2017年12月22日

増え続ける高齢者の生活保護

 増え続ける高齢者の生活保護 2015年の65歳以上の人口は約3,394万人だったが、2025年には3,658万人に増加し2035年には3,740万人・2045年には3,857万人に増加することは間違いないところだ。
 つまり、2015年に比べて30年後の2045年の高齢者の人口は463万人も増加するということだ。
  近い将来に「東日本大震災」級の大災害が頻発し核戦争でも起きない限り、高齢者の人口は間違いなく増えるのだ。
 しかも、日本の近未来の社会保障は不安が一杯。何しろ将来の社会保障の道筋を決めているのは、現在、高齢者である政治家なのだ。自分達が生きている間に、痛みを先取りするような政治家は残念ながらいない。
 例えば、年金の給付額や医療費や介護費用を考えても、今より改善しているとは考えられない。つまり、年金の給付額は減少し医療費や介護費用は増えているのではないだろうか。
 その結果、年金だけでは暮らせない高齢者が増え、生活保護に頼らざるを得ない人が増える可能性が十分に考えられる。したがって、生活保護と年金をリンクさせた新しい発想の高齢者のセーフティーネットの構築を急ぐ必要がある。
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2017年12月21日

生活保護とワーキングプアの問題

 日本がデフレ経済に陥ってすでに20年あまりになるのだが、その間、勤労者の平均所得は減少を続けてきた。一方で生活保護の支給額は減っていないため、生活保護支給額と最低賃金の逆転現象が起っている。
 つまり、生活保護支給額がフルタイムで働く人の最低賃金を上回る逆転現象が起きているのだ。しかも、生活保護の受給者は保護費に加えて医療費や介護費用が免除になり、住民税・国民健康保険・介護保険料・国民年金保険料・NHK放送受信料などが免除になる。
  したがって、生活保護受給者の実質年収を勤労者の所得に換算すると、年収400万円に達するという試算も報告されている。また、夫婦と子供2人の世帯の場合は、実質年収が500万円に達する場合もあることが指摘されている。
 その結果、就労可能な若い世代において、この逆転現象は社員になれずフリーターや契約社員として働いている人たちの労働意欲を減退させていることは否定できない。
 つまり、「あくせく働いてワーキングプアになるよりも、失業を理由に生活保護を受給したほうが得」という心理が、就労可能な世代の生活保護申請を後押ししていると言える。
  したがって、最低賃金が上昇しフルタイムで働く人の賃金が生活保護支給額の水準を上回ることが最も望ましい状態なのだが、景気が回復しなければ一朝一夕に解決できる問題ではないのだ。
 また、一方で「生活保護支給額の水準が適正なのか」という議論があることも事実だ。例えば、先進諸外国の同様の制度と比較してみると、比較対象のイギリス・フランス・ドイツ・スウェーデンの中で日本の支給額は最も高くなっている。
特に、日本の支給水準は、フランスとスウェーデンの約2倍になっていることは驚きなのだ。ただし、社会保障制度が異なる諸外国と、一概に金額だけで比較することにあまり意味はないのである。
そして、もう1つの問題点は、世帯所得が生活保護支給基準を下回る世帯が依然として多いということなのだ。ある試算によると世帯所得が生活保護支給基準を下回る世帯が705万世帯に対し、そのうち、生活保護を受給している世帯は108万世帯に過ぎないという調査結果が出ている。
つまり、生活保護を受給している世帯の割合は約15%に過ぎず、残りの85%の世帯は制度の認識不足かモラルやプライドが高いという理由で生活保護を申請していないのだ。
したがって、今後も生活保護支給額とフルタイムで働く人の最低賃金の逆転現象が続くと、85%の世帯が生活保護の申請を始める可能性は否定できないのだ。 かなりの確率である。
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2017年12月20日

貧困問題、50代男性「心まで貧しくなっていく」

 年功序列の賃金も、年金もあてにできない現代。子供たち、未婚女性、シングルマザー、高齢者……と、幅広い世代で貧困にあえぐ人々が増えている。そこで街の人の声を聞いた。
 「保育園落ちた日本死ね」発言が国会で取り上げられて以降、子育てや労働環境を見直そうという風潮が強まる昨今。
 「保育園に預けられないから、働きたくても働けない。結局、無認可の保育園に預けたものの、認可に比べると無認可は保育料が高額。ようやくパートとして働くことができたけど保育料がパート代を上回り働いている意味がわからなくなった。ノイローゼになりそうです」(30代・女性)
 最近では、お金がないために結婚できない貧困女子も増えているという。
 「月給から家賃を引いて8万5000円以下だと貧困女子層に分類されるらしいんですが、まさに私の置かれている状況です。お金がないので着飾って婚活なんてできない。仮にパートナーがお金を持っていても、夫婦の所得に差がありすぎてうまくいくわけがない」(30代・女性)
 「30歳までに夢を叶えられなかったら、まともな仕事に就こうと決めていました。夢破れて働き口を探したもののなかなか見つからなくて……せめて手に職のつく夢を見るべきでした。30歳でゼロからのスタート、不安で仕方ないです」(30代・女性)
 「大学のために奨学金を借りた友人たちは、就職後まったく貯蓄ができないため“このまま20代を地味な生活で終えるのかな……”とボヤいていましたね」(20代・男子)
 「うちの娘は30代ですが、いまだに実家暮らし。親に甘えているせいで、離職後もまともに復職しようとせずにアルバイト生活です。1度も1人暮らしをしたことがないので結婚できるかどうかも心配。負の連鎖の止め方がわからない」(60代・女性)
 下流老人という言葉が生まれたように、貧困の魔の手は全世代に忍び寄る。
 「妻から熟年離婚を叩きつけられ、50歳を過ぎて単身になってしまった。財産は取られ、家もなくし、今は郊外にアパートを借りて暮らしている。心まで貧しくなっていくのがわかる」(50代・男性)
 「治療による高額の医療費に生活が圧迫されています。この後、何年生きるのかわからないのにお金を支払い続けるくらいだったら、確実に死ねる薬があるなら100万円で購入して安楽死を選びたいくらい」(60代・女性)
 「ようやく子育てが終わったと思ったら、今度は親が認知症に。介護施設に入居させたいけど、保育園同様に入所待ち。福祉が充実していないことで、必ず誰かに貧困というしわ寄せが及ぶ。金持ちケンカせず……そんな暮らしがしてみたいです」(40代・女性)
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2017年12月19日

居住をめぐる貧困ビジネスA

 「住まい」に関わる貧困ビジネスで、ここ数年で社会問題化した事例を類型化すると以下の4つに分けられる。
 1  スマイルサービス、シンエイエステートなどの「ゼロゼロ物件」業者
 2008年、東京の中央線沿線を中心に「ゼロゼロ物件」を提供していた「スマイルサービス」が、家賃を滞納した入居者の鍵交換、荷物撤去、居室への侵入等で入居者ら9名より提訴された(後に和解が成立)。同社は一時期、入居者との間に「施設付鍵利用契約」という名称の契約を結んでおり、入居者の居住権を著しく侵害する内容になっていた。批判を受け、現在は一年間の定期借家契約に変更。同社は別会社の「ハウスポート」という名前で事実上、営業を続けている。
 同様の「ゼロゼロ物件」では、東京都三多摩地域を中心に物件を展開する不動産業者シンエイエステート及び関連会社のシンエイも問題になっている。2009年4月、東京都内の男性が家財道具を全て撤去されたとして、両社を提訴した。両社が家賃滞納時の「督促手数料」(3000円)や退去時の退室立会費など法的根拠のない金銭の徴収を行なっていること、連帯保証人を立てられない入居者に対して「居住権がない」という記載のある一か月単位の短期一時使用契約を締結していたことに対して、入居者からの批判が高まり、入居者を支援する「住まいの貧困に取り組むネットワーク」は、2009年8月、これらの契約内容の改善を求める要求書を両社に提出した。こうした動きを受けて、東京都は2010年6月、シンエイエステートに対して宅地建物取引業法違反を理由に29日間の営業停止処分を科している。
 2  フォーシーズなどの家賃保証会社
 家賃保証会社は入居者から保証料を受け取る代わりに、家賃滞納時に貸主に家賃を代位弁済することを業務とするが、損失を抑えるために入居者の居住権を侵害して追い出し行為を行なうことも多く、「追い出し屋」の温床になっているとして批判が高まっている。中でも株式会社フォーシーズは悪質な取り立てで知られ、2009年2月、福岡簡易裁判所はフォーシーズが福岡市内の男性に対して午前3時まで取り立てを続けた行為に対して慰謝料の支払いを命ずる判決を言い渡した。また、フォーシーズは2009年1月まで、家賃を1回でも滞納すれば連帯保証委託契約を自動的に打ち切り、「再契約保証委託料」として一万円を入居者に支払わせるという契約書を使っていた。東京都豊島区内に暮らす女性がこの契約が「公序良俗に反し違法だ」として、内容証明便で返還を要求したところ、2009年6月、一部が返還されている。
 こうした追い出し行為に対して、法律家で作る「全国追い出し屋対策会議」が全国各地で相談活動、家賃保証会社等に対する損害賠償請求訴訟を行なっている。
 追い出し行為に対する世論の高まりを受けて、政府は2010年2月、悪質な家賃の取り立てから賃貸住宅の入居者を保護する新法案、通称「追い出し屋規制法」案を国会に提出し、4月には参議院を通過した(2011年1月末現在、衆議院で継続審議となっている)。一方、家賃保証会社の協会は家賃滞納履歴のデータベース作成を開始し、家賃滞納歴のある入居希望者が民間賃貸住宅市場全体から締め出される危険性が懸念されている。
 3  野宿者を狙う宿泊所ビジネス
 民間賃貸住宅の入居者だけでなく、ホームレス状態にある生活困窮者をターゲットにした貧困ビジネスも跡を絶たない。その手法は、公園等で野宿者に声をかけて宿泊施設に囲い込み、生活保護を申請させて、保護費の大半を食費・宿泊費名目で徴収するというものであり、公的な宿泊施設の不備を突く形で大都市圏を中心に広がっていった。
 2009年10月、千葉市内の宿泊所の元入所者が生活保護費を横領されたとして、NPO法人厚銀舎の飯島利夫代表を告訴した。告訴状によると代表らは銀行口座を開設するため、本人が書くべき「生活保護受給証明書」の申請書を同意も得ず作成、押印し、稲毛区役所に提出して証明書を入手したと言う。飯島代表は、関連団体FISの脱税事件で2010年3月に名古屋地裁で有罪判決を受けている。FISは首都圏を中心に約20ヶ所の宿泊施設(総定員数約2000人)を運営しており、依然から不透明な資金の流れが指摘されていた。
 2011年1月には、東京を中心に14ヶ所の宿泊施設を運営しているNPO法人東京サポートセンターの理事兼事務局長の男性が数年間にわたり、元入所者2人の生活保護費計約1180万円を着服していたと、生活保護の実施機関である八王子市が発表した。代理受給のための委任状を偽造していたものとみられており、八王子市は刑事告訴する方針である。
 これらの事例にみられるように、宿泊所ビジネスでは入所者の身柄が施設内に囲い込まれているために、保護費が本人の手に渡らないよう書類が偽造されてしまうケースが散見されている。また、劣悪な居住環境や食事の対価として高額の食費・宿泊費を保護費から差し引く契約内容にしてあるなど、合法性を装っているために行政機関も問題を認識しながらも放置してしまっている事例も多い。
 こうした宿泊所ビジネスの中には、社会福祉法に基づく無料低額宿泊施設の届け出をしているものと無届けのものがあり、また届け出の有無にかかわらず、生活保護受給者を対象とする宿泊施設の中には良心的な運営をしているものも混在している。こうした状況が規制の実施を困難にしている面がある。
 2009年3月に火災が発生して10名の生活保護受給者が死亡し、安全管理を怠っていたとして2010年2月に理事長と施設長が逮捕された「静養ホームたまゆら」(群馬県渋川市)のように、高齢の生活保護受給者をターゲットにした貧困ビジネスも近年見られるようになった。こうした高齢者施設の多くは、本来の生活保護の実施機関から遠隔地に設置されているため、そのことがさらに問題の露見を困難にしている。
 4  生活保護費を搾取するアパート
 2010年以降に判明した新たな貧困ビジネスの手法として、野宿者をアパートに住まわせた上で、その生活保護費の大半をピンハネする団体の存在が明らかになっている。千葉県内に展開する「シナジーライフ」という団体は、千葉県内や東京都内で野宿者に「生活保護が受けられ、3食も大丈夫」などと声をかけ、千葉市内でアパートを借りさせた上で生活保護費を申請。月4〜5万円の家賃の他に、5万円程度を食費などの名目で徴収していたが、食料は月に白米が10キロ届けられるだけであったという。被害者は約200人いると見られており、2010年2月以降、8人の入居者らが損害賠償請求訴訟を提起している。
 住まいのない生活困窮者にアパートを斡旋して入居させ、生活保護費から高額の家賃や弁当代を徴収する業者は関西では「囲い屋」と呼ばれており、法律家らによる「関西囲い屋対策会議」が被害の掘り起こしを行なっている。大阪市は、「囲い屋」を生活保護申請の入り口で排除するため、住まいのない生活保護申請者に公的な施設を提供するなどの支援を2010年4月から実施している。
 このように貧困ビジネスの業態は様々であるが、共通しているのは「安心できる住まいが欲しい」という生活困窮者の正当な欲求を業者が悪用している点にある。「貧困ビジネス」であるとの批判に対して、こうした業者は「敷金・礼金無しで住まわせてやっているのだから、契約内容に文句を言うな」「保証人になってやっているのだから、我慢しろ」「屋根があるところに住まわせてやっているのだから、野宿よりマシだろう」と主張するのであろう。
 そうであれば、批判の矛先は個々の業者だけでなく、こうした業者の温床となっている社会の構造にも向けなければならない。
 その構造とは、多くの生活困窮者にとって「安心して暮らせる住まい」へのアクセスが阻害されていることである。具体的には、住宅行政において公的住宅政策が貧弱であること、民間賃貸住宅市場において入居差別が野放しになっていることやアパート確保のために高額な家賃や初期費用を要求されること、生活保護行政において「居宅保護」の原則が徹底していないことなどがある。
 これらの問題を「住まいの貧困」の問題として一体的に捉え、政府に住宅政策の転換を求めていくこと。居住系貧困ビジネスの告発や規制強化を求める運動とともに、「住まいの貧困」そのものの解消に向けた運動をしていくことが求められている。
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居住をめぐる貧困ビジネス@

 2008年秋のリーマンショックに始まった世界同時不況は、日本中に「派遣切り」の嵐を巻き起こした。同年の年末に東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」では、派遣会社の寮を追い出され、仕事と同時に住まいを失った大量の派遣労働者の存在がクローズアップされた。
 同じ年の春から、国は「ネットカフェ難民」をめぐる一連の報道を受け、大都市圏の自治体と共に「住居喪失不安定就労者」への支援策を開始していた。低賃金であるがゆえに安定した住まいを確保できず、ネットカフェなどの不安定な居所を生活の拠点とせざるをえない若者たちの存在が看過できない社会問題として認知されていたからである。
 これらの事実は、現代日本の都市における貧困が生活困窮者本人にとって「住まいの貧困」(ハウジングプア)という形で顕在化しやすいことを意味している。
 「衣食住」という言葉があるように、「住まい」とは言うまでもなく、人々の暮らしを支える基盤である。現代社会において住居や住民票を喪失することは、日常生活上での困難を増やすだけでなく、社会的信頼を失い、携帯電話の取得も困難になるなど、求職活動においても不利な立場に追いやられることを意味している。「貧困であるがゆえに住まいを失い、住まいを失っているがゆえに貧困から抜け出せない」という悪循環に陥ってしまうのである。
 それゆえ、多くの先進国では「派遣会社の寮」に見られるような労働型の住居を避け、低廉な賃貸住宅を労働者に供給する政策をとっている。国際労働機関(ILO)は1961年、「労働者住宅に関する勧告」を採択し、「すべての労働者及びその家族に十分かつ適切な住宅及び適当な生活環境を提供することを確保するため、一般的な住宅政策の範囲内で住宅及び関連共同施設の建設を促進することを国の政策の目的とすべきである。困窮度の非常に高い者には、ある程度の優先順位を与えるべきである」という原則を述べた上で、「使用者がその労働者に直接住宅を提供すること」は、「やむを得ない事情のある場合を除き、一般的に望ましくないことを認識すべきである」と指摘している。つまり、派遣会社の寮などの労働型の住宅は、仕事と同時に住まいを失う危険性が高いから、国が率先して低所得者向けの住宅を整備するよう勧告しているのである。
 政府が半世紀前に出されたこの勧告に従っていたならば、派遣切りにより多数の人びとが住宅も失うという状況は避けられた可能性が高い。「住まいの貧困」の背景には、中間層の持ち家取得推進のみを重視し、低所得者層の住宅支援を置き去りにしてきた「住宅政策の貧困」という問題が存在しているのである。
 その「低所得者向け住宅政策の不在」を突くように拡大しているのが、居住系の貧困ビジネスである。そのため、安心して暮らせる住まいを求めていくことと、貧困ビジネスの告発は裏表の関係にある。
 こうした問題意識のもと、2009年3月、東京で「住まいの貧困に取り組むネットワーク」が誕生した。ネットワークには、野宿者支援活動、借家人運動、ワーキングプアの労働運動など様々な活動に関わる人々が参加している。
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2017年12月18日

居住をめぐる貧困ビジネス@

 2008年秋のリーマンショックに始まった世界同時不況は、日本中に「派遣切り」の嵐を巻き起こした。同年の年末に東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」では、派遣会社の寮を追い出され、仕事と同時に住まいを失った大量の派遣労働者の存在がクローズアップされた。
 同じ年の春から、国は「ネットカフェ難民」をめぐる一連の報道を受け、大都市圏の自治体と共に「住居喪失不安定就労者」への支援策を開始していた。低賃金であるがゆえに安定した住まいを確保できず、ネットカフェなどの不安定な居所を生活の拠点とせざるをえない若者たちの存在が看過できない社会問題として認知されていたからである。
 これらの事実は、現代日本の都市における貧困が生活困窮者本人にとって「住まいの貧困」(ハウジングプア)という形で顕在化しやすいことを意味している。
 「衣食住」という言葉があるように、「住まい」とは言うまでもなく、人々の暮らしを支える基盤である。現代社会において住居や住民票を喪失することは、日常生活上での困難を増やすだけでなく、社会的信頼を失い、携帯電話の取得も困難になるなど、求職活動においても不利な立場に追いやられることを意味している。「貧困であるがゆえに住まいを失い、住まいを失っているがゆえに貧困から抜け出せない」という悪循環に陥ってしまうのである。
 それゆえ、多くの先進国では「派遣会社の寮」に見られるような労働型の住居を避け、低廉な賃貸住宅を労働者に供給する政策をとっている。国際労働機関(ILO)は1961年、「労働者住宅に関する勧告」を採択し、「すべての労働者及びその家族に十分かつ適切な住宅及び適当な生活環境を提供することを確保するため、一般的な住宅政策の範囲内で住宅及び関連共同施設の建設を促進することを国の政策の目的とすべきである。困窮度の非常に高い者には、ある程度の優先順位を与えるべきである」という原則を述べた上で、「使用者がその労働者に直接住宅を提供すること」は、「やむを得ない事情のある場合を除き、一般的に望ましくないことを認識すべきである」と指摘している。つまり、派遣会社の寮などの労働型の住宅は、仕事と同時に住まいを失う危険性が高いから、国が率先して低所得者向けの住宅を整備するよう勧告しているのである。
 政府が半世紀前に出されたこの勧告に従っていたならば、派遣切りにより多数の人びとが住宅も失うという状況は避けられた可能性が高い。「住まいの貧困」の背景には、中間層の持ち家取得推進のみを重視し、低所得者層の住宅支援を置き去りにしてきた「住宅政策の貧困」という問題が存在しているのである。
 その「低所得者向け住宅政策の不在」を突くように拡大しているのが、居住系の貧困ビジネスである。そのため、安心して暮らせる住まいを求めていくことと、貧困ビジネスの告発は裏表の関係にある。
 こうした問題意識のもと、2009年3月、東京で「住まいの貧困に取り組むネットワーク」が誕生した。ネットワークには、野宿者支援活動、借家人運動、ワーキングプアの労働運動など様々な活動に関わる人々が参加している。
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「生活扶助基準」切り下げに算定根拠があるのか?

 2013年5月、生活扶助基準が切り下げられたが、過去に例がないほどの下げ幅で、その算定に根拠がないのではないか。このため、全国各地で、切り下げの違法性、違憲性を訴える訴訟が起きている。
 憲法25条は、「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を保障し、これを実現するため、生活保護制度がある。問題となっている生活扶助は、住居費や教育費以外の日常生活費用を援助するもので、給付額は厚生労働相が定める基準による。その決定は、恣意的であってはならない。判例・通説は、合理的な根拠・資料なしに基準を定めるのは違法・違憲ではないのか。
 制度発足当初、生活扶助基準は「マーケットバスケット方式」により決定され。これは、最低限度生活に必要と思われる物品とその数量をリスト化し、その物品の平均的な価格を積算して、基準額を定める方式である。しかしこれには、最低限度生活に必要な物品の選択が恣意的になりやすいとの欠点がある。
 そこで、1984年より、「消費水準均衡方式」が採用されるようになった。これは、各世帯の消費支出を調査し、「一般世帯」、「収入下位20%の一般世帯」、「生活保護世帯」の数値を比較し、その均衡を図りながら基準額を定める方式だ。
 13年の切り下げに当たり、厚労省は新たに、@「収入下位10%の一般世帯」の消費支出との均衡、A2008年から11年にかけての物価下落率4・78%を加味すること−とした。しかし、これらはまったく切り下げの根拠にはならない。
 まず、現状、生活保護制度の捕捉率は20%程度と言われており、「収入下位10%の一般世帯」には、生活保護を受給する資格があるのに、受給できていない世帯がかなり含まれている。にもかかわらず、生活扶助基準を「収入下位10%の一般世帯」に合わせたら、基準額は際限なく低下してしまう。
 また、4・78%もの物価下落は、総務省が長年使ってきた指数ではなく、厚労省が引き下げに際して独自に算定したものなのだ。この指数については、比較の基準年と考慮品目のウエートを恣意的に操作しているという指摘がある。具体的には、テレビやノートPCなどの電化製品の価格下落が不当に大きく反映され、極端な物価下落を示す数値になっているという(白井康彦『生活保護削減のための物価偽装を糾す』)。
 さらに、仮に4・78%もの極端な物価下落があれば、当然、一般世帯の消費支出の金額も大きく低減するはずなのだ。つまり、物価の上昇・下落は、消費水準均衡方式の採用自体によって、すでに基準額に反映されているはずだ。それに加えて、さらに物価下落を基準額算定に反映させるのは、物価下落の二重計上になってしまう。そうすると、物価下落を考慮すること自体が、計算を不正確にしてしまい、不適切なのだ。
 もちろん、社会状況によっては生活保護基準額を下げるべき場合もある。しかし、13年の切り下げは、合理的な資料・根拠に基づくものとは到底言えないのである。生活保護バッシングの風潮に便乗した、不当なものだったのではないか。生活保護は、生活困窮者の最後のとりでであり、憲法が保障する権利であることを考える必要があるはずである。
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2017年12月17日

「生活扶助基準」切り下げに算定根拠があるのか?

 2013年5月、生活扶助基準が切り下げられたが、過去に例がないほどの下げ幅で、その算定に根拠がないのではないか。このため、全国各地で、切り下げの違法性、違憲性を訴える訴訟が起きている。
 憲法25条は、「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を保障し、これを実現するため、生活保護制度がある。問題となっている生活扶助は、住居費や教育費以外の日常生活費用を援助するもので、給付額は厚生労働相が定める基準による。その決定は、恣意的であってはならない。判例・通説は、合理的な根拠・資料なしに基準を定めるのは違法・違憲ではないのか。
 制度発足当初、生活扶助基準は「マーケットバスケット方式」により決定され。これは、最低限度生活に必要と思われる物品とその数量をリスト化し、その物品の平均的な価格を積算して、基準額を定める方式である。しかしこれには、最低限度生活に必要な物品の選択が恣意的になりやすいとの欠点がある。
 そこで、1984年より、「消費水準均衡方式」が採用されるようになった。これは、各世帯の消費支出を調査し、「一般世帯」、「収入下位20%の一般世帯」、「生活保護世帯」の数値を比較し、その均衡を図りながら基準額を定める方式だ。
 13年の切り下げに当たり、厚労省は新たに、@「収入下位10%の一般世帯」の消費支出との均衡、A2008年から11年にかけての物価下落率4・78%を加味すること−とした。しかし、これらはまったく切り下げの根拠にはならない。
 まず、現状、生活保護制度の捕捉率は20%程度と言われており、「収入下位10%の一般世帯」には、生活保護を受給する資格があるのに、受給できていない世帯がかなり含まれている。にもかかわらず、生活扶助基準を「収入下位10%の一般世帯」に合わせたら、基準額は際限なく低下してしまう。
 また、4・78%もの物価下落は、総務省が長年使ってきた指数ではなく、厚労省が引き下げに際して独自に算定したものなのだ。この指数については、比較の基準年と考慮品目のウエートを恣意的に操作しているという指摘がある。具体的には、テレビやノートPCなどの電化製品の価格下落が不当に大きく反映され、極端な物価下落を示す数値になっているという(白井康彦『生活保護削減のための物価偽装を糾す』)。
 さらに、仮に4・78%もの極端な物価下落があれば、当然、一般世帯の消費支出の金額も大きく低減するはずなのだ。つまり、物価の上昇・下落は、消費水準均衡方式の採用自体によって、すでに基準額に反映されているはずだ。それに加えて、さらに物価下落を基準額算定に反映させるのは、物価下落の二重計上になってしまう。そうすると、物価下落を考慮すること自体が、計算を不正確にしてしまい、不適切なのだ。
 もちろん、社会状況によっては生活保護基準額を下げるべき場合もある。しかし、13年の切り下げは、合理的な資料・根拠に基づくものとは到底言えないのである。生活保護バッシングの風潮に便乗した、不当なものだったのではないか。生活保護は、生活困窮者の最後のとりでであり、憲法が保障する権利であることを考える必要があるはずである。
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2017年12月15日

「自立」とは、経済的自立?

 建屋内の案内は、英語・中国語(簡体)・ハングル・中国語(繁体)が併記されている。
 「○○市の福祉事務所では、生活保護廃止(生活保護からの脱却)に至る人数に年間ノルマが課されていて、『自立指導』という名目での強引な就労指導が行われている」
 といった風聞は後を絶たない。
 しかし、江戸川区の担当者に率直に尋ねてみたところ、
 「江戸川区では、そのような数値目標は設定していません」
 という答えが、即座に返ってきた。逆に
 「ご自分の考える『生活保護からの自立』って、何ですか」
 と問いかけられた。
 たとえば、障害者で車椅子等の補装具を必要としているとすると、「障害者の自立」とは、補装具が不要になることではない。このケースにとっての生活保護費は、障害者にとっての補装具と同じと考えていいいのではないか。でも、この考え方は、「生活保護は甘え」という主張の持ち主に受け入れられるだろうか。
 返答に窮してしまった。すると、担当者は、
 「私たちは、自立を3つに分けて考えています。経済的自立、日常生活の自立、社会生活の自立。まず、1人ひとりに合わせた、その段階での『自立』を考えます。各ケースワーカーも考えますし、担当チームや係でも話し合います」
 と言う。
 「経済的自立」は、生活保護水準以上の収入が得られる就労をすれば実現できる。しかし、無理にそのような就労を目指すと、せっかく就職しても短期間で心身の健康を害するかもしれない。
 「日常生活の自立」は、経済的自立の前提条件でもある。たとえば、精神疾患を持つケースのうち相当数は、引きこもって昼夜逆転した生活をしている。これでは、通院もできない。この段階での目標は、まず「昼間起きていられること」になる。
 「社会生活の自立」は、生活するために必要不可欠なことである。たとえば介助の必要な重度障害者にとって、「自分の意志を表明する」「支援者とのコミュニケーションを取る」は、生存を維持し、少しずつでも生活の質を高めていくために必要なことである。
 人間が1人ひとり異なる以上、個人の特性を無視した画一的な「自立指導」は成立しないのだ。
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2017年12月13日

生活保護受給者を減らすための課題と対策

 生活保護受給者の増大要因は、生活保護制度そのものに問題があるというよりは(もちろん入りにくく抜けにくいなど制度自体の問題もあるが)、生活保護を取り巻く周辺制度のもろさが問題である。したがって、生活保護受給者を減らすためには周辺制度の充実が不可欠だ。その具体策として、@最低保障年金の創設、A失業給付の強化と就労支援の強化、B就学援助、奨学金の充実を提案する。新鮮味はないが、これらが最適ではないか。
 @最低保障年金は、文字通り最低生活を保障する年金である。月額66,000円の年金ではとても生活できない。そこで、住宅費なども含めた必要最低限の生活ができる金額まで受給額を引き上げることで、高齢者の生活保障をすることが重要だ。そもそも生活保護の目的は「自立の助長」であるが、現在の制度は高齢者も若者も労働者もすべてを抱え込んでしまっている。「自立の助長」を目的としている制度の中に、稼働能力のない高齢者を含めてしまうのは根本的に矛盾している。こうした矛盾をなくすためにも、最低保障年金の創設は重要である。一方で、経済的に余裕のある高齢者に関しては年金支給額を減額する措置も考えるべきだ。社会保障を考える上では財源についても検討しなければならず、日本の財政状況を勘案すれば余裕のある高齢者にまで貧しい高齢者と同額を支給する余裕はない。そこで、財源を保険料ではなく税金とすることで負担と給付の関係を不明確にし、貧しい人を社会全体で支え合う再分配的要素を強くした制度設計を確立すべきだと考える。また、そもそも保険料を払わない、もしくは払えない人が増えているのだから、年金制度を持続可能にする上でも税による調達のほうが効率的ではないか。
 A失業給付の強化と就労支援の強化も文字通りである。1年以上の長期失業者が増大しているにもかかわらず、最長でも330日までしか失業給付が受け取れない状況は、現状に即した給付要件とは言えない。加えて、雇用保険に加入していない人は失業給付を受け取ることすらできない。ここでも財源を税金とすることで失業した場合には誰でも受け取れる制度を確立するというのも、議論の余地があるのではないだろうか。変化の激しい現代だからこそ、いつ、誰が失業するかはわからないので、社会全体で支え合う制度設計が求められているように思う。
 Bは就学援助、奨学金の充実である。教育に関しては、もはや財源云々の問題ではないと考える。教育は生活保護を抜け出すための手段にとどまらず、国の根幹を作り上げるものだからだ。子供の自己責任とは言えない経済的な理由から、教育の機会均等を奪うようなことは決してあってはならない。貧困の連鎖を断ち切るという目的に加えて、教育は未来の人材への投資と考えて、今すぐにでも就学援助、奨学金は充実させるべきだ。
 一方で私は教育に関してはすべて無償化がベストだと考えている。未来の人材への投資という点から言えば、年金と違って教育は経済力にかかわらず全員に恩恵をもたらす必要があるからだ。しかし、実現可能性を考えると現状ではかなり難しそうなので、少なくとも経済的理由で進学ができないということがないよう、就学援助、奨学金の充実を提案する。民主党政権下での、子供は社会で育てるという理念の下、所得制限なしで現金を渡した子ども手当は、私は一定の意義があったと考えている。これに修正を加えながらの発展を望んでいたのだが、旧来の所得制限ありの児童手当に戻るようなので残念だ。この点が今後の課題だと考える。
 以上3点が私の考える受給者を減らす対策である。これが完璧であるとは到底思えないが、それなりの効果は上げるのではないか。
posted by GHQ/HOGO at 06:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする