1つめは「住宅軽視のツケ」。「住むこと」に不安を感じている人は増えている。不安定な雇用で収入が減少しているという面もあるが、都市部で一定以上の部屋数を確保するとなると月の家賃は8万〜9万円となり、平均月収である24万円の3分の1を占めてしまい、可処分所得を圧迫している意味は大きい。国土交通省は住宅の誘導居住面積水準(例えば3人世帯の都市型居住の場合で75u)を定めたが、全国ではこれに達しない住居が半数もある。
一方で借り手や住み手のない空き家が757万戸(空家率13.1%)発生している(総務省平成20年度住宅・土地統計調査)。このようなことが起きる背景には、高度経済成長期に多額のローンを組めるよう低利住宅貸付を推し進めながら、住宅そのものの部屋数や面積に規制を設けてこなかった「持ち家」政策のツケがある。長期的に不況になることで給与が上がらず返済に苦しむ社員やリストラされて借金だけが残った高齢者が目立つようになった。
他方で質を伴わない住宅群が宙に浮き、貧困層の単身者たちは安宿や生活保護基準額に合わせた雑居ビルの部屋に身を寄せている。子供の貧困に引き寄せて考えると、高い家賃が教育費を圧迫するだけでなく、子供部屋の確保が後に回され、プライバシーの確保や集中力の維持が難しい。誘導居住面積水準という民間頼み的な施策ではなく、規制を伴う建築基準をもって対処すべき時期に来ている。
2つめは「教育コスト」のツケ。大学卒業までにかかる教育コストは公立の幼稚園から高校まで在学し国立大学に進学した場合が約800万円(下宿をすると約1,000万円、オール私学なら2,300万円)に及ぶ。無論その多くの負担が高等教育にかかるため、多くの家庭でこの時期に預金を使い果たす。これが将来不安に繋がっている。
また、見逃しやすいが、日本は他のOECD諸国に比べ就学前の親の負担も大きく、収入の低い若い親にとって子育ての大きな壁になっている。これに非正規雇用の増大による親の低所得化が加わり、一気に問題が表面化してきた。仮にオール公立の金額を大卒年齢の22で割ると年間40〜50万円で、日本のGDPに比して決して多額な投資とはいえないだろう。OECD各国の中で政府総支出比9.5%(OECD平均13.3%)と最低ランクの公財政教育支出国であるわが国の弱さが露呈した格好である。少なくとも大学卒業時に400万円近い借金(奨学金の返済)を背負って低賃金の就職先に悩む学生の姿は早く何とかしなければならない。
3つめは「所得保障のツケ」である。「家計の金融行動に関する世論調査」[二人以上世帯調査](2015年)によると、老後の不安を感じている理由として「年金や保険が十分でない」が7割を超える。それと並んで「十分な金融資産がない」とする人も7割程度いる。公的年金に頼って生活をしている人は2人以上の世帯では8割いるが、単身世帯は57%と減り、その不足を就労収入や個人年金などで賄っている姿が見られる。
ここで問題なのは公的年金(老齢基礎年金や遺族基礎年金)の月額65,008円という金額である。年金受給者が2人以上の世帯であればギリギリの生活が可能であるが、実際の満額受給は一部で、自営業者の受け取り額平均は夫婦で10万円ほど、単身であれば5万円といずれも生活保護法の最低生活費を下回ってしまう。単身者に至っては貯蓄ゼロが5割を占めるので働くか生活保護以外の選択肢がない。将来の生活が困難なことは高齢期になる前から明確なので消費に回さず貯蓄へ流れ、経済市場は活性化しにくい。年代を問わず、ベースとなる所得を確保することでこの不安から脱却させるためには、給与を大きく上げていくか、社会保障としてその給付を行うかが必要となるが、日本ではその両方ともが進まない。
これら従来の政策に共通していえることは、景気浮揚を目的とした経済政策と連動していることである。経済が好循環になることを想定できた時代だからこそ家を建てたが、大きな借金をすることが難しい今、家を買いたいと考えていない人が多数を占めるようになった(先の「世論調査」では2人以上世帯で56%、単身世帯では74%が家を買わない意向を示している)。競争により偏差値の高い大学へ行くことが、一流企業に就職して高収入で幸せだと考えられてきたが、グローバル化で大企業も安閑とはしていられない。生き残りの名の下に賃金労働者の非正規化を進めた結果、その割合が4割を超え(厚生労働省「就業形態調査」2015年12月発表)、不安定な雇用状況が消費を縮小させ、金融政策の連動も効果が出にくい。もう、アベノミクスの「3本の矢」のような経済・金融政策は限界が来ている。