2018年05月10日

貧困・犯罪の自己責任論と社会責任論は同根だ! 1

 貧困や犯罪が自己責任に帰着する現象であったとしても、ホームレスや犯罪者が貧困や再犯に陥らないように支援することは十分に正当化される。
 しかし、新自由主義者等は、自己責任だから個人で何とかすべきであり、国家や市民からの社会的援助を受けるのは道徳的に間違いであるという発想をとる。反対に、自己責任論神話からホームレスや犯罪者を守るために、社会責任説をとり、ホームレスや犯罪者を社会的弱者・社会的犠牲者として捉え、道徳的正当性を担保しようとする者もいる。これは、知識社会学的には、戦後の左翼思想と同根の道徳観に基づいている。社会的弱者・社会的犠牲者は守るべきであるという道徳観である。
 ところが、皮肉なことに、貧困と犯罪の自己責任説を論破しようとする論客たちは、(自己責任=個人責任/自己責任でない=社会責任)という区別に準拠して議論し、社会責任という項をマークし、自己責任論者を否定しようとすることで、自ずとその反対者と同一の地平にいることになってしまうのである。
 つまり、自己責任論者も社会責任論者も、(自己責任/自己責任でない)という同じ区別に準拠している。マークする項は反対でも、同じ区別に準拠して議論している限り、反対者を逆に再生産してしまうのである。社会責任と自己責任の二項対立図式に準拠している限り、対立的に互いの存在を必要としてしまうのである。このような区別の論理は、あらゆる差別解放運動につきものである。女性の人権を強調するあまり、逆に男女の区別を強化してしまい、差別解放運動が逆に敵をつくりだしてしまうことはよくある。ニセ科学批判者が(科学/ニセ科学)の区別に拘泥するあまり、ニセ科学批判批判者などの敵をつくりだすのと同じである。
 システム論的には、対立二項図式に準拠する全ての社会運動は、自らが敵を作り出し、永久闘争に陥るのである。このような不毛な対立から抜け出すためには、現象を別の区別から観察する他ない。 
posted by GHQ/HOGO at 07:11| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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