2017年07月17日

富は「多国籍企業」の内部に蓄積されていく

  サラリーマンは今後、貧困者になる。そしてサラリーマンという仕事は貧困の象徴になる。サラリーマンでは、もう生きていけなくなる。グローバル化と技術革新がそれをとことん推し進めるからだ。 世界がグローバル化したというのは、低賃金で働くことができる人が雇われ、できない人が捨てられるという動きが定着したということである。
 グローバリズムが急激に世界に広まっていくと、企業は多国籍への道を辿った。なぜ多国籍するのかというと、企業は常にシビアな競争に晒されており、コスト削減を常に要求されているからだ。コスト削減といえば、最もコストの高い「人件費」は無視できない削減対象となる。だから、それは削減される。しかし、ただリストラするだけでは企業自体が縮小化していくので、リストラした分「もっと安い給料」で働く人を探し求める。それが海外移転での低賃金者雇用の動きになる。安ければ労働者の国籍など関係がない。これが企業を多国籍化させる大きな要因となった。
 そうやって日本人サラリーマンはリストラされていく。次に働くところは派遣くらいしかなくなってしまうわけである。そうやって日本人の賃金と労働環境は毎年のように悪化し続けていき、貧困の拡大が止められなくなっている。 今後もサラリーマンの使い捨ては続く。それは国際的な競争力をつけるためにコスト削減が企業に課された大きな使命になっているからである。そして、利益はサラリーマンという労働者には還元されない。還元したらコストになるからだ。利益は働いている人たちではなく、企業に投資した株主や経営者に還元される。
 それが現在の弱肉強食の資本主義のルールだ。かつて、「会社は働く人たちのもの」と馬鹿な勘違いをしている人たちも多かったが、もうそんな勘違いをしている人は消えた。会社は、株主のものなのである。 「働く人たち」は、今や単なるコストに過ぎない。
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2017年07月16日

サラリーマンを続けていたら自ら貧困に落ちる絶望の時代へ

 政府統計によると日本人の8割がサラリーマンだ。それなのに今、サラリーマンという雇用形態そのものがグローバル化によって危機に瀕している。 世界がグローバル化していくことによって、労働者は新興国の「安い人材」で間に合わせるようになってきたので、先進国の高い人材は要らなくなっている。 考えてみて欲しい。新興国は日本人の10分の1の人件費で国際社会に参入して来ているのだ。コスト削減のためには先進国の人間は雇わないようにする流れが起きるのは当然だ。
 グローバル化で競争も世界的になったので、企業はどこもコスト削減に追われていて、ひとまず先進国の労働者、すなわち「サラリーマン」を会社から放り出す必要性が出て来ている。 日本でもリストラは恒常化しているが、賃金の高い日本人を雇っていればグローバル競争に勝てないのであれば、企業は「サラリーマン」をやっている人間を放り出すしかない。それでもサラリーマンとして生き残ろうと思えば、このような人材になる必要がある。「高い専門知識を持ち、猛烈に働き、安い給料に文句を言わない人」「安い給料に文句を言わない」という部分が重要だ。グローバル化が進む中で、全世界の企業がそれを求め出しているからである。
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2017年07月15日

貧困率とは?

貧困率とは、所得が国民の「平均値」の半分に満たない人の割合。一般には、経済協力開発機構(OECD)の指標に基づく「相対的貧困率」を言う。ここでの「平均値」とは、世帯の可処分所得を世帯人員数の平方根で割って調整した所得(等価可処分所得)の中央値。この50%に達しない世帯員の割合が「相対的貧困率」である。
 2010年10月、民主党の長妻昭厚生労働大臣が、政府として初めて貧困率を発表し、にわかに注目を浴びることとなった。07年の国民生活基礎調査(対象年は06年)を元に、OECDの計算式で算出した数値で、日本の相対的貧困率は15.7%、子ども(18歳未満)の相対的貧困率は14.2%。OECD加盟30か国の平均値10.2%を大きく上回る結果となった。また、2000年代半ばでも、OECDが発表している日本の相対的貧困率は14.9%(04年調査)で、メキシコ、トルコ、米国に次いで4番目の高い数字である。
 厚生労働大臣の発表によって、この時点からさらに日本の貧困が進んでいることが浮き彫りになった。およそ日本国民の7人に1人が「貧困状態」に置かれていることになり、政府の発表は、貧困問題に積極的に取り組む決意とも解釈されるだろう。相対的貧困率15.7%に含まれる国民の中には、生存に必要な最低限の収入も得られない「絶対的貧困」者が増えている、という指摘もある。
 ただし、相対的貧困率は貧窮の度合を示すものではなく、国民の収入の格差を示す指標と見るのが妥当。格差拡大の背景には、ワーキングプアや非正規労働者の増加、長引く不況による失業者の増加があるが、高齢化の進行で単身の年金生活者が増えたという社会構造の変化も挙げられる。また、計算式の可処分所得に資産は含まれておらず、相対的貧困率が国民生活の実態をそのまま反映しているかどうかについては、疑問の声も多い。
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2017年07月14日

高齢者の死者を大量に生み出す時代になっていく

 日本人は1990年のバブル崩壊から、少しずつ少しずつ経済的な苦境に落とされ続けて来た。 日本人は「金持ち」だと言われていたのだが、ふと気が付くと国民の多くが中間層から貧困層に落ちて苦しんでいる。しかし、この流れは止まることなく、さらに続いていく。
 1990年代に生まれた若者は、日本社会が転がり落ちていく中で生まれ育っている。貧困が恒常化して、かつて日本人が豊かだったことすらも知らない。2000年当初、正社員になれずに落ちていく若者たちを中高年は「働かない若者の成れの果て」であるとか「自己責任だ」と言ってきた。
 しかし、2008年のリーマン・ショック以降、日本企業も容赦ないリストラを中高年に対して行うようになっていき、自分たちにも火の粉が降りかかってくるようになった。リストラや失業の憂き目に遭い、中高年は再就職しようにも満足な給料すらも得られない現実に愕然として、若者の苦境は自己責任ではないことに気付くようになった。
  日本の自殺者が50代と60代に集中しているのは、リストラ・失業・病気で貧困に転がり落ちると、もう這い上がれないことに気付いた絶望から生まれている。そして、逃げ切ったと思った高齢者も、政府が弱体化する中で福祉や年金の削減が行われたり、増税やインフレ政策が起こされたりして、困窮に追い込まれている。 若年層を貧困に追いやり、中年層をリストラに追いやってきた社会は、逃げ切ったと思っている高齢者に襲いかかっていき、大量の貧困層を生み出しているのだ。
  高齢層は、いったん転がり落ちると仕事もできないので、どこまでも続く極貧に甘んじるしかない。かつては家族が面倒を見てくれたかもしれないが、家族という概念すらも崩壊している現代、高齢者は家族からも見捨てられて孤立する。「死ねるものなら早く死にたい」と吐露して極貧を生きている高齢者も多い。
 高齢者の孤独死や孤立死を見ても分かる通り、高齢者の地獄は確実に日本にやってきている。若者、女性、中高年、高齢者のすべてに貧困が定着したのである。
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2017年07月13日

金もなく行き場もない高齢者が増え続けている

 高齢者は増税・年金減額にはこぞって反対するだろうが、今のままでは増税も年金減額も避けがたい。これは高齢者たちにとっては死活問題になるはずだ。 始めは小さく始まるだろう。しかし、増税・年金減額が一度社会システムに取り入れられると、理由をつけてそれが拡大されていく。 増税は10%でも20%でも増えるし、年金は10%でも20%でも減らされていく。
  直撃を受けるのが団塊の世代だ。数年前、団塊の世代は「逃げ切り世代になる」と言われていた。しかし、もうそんな楽観的なことを考えている人はどこにもいない。 年金は意味をなさず、団塊の世代はまとめて貧困に落ちる確率が高くなった。
 そもそも、今でも生活保護申請を膨れ上がらせているのは高齢者なのである。年金以外の収入がない高齢者から、国民年金で細々と生きて行く高齢者までが追い詰められている。 経済苦を何とかしようにも、もう働くこともできない。老人ホームに入るにしてもカネがいる。安いアパートに入るにしても断られ、介護施設にも入れない。
 そうやって、金もなく行き場もない高齢者が山のように増え続けている。かつては、子供が親の面倒を見るのが当然だった。今はそうではない。そんな時代ではなくなってしまった。日本の苦境は日本だけの問題ではなく、世界の問題でもある。しかも、グローバル経済そのものがまがい物であり、世界経済が危機に追いやられているのが現状だ。
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2017年07月12日

生活保護  65歳以上が過半数 昨年度、受給83万世帯

 厚生労働省は、今年3月時点の全国の生活保護受給世帯数が164万1532世帯(概数)だったと発表した。これで2016年度の月平均は163万7183世帯になり、過去最高を更新した。65歳以上の高齢者世帯は83万7008世帯で全体の51%を占め、初めて半数を超え、高齢者の貧困が拡大を続けている。3月の受給者数は214万5415人(同)で、同年度の月平均は214万5842人となり2年連続で減少した。
 受給者数は、14年度の216万5895人をピークに減少傾向にある。一方で、受給世帯数は1993年度から24年連続で増えた。単身の高齢者世帯が増大する中、無年金・低年金や、核家族化で親族の援助が受けられない高齢者が、貧困に陥っていることが背景にあるとみられる。
 厚労省の15年時点の受給者調査によると、高齢者世帯の半数は無年金で、高齢者世帯が受給を終えた理由は「死亡」が最も多く61%。「社会保障給付金の増加」(3%)や「親類・縁者の引き取り」(2%)を大きく上回っている。
 今年3月値の高齢者以外の世帯の内訳は、傷病者・障害者世帯42万1792世帯(25.8%)▽働ける年代層を含む「その他世帯」26万901世帯(16.0%)▽母子世帯9万5489世帯(5.8%)−−だった。
 生活保護費を巡っては今年、食費や光熱費にあたる「生活扶助」の支給水準を5年に1度、見直す時期にあたっている。社会保障審議会の部会で、改定に向けた議論が始まり、単身高齢者世帯の消費動向を調べ、給付水準の参考にする方針を決めた。近年、親から子への「貧困の連鎖」が問題になっており、子育て世帯への加算も含めて年内に結論をまとめ、来年の通常国会に生活保護法の改正案を提出する。
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2017年07月11日

新就労対策拡充を!

 少子高齢化が進むなか、単身世帯の割合も増加しています。1985年には5世帯に1世帯だった単身世帯割合は、2030年には3世帯に1世帯になる見通しである。
 高齢者世帯は、30年には7世帯に1世帯が単身世帯と予想され、高齢者の孤立化が懸念されている。すでに、孤独死に加え、孤立や経済的な問題から、高齢者の犯罪が増加している。要介護や認知症患者の増加も予想されるなど、孤立化をいかに防ぐのかが緊急の課題になっている。
 社会的な孤立の懸念は、高齢者だけの問題ではありません。ニート数は60万人前後で推移している。若者が引きこもりのままでは、就業経験も積めません。経済的な自立が難しい状況だ。
 就労支援策として、これまで雇用保険を受給できない人を対象に、職業訓練とその間の手当を支給する「求職者支援制度」が実施されているが、まだまだ不十分だ。また、失業などにより住居を失った人などで就労意欲がある人を対象に原則6ヵ月間、賃貸住宅の家賃を支給する「住宅手当緊急特別措置事業(住宅手当制度)」も行われているが、利用状況は芳しくない。
 社会的な孤立からの脱却には、個人の事情に応じた支援が必要。国は、若者の引きこもりなどに対応する「パーソナルサポート」のモデル事業を全国で展開してきたが、これも十分とは言えない。また、NPOなど民間団体との連携で、試験的な就労などをサポートする体制の整備も議論され始めた。
 前政権では生活保護制度のあり方とともに、これらを生活支援戦略としてまとめ、進めていく計画だった。これが新政権では、膨らむ生活保護費を抑えるため、段階的な給付削減を検討しているのだ。そこで、生活困窮者の支援策がどのようになるのかはおおよそわかるのである。
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2017年07月10日

広がる格差と貧困 

 過去最高の生活保護受給者、なくならない孤独死−経済的に苦しい人や、社会から孤立する「生活困窮者」の支援策が課題に挙がっている。生活保護のあり方も見直されるなか、依然として広がる格差と貧困の問題に、新政権はどのように対応していくのか。
 生活保護受給者は200万人を超え、過去最高を更新している。働くことができるのに職がなく、保護を受ける人も少なくない。
 また、年収200万円未満の給与所得者の割合が増加傾向にあるなど、働く貧困層の拡大が挙げられている。非正規で働く比率は年々、上昇傾向にあり、不安定雇用が貧困・格差拡大を生んでいる。若年層では、フリーター数が2009年から再び増加するなど、非正規比率や失業率が高いままだ。 
 離婚による1人親世帯も増加している。とくに、母子世帯は経済的に苦しい世帯が多く、平均年間就労収入は180万円ほどしかない。
 ホームレスの数は03年の25296人から年々減少し、12年には9576人になった。公園など路上での生活者は減少したものの、ホームレス状態の長期化や高齢化が問題になっている。また、若年者に多い、ネットカフェなど特定の住居を持たない住居喪失者は把握されていないという指摘もある。
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2017年07月09日

せめて、思考と行動を停止しない努力を! 

 稼働年齢層の生活保護受給者に対する「働けるのに働かない」という偏見について、実情と偏見形成の背景に何があるのか。。また、不正受給の実態と考えられることがら・生活保護受給者とジェネリック医薬品の関係に何があるのか。
 生活保護制度に関する神話は、他にも数多く存在する。その一部をここに列挙する。どこが事実でない可能性があるのか、ぜひ、考えて欲しい。
 ・生活保護費の負担が、国庫財政を大きく圧迫している
 ・生活保護受給者が増加すると、納税者にとっての負担が増大する
 ・生活保護水準を切り下げられて困るのは、生活保護受給者だけ
 ・生活保護の現物化は、社会保障費削減につながる
 ・生活保護水準の切り下げは、国力増強につながり、諸外国との間の問題解決に役立つ
 ・生活保護水準の切り下げは、今すぐ実行しなくてはならない喫緊の課題である
 なお、思考停止を求める場面で頻発される「みんなで、もう一度、よく考えてみる必要があると思います」というフレーズを繰り返したい。ただし、思考停止するためではなく、思考といえる思考を開始し、適切な行動に結びつけるために。「みんなで、もう一度、よく考えてみる」を実行するためには、「みんな」の範囲と「よく考えてみる」の目的を明確にし、「よく考えてみる」のベースとなる事実を共有する必要がある。
 「みんな」は、生活保護受給者でない日本人の全体で良いのだろうか。
「よく考えてみる」は、厚生労働省や自民党と同じように考えることだろうか。
考えてみるベースとなるための事実は、私たちの手元に十分に揃っているだろうか。
私たちは、事実に基づいて、現実的な行動の可能性を検討しているだろうか。
神話に基づいて、感情的な行動に走らされてはいないだろうか。
それらを再検討した上で、みんなで、もう一度、よく考えてみよう。
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2017年07月08日

偏見を土壌として繰り返されるアピール

 稼働年齢層の生活保護受給者に対する偏見がどのように形成されたのかはともかく、偏見を土壌として、数多くの主張が行われている。その多くは、根拠が不明瞭である。まず、生活保護費の不正受給を例として、どのように根拠が不明瞭であるかを検討したい。
 「生活保護費の不正受給が増加した」というメディア報道に注意深く接してみると、「その自治体で摘発体制を強化した」という背景が示されていたりする。であれば、不正受給そのものが増加しているわけではないので、「摘発数が増えている」と報道すべきである。年度末に増加する道路工事が、道路工事に対するニーズの年間変化そのものを反映しているわけではないのと同様である。
 筆者はまだ、不正受給そのものの増加を示すデータを目にしていない。本当に増加しているのであれば、噂話レベルで聞こえてくる不正受給事例も増加しそうなものであるが、「現実的な裏付けのありそうな不正受給の噂が増えた」ということもない。
 さらに不可解なのは、「(悪質な)不正受給の増加」という報道に、不正受給された生活保護費の総額と延べ件数しか示されていないことである。たとえば「○市で昨年1年間に不正受給された生活保護費の総額は2500万円、延べ摘発件数50件」という場合、1件あたりの金額の平均は50万円、中央値も50万円となる。
 しかし、この中には「意図的な資産隠しと生活保護費不正受給で、家を建てて外車を買った」レベルの悪質な不正も、「生活保護世帯の子どもが高校生になってアルバイトを始めたが、収入を福祉事務所に申告する義務を知らず、多忙なケースワーカーも注意することを忘れていた」という事例も、同じように「1件」としてカウントされている。
 もしかすると、「50件で2500万円」の不正受給の構成は、
 ・1000 万円 1件(資産隠し)
 ・100 万円 10件(就労収入隠し)
 ・12.8 万円 39件(高校生のアルバイト代申告漏れ)
 といったものかもしれない。このような分布であるとすれば、1件あたりの金額の平均は50万円のままだが、中央値は12.8万円となる。ごく一部の、刑事告発されるほど悪質な事例では「○市で総額×千万円」のようにメディア報道が行われるため、個別の事例で不正受給された金額を把握することが可能である。それ以外は推察するしかないのだが、どのような分布になっているかによって、受ける印象が全く異なるのではないだろうか。
 同様の問題は生活保護世帯のジェネリック医薬品(後発医薬品)利用促進に関しても見受けられる。「生活保護世帯の医療費は無料なので、生活保護受給者は懐を痛めずに先発医薬品を利用できる。このため、生活保護世帯のジェネリック医薬品利用が進まない」と理解されていることが多い。この根拠とされるのは「2010年生活保護世帯のジェネリック医薬品利用比率は7.0%であった。一般世帯では7.9%であった」といったデータである。
 この0.9%の差は「生活保護世帯は、無料だからといって先発医薬品を利用する」で説明できるものであろうか。 背景として、「生活保護受給者の多くを占める高齢者・障害者・傷病者が、治癒困難な病気を抱えており、まだジェネリックが販売されていない医薬品を利用する場面が多い」など、多様な仮説を検討する必要があるのではないだろうか。
 さらにいうと、「ジェネリック医薬品の利用を促進すれば、医療費が削減できる」も、どの程度事実であるか明確ではない。ジェネリック医薬品は、先発医薬品より安価であることは確かである。しかし、同等の主成分を含む多数のジェネリック医薬品の取り扱い体制を整備することは、調剤薬局にとって大きな負担である。このため、調剤薬局に対しては、ジェネリック医薬品を取り扱うことに関する報奨的な加算が用意されている。この加算を考慮すると、「ジェネリック医薬品だから安価」とも言い切れない。
 もしかすると「生活保護受給者は自分の懐を痛めないからジェネリック医薬品を使わない」という仮説に基づいてジェネリック医薬品の利用を強制することの結末は「生活保護受給者の80%がジェネリック医薬品を利用するようになり、加算を考慮すると、これまで以上の医療扶助支出を強いられた」であるかもしれない。
 とはいえ、各自治体や各省庁が、より詳細・より実態把握に役立つデータを進んで公開する近未来は、期待できそうにもない。可能な対策は、生活保護制度・生活保護受給者に対する報道やアピールが行われる時、なるべく相手の意図を正確に読み取る努力をし、それらが自分たちのどのような偏見を前提として行われているか考え続けること程度であろう。
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2017年07月07日

「生活保護受給者=働かない」という偏見の背景にあるものは? 

 稼働年齢層の生活保護受給者に対する「働けるのに働かない(それは悪である)」「仕事を選ぶから働けない(それは悪である)」という偏見の根源について考えてみる。
 稼働年齢層の生活保護受給者は、現在が史上最大比率というわけではない。生活保護受給者の中に「その他」世帯の占める割合は、「その他」世帯を分離した統計データが収集されはじめた1965年に、34%と最多であった。以後、1970年に22%、1975年〜2008年は概ね7〜10%の間で推移した。
 1965年〜1970年の日本で起こっていたことは、石炭産業の急激な斜陽化である。当時の社会が貧困層や生活保護受給者に対してそれほど冷淡でなかった。産業構造の転換に伴い、致し方なく失職した人々が多く、また、誰から見ても、それが分かりやすかったからであろう。
 「その他」世帯の比率が低かった1975年から2008年の間には、33年の時間が流れている。この間、生活保護受給者の多くは、高齢者・障害者・傷病者など就労困難なことが明確な人々であった。おそらく、日本人の多くにとって「経済状況の変化によって大量の失業者が発生する」という状況は、33年もの間、直面せずに済んでいたものである。その間に「生活保護は、働きたくても仕事のない人のためのものではなく、働けない人のためのものである」というイメージが定着してしまった可能性は大いに考えられる。
 ちなみに現在の状況は、1965年よりも悪化しているかもしれない。1965年、たとえば石炭産業で職を失った人々の多くは、鉄鋼産業などの第二次産業で職を得ることができた。現在、自然な流れで次の職が得られるような成り行きは、多くの産業で期待できなくなっている。
 「だから仕事を選ぶな」という声が聞こえてきそうだが、選ばなければ就労できるのだろうか。身体さえ動けばできる」「難しいことを考えなくてもできる」という性格の就労の場は、人件費を低く抑えることのできる海外に移転したり、あるいは外国人就学生などの低賃金労働に置き換えられて久しい。
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2017年07月06日

いよいよ貧困ビジネスが本格始動できる状況に!

 貧困層に、味方のフリをして近づいて来るNGO団体やカルト教団や政治団体もある。 本当に貧困層の味方として、粉骨砕身する素晴らしい人がいる一方で、実は救済の見返りを得るために貧困層を利用しようとしてやって来るいかがわしい人間や組織も多い。 貧困層の救済をする個人や団体の中には、あからさまに「売名行為」をしているとしか思えないような人間もいる。「貧困問題に取り組んでいる」というのは売名のネタだ。
 本当はマスコミに自分を売り込むのが真の目的なので、貧困層といるより、テレビやマスコミで座談会でもしながら、偉そうに貧困論をぶち上げたりしている時間のほうが長い。 同じく貧困問題に取り組みながら、貧困層を利用しているとしか思えないような政治団体もある。これらの政治団体が貧困層に着目しているのはいくつかの理由があるからだ。
(1)貧困をすべて与党のせいにして攻撃できる。
(2)攻撃に貧困層を焚き付けることができる。
(3)貧困層に福祉を取らせて、それを搾取できる。
(4)貧困層に会報誌を買わせて儲けることができる。
(5)最終的に貧困層から票をもらえる。
  結局、貧困層は与党攻撃や会費獲得や票獲得のために「利用されている」のである。これも、一種の貧困ビジネスと言えなくもない。ちなみに、こうした党の幹部は、小学校よりも敷地の広い豪邸に住んでいたり、夜寝るときはピアノでショパンを弾いて優雅な時間を過ごしたりしている。ここに来て、いろいろな人間や組織が貧困に着目しているのは、日本に貧困が定着したので、いよいよ搾取的な貧困ビジネスが本格始動できる状況になったからである。彼らは貧困問題を解決しない。逆に、貧困層から奪う。そんなあこぎな貧困ビジネスが、これから日本で伸びていく。


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2017年07月05日

貧困に落ちれば落ちるほど条件が悪くなる理由とは?

  ネットカフェは、今や「宿なし」の若者たちが泊まり込む簡易宿泊所である。 一泊900円(3時間)から1400円(8時間)なので一泊の料金としてみれば安いのだが、月で見ると安いアパートを借りられるくらいの金額になる。しかし、非正規雇用の若年層は保証人もなければ敷金も礼金も払えないので、その安いアパートにすらも入れないのが実情だ。そのため、総合的に見ると割高になるネットカフェを利用するしかない。
 ネットカフェはそのような絶妙な価格を用意していて、困窮する若年層を取り込み、囲い込む。これもまた貧困層を相手にして利益を上げる貧困ビジネスである。
 また、同じように普通にアパートを借りられない層に一軒家の部屋をタコ部屋状態にして貸す「シェアハウス」も貧困ビジネスである。
 こうした人たちはしばしば日雇い(ワンコール・ジョブ)に追いやられて仕事がなくなると金欠になる。しかし、普通の銀行は彼らに金を貸さない。リスクが高すぎるからだ。そこで、彼らに金を貸すのが消費者金融でありヤミ金である。金は貸すが、凄まじい高利となる。しかし、そこしか貸してくれないので、貧困層はそこから借りるしかない。
 貧困に落ちれば落ちるほど、何をするにも条件が悪くなるのだ。貧困に落ちてしまうと、生活コストは下がるのではなく逆に上がるのである。 貧困層が増えれば、当然のことながら貧困層から絞り取るビジネスがどんどん伸びていく。一度貧困に落ちてしまうと、なかなか這い上がれないのは足元を見られて、いろんなところからぼったくられるからだ。
 貧困層がそこから這い上がったら商売が上がったりになるので、貧困ビジネスは、貧困層が貧困から這い上がれないように生かさず殺さずのギリギリのビジネスを展開する。 貧困に堕ちた人々に救いはないのか。一見、救済をするような顔をして近づいてくるグループはある。要注意である。
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2017年07月04日

違法な貧困ビジネスは、社会の底辺で蔓延していく

 貧困層に生活保護を受給させるのは別に違法でも何でもないし、その貧困層に宿を貸して金を取るのも違法ではない。 生活保護費の搾取は、やっていることは搾取なのだが合法と違法のスレスレを渡っているので、摘発はよほどの違法行為が他になければなかなか難しいと言われている。だから、こうした違法な貧困ビジネスは、社会の底辺で蔓延し、広がろうとしている。
 こうした労働者を搾取する目的で行われる「貧困ビジネス」だが、今や日本の貧困層は底辺の日雇い労働者だけではなくなっているのが現実だ。小泉政権が「新自由主義経済政策」と「構造改革」を推し進めた結果、企業は終身雇用を捨てて正社員の代わりに派遣労働者を取るようになった。これを推し進めた張本人は竹中平蔵という男だ。
 この男は「企業は正社員をたくさん抱えるということが非常に大きな財務リスク」と言って、派遣労働者を増やす政策を強力に推し進めていった(正社員をクビにしやすい社会になったら、儲かる男がいる)。その結果、企業は若年層を正社員として雇わなくなっていったので、彼らはいつクビにされるのか分からないような不安定な状況の中で働くことを強いられるようになった。
 結局、その中でも学歴のない人や、職種が合わずに会社を辞めざるを得なくなった人や、怪我や病気になった人などが、改めて仕事を探しても正社員になれず、やむなく非正規雇用で雇われて、貧困に落ちていくことになった。 一流企業に就職できた者でも、リストラや一身上の都合で会社を辞めたら、次の仕事がなかなか見付からず、非正規労働者となって落ちぶれていく姿も普通になっていった。
 そして、どうなったのか。日本の底辺では貧困の人間をターゲットにしたビジネスがどんどん増えていくようになったのだ。
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2017年07月03日

「貧困ビジネス」かどうかを判断する目を養わなければならない!

 貧困層の“住まい”に着目した宿泊所ビジネスに関して言えば、社会福祉法に基づいてきちんと届出をしている施設もある。
 また、届出の有無に関わらず、良い意味での貧困ビジネスとして本人の自立を促すような運営を心がけている業者も少なからずいるのも事実。
 このように玉石混交とも言える状況になっているのが、今まさに、高齢者の住まいの確保を考える上で問題となっているのであり、その解決策の1つとして、国や自治体による規制の厳密化に期待したいところだが…。
 と同時に、私たちは高齢者の住まいとして“良い”のか“悪い”のかを見極める目を見極める必要がある。インターネットを介して得られる情報は本当に多種多様。貧困ビジネスに関しても、善良に活動している施設が根拠のない噂をたてられて苦しんでいる事業者も数多くいるのも確かだ。
 飛び込んでくる情報を鵜呑みにするのではなく、確たる裏付けに基づいて「悪質な貧困ビジネスかどうか」を判断する“目”を養う必要があるのだ。
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2017年07月02日

貧困ビジネスに手を染める業者の言い分は暴論でしかない

 悪質な貧困ビジネスは“住まい”をターゲットにしている。住まいとは、言うまでもなく生活の基本であり、人はその基盤を失うと途端に生きる気力をなくしてしまうとも言われているほどだ。
 そこに目をつけた卑しい輩が、「低額宿泊施設」を運営したりホームレスを囲い込んだりして生活保護費を不正に搾取したこと、「追い出し屋」が暴力的な取り立てをしたことが問題なのだ。言わば、人の弱み(=住まいを失うこと)につけ込んで力で支配しようとすることが、貧困ビジネスの本質とも言えるのではないか。
 いずれも、多くは過去に問題視され、逮捕や営業停止処分を受けた事業者が出た。当時の調査の結果を見返してみると、処分を受けた事業者は口をそろえて「本人が望んだから住まいを提供しただけ」「イヤなら出て行けば良かった」「保証人になってあげているのだから、逆に喜ばれている」などと言っていた。
 暴論としか言いようがない。そんなことを言い出したら、例えばだが時給100円で働かせておいて「時給0円よりはマシだ。イヤなら辞めろ」といった理屈でも通ってしまうし、最低賃金など労働基準法が意味を失くしてしまう。そのように考えると、「貧困ビジネス」は認められるべきではなく、社会問題として取り上げなければならないものであるのだ。
posted by GHQ/HOGO at 10:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

1億総下流老人社会と「リスクを取らないリスク」

 年齢を問わず、低賃金で不安定な仕事に従事している貧困層は、日々の生活を送るだけで精一杯だ。このまま少数の勝ち組(富裕層)と大多数の負け組(貧困層)の2極化が進めば、「1億総下流老人社会」が到来する。
「貯蓄」から「投資」へのシフトチェンジは、富裕層よりも貧困層にこそ必要な発想の転換なのだ。確かに投資には自己資金を失うリスクがある。しかし、一番恐ろしいリスクは「リスクを取らないリスク」だ。
 アベノミクスで富裕層は、より大きは富と豊かさを手にいれ、失うリスクを恐れてアベノミクス相場で投資の世界に足を踏み入れなかった貧困層は、何の恩恵も受け取れず、格差だけが無慈悲に拡大して行ったのだ。
 自身に余程の技能・スキル・コネクションがあれば、人生の逆転のチャンスを掴めるかも知れないが、もし、「自分には何もない」と言うのなら、投資と向き合って、リスクを取って、「お金でお金を稼ぐ」「お金に働かせる」ことを実践しなければ、ジリ貧状態を受け入れる以外に道はなくなる。気がついたときには若さも希望も失って、生活保護を受給する以外に、生きる術のない人生を送ることになる。
 自分のことを「何も有さない貧困層」である、と言う認識が持てるのなら、下流老人になる前に、「投資」について真剣に向き合うべきだ。
posted by GHQ/HOGO at 06:08| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月30日

ghhjjjj

qwwweee
posted by GHQ/HOGO at 07:42| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

複雑に影響しあう「貧困・不登校・ひきこもり」

 社会的コストとは税金のような金銭的な負担だけではない。教育が十分に行われなかったために子供が十分な就労スキルを身につけられず社会全体の生産性が落ちたり、警察的機能が働かないために犯罪が増え、市民の安全が脅かされるような状態になることも、社会的コストの増大なのである。
 逆に、一時的な支援コストを支払い、進学や就労支援などを通じて高いスキルを身につけた子供を育てれば、将来、高い収入を得て納税などの社会貢献を行うことが期待できる。社会的コストという視点から、将来の日本社会像と併せ、どのように描くか、そんな長期的な視野でも考えてみる必要がある。
 将来的に社会的コストを増大させるリスク要因として、家庭の貧困、不登校、ひきこもりの三者を取り上げた。これらは単独の問題ではなく、お互いに重複し影響しあって問題を難しくしている。
 社会的コストとして今、生活保護費の増大がクローズアップされている。しかし、そこから見えてくるものは何か、その実情を考えてみよう。
 大阪府のある定時制高校で、母親と二人暮らしの由梨(仮名)が学んでいる。母親は障害者で生活保護費の支給を受けている。由梨は短大への進学を希望しているが、奨学金がなければとても無理だ。担任の教員と地域のコミュニティソーシャルワーカー(CSWr)が話し合って、入学時には、社会福祉協議会の教育支援資金(年間最大122万円<月6万+50万>)を無利子の貸付を受ける方向で話が進んでいた。
 ところが、生保の担当ケースワーカーに相談すると、(1)生活保護費が減額になるか、(2)世帯分離のいずれかを選ばなければならない、と言われたと言う。生保の担当者とすると、「進学できるなら働けるはず」「短大に通いながらアルバイトをせよ」となるだろうが、由梨自身も障害(手帳を申請中)を抱えている状況で、通学とアルバイトの両立はとても負担が大きくできそうもない。
 担任の教員は、「夢を求めて進学することが2〜4年先の自立へ向けた確かな道だと思うのですが、生保家庭の子が大学や短大、専門学校に進学することは贅沢なのでしょうか」 と疑問を投げかける。
 ある市の生活保護担当者はこう説明する。「奨学金を収入としてみなすために保護費が削減されるのではなく、18歳を過ぎると、現行の保護制度上、 その子も働いて生活費を稼ぐ対象として見られているため、被保護世帯の対象者から外れることにより、母親の保護費が減る」。
 しかし、このケースは、一時的な社会的コストの抑制によって、貧困の再生産を促し社会の生産性を低下させるという意味で、長期的な社会的コストを増大させ、社会的ベネフィットを損ねる典型的な例である。結果として社会を弱体化させていると言えないだろうか。しかも経済的な困難、障害などを持つ若者たちが 自立しようという意欲を失わせる制度的な欠陥とも言えよう。
 事実、国の社会保障審議会でも、大学進学と生活保護制度について、現状の生活保護行政が批判をうけている。
 では、生活保護受給世帯とはどのような家族なのか。子供たちに焦点を当てて考えたい。
 板橋区の調査によると、生活保護受給世帯の子供は11.58%だったのに対して、生活保護・就学援助のいずれも受給していない生徒の発生率は2.4%である。被保護世帯の不登校発生率は安定した家庭の4.8倍であり、飛び抜けて高い。文部科学省の調査ばかりでなく他の多くの調査でも、不登校の背後に貧困があるというエビデンスは少なくない。
 貧困の中で疲弊する親や、ネグレクトなどで子供に必要な食生活をはじめとする日常生活を送らせることができないということが、不登校そして高校中退の背景の1つにある。
 生活保護費を受給していなくても、経済的な困難を抱える低所得層(とりわけ一人親世帯)の家庭生活には様々なリスク要因が内在している。そのような世帯の子供たちの不登校リスクが高いのは否めない。しかし、未だに「不登校は子どもの心の問題」という受け止め方が大勢である。
 文部科学省の調査、「不登校状態が継続している又は継続していた理由」を見ると、「不安などの情緒的混乱」が33.3%で最も多く、2番目は「無気力」(29.2%)である。
 しかし、「あそび・非行」(11.9%)は、子供を養育する家庭環境が脆弱なところで発生していることは想像することは可能だが、教員の目からは、「無気力」と見える不登校の内実が、実はネグレクトに近い親からの無関心、家庭と学校での排除の積み重ねによる子供の意欲の喪失など、貧困、虐待、 障害の放置など生育期における長く、厳しい家庭環境の結果であることが想定される。不登校問題は決して「心の問題」にとどまるものではないのである。
 子供が抱えるリスクの実状は多様であって、その対応にはまさにさまざまな専門家が必要だが、現在は心理相談に偏りすぎている。したがって心理相談を担当するスクールカウンセラー(SCr)だけでなく、スクールソーシャルワーカー(SSWr)のような包括的な支援につなぐことができる専門家が学校に存在する必要もあろう。 スクールソーシャルワーカー(SSWr)は、行政の福祉担当者や障害者支援センター、医療関係者、児童相談所などと連絡を取り合い、子供と子供を育てる家庭が必要な支援を受けられるように、さまざまな専門機関の間にネットワークをつくり上げる。そのような支援が求められているといえるだろう。
 内閣府の調査(「若者の意識に関する調査<ひきこもりに関する調査>」)によると、「ひきこもり」の若者は1.79%とされる。15〜39歳人口は3,880万人なので、広義のひきこもりの推計数は(3,880万人×1.79%=)69.6万人とされる。ひきこもり親和群は 155万人(推計数は3,880万人×3.99%=155万人)で合計すれば約220万人に上る。
 ・内閣府の定義では、狭義の「ひきこもり」は、「自室からは出るが自宅からは出ない。近所のコンビニには出かける」「趣味の用事の時にも出かける」「そんな状態が6ヵ月以上続いている」若者をいう。
 ・同定義では、「ひきこもり親和群」を「家や自室に閉じこもっていて外に出ない人たちの気持がわかる」「自分も、家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」「嫌な出来事があると外に出たくなくなる」「理由があるなら家や自室に閉じこもるのも仕方がないと思う」と答えた若者をいう。
 社会的コストとは税金のような金銭的な負担だけではない。教育が十分に行われなかったために子供が十分な就労スキルを身につけられず社会全体の生産性が落ちたり、警察的機能が働かないために犯罪が増え、市民の安全が脅かされるような状態になることも、社会的コストの増大なのである。
 逆に、一時的な支援コストを支払い、進学や就労支援などを通じて高いスキルを身につけた子供を育てれば、将来、高い収入を得て納税などの社会貢献を行うことが期待できる。社会的コストという視点から、将来の日本社会像と併せ、どのように描くか、そんな長期的な視野でも考えてみる必要がある。
 将来的に社会的コストを増大させるリスク要因として、家庭の貧困、不登校、ひきこもりの三者を取り上げた。これらは単独の問題ではなく、お互いに重複し影響しあって問題を難しくしている。
 社会的コストとして今、生活保護費の増大がクローズアップされている。しかし、そこから見えてくるものは何か、その実情を考えてみよう。
 大阪府のある定時制高校で、母親と二人暮らしの由梨(仮名)が学んでいる。母親は障害者で生活保護費の支給を受けている。由梨は短大への進学を希望しているが、奨学金がなければとても無理だ。担任の教員と地域のコミュニティソーシャルワーカー(CSWr)が話し合って、入学時には、社会福祉協議会の教育支援資金(年間最大122万円<月6万+50万>)を無利子の貸付を受ける方向で話が進んでいた。
 ところが、生保の担当ケースワーカーに相談すると、(1)生活保護費が減額になるか、(2)世帯分離のいずれかを選ばなければならない、と言われたと言う。生保の担当者とすると、「進学できるなら働けるはず」「短大に通いながらアルバイトをせよ」となるだろうが、由梨自身も障害(手帳を申請中)を抱えている状況で、通学とアルバイトの両立はとても負担が大きくできそうもない。
 担任の教員は、「夢を求めて進学することが2〜4年先の自立へ向けた確かな道だと思うのですが、生保家庭の子が大学や短大、専門学校に進学することは贅沢なのでしょうか」 と疑問を投げかける。
 ある市の生活保護担当者はこう説明する。「奨学金を収入としてみなすために保護費が削減されるのではなく、18歳を過ぎると、現行の保護制度上、 その子も働いて生活費を稼ぐ対象として見られているため、被保護世帯の対象者から外れることにより、母親の保護費が減る」。
 しかし、このケースは、一時的な社会的コストの抑制によって、貧困の再生産を促し社会の生産性を低下させるという意味で、長期的な社会的コストを増大させ、社会的ベネフィットを損ねる典型的な例である。結果として社会を弱体化させていると言えないだろうか。しかも経済的な困難、障害などを持つ若者たちが 自立しようという意欲を失わせる制度的な欠陥とも言えよう。
 事実、国の社会保障審議会でも、大学進学と生活保護制度について、現状の生活保護行政が批判をうけている。
 では、生活保護受給世帯とはどのような家族なのか。子供たちに焦点を当てて考えたい。
 板橋区の調査によると、生活保護受給世帯の子供は11.58%だったのに対して、生活保護・就学援助のいずれも受給していない生徒の発生率は2.4%である。被保護世帯の不登校発生率は安定した家庭の4.8倍であり、飛び抜けて高い。文部科学省の調査ばかりでなく他の多くの調査でも、不登校の背後に貧困があるというエビデンスは少なくない。
 貧困の中で疲弊する親や、ネグレクトなどで子供に必要な食生活をはじめとする日常生活を送らせることができないということが、不登校そして高校中退の背景の1つにある。
 生活保護費を受給していなくても、経済的な困難を抱える低所得層(とりわけ一人親世帯)の家庭生活にはさまざまなリスク要因が内在している。そのような世帯の子供たちの不登校リスクが高いのは否めない。しかし、未だに「不登校は子どもの心の問題」という受け止め方が大勢である。
 文部科学省の調査、「不登校状態が継続している又は継続していた理由」を見ると、「不安などの情緒的混乱」が33.3%で最も多く、2番目は「無気力」(29.2%)である。
 しかし、「あそび・非行」(11.9%)は、子供を養育する家庭環境が脆弱なところで発生していることは想像することは可能だが、教員の目からは、「無気力」と見える不登校の内実が、実はネグレクトに近い親からの無関心、家庭と学校での排除の積み重ねによる子供の意欲の喪失など、貧困、虐待、 障害の放置など生育期における長く、厳しい家庭環境の結果であることが想定される。不登校問題は決して「心の問題」にとどまるものではないのである。
 子供が抱えるリスクの実状は多様であって、その対応にはまさにさまざまな専門家が必要だが、現在は心理相談に偏りすぎている。したがって心理相談を担当するスクールカウンセラー(SCr)だけでなく、スクールソーシャルワーカー(SSWr)のような包括的な支援につなぐことができる専門家が学校に存在する必要もあろう。 スクールソーシャルワーカー(SSWr)は、行政の福祉担当者や障害者支援センター、医療関係者、児童相談所などと連絡を取り合い、子供と子供を育てる家庭が必要な支援を受けられるように、さまざまな専門機関の間にネットワークをつくり上げる。そのような支援が求められているといえるだろう。
 内閣府の調査(「若者の意識に関する調査<ひきこもりに関する調査>」)によると、「ひきこもり」の若者は1.79%とされる。15〜39歳人口は3,880万人なので、広義のひきこもりの推計数は(3,880万人×1.79%=)69.6万人とされる。ひきこもり親和群は 155万人(推計数は3,880万人×3.99%=155万人)で合計すれば約220万人に上る。
 ・内閣府の定義では、狭義の「ひきこもり」は、「自室からは出るが自宅からは出ない。近所のコンビニには出かける」「趣味の用事の時にも出かける」「そんな状態が6ヵ月以上続いている」若者をいう。
 ・同定義では、「ひきこもり親和群」を「家や自室に閉じこもっていて外に出ない人たちの気持がわかる」「自分も、家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」「嫌な出来事があると外に出たくなくなる」「理由があるなら家や自室に閉じこもるのも仕方がないと思う」と答えた若者をいう。
posted by GHQ/HOGO at 07:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分は若いから大丈夫?

 若年層の貧困問題は、いずれ下流老人問題に繋がる。若い時は、貧困状態であっても「将来への希望や期待」があるので、切実さは緩和される。しかし、「自分は若いから、まだ大丈夫だ」とタカをくくって貧困状態を楽観的に放置していると、やがて年齢を重ね、40歳や50歳を過ぎ、そして老後を迎えた際の生活状況が悲惨なものとなる。
 一方、「ミニマリスト」という言葉が流行語になるくらいに、既に消費活動を極限にまで抑えて、「人生の生きる楽しみ」を悲観している若者も多い。NHKの番組等で下流老人の惨めな生活実態をテレビで見れば、将来への期待が持てる20代は良いが、30代は人生を憂い、40代以上は生きることに絶望感すら感じてしまっている。
posted by GHQ/HOGO at 07:07| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする