2018年11月23日

「まずは施設に」という考えが路上生活から抜け出せない一因に

 精神障害者に対しては、イタリア・トリエステ市で1960年代から行われた「バザーリア改革」の中で、精神科病院の解体と元入院患者の地域生活を推進する取り組みが同時進行で始まった。以後、ここ数年の日本でも話題になっているフィンランド・西ラップランド地方の「オープン・ダイアローグ」、ニュージーランドに起源を持つ「ファミリー・グループ・カンファレンス」など、精神障害者が地域の普通の住まいで生活することを基本と考えた上での取り組みの積み重ねが、数多く存在する。
もちろん日本でも、すでに数多くの取り組みがある。精神障害者の地域生活に対する世の中の理解は、少しずつ深まってきているのではと思いたい。しかし、精神障害を持たない生活困窮者一般に対しては、「同じ考え方を拡大していいのか」という意見もありそうだ。
 基本は同じだと思うのだが。日本ではいまだに、路上生活の方々が生活保護を申請すると、「まずは施設に」、あるいは同等の場所に、となるのだ。そして、数ヵ月あるいは数年間、そこから出られないことになる。施設というのは、無料低額宿泊所とか、5月に火災になった川崎市の簡易宿泊所などだ。
 施設そのものが劣悪で危険な場合もある。貧困ビジネスの搾取の場であった例も、過去にあった。そういう住環境にいること自体、もう「健康で文化的な最低限度」未満なのである。
 福祉事務所のケースワーカーに「なぜですか」と聞くと、「ある程度、訓練をした上でないと、アパートに住ませることはできない」ということだ。だが、精神障害者に対するステップアップ方式と同じで、失敗が多くなっている。
posted by GHQ/HOGO at 06:24| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: