2019年08月12日

家族を一体化させた家庭責任の追求、家族の「落ち度」への集中的攻撃

 個体化させた個人を有責の構造上におくバッシングについてだが、個人の「落ち度」に対する集中的攻撃は、家族にも及ぶことが当たり前となり、家族関係を危機にさらし崩壊に導く事例がつたえられている。
 社会的引きこもりやニートにかんする理解でも、家庭環境や親の養育に責任があるとする回答が各種調査で多数を占める。個人責任というより家族を一体化させた家庭責任を追求する意識がきわだって強いように思われる。
 この傾向が歴史的に亢進させられてきたかどうかは検証を要するが、あたかも家族紐帯を運命共同体であるかように考え扱う社会感情が想像以上に強力になっていることは、おそらく事実と言えよう。
 これは少なくとも家族紐帯だけは社会紐帯の内で壊せぬ絆とみなされていることを意味するのだろうか。
posted by GHQ/HOGO at 06:12| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: