2019年08月22日

世間体≠ニいう「見えない宗教」

 わたしたちが、生活保護の不正受給のような些末な事象を針小棒大に騒ぎ立てるのは、ヤングのいう2つのカオスに恒常的にさらされ不満や欠乏の感情が増大する中で、「かれら」が「自己犠牲として経験される労働」と「消費者の地位を脅かす金銭的不安」から免除されていると見なすからではないか。
 つまり、特権的なポジションを付与されていると早合点するがゆえに、それに見合う行動の制限とスティグマ(恥辱、汚名)を要求するのである。
 これは、いわばマジョリティとなった社会的つながりの希薄な個人が、自分自身が強いられている規範意識を基準点にするような形で、公的支援を受ける者の道徳的妥当性を吟味するといった、「個人による個人監視」に血道を上げる異様な世界である。
 別言すれば、世間体≠ニいう「見えない宗教」を中心教義に据える「宗教警察」のごとき振る舞いといえる。
posted by GHQ/HOGO at 07:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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