取って代わるような人々はいくらでもいると言わんばかりに、企業は労働者を大切に扱わない。ましてや正社員化を進めようとしない。雇用は増え続けているが、もっぱら非正規雇用の拡大であり、その不安定な働き方に抑制が利かない。いかに人件費を削ればよいかということが企業目標にもなっており、若者たちの労働環境はこれまでにないほど劣化している。
このような労働環境の劣化を放置しながら、若者にただただ努力を求めるのは酷ではないだろうか。たとえば、ビジネスマンが目指す理想の企業経営者で有名な、京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者の稲盛和夫氏は、「1日1日を懸命に生きれば、未来が開かれてくるのです。正確に将来を見通すということは、今日を努力して生きることの延長線上にしかないのです」(『成功への情熱─PASSION』PHP研究所)と述べている。
しかし、この時代にその考えは当てはまるだろうか。今日、このような努力至上主義を信奉することこそ、若者たちを追いつめていくと批判せざるを得ない。彼のように、企業経営者の中には少なからず、自身の成功体験もあるせいか、努力至上主義を主張する者がいる。
もちろん、努力が必要ではないと言っているわけでは決してない。努力をして「報われる労働」と「報われない労働」の2種類にハッキリ分かれることを確信しているのだ。この2種類があることを説明することなく、すべてにおいて「努力すれば報われる」と述べるのは、時代錯誤的、あるいは無責任であると考えている。