2018年05月10日

貧困・犯罪の自己責任論と社会責任論は同根だ! 1

 貧困や犯罪が自己責任に帰着する現象であったとしても、ホームレスや犯罪者が貧困や再犯に陥らないように支援することは十分に正当化される。
 しかし、新自由主義者等は、自己責任だから個人で何とかすべきであり、国家や市民からの社会的援助を受けるのは道徳的に間違いであるという発想をとる。反対に、自己責任論神話からホームレスや犯罪者を守るために、社会責任説をとり、ホームレスや犯罪者を社会的弱者・社会的犠牲者として捉え、道徳的正当性を担保しようとする者もいる。これは、知識社会学的には、戦後の左翼思想と同根の道徳観に基づいている。社会的弱者・社会的犠牲者は守るべきであるという道徳観である。
 ところが、皮肉なことに、貧困と犯罪の自己責任説を論破しようとする論客たちは、(自己責任=個人責任/自己責任でない=社会責任)という区別に準拠して議論し、社会責任という項をマークし、自己責任論者を否定しようとすることで、自ずとその反対者と同一の地平にいることになってしまうのである。
 つまり、自己責任論者も社会責任論者も、(自己責任/自己責任でない)という同じ区別に準拠している。マークする項は反対でも、同じ区別に準拠して議論している限り、反対者を逆に再生産してしまうのである。社会責任と自己責任の二項対立図式に準拠している限り、対立的に互いの存在を必要としてしまうのである。このような区別の論理は、あらゆる差別解放運動につきものである。女性の人権を強調するあまり、逆に男女の区別を強化してしまい、差別解放運動が逆に敵をつくりだしてしまうことはよくある。ニセ科学批判者が(科学/ニセ科学)の区別に拘泥するあまり、ニセ科学批判批判者などの敵をつくりだすのと同じである。
 システム論的には、対立二項図式に準拠する全ての社会運動は、自らが敵を作り出し、永久闘争に陥るのである。このような不毛な対立から抜け出すためには、現象を別の区別から観察する他ない。 
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2018年05月07日

貧困は「人格の欠如」ではなく「金銭の欠乏」である 1

 まずはシンプルな問いかけをする。どうしてお金のない人は 思慮のない選択ばかりするのか。酷な問いかもしれない。しかし、データに表れているのだ。 貧乏な人ほど 借金が多く、貯金は少なく、喫煙者が多く、運動する人は少なく、酒飲みは多く、食習慣も不健康なのだ。それはなぜなのか。世間一般が考える答えを、サッチャー元イギリス首相が 端的に表現した。「貧困は性格上の欠陥だ」と言ったのである。つまり、人格の欠如であるのだと…。
 皆さんならばまず、ここまで あからさまな物言いはしないだろう。しかし 貧困者には何か おかしいところがあると考えるのは サッチャーだけではない。貧乏なのは自業自得だという意見を持つ人もいるはずだ。自ら招いた結果だと、他には選択を間違えないように、助けてやるべきだと言う人もいるだろう。どっちの考え方も 根底にある仮説は同じだ。「本人に何か 、おかしいところがあるのだ」、「変えてやることさえできれば」、「生き方を教えてさえやれたら」、「本人に聞く耳さえあれば」… 正直に言うと、だれもがそう考えがちだ。私がそれは違うと気づいたのは ほの数年前なのだ。
 たまたまアメリカの心理学者数人による 論文を発見したのだ。約1万3千キロも旅し、インドで実施した 非常に興味深い調査についてのものだ。調査対象は サトウキビ農家。何と実はサトウキビ農家では、1年の収入の60%を1回で1度に回収する。収穫の直後に。つまり 1年の中で比較的 貧乏な時期と裕福な時期とがあるのである。研究チームは農家の人々に知能テストを、収穫の前と後に受けてもらった。そうして明らかになった事実は、収穫前の成績は収穫後よりもずっと低かったのだ。貧困生活の影響は、知能指数が14下がるのと同じことであると判明し多のである。分かりやすく言えば 一晩徹夜した後の状態やアルコール依存のようなものである
 数ヵ月後、エルダー・シャフィアという、この研究者の1人であるプリンストン大学の教授が、貧困について提唱する革新的な説を知った。一言で言えば 貧困とは 「欠乏の心理」なのだと・・・。人は不足を認識したとき行動が変わるのだという。何が不足しているかは関係ない。時間 ・お金・食べ物など どれでも同じ。
 やることが多すぎるとか、昼休みを遅らせたせいで、血糖値がガクッと落ちたときとか、目の前の不足以外のものは見えなくなってしまう。例えば、今すぐ食べたいサンドイッチ、5分後に迫る会議、明日払わなければいけない請求書など。こうなると 先を見て考える力が 麻痺してしまう。新しいパソコンで重いプログラムを同時に10個作動させるようなもの。動作がどんどん遅くなり、エラーを連発し、最後には固まる。パソコン自体がダメなのではなく、同時にやることが多すぎるのだ。貧乏な人は同じ問題を抱えている。その人が愚かだから、愚かな選択をしているのではなく、どんな人であっても 愚かな選択をしてしまうような状況に置かれているからだ。
 貧困対策プログラムが うまくいかない理由はこれだった。例えば 教育に資金を投入してまったく効果がないというケースはザラだ。貧困とは 知識の欠如ではないのだ。金銭管理講座の有効性を調べた近年の研究201件を検討したところ、有効性はほぼゼロであるという結論が出た。ただし 誤解しないで欲しい。貧乏な人は何も学ばないという意味ではない。苦労することで賢くなるのは間違いないことだ。しかし それでは不十分なの。シャフィア教授はこう言っている。
「誰かに水泳を教えようとして 最初から荒海に放り込むようなものだ」
 そんなことは、何十年にも前に出せていた結論じゃないか。農家の研究をした心理学者たちは 複雑な脳スキャンなんか必要とせず、労働者の知能指数を測っただけだ。知能テストが発明されたのは、百年以上も前の話である。実は、世界最高の作家の1人であるジョージ・オーウェルは、1920年代に自ら貧困を経験した。オーウェルは「貧困の本質とは 未来を握りつぶすものである」と書いた。自身の驚きから、このようにも書いている。
「収入が一定水準以下の人を見るやいなや 説教だの祈りだのを当然の権利のように始める人がいかに多いことか」
 現代にも非常に よく当てはまる言葉だ。もちろん 誰もが同じことを思うはず。
「何をすればいいのか」
現代の経済学者たちは いくつか対策を提唱している。事務処理を支援したり、公共料金を払い忘れないよ携帯にメールしたりなど…。現代の政治家が 非常に好む解決策だ。たいていの理由は 非常に安上がりだからなのだ。 このような解決策は まさに 現代を象徴しているのではないか。対症療法ばかりで 根本の原因には目を向けていないのである。
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2018年05月06日

生活保護相談を政治利用するな!

 産経新聞を調べると、生活保護費を不正受給した疑いで、病院や診療所を運営する医療生協かわち野生活協同組合(大阪府東大阪市)の支部長ら2人が逮捕された事件で、別の男性支部幹部も不正受給に関与していた疑いがあるとかかれていた。大阪府警が任意で事情を聴いている。支部長は、詐取した保護費について「組合(医療生協)の出資金や生活費、日本共産党の党費に使った」と供述しており、生活保護と政治活動の関係が問われているということになる。
 容疑者等は、他に収入があることを隠して不正受給したのだが、申請時に共産市議が同行していたと報道されている。また最初の摘発時には被告が生協の支部長をしていることがわからなかったこと、容疑者が医療扶助を受けた後に提出する「医療要否意見書」には「就労は難しい」と書かれていたが、作成したのは医療生協が運営する病院だった。
 以前に生保のケースワーカーをしていた人から、生活保護の相談に議員がついて来るケースが多いが、それは事務方とすれば大きな威圧となる、また威圧的発言をされたこともあると聞かされた。言うまでもなく、生活保護は最後のセイフティーネットであり、困窮事由が明らかな場合には受給することができる。つまり、議員が同席しようがしまいが、正当な相談なら正当に適用されるのだ。ところが実際には、現場から聞こえる声はそうではない。その元ケースワーカーによれば、こんなことがあったという。
 ある議員は、相談者が自宅を持っているものを、それを遠方に住む娘の名義に切り替えさせ、相談者が娘に家賃を払っているようにして、ケースワーカー曰く「完璧な商品」に仕立ててから、相談窓口へ相談者とともに訪れ、適用が受けられるまで執拗に担当者に迫ったとのこと。その議員は生活保護の手伝で有名だったそうで、その市では、生活保護なら○○議員が一番だとの評判が定着していた。
 ある研修会があったときに、ある市の議員が私の隣の席で電話していて、「そんなときは、先に離婚しとかんなあきませんねん、とりあえず奥さん、離婚届を出してから、どっかに間借りでもして、住民票もそこへ移して下さい」と悪びれずに話していた。明らかに生活保護の不正受給の手伝に聞こえた。その議員は、そんな胡乱な話を人前で平気にするくらい、恐らく罪悪感もまったくなく、自分の政治活動として、次の選挙の一票のために動いていたのだろう。
 生活福祉の現場ではケースワーカーをはじめ、管理職などすべての職員が、本当に困っている人にきちんと適正な処置をとるように日々努力をしているはずだ。それを議員が邪魔をする。だから、議員が生活保護の相談や申請に同行・同席するのを禁止する、議会自らが襟を正す意味でも、そういう決まりを作るべきではないか。
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2018年05月05日

一億総活躍どころか働きたくても働けない女性

 安倍政権が打ち出している、アベノミクス成長戦略では、“一億総活躍社会”を目指し、また女性が輝く日本を作るためとして、「待機児童の解消」「職場復帰・再就職の支援」「女性役員・管理職の増加」を掲げている。
しかしこれらはその場しのぎのアピールにすぎず、現実にはまだ目に見える成果はほとんどない。それどころか最近の報道でも明らかなように、保育所待機児童対策はあまりにも遅れ、逆に待機児童は増加している。働きたくても働けない女性が増え続けている現状である。
 児童虐待には複数の要因があるが、連鎖を断ち切るにはまず貧困と孤立を防ぐ対策が必要である。中でも貧困に陥っている母子家庭に対して孤立させず必要な支援の提供ができる社会の実現が早急に望まれる。
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2018年05月03日

母子家庭の貧困と男女の経済格差が深刻!

 日本全国の児童相談所における相談対応件数は年々増加し、全国的には約80000におよんでいる(厚生労働省)。虐待は子供の生命をも奪うものであり、その対策は重大な社会的課題である。
 これまで虐待は個人や家族の心理的・倫理的問題として論じられることが多かった。しかし複数の社会的要因があること、そして特に貧困との強い関連性が分かってきた。東京都福祉局の報告(2005年)で児童虐待事例の家庭の状況は1人親家庭31.8%、経済的困窮家庭30.8%となっている。その他、多数の研究報告により虐待の背景に生活基盤の脆弱性があることが推察される。貧困は悪循環し、貧しい家族は次の世代も貧困に陥ることが多い。特に母子家庭において貧困の連鎖が強い傾向がある。
ところで母子家庭の経済状況が特に問題になっているのは、日本社会における男女格差が大きいことも1つの原因である。世界経済フォーラム(WEF)の「男女格差報告」は、性別による格差の大きさ、範囲を示し、各国の経済・政治・教育・健康の男女格差を評価している。日本は対象国136ヵ国中105位であった。日本で男女雇用機会均等法制定後30年経つが、今も世界的にみて異常に男女の賃金格差が大きい。その是正はいっこうに進んでいない。女性の賃金は正社員で男性の約7割にすぎず、パートを含めれば約5割という現状である。
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2018年05月02日

「低所得の人の死亡率は、高所得の人のおよそ3倍」

NHK番組の「私たちのこれから#健康格差〜あなたに忍び寄る危機〜」で衝撃的な結果が発表された。これは2008年に日本老年学的研究プロジェクトというもので発表されたものをもとに放送されたものだ。
 このプロジェクトは65歳以上で要介護認定を受けていない人2万8162人を4年に渡って追跡調査したものである。それによるとその間に死亡した高所得の人が11.2%に対し、低所得の人は34.6%だったのだ。 死亡率で3倍も違うのはとても偶然ではないはず。貧困により「健康」や「食事」に金がかけられないから…。
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2018年05月01日

貧困を活動の道具にしない!

 左翼やリベラルは、貧困問題を政治利用すべきではない。「貧困を解消するために政治に働きかけるのではなく、政治を変えるために貧困問題を利用する」という転倒した構図が散見される。だから、政治活動は支持や力を持ちえないし、失敗してきている。いつになったら自省するのだろか。
 政治家や政党が貧困問題を利用するのは、百歩譲って理解してもいい。しかし、現場の実践者や支援者までも目的を忘れて、政治を変えることのために貧困問題を利用するなら本末転倒なのである。思想・信条を押し付けることなく、真剣に貧困問題を解決するかつどうがひつようではないか。
 左翼やリベラルが現場に軸足を置き、上部構造の政治と連結して「有機的知識人」であったのなら、日本の貧困問題、社会問題はここまで深刻になかったはずだ。面倒くさがらずに、真面目に活動してほしい。
 政治を変えるための基礎となる地道な社会運動や組織化(アソシエーション)、情報発信、福祉実践(ミクロの相談支援活動)もなく、一過性で貧困を取り扱うべきではない。なかなか伝わらないのだが、真剣に考えて欲しい。
 個別名や団体名を挙げたらキリがないが、従前の政権批判や政治批判を目的化した社会活動に傾倒しているものが多く辟易する。貧困問題は結局その道具にすぎないのだ。「貧困問題を悪化させている政治が悪い」と言うだけの活動家が実に多い。それは貧困問題でなくても何でもいいということだ。
 貧困の何が酷いかを説明できるだろうか、よく考えることだ。誰がどのよに苦しんでいるのか。貧困の人が多くいるが接したことがあるのか。本当にできることは「安倍政権を許さない」を叫ぶだけなのか。それで貧困の人が救われるか。単なる自己満足ではないか。あなたたちは無力ではない。方向が違うだけだ。
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2018年04月30日

最低賃金と貧困対策

 2009年に厚生労働省が日本の相対的貧困率が15.7%という高い水準にあることを発表した。実は、日本の相対的貧困率が先進国の中では高い方であることは、OECDの研究でも明らかにされている。貧困解消手段には、景気回復による所得上昇、所得再分配政策による低所得者の所得上昇、低所得者に対する職業訓練による生産性上昇と並んで、最低賃金の引き上げ政策がしばしば挙げられる。2009年の衆議院選挙では民主党が最低賃金を1000円に引き上げていくことを公約に戦って、政権を取ったのはその典型である。最低賃金の引き上げは、少なくとも短期的には財政支出を増やさない政策であり、財源を確保する必要がないので、政治的にも好まれる政策である。
 最低賃金引上は、本当に貧困解消策として有効なのだろうか。結論から述べると、最低賃金引き上げは貧困対策としてあまり有効な手段ではない。有効かどうかの実証分析によれば、日本において最低賃金引上で雇用が失われるという意味で被害を受けてきたのは、新規学卒者、子育てを終えて労働市場に再参入しようとしている既婚女性、低学歴層といった現時点で生産性が低い人たちだ。貧困対策として最低賃金を引き上げても、運良く職を維持できた人たちは所得があがるかもしれないが、仕事を失ってしまう人たちは、貧困になってしまう。こうした人たちの就業機会が失われると、仕事をしながら技術や勤労習慣を身に着けることもできなくなる。最低賃金引き上げで雇用が失われるという実証的な結果は、労働市場が競争的な状況における最低賃金引上に関する理論的な予測と対応している。ただし、最低賃金引上によって仕事を失うのが、留保賃金が高い労働者から低い労働者という順番であったとすれば、雇用が失われることによる社会的余剰の減少よりも、雇用を維持できた人たちの賃金が上昇する効果による余剰の増加の方が大きくなる可能性がある 。
 最低賃金の引き上げよりも貧困対策として、経済学者の多くが有効だと考えている政策は、給付付き税額控除や勤労所得税額控除である。給付付き税額控除は、低所得層に対する定額の給付が、勤労所得の上昇とともに勤労所得の増加額の一部が減額されていくというものである。現行の日本の生活保護制度は、勤労所得が増えるとほぼその額が給付額から減額される。その場合には、勤労意欲を保つことが難しいとされている。給付付き税額控除制度は、カナダで消費税逆進性対策として導入されたほか、米国、英国、カナダ、オランダで児童税額控除として導入されている。一方、勤労所得税額控除は、勤労所得が低い場合には、勤労所得に比例して給付額が得られ、勤労所得額が一定額以上になれば、その額が一定になり、さらに勤労所得額が増えれば、給付が徐々に減額されて消失していくという制度である。この制度は、給付付き税額控除よりも、労働意欲の刺激効果が強いとされている。勤労所得税学控除制度は、米国と英国で導入されている。また、勤労所得税額控除と低めの最低賃金の組み合わせが望ましいことを最適所得税の枠組みで示している。
 日本において貧困対策は高齢者層に集中してきた。高齢層の貧困率の水準は高いものの、貧困率は公的年金の充実により低下してきている。一方で、かつて貧困率が低かった20歳代、30歳代の年齢層における貧困率が高まってきている。その結果、その子供の年齢層である10歳未満層の貧困率が上昇しており、中でも5歳未満の年齢層の貧困率が高まっている。このような子供の貧困率の高まりは、20歳代、30歳代の雇用状況の悪化や離婚率の高まりが影響している。保育や教育といった現物サービスを通じて、子供に対する貧困対策をすると同時に、若年層の雇用を促進する政策が必要とされている。その際に、勤労所得税額控除や給付付き税額控除をとりいれていくことが効果的だと考えられる。
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2018年04月29日

「大人の貧困」を正面から語っていく言説や社会運動が必要だ!

 強調したいのは、当たり前のことだが、「子供の貧困」によって牽引されるのは「大人の貧困」のすべてではない、ということだ。
 「子供の貧困」対策が進み、親に達したとしても、それは子育て世代への支援にしかつながらない。高齢者や単身者など、子育てに直接関わらない「大人の貧困」を牽引することにはつながらないだろう。
 最悪の場合、つながらないどころか、高齢者VS子育て世代という偽の世代間対立の構図が作られてしまう危険性もある。だから、「子供の貧困」から迂回していくのと同時に、「大人の貧困」を正面から語っていく言説や社会運動が必要だと思う。自己責任論の厚い壁にぶち当たろうとも、その壁に「蟻の一穴」を開けていくような言葉と行動を積み重ねていく。
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2018年04月28日

政治の責任が捨象された首相の言葉

 「子供の貧困」から「だんだんと親の問題にも達していく」のは至難の業だろう。そうはさせまい、という政治の側からの動きがあるからだ。
 「親の問題」に到達しないようにする力は、例えば以下のようなメッセージに象徴されるものだ。

日本の未来を担うみなさんへ

あなたは決してひとりではありません。
こども食堂でともにテーブルを囲んでくれる
おじさん、おばさん。
学校で分からなかった勉強を助けてくれる
お兄さん、お姉さん。
あなたが助けを求めて一歩ふみだせば、
そばで支え、その手を導いてくれる人が
必ずいます。
あなたの未来を決めるのはあなた自身です。
あなたが興味をもったこと、好きなことに
思い切りチャレンジしてください。
あなたが夢をかなえ、活躍することを、
応援しています。
平成28年11月8日
内閣総理大臣 安倍晋三

 これは、「子供の貧困」対策に寄付を募る政府の「子供の未来応援基金」の1周年の集いで発表された安倍首相のメッセージである。
 SNS上で「ポエムだ」と酷評する人も多かった安倍首相のこの言葉には、「子供の貧困」対策における政治の責任が完全に捨象されている。政治家は高みに立って、貧困家庭の子供を応援するだけの存在なのだ。
 「子供の貧困」対策を親への支援にもつなげていくためには、社会の共感や理解を広げていくと同時に、こうした政治のあり方を変えていく必要があるだろう。
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2018年04月27日

高まる「子供の貧困」問題に対する関心

 昨年来、子供食堂の取り組みは全国で急速に拡大し、首都圏だけでも百数十カ所、全国では数百の子供食堂が開設されている。マスメディアでも「子供の貧困」に関する報道を目にしない日はないくらいだ。
 なぜ、「子供の貧困」だけが例外的に注目を浴びるのか。それは「子供の貧困」問題では、自己責任を問うことができないからである。裏を返せば、いったんは注目を浴びた「大人の貧困」問題に対しては、必ず自己責任を問う声が人々の間から発せられ、それが問題の社会的解決を阻む作用を果たしてきたと言える。
 そのため、貧困問題に取り組んでいる人たちの間では、「子どもの貧困」対策を「貧困問題全体の牽引車」にしていこうとする主張も見られる。
 「この問題は『貧困問題全体の牽引車』だと思っています。子供の貧困は大人の貧困に比べて、いわゆる自己責任を言われにくい。子供は親を選べない。『それまでにどうにかできただろう』『いやいや、3歳ですけど』という話ですから、どうにかできない。だからこそ、世の中の共感を得やすいので、だとしたら、共感を得られる潜在力を最大限発揮して、いわば貧困問題全体の機関車として、全体の貧困問題を引っ張っていって欲しいという期待が1つあります。そのための役割を果たせるだろうと思います」
 「子供の貧困問題は、実際は子育て世代の貧困なので、親の貧困が深く深く関わっていますが、あえてそこは切り離す。そして、まずは子供の問題にフォーカスして考える。『子どもの問題を放置できないよね』という中で、だんだんと親の問題にも達していく。そうしたことを考えています」
 この発言をしているのは、かつて「反貧困」というスローガンを掲げて、貧困の社会的解決を訴えてきた社会活動家の湯浅誠である。彼は、「大人の貧困」問題解決を阻む自己責任論の壁を痛感し、迂回戦術を採ることにしたのだろう。せっかく進み出した「子供の貧困」対策を後退させないために、そこにフォーカスしていく取り組みは必要である。
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2018年04月26日

非正規労働者の増加で相対的貧困率は上昇!

 1985年に10.9%(子供は12.0%)しかなかった相対的貧困率は、若干の変動はありながらも、右肩上がりの上昇曲線を描いてきた。その要因として最も大きいのは、非正規労働者の増加である。派遣、パート、アルバイトなどの非正規労働者が全労働者に占める割合は、1985年の16.4%から2015年には37.5%にまで上昇した。
 「最後のセーフティーネット」と呼ばれる生活保護を利用する世帯数も増え続けている。2016年10月時点の生活保護世帯数は163万7866世帯で、3カ月連続で過去最多を更新した。厚生労働省は、現役世代は減少傾向にあるものの、一人暮らしの高齢者世帯が貧困に陥るケースが増加していると分析している。
 こうした客観データだけでなく、近年、主観的にも生活苦を感じている国民が増えている。国民生活基礎調査によると、生活が「大変苦しい」と感じている世帯の割合は20.2%(2000年)から27.4%(2015年)にまで増加。「やや苦しい」と合わせると、国民の約6割が生活苦を感じているのだ。
 だが、こうした社会状況にもかかわらず、政治の場で民主党政権時代のように貧困対策の必要性が熱く語られる機会は減ってきている。市民レベルでも政府に対して貧困対策の強化を求める世論が高まっている、とは言いがたい状況だ。
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2018年04月25日

所得格差の現状は、体感としても拡大している

 所得格差は体感としては強く感じる。1つひとつの指標である貧困率や裕福層のランキング、非正規雇用の数などを見ると、より格差が広がっている。しかし実際は所得の再分配により所得格差は縮まっていると御用学者は言っている。まさしく統計のマジックかもしれない。
 今景気は少しずつ好転しているが、逆に格差は広がっていないか。所得格差が本当に縮まっていると体感するにはまだまだ時間がかかりそうだと言うが、いつまでたっても格差はう縮まることはないのではないか。貧乏人はさらに貧乏に…。
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2018年04月24日

所得格差に対して日本の対策は?

 今の日本の社会ではいったん非正規雇用となると正規雇用になるのが非常に難しい、再チャレンジが難しいのである。実際に非正規になった理由を尋ねると「正社員の職がないから」と回答している。そのため安倍政権下では働き方改革を推進し、雇用の拡大をすることとされたが、現状では無理かもしれない。
 2013年は正社員の雇用は減少傾向だったが、2015年からは正規雇用の数がわずかだが増え始めている。それに連れて賃金も増加し始めた。正社員の給与水準は高いため、所得の底上げが期待できない状況にある。長期的にみても格差が是正される可能性は少ない。
 また教育費無償化ということも議論されているが、経済学的に言えば金のある高齢者に年金や医療費を出すよりも貧困層の子供のためにお金を使ったほうが投資効果は大きいのだ。家庭での教育費の負担が減れば子供を育てやすくなるだろうし、将来の労働者人口ももしかすると増えるかもしれない。もっとも教育費無償化は大きな財源を伴うため、財務省は税率の増加は免れないと言っているが、増税は経済の足を引っ張ることは、失なわれた20年で分かっているはずではないか。間違いなく経済の破綻が迫っているようだ。
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2018年04月23日

所得格差と少子高齢化との関わり

 日本のジニ係数の再分配前の値は0.57と非常に高い値を示していた。その原因は所得が低い層が増えたことが原因なのだ。つまり、少子高齢化の影響を強く受けているのである。
 高齢化による影響は何年も前から分かっていたこと。そのため本来ならば生産性を上げて所得を増やすように工夫していかねばならなかったのである。
 しかし現状、社会保障費は多数の高齢者に再分配されることになり、若者の雇用を促進するほうには向かっていない。若い人には耳の痛い話なのだが、投票するのは高齢者が多いため、高齢者に有利なように政治家は政策を考えることになる。そのほうが選挙で勝つことができるからなのだ。
 今、非正規雇用の増加、再チャレンジの難しさが足かせとなり、低所得者の所得がますます低くなるという悪循環に陥っている。
 また非正規雇用は結婚・子育てに対する意識が消極的だというアンケート結果もある。そのため少子化に歯止めはかからず、今後長く人口増加は見込めないのである。
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2018年04月22日

所得格差で富裕層と貧困層に二極化?

 2017年1月に国際NGOのオックスファムが、「世界で最も裕福な8人が、最も貧困な36億人分と同じ資産を保有している」という推計を発表した。世界人口のおよそ半分の資産を8人が独占している、とも取れるニュースに驚いた人もいるはずだ。
 このように資本主義社会ではいく度となく「格差」について議論されてきた。日本でも規制緩和によって自由競争が加速し、「勝ち組・負け組」現象が現れるなど問題意識が表面化し始めている。貧困の世代継承問題や、少子高齢化の広がり、ワーキングプアなどである。
 所得層の固定化がより強固になると、富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなるといった二極化が進むことになる。親の貧困がそのまま子供に引き継がれ、貧困から抜け出せない状況になるのだ。
 格差社会の問題点は、努力した人が必ずしも報われることがない、という点なのだ。教育の平等化が叫ばれていても、所得格差によって大学の進学が困難だとすれば、どれほど不幸なことか。それによって優秀な人材を失うことは社会にとっても損失となる。
 また極端な所得格差は階層間の利害によるトラブルを生み出す。たとえばアメリカでは高級住宅街に住む子供と貧困区域に住む子供との教育格差が広がっている。
 州政府が一括して税を分配すれば格差は縮まるかもしれない。しかし高所得者がそれを受け入れるだろうか。高所得者の子供が通う学校の教育レベルが低下する=住宅価格が下落すると考え、頑なに拒否するはずだ。
 日本ではまだ、極端な格差による問題は大きくない。しかし格差を放っておけば、アメリカの例のような所得で選別される社会になる可能性も十分にある。
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2018年04月21日

日本で所得格差が進む原因とは?

 所得格差が進む原因には少子高齢化がまず挙げられる。日本の基本的な働き方は「年功序列型」で、会社に長く勤めれば勤めるほど収入がアップする。そのため世代間の所得格差は大きいのは普通で、実際に40歳代前後で昇進による格差が大きくなっている。そのため日本の格差の拡大は、所得が増えたことよりも所得の低い層がますます所得が低下したと言われている。たとえば派遣社員、フリーターなどの非正規労働者の増加や母子世帯の増加による世帯収入の格差だ。実際に子供の給食費を支払うことすらできない家庭も増えている。
 最も警戒すべきは所得層の固定化だ。現在の日本の就業状況は、一度非正規になると正規社員になるのが難しいとされている。そのためフリーターや派遣社員を長く続けている人ほど正社員になる道が遠ざかってしまう。また低所得の子供は満足な教育を受けられず、所得が上がらないという問題もある。「親が医者やっているから、私も医者になった」というように、所得が高いと医者になるだけの教育を十分に受けさせることができる。
 しかし所得が低いと、家庭を助けるために働く人もいるものだ。満足な教育が受けられず、高い所得を得られる職に就くのが難しく、貧困スパイラルに陥るケースもある。
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2018年04月20日

日本のジニ係数の推移は?所得格差は世界と比べてどうか?

 貧富の格差を測る指標にジニ係数がある。これは社会における所得や資産の不平等さを表しており、1936年にイタリアの統計学者コッラド・ジニによって考案されたものだ。ジニ係数はローレンツ曲線を元にしてつくられている。ローレンツ曲線は、所得の低いものから高所得者へ対象者を順に並べる。もし社会に所得格差というものが全く存在しなければ、ローレンツ曲線は45度線と完全に一致するのである。逆にたった1人が所得を独占し、残りの人々の所得がゼロになったとしたら、曲線は反L字型となる。
 ジニ係数はローレンツ曲線で囲まれた面積を2倍にしたもので、値は0から1の範囲をとる。0に近いほど社会の不平等さは小さく、1に近いほど格差は大きいとみなされる。よく言われているのがジニ係数0.4で社会騒乱の警戒ライン、0.6は危険とされている。
 ジニ係数は客観的に貧富の差を数値化したものだが、実感として感じる不平等さは異なる。また公表されているジニ係数が階層ごとの平均値であることもあるので、取り扱いには十分な留意が必要なのだ。
 日本のジニ係数に当たるのが厚生労働省が発表している「所得再分配調査」だ。調査は3年ごとに行われている。調査方法はあらかじめ調査員が配布した調査票に、世帯員が記入し後日回収するという方法。この報告書を参考にすると、ジニ係数は過去5回と比較して最も高い数値だった。
・平成14年…0.4983
 ・平成17年…0.5263
 ・平成20年…0.5318
 ・平成23年…0.5536
 ・平成26年…0.5704
 これに所得の再分配といって、社会保険給付金や税金による改善を加えたら、平成26年度の所得再分配結果は0.3759となる。
 日本は累進課税制。実はこの所得分配結果は1000万以上の収入がある人の税金によって均等化されているという側面がある。彼らは日本でたった4%しかいないが、収入の35%は税金として納めなければならない。つまり、お金持ちからたくさんの税金を徴収することによって日本の格差は縮小されているとされる。この所得再分配の結果、日本のジニ係数は世界平均の0.395よりもやや低い水準で、平均よりやや格差は少ない、と言えそうだ。
 しかし実感では格差が拡大していると感じる。若年層の非正規雇用は拡大し、正規雇用と非正規雇用の賃金の差は315万円とも言われる。
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2018年04月19日

日本で所得格差が拡大している?

 たとえば「地方は物価が安く、東京は物価が高い」、「女性のほうが所得が低い」という話や議論を聞いたことがあるのではないか。このように所得格差とは地域間、産業間、世代間、男女間などで生じている所得の格差をいうす。
 グローバルウェルスレポート2016によると、日本の約1億以上の資産を持つ層の数は2016年には282万6000人と言われている。この結果から日本は世界で2番目に裕福層が多い国にランキングされているす。
 一方でOECD(経済協力開発機構)では、所得が世間並水準の半分以下の人たちを相対的貧困と名付けてる。世間並みは年間250万円だから、相対的貧困ラインは125万円、1日当たりの生活費は約3000円である。
 実は日本では6人に1人がこの相対貧困ライン以下なのだ。昭和時代は8人に1人だったので貧困は確実に増え、一部では世界第4位の貧困率と言われている。世界ランキングからみると、日本は確実に格差が広がっているといえる。
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2018年04月18日

格差の固定は日本経済全体の問題

年間所得700万円以上の世帯数は減っている。つまり、豊かな人が減ったことは事実である。具体的には、所得1000万円以上では、各階層の世帯数が2割程度減っている。1つ下の階層にシフトしたのだ。しかし、この階層では、所得が100万円減ったところで、10%未満の低下でしかなく、生活に大きな変化が生じたわけではあるまい。贅沢を減らすという程度で対応できるだろう。
 その半面で、貧困階層に落ち込むと、子どもの教育が十分できなくなるので、階級の固定化が起こる危険がある。そして、格差が拡大する。だから、300万円未満の世帯が1000万円以上になるチャンスは、ほとんど失われてしまっているのではないだろうか。
 高度成長期には、社会全体が豊かになるだけでなく、貧困層が富裕層になる可能性も開けていた。夢のある社会とは、そうしたものだ。閉塞的な社会とは、社会全体が成長しないだけでなく、貧困と富裕の間の壁が越えられなくなった社会である。
 問題は、日本社会の構造変化に経済政策が対応しているとは、とても考えられないことだ。高校無償化や子ども手当に所得制限がないのは、驚くべきことだ。民主党のマニフェストでは、「貧困社会への対処」という問題意識は欠落していると考えざるをえない。
 また、消費税は貧困階層にも等しくかかる税である。他方で、資産所得は他の所得とは分離して課税されており、法人税も減税しようとしている。だから、税制改革は、むしろ格差を拡大する方向に進もうとしている。マクロ経済政策も同じである。金融緩和や為替介入を行ったところで、企業は助かるだろうが、低賃金労働者に福音が及ぶとは、とても考えられない。
 民主党が雇用確保の観点から非正規労働者に否定的な態度をとっているのは、大きな見当違いと言わざるをえない。資本家対労働者という図式から、「派遣をなくせばよい」という認識で派遣労働の規制が強化された。しかし、この規制は、労働者にとってはかえって酷だ。深刻な問題に直面しているのは、組合の力によって雇用が守られている正規の労働者ではない。組合の保護が及ばない非正規の労働者は、派遣が禁止されれば雇用そのものが消滅する。製造業の生産拠点の海外移転が進めば、雇用の総量はますます縮小するだろう。
 最近の雇用調整では、正規雇用者の減少率も、非正規労働者の減少率に近い水準となっている。このことから、非正規労働者は、一般に考えられているように「雇用調整をしやすいから」増えたということではないと考えられる。より大きな要因は、社会保険料の雇用主負担だ。特に厚生年金保険料の雇用主負担は、賃金コストを引き上げる大きな要因になっている。新興国の工業化によって、低賃金労働による安価な製造業製品が増えた。これに対抗するために賃金コストの引き下げが必要とされ、その手段として社会保険料の雇用主負担が低い非正規労働者に頼ったというのが、実態だろう。
 以上から明らかなように、現在の日本が抱える貧困問題、格差問題は、救貧対策で対応できるものではないし、対症療法で改善できるものでもない。90年代後半以降の貧困の増加の問題は、日本経済全体の構造問題として捉えるべきものである。日本の経済構造を、基本から見直すべきときなのである。
posted by GHQ/HOGO at 06:48| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする