2019年10月14日

貧困は「戦略的リスク」である!

 公的保健制度がきちんと機能し、利用することができたら、基本的な人間の安全保障という大きな安心感をもたらすことができる。そして、貧しい家庭の親も子供も満足できるような無償の国民教育が行われれば、より良い未来への希望という大きな喜びを彼等に与えることができる。貧困を経験したことのない者にはなかなか理解できないが、公的保健制度や公教育がもたらす安心感と希望は、これまでずっとこうした「贅沢」とは無縁だった人々の暮らしに大きな幸福感を与えることができるのである。
 その安心感や希望が職権乱用によって踏みにじられていること、そして、多くの場合において貧しい人々の声を政治の場で代弁すべき立場にある者が職権乱用の張本人であることは、南アジアの貧しい人々の知る事実である。保健や教育における悪い統治が問題となっている国々においては、これはもはや偶発的な事件ではない。長年にわたり組織的な不正が行われ、何百万人もの貧しい人々を苦しめ、その裏側で、さまざまな不正行為に絡む金銭の額はますます高くなっている(ある国では、教育担当大臣が交代するたび教科書の値段が1円相当額引上げられることで知られているが、これは選挙活動費用を賄って余りある額である)。いくつかの国々では政党に対する資金提供が日常的に行われるまでに不正が組織化しており、犯罪組織が関係している場合すらある。
 このように、悪い統治が貧しい人々に与える心理的な影響、彼等の不満や怒りは、いかに誇張しても誇張しすぎることはない。すさまじいほど強烈な自主独立の精神を持つ南アジアの貧しい人々についてはなおさらである。
 「開発」の結果、南アジア諸国では、人口の若年化(その多くは失業者)が進み、持てる者と持たざる者の格差が広がり、(テレビやその他の通信手段により)情報の入手が容易くなった。
 こうした要因が重なり合うことによって、貧しい人々の不満と怒りはますます高められる傾向にある。彼らは、罠にはめられ、取り残され、二流市民の烙印を押されたかのような屈辱感と現状を変えることのできない無力感に苛まれているのである。
 何世代にもわたり蔓延し、放置されてきたこの状況が政治的・宗教的過激主義者を生み出す絶好の温床となった。こうして貧困は「戦略的リスク」となった。そして、そのリスクとは国家が財政的または政治的に混乱するかもしれないリスクなのである。だからこそ、南アジアの思慮深い指導者たちは貧困削減に戦略的に取組んでいる。そして、これがまさしく、全世界が貧困を心配しなければならない理由なのである。国際的なテロ組織を通してなのか、より良い生活を求めて国境を越える移民を通してなのかはさておき、いかなる国の安全保障も一国のみで確保しうるものではなく、他の国々の運命と密接に絡み合っている。9月11日に起こったことは、この事実を世界中の人々に思い知らせたのである。
posted by GHQ/HOGO at 06:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする