2017年09月23日

格差が拡大しないような方策を検討すべきだ!

 日本以外の先進諸国でも経済活動のグローバル化によって拡大した海外からの所得の分配が労働分配率の低下に関わっている可能性があり、高齢化が進んで日本の経常収支が赤字化しても労働分配率の低下が続く恐れもあるだろう。
 第二次世界大戦後の各種の改革で資産の再分配が行われたこと、さらに遡れば明治維新のような大きな社会変化があったことは、日本の資産格差を比較的小さなものにしてきた原因の1つかも知れない。
 格差が小さかったということは、必ずしも日本社会の固有の特徴ではないとすれば、日本でも資産の格差が所得の格差を生み、それがまた資産格差を拡大させるという、格差の拡大再生産が起こる可能性は否定できない。
 まったく格差のない社会が理想的でないことは明らかだが、余りに格差が大きく固定的な社会も望ましくない。これまでは格差が小さい国だったということに安心していないで、日本でも許容範囲を超えて格差が拡大しないような方策を十分検討する必要があるのではないだろうか。
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2017年09月22日

海外からの所得が増えている?

 対外資産の蓄積が進んだことも、労働分配率の低下を引き起こしている原因の1つと考えられている。日本では1980年頃から経常収支の黒字基調が定着した。これが毎年の金融収支の黒字となって海外に保有する資産の増加につながるので、長年、対外純資産残高の増加傾向が続いてきた。
 日本の対外純資産は名目GDP比でみても1967年末には0.7%の債務超過だったが、2014年末には純資産が77.3%にも達する規模に拡大している。こうした対外資産から得られる所得も増加しており、2014年度には海外との間の利子や配当の受払などの海外からの所得は名目GDP比で4.3%の黒字に拡大している。
 かつては経済活動を見る指標としては、GDP(国内総生産)ではなくGNP(国民総生産)が用いられていたが、三面等価の原理からGNPとGNI(国民総所得)は等しい。GDPは国内の経済活動水準を示す指標としては適切だが、消費や投資に使える所得を考える場合には海外からの利子・配当などの所得を含めたGNI(GNP)を見る方が良い。これは、資産家の世帯を考えれば働いて得る所得がほとんどなくても、財産所得が大きければ豊かだということと同じことだ。
 日本社会が豊かになったのかどうかという指標としてはGNIを見るべきなのだから、名目GDP比で8割近くにも達する対外純資産の収益性を高めることには大きな意味がある。
 経済政策の方向としてもGDPの動向だけではくGNIの拡大にもっと注意を払うべきだというのは確かで、安倍内閣が2013年に策定した「日本再興戦略」では1人当たりGNIを10年後には150万円以上増やすという目標を示している。
 海外への投資取引を考慮していないことも、資本と労働の間の分配率が一定となるという結果が得られる理由である。だから、近年の世界経済のように海外への投資が活発になっている状況では、労働分配率が一定になるとは期待できない。なぜなら、所得が賃金と資本に分配されると考えるのは、所得を得るためには労働と資本の両方が必要だからだ。
 しかし、海外から得られる財産所得は国内の労働を必要としない。例えば海外子会社から得られる配当が、日本にある本社で海外戦略を担っているような部門で働く人達の賃金に反映されることはあるだろうが、国内の工場などで働く人達の賃金にも分配されるとは考え難い。
 今後対外投資を拡大することで海外からの所得が増え、日本全体としては所得の増え方が速くなるはずだ。しかし、対外資産から得た所得が普通の労働者に賃金として分配されるとは考えにくく、国民所得の伸びを賃金の伸びが下回って、国民所得の中で賃金に分配される比率である労働分配率は低下していく可能性が高いだろう。
 大幅な経常収支黒字を続けているドイツなどを除けば、先進国の多くはそれほど大きな経常収支黒字を出しているわけではない。とくに米国は経常収支の赤字が続いていて、対外債務が対外資産を上回る純債務国になっているにもかかわらず、第一次所得収支は黒字が続いている。
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政府債務の拡大も所得格差を拡大する一因

 政府債務が拡大していくことが、所得格差に及ぼす影響も懸念される。国債の残高が増えるとそれだけ家計の金融資産も増えることになるが、富裕層ほど多くの金融資産を増加させることになるからだ。
 財政破たんのリスクが高まれば、国債の金利は高くなるはずで、税で吸い上げられた所得が相対的に多くの国債を保有している富裕層により多く利子所得として分配されることになる。累進的な所得税制度がある財政には所得再分配機能があるはずだが、格差を抑制する効果は弱まってしまうのではないか。
 子、孫と子孫が遺産を分割していくので大金持ちの資産は分散して行き、貧しい人達も資産を蓄積して豊かになって、両者ともに平均に回帰すると期待したい。しかし親の成功の結果は普通に考えられているよりも長く子孫に受け継がれているようだ。グレゴリー・クラーク(1957-)が各国の長期に渡る苗字と職業や所得との関係を研究したところでは、社会階層間の移動は意外に遅いという。
 例えば社会の流動性が高いと考えられているスウェーデンですら、医者や法曹界などで特定の姓が人口中の比率よりも長期にわたって高い比率を維持しているという。相続などを通じて世代を超えて格差が固定化されて、どこかで限界を超え、大きな社会的な混乱を引き起こしてしまうのではないだろうか。
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2017年09月21日

政府債務の拡大も所得格差を拡大する一因

 政府債務が拡大していくことが、所得格差に及ぼす影響も懸念される。国債の残高が増えるとそれだけ家計の金融資産も増えることになるが、富裕層ほど多くの金融資産を増加させることになるからだ。
 財政破たんのリスクが高まれば、国債の金利は高くなるはずで、税で吸い上げられた所得が相対的に多くの国債を保有している富裕層により多く利子所得として分配されることになる。累進的な所得税制度がある財政には所得再分配機能があるはずだが、格差を抑制する効果は弱まってしまうのではないか。
 子、孫と子孫が遺産を分割していくので大金持ちの資産は分散して行き、貧しい人達も資産を蓄積して豊かになって、両者ともに平均に回帰すると期待したい。しかし親の成功の結果は普通に考えられているよりも長く子孫に受け継がれているようだ。グレゴリー・クラーク(1957-)が各国の長期に渡る苗字と職業や所得との関係を研究したところでは、社会階層間の移動は意外に遅いという。
 例えば社会の流動性が高いと考えられているスウェーデンですら、医者や法曹界などで特定の姓が人口中の比率よりも長期にわたって高い比率を維持しているという。相続などを通じて世代を超えて格差が固定化されて、どこかで限界を超え、大きな社会的な混乱を引き起こしてしまうのではないだろうか。
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2017年09月19日

労働分配率の低下による相乗効果

 経済が発展していく原動力は、資本の蓄積と人口の増加、そして技術進歩だ。一見、経済が発展してビルや工場の設備などの資本が増えていくと国民所得から資本への分配が増えてしまい賃金が圧迫されそうにみえる。しかし、ニコラス・カルドア(1908-1986)は経済成長について長期的に観察される事実として、国民所得の労働と資本に対する分配率はほぼ一定だということを指摘している。
 教科書で習うコブ・ダグラス型の生産関数では、市場原理が働けば、資本の蓄積が進むと資本収益率が低下して労働分配率は一定に保たれる。技術進歩があれば、労働の取り分も資本の取り分も拡大することが可能になる。
しかし、現実の経済がこのように都合のよい生産関数の形をしているとは限らないし、不完全競争の世界では企業と労働者が共有する余剰の分配は交渉力次第ということもある。現在の社会は資本家と労働者という2つの階級に分裂しているわけではないが、それでも労働分配率が上昇すれば所得格差は縮小するということは変わらない。
 逆に労働分配率が低下していくと、資産家は大きな財産所得を得るので速いスピードでさらに資産を増やして行くのに対して、元々資産が少なく勤労所得だけが主な収入源となっている人たちは資産の蓄積速度が遅くなる。資産格差と所得格差の相互作用で格差は雪だるま式に拡大してしまう恐れがある。
 日本銀行の資金循環統計では2014年度末の家計部門の金融資産残高は約1700兆円だから、世帯数を約5000万世帯とすると一世帯当たりの金融資産は3000万円以上にもなる。しかし、家計調査での平均貯蓄額は1798万円に過ぎず、資金循環統計から求めた平均貯蓄額とは大きな差がある。
 これは資金循環統計には個人企業の金融資産などが含まれているということだけではなく、家計調査の調査対象サンプルに含まれたかった著しい大金持ちが少数だがいるからだ。
 さらに言えば、家計調査による貯蓄保有額の中央値(貯蓄額の順に並べたときにちょうど真ん中の世帯の保有額)は1052万円に過ぎず、分布はかなり偏っている。
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2017年09月18日

貧困層の増大を直視すれば、新たな締め出し・締め付けなど本末転倒! 貧困層の増大を直視すれば、新たな締め出し・締め付けなど本末転倒!

 生活保護見直しが議論されているが、前提が間違っている。保護費の膨張に歯止めをかけることが狙いだという前提だ。生活保護受給者が213万人を超えたという事態をどう見るのか。貧困層が増えている証しだ。それだけにとどまらない。
 「受給資格があるのに受けていない人はその3〜5倍もいるとされる」
 「保護を要する生活レベルなのに、利用世帯は約3割にとどまるという統計もある」
 「(保護)対象者のうち実際の利用者の割合を示す『補足率』は20%にすぎないと言われる。」
 「欧州諸国の5〜9%と比べて1・6%の生活保護利用率しかないなど必要な人が利用できていない」
 言い方はさまざまだが、生活保護が必要な世帯・人は受給者の3倍は存在していて、しかも増えている。
この現実、貧困層の増大こそ前提として見直すべきなのだ。
 「日本では急速に貧困層が拡大している。現実を直視し、貧困の固定化を防ぐ対策を打たなければ生活保護の肥大化に歯止めをかけることはできない。基準の切り下げだけでは何の解決にもならない」(京都新聞)
「不正は許されないが、一部に問題があるからといって引き締めを強めれば、必要とする人がますます受けにくくなる。1月に札幌市白石区で孤立死した40代姉妹のように、行政や社会との接点を失う人が増えかねない。見直しには慎重さが欠かせない」
 「自立しても、すぐに生活保護に逆戻りすることがあってはならない。求められるのは、生活保護を含めた貧困対策の拡充だ。実質的な収入増になるよう低家賃の住居の提供や、最低賃金の引き上げなど国、自治体、企業が対策を張り巡らさなければならない」(北海道新聞)
 「心配なのは過度な締め付けにより、本当に保護が必要な人まで制度の外に置かれる恐れがあることだ。『最後のセーフティーネット(安全網)』としての機能を損なわないようにしなければならない」「全国各地で餓死や孤立死が相次ぎ、社会問題化した。保護相談の窓口を3度も訪れながら、受給を断念した40代の姉妹が亡くなった。…困窮者の一部にしか、救いの手が届いていない実態をうかがわせる。」(新潟日報)
 「留意したいのはどんなに適正化しても、それで貧困問題の解決にはならないことだ。締め付けが行き過ぎれば、かえって社会保障の最後のセーフティーネット(安全網)さえ機能不全に陥る恐れがある。むしろ、いかに生活保護から脱してもらうか、自立支援にこそ力を入れるべきだ」
 「生活保護を受けることに負い目を感じる人が申請を控えかねないとの指摘がある。もっともだ」
 「適正化は当然だが、真に助けが必要な人を見捨てない仕組みづくりを優先する社会の方が望ましくはあるまいか。やむを得ない事情で生活に困る人がいる現実を見据え、安定生活を保障する対策を講じることこそが求められよう」 (愛媛新聞)
 「救うべき人を放置したまま支給水準を切り下げれば、日本弁護士連合会も危惧するように、際限のない引き下げにつながりかねない」(中国新聞)
 そもそも、生活保護受給者が213万人を超え、さらに貧困層が拡大している原因は何か。
 「生活保護受給者は今年6月時点で211万5千人に上る。戦後の混乱期にも200万人を超えていたが、経済成長に伴い減少。それが増加に転じたのは1995年からで、リーマン・ショックによって現役世代の受給も急増した。日本経済の停滞と軌を一にしている。非正規雇用が増え、失業が生活困窮に直結する社会では、生活保護は多くの国民にとって身近な問題だ」(琉球新報)
 「今問題なのは雇用の悪化や非正規雇用の広がりで、『働きたくても働けずに困っている』現役世代の受給者の増加だ。高齢や病気でなく働ける人が約四十万人いると推計されている。就労への支援が最も求められている」(東京新聞)
 「経済状況の悪化と、そのもとで人減らし・リストラをすすめてきた政府・大企業の責任です。
働く場を奪っておいて、『就労』を強い、不熱心だから保護を厳しくするというのは本末転倒です」(赤旗)
という見方も一理ある。
 大企業に対して、雇用を守る社会的責任を果たさせることも政治の責任としてやるべきだ。
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グローバル化による格差拡大を知らなければ貧困に陥る !

 日本は世界一成功した社会主義国家と言われる。社会主義と言うと聞こえは悪いが、中間層が太く、教育、医療、インフラが素晴らしく、いろいろな規制は厳しいと言う国である。
 バブル崩壊まではJapan as Number Oneと言われ、世界中に日本製品を輸出し、日本国内も強烈に経済発展してきた。しかし、小泉政権以降、グローバル化に舵を切り、いろんな規制を緩和していった。
 この規制緩和によって過度な競争が生まれ、必要以上に値段が下がり、労働者が徹底的に搾取される構図ができあがった。長時間労働、パワハラ、セクハラ、過重労働で何人の人たちが辛い思いをしていることか。
 グローバル化によって格差はどんどん広がり多くが貧困に陥ることになってきた。グローバル化をひた走っているのはアメリカだが、アメリカの格差は強烈だ。格差を示す係数としてジニ係数がある。これは格差が大きいほど数字が大きくなる。アメリカ、南米、アフリカ、中国あたりは格差が大きい。ヨーロッパ、オーストラリア、日本は格差が比較的小さいが、日本は格差が大きい枠にしばらくすれば入ることになる。理由はTPPなどのグローバル化を推進しているからである。
 グローバル化を推進すると、なぜ格差が広がるかが疑問に思うはず。それはグローバル化とは国と国との堺(境界)をなくし、相互にあらゆる面で移動できるようにするからなのだ。関税がなくなり、世界標準の法律に変更されるので、人件費が安い場所で製品を作れば作るほど利益が出る。以前は中国だったが、今後はアセアン、そして南米やアフリカへと製造国は変わっている。中国は世界の工場と言われるまでに成長した。この成長によって中国人の多くは、給与と資産が爆発的に増えた。その代り先進国の人間の賃金が下がり貧困化してしまった。
 今後の大きな流れとしては、今まで発展途上国と言われていた国の労働者の賃金が上がり、先進国の日本やアメリカなどの国の労働者の賃金はさらに下がるか、賃金が低い人が増えていく。TPPによって法律が規制緩和され、いつでもリストラできる体制になる。解雇規制が緩和されるので、米国のようにいつでもリストラされる環境がさらに進む。大手企業に勤めていようが、中小企業に勤めていようが、企業の利益が危ぶまれると真っ先に削られるのは広告費と人件費なのだ。削られる人件費としては、派遣社員・アルバイト切り、賞与カット、次に正社員で給与が高く中高年の年齢、そして使えない若い人たちと言った順番だ。酷い貧困がますます増えることになる。
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2017年09月17日

グローバル化による格差拡大を知らなければ貧困に陥る !

 日本は世界一成功した社会主義国家と言われる。社会主義と言うと聞こえは悪いが、中間層が太く、教育、医療、インフラが素晴らしく、いろいろな規制は厳しいと言う国である。
 バブル崩壊まではJapan as Number Oneと言われ、世界中に日本製品を輸出し、日本国内も強烈に経済発展してきた。しかし、小泉政権以降、グローバル化に舵を切り、いろんな規制を緩和していった。
 この規制緩和によって過度な競争が生まれ、必要以上に値段が下がり、労働者が徹底的に搾取される構図ができあがった。長時間労働、パワハラ、セクハラ、過重労働で何人の人たちが辛い思いをしていることか。
 グローバル化によって格差はどんどん広がり多くが貧困に陥ることになってきた。グローバル化をひた走っているのはアメリカだが、アメリカの格差は強烈だ。格差を示す係数としてジニ係数がある。これは格差が大きいほど数字が大きくなる。アメリカ、南米、アフリカ、中国あたりは格差が大きい。ヨーロッパ、オーストラリア、日本は格差が比較的小さいが、日本は格差が大きい枠にしばらくすれば入ることになる。理由はTPPなどのグローバル化を推進しているからである。
 グローバル化を推進すると、なぜ格差が広がるかが疑問に思うはず。それはグローバル化とは国と国との堺(境界)をなくし、相互にあらゆる面で移動できるようにするからなのだ。関税がなくなり、世界標準の法律に変更されるので、人件費が安い場所で製品を作れば作るほど利益が出る。以前は中国だったが、今後はアセアン、そして南米やアフリカへと製造国は変わっている。中国は世界の工場と言われるまでに成長した。この成長によって中国人の多くは、給与と資産が爆発的に増えた。その代り先進国の人間の賃金が下がり貧困化してしまった。
 今後の大きな流れとしては、今まで発展途上国と言われていた国の労働者の賃金が上がり、先進国の日本やアメリカなどの国の労働者の賃金はさらに下がるか、賃金が低い人が増えていく。TPPによって法律が規制緩和され、いつでもリストラできる体制になる。解雇規制が緩和されるので、米国のようにいつでもリストラされる環境がさらに進む。大手企業に勤めていようが、中小企業に勤めていようが、企業の利益が危ぶまれると真っ先に削られるのは広告費と人件費なのだ。削られる人件費としては、派遣社員・アルバイト切り、賞与カット、次に正社員で給与が高く中高年の年齢、そして使えない若い人たちと言った順番だ。酷い貧困がますます増えることになる。
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生活保護担当職員の専門性向上を求める

 現状の生活保護制度は、明らかに不備が多すぎて、全肯定はまるでできない。現状の社会のリソースを考えると遠大で非現実な理想論にも思えてしまうが、願わくばまず生活保護の担当職員の専門性向上、そして医療との連携で、貧困当事者を「扶助」ではなく「治癒」に導く積極性が欲しい。
 連携する医療とは、心に抱えた見えない痛み(脳の機能阻害状態)をケアする医療であって、まずはその痛みを医学的に可視化し、病名診断すること。さらにここでも「対症ではなく治癒」を目指した医療。同時に見えない傷の治癒具合を可視化することもまた必要で、本人の意思だけではなく、明確な診断基準をもって「この人はそろそろ就労可能」と判断できるようになること。つまり「貧困者の医学的エビデンス」だ。この基準が科学的でなく現場の専門性のない職員の判断のみが基準なら、それこそ不正受給問題なども本質的に解決はしない
 貧困と脳のトラブルに関連性があるならば、希望もある。基本的に人間の脳神経細胞とは一度壊れてしまえば不可逆(元には戻らない)とされているが、脳には壊れた部分をほかの細胞が補っていく機能が備わっていて、機能的には「可逆性」があり、人の脳は発達し続ける器官だからだ。
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2017年09月16日

生活保護担当職員の専門性向上を求める

 現状の生活保護制度は、明らかに不備が多すぎて、全肯定はまるでできない。現状の社会のリソースを考えると遠大で非現実な理想論にも思えてしまうが、願わくばまず生活保護の担当職員の専門性向上、そして医療との連携で、貧困当事者を「扶助」ではなく「治癒」に導く積極性が欲しい。
 連携する医療とは、心に抱えた見えない痛み(脳の機能阻害状態)をケアする医療であって、まずはその痛みを医学的に可視化し、病名診断すること。さらにここでも「対症ではなく治癒」を目指した医療。同時に見えない傷の治癒具合を可視化することもまた必要で、本人の意思だけではなく、明確な診断基準をもって「この人はそろそろ就労可能」と判断できるようになること。つまり「貧困者の医学的エビデンス」だ。この基準が科学的でなく現場の専門性のない職員の判断のみが基準なら、それこそ不正受給問題なども本質的に解決はしない
 貧困と脳のトラブルに関連性があるならば、希望もある。基本的に人間の脳神経細胞とは一度壊れてしまえば不可逆(元には戻らない)とされているが、脳には壊れた部分をほかの細胞が補っていく機能が備わっていて、機能的には「可逆性」があり、人の脳は発達し続ける器官だからだ。
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2017年09月15日

精神科医は貧困問題にも知識を持つべき

 精神科に救いを求める=心に痛みを抱えた状態は、常に失職や収入の喪失と相関性がある。ならば本来、精神科医は心の痛みに対する対症療法のみならず、根本的にその心の痛みの原因を取り除く医療や、患者の就業や所得の状態に興味を持って欲しいし、貧困問題にだってある程度の知識があるべきではないのか。ソーシャルワーカーにつなぐルートや、生活保護申請のノウハウなども知っているべきだ。
 願わくば、投薬以外のカウンセリングについても、保険適用の医療であって欲しい。現状で保険が利くカウンセリング的医療は認知行動療法などに限定されているが、鬱が国民病とまで言われる中、対症療法が中心というのはどうにも腑に落ちない。
 精神科とは、本来、貧困当事者のワン・ストップ・サービスを提供する場にもなるはずのポジションなのだ。さすがに「生活保護の申請はハローワークへ」などと思っている医師は特殊かもしれないが、現状貧困の当事者にとって精神科医療がなせていることはあまりにも少なく感じてならない。
 加えてもう1つ言及したい。まず生活保護の申請段階について。メンタルにトラブルを抱えた者が生活保護の申請をすると、申請段階でメンタルの状態が一段階、いや、数段階悪化するようなケースがいくつもある。そこで行われていることは、おそらく生傷=トラウマ記憶のほじくり返しだ。心に傷を残すような過酷な体験をした結果、貧困に陥った人々にとって、その体験を思い出し、聞き出され、他人に語るということは、被害の追体験にほかならない。パニックを抱えた当事者にとって、自分のつらい記憶を思い出し、かつ現状の窮状を体系立てて話すことが、いかに苦痛を伴い困難なことなのか。
 心に大きな傷を抱えた者に過去の聞き込みをすることは、そのことが原因で当事者が死んでしまえばそれは間接的な殺人にもなりかねない危険な行為だ。にもかかわらず、かねてから生活保護のケースワーカーは、新卒公務員が配属される「外れ部署」だったり、「修業の場」化しているというのは、すでに多くの報道などでも指摘され、現役のケースワーカーから何度も聞いている。。
 この生活保護の窓口セカンドレイプともいえる状況が当事者の苦しみしか生まないならば、生活保護のケースワーカーは、最低限の心理職の専門性を持つ人を配属するか、心理職と常に連携できる態勢であるべきなのではないか。
 心に抱えた見えない激痛が脳の機能阻害状態に起因するとして、たとえば同様のトラブルを抱えた脳卒中患者の脳の回復は、年単位の時間規模を要している。だとすれば回復に至るには、傷つけられてきた人生の長さよりはるかに長く、それを耐えてきた時間よりもはるかに長い時間が必要なのではないか。その期間を短縮するためにも、そこ必要なのは就労指導ではなく医療的ケアだ。すべてのタイミングが、環境が、狂っていたように思えてならないのだ。
 かかるべき精神科を間違え、専門性の低いケースワーカーが心の傷を悪化させ、誤ったタイミングの就労指導で最終的に倒れることで、本来、そこそこの就労能力を有していたはずの患者の社会復帰は、大きく先延ばしされることとなる。何という損失だろうか。
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2017年09月14日

日本の貧困線=生活保護基準?

 生活保護改革が行われている。保護基準を下げ、受給に係わる罰則規定を盛り込む、生活保護受給を絞るための改悪、これが官僚、シロアリ族のシナリオだと見抜かなければならない。 思慮浅い愚かな厚労大臣は官僚の思う壺にはまって反応をする。このシロアリ族の思うがままに反応する。
 日本社会は産業の空洞化、仕事が減っている。年功序列の名残の中で高齢者が相対的に裕福、預金もこの層に集中しているが、子育て中、結婚をしたい若い世代は不安定雇用、失業、あるいは正規雇用を失わないため、命を削る程の過酷な労働である。それでもやっとやっとの家計である。
 家族に病人がいればどうなるか、自分の健康も危うい放射能禍の日本。がれき処理で全国に広く放射能を運びこむのだから、日本国民1億2500万人総被爆の危機である。国民の生活は風前の灯なのに、官房機密費に繰られたマスコミは煽りたてる。
 しかし貧困は惨めで、人に無力感を生じさせる。貧困が蔓延すればマンパワーも国力も落ちる。日本経済を考えても、生活保護のお金はすぐに食費、住宅費などに消費される。厚生次官だった人は、退職後1人で10億も税金から支払われる。
 家計に税金を入れることをばら撒きと言うが、そうではない。自分達が受け取る官房機密費こそばらまきである。貧しい家計に税金を入れることは、いやでも食べ物、子供の衣服など消費に直結である。経済は活性化する。
 西欧福祉国家の限界は2つ、1つは財政肥大。似通った保護政策、業界保護などの既得権益者、シロアリ族飼育費の増大である。もう1が不平等を是正するための福祉給付(生活保護など)が、その制度の受給者に対する社会的な「非『承認』」を生じて使われないというジレンマ(生活保護制度を受給する惨めさこそそれだ)である。
 この2つの限界を越えようとするのではなく、時代を逆行してシロアリ飼育費を守り、生活保護受給者への反感や「非『承認』」を増大させ、国民を騙して、まさに福祉国家の悪弊に戻る。これは破滅への道であって、自分達の利益だけを守るため、シロアリ飼育費を確保する為の策謀である。
 大切なのは国民を貧困から守ることではないか。それが国家の存在理由であろう。危機の時代の社会保障は、貧困政策を中軸に据えた、貧困に陥ったら遠慮なく使い、脱貧困することのできる社会保障、そのような社会を創るひつようがある。国民の消費を促し、経済を廻し、産業を促す。そのために家計に細かく税金を入れるべきではないか。
 シロアリ族はどれほどの税金を浪費しているか、それをはじき出すのが構造改革だ。それを国民の庶民感情に根を持つ恥を煽り、「税金からただで生活費をもらっている」と。自分たちは1人でその数百倍、みんなでその数千倍も税金を大きな顔で持って行く。
 生活保護基準は日本の貧困線である。これを下げるには国民的議論が必要である。貧乏はその人の道徳観とは別の所からもやって来る。事故、病気、失業、運の悪さ。ワーキングプアは日本中に溢れ、子供たちも貧困に陥る可能性は高い。どうすべきなのか。
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2017年09月13日

グローバル化は滅亡への道 5

 E 実は、グローバル化は非効率
 グローバル化により人、モノ、カネの資源が最適に配分されることは効率的である。その考えは正しいようですが穴がある。貿易や旅行により大量の物資や人員が地球を駆け巡わることになる。そこに膨大なエネルギーのロスがあるのだ。地産地消という考え方であれば、莫大なエネルギーを使って世界中の物資を運搬する必要はない。もちろん、ごく限られた地域でしか採取できない資源もあるだろうから、そのような資源の移動はやむを得ないかもしれない。しかし、消費財をなぜ外国で生産しなければならないのか。なぜわざわざ中国やインドネシアで生産しなければならないのか。それは為替レートに起因している。為替の関係から途上国で生産したほうが金銭的なコスト収支が有利だからなのである。使用されるエネルギー収支から言えば、実際には余計にエネルギーを浪費している。
 つまりグローバル化のメリットは為替の差による「人件費コスト」を利用しているに過ぎないのだ。為替差を利用して途上国の労働力を安く利用すること(搾取)がグローバリズムの本質であり、為替差のポテンシャルを食いつぶせばやがて為替差はなくなる。だから先進国は生産拠点を中国からベトナムへ、そしてさらに貧しい国へと移動しながら、為替差のポテンシャルを食いつぶす。そのたびに途上国の環境を破壊し、貧富の格差を広げて社会問題を引き起こすのだ。ただ「カネのためだけに」。グローバル化に未来はない。
 F 相互依存から自助自立へ〜脱グローバル化
 グローバル化がまったくダメというのではない。現実的には国際分業や貿易が不可欠なものであることは確かなのだ。しかし、グローバル化は目指すべき理想の社会ではない。新自由主義のように、何でもすべてグローバル化、グローバル化神聖主義のような考えに陥ることなく、グローバル化を冷静に見つめることがひつようなのである。冷静に考えれば、何でもすべてグローバル化ありきではなく、必要に応じたグローバル化、適切な範囲でのグローバル化という視点を手に入れることができるかが問題になってくる。
 それこそがバランスのとれた世界経済の仕組みを構築する上で不可欠なことなのかもしれない。
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グローバル化は滅亡への道 4

D グローバル化は適応しすぎて滅亡した古代生物に例えらる
 仮にすべての国が友好的で世界が平和になったとしたら、グローバル経済はすばらしい経済体制なのだろうか。それは違っている。世界分業ということは、生産地域が偏在することを意味するのだ。生産地域が偏在した場合、その地域の生産が何らかの理由で不可能になった場合、その影響は全世界に広がる。たとえば穀物の生産をアメリカに依存していたとして、アメリカが大干ばつに襲われて穀物がほとんど収穫できなかったらどうなるか。当然、アメリカはアメリカ国民のために穀物を使い、輸出は完全に途絶えるはずだ。そうなれば穀物をアメリカに依存していた国は大量の餓死者を出すことになってくる。もし、経済効率を優先するのではなく、すべての国々で食糧自給率を高い状態に維持していたなら、アメリカの大干ばつの影響は最小限に抑えることができる。
 高度に分業化された社会は効率的で高い生産性を有するのだが、ひとたび何かがあると悪影響は連鎖的に全世界に広がり、経済はたちどころに瓦解してしまう。それはまるで環境に適応しすぎて絶滅した古代生物に例えられるのだ。アンモナイトや恐竜といった古代生物は、進化の過程で無駄な機能を次々に捨て、生存のための最高の効率を手に入れた。このためアンモナイトや恐竜は爆発的に繁栄したが、その後、一気に絶滅している。なぜなら、無駄をすべて捨てたがために、環境が激変したとき、もはやそれに適合する能力を失っていたのだ。効率優先は「大繁栄か絶滅か」というまるでギャンブルのような行為なのである。効率化すれば良いとは限らないのだ。
 つまりグローバル化は最高の効率を求め続け、その結果、内部に巨大な「滅亡へのリスク」を抱え込むことになる。
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2017年09月12日

グローバル化は滅亡への道 4

D グローバル化は適応しすぎて滅亡した古代生物に例えらる
 仮にすべての国が友好的で世界が平和になったとしたら、グローバル経済はすばらしい経済体制なのだろうか。それは違っている。世界分業ということは、生産地域が偏在することを意味するのだ。生産地域が偏在した場合、その地域の生産が何らかの理由で不可能になった場合、その影響は全世界に広がる。たとえば穀物の生産をアメリカに依存していたとして、アメリカが大干ばつに襲われて穀物がほとんど収穫できなかったらどうなるか。当然、アメリカはアメリカ国民のために穀物を使い、輸出は完全に途絶えるはずだ。そうなれば穀物をアメリカに依存していた国は大量の餓死者を出すことになってくる。もし、経済効率を優先するのではなく、すべての国々で食糧自給率を高い状態に維持していたなら、アメリカの大干ばつの影響は最小限に抑えることができる。
 高度に分業化された社会は効率的で高い生産性を有するのだが、ひとたび何かがあると悪影響は連鎖的に全世界に広がり、経済はたちどころに瓦解してしまう。それはまるで環境に適応しすぎて絶滅した古代生物に例えられるのだ。アンモナイトや恐竜といった古代生物は、進化の過程で無駄な機能を次々に捨て、生存のための最高の効率を手に入れた。このためアンモナイトや恐竜は爆発的に繁栄したが、その後、一気に絶滅している。なぜなら、無駄をすべて捨てたがために、環境が激変したとき、もはやそれに適合する能力を失っていたのだ。効率優先は「大繁栄か絶滅か」というまるでギャンブルのような行為なのである。効率化すれば良いとは限らないのだ。
 つまりグローバル化は最高の効率を求め続け、その結果、内部に巨大な「滅亡へのリスク」を抱え込むことになる。
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2017年09月11日

グローバル化は滅亡への道 3

 B 産業の空洞化による先進国の格差拡大
 グローバル化は途上国の社会にゆがみをもたらすだけではない。コストを安く生産する目的で多くの先進国では工場が途上国に移転し、産業の空洞化をもたらした。それは先進国の人々から多くの雇用を奪う結果となり、深刻な失業問題と貧富の格差を引き起こした。欧州ではサブプライムローン・バブル崩壊後のデフレ不況も相まって失業率が20%を超える国もあり、さらにコストダウンのために外国人労働者の雇用が増加することで移民との間で対立が発生し、暴動すら引き起こしている。もちろん移民はグローバル化だ。グローバル化は資本の移動だけでなく、人の移動も推進しているからである。そして移民の中にはテロに走る若者も現れ治安は悪化し、社会の質は確実に損なわれている。グローバル化はヨーロッパに幸福をもたらしてはいない。
 C 相互依存による経済の不安定化
 グローバル化により相互依存が進むと、個々の国はそれ単体では生存できなくなる。例えば穀物は生産性の高いアメリカが圧倒的なシェアを占めている。多くの国々は自国で穀物を生産するのではなく、アメリカから穀物を輸入している。このような状況では、アメリカがもし、ある国に穀物の輸出を行わないと恫喝すれば、その国はアメリカの要求に従わざるを得ない弱い立場に立たされる。最近では中国がレアメタルで同様のことを行ったのは記憶に新しいところだ。これらの物質は「戦略物資」と呼ばれている。グローバル経済は生産性が高い一方、経済を他国に依存することになるため、立場は弱く、不安定なものになる。
 グローバル経済はすべての国が友好で、世界が平和でなければ成立しない。ところが世界はとてもそんな状況にはない。どの国も自国の利益を最大化しようとしのぎを削っており、しかも紛争が絶えることはない。そんな状態で経済のみがグローバル化し、食糧やエネルギー資源など国民の生命に関わる重要な商品をすべて輸入に依存するようになることは、極めてリスクが高い。
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グローバル化は滅亡への道 2

 A 深刻な途上国の環境破壊
 グローバル化は深刻な環境破壊も引き起こしている。先進諸国では環境保護に関する法律が整備され、今や公害や環境破壊に直接悩まされることはない。そのために多くの人々が公害問題に鈍感になっているが、実際には世界中で環境破壊が凄まじい速度で進んでいる。その環境破壊と引き換えに得られた資源が先進国に輸出され、消費社会を支えているという現実がある。本来はジャーナリズムがもっと伝えるべき途上国のグローバル化による悲惨な環境破壊の実態は、先進国ではほとんど忘れられているのだ。
 アフリカで素朴に暮らしていた人々は、先進国から持ち込まれる目のくらむような消費財に心を奪われて、それを手に入れるためにカネを欲しがり、その地下に資源があるとなれば、先祖伝来の土地を売ってカネを得る。それで一時的に豊かになれるが、生活の基盤だった土地を追われ、日々の糧を得るため鉱山労働者としてわずかのカネで雇われる賃金奴隷となる。そこにはもはや民族の誇りも伝統文化もある。残されたのは先進国から持ち込まれた拝金主義という新たな異教だけなのだ。
 やがて環境は開発で破壊される。途上国は環境保護の規制などあってないようなもの。アマゾンの熱帯雨林はどんどん伐採され、木材は輸出され、農地には単一の商品作物が大規模に栽培される。鉱山を開発すれば有害な物質がどんどん出る。そして環境破壊の代償として得られた貴重な資源は次々に先進国へ運ばれ、消費され、大量のゴミとなる。そしてゴミもまた途上国に持ち込まれる。
 また卑近な例では中国の環境破壊、公害問題がある。グローバル社会では「中国の高い経済成長が世界経済を牽引した」などと中国を高く評価するが、その高い経済成長は環境の破壊を前提としており、これを高く評価するグローバル社会は偽善ではないか。こうした中国の環境破壊はグローバル社会も当初から予測可能だったはずである。なぜ問題が深刻化するまで放置したのか。それはまさにグローバル経済の性格を如実に表している。カネがすべてなのである。
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2017年09月10日

グローバル化は滅亡への道 2

 A 深刻な途上国の環境破壊
 グローバル化は深刻な環境破壊も引き起こしている。先進諸国では環境保護に関する法律が整備され、今や公害や環境破壊に直接悩まされることはない。そのために多くの人々が公害問題に鈍感になっているが、実際には世界中で環境破壊が凄まじい速度で進んでいる。その環境破壊と引き換えに得られた資源が先進国に輸出され、消費社会を支えているという現実がある。本来はジャーナリズムがもっと伝えるべき途上国のグローバル化による悲惨な環境破壊の実態は、先進国ではほとんど忘れられているのだ。
 アフリカで素朴に暮らしていた人々は、先進国から持ち込まれる目のくらむような消費財に心を奪われて、それを手に入れるためにカネを欲しがり、その地下に資源があるとなれば、先祖伝来の土地を売ってカネを得る。それで一時的に豊かになれるが、生活の基盤だった土地を追われ、日々の糧を得るため鉱山労働者としてわずかのカネで雇われる賃金奴隷となる。そこにはもはや民族の誇りも伝統文化もある。残されたのは先進国から持ち込まれた拝金主義という新たな異教だけなのだ。
 やがて環境は開発で破壊される。途上国は環境保護の規制などあってないようなもの。アマゾンの熱帯雨林はどんどん伐採され、木材は輸出され、農地には単一の商品作物が大規模に栽培される。鉱山を開発すれば有害な物質がどんどん出る。そして環境破壊の代償として得られた貴重な資源は次々に先進国へ運ばれ、消費され、大量のゴミとなる。そしてゴミもまた途上国に持ち込まれる。
 また卑近な例では中国の環境破壊、公害問題がある。グローバル社会では「中国の高い経済成長が世界経済を牽引した」などと中国を高く評価するが、その高い経済成長は環境の破壊を前提としており、これを高く評価するグローバル社会は偽善ではないか。こうした中国の環境破壊はグローバル社会も当初から予測可能だったはずである。なぜ問題が深刻化するまで放置したのか。それはまさにグローバル経済の性格を如実に表している。カネがすべてなのである。
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2017年09月09日

グローバル化は滅亡への道 1

今日、主流といわれるエコノミストの多くは経済のグローバル化を当然のように受け入れ、何の疑いもなくグローバル化を推進している。彼らの主張は「グローバル化、とりわけ新自由主義と市場原理主義で世界中の資源が最適に配分され、より多くの富を生み出し、世界経済は発展する」というものだ。ところが実際にはその逆の現象が数多く報告され、疑問の声も挙がっている。グローバル化はユートピアをもたらすのか。
 経済のグローバル化による効果は、理論上、すばらしいものであるかに見える。自由貿易を行う複数の国が、互いに資源の過不足を補完し、より生産性の高い分野の生産を分担して行う「国際分業」は非常に効率的で生産性も高いことは間違いない。しかし生産性が高いからと言って、人々が豊かで幸福になるとは限らない。実際にはその逆のことが生じている。生産性が高くとも人々に不幸をもたらすのであれば、それは社会のシステムとして不適切なのだ。
 @ グローバル化が招く貧困問題
 確かに多くの途上国はグローバル化によって「国家としての経済成長」を遂げている。BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)はもちろん、その他の東南アジア諸国、アフリカでも高い成長を示している。しかしグローバル化は同時に途上国に深刻なインフレと貧富の格差をもたらした。2012年はアラブの春などと言われ、中東諸国の独裁政権が民衆の武力暴動により次々と打ち倒された年だが、この暴動の背景には貧富の格差の問題がある。グローバル化の波に乗り、経済成長した中東の国々で貧富の格差が許容範囲を超え、多くの人々の怒りを誘ったのだ。また成長著しい中国でも格差が拡大し、農村部では暴動が絶えず、開発で土地を奪われた農民が都市に溢れている。途上国の経済成長は人々に豊かさをもたらしたとは必ずしも言えない。豊かな人がますます豊かになり、貧しい人はますます貧しくなる。国の経済規模で見れば成長したかも知れないが、社会的な完成度としてはむしろ後退したと言えるのではないか。
 また、貧困がテロの温床になっているとはずいぶん昔から指摘されていることだが、それは解消されるどころか、グローバル化の進展した今日、ますます悪化している。つまりグローバル化による貧富の格差こそテロの温床ではないかと疑われる。グローバル化で資本の移動がどんどん行われるようになり、多くの途上国は経済成長のためという名目で、先進国からの莫大な債務を抱えるようになった。先進国から借金することで利益を得るのは一部の人々であっても、債務の返済のためにおカネを払うのは多くの庶民なのだ。その返済のために人々の貧困化に拍車がかかっている。たとえばある途上国では先進国からの債務の支払が滞ったために公共事業としての水道事業を外資に売り払う羽目になり、水道料金が引き上げられて暴動が発生している。このような途上国における格差の問題は中東のみならず、世界のすべての途上国に共通する社会問題と言えるう。
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2017年09月08日

日本の貧困対策がどれほど貧困かよく分かる数字

 生活保護に充てる予算はどのくらいか、GDPにしめる生活保護費の比率を見てみよう。
 OECD加盟国平均2.4%
 アメリカ3.7%
 イギリス4.1%
 ドイツ2.0%
 フランス2.0%
 日本0.3%
 日本はOECD加盟国の中でも生活保護費の占める割合はGDP比率が0.3%と極端に低いのだから、これで国家財政が圧迫されて破産するとは考えられない。国が国民の最低限の生活をしっかり支えようということにいかに不熱心かわかる数字だと思う。その上、追い打ちをかけるように消費税増税してさらに貧困者の負担を増大させ、その一方で法人税減税して大企業ばかりますます肥え太る・・・。こういう政治が国民を幸せにするとはとても思えない。
 さて一方の国民のほうはというと、自力で生きていけない人たちを国や政府は助けるべきだとは思わないと言う人が日本では3人に1人以上もいることがアンケートでわかった。
 日本 38%
 アメリカ 28%
 イギリス 8%
 フランス 8%
 ドイツ 7%
  中国 9%
 インド 8%
 日本は何という生きにくい国なのだろうか。「人様に迷惑をかけるな」という日本的な美徳は、度が過ぎれば他人に冷酷であることの裏返しでもあるのだ。
posted by GHQ/HOGO at 06:59| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする