2017年08月15日

世界および日本の経済格差の現状と原因は? 1

 最初の論点として、経済格差の問題点について整理する。経済格差の拡大は、「市場の失敗(市場の不完全性)」と「社会・政治の不安定化」を通じて、経済の効率性を損なうことにつながる。「市場の失敗」の例は、貧しいものの健康が害され、経済効率が低下する場合や、貧しいものが就学できずに能力を発揮できない場合等が典型的である。経済格差の拡大は、健康、教育、金融、差別等の経路を通じて貧しい者の能力の発揮を阻み、非効率を発生させ、過度な場合には経済成長が害されうる。こうしたケースでは政策的に介入することで、効率性と公平性を同時に改善することが可能である。また、「社会・政治の不安定化」は、経済格差の拡大の結果、犯罪や闇経済が拡大することにつながる。政府のガバナンスの悪さや腐敗と相まって、一部の既得権益層が独占的利益や寡占的利益を享受する状況に対する不満が高まると、デモや占拠等の社会的な混乱や騒乱、極端な場合には暴動等にもつながりかねない。既存のエリート層への不満は人気取りのポピュリスト的な政治家の台頭を許すきっかけともなっている。
 2番目の論点として、世界及び日本の経済格差の現状について整理すると、以下の通りである。
 第1に、世界の所得格差については、19世紀からの資本主義の歴史において世界全体の所得格差は一貫して上昇していたが、1990年頃から中国、インド等人口の大きなアジア諸国の高成長により、世界全体の所得格差は低下している。ただし、世界全体の経済格差は各国内の格差よりも格段に大きな水準にある。
 第2に、最近の各国の所得格差をジニ係数で比較すると、最も格差が大きいのは、南アフリカ、中国、南米諸国であり、次に、アメリカ、イギリスである。欧州大陸諸国、日本、韓国がそれらに続き、北欧諸国が最も平等な国とされる。
 第3に、先進国の所得格差の動向を、ジニ係数や上位層の総所得に占める割合でみると、1980年代以降、アングロサクソン諸国では、所得格差の拡大がみられ、特に、アメリカで顕著である。アメリカの上位10%(1%)の総所得に占める割合は30%強(8%)から45%強(20%)にまで上昇している。一方、1980年以降の欧州大陸諸国の所得格差をみると、ジニ係数や上位層の総所得に占める割合の上昇は緩やかなものに留まっている。フランスの上位10%(1%)の総所得に占める割合は33%(8%)程度となっている。
 第4に、途上国の所得格差の動向をみると、1980年代半ば以降、中国等のアジア諸国、ガーナ、ケニア、ナイジェリア等のアフリカ諸国で格差は拡大している。例外は、ラテンアメリカ諸国であり、1990年代半ばからラテンアメリカ諸国の所得格差は、水準は高いものの、福祉政策の充実により改善傾向がみられる。ただし、ラテンアメリカ諸国でも2014年以降の一次産品価格の下落に伴う財政難により、再び経済格差の拡大が懸念されている。
 第5に、資産格差は所得格差に比べて格段に不平等度が高い。先進国の資産格差の歴史的推移をみると、世界大戦期間中及び戦後に、極端に不平等であった戦前の資産格差は低下をつづけたが、1970年代以降、資産格差の縮小は止まり、緩やかに反転しつつある。現在の先進国における上位10%(1%)の総資産に占める割合は60%から70%程度(20%から30%程度)、次の40%の中間層が主に住宅資産の形で残りの資産を保有し、下位50%の層はほとんど資産を持たないとされる。
 第6に、途上国の資産格差は、データの制約があるが、所得格差より大きいとみられる。また、中国の資産のジニ係数は急速に拡大を続けており、2010年には米国と同水準にまで不平等は拡大したとの分析もある。
 第7に、生涯所得の格差をみる。一時点における所得格差はアングロサクソン系の国々で顕著であるが、イギリスの生涯にわたる所得格差の研究をみると、所得格差の水準は大幅な低下を示す。また、生涯の中で所得上の地位に流動性が認められ、生涯にわたる上位10%の者が生涯において上位10%に属する期間の割合は35%程度(同様に、生涯にわたる下位10%の者が生涯において下位10%に属ずる期間の割合は20%強)であり、裕福なものが常に裕福である(貧しいものが常に貧しい)というわけではないことが確認される。
 第8に、日本については、所得・資産ともに、経済格差の拡大は顕著ではない。また、格差の水準もアングロサクソン系の国々と比較すると緩やかなものに留まる。上位5%の総賃金に占める割合はアメリカの24%(1970年代半ばから8%ポイント上昇)に対して日本は16%(同2%ポイント上昇)であり、また、上位10%の総資産に占める保有割合は、アメリカの70%に対して日本は40%弱とみられる。
 一方で、日本の子供貧困率は高水準で(16.3%)かつ上昇しており、また、一人親家庭の貧困率(54.6%)はOECD諸国で最悪の水準にある。さらに、25歳から34歳の若年層の雇用の不安定化が進んでいる。2015年の女性の25歳から29歳、30歳から34歳の人口に占める非正規雇用又は未就業の割合はそれぞれ52%(=27%+24%)、61%(=29%+32%)となっている。同じく男性では28%(=16%+12%)と20%(=12%+8%)である。日本では、ジニ係数や上位の総所得・総資産に占める割合にあらわれない若年層の経済格差や機会の不平等が進行しているとみられる。
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2017年08月13日

大阪市の場合の生活保護の収支

 一般的な説明だけではわかりにくいので、保護費の支出が全国で最も多い実施自治体である大阪市の場合を取りあげる。2014年度の決算で、生活保護関係の収支は、以下のようになっている。
 A:歳出額 3062億円=扶助費2916億円+人件費115億円+その他事務費31億円
 B:歳入額 2221億円=国庫支出金2170億円+その他諸収入等51億円
 AからBを引くと、C:地方負担額(一般財源支出額)=841億円
 D:基準財政需要算入額 791億円=扶助費663億円+人件費124億円+その他事務費等4億円
  CからDを引くと、E:算入不足額=50億円
 実際の市の負担額に比べ、総務省の計算式による標準的な費用は50億円ほど少なく、その分が余分な持ち出しになった。算入不足額は年度によって差があり、かつては100億〜200億円前後にのぼっていた。近年は12年度57億円、13年度67億円だった。市財政局は、入院を含めた医療扶助費が大阪市ではやや多めであることが、算入不足の主な原因だと分析している。
 大阪市の算入不足額は、他の自治体に比べて大きいとみられる。算入の過不足は自治体によって異なり、プラスになっている自治体もある。
 一方、他の事業分野を含めた大阪市全体の地方交付税の計算は、次の通り。
 F:基準財政需要額 6056億円
 G:基準財政収入額 4939億円
 FからGを引くと、財源不足額(地方交付税額)=1117億円(うち臨時財政特別債759億円)
 基準財政需要額に対する基準財政収入額の比率(G/F)=H:財政力指数=81.6%
 裏返すと、基準財政需要額の18.4%が地方交付税として総務省から入るわけだす。財政力指数は自治体によって大きな差がある。財源が乏しくて地方交付税をたくさんもらう自治体もあれば、基準財政需要額より基準財政収入額のほうが多くて不交付団体になる自治体もある。
 次に、大阪市が自前の収入から生活保護費(扶助費)にあてた額を試算すると、以下のようになる(本来は、基準財政需要額の実情が事業分野ごとに違うので、単純にこういう計算はできない)。
 D(基準財政需要算入額)のうち扶助費663億円×H(財政力指数81.6%)+E(算入不足額50億円)=591億円
 14年度の大阪市の予算(当初予算+5月補正予算)では、一般会計の歳出1兆6814億円のうち生活保護費が2944億円(17.5%)を占めており、ものすごく大きな印象を与えるが、国から出るお金があるので、自前の財源からの実質的な出費は591億円ほどだったわけだ。
 かつて、保護費の額と市税収入の額をそのまま比べて、大変な財政圧迫だと強調する記事が何度かあったが、財源のことを無視して比較するのはナンセンスなのだ。


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2017年08月11日

国の社会保障費の中で生活保護費の大きさは?

 16年度の当初予算で、生活保護費の総額は3兆8281億円、そのうち国(厚労省)の負担分は2兆8711億円の見込み。社会保障関係の一般歳出31兆9738億円に対する比率は9.0%となっている。1998年度当初予算の生活保護費の厚生省負担額が1兆1106億円、社会保障関係費に対する比率が7.5%だったのに比べ、大幅に増えてきたのは確かである。これは、巨大な額だろうか。
 当初予算の社会保障関係費(国支出分)の内訳を、表に示します(財務省の資料をもとに、生活保護費を独立させる形で区分を変えた)。生活保護費は国が4分の3を負担するのに対し、年金・医療・介護・雇用・労災は社会保険制度が中心なので、ここに出ている国支出額は、その分野の費用全体の中では、一部である。
<2016年度当初予算の社会保障関係費(国支出分)>
・年金給付費 11兆3130億円 35.4%
・医療給付費(医療扶助を除く) 9兆9068億円 31.0%
・生活保護費等 2兆9117億円 9.1%
・介護給付費(介護扶助を除く) 2兆8623億円 9.0%
・社会福祉費(障害者福祉など) 2兆5335億円 7.9%
・少子化対策費 2兆0241億円 6.3%
・保健衛生対策費 2865億円 0.9%
・雇用労災対策費 1360億円 0.4%
計(社会保障関係費) 31兆9738億円 100.0%
 *生活保護費等には中国残留邦人支援費、施設事務費、指導監査費を含む
 生活保護費の半分近くは医療扶助なので、住宅扶助、教育扶助、高校就学費を含めて保護利用者の暮らしにあてられるのは、残り半分の1兆5000億円ほどだ。
 貧困層が拡大する中、公的年金や社会手当の給付を削ったり、医療や介護の自己負担を増やしたりすると、最低生活ラインを割り込む世帯が多くなり、生活保護が増える。そういう社会保障制度の中の相互影響も考えないといけないのではないか。諸外国とも比べてみる必要がある。
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2017年08月10日

消費支出は地域経済を支え、税収にもはね返る

 自前の財源を含めて、自治体が保護費の一定部分を実質負担したら、それは損なのか。
 その際、考える必要があるのは地域経済だ。生活保護費は基本的にためこまれず、ほとんどが医療費、家賃を含めた消費支出に回る。一般世帯に比べ、食費の比率が高めで、大半が地元で使われる。したがって、地域経済への直接的なプラス効果が高い。地域によっては、生活保護利用者がいるおかげで成り立っている商店、飲食店、賃貸家主、医療機関もある。たとえば大阪市西成区は人口比の保護率が24%(16年6月)と極めて高く、もし生活保護の人がいなくなったら、バタバタと店がつぶれて、西成区の経済は危機的になるはずだ。
 大阪市の14年度の決算ベースの保護費2916億円のうち、市が実質負担する591億円を引いた2325億円は、国のお金。市が591億円を出すことによって、国から2325億円を引っ張ってきて、計2916億円を地域に落としたという解釈もできる。これは、国から補助金が出る公共事業が地域にもたらす経済効果を強調するときに、しばしば使われる論理と同じである。
 地域経済にプラスになれば、税収にもはね返る。生活保護利用者が使ったお金は、商品やサービスを売った側の収入になるからだ。仮に保護費総額2916億円に個人市民税の所得割の税率6%を掛けると、175億円になる。実際には、法人を含めて多段階のお金のやりとりが生じる。また消費税8%のうち1.7%は地方消費税(都道府県税)で、その半分は市町村に配分される。
 経済効果や税収はねかえりの具体的な見積もりは難しいのだが、市が591億円を出しても、市税などの収入として戻ってくる分が、けっこうあるわけだ。以上のことは大阪市以外の自治体や、地方交付税の不交付団体にも言えること。もちろん、保護を受けていた人が就労などで経済的に自立して買い物をできるようになるなら、それにこしたことはない。
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2017年08月09日

保護を受ける人数を減らしても、財政効果はない

 きわめて重要なことは、地方交付税を受け取っている自治体の場合、生活保護を受ける人の数を減らしても、財政効果はほとんどないという点である。
 たとえば、何らかの方法で締めつけて生活保護の利用者を減らし、保護費を100億円削ったらどうなるか。4分の3は国の負担なので、75億円が国から来なくなる。そのうえ、4分の1負担分に見合う基準財政需要額も減るので、自前の税収など(基準財政収入額)が変わらなければ、地方交付税がまるまる減ることになる。変化があるのは、基準財政需要額の算入の過不足にかかわる部分だけ。
 反対に、保護の利用者が増えたらどうか。保護費の4分の3は国が出し、4分の1に見合う基準財政需要額が増える。保護の人数の増減が基準財政需要額に反映されるのは、実際より後の年度になるという時間差の問題はあるが、基本的には、算入の過不足部分を除いて財政負担は増えない。
 福祉事務所には、自治体の財政負担に影響すると思って、保護の利用を抑え込もうと躍起になっている職員もいるが、保護利用者が減ろうが増えようが、地方交付税を受け取る自治体の財政はほとんど左右されないのだ。一方、地方交付税の不交付団体の場合は、4分の1分の影響を受けることになる(財政にゆとりのある自治体)。
 自治体の税収が伸びないこと、生活保護以外を含めた地方交付税全体の額がしだいに抑えられる傾向にあることなどにより、自由に使える財源が増えず、財政運営が厳しい自治体が多いのは確かだ。そういう中で保護費の金額が大きいため、矛先を向けるのかもしれない。しかし、地方交付税を受け取っている自治体に関する限り、生活保護費が財政を圧迫していると声高に叫ぶのは、財政のしくみをよく理解していないからなのだ。

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2017年08月08日

生活保護費は自治体財政を圧迫しているか?

 2000年代に入って生活保護の利用者が大幅に増えたことで、財政負担が大変だ、という見方がある。財政が圧迫されていると強調している自治体もある。それは、どこまで本当なのか。
 多くの地方自治体にとって、生活保護の実質的な財政負担は、それほど大きくない。保護費の4分の3は国が負担する。残り4分の1が自治体負担だが、自前の財源で足りない場合は総務省から出る地方交付税でおおむねカバーされる。
 そして地方交付税を受け取っている自治体の場合、生活保護の利用者が減っても増えても、財政負担には、ほとんど影響しないのだ。生活保護費はむしろ、国からお金が来て消費に回ることによって、地域経済にプラスになっているという見方もできる。
 福祉事務所を設置して生活保護の実施にあたるのは、すべての市、東京の23特別区、一部の町村(町村の福祉事務所は任意設置)だ。それ以外の郡部は、都道府県が福祉事務所を置いて実施する。これらを実施自治体と呼ぶことにする。
 実施自治体が支出した保護費のうち、4分の3は国が後から負担する。したがって実施自治体の負担は4分の1。生活保護施設(救護施設、更生施設など)の入所者のための事務費も同じ分担割合だ。ただし、居宅のない状態で入院中・施設入所中の人の保護費は、政令市・中核市を除いて、市町村の負担にならず、代わりに都道府県が4分の1を負担する(国の4分の3負担は同じ)。
 生活保護は、国家責任で生存権を保障する制度で、自治体の本来の仕事(自治事務)ではなく、国からの法定受託事務なのだ。もともと国の負担割合は80%だったのが、1985〜88年度は70%に下げられ、89年度から75%(4分の3)になった経緯があり、全国市長会など地方関係団体は、全額を国庫負担にすべきだと主張している。
 保護費の4分の1は、まるまる実施自治体の持ち出しになるのか。多くの場合、そうではない。
 地方交付税という制度がある。自治体の基本的な事務・事業にあてる自前の財源が不足する場合に、総務省から交付される。いったん国が集めた税金のうち一定割合を、自治体の財政力の弱さに応じて配分し、アンバランスを調整するしくみだ。自治体が受け取った地方交付税は、使い道の制限がなく、自前の税収と同じように一般財源として使える。
 地方交付税の算定にはまず、その自治体のいろいろな指標を用いて、分野ごとの標準的な費用を積み上げ、「基準財政需要額」を算出する。市町村の場合、消防費、土木費、教育費、厚生費、産業経済費、総務費などの標準的な額を、人口、世帯数、面積、児童生徒の人数、道路延長、港湾係留施設の延長、都市公園面積、農家数といった指標から計算。
 一方で「基準財政収入額」を算出する。これは、標準的な税率で課税した地方税収入の75%に、地方譲与税(国が集めた税金のうち地方に配る分)、各種の交付金などを加えた額である。
 そして、基準財政需要額(標準的に計算した必要費用)より基準財政収入額(標準的に計算した収入)が少なければ、その差額が地方交付税として交付される。
 生活保護費も、基準財政需要額の算定基礎に入っている。大まかな考え方としては、保護費の地方負担分(4分の1)を、自前の収入プラス地方交付税でまかなえるようにしているわけだ。ただし標準的な保護費の計算方法は、人口を基本にしつつ、前年度と前々年度の扶助別の被保護者数、生活扶助の延べ人数、級地、寒冷区分など各種の補正をして単位費用を掛けるので、おそろしく複雑。その自治体の状況をある程度は反映するものの、あくまでも標準化した金額なので、実際の4分の1負担額とはズレ(算入の過不足)がある。保護世帯の人数構成や、個別の扶助の金額を加味する計算式になっていないのも、ズレの要因のようだ。
 それとは別に、ケースワーカーの人件費など福祉事務所の運営費用も、基準財政需要額の算定基礎に入っている。
 少数だが、財源が豊かで地方交付税をもらえない自治体(不交付団体)もあり、それらの自治体では、保護費の4分の1負担分は自前の収入だけでまかなう。
 16年度の場合、都道府県では東京都だけが、都と23特別区を合算する形で不交付団体。都は、都が集めた固定資産税、法人住民税、特別土地保有税の一定割合を、各区の財政状況に応じて調整配分している。市町村では、交付団体が1642にのぼり、不交付団体は76だ。政令市は川崎市だけで、ほかは首都圏、愛知県と、自動車工場や原子力施設の立地市町村が目立つ。
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2017年08月06日

報道の意味自体を疑われるとメディアは自らの首を絞める

 大阪市大チームは、「なぜ、日本の生活保護受給は長期化しやすいのか」に関する多面的な検討も行っており、理由を「貧困の子供化・女性化・高齢化」、必要な対策を「政策分野横断的な対応」とする検討も行っている。最後まで読むと、「貧困研究の大阪市大ブランドは健在だった」と分かるのだが、全45ページの資料と数十枚のグラフ全部に目を通す余裕と気力と根性は、誰にでもあるわけではないだろう。
 メディア各社は、より慎重に、より正確に、よりわかりやすく伝える努力をすべきだろう。「報道する」「伝える」という仕事の意味そのものが疑われるようになれば、最終的に締め上げられるのは自分自身の首なのだ。もはやそうなりつつあるのだが…。
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2017年08月04日

大阪で生活保護受給を始めた人々の目的は、結局のところ不明

 大阪市大チームの研究結果から「生活保護を求めて大阪市に来た」と結論付けるのは、早計すぎるように思われる。2010年と2015年の比較では、マグネット層・非マグネット層ともども、3分の2は生活保護から脱却しているからだ。もしも大阪市に来た目的が生活保護だったのなら、「マグネット層は生活保護から脱却しない」という結果となるはずだからだ。
 ただし2010年は、まだリーマンショック(2008年)の影響が残っていた時期である。マグネット層・非マグネット層で差が見られなかった理由の1つは、もしかすると「2010年に大阪市で生活保護を利用し始めた人々は、景気回復とともに生活保護から脱却しやすい状況にあった」ということかもしれない。
 いずれにしても、「大阪市に来た目的は生活保護を利用するため」と結論づける根拠があるとは言えなさそうだ。大阪市大チームの資料に、このように結論づける記述があるわけではない。結論めいたものは、「(大阪市は生活保護費の)全額国庫負担を求めてもよい数値的根拠になるかもしれない」という一文だけだ。これは、長年にわたって指摘されてきた「貧困問題が深刻な大都市に対して国は予算面で厳しすぎる」という積年の問題、大阪市が困惑し続けてきた問題そのものである。
 また、地方からの低所得層の流入を受け止めやすい大阪市の状況についても検討が行われているが、「マグネット層」問題の中心が単身男性であること、生活保護からの脱却理由が主に死亡(29.0%)と失踪(23.4%)であること、したがって「(マグネット層が大阪市の生活保護受給者の)増加要因を形成しているとは言い難い」という結論が述べられている。
 専門家の研究をメディアが正確に伝えることは、一般的に難しい。しかし、NHK関西の「転入して6ヵ月以内に生活保護を受給していることから生活保護を目的に大阪市に引っ越してきたとみられる人たちは平成27年度に男性受給者の19.8%、女性受給者の10.6% にのぼることもわかりました」という報道は、「大学の発表資料や論文に目を通すわけではない大多数の視聴者、読者のためにこの研究を伝えた」と言えるだろうか。
 自分自身の研究がこのような扱いを受けたら、私ならそのメディアに怒鳴り込むかもしれない。少なくとも、不正確である可能性を示すツイートくらいはするだろうと思う。
 そもそも、よりよい保育園環境、学校、親の介護を求めて自治体を選ぶこと自体は、誰にでもあり得ることだ。「福祉のマグネット」は、あらゆる福祉を対象としている。「よりよい生活保護」で自治体を選んで、何が悪いのだろうか。
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2017年08月03日

大阪市大チームの研究結果とは?報道に見る「ビッグデータ」の誤用

 おそらく、チラリと見て卒倒しそうになったメディア報道は、NHK関西による報道である。まず、「生活保護をビッグデータで分析」というタイトルが、強い目眩を誘うのだ。「ビッグデータで分析」とはいったい何か。「ビッグデータ」とは文字通り、巨大な量のデータを指す用語だ。データそのものは分析の道具ではない。
 さらに、本文の「大阪市立大学の研究チームが大阪市の生活保護に関する情報をビッグデータの手法で分析した」という記述に、頭がクラクラする。というのは、「ビッグデータの手法」という記述そのものが、あり得ないものだからだ。
 「ビッグデータ」を「ビジネスパーソン100万人の身長・体重」と具体的に言い換えれば、ご理解いただけるだろう。「100万人の身長・体重の手法」は存在しない。存在するとすれば、「100万人の身長・体重」に対する分析手法であり、その人々や周辺の人々に関する見積もり(推論)の手法だ。
 NHKには、科学番組の優秀なディレクターが多数在職しているとされている。優秀なディレクターたちがいれば、「ちょっと、これでいいかどうか見てくれない」と声をかければ、「ビッグデータで分析」「ビッグデータの手法」が日の目を見ることはなかったかもしれないが、トンデモナイディレクターばかりのようだ。
 なお、翌日の産経新聞の報道では、タイトルに「生活保護のビッグデータ」を分析したとある。少なくとも誤りではない。本文には、「生活保護に関する膨大な行政データの分析結果を公表した」と記述されており、妥当かつ正確だ。本当に「ビッグデータ」と呼ぶべきものかどうか、一般の読者が何をイメージするか、慎重に検討しただろうか。
 内容にも「ミスリード」と感じる部分はない。産経新聞の政治的スタンスを支持することが多いのだが、同社で数学記事を執筆している優秀な記者の知人の顔を思い浮かべ、この記事に心から賞賛の拍手を贈りたい。
 もともと、「ビッグデータ」という用語そのものが、そもそも何を指しているのか意味不明に近い用語ではある。とりあえず「その時期の通常のパソコンでは扱いにくい規模のデータ」と考えておけば大きな誤りにはならないのだが、今回の大阪市大チームの分析は「ビッグデータ」と呼ぶべきかどうかが微妙なのだ。
 というのは、対象は生活保護世帯主たち数万人(注)規模(世帯員については分析していない)であり、分析の複雑さは「各人の身長・体重・年齢とその関係」程度だからだ。通常、データサイエンスの世界では、この程度のデータ量、分析の複雑さ、分析の総量を指して「ビッグデータ」「ビッグデータ分析」と呼ぶことは少ない。大阪市が大阪市大に提供したデータそのものは、紛れもない「ビッグデータ」であったのかもしれないのだが。
(注)大阪市大チームの発表資料では、「約15000〜25000世帯」という数値が示されているけれども、データ量や分析の複雑さを考える場合に注目する対象は桁なので、「数万人規模」と記述した。
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2017年08月02日

生活保護目当てで押し寄せる貧困層が大阪市の負担に?

 大阪市立大学・公共データ解析プロジェクトチーム(以下「大阪市大チーム」)は、2017年7月7日、大阪市の生活保護に関するデータの分析結果を公表した。この分析は、2016年に大阪市立大学と大阪市が締結した連携協定に基づくものであり、目的はデータ分析に基づく効果的な施策の実施であるとのことだ。
 発表された7月7日、米国・ニューヨーク市で低所得層向け住宅政策の取材・調査を行っていた私は、スマートフォンでニュースの見出しをちらりと見て、卒倒しそうになった。どのメディアのどのニュースだったかははっきり記憶していないが、「大阪市大の分析によれば、大阪市では生活保護の受給期間が増加しており、生活保護を目的として大阪市に流入する人々の多さが裏付けられた」という内容だったからだ。
 そもそも、生活保護の受給期間の増加は全国的な傾向であり、その背景のうち最大のものは高齢化だ。仕事を求める人々が流入する「寄せ場」の存在は、「山谷」を持つ東京都、「寿」を持つ横浜市、「釜ヶ崎」を持つ大阪市など、都市型貧困の特徴の1つでもある。寄せ場を必要とする理由と、生活保護を必要とする理由は、大きく重なっている。「生活保護が受けにくい」と広く知られている大阪市に、わざわざ生活保護そのものを求めて流入する人々が多数いるとは、あまり考えられない。
 大阪市立大学は、日本の貧困研究の一大拠点の1つだ。今回の研究チームの教員たちも、貧困研究における定評ある実績で広く知られている。その大阪市立大学が、そんな研究成果を発表したとは、世も末だ。ネットスラングで言えば「gkbr(ガクガクブルブル)」――。しかし、何とか気を取り直し、大阪市大チームの発表資料に目を通した私は、まっとうな研究がまっとうに行われていることに安心できた。
 今回は、大阪市大チームが何をどう検討したのか、発表資料に何が書いてあるのかを中心に、生活保護の「いま」を見てみたい。
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2017年08月01日

「マグネット層」と「トランポリン層」生活保護に関する言説のまやかし

 メディア報道の多くは、「生活保護の受給期間増大、特に女性や子供のいる世帯で受給が長期にわたりがち」「生活保護を目的として大阪市に転入していると見られる人々が多い」という2点を問題視した。
 大阪市立大学・公共データ解析プロジェクトチーム(以下「大阪市大チーム」)が行った分析では、2005年、2010年、2015年に大阪市内で生活保護を利用していた世帯主たちに対し、それぞれの特徴を明らかにし、「福祉のマグネット」機能、「福祉のトランポリン」機能を検証した。
 「福祉のマグネット」とは、福祉制度の充実した地域が、福祉を必要とする人々に対して「引き寄せ力」を発揮するため、福祉支出の増大を招く現象のことである。たとえば「子供を持ちたい共働き世帯が、保育園の充実した地域へと転居する」という当然の選択も、「福祉のマグネット」現象と言えなくはない。また「福祉のトランポリン」とは、福祉を必要としない状況に再度押し戻す機能のことである。
 大阪市大チームの分析では、大阪市民になった日から半年以内に大阪市で生活保護を利用し始めた人々を、「福祉のマグネット層」とした。大阪市民になってから半年以内に生活保護を利用し始めた「マグネット層」の人々は、少なくない。さらに1ヵ月以内の生活保護利用も目立つ。
 しかし、大阪市に来た目的が生活保護利用だったのか、あるいは就労などを目的としていたものの結果として生活保護を利用することになったのかは、日数だけでは判断しにくいところではないだろうか。大阪市大チームも、この点については結論づけていない。結論づけようがないからだ。
 大阪市大チームはさらに、生活保護を利用する人々の中での「マグネット率」を算出した。2015年度で見ると、「マグネット率」は男性で19.8%、女性で10.6%。「マグネット層」の内訳を見ると、男性では若年・単身の「その他世帯」、すなわち障害者でも傷病者でも高齢者でもない単身者が多く、26.6%を占める。女性では単身障害者世帯が最も多く、マグネット層の19.0%を占めている。
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2017年07月28日

止まらない格差拡大:原因と対処は?2

 裕福な個人や大企業が租税回避のために活用するタックスヘイブンの問題に対処するひつようがある。租税回避により、世界の富裕層や多国籍企業は、社会が機能するための大前提である納税義務を果たさない。各国政府は、税収入の減少により、貧困、そして格差の問題に対処するための重要な財源を失った。
 2015年、G20各国政府は、BEPS行動計画(税源浸食と利益移転行動計画)の合意を通じて多国籍企業の租税回避の問題に取り組むことに合意した。しかし、その合意内容は、タックスヘイブンの課題にはほぼ触れていない。世界的に見て、タックスヘイブンの口座に預けられている個人資産は、約7.6兆ドルと言われている。この資産に対して本来支払われるべき税金が各国政府に納められた場合に追加的に捻出される税収入は毎年1900億ドルにのぼる。
 アフリカの金融資産の多ければ30%がタックスヘイブンに置かれていると予測され、このことによって毎年140億ドルの税収入が失われている。140億ドルの財政予算があれば、母子保健の充実などを通して年間400万人の子供の命を救うことができるばかりか、アフリカのすべての子供たちが学校に通うために必要な教員を雇用することができる。
 ダボス会議の企業パートナーである10社のうち9社が少なくとも1つのタックスヘイブンに登記されている。多国籍企業による租税回避による途上国に対する損失は最低でも年間1000億ドルと言われている。2000年から2014年にかけてタックスヘイブンに対する企業投資はおおよそ4倍になった。
 国連の「持続可能な開発目標」を達成し、2030年までに極度の貧困をなくすためには、各国政府が企業と個人を問わず、富裕層からしっかりと税収入を得ることが不可欠。極度の貧困に暮らす人々の数は1990年から2010年にかけて半分になったものの、過去25年間で最も貧しい10%の人々の収入は年間3ドルも増加していない。
 これは、各個人の収入が年間1セントも増加していないということだ。1990年から2010年までの間、各国の格差が広がっていなければ、貧困を抜け出すことのできた人の数は2億人多かったはずなのだ。
 ほぼすべての先進国、そして大半の途上国に見られる格差拡大の背景にある傾向の1つが、労働賃金が国民所得に占める割合の低下である。これに加えて、所得規模における格差拡大も傾向として見られる。所得格差の拡大、そしてタックスヘイブンの活用が、経済における富と権力の集中を促している。
日本も決して例外ではない。フィナンシャル・タイムズでも、経済論説主幹のマーチン・ウルフ氏が、日本の場合、GDPに占める労働賃金・世帯収入の割合が極端に低く、一方でGDPに占める企業収益が大きいことを指摘している。経済の活性化のためには、賃金を上げること、もしくは法人税を上げることが必要だという議論へとつながる。また、日本は、管理職における女性の割合の低さ、そして男女の賃金格差の大きさが、先進国の中で際立っているのが実態なのだ。
 オックスファムは、拡大する格差への対処として3つの柱を提唱している。1つ目がタックスヘイブンに代表される租税回避の問題への対処である。2つ目は、貧しい人々の生活に大きな利益をもたらす保健や教育などの必須社会サービスへの投資にこそ税収入が向けられなければならないという途上国内の政策における対処である。そして3つ目は、各国政府は、しかるべき賃金が裕福な人々に対してだけでなく、貧しい人々に対してもきちんと支払われるようにしなければならないということである。最低賃金を生活賃金の水準に引き上げ、男女間の賃金格差にも取り組まなければならないのである。
 ほんの一握りの人々が独占する極度の富は、病める世界経済の表れである。一部の富裕層に集中した富は、世界の過半数の人々、そして特に最も貧しい人々の犠牲の上に成り立っているのだ。
 かつて一億総中流と言われた日本。日本の社会や文化の素晴らしい部分を大切にしつつ、高齢化が進み、新興国に見られるような経済成長を成しうることが困難であるからこそ描ける未来を提起していかなければならないのだ。
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2017年07月25日

深刻化する子供の貧困問題、政府の対策は効果があるのか?

 日本の子供の貧困率の高さが国際的に指摘される中、「子供の貧困対策法」が成立した。「子供の貧困対策法」には、子供の貧困対策を総合的に推進するため「大綱」を政府が作成し、子供の貧困率の改善を図る対策を打ち出すことのほか、国と地方自治体が貧困家庭の就学や学資の援助、学習支援といった教育支援に取り組む、各都道府県は子供の貧困対策についての計画を策定する、「子供の貧困対策会議」を設置する、などが打ち出されている。
 また、政府は「子供の貧困対策大綱」を閣議決定しているが、近年、日本では子供の貧困が大きな社会問題となっており、政府の対策は効果があるのだろうか。
 日本の子供の貧困率(平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子供の割合)は16.3%で過去最高を記録した。日本は先進国の中でも米国並みに貧困率が高いことで知られているが、全体の貧困率の上昇に伴って子供の貧困率も増加している状況である。
 子供の貧困率が上昇してきた原因の1つに、シングルマザーの増加にあるのではないか。日本では女性の就労機会が限定されており、女性は正社員として働きにくい環境にある。また、正社員と非正規社員には圧倒的な給与格差が存在しており、非正規社員の給料だけでは十分な生活ができないのが現実だ。離婚をきっかけに就労した女性は非正規社員として働かざるを得ないことが多く、その結果、十分な収入が確保できない状態になっている可能性がある。
 高い才能を持った人は別だが、ほとんどの人にとって、一定水準以上の生活を送ろうと思った場合、ある程度の教育を受けることが必須となる。子供の学力と家庭環境には密接な関係があるといわれているので、親の生活環境によって子供が十分な学力を身につけられないというケースは少なくない。
 閣議決定された大綱では、貧困の世代間連鎖を解消するため、教育費の負担軽減、学校教育の学力保証、保護者の就労支援、無利子奨学金制度の充実など、数多くの施策が掲げられている。しかし、同じ子供の貧困対策といっても、どのような価値観に基づいて支援を行うのかで、そのやり方や結果は大きく変わってくる。
 学校教育を主軸とし、学校にさえきちんと通えばある程度の学力をつけられるようにするという考え方もあるし、経済的に困窮している家庭を直接金銭的に支援するという考え方もある。また、直接的な支援をせず、保護者が自力で就労できるよう支援するという間接的な方法もあるだろう。ただ、子供は親を選ぶことができないから、保護者の生活が向上しなかった場合、その子供をどうするのかという問題は常に考慮に入れておく必要がある。
 日本では高い教育を受けることは、全員に与えられた基本的な権利ではなく、経済的に余裕がある人、あるいは自力で生計を立てられる人のみが享受できるものという考え方が一部にある。このあたりの価値観は人それぞれかもしれない。
 しかし、日本経済は急速に成熟化、脱工業化が進んでおり、より付加価値の高い国内産業の育成が急務となっている。成熟化で先を行く米国では、かつて体力があれば十分だった第一線の兵員ですら、兵器の高度化によって高いITスキルが求められる状況となっている。本人が望むのであれば、誰でも高い教育を受けられるようにするのが、時代の流れではないだろうか。
 今後、子供の貧困が改善され、さらには貧困の連鎖を防ぐための実効性ある対策が取られることを祈りたい。
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2017年07月24日

日本人の6人に1人が「貧困層」の原因

 貧困率は、低所得者の割合を示す指標。厚生労働省が2014年7月にまとめた「国民生活基礎調査」によると、等価可処分所得の中央値の半分の額に当たる「貧困線」(2012年は122万円)に満たない世帯の割合を示す「相対的貧困率」は16.1%だった。これらの世帯で暮らす18歳未満の子どもを対象にした「子供の貧困率」も16.3%となり、ともに過去最悪を更新した。
 これは、日本人の約6人に1人が相対的な貧困層に分類されることを意味する。この調査で生活意識が「苦しい」とした世帯は59.9%だった。貧困率が過去最悪を更新したのは、長引くデフレ経済下で子育て世帯の所得が減少したことや、母子世帯が増加する中で働く母親の多くが給与水準の低い非正規雇用であることも影響した、と分析されている。
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2017年07月23日

日本の貧困問題を考える上で重要な分野は?

 貧困には2つ考えがある。1つは相対的貧困、もう1つは絶対的貧困である。これは「衣食や医療を経済的な理由で躊躇う」ことを指す。感覚的にはこちらのほうが近いかも知れない。
 例えば核家族より大家族のほうが世帯事の貧困率は低くなる傾向がある。所得の少ない若者を高齢者がカバーする体制になるからだ。日本が公的扶助が少ない理由の1つは こうした地縁血縁のカバー体制があった点は指摘できる。また生活保護制度の捕捉率とかの問題もある。問題が多岐にわたり「○○すればいい」とは一概に言えない。
 私たちもときどきは金欠に陥るもの。それは個人による経験だ。それは貧困の社会問題とは別のものだ。金銭は富の尺度であり、金欠は貧しさの尺度である一方、それは貧困の社会問題ではない。
 社会問題としての貧困は深い傷のようであり、文化や社会のすべての側面を蝕む。それは共同体の市民の長期に及ぶ低い収入といったことである。またそれは教育・市場・医療などのサービスの提供の欠乏、意思決定の能力の欠乏、公共設備(水、衛生、道路、交通、通信)の欠乏といったことも含む。さらにそれは共同体の市民たちの間に絶望、無関心、臆病を生み出す。貧困、特にその要因は、社会的な問題であり、その解決法も社会的である。
 貧困はその症状を軽くするのではなく、その要因を退治することでしか対抗されないのである。単なる金銭の寄付は、たとえそれが貧困の被害者に対してでも、貧困を減らしたり撲滅させない。それは短期的に貧困の症状を軽くするだけなのである。それは長期的な解決にはならない。社会問題である貧困は社会的な解決方法を必要とする。
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2017年07月22日

子供への貧困の連鎖 教育機会の喪失

 相対的貧困にある世帯では、経済的な制約が重くのしかかり、子供も将来にも影を落とす。母子家庭などが子供に習い事を通わせることができなかったり、大学などへの進学をあきらめざるをえなかったりして、子供の教育機会が奪われていく。
 さらに教育に加え、健康にも貧困が悪影響を及ぼす。大阪府歯科保険協会の調査では、府内の公立小中高の歯科検診で虫歯などの治療が必要とされた生徒のうち、6割以上が治療を実施していないことが判明し、歯科医院に通院して治療を試みない背景に家庭の貧困問題が潜在すると結論付けた。10本以上の虫歯があり、口腔崩壊とされる状態の児童や生徒が、46.4%の小学校、35.2%の中学校、53.8%の高校で確認された。また、大阪市が幼児や小中学生の保護者を対象にした貧困実態調査では、1.3%の保護者が経済的な理由で医療機関を受診させられなかったと回答した。
 相対的貧困世帯の子供は、健康推進が阻害され、教育機会も限られることで、貧困世帯以外の子供との格差がどんどん広がり、親の貧困が子供に引き継がれる。この負の連鎖を断ち切るためには公的な支援が欠かせないが、政府の公的扶助は、GDP対比で1.3%にとどまり、福祉国家として名高いデンマーク(4.0%)、スウェーデン(3.6%)に大きく水をあけられている。
 安倍政権が肝いり政策として取り組んでいる働き方改革で、同一労働同一賃金が実現できれば、不安定な非正規雇用で生計を立てる相対的貧困世帯にとっては朗報になる可能性はある。労働者の賃金以外にも、片親世帯が貧困に苦しむ状況を鑑みると、児童扶養手当の拡充などの公的扶助の改革も必要になってくるだろう。
 一億総中流の意識を捨て、6人に1人が貧困という現実を受け入れ、その撲滅に早急に取り組まなければならないほど、事態は深刻化している。
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2017年07月21日

日本の「貧困問題」 6人に1人が貧しい状況とは?

 一億総中流と叫ばれていた時代は終焉を迎え、今や労働者の3人に1人は非正規雇用者で、終身雇用は保障されないどころか、賃金も正社員より低く抑えられ、福利厚生も限られる。
 政府の働き方改革実現会議では、同一労働同一賃金が議論され、非正規雇用者の待遇改善の実現を目指しているが、政府の議論をよそに、低賃金で働く非正規社員を中心に広がる貧困問題は待ったなしの状況だ。これまでまじめに働きさえすれば、定年まで仕事が安定し、定期昇給で年収も増え、収入状況に応じて結婚やマイホーム購入、子供の教育費などの予定を立てることが可能だった。
 しかし、こうしたモデルはもはや一部の労働者に限られ、将来設計どころか、働けど先の生活すら見通せない貧困問題が日本社会に拡大している。
 貧困と聞いて、飢餓に苦しむアフリカ諸国や内戦が続く中東などから逃れた難民の姿を思い浮かべるケースもあるだろう。日々の食事の確保どころか、住む場所もままならならず、人間として最低限度の生活が営めないこうした状況は、「絶対的貧困」として定義される。
 一方、いま日本で問題視されている貧困問題は、経済協力開発機構(OECD)の基準を用いた「相対的貧困」で、全世帯の可処分所得を1人当たりに換算し、所得を低い順から並べ、中央値の半分に満たない人を指す。厚生労働者の国民生活基礎調査(2012年)ベースでは、122万円を下回る水準が相対的貧困率となり、その割合は16.1%と、実に6人に1人が相対的貧困にあえいでいる状況だ。
 先進国クラブとされるOECD加盟国35ヵ国で、最も相対的貧困率が低いアイスランドはその割合が4.6%に過ぎない。日本はお隣の韓国(14.6%)、財政危機に陥っているギリシャ(15.1%)も上回り、先進国でもイスラエル(18.6%)、アメリカ(17.2%)、トルコ(17.2%)などと並んだ高水準だ。
 日本の相対的貧困の内訳を詳しくみると、世帯主の年齢でその割合が大きく異なり、30歳未満が27.8%と最も高く、65歳以上が18.0%と続く。さらに世帯の構成別では、シングルマザー・シングルファザーと子供の世帯の相対的貧困率が54.6%と、実に半数以上の片親の世帯が貧困状態で、単身世帯も34.7%と3人に1人の割合に上る一方、両親と子供など大人2人とこどもの世帯は12.3%と最も低い。
 厚生労働省の全国母子世帯等調査によると、一人親世帯のうち、母子家庭のケースでは、母親の平均年収は180万円ほどで、、児童手当などを含めた平均世帯収入は220万円ほど。一方、父子世帯は、父親の平均年収が360万円、児童手当などを含めた平均世帯収入は380万円だった。シングルマザーのうち、半数以上がパートやアルバイトで生計を立て、その平均就労収入が125万円にとどまる状況からすると、母子家庭の厳しい状況が浮かび上がる。
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2017年07月20日

グローバリズムと貧困

 消費税は上がるのに、なぜ法人税は下がるのか。政府はその理由を、外国企業を呼び込むため、または外国企業との競争に打ち勝つためだとしている。これは1990年代のいわゆる『金融ビッグバン』以来のことだ。その肝は、『通貨交換の自由』である。それ以前は貿易取引が伴わなければ、日本人がドルを買うことはできなかった。ところが今はどこの銀行でもドルは簡単に買える。ドルが簡単に買えるということは、外国人が簡単に円も買えるということだ。その国の通貨が自由に買えれば、その国の株も買えるし、証券も買える。いわば人の財布に勝手に手を突っ込むことができるのだ。そうやって外国企業が日本に乗り込んでくるようになったし、また逆に日本企業も外国に乗り込んでいくようになった。そして国は国内企業が外国に逃げて行かないように法人税を下げるようになった。また逆に外国企業が日本に乗り込んで来やすいように、法人税を下げるようになった。これがグローバリズムである。
 その結果、法人税は下がり、消費税が上がるようになった。もとより消費税は強い逆進性を持つ。つまり、お金持ちに優しく、貧しい人に厳しい税である。貧富の差がいかにあろうとも同じ税率だから、金持ちに有利なことは言うまでもない。この税は、累進課税のもとで金持ちが負担する税を、貧乏人が肩代わりする税である。なぜこうなったのか。それがグローバリズムである。
 企業も国民も税金を払いたくないのは同じである。しかし、企業は国を出て行けるのに対して、国民は国を出て行けない。ここに決定的な差がある。企業と国民を同列には扱えない。一見、対等なようで対等ではない。
大人と子供を同じ土俵で戦わせようとするのがグローバリズムである。資本は自由に飛び回る。しかし人間はそう簡単には飛び回れない。その事実をベールに隠すのがグローバリズムという言葉である。人間がグローバル化すると勘違いしている人が一部にいるが、資本がグローバル化するのである。その速度は大人と子供ほど違う。
 そして先にグローバル化した企業が、国民の富を収奪する。それがグローバル化の本質である。そしてグローバル企業に勤める一部の幹部だけ、またはそこに出資する一部の資本家だけが肥え太る。こうやって一部の人間に富が集中する。その秘密が、マスコミの『報道しない自由』によって守られている。
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2017年07月19日

凄まじい時代に、私たちは足を踏み入れている

  サラリーマンを続けるというのは、これからは自ら貧困地獄に落ちるということだ。そんな時代になっている。もうサラリーマンは安定した職業になり得ないのだ。 景気の回復は当面難しい。グローバリズムは暴走している。その結果、企業はコスト削減をさらに加速させて、サラリーマンをリストラし、賃金を削減し、雇用をも削減する。
 これらの意味を1つひとつ考える必要がある。景気の回復が難しければ企業はリストラに走る。誰をリストラするのか。もちろん、利益を上げられなかった経営者ではない。サラリーマンとして働いている人間をリストラするのである。
 グローバリズムが深化していくとどうなるか。企業は国際競争力に打ち勝つために、労働力の安いところを探して自国を捨てる。つまり、日本企業ならば日本人のサラリーマンをそのままリストラすることになる。グローバル化は製品の価格を劇的に下げていく。それに打ち勝つにはどうするか。これも結論は同じだ。社員を……つまり、サラリーマンを極限まで減らす方策を取る。雇用を排除する技術革新を取り入れてどんどん人を減らす。
  今、サラリーマンをやっているというのは、よほど優秀でもない限り、じり貧になっていくのが避けられない。どんなに身を粉にして働いても給料もボーナスも増えることはない。そして突然リストラされる可能性もあるし、突然会社が消えてなくなる危険性もとてつもなく高い。サラリーマンとして働いている人のほとんどが、これから貧困に落ちていく。
 もし、あなたがサラリーマンだったらどうなるのか。もちろん、時代の大きな流れに巻き込まれてしまう。すでに、リストラされた人も多い。次の仕事が見つからない人も膨大にいる。 日本人の大半は、そろそろ生き方を考えるか、生き残りを考える時代になってきたということでもある。サラリーマンを滅ぼす絶望の未来は、すでに解き放たれている。 凄まじい時代に、私たちは足を踏み入れているのだ。のんきにクリスマスや年末を祝っていられる人は、幸せな人であると言えるかもしれない。
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2017年07月18日

サラリーマンは座して死を待つのか?

  サラリーマンになっても、ギリギリの給料を強いられる。その上、会社が要らないと思ったらすぐにリストラされる。だからサラリーマンは貧困の職業となり、ワーキングプア層が膨大に増えていく。
 ワーキングプアとは、「労働力の価値」が下がった結果生まれてきたものである。グローバル化の流れがとまらない限り、世界中でワーキングプアが生まれていく。
 グローバル化の流れが日本に襲いかかっていた1990年代、日本人は誰1人その結果を想像せずに放置したままだった。それが、今になってボディーブローのように効いてきている。
 1990年代以降、工場がどんどん海外に移転しても、日本人は何ら危機感を持たなかった。それが自分たちの仕事を消し去るものであると誰も考えなかったのだ。 実際に国内の工場が閉鎖されていき、仕事が目の前から消えてから、やっと人々はグローバル化が自分たちの仕事や賃金を奪うものであることに気付いた。
 あるいは、100円ショップのような劣悪な店がどんどん増殖しても、日本人はその背景を読み取れなかった。
それが増えると安物しか買えない賃金にまで落ちるという想像力が働かなかったのだ。今も気付いていない人も多い。
  今、人工知能、クラウド、ドローン、ロボット化、3Dプリンター等、雇用を排除する環境が目白押しになっている。こうした「雇用を排除する技術革新」がさらにサラリーマンという職業を死滅させていく。ところが、今の労働者の多くはまだ想像力が停止したままであり、その技術革新が雇用の排除になるということすらも気付かない。すなわち、自分が技術革新でリストラされるということに気付いていない。
 グローバル化にも、100円ショップの躍進にも、何も気付かなかったのだから、技術革新でリストラされるという未来が気付かなくても仕方がないのかもしれないが、このままではサラリーマンはこのまま座して死滅していくということになる。
posted by GHQ/HOGO at 06:56| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする