2020年01月09日

.生活保護を受けたら何が支給されるのか?

 大きく8つの扶助がある。
・生活扶助
日々の暮らしにかかる食費、光熱費、電話代、交際費など
・住宅扶助
家賃や部屋代、地代、住宅の修繕費や更新費、引っ越し費用など
・医療扶助
病気やケガをして医療を受けるときの費用、通院費
・介護扶助
介護サービスを受ける費用など
・教育扶助
学級費、教材費、給食費など子供の義務教育にかかる費用
・出産扶助
病院や助産施設で出産する費用
・生業扶助
就職支度費用、子供の高校の授業料など就職するための技能を習得する費用
・葬祭扶助
お葬式、火葬、埋葬などの費用
そのほか、状況に応じた一時扶助もある。(例えば、アパート入居の費用など)
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2020年01月08日

生活保護制度とはどのような制度か?

 生活保護制度とは、生活に困窮している国民に、その程度に応じて必要な保護を行い、最低限度の生活を保障するとともに、自立の助長を図ることを目的とした制度である。
 ・資産、能力等全てを活用した上でも、生活に困窮する人が対象となるので、各種の社会保障施策による支援、不動産等の資産、扶養義務者による扶養、稼働能力等の活用が、保護実施の前提になる。
 ・困窮に至った理由は問わない。
 ・保護は、(1)生活扶助、(2)教育扶助、(3)住宅扶助、(4)医療扶助、(5)介護扶助、(6)出産扶助、(7)生業扶助、(8)葬祭扶助から構成されている。
 (1)生活扶助は、日々の暮らしにかかる食費、被服費、光熱費などがもらえる制度
 (2)住宅扶助は、家賃、部屋代、地代、住宅維持費(修繕費)、更新料、引っ越し費用などがもらえる制度
 (3)教育扶助は、子どもの義務教育にかかる費用(学級費、教材費、給食費、通学費)などがもらえる制度
 (4)医療扶助は、病気やケガをした際に、治療・手術・薬などの費用を支払っての現物給付。最小限の通院費がもらえる制度
 (5)介護扶助は、介護サービスの費用を支払って現物給付がもらえる制度
 (6)出産扶助は、病院や助産施設で出産する費用がもらえる制度
 (7)生業扶助は、就職するための技能を習得する費用、就職支度費用、子供の高校の授業料などがもらえる制度
 (8)葬祭扶助は、お葬式・火葬・埋葬などの費用がもらえる制度
 ・各扶助により、健康で文化的な生活水準を維持することができる最低限度の生活を保障している。
 ・扶助の基準は、地域や世帯数等に応じて、厚生労働大臣が設定する。
 ・保護の実施機関は、都道府県知事、市長及び福祉事務所を管理する町村長。保護の実施機関は、保護の決定・実施の事務について福祉事務所長に委任をし、福祉事務所長が行政庁として保護の決定・実施の事務を行う。
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2020年01月07日

自治体から葬儀費用を支給される「葬祭扶助制度」とは?

 生活保護受給者を対象とした「葬祭扶助制度」により、葬儀を行うための費用が自治体から支給される。
 「亡くなった方が生活保護受給者だった」、「生活保護を受給している方が葬儀を行うことになった」場合、生活保護法の第18条の葬祭扶助で定められており、国から最低限の葬儀費用が支給される。葬祭扶助制度の申請をするには、以下のどちらかの条件を満たす必要がある。
 A:葬儀を執り行う施主(扶養義務者)が生活保護受給者で生活に困窮している場合
 B:故人が生活保護受給者で遺族以外の方(家主など)が葬儀の手配をする場合
 「A」の場合であれば、その管轄の役所にある福祉課や保護課により、故人や遺族の収入状況・困窮状態を元に判断される。「B」の場合、故人が残した金品から費用分を受け取ることもでき、それだけでは足りない部分が支給となる。
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2020年01月06日

「税金」でまかなわれている受刑者にかかるコスト

 高齢者が罪を犯してしまう背景には「生活保護を受けるのは恥ずかしいことだ」「自分が生活保護を受けられると思わなかった」などという生活保護に対する誤解や思い込みが多いことにあるす。
 それゆえ、一度服役をした高齢者が、帰る場所がないため出所後すぐに再犯を行い、刑務所に戻ってくるケースも珍しくない。高齢者にとって社会福祉サービスを利用するよりも、刑務はあるものの衣食住が保障された刑務所の方が居心地がいいと思われているという問題があり、「福祉の敗北」ともいわれている。
 ただし、受刑者1人当たりにかかる300万円のコストは税金でまかなわれているので、日本国民にとって無関係な問題ではない。
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2020年01月04日

生活保護の受給者は、本当に「ラクをしている」のか?

 生活保護の受給額削減が決定。セーフティーネットが充実している国こそ、人々はチャレンジするようになり、消費も活性化していくものだと思うが、日本はその逆を行っている。かいつまんで言うと、生活保護は国民1人ひとりにとってのセーフティーネットであり、保険である。日本国憲法においても、国民は「健康で文化的な最低限度の生活」を送ることが保障されているのだから、そこはあまりケチるべきではない。
これに対しては、「その通りだ」と賛意を示してくださる方もいれば、「今までがもらいすぎなのだから、下げられて当然」という意見もあった。実際に生活保護を受給している人々からの悲痛なリプライを読むにつけ、彼らが「もらいすぎ」だと断罪する気にはなれないが、しかし、批判をする人々の意見にも耳を傾けるべきものがある。
 「あいつらは仕事もしないで、苦労もせずにカネをもらっている」
 働けども、働けども、生活がラクにならない人々の心にこうしたネガティブな感情が芽生えることは、とても自然なことだ。その感情を真っ向から否定する気ちになれない。ただ、そうした感情を、そのまま生活保護叩きへと向けることには、「ちょっと待ってほしい」のである。
 そもそも、生活保護受給者の人々は、本当に「ラクしている」のだろうか。もし、彼らの生活が本当に苦労のないものであるなら、生活保護叩きをしている人々もこぞって仕事を辞め、みずからが生活保護の申請をしているはずだ。だが、ほとんどの人はそれをしない。なぜか。それは、日本ではまだまだ生活保護を受給することがスティグマ(負の烙印)とされているからだ。
 本来、生活保護の受給は、恥じるべきことではない。体を壊したり、精神を病んだりして仕事ができなくなる可能性など、誰にも等しくあるからだ。だから、そうした状況に陥ってしまった場合は、恥じることなく生活保護を申請できる社会にしていくべきだ。
 だが、いまの日本では、そのスティグマを恐れて、多くの方が「ギリギリまで」頑張ってしまう。生活保護を受給することは一般社会からの「転落」と捉えられてしまい、それによって大いに自尊心を傷つけられてしまう可能性があるからだ。
 だから、「生活保護の受給者はラクをしている」という考え方に賛同できない。あらゆる出費を切り詰めて、切り詰めて、それでもどうにもならなくなったときに、仕方なく受給の申請をしている方がほとんどだ。もちろん、一部にはそうした努力さえすることなく、安易に生活保護に頼っている方もいるかもしれない。しかし、だからと言って、受給者全体を指して、「あいつらはラクしている」と批判するには無理があるのではないか。
 もう1つ、散見された批判のなかには、「あいつらも頑張れば働けるくせに」というものがあった。これも気持はわからないではないが、ある意味、危険な考え方なのだ。それは、相手が自分と同じ健康状況、精神状況であることを前提としているからだ。だが、「あなた」と「彼ら」は違う。健康状況も、精神状態も、さらには能力も。
 立場を変えてみよう。必死に働けども、経済的に苦しい思いをしている人に、高所得者が「もっと給料の高い仕事に就けばいいのに。努力が足りないんじゃない」という言葉をかけたとしたら、はたして前者はどう思うだろうか。おそらく、怒り心頭。「それができたら苦労しねえよ」とでも吐き捨てたくなるだろう。
 勤勉なことで知られる日本国民。ほとんどの人が、与えられた環境のなかで最大限に努力している。その時点での健康状態、精神状態、能力などを踏まえた上で、できるかぎりの努力をしている。しかし、所与の状況が異なるのだから、努力の結果が異なってくるのも当然だ。だから、高所得の人、そうでない人、働くことができない人が出てきて当然だと思うのだ。
 結局は"感情"の問題なのだろう。「おまえの言っていることは理解できなくもないが、それでも生活保護を受けているやつらが、どうしてもムカつくんだよ」という方もいらっしゃるだろう。もう、それは仕方がないことだ。感情だからだ。
 でも、最後にいくら生活保護叩きをして、彼らの受給額を下げさせることに成功しても、結局は誰をしないのである。1円の得にもならない。だったら、「生活保護ふざけんな」と叫ぶのではなく、「全員の賃金を上げろ」と主張するほうがよっぽど建設的だし、国民の利益につながるのではないか。
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2020年01月02日

公的扶助の国際比較

 公的扶助制度は、国によってその位置づけが大きく異なり、地方政府の責任としているところも多く、比較は難しいが、大きくは、できるだけ人々が生活困難に陥らないように「予防の」対策に力点を置く国と、予防にはあまり負担をかけないで生活困難に陥ってから救済することに重点を置く国とに分かれる。
 前者では、社会保障全体の規模は大きくなるが、公的扶助の規模は小さくなる。北欧やドイツなどヨーロッパの多くの国がこの部類に入る。
 後者の場合、社会保障の規模自体は大きくないが、公的扶助にはかなりの費用をかける。アメリカがその典型例であるが、イギリスもこの部類に入る。
 日本は普遍的な社会保険制度が整えられており、前者に属するが、日本の社会保障の規模は小さく、後者のイギリスをも下回っている。にもかかわらず、公的扶助の規模は厳しく抑えられ、それが少ないはずのスウェーデンやドイツをも下回っている。日本は、社会保障の規模もその中の公的扶助の規模も、ともに低い特異な国だということができる。
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2020年01月01日

増え続ける生活保護の受給者

 生活保護の費用は、国が4分の3を、自治体が4分の1を負担している。厳しい財政事情にある国も自治体も、社会保険などの普遍的な社会保障の費用を抑制するだけでなく、生活保護費も抑制してきた。人々に生活保護の申請を諦めさせたり、受けている保護を辞退させるなど、生活保護をめぐって厳しい取り扱いが問題となっている。不況が続く時期に、最後の安全網である生活保護も抑制するのでは、生存権をうたった憲法第25条が有名無実となりかねない。生活できないほどの低賃金が一般化する中では、生活保護の予算を十分に確保していくことが重要である。
 実際に生活保護を受けている人の数(保護実人員)は、1995年度の88.万人に対し2019年度では208万人に達している。人口に占める被保護実人員の比率を保護率というが、世帯1000当たりの保護率はその間に14.8%から32あまりになり、生活保護の総費用も、95年度の1.52兆円から19年度には3兆円あまりに膨らんでいる。しかし、実際に生活保護を必要としている人はもっと多いはずなので、これでも足りないのかもしれない。そもそも日本では、生活保護を受ける人もこれにかかる費用も、先進諸国の中では最低なのである。
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2019年12月31日

機能しないセイフティーネット

 生活保護は、他の制度がうまく機能していれば、それほど国の支出は増えない。失業率が低く、賃金が一定水準を維持し、社会保険がうまく機能している場合は、生活保護の費用はそれほどかからない。不況が長く続く場合でも、社会保険が余裕を持って運営されていれば、生活保護が必要になる前に多くの人を救済できる。したがって、生活保護を受ける人が多いということは、本来喜ぶべきことではない。よい生活保護制度を備えながら、それを必要とする人が少ないことが望ましい。反対に問題なのは、普遍的な制度が不十分で、生活保護を必要としている人が多いのに、生活保護がセイフティーネットの機能を十分に果たせず、保護を受ける人が少ないことである。セイフティーネットとは、人々の生きる権利を保障する最後の安全網である。
 最近の日本の政府は、望ましくない政策を選択してきているように思う。長引く不況で、働く人々の所得は全体として減る一方である。企業は非正規雇用を増やし、正規労働者の賃金も抑えてきた。働いても最低限度の生活が維持できない人々が増えるようになった。こうしたときにこそ、重要な役割を果たすのが社会保険であるが、これまでの社会保険は正規労働者をモデルに作られているので、非正規労働者をうまく救済することができない。弱体化した社会保険をしっかりと支えるには、政府がこれまで以上に支援しなければならないのに、政府は逆に社会保障予算を削減きた。だから普遍的な社会保障制度の網の目からこぼれ落ちる人々、すなわち生活保護を必要とする人々はし続けて確実に増えているはずである。
 生活保護の申請を辞退させられ「オニギリ腹一杯食いたい」と日記に残して餓死する人(2007年北九州市)が出たり、生活苦から自殺する人が絶えない現状(自殺者は10年連続で3万人超)は、生活保護がセイフティーネットの機能を果たせていないことの現れであるといえる。
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2019年12月30日

機能しないセイフティーネット

 生活保護は、他の制度がうまく機能していれば、それほど国の支出は増えない。失業率が低く、賃金が一定水準を維持し、社会保険がうまく機能している場合は、生活保護の費用はそれほどかからない。不況が長く続く場合でも、社会保険が余裕を持って運営されていれば、生活保護が必要になる前に多くの人を救済できる。したがって、生活保護を受ける人が多いということは、本来喜ぶべきことではない。よい生活保護制度を備えながら、それを必要とする人が少ないことが望ましい。反対に問題なのは、普遍的な制度が不十分で、生活保護を必要としている人が多いのに、生活保護がセイフティーネットの機能を十分に果たせず、保護を受ける人が少ないことである。セイフティーネットとは、人々の生きる権利を保障する最後の安全網である。
 最近の日本の政府は、望ましくない政策を選択してきているように思う。長引く不況で、働く人々の所得は全体として減る一方である。企業は非正規雇用を増やし、正規労働者の賃金も抑えてきた。働いても最低限度の生活が維持できない人々が増えるようになった。こうしたときにこそ、重要な役割を果たすのが社会保険であるが、これまでの社会保険は正規労働者をモデルに作られているので、非正規労働者をうまく救済することができない。弱体化した社会保険をしっかりと支えるには、政府がこれまで以上に支援しなければならないのに、政府は逆に社会保障予算を削減し続けてきた。だから普遍的な社会保障制度の網の目からこぼれ落ちる人々、すなわち生活保護を必要とする人々は確実に増えているはずである。
 生活保護の申請を辞退させられ「オニギリ腹一杯食いたい」と日記に残して餓死する人(2007年北九州市)が出たり、生活苦から自殺する人が絶えない現状(自殺者は10年連続で3万人超)は、生活保護がセイフティーネットの機能を果たせていないことの現れであるといえる。
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2019年12月29日

生活保護―問題は濫給ではなく漏給

 生活保護の額はある程度余裕のあるものでなければならないし、必要な人には確実に支払われなければならないものである。そのため、生活保護はさまざまな不正や犯罪の土壌となりやすい。生活保護の受給者に借金をさせて毎月そこからピンハネをさせる業者がいたり、医師を脅して医療費や通院交通費をせしめる者もいる。こうしたことが報道されると、多くの人は、生活扶助の基準が高すぎるとか、通院のための交通費の扶助に限度を設けるべきだなどと思いがちであるが、犯罪や不正と、生活保護の水準や扶助のあり方とは、決して混同すべきではない。こうした制度には、犯罪や不正はつきものである。それが起こらないように努力することは大切なことであるが、だからといって、保護水準を下げて必要な人が最低生活を維持できなくなるようなことがあってはならない。
 実際、問題は濫給ではなく漏給の方である。生活保護を受けられるのに受けていない人が多いからである。受給できるはずの人々のうち、実際にどの程度の人が受けているかを示す数字を生活保護の捕捉率というが、日本の捕捉率は超低率である。いくつかの研究によると、受けるべき人の1割とかせいぜい2割の人しか生活保護を受けていないことが明らかにされている。
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2019年12月28日

生活保護の問題点―避けては通れないミーンズテスト(資力調査)

 生活保護を受けるには、その人の実際の収入が国が定める最低生活水準にどの程度不足しているのかを詳しく調べる必要がある。年金があればその額は扶助基準の額から差し引いて、不足する分だけ支払われる。パートの賃金収入があれば、就労に伴う若干の控除(必要経費)を残しあとは扶助額から差し引かれる。それは、生活保護の保障が、最低生活までの保障に限られるからである。
 差し引かれるのは所得だけではない。貯蓄があれば、生活保護を受ける前にそれを生活維持に活用することが求められる。一般の人が持っていないようなぜいたくな品も、処分する必要がある。さらには、まずは親類の援助を受けるように促される。生活保護は、このように本人の生活困難の事情を細かく調査することを避けて通れない。公的扶助制度に伴うこうした調査のことを「ミーンズテスト」というが、これが公的扶助の実際の受給を難しくしている最大の原因である。実際、こうした屈辱的なミーンズテストをきらって申請しない人は多く、生活保護が受けられるのに受けていない人が多数存在している。
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2019年12月27日

腐敗した政府−その所有物と貧困

今から30年前、モンゴルは政治的には民主主義体制へ、経済的には自由市場経済への道を選び、不可逆的な目的として憲法に定めた。その理由は、民主主義が根付き、自由市場経済を構築した国の生活水準は短期間で劇的に向上してきたという歴史を鑑みてのことからだ。しかし、自ら選んだこの道を進むことなくさまよっている。
 政府は寡頭制になり、経済が停滞し、国民の生活水準は向上するどころか、低下している。人々は為す術もなく地方から都市へ、都市から海外へ流出し、その流れは止まらない。国民全体の半数は首都ウランバートルに、6%が海外に居住している。
 民主主義体制が確立されない原因は、民主制度の礎となる三権(立法、行政、司法)それぞれの機関が組織的に強化されてないことに直接関係している。クレジットカードなぜ三権分立が機能しないかというと、これらの機関の組織構造が常に変わり、人材は能力ではなく政党の党首により近い人物あること、政党への寄付金の多寡で選ばれているからだ。政党は行政機関のポストを売却し、公共事業入札で便宜を図るなどして資金を調達している。こういったことに党員たちは慣れてしまった。だから、政府の腐敗はあらゆる階層に侵食している。
 政府による企業の国有化の拡大、食糧やエネルギー、住宅の価格統制、非公開で行われる土地売買取引が常態化するにつれ自由市場経済の道から遠く離れていく。さらに政府によるソフトローンの交付、根拠なき税率の引き下げ、国民への現金給付があればあるほど自由競争は消えていく。
 政府の干渉が増えるほどに腐敗は拡大し、民間企業が縮小している。これが経済の自然な発展を行き詰まらせ、失業と貧困を生み出している。
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2019年12月25日

支援型サービスと準市場

 福祉国家の未来を展望するにあたって、スウェーデン型であれアメリカ型であれ、諸外国のモデルをそのまま導入するのは不可能である。日本型福祉国家のこれまでのかたちを振り返って、その消極面を根本から是正し、その積極面を継承し発展させていく方向での転換が構想されるべきであろう。
 こうした方向に向けた改革について、再分配(社会保障)のサービス給付と現金給付、そして当初分配(雇用保障)について簡単に述べるならば、以下のようになるだろう。
 第1に、保育(就学前教育)、介護、就労支援など支援型サービスが強化されなければならない。男性稼ぎ主の安定雇用に代わり、老若男女の就労と社会参加を支えるのは、こうした支援型のサービスである。人々の就労と社会参加を妨げている要因は、家族のケア、自身の心身の弱まり、経済困窮などが複雑に絡まり合っている。
 したがって、こうしたサービスについては、行政が画一的な手法で提供しても効果はない。そこで支援型サービスは、準市場quasi marketの方法で供給されることになる。準市場とは、非営利や営利の多様な民間団体が参入し、基本的には公的な財源で(わずかな自己負担あるいは無償で)サービスが供給される仕組みである。
 介護保険制度や措置から契約に移行した子供子育て新制度などは、準市場に近い仕組みであるが、自己負担分が過大である。さまざまなサービスの最適な組み合わせが、人々の絡み合った困難を解きほぐすのに必要なのである。
 福祉国家の未来においては、母子世帯、就労支援、困窮、障害といったサービスの垣根が取り払われ、ほんとうに1つのワンストップサービスの窓口で、さまざまなサービスを組み合わせたオーダーメイドの支援計画が作成されるようになる必要がある。
 第2に、所得保障については代替型から補完型への転換をすすめる必要がある。代替型の所得保障とは、生活保護の生活扶助や雇用保険の給付のように、何らかの事情で失われた所得を、その何割かの水準でまるごと代替する仕組みである。これは人々が失業や病気などで雇用を失う際に社会保障の対象となる従来の所得保障の考え方であった。
 これに対して、補完型の所得保障とは、就労し続けているが就労時間が短かったり、給与水準が十分でなかったりする場合、あるいは家族の扶養などの必要がある場合に、所得を補完する仕組みのことである。補完型の保障は、より多くの人々が就労を目指す一方で、所得面での見返りが大きい安定した雇用が縮小している時代に有効な保障である。
 既存の制度では児童手当などの家族手当が挙げられる。さらに、就労や子育てを条件に税額控除をおこない、低所得で控除しきれない部分を現金給付する給付付き税額控除は、これからの補完型所得保障の柱となりうる。
 第3に、かつての日本型福祉国家で大きな役割を果たしていた当初分配の仕組みを、新しい形で蘇らせることである。加えて重要なのは、当初分配の基礎となる雇用のかたちそのものを転換していくことである。
 長時間労働で会社の要請に応える旧来の日本の働き方は、男性稼ぎ主雇用に適合的であっても、新しい日本型福祉国家の土台としてはふさわしくない。老若男女の多様な働き方を受け入れる職場が不可欠となる。
 現在、中小企業の多くが人手不足に悩んでいる。その一方で、地域では仕事に就けず排除されていく人々が増大する。この矛盾した状況を打開し、支援型のサービスや補完型の所得保障を活かしていくためには、能力面でも条件面でも、より多様な人々が力を発揮できる雇用の場が不可欠である。
 現在一部の企業では、専門的職務の業務から単純な仕事を切り出し、これを就労困難な事情を抱える人々に割り当てて、職場の効率を高めつつ包摂力を高めようとする試みがなされている。無限定の献身を前提とした男性稼ぎ主雇用から包摂型のダイバーシティ・マネジメントへの転換は、日本型福祉国家の復活の条件でもある。
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2019年12月24日

旧来型の当初分配を超える

 第1に、当初分配による雇用保障は、その対象を基本的には男性稼ぎ主に限定してきたということである。これからの雇用保障は、広く老若男女を対象としていく必要がある。そのためにも、保育や生涯教育など、雇用保障と社会保障とのより密接な連携が必要になる。
 第2に、公共事業を分配する「土建国家」という言い方が象徴するように、当初分配は行政の裁量、政権党の利益誘導政治と一体不可分であった。これに対し、新たに老若男女の雇用保障を実現する仕組みは、地域と社会の客観的ニーズに対応しつつすすめられなければならない。
 2009年に政権に就いた民主党もまた、マニフェストで「コンクリートから人へ」を掲げて、当初分配を再分配に置き換えることを主張した。併せて社会保障では、子供子育ての優先度を引き上げることを掲げた。だが、公共事業などの当初分配については、自民党政治の名残として縮小していく発想が強かった。
 本来ならば、旧い当初分配から、第六次産業化や再生可能エネルギー関連などの事業による新しい当初分配への転換が強く打ち出されるべきであった。あるいは生活保護という再分配の対象から、就労可能な受給者が就労できる事業の創出も検討されてしかるべきであった。
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2019年12月23日

当初分配と再分配の新しい組み合わせへ

 日本型福祉国家が当初分配を軸にして、雇用保障を強めてきたことそれ自体は評価されてよい。
 ハッカーが当初分配を問題にするのは、かつてのイギリス労働党の「第三の道」論などへの反省に基づく。「第三の道」は、業界保護などの当初分配はグローバルな市場経済においては維持できないという点で新自由主義に接近しつつ、他方で再分配を単なる弱者保護から就労支援を軸とした社会的包摂型のものに転換していこうとした。だがハッカーによれば、当初分配を放棄すれば格差は際限なく拡がり、再分配でカバーしようとしても難しいのである。これは、今日の日本の状況と重なる。
 問題は当初分配そのものというより、当初分配の在り方とその再分配との関係である。日本型福祉国家が雇用保障を重視してきたのは間違いではなかったが、ここには決定的な問題点があったのだ。
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2019年12月22日

当初分配を重視した日本型福祉国家


 なぜこれまでの日本は小さな福祉国家であったにもかかわらず、当初所得を安定させることができたのであろうか。それは、再分配(リ・ディストリビューション)に代わって、当初分配(プレ・ディストリビューション)の仕組みができていたからである。
 当初分配とは、イエール大学の政治学者ジェイコブ・ハッカーの表現で、当初所得を決める仕組みのことである。当初所得とは、市場のメカニズムで自然に決まるものではない。日本ではこれまで長期的雇用慣行、地方の当初所得を安定させる公共事業や業界保護など、この当初分配の仕組みが男性稼ぎ主の雇用を安定させた。そして男性稼ぎ主は、その勤労所得で妻と子供を養い、国はこのようなかたちを支援するために、税制や年金制度で専業主婦を優遇した。
 日本の再分配が高齢者向け支出に偏っていたのは、現役世代に対しては当初分配が生活保障の根幹となったからである。ところが、1990年代の半ばから、経済の脱工業化やグローバル化を契機として、男性稼ぎ主の安定雇用の基盤が崩れ始めた。
 95年に日経連はレポート「新時代の日本的経営」を発表し、全社員を長期的雇用慣行や企業内福利厚生の対象とするのを止め、雇用保障を一部の社員に絞り込んでいくことを提起した。2000年には、公共事業支出のGDP比もピーク時の半分ほどとなり、また、中小企業の業界保護の制度も規制緩和がすすんだ。非正規雇用は1995年には1000万人を突破、2013年には38.2%が非正規雇用となった。
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2019年12月21日

再分配前の平等度が高かった日本

 1990年代までは、日本の社会保障支出はアメリカをも下回っていたが、むしろ貧困率は抑制され、ジニ係数でみた格差もより小さかった。皮肉なことに、社会保障支出が増大するなかで、格差と貧困が拡がっていることになる。
 かつて日本のジニ係数は、社会保障支出が抑制されていたために再分配の前と後の改善度(再分配率)は低かったが、当初所得の段階で格差が小さかったために、大きな格差とはならなかった。今日、社会保障支出の増大で、再分配の前と後でのジニ係数の改善度は上昇している。にもかかわらず、再分配前の格差が、低所得層の拡大でそれを上回る速度で拡がっているために、ジニ係数はかつてに比べて上昇しているのである。
 算定の基礎が違うので表と単純に比較はできないが、厚生労働省の所得再分配調査では、1999年に0.472であった当初所得のジニ係数は、2010年には0.554にまで上昇した。この間、再分配率は19.2%から31.5%まで拡大したが、再分配後のジニ係数は0.381から0.379と若干の改善に留まり、しかもこの数年では上昇しているのである。
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2019年12月20日

「退職後の高齢者」へ偏る支出構造

 その理由は、日本の社会保障支出が年金や高齢者医療など高齢者向けの支出に偏ってきたこと、そして急速に進む高齢化が、こうした支出構造と連動して社会保障支出を押し上げているからである。たとえば日本では高齢者向けの現金給付がGDP比で8.8%で、OECD平均の6.9%を大きく上回る。高齢者向けの支出といっても、正確にはかつて安定し仕事に就き社会保険に加入していた「退職後の高齢者」への支出(年金の公的負担や医療費)であるので、受給資格を欠いた高齢者の貧困もすすむのであるが。
 その一方で現役世代について言えば、雇用が不安定化し非正規雇用が拡大するにもかかわらず、保育サービスや公共職業訓練など現役世代向けの支援が弱いために、経済的困窮に陥る人々が増えている。保育など家族向けのサービス・現金給付のGDP比は、日本では1.4%で、OECD平均の2.2%に及ばない。現役世代は、高齢者向けの社会保障支出の負担ばかりを負うことになっているのである。
 社会保障支出を拡大しても、貧困や格差が拡がっているとすれば、日本型福祉国家の未来は暗いのだろうか。もちろん楽観は許されない。だが、もはや万事休すというわけでもない。日本型福祉国家のかたちを振り返ると、西欧の福祉国家とは異なって雇用保障を優先するという特徴があった。そしてこの特質を、21世紀の新しい環境のもとで蘇らせることも可能なのである。
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2019年12月19日

東アジアでは突出した福祉国家の日本

 日本は、少なくとも社会保障支出の規模から言えば、非西欧世界における初めての本格的な福祉国家となりつつある。経済協力開発機構(OECD)の統計では、2011年にGDP比で見た社会保障支出は23.1%に達し、イギリスの22.7%をも超えた。「ゆりかごから墓場まで」面倒をみる福祉国家のモデルとしてイギリスを仰ぎ見てきた世代からすると、隔世の感があろう。日本の支出水準は、オランダの23.5%とほぼ同じである。同じ東アジアで日本の次に社会保障支出の規模が大きい韓国が10%に留まっていることを考えると、日本は東アジアでは突出した福祉国家となっていることが分かる。
 だが、社会保障支出の規模が大きいということは、必ずしも福祉国家として貧困問題や人口減少への対応に成功していることを意味しない。日本では近年、現役世代の女性の貧困率が上昇し、12.6%に達している。オランダでは、女性の貧困率は4.6%である。母子世帯において貧困が拡がったために、子供の貧困率も上昇し、ユニセフの統計では14.9%となっている。オランダの子供の貧困率は5.9%である。
 さらに、今日の福祉国家の重要な課題である人口問題への対応においても、人口の減少を食い止めることができずにいる。2014年春には民間の政策提言機関が、2040年までに半数の自治体が人口減で持続困難になる可能性があるというレポートを発表して衝撃を呼んだ。社会保障支出が拡大するなかで、現役世代に貧困や格差が拡がっているのである。これはなぜなのであろうか。
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2019年12月18日

実際は、生活保護費を「ぜいたく品」に使う人は少ない:研究結果

 最近の実証研究が示すところでは、実際のところ生活保護費をタバコやアルコールなど「ぜいたく品」「嗜好品」の購入に使う人は少ない。
 例えば世界銀行のデイビット・エバンス、スタンフォード大学のアンナ・ポポバ両氏が19の計量研究をメタ分析したところ、公的扶助など現金給付において、「ぜいたく品」「嗜好品」の購入増は認められず、むしろ購入減(支出を減らす)ことが認められた。
 なお「メタ分析」とは、統計的分析のなされた複数の研究を収集し、統計学的知見を活かして統合したり比較する研究法のこと。
 生活保護に関するデマは古今東西、幅広く見られるものであり、例えば80年代のアメリカ大統領・レーガンは州知事時代から「ウェルフェアクイーン(公的扶助受給の黒人マザー)がキャデラック(高級車)を乗り回しているぞ!」との怪気炎をあげていた。
 実際問題として、そんな”マザー”が存在しなかったことは、言うに及ばない。が、当時から現在に至るまで、この言葉は一種のスローガンとなってアメリカ社会に定着し浸透している。
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