2018年05月27日

世界経済は発展してもいまだ貧困層は減っていない!

開発経済学は、途上国の社会現象を包括的に分析して、経済発展を促すことを研究する学問である。途上国によってはなかなかうまく発展しない国が少なくない。途上国においていまだ貧困にあえいでいる人々がたくさん存在していることで、しかも世界経済の発展にもかかわらずその人々の数が減っていないということである。
 世界人口の60億人のうち、約12億人が貧困の状態にあるという。この統計はどのようにしてつくられるのだろうか。世界銀行では途上国の貧困状態を示すために、いろいろな国の購買力を、1日当たりのUSドルに換算して、1USドルあるいはそれ以下の生活をしている人々を算定している。この意味は、人間が生きていくために日々必要な栄養(カロリー)摂取量、それに見合った食料品リストが考えられている。これをお金に換算して、1日最低いくらあれば生きられるかを考えるわけである。ただ、インドのデリーで買える1USドル分の食料品とザンビアのルサカで買えるそれは、自ずと異なった量、構成になっているはずだ。この価値はその国の習慣、歴史や文化によって決まり、その違いは国と国の間にあり、また1国の中にもあり、個人の間にもある。ノーベル経済学賞受賞者のセンは人の貧困問題を考えるのにこの違いは大切な違いだと言っている。貧困という複雑な社会問題を簡単に説明しようとすると落とし穴があるのだ。
 貧困層を助けるため、必要最低限の栄養摂取を政策目的とした場合、どんな政策手段があるのだろうか。災害等の緊急の際には、被害者に食料配給がなされる。これは例外として、話を簡単にするために、食料補助金を現金で給付する方法(食料品以外の物も購入可能)と同額の食事券(食料品のみ購入可能)を給付する2つの方法があるとすると、限られた予算の中から、どちらがより効果的に政策目的を達成する手段であろうか。これはミクロ経済学の政策論で学ぶことであるが、所得効果を生み出す食料補助金の方がより効率的と考えられている。ところが、貧困の状態によって、貧困家庭で補助金が酒代に使われることが分かっているときや、貧困家庭の栄養摂取の量を大々的に増やしたいときには、補助金よりむしろ食事券が功を奏する。貧困の状態によって、政策選択が原則論から見て逆になる場合もあるというわけである。
 さらに気になることは、途上国政府が国内で生産された穀物の流通価格を、エリートである都市部の住人に有利な価格で決めてしまい、しかもときには生産価格より低く決めていることである。これでは農民が生産を続ける意欲さえもなくしてしまうのは当然の結果である。極端な例で、食料援助で配給された穀物が都市部の住人にただで配給されたとしよう。農民はそれを見て農地を捨て都市部に移住し、ただの食料を求めるだろう。この結果、農地は荒れ、都市部では貧困が増大する。経済発展の実現には、農民の声を聞く耳を持たねばならないということである。
 この開発経済学での「貧困と食」という限られた話の中だけでも、重要な示唆がある。より効果的な経済政策のためには、貧困の状況・原因のデータが必要で、「家計調査」などの調査方法を使って定期的に資料を集めることが大切だ。ある程度詳しい資料があれば、政策議論も具体的になり、より正しい政策選択が可能になるはずである。多くの国々がより良い資料をもとに良い政策をと努力していて、近くではベトナム、インド、バングラデシュでの経験が参考になる。
 この分野に興味がある方は、経済学や統計学等の分析道具を身に付けるとともに途上国の現場を知ることも必要で、該当国の言葉・歴史・文化を学ぶことを薦めたい。


posted by GHQ/HOGO at 06:26| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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