2019年08月08日

社会的次元を抹消した自己責任、「新自由主義的エートス」が貫かれた日本社会

 誰もが何らかの「欠陥」を露呈させた科でバッシングを浴びせられる社会は、「新自由主義的エートス」が貫かれた社会と言えるだろう。
 人が社会的存在であるかぎり、個人が抱えるさまざまな事情は必ず社会的広がりを持つ。にもかかわらず、ことがらが「失敗」や「不始末」、「不注意」、「不出来」等々の領域つまり社会的にマイナスと評価される結果であるとき、それらはもっぱら個人の落ち度とみなされ、問題の社会的次元は抹消される。
 自己責任という観念はそうした特異な有責の構造とこれを心情次元で支える個人(人間)観とを指す強力なイデオロギーである。
posted by GHQ/HOGO at 06:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする