2017年09月15日

精神科医は貧困問題にも知識を持つべき

 精神科に救いを求める=心に痛みを抱えた状態は、常に失職や収入の喪失と相関性がある。ならば本来、精神科医は心の痛みに対する対症療法のみならず、根本的にその心の痛みの原因を取り除く医療や、患者の就業や所得の状態に興味を持って欲しいし、貧困問題にだってある程度の知識があるべきではないのか。ソーシャルワーカーにつなぐルートや、生活保護申請のノウハウなども知っているべきだ。
 願わくば、投薬以外のカウンセリングについても、保険適用の医療であって欲しい。現状で保険が利くカウンセリング的医療は認知行動療法などに限定されているが、鬱が国民病とまで言われる中、対症療法が中心というのはどうにも腑に落ちない。
 精神科とは、本来、貧困当事者のワン・ストップ・サービスを提供する場にもなるはずのポジションなのだ。さすがに「生活保護の申請はハローワークへ」などと思っている医師は特殊かもしれないが、現状貧困の当事者にとって精神科医療がなせていることはあまりにも少なく感じてならない。
 加えてもう1つ言及したい。まず生活保護の申請段階について。メンタルにトラブルを抱えた者が生活保護の申請をすると、申請段階でメンタルの状態が一段階、いや、数段階悪化するようなケースがいくつもある。そこで行われていることは、おそらく生傷=トラウマ記憶のほじくり返しだ。心に傷を残すような過酷な体験をした結果、貧困に陥った人々にとって、その体験を思い出し、聞き出され、他人に語るということは、被害の追体験にほかならない。パニックを抱えた当事者にとって、自分のつらい記憶を思い出し、かつ現状の窮状を体系立てて話すことが、いかに苦痛を伴い困難なことなのか。
 心に大きな傷を抱えた者に過去の聞き込みをすることは、そのことが原因で当事者が死んでしまえばそれは間接的な殺人にもなりかねない危険な行為だ。にもかかわらず、かねてから生活保護のケースワーカーは、新卒公務員が配属される「外れ部署」だったり、「修業の場」化しているというのは、すでに多くの報道などでも指摘され、現役のケースワーカーから何度も聞いている。。
 この生活保護の窓口セカンドレイプともいえる状況が当事者の苦しみしか生まないならば、生活保護のケースワーカーは、最低限の心理職の専門性を持つ人を配属するか、心理職と常に連携できる態勢であるべきなのではないか。
 心に抱えた見えない激痛が脳の機能阻害状態に起因するとして、たとえば同様のトラブルを抱えた脳卒中患者の脳の回復は、年単位の時間規模を要している。だとすれば回復に至るには、傷つけられてきた人生の長さよりはるかに長く、それを耐えてきた時間よりもはるかに長い時間が必要なのではないか。その期間を短縮するためにも、そこ必要なのは就労指導ではなく医療的ケアだ。すべてのタイミングが、環境が、狂っていたように思えてならないのだ。
 かかるべき精神科を間違え、専門性の低いケースワーカーが心の傷を悪化させ、誤ったタイミングの就労指導で最終的に倒れることで、本来、そこそこの就労能力を有していたはずの患者の社会復帰は、大きく先延ばしされることとなる。何という損失だろうか。
posted by GHQ/HOGO at 07:26| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

日本の貧困線=生活保護基準?

 生活保護改革が行われている。保護基準を下げ、受給に係わる罰則規定を盛り込む、生活保護受給を絞るための改悪、これが官僚、シロアリ族のシナリオだと見抜かなければならない。 思慮浅い愚かな厚労大臣は官僚の思う壺にはまって反応をする。このシロアリ族の思うがままに反応する。
 日本社会は産業の空洞化、仕事が減っている。年功序列の名残の中で高齢者が相対的に裕福、預金もこの層に集中しているが、子育て中、結婚をしたい若い世代は不安定雇用、失業、あるいは正規雇用を失わないため、命を削る程の過酷な労働である。それでもやっとやっとの家計である。
 家族に病人がいればどうなるか、自分の健康も危うい放射能禍の日本。がれき処理で全国に広く放射能を運びこむのだから、日本国民1億2500万人総被爆の危機である。国民の生活は風前の灯なのに、官房機密費に繰られたマスコミは煽りたてる。
 しかし貧困は惨めで、人に無力感を生じさせる。貧困が蔓延すればマンパワーも国力も落ちる。日本経済を考えても、生活保護のお金はすぐに食費、住宅費などに消費される。厚生次官だった人は、退職後1人で10億も税金から支払われる。
 家計に税金を入れることをばら撒きと言うが、そうではない。自分達が受け取る官房機密費こそばらまきである。貧しい家計に税金を入れることは、いやでも食べ物、子供の衣服など消費に直結である。経済は活性化する。
 西欧福祉国家の限界は2つ、1つは財政肥大。似通った保護政策、業界保護などの既得権益者、シロアリ族飼育費の増大である。もう1が不平等を是正するための福祉給付(生活保護など)が、その制度の受給者に対する社会的な「非『承認』」を生じて使われないというジレンマ(生活保護制度を受給する惨めさこそそれだ)である。
 この2つの限界を越えようとするのではなく、時代を逆行してシロアリ飼育費を守り、生活保護受給者への反感や「非『承認』」を増大させ、国民を騙して、まさに福祉国家の悪弊に戻る。これは破滅への道であって、自分達の利益だけを守るため、シロアリ飼育費を確保する為の策謀である。
 大切なのは国民を貧困から守ることではないか。それが国家の存在理由であろう。危機の時代の社会保障は、貧困政策を中軸に据えた、貧困に陥ったら遠慮なく使い、脱貧困することのできる社会保障、そのような社会を創るひつようがある。国民の消費を促し、経済を廻し、産業を促す。そのために家計に細かく税金を入れるべきではないか。
 シロアリ族はどれほどの税金を浪費しているか、それをはじき出すのが構造改革だ。それを国民の庶民感情に根を持つ恥を煽り、「税金からただで生活費をもらっている」と。自分たちは1人でその数百倍、みんなでその数千倍も税金を大きな顔で持って行く。
 生活保護基準は日本の貧困線である。これを下げるには国民的議論が必要である。貧乏はその人の道徳観とは別の所からもやって来る。事故、病気、失業、運の悪さ。ワーキングプアは日本中に溢れ、子供たちも貧困に陥る可能性は高い。どうすべきなのか。
posted by GHQ/HOGO at 07:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月13日

グローバル化は滅亡への道 5

 E 実は、グローバル化は非効率
 グローバル化により人、モノ、カネの資源が最適に配分されることは効率的である。その考えは正しいようですが穴がある。貿易や旅行により大量の物資や人員が地球を駆け巡わることになる。そこに膨大なエネルギーのロスがあるのだ。地産地消という考え方であれば、莫大なエネルギーを使って世界中の物資を運搬する必要はない。もちろん、ごく限られた地域でしか採取できない資源もあるだろうから、そのような資源の移動はやむを得ないかもしれない。しかし、消費財をなぜ外国で生産しなければならないのか。なぜわざわざ中国やインドネシアで生産しなければならないのか。それは為替レートに起因している。為替の関係から途上国で生産したほうが金銭的なコスト収支が有利だからなのである。使用されるエネルギー収支から言えば、実際には余計にエネルギーを浪費している。
 つまりグローバル化のメリットは為替の差による「人件費コスト」を利用しているに過ぎないのだ。為替差を利用して途上国の労働力を安く利用すること(搾取)がグローバリズムの本質であり、為替差のポテンシャルを食いつぶせばやがて為替差はなくなる。だから先進国は生産拠点を中国からベトナムへ、そしてさらに貧しい国へと移動しながら、為替差のポテンシャルを食いつぶす。そのたびに途上国の環境を破壊し、貧富の格差を広げて社会問題を引き起こすのだ。ただ「カネのためだけに」。グローバル化に未来はない。
 F 相互依存から自助自立へ〜脱グローバル化
 グローバル化がまったくダメというのではない。現実的には国際分業や貿易が不可欠なものであることは確かなのだ。しかし、グローバル化は目指すべき理想の社会ではない。新自由主義のように、何でもすべてグローバル化、グローバル化神聖主義のような考えに陥ることなく、グローバル化を冷静に見つめることがひつようなのである。冷静に考えれば、何でもすべてグローバル化ありきではなく、必要に応じたグローバル化、適切な範囲でのグローバル化という視点を手に入れることができるかが問題になってくる。
 それこそがバランスのとれた世界経済の仕組みを構築する上で不可欠なことなのかもしれない。
posted by GHQ/HOGO at 06:56| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グローバル化は滅亡への道 4

D グローバル化は適応しすぎて滅亡した古代生物に例えらる
 仮にすべての国が友好的で世界が平和になったとしたら、グローバル経済はすばらしい経済体制なのだろうか。それは違っている。世界分業ということは、生産地域が偏在することを意味するのだ。生産地域が偏在した場合、その地域の生産が何らかの理由で不可能になった場合、その影響は全世界に広がる。たとえば穀物の生産をアメリカに依存していたとして、アメリカが大干ばつに襲われて穀物がほとんど収穫できなかったらどうなるか。当然、アメリカはアメリカ国民のために穀物を使い、輸出は完全に途絶えるはずだ。そうなれば穀物をアメリカに依存していた国は大量の餓死者を出すことになってくる。もし、経済効率を優先するのではなく、すべての国々で食糧自給率を高い状態に維持していたなら、アメリカの大干ばつの影響は最小限に抑えることができる。
 高度に分業化された社会は効率的で高い生産性を有するのだが、ひとたび何かがあると悪影響は連鎖的に全世界に広がり、経済はたちどころに瓦解してしまう。それはまるで環境に適応しすぎて絶滅した古代生物に例えられるのだ。アンモナイトや恐竜といった古代生物は、進化の過程で無駄な機能を次々に捨て、生存のための最高の効率を手に入れた。このためアンモナイトや恐竜は爆発的に繁栄したが、その後、一気に絶滅している。なぜなら、無駄をすべて捨てたがために、環境が激変したとき、もはやそれに適合する能力を失っていたのだ。効率優先は「大繁栄か絶滅か」というまるでギャンブルのような行為なのである。効率化すれば良いとは限らないのだ。
 つまりグローバル化は最高の効率を求め続け、その結果、内部に巨大な「滅亡へのリスク」を抱え込むことになる。
posted by GHQ/HOGO at 06:55| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月12日

グローバル化は滅亡への道 4

D グローバル化は適応しすぎて滅亡した古代生物に例えらる
 仮にすべての国が友好的で世界が平和になったとしたら、グローバル経済はすばらしい経済体制なのだろうか。それは違っている。世界分業ということは、生産地域が偏在することを意味するのだ。生産地域が偏在した場合、その地域の生産が何らかの理由で不可能になった場合、その影響は全世界に広がる。たとえば穀物の生産をアメリカに依存していたとして、アメリカが大干ばつに襲われて穀物がほとんど収穫できなかったらどうなるか。当然、アメリカはアメリカ国民のために穀物を使い、輸出は完全に途絶えるはずだ。そうなれば穀物をアメリカに依存していた国は大量の餓死者を出すことになってくる。もし、経済効率を優先するのではなく、すべての国々で食糧自給率を高い状態に維持していたなら、アメリカの大干ばつの影響は最小限に抑えることができる。
 高度に分業化された社会は効率的で高い生産性を有するのだが、ひとたび何かがあると悪影響は連鎖的に全世界に広がり、経済はたちどころに瓦解してしまう。それはまるで環境に適応しすぎて絶滅した古代生物に例えられるのだ。アンモナイトや恐竜といった古代生物は、進化の過程で無駄な機能を次々に捨て、生存のための最高の効率を手に入れた。このためアンモナイトや恐竜は爆発的に繁栄したが、その後、一気に絶滅している。なぜなら、無駄をすべて捨てたがために、環境が激変したとき、もはやそれに適合する能力を失っていたのだ。効率優先は「大繁栄か絶滅か」というまるでギャンブルのような行為なのである。効率化すれば良いとは限らないのだ。
 つまりグローバル化は最高の効率を求め続け、その結果、内部に巨大な「滅亡へのリスク」を抱え込むことになる。
posted by GHQ/HOGO at 06:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月11日

グローバル化は滅亡への道 3

 B 産業の空洞化による先進国の格差拡大
 グローバル化は途上国の社会にゆがみをもたらすだけではない。コストを安く生産する目的で多くの先進国では工場が途上国に移転し、産業の空洞化をもたらした。それは先進国の人々から多くの雇用を奪う結果となり、深刻な失業問題と貧富の格差を引き起こした。欧州ではサブプライムローン・バブル崩壊後のデフレ不況も相まって失業率が20%を超える国もあり、さらにコストダウンのために外国人労働者の雇用が増加することで移民との間で対立が発生し、暴動すら引き起こしている。もちろん移民はグローバル化だ。グローバル化は資本の移動だけでなく、人の移動も推進しているからである。そして移民の中にはテロに走る若者も現れ治安は悪化し、社会の質は確実に損なわれている。グローバル化はヨーロッパに幸福をもたらしてはいない。
 C 相互依存による経済の不安定化
 グローバル化により相互依存が進むと、個々の国はそれ単体では生存できなくなる。例えば穀物は生産性の高いアメリカが圧倒的なシェアを占めている。多くの国々は自国で穀物を生産するのではなく、アメリカから穀物を輸入している。このような状況では、アメリカがもし、ある国に穀物の輸出を行わないと恫喝すれば、その国はアメリカの要求に従わざるを得ない弱い立場に立たされる。最近では中国がレアメタルで同様のことを行ったのは記憶に新しいところだ。これらの物質は「戦略物資」と呼ばれている。グローバル経済は生産性が高い一方、経済を他国に依存することになるため、立場は弱く、不安定なものになる。
 グローバル経済はすべての国が友好で、世界が平和でなければ成立しない。ところが世界はとてもそんな状況にはない。どの国も自国の利益を最大化しようとしのぎを削っており、しかも紛争が絶えることはない。そんな状態で経済のみがグローバル化し、食糧やエネルギー資源など国民の生命に関わる重要な商品をすべて輸入に依存するようになることは、極めてリスクが高い。
posted by GHQ/HOGO at 07:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グローバル化は滅亡への道 2

 A 深刻な途上国の環境破壊
 グローバル化は深刻な環境破壊も引き起こしている。先進諸国では環境保護に関する法律が整備され、今や公害や環境破壊に直接悩まされることはない。そのために多くの人々が公害問題に鈍感になっているが、実際には世界中で環境破壊が凄まじい速度で進んでいる。その環境破壊と引き換えに得られた資源が先進国に輸出され、消費社会を支えているという現実がある。本来はジャーナリズムがもっと伝えるべき途上国のグローバル化による悲惨な環境破壊の実態は、先進国ではほとんど忘れられているのだ。
 アフリカで素朴に暮らしていた人々は、先進国から持ち込まれる目のくらむような消費財に心を奪われて、それを手に入れるためにカネを欲しがり、その地下に資源があるとなれば、先祖伝来の土地を売ってカネを得る。それで一時的に豊かになれるが、生活の基盤だった土地を追われ、日々の糧を得るため鉱山労働者としてわずかのカネで雇われる賃金奴隷となる。そこにはもはや民族の誇りも伝統文化もある。残されたのは先進国から持ち込まれた拝金主義という新たな異教だけなのだ。
 やがて環境は開発で破壊される。途上国は環境保護の規制などあってないようなもの。アマゾンの熱帯雨林はどんどん伐採され、木材は輸出され、農地には単一の商品作物が大規模に栽培される。鉱山を開発すれば有害な物質がどんどん出る。そして環境破壊の代償として得られた貴重な資源は次々に先進国へ運ばれ、消費され、大量のゴミとなる。そしてゴミもまた途上国に持ち込まれる。
 また卑近な例では中国の環境破壊、公害問題がある。グローバル社会では「中国の高い経済成長が世界経済を牽引した」などと中国を高く評価するが、その高い経済成長は環境の破壊を前提としており、これを高く評価するグローバル社会は偽善ではないか。こうした中国の環境破壊はグローバル社会も当初から予測可能だったはずである。なぜ問題が深刻化するまで放置したのか。それはまさにグローバル経済の性格を如実に表している。カネがすべてなのである。
posted by GHQ/HOGO at 07:05| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

グローバル化は滅亡への道 2

 A 深刻な途上国の環境破壊
 グローバル化は深刻な環境破壊も引き起こしている。先進諸国では環境保護に関する法律が整備され、今や公害や環境破壊に直接悩まされることはない。そのために多くの人々が公害問題に鈍感になっているが、実際には世界中で環境破壊が凄まじい速度で進んでいる。その環境破壊と引き換えに得られた資源が先進国に輸出され、消費社会を支えているという現実がある。本来はジャーナリズムがもっと伝えるべき途上国のグローバル化による悲惨な環境破壊の実態は、先進国ではほとんど忘れられているのだ。
 アフリカで素朴に暮らしていた人々は、先進国から持ち込まれる目のくらむような消費財に心を奪われて、それを手に入れるためにカネを欲しがり、その地下に資源があるとなれば、先祖伝来の土地を売ってカネを得る。それで一時的に豊かになれるが、生活の基盤だった土地を追われ、日々の糧を得るため鉱山労働者としてわずかのカネで雇われる賃金奴隷となる。そこにはもはや民族の誇りも伝統文化もある。残されたのは先進国から持ち込まれた拝金主義という新たな異教だけなのだ。
 やがて環境は開発で破壊される。途上国は環境保護の規制などあってないようなもの。アマゾンの熱帯雨林はどんどん伐採され、木材は輸出され、農地には単一の商品作物が大規模に栽培される。鉱山を開発すれば有害な物質がどんどん出る。そして環境破壊の代償として得られた貴重な資源は次々に先進国へ運ばれ、消費され、大量のゴミとなる。そしてゴミもまた途上国に持ち込まれる。
 また卑近な例では中国の環境破壊、公害問題がある。グローバル社会では「中国の高い経済成長が世界経済を牽引した」などと中国を高く評価するが、その高い経済成長は環境の破壊を前提としており、これを高く評価するグローバル社会は偽善ではないか。こうした中国の環境破壊はグローバル社会も当初から予測可能だったはずである。なぜ問題が深刻化するまで放置したのか。それはまさにグローバル経済の性格を如実に表している。カネがすべてなのである。
posted by GHQ/HOGO at 07:48| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月09日

グローバル化は滅亡への道 1

今日、主流といわれるエコノミストの多くは経済のグローバル化を当然のように受け入れ、何の疑いもなくグローバル化を推進している。彼らの主張は「グローバル化、とりわけ新自由主義と市場原理主義で世界中の資源が最適に配分され、より多くの富を生み出し、世界経済は発展する」というものだ。ところが実際にはその逆の現象が数多く報告され、疑問の声も挙がっている。グローバル化はユートピアをもたらすのか。
 経済のグローバル化による効果は、理論上、すばらしいものであるかに見える。自由貿易を行う複数の国が、互いに資源の過不足を補完し、より生産性の高い分野の生産を分担して行う「国際分業」は非常に効率的で生産性も高いことは間違いない。しかし生産性が高いからと言って、人々が豊かで幸福になるとは限らない。実際にはその逆のことが生じている。生産性が高くとも人々に不幸をもたらすのであれば、それは社会のシステムとして不適切なのだ。
 @ グローバル化が招く貧困問題
 確かに多くの途上国はグローバル化によって「国家としての経済成長」を遂げている。BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)はもちろん、その他の東南アジア諸国、アフリカでも高い成長を示している。しかしグローバル化は同時に途上国に深刻なインフレと貧富の格差をもたらした。2012年はアラブの春などと言われ、中東諸国の独裁政権が民衆の武力暴動により次々と打ち倒された年だが、この暴動の背景には貧富の格差の問題がある。グローバル化の波に乗り、経済成長した中東の国々で貧富の格差が許容範囲を超え、多くの人々の怒りを誘ったのだ。また成長著しい中国でも格差が拡大し、農村部では暴動が絶えず、開発で土地を奪われた農民が都市に溢れている。途上国の経済成長は人々に豊かさをもたらしたとは必ずしも言えない。豊かな人がますます豊かになり、貧しい人はますます貧しくなる。国の経済規模で見れば成長したかも知れないが、社会的な完成度としてはむしろ後退したと言えるのではないか。
 また、貧困がテロの温床になっているとはずいぶん昔から指摘されていることだが、それは解消されるどころか、グローバル化の進展した今日、ますます悪化している。つまりグローバル化による貧富の格差こそテロの温床ではないかと疑われる。グローバル化で資本の移動がどんどん行われるようになり、多くの途上国は経済成長のためという名目で、先進国からの莫大な債務を抱えるようになった。先進国から借金することで利益を得るのは一部の人々であっても、債務の返済のためにおカネを払うのは多くの庶民なのだ。その返済のために人々の貧困化に拍車がかかっている。たとえばある途上国では先進国からの債務の支払が滞ったために公共事業としての水道事業を外資に売り払う羽目になり、水道料金が引き上げられて暴動が発生している。このような途上国における格差の問題は中東のみならず、世界のすべての途上国に共通する社会問題と言えるう。
posted by GHQ/HOGO at 07:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月08日

日本の貧困対策がどれほど貧困かよく分かる数字

 生活保護に充てる予算はどのくらいか、GDPにしめる生活保護費の比率を見てみよう。
 OECD加盟国平均2.4%
 アメリカ3.7%
 イギリス4.1%
 ドイツ2.0%
 フランス2.0%
 日本0.3%
 日本はOECD加盟国の中でも生活保護費の占める割合はGDP比率が0.3%と極端に低いのだから、これで国家財政が圧迫されて破産するとは考えられない。国が国民の最低限の生活をしっかり支えようということにいかに不熱心かわかる数字だと思う。その上、追い打ちをかけるように消費税増税してさらに貧困者の負担を増大させ、その一方で法人税減税して大企業ばかりますます肥え太る・・・。こういう政治が国民を幸せにするとはとても思えない。
 さて一方の国民のほうはというと、自力で生きていけない人たちを国や政府は助けるべきだとは思わないと言う人が日本では3人に1人以上もいることがアンケートでわかった。
 日本 38%
 アメリカ 28%
 イギリス 8%
 フランス 8%
 ドイツ 7%
  中国 9%
 インド 8%
 日本は何という生きにくい国なのだろうか。「人様に迷惑をかけるな」という日本的な美徳は、度が過ぎれば他人に冷酷であることの裏返しでもあるのだ。
posted by GHQ/HOGO at 06:59| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする