2020年02月17日

子供たちからの搾取は許せるのか?

 貧困状態にある子供たちは、介護や看病を担わなくてはならない可能性もある。保護者の41%は健康状態が良好でなく、特に生活保護世帯では63%の保護者の健康が良好でない。生活保護の母子世帯では、保護者(母親とは限らない)が障がい者や傷病者である場合でも、障害者世帯や傷病者世帯ではなく母子世帯に区分される。このことを考えると、63%でも「低すぎるのではないか」と感じられる数字だ。また、介護や世話の必要な家族がいる世帯も約10%に達する。
 子供たちの家庭の経済状況は、高校、大学に入る直前に悪くなったとは限らない。家計が苦しくなった時期について「生まれる前」「乳幼児期」「小学生の頃」「中学生の頃」と回答した子供たちが、おおむね70%を占めている。
 高校入学や高校卒業、大学進学へと辿り着き、あすのば給付金を手にすることができた子供たちは、それ でも現在までステップを踏み続けて来ることができた、たくましく幸運な子供たちなのかもしれない。
 その子供たちには、20年にも満たない人生の中で、すでに「貧」と「困」が積み重なっている。おそらく、数多くの機会が失われているはずだ。そのハンデにもかかわらず、今後の人生を強く生き抜く可能性が高いのかもしれない。「かわいそう」という感情を向けることは、かえって失礼だろう。
 しかし日本社会は、無償 のはずの公立学校での義務教育において必要な物品を購入できない子供たちを生み出し、子供時代に経験するからこそ意義がある数多くの機会を奪っている。アルバイトが可能な年齢になれば、高校・大学生活のために学びを犠牲にして働くことを強い、さらに家庭の経済も支えさせている。その上に、家族のケアも押し付けているのかもしれない。
 日本には、国際社会で問題とされる児童労働は存在しないことになっているが、現状は「子供たちからの搾取」としか呼びようがないだろう。放置しておくことは、大人として「恥ずかしい」ことではないだろうか。
posted by GHQ/HOGO at 09:12| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする