2019年09月15日

利用者バッシングと社会保障費抑制

 制度利用者のモラルの問題を言い立てることで、制度自体の縮小を画策するという政治手法は、すでに生活保護以外の社会保障分野でも始まっている。
 かって麻生副総理兼財務大臣は東京都内で開かれた会合で「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで糖尿になって病院に入るやつの医療費は俺たちが払っているんだから、公平じゃない」と話した。麻生氏は「生まれつき弱いとかは別の話」と断った上で、「こいつが将来病気になったら医療費を払うのかと、無性に腹が立つときがある」とも語ったのだ。
 これは、糖尿病患者への偏見を悪用し、「利用者のモラルハザード」を焦点化することで、医療費全体の抑制へと社会保障政策の舵を切るためのアドバルーン的発言ではないか。生活保護バッシングと同様に、制度利用者を叩くことで制度自体を利用しづらくしようとしているのだ。
 社会保障制度の利用者に「清く正しく美しく」あることを求める発言は、他の自民党の政治家からも出ている。
 テレビの報道番組『報道ステーション』に出演した石原伸晃衆議院議員は、生活保護費などの社会保障費抑制の具体策について述べる中で、いきなり、こう切り出した。
 「一言だけ言わせていただくと、私はね、尊厳死協会に入ろうと思うんです、尊厳死協会に。やっぱりね、ターミナル・ケアをこれからどうするのか、日本だけです。私は誤解を招いたんですね、この発言で。私はやっぱり生きる尊厳、そういうものですね、一体どこに置くのか、こういうことも考えていく。そこに色々な答えがあるんじゃないでしょうか」
 石原氏はこの発言を「個人の意思」を述べたものだと強調したが、この直前には公営住宅を活用することで生活保護費を8000億円削減できるという独自の社会保障費削減策を述べていた。彼が社会保障費削減の手段として尊厳死を用いようとしているのは明らかだ。
 生活保護制度の見直しを盛り込んだ社会保障制度改革推進法は、医療保険制度について「原則として全ての国民が加入する仕組みを維持する」(第六条)と書かれている。「原則」とは「例外」があることを前提とした言葉であり、これまで日本の国是とされてきた国民皆保険制度を絶対堅持するという政府の姿勢はここには見られない。
 政府の社会保障制度改革国民会議は、介護を必要とする度合が低い「要支援」者を介護保険制度の対象から外して市町村に委ねることや、70〜74歳の医療費窓口負担を段階的1割から2割に引き上げることなどが盛り込んだ。最低保障年金の創設や後期高齢者医療制度の廃止などを求めてきた民主党は、三党の実務者協議からの離脱を決めました。安倍政権がかつての小泉政権のように社会保障費を抑制する方向に舵を切ったことは明らかなのだ。
 介護の必要度が低い高齢者が介護保険の対象から外されれば、当然、家族や地域のボランティアに負担がのしかかることになる。この動きも、生活保護の扶養義務強化と同様、家族や地域で支え合うことを美徳として強制し、公的責任を後退させる「絆原理主義」の現れなのだ。
 生活保護バッシングから始まった生活保護制度「見直し」の動きは、これら社会保障制度全体の「見直し」に向けた先鞭をつけるものだ。生活保護の分野は政治力のある圧力団体が存在しないため、「最初のターゲット」にされた。しかし、生活保護利用者をバッシングし、制度を使いにくくしようとする動きの延長線上には、医療・介護・年金など、人々の命や暮らしを支える社会保障制度全体を縮小していく動きがあることを忘れてはならない。
posted by GHQ/HOGO at 07:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする