2018年12月24日

人口増加による貧困の警戒?

 21世紀の先進国は基本的に『人口減少社会』としての特徴を持ち、日本も少子高齢化・超高齢化が進んで財政負担が大きくなり、『社会保障の持続可能性+社会保障維持のための増税』が深刻な社会問題として認識されやすくなっている。
 ロバート・マルサスを嚆矢とする『人口学』では、その社会の人口支持力(人口を養う力)によって人口が増減すると考える。産業革命後の経済の近代化による飛躍的な生産力の上昇と雇用の増加・個人所得の上昇・平均学歴の低さ(子供の教育費の低さ)は、そのまま『社会の人口支持力の増加』につながっていたから、20世紀半ばまでの先進国はどこも人口成長を続けていた。
人口が社会の人口支持力の限界に到達すれば、当然ながら人口学的均衡によって『人口停滞』が起こり、産業構造の転換による雇用減や高齢化のコスト増加によって人口支持力がさらに落ちれば『人口減少』になっていくというのが人口学の説明になる。
  無論、経済・産業・雇用・所得による人口支持力の高低だけで、現代の日本のような先進国の人口減少や未婚化晩婚化を説明しつくすことはできず、異性選択(あるいは異性不選択の独身)の心理的要因も関係してくるが、『経済的・資源的要因に基づく人口支持力の影響』はどの文明社会の人口動態にも必ずあるものである。
 マルサスの『人口論』におけるそれ以上は人口が増えないという『人口学的均衡』は、人口増加が続いて食糧・生活の資源が不足するようになり、ぎりぎりの最低限の生活しかできない『最低生存費水準』に至る時に起こるとされる。
人口が増加しても最低限の生活水準を維持できないほどに食糧・生活の資源が不足していると、『貧困による人口調節』によってそれ以上は人口がもう増えなくなるという人口学的均衡に到達するというわけである。最低生存費水準よりも下の水準は、生まれて間もなく餓死・凍死などに陥ることを意味するので、人は基本的に多くの子供を持とうとはしなくなるのである。
 マルサスは男女の子作りの生殖行為を(あまり相手を選別せずに適齢期にどんどん子供を産むという意味で)自然的・本能的で際限のないものと前提していて、『人口増加傾向に対して食糧資源の不足が起こること(人口が増えすぎて貧困化すること)』を少子化よりもむしろ問題視していた。
  男・女が相手の選り好みによって妥協せずに誰も配偶者を得ないということ(未婚化・妊娠回避)は想定外であり、男女が夫婦として生活をともにすれば自然にどんどん妊娠して子供が増えると前提していたことから、現代の先進国というか近代以降の社会においてはそのまま適用できない理論であることもまた明白である。
 マルサスは人口抑制策こそが社会の貧困化を防ぐと信じていたが、キリスト教徒であるため、基本的には人間はすべて結婚して子供を儲けることが当たり前(男女が夫婦として一緒にいれば自然に子供は産まれるだけ産まれてくる)という価値観であり、避妊・堕胎のような結婚後の産児制限策(当時は確実な避妊法もないが)については『道徳的・宗教的な罪』であるとして否定的でもあった。
  中国の最近までの『一人っ子政策』という産児制限政策は有名であるが、戦後間もなくの一昔前の日本でも人口減少による経済縮小よりも、むしろ食べていけない貧困層が増大して悲惨な事態が蔓延する人口増加のほうが警戒されていて、世界規模では現時点でも『人口爆発による資源不足』のほうが現実的な危険性として認識されている。
posted by GHQ/HOGO at 06:16| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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