富裕層が富裕な状況でいられるのは、社会があって労働者がいるからなのだ。努力をした者が多くを得られることは否定しないが、その努力ができる環境も社会が与えたものなのである。その社会が危機に瀕しているときには、社会の構成員として責任を応分に求めていくことは当然ではないか。
教育に社会的な投資がなされれば、長期的には納税者として国を支える存在になる。人が資源と考え、積極的に先行投資をしている北欧のほか、英国でも不平等研究の大家であるアンソニー・アトキンソンが『21世紀の不平等』の中で「すべての家庭に児童手当を支払うべき」と提言するなど、海外ではそうした考え方が広がっているが、日本では議論がなされることはほとんどない。
貧困層が厚くなればなるほど、税金や社会保障費は膨らむ一方なのだ。その状態が長く続けば、健康にも影響し医療費も増える。放置すると上の世代にも下の世代にも影響を及ぼすことになる。貧困は人ごとではないのだ。それを食い止めるためには日本全体で危機感を共有して議論を深め、早急に手を打つ必要があはずだ。