2019年03月31日

相対貧困率と生活扶助基準ライン

 所得分布が格差の大きさを示すのとは別に、貧困の程度を示すものとしては相対貧困率がある。正確には相対貧困水準とは「世帯人数を調整したうえでの中位の所得の半分の所得を相対貧困ライン」と設定し、その相対貧困ライン以下の人の割合と定義される。もう1つの貧困ラインとしては、生活保護制度の定める最低所得水準(以下、生活扶助基準の貧困ラインとする)によるものがある。生活扶助基準からみた貧困ラインは、世帯を構成する家族の年齢や居住地によって異なるので、単に人数調整した相対貧困ラインとは単純比較できない。
 しかし、相対貧困ラインからみて貧困世帯とみなされる低所得世帯と生活扶助基準ラインからみて貧困世帯とみなされる世帯は86%重なっていることが確認できている。したがって、相対貧困率の動向は、生活扶助基準以下の貧困率と類似した動きを示すことになる。相対貧困率の動向は、全体として貧困率は上昇傾向にあり、特に若年世代の貧困率が大きく上昇している。一般に、貧困率の上昇は、収入が少ない高齢者数が増加したためであるという指摘もあるが、決して人口要因だけではないことがわかるのである。
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2019年03月29日

成長か分配か―揺れ動く国民の評価

 生活保護受給者数はほぼ220万人となっており、戦後最多の状況が続いている。生活保護を受給している世帯の約4割が高齢者世帯であるが、増加率に着目すると若い世代の生活保護受給者も増加している。このように貧困問題はより深刻になっているものの、所得再分配か経済成長のいずれを優先すべきなのかという問題は、常に経済政策で大きな論争になり、国民の評価もそのときの社会経済状況で大きく揺れ動いてきた。
 2007年から08年のように生活保護を打ち切られて餓死した高齢者の事件や、リーマンショック後の解雇で仕事と住居を同時に失った人々が日比谷公園に集まり、派遣村が開設されたことなどが報道されると貧困・格差に関心が集まり、再分配政策を支持するようになる。しかし、最近のように生活保護受給者が増加し、不正受給などが報道されるようになると、再分配政策への支持は小さくなる。再分配政策を重視した民主党政権とは異なり、自民・公明連立政権は、経済成長重視を鮮明にしている。
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2019年03月28日

「貧困層」が急拡大している欧州のリアル 人間の尊厳が問われている

 累進課税や、給与に上限を課すサラリーキャップなど、富の再分配を通じて不平等に対処する手段もある。だが、貧困の撲滅には再分配を超えるものが必要だ。貧しい人々は社会の周縁に追いやられているが、貧困層が世の中に再び居場所を得て活躍できるよう支援していかなければならない。これは単に政情の安定や経済の公正さの問題なのではない。人間の尊厳が問われているのである。
 この先、欧州の福祉国家モデルは改革が必要になるだろう。もはや欧州の高齢者は一番の経済的弱者ではないが、いまだに社会保障給付で最大の分け前を手にしている。欧州の各国政府は、老齢年金をカットし、貧困層や失業者・若者への配分を増やすべきである。
 ベルルスコーニ元首相とグリッロ氏は貧困問題に狙いを定めているが、両氏が掲げるベーシックインカムは付け焼き刃の対策でしかない。確かに貧困層の厳しい懐事情はにわかに和らぐかもしれない。だが、背後にある構造問題が解決するわけではない。
 それどころか、問題をさらに悪化させるかもしれないのだ。ベーシックインカムは失業者が職を探したり、職業訓練を受けたりするのを特に後押しするものではないため、貧困層が永遠に公的給付に依存して生きていく状況を生み出しかねない。
 欧州の政治家は貧困問題を無視し続けることはできない。ベルルスコーニとグリッロの両氏が明らかにしたのは、そのことだ。
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2019年03月26日

「貧困層」が急拡大している欧州のリアル イタリアでは貧困層が10年で3倍に

 先進国において貧困層が選挙結果を左右することはあまりない。だが、3月4日に総選挙を控えたイタリアでは貧困層が草刈り場になっている。中道右派政党「フォルツァ・イタリア」を率いるシルビオ・ベルルスコーニ元首相(公職禁止の有罪判決を受けている)と、コメディアンでポピュリスト政党「五つ星運動」の党首、ベッペ・グリッロ氏が共にベーシックインカム導入を唱えているのだ。
 貧困層に毎月、気前よくおカネを支給することになるこの公約は、制度設計からしてまゆつばものだ。とはいえ、少なくともこれによって急速に深刻化する欧州の貧困問題に光が当たったのは事実だ。
 もちろん、貧困層の全員が悲惨な生活を送っているわけではない。が、多くは困窮しており、イタリアでは貧困層が選挙結果に与える影響は無視できないものになった。全人口の約8%、500万人近くが生活必需品すら買う余裕がなく苦しんでいる。しかも、こうした貧困層の数は、わずか10年で3倍近くに膨れ上がっているのだ。
 欧州全体の状況も、同様に深刻だ。欧州連合(EU)では1億1750万人、域内人口のおよそ4人に1人が貧困層に転落するか社会的に疎外される危機にさらされている。その人数は2008年以降、イタリア、スペイン、ギリシャにおいて600万人近く押し上げられている。フランスやドイツでも、貧困層が人口に占める割合は20%近辺で高止まりしたままだ。
 2008年のリーマンショック以降、貧困層転落のリスクは全般に高まったが、その傾向は若者において顕著だ。年金を除く社会保障給付がカットされたのに加え、既存従業員の雇用を守るために新規採用を犠牲にする労働市場のあり方にも原因がある。2007〜2015年に欧州では18〜29歳の若者が貧困化するリスクは19%から24%に上昇したが、65歳以上の高齢者については逆に19%から14%に低下した。
 確かに最近の景気拡大によって若者の貧困化リスクは多少緩和されるかもしれない。しかし、構造問題はなくならない。失業が長期化すれば、その人の職業スキルは取り返しのつかないところまで劣化してしまうかもしれない。テクノロジーの急速な進化によって、能力が時代遅れになる可能性もある。
 このままだと再就職は不可能となるか、低賃金で不安定な仕事に甘んじるか──貧困層の多くにとって選択肢はその2つだけ、ということになろう。OECDの最近の統計によれば、スペインとギリシャでは生産年齢人口の14%が、働いているにもかかわらず貧困から抜け出せずにいる。
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2019年03月25日

本当に怖いのは東京オリンピック閉幕後だ!

 2020年8月開催の東京オリンピックを前に、日本は建設業を中心に好景気が続いている。また、12年に始まった景気拡大は、高度成長期の「いざなぎ景気」を超えたとも言われている(実はまやかしだが…)。一方で、東京オリンピック閉幕後の雇用悪化や景気落ち込みが今から話題になっている。これはオリンピック特需が終わるからだが、さらに懸念されるのは、21年までに実施される各種財政維持のための引き締め対策である。
  生活保護基準の引き下げを含めて、今後、次の4つが実施される。
 (1)年金改革法によるキャリーオーバー制の導入(2018年4月〜)
16年12月に成立した年金改革法では、年金給付の水準を調整する「マクロ経済スライド」方式の見直しが決まっている。これまでは、賃金や物価の上昇が小さく、スライド調整率を適用すると前年度の年金額を下回ってしまう場合、下回った分のスライド調整率は適用されず、年金額が下がらないように調整されてきた。
 しかし、18年4月以降は、前年度の年金額を下回る分のスライド調整率は、これまで通り適用はされないが、持ち越されることになり、賃金や物価が大きく上昇したときに、その年のスライド調整率に加えて改定率を決めるキャリーオーバー制が導入される。これによって、景気が大きく上昇しても年金支給額はこれまでのようには上がらず、低く抑えられることになる。
 (2)生活保護基準を最大で5%引き下げ(2018年10月〜)
今回の生活保護基準の引き下げは、すぐに実施されるわけではありませんない。18年10月から3年をかけて段階的に行われ、最終的に20年に最大で5%が引き下げられる。生活保護世帯の約67%が減額される想定だが、オリンピックの年が最も厳しくなる。
 (3)消費税率が10%に(2019年10月〜)
 19年10月に消費税率が10%に引き上げられる。これによって約5兆円の増収が見込まれるが、このうち約2兆円は国の借金返済に使われ、2兆円は教育無償化などに、1兆円が社会保障費に使われるとされている。この増税に対して、自由民主党と公明党以外は反対または凍結を主張しており、また延期するのではないかとの声も聞こえてくる。
 これまでは消費税率が上がるとき、消費に大きな影響が出ないように生活保護基準も引き上げるような対応もされてきたが、今回は低所得者対策として食品などの軽減税率の導入も検討されている。しかし、消費税は低所得者ほど所得に占める生活必需品の割合が高くなるので税負担が重くなると言う、消費税の逆進性が指摘されている。
 (4)年金改革法による「賃金・物価スライド」の新ルール(2021年4月〜)
16年12月の年金改革法では、もう1つ、毎年行われる年金額の改定ルールが変更になっている。これまでは、物価が上がったのに賃金が下がった場合は年金額は据え置き、賃金と物価の両方が下がった場合は物価の下げ幅に合わせて年金額が下がったが、21年4月以降は、すべて賃金の下げ幅に合わせて引き下げられる。つまり物価が上がっても賃金が下がった場合は賃金の下げ幅に合わせて下がり、物価よりも賃金の下落が大きい場合も賃金の下げ幅に合わせて年金支給額は下がる。これによって現役世代の年金はある程度確保されるが、年金受給者にとっては支給額の減額になる。
 このように、20年東京オリンピック景気の盛り上がりの影で実施されるのは、財政を維持しつつ、少子高齢化でかさむ社会保障費を抑制するための政策だ。続く25年には、団塊の世代が75歳以上になり、35年には国民の3人に1人が65歳以上の高齢者になる。社会保障費は雪だるま式に増えていくとはいえ、どこまで削減を続けていくか。
 全国を回ってみてわかったことだが、すでに高齢化率30~40%という地域も少なくない。こうしたところでは年金と生活保護支給が経済の資本になっている。その支給額を減らすということは、地方経済にとっても大きな打撃なのだ。
17年にOECDが発表した調査結果では、日本の貧困率は12年の16.1%から15年には15.6%と少し下がった。しかし、貧困ラインは122万円のまま変わらず、貧困率もOECD(経済協力開発機構)加盟国の平均11.4%よりも高いままだ。貧困率は、その対策に予算をかけない限り、決して下がることはない。具体的には、所得再分配政策、つまり税金を上げてその分を再分配しない限り、貧困率は下がらない。
 しかし、政府は大きな反発を恐れて税金を上げられない。財政危機で配分する予算がないとして、いまある予算のどこかを削ることになる。どこを削るか、常に足の引っ張り合いで、今回の生活保護基準引き下げは貧困率を下げるどころか逆行している。これがさらなる悪循環を生み、格差拡大を加速する契機になるはずだ。もはや「一億総貧困」が大げさなあおりではないところまできている。
 とはいえ、以前に比べて、生活保護受給者に対するバッシングが減ってきているのは救いであり希望なのだが、これは社会保障費がどんどん削られてきて、限界が近づいているからなのだ。政府は世論の方向性を見ざるをえないわけだ。今回も最初に厚生労働省が提示した13%引き下げが5%に下位修正されたのだ。ただし、これをさらに4%や3%に下げていくことはやらないのではないか。自民党はどんな政党なのかがわかっていれば、分かるはずだ。
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2019年03月24日

影響は最低賃金にも!

 所得の高低に関係なく影響が出る制度があり、それが「最低賃金」である。生活保護基準は最低賃金とも連動しており、双方の整合性が常に問われている。近年、最低賃金は政策によって上がる傾向にあるが、生活保護基準が下がれば今後は上がりにくくなるかもしれない。また、最低賃金は時間給のパートやアルバイトだけではなく、月給をもらっている社員にも関係してくる。時間給に換算して月額給与に適用されるので、給与も上がりにくくなる。決して、生活保護世帯だけの問題ではないのだ。
 2012年以降、緩やかに景気は回復していると言われていが(実際は政府の工作…)、実感がない人のほうが多いのでははずだ。実際、生活保護基準以下またはそれよりも少し上という低所得層の増加傾向は変わらず、さらに拡大を続けているのである。15年の1年の所得が200万円以下の世帯は19.6%、300万円以下の世帯は33.3%で、平均所得(545万8000円)を下回る世帯が全世帯の60%以上にのぼった(厚生労働省「平成28年度 国民生活基礎調査」より)。シングルマザーや高齢者世帯、非正規雇用の若者など、働いていても収入が生活保護レベルを超えない世帯は年々増加しており、かなり厚い低所得者層が形成されている。
 12年に起きた生活保護バッシングを覚えているでしょうか。
 長引く不況から、生活保護費より低い生活費で暮らしている人たちが多く存在することが明るみに出た。政府はこれを改善することはせずに、逆にこれまでにない大幅な生活保護費の削減を実施し、15年までに生活扶助費が最大で10%削減された。
 それまで、一般世帯や収入下位20%の一般世帯、生活保護世帯のそれぞれの消費額と比較して決められていた生活扶助費の額の算定方法を、下位10%の低所得者層との比較に変更したのがこのときだ。これによって出した数字を根拠に10%の削減が決められた。当時も、生活保護基準以下の低所得世帯の消費額と比較することの意味が大きく問われ、これを違法として国を訴える裁判が現在でも全国各地で行われている。
 そして、さらに追い打ちをかける生活扶助費5%の引き下げだ。これがどのような結果をもたらすのかは明らかではないか。
 生活保護基準とは、生きていく上での最低限必要な生活費の水準だが、それは、「ぎりぎり死なない程度に食事が取れればいい」という意味ではない。憲法25条で保障しているのは、「健康で文化的な最低限度の生活」ができる水準なのである。誰かとたまには映画を観たり、外食したりできる暮らしなのだ。「生活保護費は高いから下げろ。最低賃金を上げろ」という主張は矛盾しており、結果的に自分の首を絞めていくことになるのである。
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2019年03月23日

なぜ生活保護基準の引き下げは問題なのか?

 生活保護基準とは、生きていく上での最低限必要な生活費の水準を指す。生活保護費のうち、食費や衣服費など日々の生活に必要な生活費を「生活扶助」といい、5年ごとに見直しがされている。2017年、その生活扶助の見直しが行われ、同年12月、最大5%の引き下げあった。
 生活保護世帯は、2017年おいてで約164万世帯、延べ人数で約212万人になる。生活保護基準の引き下げは、この212万人だけの小さな問題だと思われがちだが、実は、生活保護を受けていなくても、所得が少なくなった場合に利用できる制度はたくさんあり、その多くの受給要件が生活保護基準をもとに決められている。
 自治体によって異なるが、例えば、小学校や中学校への就学援助を受けられる世帯は、所得水準が生活保護基準の1.3倍以下などと決められている。つまり、生活保護基準が引き下げられると、就学援助が受けられる所得水準も引き下げられ、これまで受けていた就学援助を受けられなくなる世帯が出てくる。
 また、住民税の非課税基準も同様に下がるため、今まで課税されなかった人が課税されることにもなる。加えて、保育料や医療費、介護保険料などの非課税世帯に対する優遇措置も対象から外れるので、さらに負担は増えることになる。
 17年の生活保護基準の見直しで影響が出るとされる制度は国だけで30以上あり、各自治体の独自制度を含めると数はさらに増える。
 この生活保護基準の見直しは、生活保護世帯に対する影響はもちろんだが、関連制度利用者への影響の大きさに注意すべきだ。これによって生活に影響が出る人は、生活保護受給者を含めて、約3000万人にも及ぶと言われている。生活保護基準を下げることは、支援の対象者を減らすことであり、生活が苦しくても法的には困窮者とは認められなくなることを意味する。
 今回の改正によって、額面で160億円ほどの財源が浮くと試算されているが、関連する制度の引き下げ分も加えると、さらにその10〜20倍になるのではないかと言われている。まさに、政府の狙いは、対象者の少ない生活保護基準を引き下げることで関連制度の基準も引き下げ、社会保障費全体を削ろうとしているのである。
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2019年03月22日

紋切型の「自己責任論」

 格差拡大の事実を認めるか否か。格差拡大を是正すべきと考えるか否か。貧困を自己責任として切り捨てるか否か。これらは、現代日本における階級対立の主要な争点である。
 一方に、格差拡大は事実であり、これは是正される必要があり、貧困は自己責任ではなく社会の問題だと考える立場がある。これは下層階級の、そして下層階級の人々に共感と同情を抱く人々の政治的立場の表明である。
 反対に、格差拡大と深刻ではなく、是正の必要はなく、貧困は自己責任だと切り捨てる立場がある。これは特権階級の人々の、そして格差拡大を放置し拡大させてきた政府や企業を擁護する人々の政治的立場の表明にほかならない。
さらに重要な争点を1つ付け加えよう。それは、現代の日本社会が階級社会であることを認めるか否かである。
 2015年に全国の1万6000人、2016年に首都圏に住む6000人を対象に行なった調査の結果に基づいて、現代日本の危機的な状況について論じた『日本の新・階級社会』(講談社現代新書)にあるように、今日の日本は「格差社会」などという生ぬるい言葉で表現すべき段階にはすでにない。
 明らかな「階級社会」、しかも900万人にも及ぶ新しい下層階級(アンダークラス)を底辺におき、これに犠牲を強いる、新しい階級社会だと考えるべきである。
 かつてフランスの社会学者ピエール・ブルデューは、「階級が存在するかしないかということは、政治闘争の主要な争点の1つである」と指摘した。現実には格差や貧困があるに「日本には階級がない」と考えるのは、格差と貧困の深刻さから目を背けることであり、人々の間に対立関係はないと言い張ることにほかならない。
 今日の日本社会が、アンダークラスに苛烈な境遇を押しつける階級社会だという現実を認めることこそが、貧困のない、より平等な実現するための一歩になるだろう。
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2019年03月21日

「一億総中流」は幻想

 高度経済成長が終わって以降の日本において、格差をめぐる階級間の対立で勝利を収め続けてきたのは特権階級の側だった。そしてこの間、日本政府が格差は深刻ではないと言い続けてきたということは、日本政府が特権階級の代弁者であり続けてきたことの、何よりの証拠である。
 1970年代の終わりには、「一億総中流」という言説が流布し、あたかも格差や貧困の問題は日本からなくなったかのような幻想が振りまかれた。たしかに当時、現在に比べれば日本の格差は小さかったが、中小零細企業や零細な農家には依然として深刻な貧困があった。
 そしてまもなく、1980年代に入ったころには格差は拡大し始めていた。しかし「一億総中流」という幻想のもと、格差拡大は放置され続けた。そればかりか、消費税の導入、高所得層の所得説率の引き下げなど、格差拡大を助長する税制の改変が行なわれた。
 1990年代に入ると、一部の経済学者や社会学者が、格差は拡大していると指摘し始めた。しかし、これらはほとんど無視され、政府は逆に格差拡大を積極的に促進するような政策をとり始めた。財界人を中心とするメンバーで構成された経済戦略会議は、日本の社会は、「行き過ぎた平等社会」だと根拠もなく断じ、富裕層減税と低所得者の増税を提言し、これが実行に移された。
 反面、非正規労働者の低賃金と不安定な身分は放置された。そのうえ規制緩和によって、非正規労働者は激増し、巨大なアンダークラスの出現へと至るのである。
 2009年から3年だけ続いた民主党政権が、遅まきながら格差が拡大し、貧困率が上昇しているという事実を認め、対策を取ると明言したこともあり、こうした事実自体は、広く認められるようになった。
 代わって格差を正当化するイデオロギーとして流布し始めたのが自己責任論、つまり収入が低いのは自己責任だから放っておけばよいとする主張である。いまのところ自己責任論の影響力は強く、これが格差縮小に向けた合意形成の最大の障害になっている。
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2019年03月19日

「格差」は隠蔽されたか?

 格差拡大が話題になり始めたころ、政府、財界、そして一部のマスコミは、躍起になって格差拡大の事実を否定しようとした。
 最初の段階では、都合のいい統計データを示しながら、「格差は拡大していない」と言い張った。いくつもの指標が格差拡大を示していることを否定できなくなると、「格差拡大は見せかけだ」と言いだした。
 OECDが、日本の貧困率は先進国のなかで米国に次いで高いと発表すると、「この貧困率の計算方法は日本にはあてはまらない」などと言い張った。さらに統計的な証拠が集まって、格差が実質的にも拡大していることが否定できなくなると、「格差があるのは当然だ」と開き直った。
 こうして政府が、格差拡大と貧困の増大という事実から目を背け、開き直り、対策を怠っているうちに、日本社会は取り返しがつかないほどに変質してしまった。その結果が、平均年収186万円…日本に現れた新たな「下層階級」の実情:これがニッポン「階級社会」だ、ということになった。新しい階級社会と巨大な下層階級(アンダークラス=パート主婦を除く非正規労働者たち)の出現である。
 ここから明らかなように、格差は政治的な争点である。しかも、それは階級的な利害と密接な関係にある。
 人には日本国憲法で認められた生存権と平等権がある。だから生存権を脅かすような貧困の存在が明らかになれば、政府は対策を取らなければならない。
 平等権が侵されるほどに格差が拡大していることが明らかになれば、やはり政府は対策を取らなければならない。しかしそのためには、富を特権階級から下層階級へと移転させなければならない。特権階級の利害は脅かされることになる。
 だから特権階級は、貧困の存在も、また格差拡大の事実も認めたくない。特権階級は、自分たちが恵まれた立場にあることを隠すため、いまの社会では格差が小さいと主張する。そうでなくても、格差は許容範囲であり、縮小させる必要はないと主張する。
 このように貧困が存在するか否か、格差は拡大しているか否かといった、社会に対する認識自体が、階級間の対立の争点なのである。
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2019年03月18日

子供への貧困の連鎖 教育機会の喪失

 相対的貧困にある世帯では、経済的な制約が重くのしかかり、子供も将来にも影を落とす。母子家庭などが子供に習い事を通わせることができなかったり、大学などへの進学をあきらめざるをえなかったりして、子供の教育機会が奪われていく。
 さらに教育に加え、健康にも貧困が悪影響を及ぼす。大阪府歯科保険協会の調査では、府内の公立小中高の歯科検診で虫歯などの治療が必要とされた生徒のうち、6割以上が治療を実施していないことが判明し、歯科医院に通院して治療を試みない背景に家庭の貧困問題が潜在すると結論付けた。10本以上の虫歯があり、口腔崩壊とされる状態の児童や生徒が、46.4%の小学校、35.2%の中学校、53.8%の高校で確認された。また、大阪市が幼児や小中学生の保護者を対象にした貧困実態調査では、1.3%の保護者が経済的な理由で医療機関を受診させられなかったと回答した。
 相対的貧困世帯の子供は、健康推進が阻害され、教育機会も限られることで、貧困世帯以外の子供との格差がどんどん広がり、親の貧困が子供に引き継がれる。この負の連鎖を断ち切るためには公的な支援が欠かせないが、政府の公的扶助は、GDP対比で1.3%にとどまり、福祉国家として名高いデンマーク(4.0%)、スウェーデン(3.6%)に大きく水をあけられている。
 安倍政権が肝いり政策として取り組んでいる働き方改革で、同一労働同一賃金が実現できれば、不安定な非正規雇用で生計を立てる相対的貧困世帯にとっては朗報になる可能性はある。労働者の賃金以外にも、片親世帯が貧困に苦しむ状況を鑑みると、児童扶養手当の拡充などの公的扶助の改革も必要になってくるだろう。
 一億総中流の意識を捨て、6人に1人が貧困という現実を受け入れ、その撲滅に早急に取り組まなければならないほど、事態は深刻化している。
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2019年03月17日

試されている共同体意識

 社会保障はそもそも何のためにあるのか。人生では、いろいろなことが起きる。病気、障害、育児、離婚、失業、高齢、介護など、何らかの困難に遭ったとき、生活の維持や向上を公的に助けるのが社会保障であり、社会福祉である。自分も家族も絶対にどれにも関係しない、どんなときでも自力だけで生きていく、と言える人がいるだろうか。生活保護をむやみに攻撃する人は、自分は絶対に受けない、身内が困ったときも自分がすべて面倒をみる、と宣言できるだろうか。
 いま試されているのは、日本社会で暮らす人々すべてを一応の仲間と見るか、という共同体意識でもあると思う。共同体の中に弱い人、困っている人がいれば助ける、自分が困ったときには助けてもらう。その役割を果たすことが、現代の国家の重要な機能であるはずでである。社会保障制度を維持するために社会保障を抑え込むというのでは、目的と手段が逆立ちしている。何の社会保障もない弱肉強食社会を望む人も、日本にはほとんどいないだろう。
 日本社会の貧富の差が大きくなる中で、かつて分厚かった中間層の崩壊が進み、没落の不安にかられた中間層がバッシング行動に出ているという見方もある。それが正しいかどうか、材料不足なので判断を保留するが、階層的な対立が底流にあることは確かだ。
 考えたいのは、限られたパイの奪い合いしかないのか、という点である。どの領域にどれだけ課税するかを含め、社会保障に必要な財源は本当に確保できないのか、利益や資産をため込みすぎている人や組織はないのか、ほかの分野への財政支出は妥当か、生活保障をしっかりやって消費購買力を高めるほうが経済は好転するのではないか、貧困層に限定して給付する「選別主義」の政策より、社会の全員に生活に必要な公的サービスの費用負担を減らす「普遍主義」の政策がよいのではないか……。
 社会保障費の負担と配分という狭い土俵だけでなく、広い視野と柔軟な発想で社会・経済・財政を議論することが、ギスギスした争いを減らすために必要ではないだろうか。
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2019年03月16日

社会保障費をめぐる「奪い合い」

 社会保障の費用負担をめぐる争いもある。これは最も現代的な課題かもしれない。
 社会保障費が増大すると財政負担になる、すると、自分が納める税金や社会保険料の負担が増えるから、気に入らない、だから社会保障費を食いつぶしている連中をやっつけろ――という発想だ
 背景には、日本経済が大局的に見て20年以上にわたって停滞を続け、人口も減少に向かい、パイが大きくならないこと、高齢化・少子化の進行によって社会保障の受け手が増え、支え手が減ったこと、しかも経済的な格差が拡大してきたことがある。
 この間、多くの勤労者にとっては、賃金水準が下がる一方、所得税・住民税・消費税が上がり、社会保険料の負担、医療・介護を利用する時の自己負担も、どんどん上がった。教育費の負担も大きくなった。その結果、自由に使えるお金が減り、生活が苦しくなってきたわけだ。
 一方で、国家財政の借金は膨れ上がっている。自分が公的にもらえるお金が期待できず、むしろ社会保障制度によって自分の負担が増えるなら、使っている側を減らそう、そういう奪い合いの意識がさまざまな攻撃・非難のベースにあるのではないか。
 標的の1つにされたのが生活保護。攻撃する側は、怠けている連中が多いから安易に受けさせるな、という見方をしている。ヘイトスピーチをする連中は、在日外国人は生活保護から排除せよ、と主張している(在日外国人も税金は納めているのだが……)。
 高齢者もターゲットだ。高齢者の年金、医療、介護の費用が財政を圧迫している、と政府・財務省・厚生労働省はいつも強調している。高齢者は肩身の狭い気持になる。高齢者に無駄な医療費が使われている、寝たきりになったら医療で長引かせずにさっさと死なせろという議論は以前からある。最近登場した超高額の抗がん剤について、高齢者には使用を制限せよと主張した医師もいる。
 病気の人も標的になる。最近では、長谷川豊というアナウンサーが、自堕落な生活で糖尿病から人工透析になった人は自業自得だから、高額の透析医療費は全額自己負担にせよ、それが無理なら殺してしまえ、という趣旨の文章をブログに書いて、問題になった。
 貧困者・障害者に対しては、もともとの差別意識もある。生活に困って路上や公園で暮らしているホームレス状態の人々は、迷惑で汚い存在だ、そんな生活を好きでやっている怠け者だ、と白眼視され、「役に立たない存在」と見た少年たちなどから襲撃を受けて、各地で相次いで殺されてきた。
 それに加えて社会保障の費用負担を理由に、社会的に弱い人々をお荷物のように見る風潮が強まっている。障害者はいなくなったほうがいい、という考えから大量殺害に及んだ相模原の事件も、そういう社会風潮が動機形成の根底にあるようのではないか。
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2019年03月13日

個人差や社会背景を考えない「自己責任論」

 自己責任論も問題になる。自分の生活を成り立たせるのは自分の責任だ、働いて稼いで自活するのが社会の基本だ、働く能力がないならともかく、働けるのに食っていけないのは自己責任であって、救済する必要はない――そういう主張である。これも昔からあるが、1990年代後半から新自由主義と呼ばれる競争至上主義の経済思想が力を持つにつれ、広がった。そして新自由主義的な政策を推進した小泉純一郎政権時代の2004年、イラクで日本人3人が武装勢力の人質になった事件をきっかけに、「自己責任」という言葉が日本社会で多用されるようになった。
 しかし人間は、持って生まれた資質、たとえば知的能力や身体能力に明らかに差がある。どんな地域のどんな家庭に生まれ育ったか、どんな教育や訓練を受けられたかといった環境条件によっても、人の能力や性質は違ってくる。親が亡くなる、病気になる、事故や災害に遭う、勤め先が倒産するといった運のよしあしも影響する。
 そういう違いを無視して、すべてを本人の努力しだいとみなし、うまくいかないのはすべて、本人の努力不足や道徳の欠落のせいのように言うのが自己責任論である。人間社会の現実とかけ離れている。貧困に陥った原因として、人によっては自己責任の部分があるかもしれないが、それ以外の原因も合わさっているだろう。逆に、経済的な成功者のほうは、たしかに努力した人が多いかもしれないが、そのときどきの環境や時代情勢、たまたまの幸運もあったはず。
 そして貧困には、社会構造、産業の動向、景気、雇用情勢、制度・政策といった社会的要因があります。性別・年齢による扱いの格差もあります。たとえば、失業問題を本人のせいに帰するのは、むちゃでしょう。また、経済・社会の状況が厳しいとき、その影響は万遍なく全員に及ぶのではなく、力の弱い人々から先に不利な状況に追い込まれる。
 そういう社会的要因を含めて経済格差、貧困をどう解決していくかが、現代の大きな課題なのだ。ところが、他人を責めて、切り捨てるだけの自己責任論は、人間の生きる権利を無視しているうえ、社会的な問題の改善・解決につながらない。個人の生活態度に問題のある人がいるときも、どうやって改善に結びつけるかを工夫する必要があるのに、オレたちは知らん、どうにでもなれ、というのでは、何の役にも立たない。はなはだ非建設的な議論ではないだろうか。
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2019年03月12日

人に厳しくしたがる「しごき思想」

 他者に対して厳しくしたがる考え方も問題である。日本人ではかなり多い。とにかく必死に努力しろ、苦しくても我慢しろ、泣き言を言うな、限界までがんばれ……。そんなふうに考える人々が好む言葉は「甘えるな」である。甘やかしたら人間は怠ける、だから厳しくしないといけないという思想なのだ。軍隊のような組織、過労死・過労自殺を招く企業、いわゆるスパルタ教育、運動系クラブのしごきなどにも共通するところがある。仏教の一部にある修行主義や、戦時中に軍部が広げた精神主義などが関係しているかもしれない。
 しかし、厳しくつらい状況に人を追い込むことが、よい成果をもたらすというのは、一種の思い込みである。自分に辛抱と努力を課するだけならともかく、条件の違いを無視して他人に要求するのは迷惑なことなのである。
 貧困対策の分野では、19世紀にイギリスが「新救貧法」で採用した「劣等処遇の原則」に、これに近い部分があった。救済を受ける貧困者は最底辺の労働者より劣る生活水準にせよ、そうでないと労働者が勤労意欲を失う、というものだ。「院内救済の原則」もあった。施設に収容して厳しい労働と規律を強制し、耐え難い生活にせよ、そうでないと救済を受ける者が増える、というもの。
 けれども時代が進むにつれて考え方が変わり、多くの先進国は、すべての国民への最低限度の生活保障(ナショナル・ミニマム)を定め、貧困者には支援を重視するようになった。実際問題としても、人を非難せず、勇気づけるアプローチこそ、有効ではないだろうか。
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2019年03月11日

優越感を得ようとする「いじめ心理」とねたみ、やっかみ

 第1は、弱い相手、反撃しにくい相手をたたくことによって、優越感を得ようとする心理です。端的に言うと「いじめ」である。主観的には正義感あるいは被害意識を抱いているが、自分のほうが強い立場にいること、自分のほうが優れていることを確かめ、気分をよくしたいのだ。
 もちろん倫理的にも能力的にも、たたく側の人間が優れているわけではない。単に主観的な「優越感の確認」である。対象者をおとしめることによって、自分の位置が相対的に高まった気になるだけだ。政治的な意図で扇動する人間は別として、わざわざ優越感を得たがるのは、普段自分に自信がなく、何らかの劣等感や不遇感を抱いているからではないか。
 外国人への差別や憎悪をまきちらすヘイトスピーチや、不祥事を起こした著名人に対するバッシングも、共通性がある。たいていは匿名だが、放置していると実名で行動する人間も現れる。公務員バッシングの場合も、正当な批判だけでなく、いじめ心理やジェラシーが加わって過剰に行われることがある。反撃されにくいからだろう。一方、国会議員の政治資金の使い方(税金による政党助成金も入っている)には、なぜもっと怒らないのか。権力を持つ強い相手だからではないか。
 第2は、ねたみ、やっかみだ。
 生活保護の利用者に対しては、働かずにお金をもらえていいなあ、自己負担なしで医療を受けられていいなあ、と見る人たちがいる。自分たちは懸命に働いてお金をかせぎ、その中から様々な負担もして大変なのに、というわけだ。
 そんなに生活保護がよければ、自分も申請して、積極的に利用してはどうか。これはイヤミではない。働いていても年金があっても、その世帯の保護基準より収入が少なく、資産も乏しければ、不足分を補う形で保護の給付を受けられる。医療費がかさむ場合、それも保護基準に含まれるので、医療扶助だけを受けることもあり得る。実際には、生活保護世帯の8割は高齢・障害・傷病などによって働くことの困難な世帯で、残り2割のうち半分は現に働いている。働く能力があれば活用することは保護の要件になっており、そんなに甘く運用されているわけではない。
 ただし、やっかみには、理由のある部分もある。所得水準が保護基準より少し上、あるいは若干の資産があって、保護の対象にならない低所得層の人々は、生活が苦しいのだ。
 生活保護になれば、医療や介護の自己負担はなく、税金や、年金・健康保険・介護保険などの公的保険料、保育・障害者福祉のような公的サービスの利用料も原則としてかからない。自治体によっては水道料が減免される。一方、生活保護より少し上の層には、それらの負担が軒並み生じるので、実質的に見た生活費(自由に使えるお金)に逆転現象があるのだ。
 それらの層の人たちが生活保護を攻撃しているのかどうかは不明確だが、もしそうだとしたら、見当違いなのだ。かりに保護基準が下がれば、各種の負担軽減制度の適用基準が連動して下がり、自分たちも苦しくなる。収入が減って生活に困ったときに保護を受けにくくなる。
 低所得層の保険料、利用料、公共料金の負担を、幅広く軽減するか無料にすることによって、ギャップの解消をはかるべきではないか。とりわけ医療費の自己負担と、低所得層にとって高すぎる国民健康保険料の軽減を急ぐべきなのだ。
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2019年03月10日

国連の報告は成長するチャンス―日本は世界の知恵を集められるか?

 国連の特別報告者たちは、世界人権宣言、および日本が締結してきた国際人権規約、女性差別撤廃条約、子供権利条約、障害者権利条約など多数の条約に基づいて、日本政府に対話を求めている。とはいえ日本は、各条約を「一応、守ります。実施状況の定期審査も受けます」という形で締結しているに過ぎない(例外は子供の権利条約の一部)。
 「やる気」がもう少しあれば、「ちゃんと守ります、違反したら、国民がそちらに通報してくれます」という形で、具体的には「選択議定書」を含めて締結するはずだが、そこまでの「やる気」は見せていない。だから日本は、無視を決め込むことができる。「内政干渉、激おこぷんぷん」とブチ切れ、対話を拒否することもできる。
 しかし、この対話の機会を逃すのは、日本にとって「損」ではないだろうか。しかも、北朝鮮が対話に応じようとしている歴史的な時期なのだ。北朝鮮と比較して「日本って?」という印象を持たれたら、少なくとも国際社会で「得」はしないだろう。
 日本政府には、申し込まれた対話に応じ、基本的人権についての理解をアピールする自由がある。国際町内会の「日本町」の中での社会的進歩と生活水準の向上を図ってきていることをアピールする自由もある。生活保護に直接関係する国際人権規約の社会権規約について、「日本、ちゃんとわかっているんです」とアピールする自由もある。国益のために、それらの自由は大いに活用すべきではないだろうか。
 もちろん、「わかってます」「やってます」だけであれば、特別報告者たちの鋭いツッコミや調査の前にタジタジするだけだ。しかし、「すみません、わかってませんでした」「申し訳ない、できてませんでした」と認め、どうすれば「わかっている」「できている」に近づけるのか、アドバイスを受けることもできる。
 国家財政の事情を含め、日本の数多くの「わが町の事情」をどのように扱えば、国家の破綻を起こさずに社会保障を充実させられるのか、世界の知恵を集めて解決に向かうこともできるだろう。
 この重要な機会を、ぜひ日本政府に活用してほしい。
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2019年03月09日

国連での振る舞い方は町内会のゴミルールから理解できる

 わかりやすい例として、ゴミに関する町内会のルールを考えてみよう。
 「ゴミを収集所に出すのは午前7時以後」といったルールは、7時より前に家を出なくてはならない会社員を、しばしば困惑させる。そのようなルールがすでにあると知らずに賃貸住宅に転居してきて、風紀委員のようなご近所さんに厳しくチェックされて不快な思いをしても、多額の初期費用をすぐに用意して転居するわけにはいかない場合が多いだろう。ルールを変えたいと思っても、賃貸住宅の入居者は町内会員にしない町内会もある。参入できたとしても、多数決で敗北する可能性が高い。すると、不平不満を抱えながら次の転居の機会を待つしかない。
 しかし、同じルールの作成に自分自身を含む多様な人々が加わっているとすれば、状況はまったく異なる。「午前7時」という時刻は、望ましい到達目標や当面の落とし所として決められるだろう。人により家庭により、事情がそれぞれ異なることは承知の上で定められるルールに対して、「厳守」と叫ぶ声は上がりにくい。
 とはいえ、「守らなくてもよいルール」というわけではない。「午前7時」という時刻は、カラスなどによる被害を最小限に食い止めるために定められたはずだ。「午前6時40分が許されるのなら、午前6時30分でも大して変わらないはず。大して変わらない10分を積み上げていけば、前の晩の午後7時でも大丈夫」というわけにはいかない。「午前7時」はゴミ収集車の来る時刻、カラスの活動状況、「みんな」の都合などの要因を考慮して一応決めたラインだ。「みんな」がおおむね守れば、「みんな」が幸せになれるはずだ。
 国連という「国際町内会」には、条約・規約など数多くのルールがある。それらは、トップダウンで勝手に決められたルールではなく、国際「ご町内」のみんな、各国政府・各国NGOなど多数の参加で、時間をかけて決められている。また、それらのルールを取り入れるかどうかは、各国に任せられている。あるルールを受け入れるにあたって、強制力の内容や程度を選択できる場合もある。
 そもそも、「国際町内会」への参加のあり方が国ごとに異なる。「とりあえず加盟だけ」から「費用をたっぷり拠出し、条約をたくさん締結し、前提となる国内法も整備して」までのバリエーションがある。しかし「とりあえず加盟だけ」でも、1948年に定められた「世界人権宣言」に従う約束はすることになる。
 世界人権宣言には、以下のように書かれている。
 「基本的人権、人間の尊厳及び価値並びに男女の同権についての信念を再確認」
「一層大きな自由のうちで社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意」
 「加盟国は、国際連合と協力して、人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守の促進を達成することを誓約」
 「権利および自由に対する共通の理解は、この誓約を完全にするためにもっとも重要」
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2019年03月08日

生活保護法改正、待った!― 国連特別報告者リリースの中身

 国連のプレスリリースは、英語版・日本語版ともコンパクトにまとめられており、日本語訳は全文で約1100文字という短さだ。それをさらに要約すると、以下のようになる。
 (1)今年10月から実施予定の生活扶助費の段階的な引き下げは見直しを。貧困層、特に障害者、1人親世帯、また高齢者の最低限の社会保障を脅かしてはいけない。
 (2)日本のような豊かな先進国で、貧困層が尊厳を持って生きる権利を、意図的に踏みにじっていいのか。
 (3)緊縮政策が必要なのはわかるが、差別撤廃も、基本的な社会的保護の保証も、やめてはいけない。
 (4)日本の生活保護基準の決定方式、低所得層と生活保護受給者の消費を比べるという方法は、おかしいのではないか。欠陥のありそうな方法で、貧困に陥る人々を増やしていいのか。
 (5)生活保護法の改正については、少し待て。
 一見した印象では、「ここまでツッコミが入るとは」だった。問題があることは以前から理解されているとはいえ、非常に詳細な理解に基づき本質をえぐった今回のコメントには、正直なところ驚いた。生活保護受給者の暮らしを深く知る開業医は、「一読して、感動のあまり身体が震えた」と語った社会運動家の結城翼氏らも、このプレスリリースに関する記事を直後に発表している。
 しかし、特別報告者の申し入れは、あくまで「この件で日本政府と対話したい」という希望にとどまっている。強権をもって「応答せよ」と迫れるわけではないからだ。このまま日本政府が無視を続けたり、あるいは拒否したりすれば、「マナー違反」として呆れられるかもしれない。しかし、「そんな態度なら日本に何らかのお仕置きを」という成り行きは考えられない。少なくとも、 道路交通法違反と同レベルでの「ルール違反」でもない。しかしだからと言って、「このまま無反応で構わない」というわけでもない。
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2019年03月07日

生活保護法再改正の「ワナとムチ」  国際社会も警鐘を鳴らす内容に

 昨年6月、生活保護法再改正が参院本会議で可決され、成立した。「アメとムチ」と言うよりも「ワナとムチ」といった法律になってしまった。「大学進学支援」という極めて少量の「アメ」が薄く引き延ばされて表面を覆っているかのように見えるが、24金で薄くコーティングした鉛の球を「24金の球」と呼ぶ人はいないだろう。
 直前の5月には、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)はプレスリリースを発表し、日本政府に対話を申し入れた。プレスリリースは、極度の貧困と人権の特別報告者、対外債務と人権の独立専門家、障害者の権利の特別報告者、高齢者の人権の独立専門家の連名となっており、国際社会に重く受け止められていることがわかる。しかし、日本政府は応答していない。外務省に送られたプレスリリースは、現在のところ完全に無視された格好となっている。
 なお、国連特別報告者は国連そのものではないが、国連の看板を背負って調査などの活動を行う専門家たち、「ほぼ国連」だ。意見の相違もあれば、一時的な勘違いもあるが、最初から正解を持っているわけではない。むろん、何らかの正解を押し付けるために活動しているわけでもない。活動目的を一言でまとめれば、「いつでもどこでも誰にでも、人権が守られているように」ということだ。人権はその個人にとっても重要だが、さらに世界規模の重要性を持っている。
 社会保障、特に公的扶助は、世界の発展と安定に対して非常に重要な役割を担っており、先進国には牽引が期待される。難民問題は戦乱や紛争から生まれる。戦乱や紛争は社会の不安定さから生まれる。
 社会を不安定にする大きな要因の1つは、貧困と格差だ。戦乱や紛争によって命からがら逃げ出すしかなかった人々は、近隣諸国の品性の問題として、待ったなしで救済しなくてはならない。しかし、「なんでウチがやらなきゃいけないんだ」というホンネの不平不満は避けられない
 難民問題を含め根本的な対策は、各国単位でも地域単位でも世界単位でも「近所迷惑」「ご町内の迷惑」の発生を抑えることに尽きる。国連を「国際町内会」と考えれば、納得しやすいだろう。「その町内会はイヤだから、別の地球をつくって移住したい」と望んでも、現在のところは実現不可能だ。
 日本の公的扶助はほぼ生活保護だけである。「それしかない」という状況も問題なのだが、ともあれ生活保護は法律としても保護費としても、「扶ける」「助ける」の2つの「たすける」を組み合わせた「扶助」の名に値する必要がある。今回の国連特別報告者たちによるプレスリリースは、「日本のそのワナとムチ(極薄アメコーティング)、削減される一方の生活保護費は、『公的扶助』なのですか」という問いかけでもある。
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2019年03月06日

貧困ビジネスに搾取される実態は?

 詐欺の構造・スキームは明らかにされているが、現場の生活情景はイメージしづらい。しかし、貧困ビジネス施設「ユニティー出発(たびだち)」に入所した著者の長田龍亮氏が、自らの実体験をもとに搾取の実態、施設会長の人物像、そして法廷で争うまでの経緯を詳細に描いた骨太のノンフィクション『潜入 生活保護の闇現場』(ナックルズ選書)を出版した。
 長い海外放浪生活の末にアパートを引き払い、新宿駅近くのネットカフェで求人誌をめくっていた長田氏(当時・33歳)は、「個室寮完備」「3食付」「日払い相談可」と謳われた土木作業員の募集広告を見つけ、早速、指定されたさいたま市内の事務所まで面接に赴く。しかし、面接では「不況で土木の現場がない」ことを告げられ、生活保護の申請を打診される――ところから本書は始まる。
 入所後、生活保護の認定を受けると、月1回役所から支払われる生活保護費(さいたま市の基準で12万5000円)は施設にすべて取り上げられ、入所者に支給されるのは「日払い500円」と呼ばれる1日500円の現金支給と、月に1度の「支給日」に支払われる5000円。合わせて月2万円以外の10万5000円は食費と寮費に消えていく。もちろん、食費と寮費はその価値に見合うものが提供されているわけではない。
 これが貧困ビジネスの実態なのである。
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2019年03月05日

囲い込んでいたほうが利益になる?

 実際に悪質NPO経験のある40代労働者に聞くと、
 「2年前、糖尿病が悪化して一時的に生活保護を受けることになり、役所でこの団体を紹介されました。私の場合、月12万円の支給額から管理人に9万円を納め、残り3万円でしたが、あっという間に消えました。食事は簡素で1日2食だけ。ご飯のおかわりもできないから腹が減る。残り1食は自分で弁当を買うなどしなければならず、ギリギリの暮らしでした」
 と言う。
  同宿者は軒並みやせ細り、生気を失ったかのように映ったと言い、
「することがないので毎日散歩し、交通費節約のため病院まで1時間以上かけて歩いていきました。NPOは“社会復帰させるより囲い込んでいた方が利益になる”と考えていたのでしょう。管理人からは就労支援のサポートもなかった。3カ月後、体調が良くなったので現場仕事に復帰しましたが、あのまま過ごしていたら、きっと廃人になっていた気がします」
と続けた。
 このNPOは十数年前に設立され、ホームページには、「自立支援」「社会貢献」といった文言が並ぶ。が、その実態がなく看板倒れなのだ。あまつさえ経済活動の停滞を招いてしまっては、元も子もないのではないか。
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2019年03月04日

生活保護でメシを食うNPOの実態 「弱者救済」「自立支援」のウラで

 生活保護受給者は、今や全国で210万人超、その事業費は実に年間3兆8000億円にのぼる。
 そんな時世にあって、生活保護の周辺には深い闇が横たわっている。折から社会問題となっている「貧困ビジネス」の実態についてはさまざま報じられている通りだが、最近では以下のような“弊害”も生じているという。
 「街の労働力をNPOに奪われて仕事になりません」
 こう嘆くのは、東京都下の労働者派遣業者である。
 「大手ゼネコンの下請を相手に、現場労働者を調達して派遣してきました。おもに川崎駅構内で暮らすホームレスや家出人に声をかけ、寮をあてがって働かせていたのですが、ここ数年は全然集まりません。川崎に限った話ではなく、山谷や横浜の寿町などドヤ街、そして高田馬場や錦糸町など、これまで見かけられた場所から、彼らは姿を消してしまったのです」
 そうした“人材”が向かった先は、
 「都心に拠点を持つNPO法人が、大規模な“勧誘”をしているのです。川崎では毎週、そのスタッフがおにぎりとチラシを持って駅周辺を回っている。高架下で段ボールの中にうずくまっているような人たちに『生活保護を受ければ布団で眠れますよ』と声をかけ、宿舎へと連れ帰るわけです」
 ドヤ街のリクルート活動は、大いに様変わりしたといい、
 「月に2回の支給日には、川崎市役所に受給者が列をなします。老若男女合わせて500〜600人ほどで、彼らは宿舎に戻り、月13万〜14万の支給額のうち10万ほどをNPOに納める。で、8畳ほどの部屋に2、3人が押し込まれ、終日ゴロゴロして過ごすだけ。残った金は煙草代に消え、外出して何か楽しむこともできず、引き籠るしかなくなるのです」
 “社会復帰に向けたリハビリ”といえば聞こえはよいのだが、
 「本当に病気だったり高齢で体が動かない人は仕方ないとして、大半の人が働ける健康状態なのが問題です。人間、働かない暮らしに慣れると堕落して、かえって社会復帰しづらくなる。ウチだったら日当1万円で食費や寮費を引いても7000円は残る。ひと月15万円は手にできるのに比べ、NPOの方は2、3万。でも、寝転がっているだけでカネを貰えるから楽で良いのでしょう。あちらから来たのが何人もいますが、中には数日で逆戻りする者もいて、結果、現場工事は進まない。トラックの運転手がいなければ、高層ビルも道路も作れないわけです」
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2019年03月03日

生活保護から抜けられない原因は?

 貧困ビジネスと呼ばれるような低額宿泊は、就職活動を禁止していることが特徴だ。しかし、これについても施設だけの問題だけではない。
「環境的に就活は難しいと思われるかもしれませんが、本当にヤル気がある人はたとえ携帯電話がなくても、自分で仕事を探して施設を出ていました。役所に行けば、履歴書もタダでもらえるし、証明写真も撮ってくれる。大阪市ではスーツまで貸してもらえるんです」
 就職活動にも消極的になり、なかなか生活保護から抜け出せない……。では、そんな状況を生み出す原因は、いったいなんなのだろうか。
若くて健康な体でも受給できるのは問題かもしれない。生活保護はカネがなくて扶養してくれる人がいなければ、基本は受給できる。生活保護の申請をすると、2週間たらずの審査で受けることができる。結局、最後のセーフティネットの居心地が一番いい。食事は現物支給やフードクーポンにするなど、支援の方法はほかにもあるはずだが…。
 本当に生活保護を必要としている人を行政側がふるいにかける「水際作戦」も問題だが、受給者が依存してしまう制度にも問題はあるようだ。
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2019年03月02日

「独身・無職・中年」の絶望。生活保護で命をつなぎ、家でネットを眺める日々…

 「労働意欲はあるんですけど、病気のせいで規則正しい生活はできないし、雨の日は身体も動かなくて……」
 一日中閉め切られたカーテン、モノが散乱し足の踏み場がなくなった床――。我々を招き入れてくれた自室でそう語るのは松本浩之さん(仮名・40歳)。無職歴は1年だ。重度の睡眠障害・不安障害を患い、現在は生活保護を受給中だという。そもそもの病の発端は「3.11」だった。
「当時、派遣社員としてコールセンターの仕事をしていました。当時のオフィスは高層ビルの45階。もともとうつ気味ではあったんですが、高層階特有の“嫌な揺れ”で完全に心が壊れてしまったんです。睡眠導入剤を飲んでごまかしながら働くも、出社すればトイレに駆け込み嘔吐する日々。そんな状態になって3ヵ月後には契約が打ち切られ、クビになったんです」
 転職から半年未満だったために失業保険の基準は満たせず、貯蓄はゼロ。むしろ親の借金を200万円肩代わりしている状況だった。
「生活保護か死ぬかの二択しかなかった。ケースワーカーさんに通帳を提示し、悲惨な状況を伝えたらなんとか給付が受理されました」
 病状が落ち着くのを待ち、借金返済のため3年前に一度社会復帰を果たしたが、そのせいでさらに病状が悪化してしまう。
「前職と同じコールセンターですが、今回は苦情処理担当。客の第一声が『死ね!』なんて日常茶飯事です。この2年間のうちになんとか借金は返したんですが、最終的にはまた心が壊れてしまって……。大量の睡眠導入剤を飲んで自殺未遂。そこで契約が切られて生活保護に戻ったんです」
 現在も睡眠導入剤がないと眠れず、生活はおのずと不規則に。昼であれ夜であれ、その日起きた時間から松本さんの1日は始まる。
「起きている間は家でネットを眺めているだけです。外出して人と会うことはまずありません。ケースワーカーにはゴミのような扱いをされるので会うこと自体が苦痛になっています。医者からは『ケースワーカーが心的ストレスになっているから、引っ越したほうが良い』と勧められているんですが、そんな費用もないのが現状です」
 生活保護の支給額は月約12万円。家賃などを除けば3万円程度しか残らない。そのため食事はすべて自炊。久々の外出となるスーパーへの買い物にも同行した。
「体調の良い日にスーパーに出かけて食材を買い込み、それを一日1〜2回食べるという生活です。今日は受給日直前なんで、バナナとお惣菜しか買えませんが……」
 数百円の買い物を済ませ自宅へ戻る松本さんに、今後の人生への想いについて聞いてみた。
「社会復帰できる日がくればいいですけど、自分でももうわからないです。頼れる親も知人もいないので、今は引越し資金を貯めて、良いケースワーカーがいる地域に引越しするのが唯一の望みですね」
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2019年03月01日

「パチンコ」「競馬」に使いすぎ 生活保護受給者への指導、3000件超

 厚生労働省の調査によると、自治体が生活保護受給者に、パチンコや競馬などのギャンブルに生活費を使い過ぎたとして指導を行った件数は、昨年3000件あまりだった。同省が受給者への指導に関する調査を行ったのは16年度が初めてである。。
 浪費に関しての指導内容で最も多かったのは「パチンコ」(79.4%)の2462件で、約8割を占めた。次いで、「パチンコ」の2462件(79.4%)で、約8割を占めた。次いで、「競馬」が243件(7.8%)、「宝くじ・福引」が132件(4.3%)と続いた。
 ギャンブルでもうけたと申告があったのは464件で、合計金額は4億260万円だった。内訳をみると、「宝くじや福引」が215件(3億8675万円)で最も多かった。
 生活保護費は、国が定めた最低生活費から収入を引いた額が毎月支給される。ギャンブルでもうけた場合、収入として申告する必要があるが、申告をせずに不正受給した金額は3056万円に上った。
 厚労省は「社会常識の範囲内でパチンコなどすることを一律に禁止することについては、慎重な検討が必要」としている。
 ただし、「パチンコなどで過度に生活費を費消し、本人の健康や自立した生活を損なうようなことは、『最低生活の保障と自立の助長』という生活保護の目的からも望ましくない」として、自治体に助言や指導を引き続き求める方針だ。
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