけ低い賃金で雇おうとするから、最低賃金法を設定して、最低限の賃金を保証すべきだともなる。
 C 貧困は市場メカニズムとは関係なく、むしろ社会や政治的なものが原因で生まれている
 この立場は、汚職があるから一部の人しか儲からなくて、大部分の人は貧困にあえいでいるのだと考えたりする。また、その対策としては、汚職を追及するシステムを作ったりすることを考える。
 D そもそも貧困者はそれを選択しているに過ぎない
 Cまでは貧困者は望んで貧困なのではないと捉えていたが、この立場は貧困者は望んで貧困を選んでいるのだという考え方。例えば、アル中で職を失うのは、お酒を飲むからだよ、と考えたり、子沢山で家計が逼迫するのは家族計画をしっかりしないだよ、と考える。また、アル中といった悪行は、「子は親の背中をみて育つ」から、世代を超えて貧困が続くのも、親のせいだよと考える。
 この立場だと、市場は短期的には、効果的な対策を打てないと考える。だから短期的対策としては、個人をターゲットにして、「サポート」するか「罰」を与えるかです。なのだ。サポートの例としては、カウンセリング。アル中を抜け出せるよう、職に就けるよう、カウンセリングをする。罰の例としては、悪い親から子を引き離すなどの処置がとられる。
 長期的には、社会的に不利な立場の人がより経済活動に関われる仕組みを作ろうとする。
 E 貧困は、貧困をなくそうとする取り組みから再生産されている
 貧困をなくそうとするから、貧困者は貧困のままでいるという考え。生活保護を渡すから、その状況から抜け出せないのだよという考え方である。
 この対策としては、援助や生活保護を期限をつけることである。
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2018年08月20日

もう一度トーマス・ピケティー『21世紀の資本』を見てみる

 フランス生まれの経済学者で、パリ経済学校の教授。経済的不平等についての専門家であり、資本主義と格差拡大の関係について論証した「21世紀の資本」で一躍世界から注目を集めた。この本の凄いところは、200年以上さかのぼって1800年代から20ヵ国以上の税務データやGNPデータなどを集め、15年かけて歴史的に実証したところである。
 ピケティ―が「21世紀の資本」で主張していることは、大きく2つある。
 (1) r > g :r (return of capital) > g (economic growth rate)
 長期的にみると、資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも常に大きい。つまり、資産によって得られる富は、労働によって得られる富よりも大きい。
 簡単に言えば「金持ちが株式投資や不動産収入などで働かずにお金が増えていくペース(年間4〜5%)は、労働者が一生懸命働いてお金を増やすペース(1〜2%)よりも大きい」ということ。
 (2) 格差は広がる
 上記の結果、富の集中が起こり、持てる者(富裕層)と持たざる者(貧困層)の格差は徐々に広がっていく。1930年代〜70年代の格差縮小は世界恐慌や戦争による一時的現象であった。
 簡単に言えば、資本主義では「金持ちはどんどん金持ちになり、貧乏人は貧乏のまま」である、ということ。財産を持つ親が、子供にその財産を相続させていけば、その子供は働かなくても投資でお金が増えていくのである。彼は、世界の各国で貧富の格差はどんどん広がっていき、歴史的データから資本主義には限界があるのではないか、ということを主張している。
 解決法として、不平等を是正するためには富裕層の所得や資産に対する累進課税や相続税を強化すべきである、タックスヘブンのような税率の低い国にお金持ちを逃がさないように同じ税率で課税すべきである、と主張している。
posted by GHQ/HOGO at 06:20| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする