2019年09月01日

中国は衰退するのか?

 権力者が固定化され制度をそうした上流の人間が支配している場合、創造的破壊の進行は抑えられる。印刷技術やインターネット技術が下々の人間にまで平等な情報をもたらしたように、新たなテクノロジーは既存の体制を破壊するから、規制しようとするのだ。ここ数十年の中国の繁栄は、それでも経済制度については包括性を増す方向に舵を切ったことと、取り戻すべき遅れ、国民1人当たりの収入が今まであまりにも低かったために達成されたのだという。
 そうはいっても中国ではいまだにメディア規制が激しいし、国営企業と競合してしまった民間企業にはさまざまな問題がふりかかり、国営企業のトップの机には必ず赤い電話がおかれていてその電話がなるのは党が企業に指令をだすときだなどというエピソードもある。
 ようはまったく自由ではない。発展の役に立っているのは技術の輸入、低価格工業製品の輸出にもどついたプロセスでありイノベーションは付随していない。
 そして中国が衰退していくだろうと結論付けるのは、そうした収奪的制度をいつまでも中国が捨て去らないからだ。しかしどうすれば、収奪的制度から包括的制度に移行して繁栄することができるんだろうか。だが、そうした移行をたやすく達成する処方はないことも明らかだ。 
 第一に収奪的制度には悪循環がある。一部のモノが力をにぎると、一部のモノはその力をつかって自分たちの基盤をさらに強固にできるので、さらに崩されにくくなる。トランプゲームの大富豪みたいに。さらにはそうした状況が変わるのは──たとえば日本で明治維新が起こったように、ペストが起こってイギリスの人口が半分になってしまって制度の変革が迫られたように、歴史の偶然的な要素が必要になってくる。
 つまり政策提言としては役に立たないが政策分析としては役に立つ。誤った方向へ舵をきらないように。問題はそうした包括的制度下にある国でも別に順風満帆なわけでもないことだけど──まあ収奪的制度化にある国と比較して考えれば何倍かは豊かだ。南朝鮮と北朝鮮の発展の違いを見比べるまでもなく。
posted by GHQ/HOGO at 06:37| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする