2017年01月12日

現代日本が抱える貧困

「貧困」という言葉を耳にしたとき、人々は何をイメージするだろうか。こうしている今も世界のどこかでは多くの人々が戦争や紛争に巻き込まれて命を落としている。世界銀行は1 日 1 ドル以下に満たない所得で生活を余儀なくされる国民の割合のことを「絶対的 貧困率」と定義している。WFP の調べによると、飢餓による栄養不足から 6 秒に 1 人の 割合で子供が死んでいるという。
これまでこうした発展途上国の現状は、日本人にとって縁遠いことと認識してはいなかっただろうか。道のいたるところには自動販売機があり、少し歩けばコンビニがある。お金さえ払えば食料はいくらでも買うことができる。「飢死」などという言葉は 21 世紀の日 本においてはもはや死語に近いものであっただろう。それがここ数年でこれまで当然とされてきた認識は大きく崩れ始めた。日本でも餓死者が発見され たという報道が増え始めたのだ。それも抵抗力の弱い子供ではなく、成人した大人が飢えで死んでいくのだ。これは特殊な例ではなくなりつつある。
発展途上国で「餓死」するということ。つまり発展途上国が貧困に陥る原因は戦争や紛 争による政治的混乱、欧米諸国や日本をはじめとする先進国の「多国籍企業」が進出した 結果それらの国々から資源や富、労働力を奪ったことに起因する。皮肉なことにこうした「労働力の海外依存」が日本の繁栄と同時に貧困を生みだす原因の1つになってしまっている。なぜなら、これまで日本にあった工場が海外に移動することでそれまで働いていた人々は労働の場を奪われてしまうからだ。職を失った人々が選択できる道はそう多くない。派遣社員やアルバイトといった労働条件の整っていないワーキングプアや、ホームレ スとしての生活を余儀なくされる。
先の見えない生活への不安と恐怖から自ら死を選ぶ人 も尐なくない。こうした点からみても、発展途上国と日本で「餓死」や「自殺」が起こる ということはそこに至るまでの背景と原因の構造が根本的に違っていることがわかる。もちろん、貧困を定義する明確な基準は存在しない。個人によって捉え方が異なることを踏まえたうえで、こうした餓死や自殺の増加を日本における貧困問題として考えるべきだ。
posted by GHQ/HOGO at 07:47| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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