2019年05月17日

責任は「本国」にあり!

 判決文に戻ろう。判決には次のような部分もある。
 「社会保障は、その社会を構成する者に対し、実施されるべきであるとの一面を有しているが、そのことをもって、国籍の有無に関係なく、在留外国人も自国民と全く同一の社会保障を受ける権利を有しているとまではいえない。また、仮に、在日韓国・朝鮮人が、その本国政府から何らかの救済措置を講じられないとしても、そのことをもって、日本が、原告ら在日韓国・朝鮮人に対し日本国民とまったく同一の社会保障を与える法的義務があると解する理由とはならず…」
 「日本に在留する外国人の社会保障につき、第一次的に責任を負っているのは、その者らの本国である」のであり、「仮に、在日韓国・朝鮮人が、その本国政府から何らかの救済措置を講じられない」のであれば、日本政府の取るべきは、韓国政府に対して在日韓国人の無年金者の救済を行うよう要請することではないか。韓国併合百年に当たっておかしな謝罪談話を出すことよりも、現に困窮している無年金者を救済することこそが先決ではないか。また、被告らの支援者も国籍を無きものとするというイデオロギーは差し置いて、被告らを救済すべく韓国政府に働きかけることではないか。
 韓国はかつての貧しい韓国ではない。経済的にも豊かになっている。韓国政府に対し、在日韓国人の社会保障について第一次的に責任を負う存在としてしかるべき対応をするよう、日本政府も在日韓国人の諸団体も日本の支援者も働きかける必要があるのではないか。それをしないで「国籍差別」であるとして我が国政府に日本国民と同一の待遇を求めるのは筋違い以外の何ものでもない。
 参政権との関係でもしばしば問題とされることだが、判決は社会保障と税金の納付との関係についても述べている。
 「在日韓国・朝鮮人が、日本に対し、租税を納付しているとしても、租税は、国または地方公共団体が、その課税権に基づき、特別の給付に対する反対給付としてではなく、これらの団体の経費に充てるための財源調達の目的をもって、法律の定める課税要件に該当するすべての者に対し、一般的標準により、均等に賦課する金銭給付であり、租税の納付と社会保障の享受とは直接の対価関係にはない」「租税を納付していることをもって、日本が、在日韓国・朝鮮人に対し日本国民とまったく同一の社会保障を与える法的義務があるということはできない」
 税金が行政サービスの対価であり、外国人にも自国民と等しく適用されるのに対して、社会保障はあくまで第一義的には自国民を対象にしたものであり、外国人に自国民と同一の社会保障を受けさせる権利を保障したものではないということだ。政府や地方自治体の関係者にはここで示された考えを正確に理解してもらいたい(判決の「社会保障」は「参政権」と言い換えられることはいうまでもない)。
 こうして日本国民と同一の年金の保障を受けたいという彼らの要求はこのような判決もあってひとまずは阻止されている。ところが、彼らは一方で全国の地方自治体に対して、在日韓国・朝鮮人に年金の代わりとして「福祉給付金」ないし「特別給付金」を支給するよう働きかけている。民団が組織として行っていることもあって現在、全国で800以上の自治体が支給している。金額は月額5千円から3万数千円(神戸市)までである。
 いっそう問題なのは、在日韓国・朝鮮人の無年金者が、年金が受給できないとなると今度は生活保護の申請をし、そのほとんどが受理されていることである。大阪市では外国人の受給者が2010年に1万人を突破したが、その92%が在日韓国・朝鮮人である。国民年金に加入していない「無年金世代」が高齢化したことがその理由と見られている。
 また、生活保護受給者が、まじめに保険料を納めた年金受給者よりも国から多額の資金を受け取るという不公平な実態も浮かび上がっている(『産経新聞』6月14日付電子版)。これは在日中国人による生活保護不正受給よりも、人数においても金額においても深刻な問題である。
 繰り返すが、在日韓国人の社会保障は第一義的には本国である韓国政府が行うべきことだ。日本政府にはこの件について韓国政府と早急に話を付けて欲しい。在日中国人の生活保護不正受給には毅然とした対応をした大阪市にも在日韓国・朝鮮人の問題でも改めて国に要請してもらいたい。
 政府は事業仕分けでみみっちく歳出を削るのもいいが、本来は本国が行うべき社会保障の費用が国費から莫大な金額で失われていることにもっと留意すべきだ。さもなければ、我が国は在留外国人によって食い潰されることになる。
posted by GHQ/HOGO at 06:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする