2018年05月25日

「助けて」と言えないのはなぜか?

 生活に困ったときや精神的に苦しいときに、人はどうするだろうか。すぐにSOSを発するだろうか。大声で助けを求めるだろうか。必ずしもそうではない。むしろ、苦しんでいる人は、なかなか声を出せず、簡単には助けを求めようとしない傾向がある。どんどん権利を主張する人、自分で制度をフル活用できる人は少数なのである。ここを勘違いしていると、社会保障や福祉の仕組みがあっても、うまく機能しない。
 助けが必要な人は、どうして声を出せないのか。要因はいくつもある。本人が心理的に弱っていること、力を持つ者への恐れ、スティグマ(恥辱感、偏見)、自分を責める意識、本人を責める人が実際にいること、我慢して迷惑をかけないことを美徳とする道徳観――などである。近年は何かにつけて自助努力や自己責任が強調され、他者を責める風潮が強まっており、助けが必要な人が声を出しにくくなっている。
わかりやすい例で言うと、性暴力やセクハラを受けた人は、被害を訴えにくいもの。加害者への恐怖、恥ずかしいという意識に加え、被害に遭った自分を責めてしまいがちだ。周囲から自分を責めるような言い方をされたり、好奇の目にさらされたりするセカンドレイプもある。また、詐欺や悪徳商法の被害者は、だまされた自分を責め、恥ずかしく思い、周囲からも責められたりバカにされたりしがちなのである。
 DV(配偶者らからの暴力)や子ども・障害者・高齢者に対する虐待では、加害者との力関係が問題。家庭内でも施設・事業所でも、一方が権力や支配力を持っているから虐待が起きやすく、被害者はそこから抜け出しにくいのだ。ふたたび被害に遭うこと、報復を受けることへの恐怖心もあれば、日常生活や経済面で相手に頼っている現実もある。加害者に対して、悪いだけではない、世話になっていて申し訳ない、自分にも非がある、と考えてしまうこともある。
 病気・障害にも、差別・排除や恥の意識を伴うものがある。ハンセン病、HIV感染、性感染症……。結核やがんも昔はそうだった。精神病、依存症、知的障害、認知症、ひきこもりといった、メンタル関連の領域には今でも偏見・差別があり、世間から隠そうとする家族もいる。本人も挫折感・劣等感を抱いてしまうことが少なくない。
 自殺にも、否定的な見方や恥の意識が強く存在する。自死遺族は、なぜ気づいてやれなかったのか、助けてやれなかったのかと自分を責める「SOSに気づけば自殺は防げる」という趣旨のキャンペーンは、遺族にとって非常につらいものなのだ。
 貧困も否定的に見られがち。貧困に陥るのは、本人の生活態度だけの問題ではなく、生まれつきの能力や育った境遇をはじめ、病気・障害・災害・失業・離婚といった不運によることが多く、決して恥ではないのだが、社会には金持ちをもてはやし、貧しい人をさげすむ風潮がある。
 そして生活保護には、強いスティグマがつきまとっている。健康で文化的な最低限度の生活は憲法で保障された権利であって、必要なときは利用すればいいのに、行政の世話になることを恥や負い目と感じる人が多いのが実情なのだ。
 さらに問題なのは、実際の行政の対応だ。生活に困り果て、精神的に弱った状態で、勇気をふりしぼり、やっとの思いで出向いた福祉事務所。その窓口で冷たくあしらわれたり、ケースワーカーから心ない言葉を受け、責
 では、何が必要なのか。まず行政や福祉関係者が、苦境にある人の心理をよく理解し、個別の相談支援をきちんとやること。積極的に手を差し伸べ、ともに問題解決に取り組むこと。相談や申請への対応が親身でないと、困っている人の希望を奪い、逆に打撃を与えてしまいかなないのだ。
 制度や仕組みの周知も重要です。制度の内容が見えないと、当事者には助けを求める発想が浮かばない。「何かあればご相談を」「詳しくはお問い合わせください」といった抽象的な広報だけではなく、「こんな制度があります」と具体的な情報が、困っている人にとっては手がかりになる。とりわけ生活保護の必要な人に利用を促す広報は不足している。
 自分から助けを求められない人にアプローチするには、受け身で相談を待つだけではなく、積極的に現場へ出かけるアウトリーチ活動や、地域住民との協力関係も必要である。
 根本的に大事なのは、社会の空気を変えることだ。強くなければダメだ、辛抱しろ、弱音を吐くな、他人に頼るな、甘えるな、周囲や社会に負担をかけるな――。そういった考え方は家庭教育、学校教育、社会風潮の中で植えつけられてきたものなのだ。
 助けを求めることは、社会に存在する「資源」を使って、個人の問題解決を図るための行動である。その意味で、困ったときに助けてと言えるのが本当の強さではないか。
 政府・自治体は、助けを求めやすい世の中、弱さを認め合える社会の実現に向けて、困ったときは遠慮なく助けてと言おう、というキャンペーンを行うべきなのだ。


posted by GHQ/HOGO at 07:30| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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