2018年03月29日

失われた20年の重いツケの1つ

 失われた20年の間に日本の経済的豊かさがなくなり、貧困層や生活困窮層が増えてきたことも、バッシングが強まった理由の1つかもしれない。多くの人が苦しく、ぎりぎりの生活をしていて、労働を伴わない給付に不条理を感じるのだ。
 憲法25条は、国民に最低限度の生活水準を保障している。しかし実態は、生活保護基準と同じぐらいか、それより下の水準で暮らす人がたくさんいるのだ。また、高齢世帯には、十分な額の年金をもらえず、生活保護で家計を補っている人もいる。「私は一生懸命働いているのに、働かなくてもあれだけの額をもらっている。うらやましい、許せない」という感情は、ときに論理を超える。
 東京都の最低賃金である時給932円(16年10月改定)で1日8時間、1ヵ月25日間働いても額面賃金は18万6400円、手取りは15万〜16万円程度なのだ。
 一方、生活保護の場合、東京都区部の3人世帯(33歳夫、29歳妻、4歳の子供1人)では、生活扶助約16万円、住宅扶助約5万〜6万円で、計約20万〜21万円を受給できる。低い賃金でダブルワーク、トリプルワークで働いている人は、「何だ」という気持になるかもしれない。
 がんばること、一生懸命働くことは悪いことではない。しかし、複雑な資本主義社会では自己の責任で困窮、貧困を避けることは困難なのだ。雇用は景気にも左右される。必ず格差が生まれ、貧しい者が一定数現れる。だから、社会保障の枠組みの中で、貧困を抜け出し自立を回復できる制度を設けた。それが、「最後のセーフティーネット」と呼ばれる生活保護制度なのである。


posted by GHQ/HOGO at 15:20| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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