2020年04月23日

絶対的貧困と相対的貧困−「子供の貧困」 どう可視化・共有化するか?

 貧困の概念には、「絶対的貧困」と「相対的貧困」の2つがあることはよく知られている。世界銀行によると、前者は2008年時点の購買力平価換算で1日当たりの生活費が1.25ドル未満の状態を指し、世界中で約14億人が該当するという。主として途上国にみられる貧困である。後者は、OECD等では各国の等価可処分所得の中央値の50%以下で暮らすこととされ、主に先進諸国における経済格差に基づく貧困だ。ここでは2つの貧困状態における「子供の貧困」を取り上げる。
 絶対的な子供の貧困では、安全な水や栄養のある食糧の確保、基礎的な教育環境の整備などが喫緊の課題だ。貧困に苦しむ世界の子供を支援しているNGOのWorld Visionのホームページには、『ソマリアでは、5000円で5歳未満の栄養不良の子供3人に、栄養価の高い食料を1ヵ月分支援できます』と、具体的な支援効果が記載されている。ある意味、その貧困の状況は、多くの人にとって直感的に理解でき、支援の手も差し伸べやすいかもしれない。
 一方、相対的な子供の貧困は、その状況があまり知られてはいない。たとえば日本の場合、国民1人当たりの平均年間所得は275万円(2012年実額)で絶対的には豊かだが、2012年の相対的貧困率は16.1%、子供の相対的貧困率(17歳以下)は16.3%と先進諸国の中でも極めて貧困率の高い国だ。果たして日本の子供の6人に1人が貧困状態にあるとの国民全体の認識はあるだろうか。
 先日、1人の中学生が私を訪ねてきた。学校の社会科の自由課題で「日本の子供の貧困」について調べているという。彼になぜそのテーマを選んだのかを聞くと、『日本は子供の貧困率が高い国だと本で読んだが、それが実感できない。その理由を考えてみたい』と話してくれた。この中学生の感想は、おそらく日本で暮らす多くの人が抱く感覚に近いだろう。そこにこの問題解決の難しさがある。
 日本社会では高校生が家庭の経済的事情で学校を中退した場合、将来的に安定的職業に就くことがとても難しくなる。それが世代を超えた貧困の連鎖を招くことにもつながる。相対的貧困とは経済面にとどまらず、いじめや虐待など社会の中に潜在化している場合も多く、教育、雇用、福祉等のさまざまな社会制度に基づき発生する複合的な精神的・文化的な窮乏状態だ。問題の所在や実態、因果関係、経済支援の直接効果などの把握は難しく、豊かな国ゆえの貧困問題とも言える。その解消のためには、まずは貧困の実態を可視化・共有化し、絡み合った課題を丁寧に解きほぐしつつ、1つひとつの支援策の改善効果を具体的に示す取り組みが求められているのである。


posted by GHQ/HOGO at 06:33| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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