2018年01月19日

日本国内に「棄民」を 生み出すことは許されるのか?

 生活保護で暮らす現在をどのように受け止めればいいのか。
 「2013年の引き下げのとき、直前に生活保護バッシング報道があったため、医療を受けづらくなりました。生活保護の『医療券』を病院で出したくありませんから。これから、また生活保護の引き下げがあると、報道で差別が広がり、生活保護がバレないように生活しなくてはならないでしょう。辛くてなりません」(九州・女性・60代・障害のある30代の子どもと2人暮らし)
 「厚労省に『あなたは、消えてください』と言われているような気がします。文化的な生活? できません。棄民されて近所の目が辛いです」(関東・女性・年齢不明・家族構成不明)
 世の中から隠れていなくてはならない「棄民」――。自分を「棄民」と考えている人々が、日本に確実にいる。その人々が事実上の「棄民」となってしまう事情は、貧困であることと生活保護を必要としていることだけだ。
 資産がなく収入の少ない人々が「生きたい」と望んだら「棄民」になってしまう状況を放置するのなら、日本は名実ともに先進国ではなくなるだろう。日本ルーツ、日本生まれ、日本育ちで日本語を母国語とする日本人として、日本に最大限の「先進国の見栄」を望みたい。それは、心から誇れる「母国」への近道でもあるはずだ。
posted by GHQ/HOGO at 07:10| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: