2017年07月02日

貧困ビジネスに手を染める業者の言い分は暴論でしかない

 悪質な貧困ビジネスは“住まい”をターゲットにしている。住まいとは、言うまでもなく生活の基本であり、人はその基盤を失うと途端に生きる気力をなくしてしまうとも言われているほどだ。
 そこに目をつけた卑しい輩が、「低額宿泊施設」を運営したりホームレスを囲い込んだりして生活保護費を不正に搾取したこと、「追い出し屋」が暴力的な取り立てをしたことが問題なのだ。言わば、人の弱み(=住まいを失うこと)につけ込んで力で支配しようとすることが、貧困ビジネスの本質とも言えるのではないか。
 いずれも、多くは過去に問題視され、逮捕や営業停止処分を受けた事業者が出た。当時の調査の結果を見返してみると、処分を受けた事業者は口をそろえて「本人が望んだから住まいを提供しただけ」「イヤなら出て行けば良かった」「保証人になってあげているのだから、逆に喜ばれている」などと言っていた。
 暴論としか言いようがない。そんなことを言い出したら、例えばだが時給100円で働かせておいて「時給0円よりはマシだ。イヤなら辞めろ」といった理屈でも通ってしまうし、最低賃金など労働基準法が意味を失くしてしまう。そのように考えると、「貧困ビジネス」は認められるべきではなく、社会問題として取り上げなければならないものであるのだ。
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2017年07月01日

1億総下流老人社会と「リスクを取らないリスク」

 年齢を問わず、低賃金で不安定な仕事に従事している貧困層は、日々の生活を送るだけで精一杯だ。このまま少数の勝ち組(富裕層)と大多数の負け組(貧困層)の2極化が進めば、「1億総下流老人社会」が到来する。
「貯蓄」から「投資」へのシフトチェンジは、富裕層よりも貧困層にこそ必要な発想の転換なのだ。確かに投資には自己資金を失うリスクがある。しかし、一番恐ろしいリスクは「リスクを取らないリスク」だ。
 アベノミクスで富裕層は、より大きは富と豊かさを手にいれ、失うリスクを恐れてアベノミクス相場で投資の世界に足を踏み入れなかった貧困層は、何の恩恵も受け取れず、格差だけが無慈悲に拡大して行ったのだ。
 自身に余程の技能・スキル・コネクションがあれば、人生の逆転のチャンスを掴めるかも知れないが、もし、「自分には何もない」と言うのなら、投資と向き合って、リスクを取って、「お金でお金を稼ぐ」「お金に働かせる」ことを実践しなければ、ジリ貧状態を受け入れる以外に道はなくなる。気がついたときには若さも希望も失って、生活保護を受給する以外に、生きる術のない人生を送ることになる。
 自分のことを「何も有さない貧困層」である、と言う認識が持てるのなら、下流老人になる前に、「投資」について真剣に向き合うべきだ。
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2017年06月30日

ghhjjjj

qwwweee
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複雑に影響しあう「貧困・不登校・ひきこもり」

 社会的コストとは税金のような金銭的な負担だけではない。教育が十分に行われなかったために子供が十分な就労スキルを身につけられず社会全体の生産性が落ちたり、警察的機能が働かないために犯罪が増え、市民の安全が脅かされるような状態になることも、社会的コストの増大なのである。
 逆に、一時的な支援コストを支払い、進学や就労支援などを通じて高いスキルを身につけた子供を育てれば、将来、高い収入を得て納税などの社会貢献を行うことが期待できる。社会的コストという視点から、将来の日本社会像と併せ、どのように描くか、そんな長期的な視野でも考えてみる必要がある。
 将来的に社会的コストを増大させるリスク要因として、家庭の貧困、不登校、ひきこもりの三者を取り上げた。これらは単独の問題ではなく、お互いに重複し影響しあって問題を難しくしている。
 社会的コストとして今、生活保護費の増大がクローズアップされている。しかし、そこから見えてくるものは何か、その実情を考えてみよう。
 大阪府のある定時制高校で、母親と二人暮らしの由梨(仮名)が学んでいる。母親は障害者で生活保護費の支給を受けている。由梨は短大への進学を希望しているが、奨学金がなければとても無理だ。担任の教員と地域のコミュニティソーシャルワーカー(CSWr)が話し合って、入学時には、社会福祉協議会の教育支援資金(年間最大122万円<月6万+50万>)を無利子の貸付を受ける方向で話が進んでいた。
 ところが、生保の担当ケースワーカーに相談すると、(1)生活保護費が減額になるか、(2)世帯分離のいずれかを選ばなければならない、と言われたと言う。生保の担当者とすると、「進学できるなら働けるはず」「短大に通いながらアルバイトをせよ」となるだろうが、由梨自身も障害(手帳を申請中)を抱えている状況で、通学とアルバイトの両立はとても負担が大きくできそうもない。
 担任の教員は、「夢を求めて進学することが2〜4年先の自立へ向けた確かな道だと思うのですが、生保家庭の子が大学や短大、専門学校に進学することは贅沢なのでしょうか」 と疑問を投げかける。
 ある市の生活保護担当者はこう説明する。「奨学金を収入としてみなすために保護費が削減されるのではなく、18歳を過ぎると、現行の保護制度上、 その子も働いて生活費を稼ぐ対象として見られているため、被保護世帯の対象者から外れることにより、母親の保護費が減る」。
 しかし、このケースは、一時的な社会的コストの抑制によって、貧困の再生産を促し社会の生産性を低下させるという意味で、長期的な社会的コストを増大させ、社会的ベネフィットを損ねる典型的な例である。結果として社会を弱体化させていると言えないだろうか。しかも経済的な困難、障害などを持つ若者たちが 自立しようという意欲を失わせる制度的な欠陥とも言えよう。
 事実、国の社会保障審議会でも、大学進学と生活保護制度について、現状の生活保護行政が批判をうけている。
 では、生活保護受給世帯とはどのような家族なのか。子供たちに焦点を当てて考えたい。
 板橋区の調査によると、生活保護受給世帯の子供は11.58%だったのに対して、生活保護・就学援助のいずれも受給していない生徒の発生率は2.4%である。被保護世帯の不登校発生率は安定した家庭の4.8倍であり、飛び抜けて高い。文部科学省の調査ばかりでなく他の多くの調査でも、不登校の背後に貧困があるというエビデンスは少なくない。
 貧困の中で疲弊する親や、ネグレクトなどで子供に必要な食生活をはじめとする日常生活を送らせることができないということが、不登校そして高校中退の背景の1つにある。
 生活保護費を受給していなくても、経済的な困難を抱える低所得層(とりわけ一人親世帯)の家庭生活には様々なリスク要因が内在している。そのような世帯の子供たちの不登校リスクが高いのは否めない。しかし、未だに「不登校は子どもの心の問題」という受け止め方が大勢である。
 文部科学省の調査、「不登校状態が継続している又は継続していた理由」を見ると、「不安などの情緒的混乱」が33.3%で最も多く、2番目は「無気力」(29.2%)である。
 しかし、「あそび・非行」(11.9%)は、子供を養育する家庭環境が脆弱なところで発生していることは想像することは可能だが、教員の目からは、「無気力」と見える不登校の内実が、実はネグレクトに近い親からの無関心、家庭と学校での排除の積み重ねによる子供の意欲の喪失など、貧困、虐待、 障害の放置など生育期における長く、厳しい家庭環境の結果であることが想定される。不登校問題は決して「心の問題」にとどまるものではないのである。
 子供が抱えるリスクの実状は多様であって、その対応にはまさにさまざまな専門家が必要だが、現在は心理相談に偏りすぎている。したがって心理相談を担当するスクールカウンセラー(SCr)だけでなく、スクールソーシャルワーカー(SSWr)のような包括的な支援につなぐことができる専門家が学校に存在する必要もあろう。 スクールソーシャルワーカー(SSWr)は、行政の福祉担当者や障害者支援センター、医療関係者、児童相談所などと連絡を取り合い、子供と子供を育てる家庭が必要な支援を受けられるように、さまざまな専門機関の間にネットワークをつくり上げる。そのような支援が求められているといえるだろう。
 内閣府の調査(「若者の意識に関する調査<ひきこもりに関する調査>」)によると、「ひきこもり」の若者は1.79%とされる。15〜39歳人口は3,880万人なので、広義のひきこもりの推計数は(3,880万人×1.79%=)69.6万人とされる。ひきこもり親和群は 155万人(推計数は3,880万人×3.99%=155万人)で合計すれば約220万人に上る。
 ・内閣府の定義では、狭義の「ひきこもり」は、「自室からは出るが自宅からは出ない。近所のコンビニには出かける」「趣味の用事の時にも出かける」「そんな状態が6ヵ月以上続いている」若者をいう。
 ・同定義では、「ひきこもり親和群」を「家や自室に閉じこもっていて外に出ない人たちの気持がわかる」「自分も、家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」「嫌な出来事があると外に出たくなくなる」「理由があるなら家や自室に閉じこもるのも仕方がないと思う」と答えた若者をいう。
 社会的コストとは税金のような金銭的な負担だけではない。教育が十分に行われなかったために子供が十分な就労スキルを身につけられず社会全体の生産性が落ちたり、警察的機能が働かないために犯罪が増え、市民の安全が脅かされるような状態になることも、社会的コストの増大なのである。
 逆に、一時的な支援コストを支払い、進学や就労支援などを通じて高いスキルを身につけた子供を育てれば、将来、高い収入を得て納税などの社会貢献を行うことが期待できる。社会的コストという視点から、将来の日本社会像と併せ、どのように描くか、そんな長期的な視野でも考えてみる必要がある。
 将来的に社会的コストを増大させるリスク要因として、家庭の貧困、不登校、ひきこもりの三者を取り上げた。これらは単独の問題ではなく、お互いに重複し影響しあって問題を難しくしている。
 社会的コストとして今、生活保護費の増大がクローズアップされている。しかし、そこから見えてくるものは何か、その実情を考えてみよう。
 大阪府のある定時制高校で、母親と二人暮らしの由梨(仮名)が学んでいる。母親は障害者で生活保護費の支給を受けている。由梨は短大への進学を希望しているが、奨学金がなければとても無理だ。担任の教員と地域のコミュニティソーシャルワーカー(CSWr)が話し合って、入学時には、社会福祉協議会の教育支援資金(年間最大122万円<月6万+50万>)を無利子の貸付を受ける方向で話が進んでいた。
 ところが、生保の担当ケースワーカーに相談すると、(1)生活保護費が減額になるか、(2)世帯分離のいずれかを選ばなければならない、と言われたと言う。生保の担当者とすると、「進学できるなら働けるはず」「短大に通いながらアルバイトをせよ」となるだろうが、由梨自身も障害(手帳を申請中)を抱えている状況で、通学とアルバイトの両立はとても負担が大きくできそうもない。
 担任の教員は、「夢を求めて進学することが2〜4年先の自立へ向けた確かな道だと思うのですが、生保家庭の子が大学や短大、専門学校に進学することは贅沢なのでしょうか」 と疑問を投げかける。
 ある市の生活保護担当者はこう説明する。「奨学金を収入としてみなすために保護費が削減されるのではなく、18歳を過ぎると、現行の保護制度上、 その子も働いて生活費を稼ぐ対象として見られているため、被保護世帯の対象者から外れることにより、母親の保護費が減る」。
 しかし、このケースは、一時的な社会的コストの抑制によって、貧困の再生産を促し社会の生産性を低下させるという意味で、長期的な社会的コストを増大させ、社会的ベネフィットを損ねる典型的な例である。結果として社会を弱体化させていると言えないだろうか。しかも経済的な困難、障害などを持つ若者たちが 自立しようという意欲を失わせる制度的な欠陥とも言えよう。
 事実、国の社会保障審議会でも、大学進学と生活保護制度について、現状の生活保護行政が批判をうけている。
 では、生活保護受給世帯とはどのような家族なのか。子供たちに焦点を当てて考えたい。
 板橋区の調査によると、生活保護受給世帯の子供は11.58%だったのに対して、生活保護・就学援助のいずれも受給していない生徒の発生率は2.4%である。被保護世帯の不登校発生率は安定した家庭の4.8倍であり、飛び抜けて高い。文部科学省の調査ばかりでなく他の多くの調査でも、不登校の背後に貧困があるというエビデンスは少なくない。
 貧困の中で疲弊する親や、ネグレクトなどで子供に必要な食生活をはじめとする日常生活を送らせることができないということが、不登校そして高校中退の背景の1つにある。
 生活保護費を受給していなくても、経済的な困難を抱える低所得層(とりわけ一人親世帯)の家庭生活にはさまざまなリスク要因が内在している。そのような世帯の子供たちの不登校リスクが高いのは否めない。しかし、未だに「不登校は子どもの心の問題」という受け止め方が大勢である。
 文部科学省の調査、「不登校状態が継続している又は継続していた理由」を見ると、「不安などの情緒的混乱」が33.3%で最も多く、2番目は「無気力」(29.2%)である。
 しかし、「あそび・非行」(11.9%)は、子供を養育する家庭環境が脆弱なところで発生していることは想像することは可能だが、教員の目からは、「無気力」と見える不登校の内実が、実はネグレクトに近い親からの無関心、家庭と学校での排除の積み重ねによる子供の意欲の喪失など、貧困、虐待、 障害の放置など生育期における長く、厳しい家庭環境の結果であることが想定される。不登校問題は決して「心の問題」にとどまるものではないのである。
 子供が抱えるリスクの実状は多様であって、その対応にはまさにさまざまな専門家が必要だが、現在は心理相談に偏りすぎている。したがって心理相談を担当するスクールカウンセラー(SCr)だけでなく、スクールソーシャルワーカー(SSWr)のような包括的な支援につなぐことができる専門家が学校に存在する必要もあろう。 スクールソーシャルワーカー(SSWr)は、行政の福祉担当者や障害者支援センター、医療関係者、児童相談所などと連絡を取り合い、子供と子供を育てる家庭が必要な支援を受けられるように、さまざまな専門機関の間にネットワークをつくり上げる。そのような支援が求められているといえるだろう。
 内閣府の調査(「若者の意識に関する調査<ひきこもりに関する調査>」)によると、「ひきこもり」の若者は1.79%とされる。15〜39歳人口は3,880万人なので、広義のひきこもりの推計数は(3,880万人×1.79%=)69.6万人とされる。ひきこもり親和群は 155万人(推計数は3,880万人×3.99%=155万人)で合計すれば約220万人に上る。
 ・内閣府の定義では、狭義の「ひきこもり」は、「自室からは出るが自宅からは出ない。近所のコンビニには出かける」「趣味の用事の時にも出かける」「そんな状態が6ヵ月以上続いている」若者をいう。
 ・同定義では、「ひきこもり親和群」を「家や自室に閉じこもっていて外に出ない人たちの気持がわかる」「自分も、家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」「嫌な出来事があると外に出たくなくなる」「理由があるなら家や自室に閉じこもるのも仕方がないと思う」と答えた若者をいう。
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自分は若いから大丈夫?

 若年層の貧困問題は、いずれ下流老人問題に繋がる。若い時は、貧困状態であっても「将来への希望や期待」があるので、切実さは緩和される。しかし、「自分は若いから、まだ大丈夫だ」とタカをくくって貧困状態を楽観的に放置していると、やがて年齢を重ね、40歳や50歳を過ぎ、そして老後を迎えた際の生活状況が悲惨なものとなる。
 一方、「ミニマリスト」という言葉が流行語になるくらいに、既に消費活動を極限にまで抑えて、「人生の生きる楽しみ」を悲観している若者も多い。NHKの番組等で下流老人の惨めな生活実態をテレビで見れば、将来への期待が持てる20代は良いが、30代は人生を憂い、40代以上は生きることに絶望感すら感じてしまっている。
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2017年06月29日

社会保障制度改革推進法の低所得者対策への影響

 所得の低い世帯を支援するさまざまな施設は、生活保護基準額を目安に行っているものが多い。なので、生活保護基準額の減額によって、それまで利用できていた人の中には、利用できなくなる人がでてくるだろう。
 ・国民健康保険料の減免、同じく一部負担金の減免が利用できなくなる人がでてきまる
 ・介護保険料・同サービス利用料には、境界層該当制度といって、生活保護に至らないように利用率を下げる減額制度がある。また、障害者サービスにおいても同様の制度があるが、基準額の減額によって利用できなくなる人がでる
 ・学校教育法による就学援助は、義務教育にかかる費用、学用品代、虫歯治療費、給食費、就学旅行費等を支給する制度で、生活保護基準額の1.0〜1.3倍以下に設定されている。基準額の減額によって利用できなくなる子供も出てくる
 ・低所得者向けの貸付制度である生活福祉資金は、対象者を、低所得者または生活保護基準のおおむね1.7〜1.8倍以下、障害者・高齢者は2倍としているところが多い。そして、教育支援資金(無利子)が45%を占めているが、引き下げによって利用できなくなる人がでる
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2017年06月28日

貧困層が増加している!

 生活保護制度は、憲法第25条の生存権の規程に基づき、国民の最後のセーフネットとしての機能を持つ制度である。長期にわたる経済不況や雇用環境の悪化などの影響によって、貧困層が大幅に増大している。年齢別では60歳以上の高齢者の増加が大きく、生活保護利用者のうち、全体の約51%が60歳以上となっている。
 このような事態に対し、社会保障制度改革推進法の附則においては、生活困窮者対策と生活保護制度の見直しに、総合的に取り組むことが明記された。改革に向けた具体的検討は、保護基準の検討を行う「生活保護基準部会」と、生活保護改正法も視野に入れた貧困・低所得者対策の抜本的な見直しを図る「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会)」で行われている。そして、基準部会からは生活保護基準引き下げについての報告が、特別部会からは「生活困窮者対策の見直し」と「生活保護制度の見直し」の2点に渡っての報告書が出されている。
 また、特別部会の報告では、生活困窮者対策について、複合的な課題を抱える生活困窮者に対する新たな相談支援体制の構築の必要性が示され、すでに地域包括支援センターに設置している自治体も増えてきた。
社会保障制度改革推進法の生活保護利用者への影響としては、以下のことが考えられる。
 ・生活費が減額され、生活が苦しくなる。
 ・収入が現行の生活保護基準に近い人は、保護基準額の減額によって生活保護が利用できなくなるす。
 ・生活保護が廃止された場合は、新たに国保等の医療保険に加入したことによる保険料の支払、無料であった保育料や介護保険料・同一部負担金などの福祉サービス、地方税、NHK受信料等の支払などが発生する。
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2017年06月27日

試されているのは共同体意識

 社会保障はそもそも何のためにあるのか。人生では、いろいろなことが起きる。病気、障害、育児、離婚、失業、高齢、介護など、何らかの困難に遭ったとき、生活の維持や向上を公的に助けるのが社会保障であり、社会福祉である。自分も家族も絶対にどれにも関係しない、どんなときでも自力だけで生きていく、と言える人がいるだろうか。生活保護をむやみに攻撃する人は、自分は絶対に受けない、身内が困ったときも自分がすべて面倒をみる、と宣言できるだろうか。
 いま試されているのは、日本社会で暮らす人々すべてを一応の仲間と見るか、という共同体意識ではないか。共同体の中に弱い人、困っている人がいれば助ける、自分が困ったときには助けてもらう。その役割を果たすことが、現代の国家の重要な機能であるはずだ。社会保障制度を維持するために社会保障を抑え込むというのでは、目的と手段が逆立ちしている。何の社会保障もない弱肉強食社会を望む人も、日本にはほとんどいないだろう。
 日本社会の貧富の差が大きくなる中で、かつて分厚かった中間層の崩壊が進み、没落の不安にかられた中間層がバッシング行動に出ているという見方もある。それが正しいかどうか、材料不足なのだが、階層的な対立が底流にあることは確かではないか。
 考えたいのは、限られたパイの奪い合いしかないのか、という点である。どの領域にどれだけ課税するかを含め、社会保障に必要な財源は本当に確保できないのか、利益や資産をため込みすぎている人や組織はないのか、ほかの分野への財政支出は妥当か、生活保障をしっかりやって消費購買力を高めるほうが経済は好転するのではないか、貧困層に限定して給付する「選別主義」の政策より、社会の全員に生活に必要な公的サービスの費用負担を減らす「普遍主義」の政策がよいのではないか……。
 社会保障費の負担と配分という狭い土俵だけでなく、広い視野と柔軟な発想で社会・経済・財政を議論することが、ギスギスした争いを減らすために必要なのだ。
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2017年06月26日

社会保障費をめぐる「奪い合い」

 社会保障費が増大すると財政負担になる、すると、自分が納める税金や社会保険料の負担が増えるから、気に入らない、だから社会保障費を食いつぶしている連中をやっつけろ――という発想である。
 背景には、日本経済が大局的に見て20年以上にわたって停滞を続け、人口も減少に向かい、パイが大きくならないこと、高齢化・少子化の進行によって社会保障の受け手が増え、支え手が減ったこと、しかも経済的な格差が拡大してきたことがある。
 この間、多くの勤労者にとっては、賃金水準が下がる一方、所得税・住民税・消費税が上がり、社会保険料の負担、医療・介護を利用する時の自己負担も、どんどん上がった。教育費の負担も大きくなった。その結果、自由に使えるお金が減り、生活が苦しくなってきたわけだ。
 一方で、国家財政の借金はふくれあがっている。自分が公的にもらえるお金が期待できず、むしろ社会保障制度によって自分の負担が増えるなら、使っている側を減らそう、そういう奪い合いの意識がさまざまな攻撃・非難のベースにあるのではないか。
 標的の1つにされたのが生活保護である。攻撃する側は、怠けている連中が多いから安易に受けさせるな、という見方をしている。ヘイトスピーチをする連中は、在日外国人は生活保護から排除せよ、と主張している。
 高齢者もターゲットである。高齢者の年金、医療、介護の費用が財政を圧迫している、と政府・財務省・厚生労働省はいつも強調している。高齢者は肩身の狭い気持になるはずだ。高齢者に無駄な医療費が使われている、寝たきりになったら医療で長引かせずにさっさと死なせろという議論は以前からあった。最近登場した超高額の抗がん剤について、高齢者には使用を制限せよと主張した医師もいる。
 病人も標的になる。長谷川豊というアナウンサーが、自堕落な生活で糖尿病から人工透析になった人は自業自得だから、高額の透析医療費は全額自己負担にせよ、それが無理なら殺してしまえ、という趣旨の文章をブログに書いて、問題になった。
 貧困者・障害者に対しては、もともとの差別意識もある。生活に困って路上や公園で暮らしているホームレス状態の人々は、迷惑で汚い存在だ、そんな生活を好きでやっている怠け者だ、と白眼視され、「役に立たない存在」と見た少年たちなどから襲撃を受けて、各地で相次いで殺されてきた。
 それに加えて社会保障の費用負担を理由に、社会的に弱い人々をお荷物のように見る風潮が強まっているのだ。重度障害者はいなくなったほうがいい、という考えから大量殺害に及んだ相模原の事件も、そういう社会風潮が動機形成の根底にあるのではないか。
posted by GHQ/HOGO at 07:29| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

他人を妬む「ジェラシー心理」

 「生活保護の利用者に対しては、働かずにお金をもらえていいなあ」、「自己負担なしで医療を受けられていいなあ」と見る人たちがいる。自分たちは懸命に働いてお金をかせぎ、その中からさまざまな負担もして大変なのに、というわけだ。
 そんなに生活保護がよければ、自分も申請して、積極的に利用してはどうか。これはイヤミではない。働いていても年金があっても、その世帯の保護基準より収入が少なく、資産も乏しければ、不足分を補う形で保護の給付を受けられるのである。医療費がかさむ場合、それも保護基準に含まれるので、医療扶助だけを受けることもありえる。実際には、生活保護世帯の8割は高齢・障害・傷病などによって働くことの困難な世帯で、残り2割のうち半分は現に働いている。働く能力があれば活用することは保護の要件になっており、そんなに甘く運用されているわけではない。
 ただし、やっかみには、理由のある部分もある。所得水準が保護基準より少し上、あるいは若干の資産があって、保護の対象にならない低所得層の人々は、生活が苦しいのだ。
 生活保護になれば、医療や介護の自己負担はなく、税金や、年金・健康保険・介護保険などの公的保険料、保育・障害者福祉のような公的サービスの利用料も原則としてかからない。自治体によっては水道料が減免される。一方、生活保護より少し上の層には、それらの負担が軒並み生じるので、実質的に見た生活費(自由に使えるお金)に逆転現象があるのだ。
 それらの層の人たちが生活保護を攻撃しているのかどうかは不明確だが、もしそうだとしたら、見当違いだ。かりに保護基準が下がれば、各種の負担軽減制度の適用基準が連動して下がり、自分たちも苦しくなる。収入が減って生活に困ったときに保護を受けにくくなる。
 低所得層の保険料、利用料、公共料金の負担を、幅広く軽減するか無料にすることによって、ギャップの解消をはかるべきではないか。とりわけ医療費の自己負担と、低所得層にとって高すぎる国民健康保険料の軽減を急ぐべきである。
posted by GHQ/HOGO at 08:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

貧困者・弱者をたたく「精神の貧困」

 経済的に困っている人々や、生活保護を利用している人々を攻撃する風潮が強くなっている。ネットの世界ではとくに顕著だ。
 2012年には、人気お笑いタレントの母親が生活保護を受けていたとして、一部の国会議員と週刊誌、テレビ番組が中心になって非難した(親族の扶養は保護の要件ではなく、不正受給にはあたらない)。生活保護利用者の大半が怠け者や不正受給であるかのような報道も行われた。
 昨年8月には、NHKのニュース番組に女子高校生が実名で登場して母子家庭の生活の苦しさや進学をあきらめざるを得ない実情を訴えたことに対し、ネット利用者がよってたかって個人的な情報を探り出し、「その程度は貧困ではない」などとバッシングした。
 なぜ貧困や生活保護をたたくのか。他人の心の中は正確につかめないし、本人も自覚しない様々な要素が絡んでいるのだろうが、現在の日本社会のギスギスした状況や、相模原市の障害者施設殺傷事件のような社会的弱者への攻撃とも深く関係するのではないか。
 弱い相手、反撃しにくい相手をたたくことによって、優越感を得ようとする心理がある。端的に言うと「いじめ」である。主観的には正義感あるいは被害意識を抱いているが、自分のほうが強い立場にいること、自分のほうが優れていることを確かめ、気分をよくしたいのだ。
 もちろん倫理的にも能力的にも、たたく側の人間が優れているわけではない。単に主観的な「優越感の確認」である。対象者をおとしめることによって、自分の位置が相対的に高まった気になるだけ。政治的な意図で扇動する人間は別として、わざわざ優越感を得たがるのは、ふだん自分に自信がなく、何らかの劣等感や不遇感を抱いているからではないだろうか。
 外国人への差別や憎悪をまきちらすヘイトスピーチや、不祥事を起こした著名人に対するバッシングも、共通性がある。たいていは匿名だが、放置していると実名で行動する人間も現れる。公務員バッシングの場合も、正当な批判だけでなく、いじめ心理やジェラシーが加わって過剰に行われることがある。反撃されにくいからか。一方、国会議員の政治資金の使い方(税金による政党助成金も入っている)には、なぜもっと怒らないのか。権力を持つ強い相手だからではないのか。
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2017年06月22日

国の社会保障費の中で生活保護費の大きさは?

 国の財政から見ると、どうだろうか。16年度の当初予算で、生活保護費の総額は3兆8281億円、そのうち国(厚労省)の負担分は2兆8711億円。社会保障関係の一般歳出31兆9738億円に対する比率は9.0%となる。1998年度当初予算の生活保護費の厚生省負担額が1兆1106億円、社会保障関係費に対する比率が7.5%だったのに比べ、大幅に増えてきたのは確かだ。しかし、これは、巨大な額だろうか。
 当初予算の社会保障関係費(国支出分)の内訳を、表に示します(財務省の資料をもとに、生活保護費を独立させる形で区分を変えた)。生活保護費は国が4分の3を負担するのに対し、年金・医療・介護・雇用・労災は社会保険制度が中心なので、ここに出ている国支出額は、その分野の費用全体の中では、一部である。
<2016年度当初予算の社会保障関係費(国支出分)>
年金給付費 11兆3130億円 35.4%
医療給付費(医療扶助を除く) 9兆9068億円 31.0%
生活保護費等 2兆9117億円 9.1%
介護給付費(介護扶助を除く) 2兆8623億円 9.0%
社会福祉費(障害者福祉など) 2兆5335億円 7.9%
少子化対策費 2兆0241億円 6.3%
保健衛生対策費 2865億円 0.9%
雇用労災対策費 1360億円 0.4%
計(社会保障関係費) 31兆9738億円 100.0%
*生活保護費等には中国残留邦人支援費、施設事務費、指導監査費を含む
 生活保護費の半分近くは医療扶助なので、住宅扶助、教育扶助、高校就学費を含めて保護利用者の暮らしにあてられるのは、残り半分の1兆5000億円ほど。
 貧困層が拡大する中、公的年金や社会手当の給付を削ったり、医療や介護の自己負担を増やしたりすると、最低生活ラインを割り込む世帯が多くなり、生活保護が増える。そういう社会保障制度の中の相互影響も考えないといけない。諸外国とも比べてみる必要があるかもしれない。
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2017年06月21日

消費支出は地域経済を支え、税収にもはね返る

 自前の財源を含めて、自治体が保護費の一定部分を実質負担したら、それは損なのか。
 その際、考える必要があるのは地域経済である。生活保護費は基本的にためこまれず、ほとんどが医療費、家賃を含めた消費支出に回る。一般世帯に比べ、食費の比率が高めで、大半が地元で使われる。したがって、地域経済への直接的なプラス効果が高い。地域によっては、生活保護利用者がいるおかげで成り立っている商店、飲食店、賃貸家主、医療機関もある。たとえば大阪市西成区は人口比の保護率が24%(16年6月)と極めて高く、もし生活保護の人がいなくなったら、バタバタと店がつぶれて、西成区の経済は危機的になるだろう。
 大阪市の14年度の決算ベースの保護費2916億円のうち、市が実質負担する591億円を引いた2325億円は、国のお金。市が591億円を出すことによって、国から2325億円を引っ張ってきて、計2916億円を地域に落としたという解釈もできる。これは、国から補助金が出る公共事業が地域にもたらす経済効果を強調するときに、しばしば使われる論理と同じ。
 地域経済にプラスになれば、税収にもはね返える。生活保護利用者が使ったお金は、商品やサービスを売った側の収入になるからだ。仮に保護費総額2916億円に個人市民税の所得割の税率6%を掛けると、175億円になる。実際には、法人を含めて多段階のお金のやりとりが生じる。また消費税8%のうち1.7%は地方消費税(都道府県税)で、その半分は市町村に配分される。
 経済効果や税収はねかえりの具体的な見積もりは難しいが、市が591億円を出しても、市税などの収入として戻ってくる分が、けっこうあるわけだ。以上のことは大阪市以外の自治体や、地方交付税の不交付団体にも言えること。もちろん、保護を受けていた人が就労などで経済的に自立して買い物をできるようになるなら、それにこしたことはない。
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2017年06月20日

保護を受ける人数を減らしても、財政効果はない

 地方交付税を受け取っている自治体の場合、生活保護を受ける人の数を減らしても、財政効果はほとんどないという点である。
 たとえば、何らかの方法で締めつけて生活保護の利用者を減らし、保護費を100億円削ったらどうなるか。4分の3は国の負担なので、75億円が国から来なくなる。そのうえ、4分の1負担分に見合う基準財政需要額も減るので、自前の税収など(基準財政収入額)が変わらなければ、地方交付税がまるまる減ることになる。変化があるのは、基準財政需要額の算入の過不足にかかわる部分だけなのだ。
 反対に、保護の利用者が増えたらどうか。保護費の4分の3は国が出し、4分の1に見合う基準財政需要額が増える。保護の人数の増減が基準財政需要額に反映されるのは、実際より後の年度になるという時間差の問題はあるが、基本的には、算入の過不足部分を除いて財政負担は増えないのだ。
 福祉事務所には、自治体の財政負担に影響すると思って、保護の利用を抑え込もうと躍起になっている職員もいるが、保護利用者が減ろうが増えようが、地方交付税を受け取る自治体の財政はほとんど左右されない。一方、地方交付税の不交付団体の場合は、4分の1分の影響を受ける(財政にゆとりのある自治体)。
 自治体の税収が伸びないこと、生活保護以外を含めた地方交付税全体の額がしだいに抑えられる傾向にあることなどにより、自由に使える財源が増えず、財政運営が厳しい自治体が多いのは確かだ。そういう中で保護費の金額が大きいため、矛先を向けるのかもしれない。しかし、地方交付税を受け取っている自治体に関する限り、生活保護費が財政を圧迫していると声高に叫ぶのは、財政のしくみをよく理解していないからなのだ。
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2017年06月19日

大阪市の場合の生活保護の収支

 一般的な説明だけではわかりにくいので、保護費の支出が全国で最も多い実施自治体である大阪市の場合を取りあげる。2014年度の決算で、生活保護関係の収支は、以下のようになっている。
A:歳出額 3062億円=扶助費2916億円+人件費115億円+その他事務費31億円
 B:歳入額 2221億円=国庫支出金2170億円+その他諸収入等51億円
 AからBを引くと、C:地方負担額(一般財源支出額)=841億円
 D:基準財政需要算入額 791億円=扶助費663億円+人件費124億円+その他事務費等4億円
 CからDを引くと、E:算入不足額=50億円
 実際の市の負担額に比べ、総務省の計算式による標準的な費用は50億円ほど少なく、その分が余分な持ち出しになりました。算入不足額は年度によって差があり、かつては100億〜200億円前後にのぼっていた。近年は12年度57億円、13年度67億円。市財政局は、入院を含めた医療扶助費が大阪市ではやや多めであることが、算入不足の主な原因だと分析している。
 大阪市の算入不足額は、他の自治体に比べて大きいとみられる。算入の過不足は自治体によって異なり、プラスになっている自治体もある。
 一方、他の事業分野を含めた大阪市全体の地方交付税の計算は、次の通り。
 F:基準財政需要額 6056億円
 G:基準財政収入額 4939億円
 FからGを引くと、財源不足額(地方交付税額)=1117億円(うち臨時財政特別債759億円)
 基準財政需要額に対する基準財政収入額の比率(G/F)=H:財政力指数=81.6%
 裏返すと、基準財政需要額の18.4%が地方交付税として総務省から入るわけだ。財政力指数は自治体によって大きな差がある。財源が乏しくて地方交付税をたくさんもらう自治体もあれば、基準財政需要額より基準財政収入額のほうが多くて不交付団体になる自治体もある。
 次に、大阪市が自前の収入から生活保護費(扶助費)にあてた額を試算すると、以下のようになる(本来は、基準財政需要額の実情が事業分野ごとに違うので、単純にこういう計算はできない)。
 D(基準財政需要算入額)のうち扶助費663億円×H(財政力指数81.6%)+E(算入不足額50億円)=591億円
 14年度の大阪市の予算(当初予算+5月補正予算)では、一般会計の歳出1兆6814億円のうち生活保護費が2944億円(17.5%)を占めており、ものすごく大きな印象を与えるが、国から出るお金があるので、自前の財源からの実質的な出費は591億円ほどだったわけだ。
 かつて、保護費の額と市税収入の額をそのまま比べて、大変な財政圧迫だと強調する記事が何度かあったが、財源のことを無視して比較するのはナンセンスなのである。
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2017年06月18日

4分の1相当額は、地方交付税の算定基礎になる

 保護費の4分の1は、まるまる実施自治体の持ち出しになるのか。多くの場合、そうではない。
 地方交付税という制度がある。自治体の基本的な事務・事業にあてる自前の財源が不足する場合に、総務省から交付される。いったん国が集めた税金のうち一定割合を、自治体の財政力の弱さに応じて配分し、アンバランスを調整するしくみである。自治体が受け取った地方交付税は、使い道の制限がなく、自前の税収と同じように一般財源として使える。
 地方交付税の算定にはまず、その自治体のいろいろな指標を用いて、分野ごとの標準的な費用を積み上げ、「基準財政需要額」を算出する。市町村の場合、消防費、土木費、教育費、厚生費、産業経済費、総務費などの標準的な額を、人口、世帯数、面積、児童生徒の人数、道路延長、港湾係留施設の延長、都市公園面積、農家数といった指標から計算する。
 一方で「基準財政収入額」を算出する。これは、標準的な税率で課税した地方税収入の75%に、地方譲与税(国が集めた税金のうち地方に配る分)、各種の交付金などを加えた額。
 そして、基準財政需要額(標準的に計算した必要費用)より基準財政収入額(標準的に計算した収入)が少なければ、その差額が地方交付税として交付される。16年度は総務省から15兆6983億円の普通交付税が配分された。別に3兆7880億円の臨時財政対策債の発行が認められた(自治体が地方債を発行して借金するが、その償還費用は基準財政需要額に算定されるので、後払いの地方交付税のようなもの)。
 生活保護費も、基準財政需要額の算定基礎に入っている。大まかな考え方としては、保護費の地方負担分(4分の1)を、自前の収入プラス地方交付税でまかなえるようにしているわけだ。ただし標準的な保護費の計算方法は、人口を基本にしつつ、前年度と前々年度の扶助別の被保護者数、生活扶助の延べ人数、級地、寒冷区分など各種の補正をして単位費用を掛けるので、おそろしく複雑である。その自治体の状況をある程度は反映するものの、あくまでも標準化した金額なので、実際の4分の1負担額とはズレ(算入の過不足)がある。保護世帯の人数構成や、個別の扶助の金額を加味する計算式になっていないのも、ズレの要因のようだ。
 それとは別に、ケースワーカーの人件費など福祉事務所の運営費用も、基準財政需要額の算定基礎に入っている。
 少数だが、財源が豊かで地方交付税をもらえない自治体(不交付団体)もあり、それらの自治体では、保護費の4分の1負担分は自前の収入だけでまかなう。
 16年度の場合、都道府県では東京都だけが、都と23特別区を合算する形で不交付団体だ。都は、都が集めた固定資産税、法人住民税、特別土地保有税の一定割合を、各区の財政状況に応じて調整配分している。市町村では、交付団体が1642にのぼり、不交付団体は76(総務省資料を参照)。政令市は川崎市だけで、ほかは首都圏、愛知県と、自動車工場や原子力施設の立地市町村が目立つ。
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2017年06月17日

保護費の4分の3は国が負担する

 福祉事務所を設置して生活保護の実施にあたるのは、すべての市、東京の23特別区、一部の町村(町村の福祉事務所は任意設置)である。それ以外の郡部は、都道府県が福祉事務所を置いて実施する。今後の説明の都合上、これらを実施自治体と呼ぶことにする。
 実施自治体が支出した保護費のうち、4分の3は国が後から負担する。したがって実施自治体の負担は4分の1である。生活保護施設(救護施設、更生施設など)の入所者のための事務費も同じ分担割合だ。ただし、居宅のない状態で入院中・施設入所中の人の保護費は、政令市・中核市を除いて、市町村の負担にならず、代わりに都道府県が4分の1を負担する(国の4分の3負担は同じ)。
 生活保護は、国家責任で生存権を保障する制度で、自治体の本来の仕事(自治事務)ではなく、国からの法定受託事務である。もともと国の負担割合は80%だったのが、1985〜88年度は70%に下げられ、89年度から75%(4分の3)になった経緯があり、全国市長会など地方関係団体は、全額を国庫負担にすべきだと主張している。
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2017年06月16日

生活保護費は自治体財政を圧迫しているか?

 2000年代に入って生活保護の利用者が大幅に増えたことで、財政負担が大変だ、という見方がある。財政が圧迫されていると強調している自治体もあるが、どこまで本当か。
 多くの地方自治体にとって、生活保護の実質的な財政負担は、それほど大きくない。保護費の4分の3は国が負担する。残り4分の1が自治体負担だが、自前の財源で足りない場合は総務省から出る地方交付税でおおむねカバーされる。
 そして地方交付税を受け取っている自治体の場合、生活保護の利用者が減っても増えても、財政負担には、ほとんど影響しない。生活保護費はむしろ、国からお金が来て消費に回ることによって、地域経済にプラスになっているという見方もできる。
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2017年06月15日

子供の貧困、誰が悪いのか?

 日本の子供の貧困率は先進国の中でも最悪のレベルにあると言われている。全国の平均所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子供の割合は過去最悪で、今では6人に1人が貧困に直面している。
実際、子供の貧困はかなり深刻で、学校給食が唯一の食事という子供や保険証がないため病気や怪我で病院に行けない子供、家庭崩壊からホームレス同様の生活を送っている子供など、心が痛くなる話が現実にこの日本で起こっている。また、これが原因で高等教育どころか義務教育における教育機会さえ失っている子供たちも少なくない。子供の貧困は教育格差の原因の1つ、日本にとって大きな社会的損失ということができる。
子供の貧困にはさまざまな理由があるが、中でも問題になっているのが母子家庭や父子家庭の貧困である。日本はこの分野で、世界1位の貧困率を記録している。
特に一人親の場合は、なかなか貧困から抜け出せないのが現状だ。中には親の離婚で子供に苦労をさせてと感じる人もいるだろう。だが離婚の原因にはさまざまなものがあり、シングルマザーの7割が配偶者からDVを受けていたという調査結果もあることから、一概に親のわがままが母子家庭や父子家庭を作り出しているとは言えない。
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2017年06月14日

受給者の共通点、パチンコ、スマホゲーム

 これはかなり物議を醸しかねない論だが、生活保護受給者(ほとんどは非行少年少女の親や祖父母)の中には、確かに働「ける」状態なのに働かない人たちがいた。安っぽいステレオタイプを補強するようで慎重に発言したいが、そうした働かない受給者の多くの共通点が、パチンコ屋通いか、若い親であればスマホのゲームアプリに1日のうちの長時間を割いていることだ。
 組織売春の現場で働いていた少女の取材の中で、売春業者があまりの酷さを見かねて、親のところに「いい加減にしろ」と怒鳴り込んだという信じがたいケースがあったが、そのうちの1例の親(母親)もまた、生活保護受給者のパチンコ狂だった。この母親の言葉が、最近になってようやくわかってきた気がする。その言葉とは、「パチンコ屋に行くと、勝っても負けても安心するんだよね」。
 中学を卒業したばかりの娘が売春をしつつホストの売掛問題で大トラブルを起こし、その連絡を受けても「今パチンコ中だから後でかけなおして」と、よりによって娘に売春客を斡旋している業者相手にガチャ切りをかます母親だ。その母親の「安心する」は、働かずに昼からパチンコをしに行って、「同じ状況にある他人がいることに安心する」なのだと思い、殺意しか湧かなかったが、最近になってその安心にはもう1つの意味があるのだとようやくわかった。
 その意味を理解するのに必要なキーワードは、「脳の報酬系」だ。人間(動物)は何かの作業をして、それによって報酬を得ることで脳の報酬系と呼ばれる神経系が「快」の感覚を得るようにできている。実は生活保護受給者も「働いて評価や報酬を得たい」という欲求は持っているし、生活保護費をもらって家で寝ているだけという生活を長期間続けると、その何もしない=報酬系が刺激されない生活に、不満や苦痛を感じるようになる。この「働かないことがつらくなってくる」というのも、何度も聞き取った。彼ら彼女らは働きたがっていたのだ。
 だがここでパチンコやスマホのゲームといった、短期間に報酬系が刺激される行為をすることで、本来なら働いて得るはずの報酬が代替されてしまい、結果として働かない状態に「耐えることができてしまう」。これが、彼らの言う「安心する」の正体だが、そこに至るまでの喪失の大きさや就業の難易度を考えれば、ここに代替を求めてしまうことも自己責任では絶対に片付けられない。
 パチンコは巨大な産業だし、そもそもスマホのゲームアプリなどはほとんどが無料であるし、これほど普及しているものを規制するのもまた難しいことかもしれない。だが、少なくとも生活保護受給中の貧困者には、こうした「社会復帰以外で安易に報酬系を刺激できてしまうもの」を規制するのも致し方ないのではないか。規制しても罰則があってもやめられないのであれば、それは立派な依存症=病気であるから、あらためて医療の対象としてケアすべきだ。
 こればかりは当事者のその場のQOLには反していることだが、少なくとも生活保護受給者とパチンコ狂という「ずるい怠け者」のステレオタイプは、ここで打破できるのではないか。
posted by GHQ/HOGO at 07:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする