2018年03月25日

貧困層をより貧しくする日本の歪んだ所得再配分

「日本の相対的貧困率は今やOECD(経済協力開発機構)諸国で最も高い部類に属する」。2006年にOECDが公表した「対日経済審査報告書」は、日本が米国に次ぐ第2位の貧困大国である、という衝撃的な結果を伝えていた。
 相対的貧困率とは、税金や社会保障の負担などを差し引いた後に残る可処分所得を分析したもの。国民全体の所得分布から見て、中間に位置する人の半分以下の所得しか得られていない人の割合を示している。
 この報告書によれば、日本の相対的貧困率は13.5%。1位・米国の13.7%に肩を並べる水準だ。OECD加盟諸国の平均8.4%はおろか、3位・アイルランドの11.9%をも大幅に上回る。
しかし、「日本は政府も含めて総中流意識が強く、これまで貧困の問題が十分に議論されてこなかった」と、貧困問題に詳しい国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩・国際関係部第2室長は指摘する。「日本は貧困に関する統計も十分に作られておらず、国会答弁も、ワーキングプアがいったい何人いるのかわからない状態で行われている」のが実情だ。先進国最悪の状況を抱えながらも、日本は長らく貧困の問題から目をそらしてきたのである。
日本が米国と肩を並べる貧困大国になったのは、なぜか。OECDの報告書によれば、非正規労働の増加による労働市場の二極化が主な要因だ。
「10年前に全労働者の19%だった非正規労働者の割合は30%以上に増加した。パートタイム労働者の時間当たり賃金は平均してフルタイム労働者の40%にすぎない」。
では欧米諸国は、こうした貧困や格差の問題に対して、どのような処方箋を講じてきたのだろうか。
欧米諸国が導入を進めたものに「ワークフェア」と呼ばれる政策がある。ワークフェアとは、生活保護などの社会保障給付を行う条件として、一定の就労を義務づけるもの。各種の就労支援政策と組み合わせることによって、福祉に頼って生きていた人を経済的に自立させ、貧困から脱出させる政策だ。
しかし、欧米で成果を上げたワークフェアが、そのまま日本の実情に当てはまるかというと、そうではない。ワークフェアが対象とするのは働いていない人だが、日本の貧困層の多くはすでに働いているからだ。
 たとえば、貧困率の高い母子家庭。日本政府は、シングルマザーの就労を促進するために、児童扶養手当を5年以上受給してきた母子世帯の手当を最大で5割削減すると決めた(実施は凍結状態)が、母子世帯の母親の85%はすでに働いており、仕事を2つ3つ掛け持ちしているケースも珍しくない。それでも、平均年収は全世帯平均の4割にも満たないのが現実だ。
 しかも、最低生活水準を下回る収入で生活している世帯のうち、実際に生活保護を受けている人の割合を示す「補足率」は、日本では20%以下と、他の先進国を大幅に下回る。所得がゼロでも働く能力があると見なされたり、最低生活費の半月分に相当する資産を持っていれば却下される、といったように、たとえワーキングプアであっても生活保護が受けられないのが日本なのだ。働けど貧しい日本の貧困層に対するセーフティネットが、完全に欠如している。
 それだけではない。日本では、驚くべきことに、ただでさえ苦しい立場にある独り親世帯(母子世帯・父子世帯)の貧困率が、政府の所得移転によって、かえって上昇するのだ。こんな問題を抱えているのは先進国の中でも日本だけである。なぜこんなことが起きるのか。
 その理由は、国民年金や国民健康保険の逆進性が高いことにある。所得移転には、年金給付や生活保護、児童手当などプラスの移転もあれば、社会保険料や消費税のようにマイナスの移転もあるが、日本では生活保護の補足率が低いため、最低生活水準の年収であっても、社会保険料や税を負担しているケースが多い。独り親世帯に限らずとも、日本における所得再配分の貧困削減効果は、欧州先進国に比べかなり低い。
 こうした日本の歪んだ所得移転を是正するには、「給付付き税額控除」と呼ばれる政策が1つのヒントになるだろう。課税所得がなく、税金控除の恩恵を受けられない人に給付を行うことで、所得再配分を強化する仕組みだ。日本ではまだ聞き慣れない政策だが、米国や英国、カナダ、オランダなどでは、すでに導入が進んでいる。日本でも、中央大学法科大学院の森信茂樹教授を中心とする研究者グループが、子育て世帯を対象にした「給付付き児童税額控除」を提言。財源や税収が中立であっても効果をもたらす、とのシミュレーション結果を得ている。
 貧困問題に対応するには、税制にまで踏み込んだ改革も避けて通れないようだ。
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2018年03月24日

格差社会を生き抜くために

 日本では、相対的貧困は拡がっている。OECD(経済協力開発機構)は、収入(正確には可処分所得)が世間並水準の半分以下の人たちを相対的貧困と名付けているが、世間並みは年間250万円なので、相対的貧困ラインは125万円、1日当たりの生活費は約3000円である。日本では6人に1人がこのライン以下だ。昭和時代は8人に1人だったから確実に拡大しており、他の先進国30ヵ国と比較してもアメリカに次いで4番目に高い数字なのである。
 今の世の中、大企業に就職してれば安泰という訳ではないん。こうした時代を生き抜くには、スキルを身につけるしかないかもしれない。専門的なスキルも大事だが、それよりも周囲と協力して目的を達成できるコミュニケーションスキル、課題を発見して解決策を導き出すスキルが求められているのではないか。職場や学校で、こうしたスキルを身につけられるよう、日頃からの努力と経験が欠かせないのかもしれない。道遠しだが…。
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2018年03月23日

「貧困層」が急拡大している欧州 「ベーシックインカム」では解決できない!

 先進国において貧困層が選挙結果を左右することはあまりない。だが、3月4日に総選挙を控えたイタリアでは貧困層が草刈り場になっている。中道右派政党「フォルツァ・イタリア」を率いるシルビオ・ベルルスコーニ元首相(公職禁止の有罪判決を受けている)と、コメディアンでポピュリスト政党「五つ星運動」の党首、ベッペ・グリッロ氏が共にベーシックインカム導入を唱えているのだ。
 貧困層に毎月、気前よくおカネを支給することになるこの公約は、制度設計からして眉唾物だ。とはいえ、少なくともこれによって急速に深刻化する欧州の貧困問題に光が当たったのは事実だ。
 もちろん、貧困層の全員が悲惨な生活を送っているわけではない。が、多くは困窮しており、イタリアでは貧困層が選挙結果に与える影響は無視できないものになった。全人口の約8%、500万人近くが生活必需品すら買う余裕がなく苦しんでいる。しかも、こうした貧困層の数は、わずか10年で3倍近くに膨れ上がっているのだ。
 欧州全体の状況も、同様に深刻だ。欧州連合(EU)では1億1750万人、域内人口のおよそ4人に1人が貧困層に転落するか社会的に疎外される危機にさらされている。その人数は2008年以降、イタリア、スペイン、ギリシャにおいて600万人近く押し上げられている。フランスやドイツでも、貧困層が人口に占める割合は20%近辺で高止まりしたままだ。
 2008年のリーマンショック以降、貧困層転落のリスクは全般に高まったが、その傾向は若者において顕著だ。年金を除く社会保障給付がカットされたのに加え、既存従業員の雇用を守るために新規採用を犠牲にする労働市場のあり方にも原因がある。2007〜2015年に欧州では18〜29歳の若者が貧困化するリスクは19%から24%に上昇したが、65歳以上の高齢者については逆に19%から14%に低下した。
 確かに最近の景気拡大によって若者の貧困化リスクは多少緩和されるかもしれない。しかし、構造問題はなくならない。失業が長期化すれば、その人の職業スキルは取り返しのつかないところまで劣化してしまうかもしれない。テクノロジーの急速な進化によって、能力が時代遅れになる可能性もある。
 このままだと再就職は不可能となるか、低賃金で不安定な仕事に甘んじるか──貧困層の多くにとって選択肢はその2つだけ、ということになろう。OECDの最近の統計によれば、スペインとギリシャでは生産年齢人口の14%が、働いているにもかかわらず貧困から抜け出せずにいる。
累進課税や、給与に上限を課すサラリーキャップなど、富の再分配を通じて不平等に対処する手段もある。だが、貧困の撲滅には再分配を超えるものが必要だ。貧しい人々は社会の周縁に追いやられているが、貧困層が世の中に再び居場所を得て活躍できるよう支援していかなければならない。これは単に政情の安定や経済の公正さの問題なのではない。人間の尊厳が問われているのである。
 この先、欧州の福祉国家モデルは改革が必要になろう。もはや欧州の高齢者は一番の経済的弱者ではないが、いまだに社会保障給付で最大の分け前を手にしている。欧州の各国政府は、老齢年金をカットし、貧困層や失業者・若者への配分を増やすべきである。
 ベルルスコーニ元首相とグリッロ氏は貧困問題に狙いを定めているが、両氏が掲げるベーシックインカムは付け焼き刃の対策でしかない。確かに貧困層の厳しい懐事情はにわかに和らぐかもしれない。だが、背後にある構造問題が解決するわけではない。
 それどころか、問題をさらに悪化させるかもしれないのだ。ベーシックインカムは失業者が職を探したり、職業訓練を受けたりするのを特に後押しするものではないため、貧困層が永遠に公的給付に依存して生きていく状況を生み出しかねない。
 欧州の政治家は貧困問題を無視し続けることはできない。ベルルスコーニとグリッロの両氏が明らかにしたのは、そのことだ。

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2018年03月22日

所得格差は経済成長を損なう!

 OECDの分析によると、所得格差を是正すれば、経済成長は活性化される。所得格差の縮小している国は所得格差が拡大している国より速く成長すると分析する。成長にとって最大の問題は、下位中間層及び貧困世帯とそれ以外の社会層との格差が拡大していること。重要なのは教育で、格差が成長を損なう主な要因は貧困層の教育投資不足である。
 アンヘル・グリアOECD事務総長は「この説得力あるデータは、大きく、さらに拡大しつつある格差問題に取り組むことが、力強くかつ持続可能な成長を促進する上で重要であり、こうした取り組みを政策論議の中心に据える必要があると示している。幼少期から万人の機会均等を促進する国は、成長し、繁栄する」と言う。
 推計によれば、メキシコとニュージーランドでは、格差拡大が過去20年間の成長率を2000年代後半の経済危機までに10%以上押し下げた。イタリア、英国、米国では、所得格差が拡大していなければ、累積成長率は6.9%高く、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーでも、低水準からではあるものの、成長率はより高くなっていただろう 。他方、スペイン、フランス、アイルランドの場合は、経済危機前の格差縮小が1人当たりのGDPの増加に寄与した。
 格差が経済成長に影響を及ぼす主要なメカニズムは、貧しい社会経済的背景を持つ子供の教育機会を損ない、社会的流動性の低下をもたらし、技能開発を阻害することによるという新たな研究結果を示している。低学歴の両親を持つ個人は、所得格差が拡大するにつれ、教育成果が悪化する。これに対し、中学歴または高学歴の両親を持つ個人は、格差が拡大しても、ほとんどあるいはまったく影響を受けないのだ。
 経済成長への影響は、社会の最下位10%の最貧困層と社会全体との格差によるだけではなく、下位40%の所得層との格差からも生じている。OECDによれば、貧困防止対策のみでは対策は十分ではない。現金移転や質の高い教育、訓練、保健医療などの公共サービスへのアクセス拡大も、長い目でみれば、機会均等化を進めるための極めて重要な社会的投資である。また、適切に設計され、対象を絞った政策の下で実施される限り、税や社会的給付などの再分配政策が経済成長を損なうという結果 は出ていない。
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2018年03月21日

“平等神話” の「ツケ」は重い

 多くの先進諸国に比べると、日本の子供の貧困対策はまだまだ途上であると言わざるを得ない。多少の拡充となった奨学金事業としても、まず、第一に日本においては貸付型の奨学金(通常 “student loan” と呼ばれるもの)制度しかなく、給付型の奨学金(通常 “scholarship” と呼ばれるもの)は存在していない。OECD諸国の中で、高等教育における家庭負担の割合が最も高い国の1つが日本である。
 また、児童扶養手当の拡充にしても、そもそも日本の手当はそれだけで生活することは不可能な額(満額だとしても月4.2万円+子供が2人の時は5千円の加算、3人目以降は3千円の加算)である。1人親世帯(ほとんどは母子世帯)の母親の8割以上は就労しているが、それにもかかわらず貧困率が5割を超えるのである。別れた父親から養育費を受けているのも2割に満たない。養育費を公的に取り立てる手段がないからである。
 生活保護率は増加しているとはいえ人口の2%程度であり、普遍的な児童手当の額も少なく、住宅扶助や食料費扶助などの他国に存在する低所得者を支援するさまざまな制度も存在しない。一方で、国民年金や国民健康保険など非正規労働者や自営業者が加入する社会保険においての、社会保険料負担は逆進的な設定となっている。
 これらはすべて日本が長い間「貧困問題」を無視し続けてきた結果であり、社会のさまざまな制度において低所得層に対する配慮の視点がなかったことによる。貧困対策について、日本は他の先進諸国から大きく遅れをとっている。一時的にでも「平等」であったことの「ツケ」がこのような形で現れるのは皮肉である。
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2018年03月20日

政府予算に盛り込まれた子供の貧困対策?

 2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」(子どもの貧困対策法)が与野党全員一致で成立した。これにより、政府に子どもの貧困に対する政策に取り組むことが義務付けられた。翌年には「子供の貧困対策に関する大綱」が閣議決定し、これまで子どもの家庭環境については所管外であるとの感が強かった「学校」が、子どもの貧困対策の「プラットフォーム」であると位置づけられた。予算を伴う政策が目立って動きだしたのは2015年に入ってからである。
 安倍晋三政権は「1人親家庭・多子世帯等自立応援プロジェクト」を立ち上げた。2016年度予算案においては、無利子奨学金事業の拡充や、児童扶養手当(低所得の1人親世帯に対する現金給付)の2人目以後の子供に対する給付費の増額などが盛り込まれた。
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2018年03月19日

続々と明らかになる子供の貧困の実態

 民主党政権は、子供のある世帯に対する給付の拡大(子ども手当)や高校無償化などいくつかの政策を実現した。その後、東日本大震災などを経て再び自公政権となったものの、貧困への関心、特に子供の貧困に関する関心は継続して高い。その背景にあるのは、続々と明らかになってきた子供の貧困の実態である。目を向ければ、生活に困窮する子どもや人々の例は後を絶たなかったのである。
 例えば、文部科学省が行っている小学6年生の子供に対する全国学力調査のデータを、親の所得階級別に集計すると、所得と子供の学力がきれいな相関関係にあるという調査結果が2009 年に発表された。
 海外においては、子供の学力と親の所得に関係があることなどはよく知られているが、このような「当たり前」の関係でさえも、日本の一般市民はもとより、政府や教育学者の間でも驚愕の念で受け止められた。
 子供の健康についてもしかり。貧困層の子供に肥満が多いということも、最近の研究成果でようやく明らかとなった。これまで、「平等社会だから」と親の経済階層の子供への影響について無頓着であった日本社会であるが、調べてみると子供に関するさまざまデータにおいて所得階層との相関が認められたのである。
 また、子供と接する現場からも、だんだんと貧困が子供に及ぼしている影響が報告されるようになってきた。例えば、小児医療の現場からは、自己負担の支払いができないために子供の治療を控える事例や、学校で病気になっても病院には連れていかないでくれと親に言われたという事例などの報告がある。
 学校現場においては、朝ごはんを食べていないため午前中勉強に集中できない生徒にこっそり給食の残りの牛乳を渡したり、飴を手渡したりしている教員の事例が紹介されてきた。学校が休みの間は給食がないため、夏休みが終わって登校すると前より痩せている子どもがいるといった報告もある。児童館や学童保育からは、お昼ごはんを食べていない子供がいるようだという報告も挙げられている。
 新聞やテレビなどのマスコミも、そのような事例を多く報道するようになり、ようやく、日本社会も子供の貧困がただならぬ状況まで追い詰められていることを実感するようになった。
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2018年03月18日

「恥」という認識が貧困を見えにくくした!

 日本では、政府も社会も学会(academia)においてさえも「日本は平等な国である」という幻想に長くとらわれていたため、日本社会における相対的貧困に関する意識が全く欠如した状態に長くあった。政府は、1960年代に貧困統計をとることをやめてしまい、貧困率を計算することさえしていなかった。貧困者のための公的扶助の制度もあるものの、運用においては、給付対象は無年金の高齢者や障害者などに限られ、受給者は人口の1%にも満たなかった。
 公的な支援が必要だとの認識が薄かった背景には、日本における貧困が「見えない貧困」であるということがある。「平等」であると信じられている社会、すなわち、「平等な競争」があるとされている社会においては、貧困であることは敗者であることであり、「恥」と認識される。どんなに困窮していても、公的な支援を受けることは、「一族の恥」であるとして、親戚一同の反対に会う。また、借金をしても、食費を削っても、衣服など外から見える部分は貧相に見えないように気を配る。また、目の前にホームレスの人がいても、それはアルコール依存など彼自身の身から出た問題であり、社会の理不尽な構造のためだとは思わないのだ。
 そのような認識が変わってきたのが2008年である。リーマンショック後の不景気を契機に、人々は誰もが貧困に転落することがあるという可能性を認識するようになった。健康保険にカバーされていない無保険の子供が3万人存在するといった報道が人々を驚かせたのもこの頃である。そして、2009年に初めて政権をとった民主党は、政権交代後まず最初に相対的貧困率を公表した。そこで、子供の相対的貧困率が15.7%であり、1人親世帯に関しては、相対的貧困率が50.8%以上という高さであることが明らかとなったのである。
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2018年03月16日

「平等な国」という “神話”

 日本を訪れる多くの外国人観光客は、日本のことを「“貧困” が多い国」とは思わないであろう。日本の都市において、先進諸国の「インナーシティ」(中心市街地)の多くに見られるような落書きもお金を乞うホームレスも見当たらない。道行く人々は、こぎれいな格好をし、コンビニやファストフードの店員も丁寧で礼儀正しい。夜1人で歩くのが心配となるような「治安の悪い地域」は存在せず、スリなどの犯罪も少ない。そう、日本は先進諸国の中でも有数の「平等な国」である。
 そう誰もが信じてきた。日本が平等な国であるという定評は、海外でもよく聞かれるが、当の日本人たちも長い間信じてきた “神話” である。
 この神話は、まったく事実無根なわけではない。確かに、1970年代の統計を見ると、日本は先進諸国の中でも北欧諸国並みに低い所得格差であった。しかし、日本の所得格差は1980年代以降上昇し始める。経済協力開発機構(OECD)の統計によれば、2009年の時点においては、日本のジニ係数(所得の格差を表す指標)は0.336であり、OECD35ヵ国中8番目に高い。実は、日本の所得格差は、米国や英国などよりは低いものの、北欧諸国はもちろんのこと、ドイツ、フランスなどの大陸ヨーロッパ諸国よりも高い。
 2000年代になって、少なくとも日本の中においては、日本が実はそう平等ではないという事実が徐々に浸透してきた。しかし、それでも、豊かに「なった」日本において、「貧困」の問題があるとは、誰もが想像していなかった。ここで言う「貧困」とは、飢え死にするほど食料に困窮している、風雨を防ぐ家もない、着るものもないといった「絶対的貧困(absolute poverty)」ではない。現在でも、発展途上国においては、このような絶対的貧困が大きな問題であるが、先進諸国や新興国においては「相対的貧困(relative poverty)」という概念が用いられる。
 相対的貧困とは、その国において標準的とされる生活水準が保てないことである。相対的貧困は、1人当たりGDPが高いOECD諸国においても大きな社会問題である。これはたいていのOECD諸国においても、関係省庁のホームページを見れば、その国の「貧困」に関する統計や政策が簡単に入手できることからもわかる。例えば、欧州連合(EU)においては、「Europe 2020」戦略の中で「貧困と社会的排除にある人」を2020年までに2000万人減らすという数値目標が掲げられている(参照:欧州委員会European Commission)。
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2018年03月15日

なぜ日本の子供たちが苦しむのか?

 日本の子供の貧困率が先進国の中でも高い水準にあり、約16%の子どもが深刻な貧困状態にある。豊かな社会において、子供が飢えや格差に苦しむことがあってはならない。相対的な貧困はどの社会にも存在するが、その原因の多くは医療と教育の不平等にある。日本でも子供たちが医療や教育を平等に受ける機会が確保されるべきだ。
 実際、日本では子供の貧困が年々酷くなっている。特に一人親世帯では目を覆うような状況である。貧困大国であるアメリカよりも酷いとは、言葉もないほどだ。給食がない長期休み中に栄養不足でやせ細る子供も多い。自民党の政治家は、そんなこと知る由もない。
 教育費は高く、生まれた家庭が裕福かどうかで学力や学歴が決ってしまうす。貧困家庭の子供が無理に大学へ行くと多額の借金(ローン)を背負うことになる。家庭の状況に関係なく、教育の機会は平等に確保されなければならない。医療の機会についても同様。日本国憲法の理念に照らし合わせれば当然のことだ。小学生でも分かる。しかし、安倍政権は子供の教育に対してお金を使おうとしない。教育の無償化と口では言うが、行動がまったく伴っていない。子供の貧困対策を寄付で乗り切ろうとしている有様だ。その一方で、海外への無駄なバラマキは豪快に行っている
 自国の将来を担う、弱い立場の子どもを優先して考えるべきなのに、なぜ海外へ血税をばらまくのか。海外への援助を打ち出してマスコミが報道すると、選挙民への受けが良いからなのか。
 海外への援助金の一部は、日本国内の経団連傘下企業が受注し、その経団連は選挙のときに組織的に安倍自民党を支援する。持ちつもたれつなのだ。自分たちがおいしい思いをするために、税金を浪費しているのだが、寛容で無知な日本国民は批判をしないのだ。庶民は増税・不安定雇用その他で負担が増え搾取され続けても、ひたすら我慢する。その結果、一番立場の弱い子供たちにしわ寄せが行っている。
 一体、いつまでこんな堕落政治を許し続けるつもりなのか。「自力で生活できない人を政府は救うべきか」という質問に対して、「救うべきだと思わない」と答えた人の割合が日本はとても高い。アメリカよりも高いというのだすから驚きだ。
 視野狭窄、刹那的、奴隷根性、知的怠惰、・・・。政治に無関心な国民は、愚かな政治家に支配される。今の日本がまさにそうだ。愚かな政治家をのさばらせている限り、貧困に苦しむ多くの子供たちが救われることは絶対にない。
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2018年03月13日

「学習支援費」削減が子供たちから学ぶ機会を奪う

 生活保護費削減の中で、「学習支援費」の削減が問題になる。「学習支援費」は、家庭内学習に必要な費用・クラブ活動に関する費用で、教科外活動・家庭内学習・物品・図書・教養など多様な目的のために、現金で各生活保護世帯に支給されている。1ヵ月当たりの金額は現在、2630円(小学生)・4450円(中学生)・5150円(高校生)だ。
 しかし厚労省の改正案では、クラブ活動費・教科外活動費に対して「実費を支給」するというものだ。しかも上限額がある。その上限額は「所得上位70%の世帯の平均的な支出費用」から定められるという。一見、生活保護世帯の子供たちの状況が「高きに合わせられる」ように見える。年当たりの上限額は、1.5万円程度(小学生)・5.9万円程度(中学生)・8.3万円程度(高校生)。月当たりで計算すると、1250円程度(小学生)・4900円程度(中学生)・6900円程度(高校生)。小学生に対して低く抑えられているのが特徴的だ。
 将来の進学や活躍が見込める子供たちに対する傾斜配分は、当然のこととして行われるだろう。この他、部活・進路選択への誘導に使用される可能性も懸念される。子供に対する生活保護制度の制度が、人間としての権利保障からメリットを評価した上での「投資」へと、なし崩しに変容されようとしていると見ることもできる。
 「学習支援費は、制度が複雑なので報道が少ないですが、非常にまずい流れだと思います。金銭給付が廃止され、クラブ活動・教科外活動のみの実費請求方式となるわけですから」
 あえてメリットを見出すとすれば、「子供の費用を親がパチンコに」といった悲劇が避けられること程度だろう。そのような問題を抱えた家庭や親に対しては、第一の選択肢は手厚いケースワークではないか。
 「生活保護の学習支援費は現在、参考書や一般教養図書も対象としています。クラブ活動には入っていないけれど読書が好きな子に、親は書籍を買ってあげることができます。勉強嫌いな子に『図鑑を買ってあげようかな』というときにも使えます。でも厚労省案では、そういう場面での支援は、今後はまったくなくなるわけだ。厚労省は家庭内学習は、児童養育加算が対応する』と言っているのですが、小学生・中学生の加算額はまったく増えていません」
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2018年03月12日

物価も消費税も「なかったこと」に? 低所得者対策は四半世紀分も後退

 1999年までは、物価や消費税を反映した引き上げが行われていたが、小泉政権下で引き上げられなくなった。2018年、当初予定の引き下げ案が実施されれば、生活水準は1990年同等にまで低下する。なお、実際には各種加算の変動や廃止が重なり、一家の可処分所得の変動はさらに激しい
 金額とその推移だけでも、子どもがいる生活保護世帯の状況が悪化しているのは間違いないのだが、元ケースワーカーでもある桜井さんは、生活保護世帯の生活への影響、特に子どもに対する影響を憂慮する。
「厚労省が今しようとしているのは、生活保護世帯の生活費を、およそ四半世紀前まで引き下げることです。当時、消費税率は3%でした」(桜井さん)
 消費税が導入されたり、消費税率が高くなったりすると、生活保護費はその分だけ増額されてきた。また物価が上がった場合も同様だ。消費税や物価上昇を考慮しなければ、「健康で文化的な最低限度の生活」の内容を維持することはできない。消費税がなければ1丁100円の豆腐は、8%の消費税と原材料値上げが重なれば1丁125円になるかもしれない。しかし豆腐屋で、125円の豆腐を80%だけ売ってもらうことはできないだろう。
 なお、生活保護費削減論では、しばしば「1970年代は野放図に生活保護基準が上がり、生活保護受給者がゼイタクになった」という主張が行われるが、この時期の生活保護基準改定は、オイルショックによる「狂乱物価」を反映したものだった。
 消費税率が8%の現在、生活保護費を消費税率が3%だった時期の水準にするのは、消費税率の「3%→5%→8%(→10%?)」という変化や25年間の物価上昇を、生活保護世帯に対しては「なかったこと」にすることだ。しかも2012年末以後の安倍政権は、物価上昇を経済政策として重要視している。
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2018年03月11日

生活保護世帯の子供たちに対する国を挙げてのネグレクトでは?

 2018年から実施される生活保護引き下げのうち、子供のいる世帯に対するものが大きな引き下げ幅となっている(生活保護で子供のいる世帯は、高齢者世帯・母子世帯・傷病者世帯・障害者世帯・その他の世帯のいずれにも存在する)。
 社会保障論を研究する桜井啓太さん(名古屋市立大学講師)は、次年度からの生活保護費削減について、深い懸念を抱いている。子供がいる生活保護世帯に対する保護費、言い換えれば生活保護世帯の子供たちに対する費用は、大きく削減される可能性が高いからだ。
 削減内容は、まず、子供がいて両親の片方または両方がいない世帯に対する「母子加算」(年間約20億円減)。子供の養育に対する「児童養育加算」は、これまで対象となっていなかった高校生が対象となる一方で、3歳未満の子供に対して減額される。この他、学習支援費の現金給付廃止もある。
 保護世帯の子供たちの大学などへの進学支援に関する費用は新設されるが、「大学等に在学している間の生活を支えるものがない」という最大の問題が考慮されるわけではない。このため、増加額は7億円にとどまることになる。
 全体での保護費引き下げ幅は、厚労省によって「約160億円」と発表されている。引き下げは3年にわたって段階的に行われる予定だが、引き下げ幅のうち相当比率が、子供たちに関係するものになりそうだ。「選挙権も発言力もないのをいいことに、生活保護世帯の子供たちから。むしり取る」というような、「差し障り」がありすぎる表現しか思い浮かばない。
 そこに、生活費分(生活扶助)本体の引き下げ(最大5%減)が重なる。現在でも相対的貧困状態にある生活保護世帯の子供たちは、政権の意図がどのようなものであれ、さらに深刻な貧困状態に陥ることになる。言い換えれば、政府の「子供の貧困対策」は、生活保護世帯の子供たちを対象としていないということだ。
 もともと生活保護ケースワーカーだった桜井啓太さんは「どこが、子供の貧困対策なのでしょうか」と憤る。政権が総力を挙げて、生活保護世帯の子供たちをネグレクトしようとしているのではないだろうか。往年のドラマ『家なき子』ではないが、同情するならカネを出すしかない。国が「カネを出すのをやめる」ということは、見捨てることそのものだ。
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2018年03月10日

生活保護世帯の絶望が新年度にさらに深まる理由

 日本で少子高齢化が問題となり始めて、長い年月が経過した。少しずつ充実が計られている育児支援政策は、年々深刻になっていく現実に追いつけているようには見えない。
 2018年度からの生活保護費削減は、現実の可能性となっている。年明けの国会で予算案が承認されると、4月には生活保護費削減が現実となる。年度初めの4月には、多くの人々が不安と期待のもとで新しいスタートを切ったり、気持を新たにして小さな努力を始めたりすることだろう。
 しかし生活保護費が削減されたら、生活保護で暮らす人々には、「どうすれば今月を生き延びられるのか」という問題、さらに「自分はこれからどうなってしまうのか」という不安に打ちひしがれる新年度が始まることになる。生まれや育ちを自ら選んだわけではない子供たちも同様だ。
 子供の貧困率は、2015年に13.9%だった。2012年時点の前回調査では16.3%であったから、若干の改善が見られている。2012年には日本の子どもの6人に1人が貧困だったが、2015年には7人に1人だった(厚労省:平成28年国民生活基礎調査の概況)。若干は改善したとはいえ、高い水準にあることは政府も認めている。
 むろん、政府も数々の検討を行い、対策を実施している。内閣府には「子供の貧困対策」ページがあり、現在も有識者会議や寄付促進が活発に行われている(内閣府:子供の貧困対策)。少なくとも政府は、貧困状態にある子供全員を「放置しておきたい」「より悪い状態にしたい」と考えているわけではないのだろう。問題は「どこまで本気なのか」ということだ。
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2018年03月09日

格差・貧困…対策は?

 経団連・榊原定征会長「日本の社会の中で格差というのは存在しているし、経済の成長にも大きな足かせになっている。経済界としてきちっと現状を認識するだけじゃなくて、やはり対応というのは考えて、しっかりと政策に生かしていくことが大事」
 榊原会長は、非正規社員の正社員化など、経済界でも対策を強化していく考えを示したが、具体的な施策は何も言わなかった。こんなものだ。
 また、三越伊勢丹ホールディングスの石塚特別顧問は、中間層が少なくなったことが消費の減少につながっているとの認識を示した。そんなことは言われなくてもいいことだ。儲けのことしか言わない。
 「中間階層が少なくなった。『中間層の消費が低迷している』ということが、我々の売上の分析の中でもある。65歳以上にお金が振り向けられている社会保障の費用を、子育て世代だとか将来世代に振り向けていくという中で、格差を解決したり少子化を解決していく。それがやっぱり消費の活性化にもつながっていくと思う」
 さらに、みずほフィナンシャルグループの佐藤社長は、親の収入の低さ(これは財界の労働者への取り組みではないか…)が子供の将来の収入の低さにつながらないよう、特に就学前を含む高等学校までの教育への国の支援強化が必要だ(自分らの落ち度を政治に押し付けている…)との考えを示した。
 「貧困の家庭とか、お子さんの教育費用が高くて、どうしても高いレベルの教育を受けられないお子さんが増えてしまう。そうすると、そのお子さんはまた非正規労働者になりうる。貧困とか格差の一種の再生産みたいなことが行われてしまうことが一番まずい」(ばかばかしいことを言うな)
 野村ホールディングスの古賀会長も、結果の平等ではなく、機会の平等を重視すべきだと強調した。これも酷い。
 「貧困問題、格差問題で、お金がないから意欲がない、だからどうにかしてあげなきゃってやってると、意欲があってもなくても一緒。能力があってもなくても一緒。結局、悪平等が広がるってことにもつながりかねないわけで、どんなに今、貧乏でも、頑張ればその先がある。こういうことを国民に確信させる(ような政策が大事)」(やゅぱり個人責任ということにしたいのか…)
 経団連は、格差の問題が経済成長を腰折れさせないよう、「雇用」や「教育」の面から対策に取り組んでいく方針。とにかく金を出して文句を言わなければいいんだ。
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2018年03月07日

「無料・低額宿泊所」劣悪環境と抜け出せぬ仕組み、自治体も“もたれ合い”

 埼玉県内では、生活困窮者のための「無料・低額宿泊所」の売上金を隠し、所得税約6300万円を脱税したとして、低額宿泊施設「ユニティー出発(たびだち)」を運営する和合秀典被告=所得税法違反罪で起訴=が逮捕された。
 さいたま市見沼区内の宿泊所に入居していた60代の男性は、「何のために生きているのかという気持になった」と入居当時を振り返った。男性は支給される生活保護費約12万円のうち、約11万円を施設に支払っていた。施設ではそのカネのうち、保護費支給日に1万円、その後は2日に1回1千円が支給されるという。「仕事を探すためのカネだと説明されるが、実際は部屋でじっとしているぐらいしかできない」
 同市岩槻区の施設で生活していた40代後半の男性は、仕事に失敗しホームレス生活をしているときに宿泊所職員に声をかけられた。施設の環境は「プレハブを改造した3畳程度のスペースに生活していた。夏が暑く、冬は寒い」。風呂は週に3回、決められた時間のみ許されていたという。
 男性らは一度施設に入ってしまうと抜け出すのが困難な状況についても語った。40代男性は「もう一度定職につこうとしても、ホームレスだった時期があると書類だけで不採用にされてしまうことが多い。施設は何もサポートをしてくれない」。面接に行くカネを工面できないこともある。60代男性も「二言目には職員から『出ていけ』と言われる」と話す。「『住所がないと公的支援を受けられなくなるが、それでもいいのか』と脅される。そう言われてしまうと、頭の中は『今晩どこに行けばいいんだろう』という思いでいっぱいになってしまう」
 反貧困ネットワーク埼玉は「行政の側も悪質な無料・低額宿泊所を便利に使ってしまっていて、居住者の劣悪な環境に目をつぶっている点があることは否めない」と指摘する。貧困が拡大する中で、福祉事務所のケースワーカーが不足し、自立支援が十分にできないなどの悪影響が生じている。一般のアパートへの入居となれば、ケースワーカーは家庭訪問を行って状況の確認を行い、トラブルに対処する必要があるが、宿泊所にいれば施設が代行してくれることも貧困ビジネスを助長させる要因となっている。
 同団体は貧困ビジネス被害者に対する相談や、アパートへの入居斡旋などを行っている。しかし、宿泊所側が団体の発信している情報を遮断し、入居者に知らせないことも多いため、福祉事務所へ協力を求めるが、拒絶されることもあるという。「一部自治体は宿泊所と悪い意味でのもたれ合いの関係になってしまっている。負担増を覚悟で対応に当たらなければ貧困ビジネスによる被害は拡大し続ける」と行政に対しても改善を求めた。
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2018年03月06日

憲法改正と比べてあまりにも たやすい生活保護制度の「改悪」

 2017年10月22日の衆議院総選挙は、自民党・公明党が3分の2を超える多数となった。世の中の注目は改憲に集中しているが、最も気になるのは生活保護制度の今後だ。
 国の最高法規である憲法は、容易に変更されてよいものではない。このため、変更にあたっては、非常に“面倒“な手続きが定められている。しかし、生活保護世帯それぞれに給付される金額である生活保護基準は、厚労大臣が決定する。運用や施行のあり方は、厚労省の通知・通達・規則類で定められる。憲法に比べると、あっけないほど簡単に変更できてしまうのだ。
 2013年以後、止まることを知らない勢いで進む生活保護基準の引き下げは、生存権を定めた日本国憲法第25条の「実質改憲」「解釈改憲」なのかもしれない。それでは今、生活保護基準と生活保護制度に、何が起ころうとしているのだろうか。
 今回は、社保審・生活保護基準部会と同・生活困窮者自立支援及び生活保護部会の多岐にわたるトピックの中から、特に重大と思われるものを独断と偏見で厳選して紹介する。
 内容は以下の3点だ。
@ 「健康で文化的な最低限度」の生育や教育とは
 A 一般低所得層の消費実態は、どのように参照されようとしているのか
B 医療扶助「適正化」のために医療費自費負担を導入してよいのか
 その前に、2013年以後の生活保護費の削減を振り返っておきたい。
 2013年以降の生活保護基準削減は、私には「複数の子供がいる生活保護世帯を狙い撃ちした」かのように見えてならない。
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2018年03月05日

「健康で文化的な生活」への距離を測るもう1つの指標

 2018年1月22日、通常国会が開始された。審議対象の1つである政府予算案には、厚労大臣が「最大5%引き下げる」とした生活保護基準が含まれている。5年おきに見直される生活保護基準は、2013年の見直しに引き続き、子供のいる世帯に対する引き下げ幅が特に大きい。しかし日本にとって、子供の貧困の解消は重大な取り組み対象の1つではなかっただろうか。いずれにしても、国会で活発な議論が行われるだろう。
 今回は目の前の切実すぎる問題を、「相対的剥奪指標」から俯瞰してみたい。生活の「あきらめ指標」と言い換えてもいいだろう。2017年に開催された社保審・生活保護基準部会での重点的検討課題の1つでもある。
 試行という位置づけではあったが、同部会報告書の28ページには、「この検討の結果(略)ひとり親世帯は他の世帯類型に比べて、生活水準が低い可能性があることを確認した」と記述されている。にもかかわらず、1人親世帯は大幅な引き下げ対象になっている。
 生活保護世帯に限らず、可処分所得は「できる指標」だ。可処分所得が増えれば、購入できるモノ・サービスや実現できる希望が増えていく。しかし厳しい家計の中での「何を実現するか」の選択は、「何をあきらめるか」の選択と裏腹だ。一見、貧困状態にあるとわかりにくい「見た目」の裏にある「あきらめ」を数え上げれば、「実は相対的貧困状態にある」という事実が明らかになるかもしれない。
 生活の「あきらめ指標」として広く用いられているのは、相対的剥奪指標だ。
 可処分所得が下がると、何かを断念しなくてはならなくなり、「剥奪」が起こる。人によっては、「ポルシェの新車に乗れない」「タワーマンションの最上階に住めない」「子供を私立大学の医学部に進学されられない」といったことを「剥奪」と感じるかもしれないが、日本の多くの人々はそれらを「ゼイタクな悩み」と冷笑しそうだ。
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2018年03月04日

税金逃れの率は、生活保護の不正率より、はるかに高い!

 生活保護では、必要なのに利用できない人が大勢いることが最大の問題なのだ。ところが、そう書くと、いや不正受給こそ問題だという意見が出てくる。不正受給は、特別に大きな問題なのか。そうは思わない。そこで、別の角度から検討してみよう。収入や資産を申告するという意味で、性質のいちばん近い税金の申告と比べてみる。
 税金の世界では、所得などの申告額が実際より少ない場合を「申告漏れ」、そのうち偽装工作がある場合を「所得隠し」(脱税)と呼ぶ。ややこしいので、以下の説明では、両方を合わせて「税逃れ」と呼ぶことにする。
 国税庁は、税務調査の結果の集計を毎年、主な税目ごとに発表している。それらの資料をもとに税逃れの率を計算すると、金額ベースで見た場合、生活保護の不正受給率と比べて数倍から10倍ぐらいあり、法人税、相続税、消費税では1件あたりの追徴税額も大きい。
 厚生労働省によると、2015年度に見つかった生活保護の不正受給は、細かなものまで含めて4万3938件、総額約170億円(1件当たり38万円余り)。不正の率は保護世帯数全体の2.7%、保護費総額の0.45%でした。内容的には、偽装工作のない「申告漏れ」レベルのものが大半。この率や金額の規模をどう見るのか。以下で説明する税逃れの状況と比較して欲しい。
 まず、個人の申告所得税です。確定申告が必要な人の給与所得、事業所得、不動産所得、土地建物や株の譲渡所得などが含まれる。源泉徴収される給与所得だけの人の分は入っていない。
 2015事務年度(国税調査の事務年度は7月〜翌年6月)の調査は、簡単な問い合わせを含めて65万件。うち39万件余りの申告漏れや所得隠しが見つかり、申告漏れ所得額は8785億円。追徴された本税(本来かかる税金)は949億円、別にペナルティーである加算税が125億円だった。税逃れ1件当たりの申告漏れ所得額は222万円、追徴本税は24万円だった。
 この時期に主な調査対象となった14年分の申告を見ると、納税申告者は612万人、申告所得額は37兆1054億円、申告納税額は2兆7087億円。これらに対して、見つかった税逃れの率を計算すると、人数で6.5%、所得金額で2.4%、本税額で3.5%となる(所得申告額には源泉徴収の給与・配当などを含むので、所得金額で見た税逃れ率は実質的にはもっと高い)。
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2018年03月02日

生活保護を叩く人の大半が貧困層!

 生活保護の支援団体関係のアカウントはたびたび「弱者叩き」と取れるようなバッシングを浴びさせられている。特によくあるのが「自己責任論」だ。
「貧困なのは自己責任だ。今まで努力してこなかったツケが回ってきたんだろう。そんなヤツに生活保護なんてやるな。働かざる者食うべからずに則り、自力で稼げない人間は餓死すべきだ」
このような、耳を覆いたくなるような罵詈雑言を眺めることが少なくない。
 ただ、支援団体の方々というのは専門家でもあるので、そういった罵詈雑言に対して負けるような人たちではない。しっかりとロジカルに返している人も多くいて、さすがの知識は素晴らしいものである。
 こうした支援団体への心ないバッシングを浴びせるアカウントたちは、そうじて卑怯者である。不勉強ゆえにネットの本当か嘘かあやふやな情報を信じ、間違っていることをさも正しいかのように主張する。「もっと勉強してから出直してこい」と言いたい。
 しかし、こうした卑怯なアカウントたちを覗いていくと、彼ら彼女らもまた被害者であることが伺える。何の被害者か、というと、生活に困窮しているという意味での被害者なのだ。
 生活保護バッシングを繰り返しているとあるツイッターアカウントを掘り下げていくと、その人のタイムラインには「親の介護で疲れた」「介護をしないといけないので収入が安定しない」「何で家にはお金がないんだ」「いっそのこと親死んでくれないかな」というようなニュアンスのつぶやきが並べられ、怒りよりも同情が沸いてしまうことが多い。
 また、どこの誰とは言わないが、以前はてなブログ内で生活保護や障害者年金を貰っている人を執拗に叩く記事を量産しているブロガーもいる。しかし、その人のブログ記事を追っていくと、生活費が苦しいという記事や、借金に関する記事も多くあり、その人自身も貧困に苦しんでいる様子がうかがえることが多い。
posted by GHQ/HOGO at 07:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする