2017年01月22日

真の豊かさを求めて〜日本の再生〜

 「労働」を見つめなおす− 労働とは単に収入を得るだけでない。社会への貢献から自己の存在感を高め、そこで出会う人々との関係を深めていくことでより良い人生を築いていく。憲法にも定められているように、勤労は国民にとって義務であると同時に権利でもある。しかし、本来人々の生活を豊かにするはずの労働は、日本が先進国として経済競争を始めてから大きく変わってしまった。「低コスト・高利潤・高効率」が求められ、労働時間は長くなり、休日もまま ならなくなり、労働者はモノのように平気で使い捨てされるようになった。こうした状態 が続けば労働者の不満は溜まり、労働の質も低下する恐れがある。また、過度な競争・効 率社会は人間をも利己的にし、一方が利己的になれば、他者も自分を守るために利己的にならざるを得ないから万人は万人の敵になる。企業の優务は利潤の大小でのみ決めつけられる。これが今の日本の実態なのだ。
 しかし、社会は人間の労働によって成り立っている。労働の対価として受け取る賃金は、生活費であると同時に企業の生産物やサービスを買うお客としての需要作用を持っている。労働者は自分たちで作ったものを、再び賃金で買い戻しているのである。ところがこうした個人の消費支出は年々減尐していっているという。不況の中では個人消費が景気回復を左右するカギといわれているが、将来不安のために人々は財布のヒモを固く締めている。子供手当の多くが貯蓄されたのが良い例である。
 物が売れなければ、それを作る労働者も不要になる。そこで企業は労働者を解雇する。 その結果、失業者が増え、賃金は下がり、さらに需要は冷え込む。売れないからと言って価格を下げ、利益が上がらないと言ってまたリストラする。収入が減れば所得税も減り、 国の税収も減る。企業も国も、目先の利益を上げようとしては自分の首を絞めているのである。
 目先の利益追求の例を1つ紹介したい。例えば、ホームレス状態の Aさんが食べるものに困った挙句、おにぎりを1個万引きしたとする。前にも同じようなことをして再犯ともなれば、実刑を受け、3年ほど刑務所に入ることになる。刑務所に入るまでの過程やそこでの食事などには多くのコストがかかり、その額は1人の受刑者あたり1年で約5000万円と言われている。この人は食べられさえすれば万引きなどしなかった。その日食べることにも困るような状態を未然に防ぐことと、「自己責任」として万引きせざるを得ない 状況を放っておくこと。もちろん前者のほうがコスト的にも安く、Aさんの今後においても良いはずである。命や人権にかかわる問題に金銭問題を持ちだすのは間違いかもしれない が、もはや損得勘定をしなければ国は動いてくれないのである。
 もし今、一時的に労働者の保護や生活の保障により社会保障費が増えたとしても、このままAさんのような人々が拡大・増殖して国力の低下や社会不安、技術力の低下を招くことのほうが日本の未来にとってはマイナスであることは明らかである。労働が人間にとって生きるために必要であること、労働者が日本の未来にとって必要であることを再認識しなければならない。
posted by GHQ/HOGO at 07:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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