2019年08月03日

日本が培ってきた「企業主義的エートス」

 「福祉国家的エートス」などという社会心情がはたして存在するのか。
 そう思うのは日本では自然のことかもしれない。福祉国家という政治・社会体制に特有でふさわしくもある心性を想像しにくいからだ。とはいえ、制度文化という観念があるように、社会的諸制度の形成・存立が培ってきた心情や意識は現実に存在する。
 企業戦士という言葉が象徴する「企業主義的エートス」――それがどれだけのリアリティを持つかは別として――が、日本企業の制度文化に特徴的な心性を意味していたことは事実である。初芝電産島耕作の物語もNHK「プロジェクトX」(2000〜2005)の企業戦士サーガも、日本社会に特有の企業文化という地盤抜きでは生まれ得ないであろう心性を描出していた。
 それで、「福祉国家的エートス」のことである。年金生活を「退職・自由・ルネッサンス」と、解放の実現だと感じさせる制度(都留民子『失業しても幸せでいられる国』日本機関誌出版センター)や、何重ものセーフティネットによって失業を恐れずにすむ制度は、それにふさわしい心性を育てるに違いない。
 新自由主義化された社会では「怠け者を育てるしくみ」と悪しざまに言われるそれらの制度は、しかし、そこに暮らし働く人々の共同的心情に支えられて強固な制度基盤を持つようにみえる。「労働運動の図書館はコミューンの図書館となり、その自助基金は、健康保険や失業保険として社会保険制度に組み込まれて」ゆく(石原俊時『市民社会と労働者文化 スウェーデン福祉国家の社会的起源』木鐸社)共同・連帯と集権化との福祉国家体制のダイナミズムが矛盾を孕んでいたとしても、である。
 あるいは、協議経済とその思想的根拠である「生活形式」の民主主義とによってかたちづくられた「共同関係」が「開かれた不安定な均衡」であるとしても(小池直人『デンマーク 共同(サム)社会(フンズ)の歴史と思想』大月書店)だ。
posted by GHQ/HOGO at 05:59| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: