2018年03月16日

「平等な国」という “神話”

 日本を訪れる多くの外国人観光客は、日本のことを「“貧困” が多い国」とは思わないであろう。日本の都市において、先進諸国の「インナーシティ」(中心市街地)の多くに見られるような落書きもお金を乞うホームレスも見当たらない。道行く人々は、こぎれいな格好をし、コンビニやファストフードの店員も丁寧で礼儀正しい。夜1人で歩くのが心配となるような「治安の悪い地域」は存在せず、スリなどの犯罪も少ない。そう、日本は先進諸国の中でも有数の「平等な国」である。
 そう誰もが信じてきた。日本が平等な国であるという定評は、海外でもよく聞かれるが、当の日本人たちも長い間信じてきた “神話” である。
 この神話は、まったく事実無根なわけではない。確かに、1970年代の統計を見ると、日本は先進諸国の中でも北欧諸国並みに低い所得格差であった。しかし、日本の所得格差は1980年代以降上昇し始める。経済協力開発機構(OECD)の統計によれば、2009年の時点においては、日本のジニ係数(所得の格差を表す指標)は0.336であり、OECD35ヵ国中8番目に高い。実は、日本の所得格差は、米国や英国などよりは低いものの、北欧諸国はもちろんのこと、ドイツ、フランスなどの大陸ヨーロッパ諸国よりも高い。
 2000年代になって、少なくとも日本の中においては、日本が実はそう平等ではないという事実が徐々に浸透してきた。しかし、それでも、豊かに「なった」日本において、「貧困」の問題があるとは、誰もが想像していなかった。ここで言う「貧困」とは、飢え死にするほど食料に困窮している、風雨を防ぐ家もない、着るものもないといった「絶対的貧困(absolute poverty)」ではない。現在でも、発展途上国においては、このような絶対的貧困が大きな問題であるが、先進諸国や新興国においては「相対的貧困(relative poverty)」という概念が用いられる。
 相対的貧困とは、その国において標準的とされる生活水準が保てないことである。相対的貧困は、1人当たりGDPが高いOECD諸国においても大きな社会問題である。これはたいていのOECD諸国においても、関係省庁のホームページを見れば、その国の「貧困」に関する統計や政策が簡単に入手できることからもわかる。例えば、欧州連合(EU)においては、「Europe 2020」戦略の中で「貧困と社会的排除にある人」を2020年までに2000万人減らすという数値目標が掲げられている(参照:欧州委員会European Commission)。
posted by GHQ/HOGO at 07:42| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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