2019年07月22日

政治家は、弱者からの支持などいらないのではないか?

 弱者が個人として連帯できないなら、政治を介することで連帯することはできるのだろうか。派遣社員制度を作り上げた自民党も嫌いだが、かといって、立憲民主党や共産党など野党も支持できない。日本より後進国でも、法律で派遣社員を制限して、それが効果をもたらしている国もある。たぶん、政治家が本気でやろうと思えば、できることなのだ。現在、非正規雇用者の割合は約40%と、賃金労働者の約4割を占める。もし、本気で日本を憂うる政治家がいて「非正規党」を作ったら、氷河期世代は人口も多いため、かなりの支持を集めるのではないか。いや、飯を食うのに精一杯か。
 本来は左派の仕事なのに、立憲民主党も共産党も非正規雇用の改善にあまり積極的なようには見えない。 憲法9条や原発、自民への攻撃それ自体のほうが、ずっと重要と思っているように見えるのだ。日本の左派には、たとえポーズでも、サンダースのように自らが弱者の味方だと分かりやすく表明している政治家は少ない。そして、そういう政治家が表舞台に出てくることも少ない。なぜか。もしかしたら、日本の左派政党は、弱者の支持票など必要としていないのではないか。
 氷河期世代は我慢づよい。いまの若い世代よりはるかに厳しかった受験戦争を勝ち抜いても、就職先がなかった世代。だけど、それは「自己責任」とされて封じ込められた。 何の声もあげなかった。
  投票率を考えると、政治家は団塊の世代の方を向く。団塊の世代にとって、非正規雇用者は遠い存在である。
自らが恵まれた時代に生まれた幸運は考えず、非正規雇用者を「努力しなかった者」と切り捨てている。 団塊の世代の票が欲しいなら、非正規雇用の対策には、むしろ力を入れないほうがいい。政治的には、声をあげない者は、いないと同じだ。
 今後、氷河期世代が社会問題になるときは必ず来る。それは、援助できる両親が亡くなったとき、または、両親を介護するお金が出せずに共倒れするときだ。その前に、弱者同士が「自己責任」で殴りあうのではなく、右左にとらわれず、連帯して声をあげていくことが必要なのではないか。できないことなのか。


posted by GHQ/HOGO at 06:59| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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