2019年01月31日

世代別の貧困者支援対策が重要

 世代によって必要な政策が分かれてくる。まず子供向けでは特に母子世帯向けの所得保障と就業支援が重要である。また貧困世帯児童向けの教育費用の支援も重要になる。若年・現役者向けには、非正規労働者への支援が重要である。非正規労働者は、国民年金や国民健康保険に加入するケースが多いが、これらの保険料は定額負担の性格が強く、低所得者ほど逆進性が高く、未納率の原因になっている。
 したがって、当面必要な所得再分配政策は、非正規労働者にも正規労働者と同じ社会保険(厚生年金、健康保険)を適用し、将来の生活展望や医療アクセスを保障する、非正規労働者でも将来展望を持って家族を形成できるように、住宅手当、児童手当の加算、子供に対する奨学金を充実させることである。低所得高齢者には、基礎年金制度を補う最低所得保障制度の導入、医療・介護費の保険料、窓口負担の軽減が重要になる。
 さらに全世帯に共通して生活困窮者の生活支援も重要である。就職の失敗や離職に伴う長期無業となり、引きこもるもの、多重債務を抱えるものも増えているが、現在、これに対する支援政策は存在しない。これらの問題は、現金給付だけでは対応できないので、就労支援、生活相談、金銭管理支援などさまざまな生活支援政策を行う必要がある。2015年4月からスタートした生活困窮者支援制度は、このような多様な生活困窮者の生活を包括して支援するまったく新しい仕組みとされるが、その成否にさほど期待がかかってはいない


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2019年01月29日

1人親世帯の貧困率は50%で世界トップクラス

 ここでは世代別の貧困の課題を見てみよう。まず子供の格差・貧困であるが、これは大人の貧困率の上昇とともに上昇傾向にある。日本の子供の貧困率は16%であり、先進国でも上位にある。また特に1人親世帯の貧困率は50%であり、先進国でもトップクラスになっている。こうした貧困が子供に与える影響については、教育水準、健康面で明らかにされている。
ついては、親の所得階層によって基礎科目の成績で差がでていることや、大学などのへ進学率に差がでていることにより、所得格差と学力、進学機会の格差の関係が明らかになっている。またさまざまなデータが子供の貧困と貧困の世代間連鎖を明らかにしている。たとえば、少年院における貧困世帯の出身者の率の高さ、生活保護受給世帯出身の子供が成人後、自らも生活保護受給になる確率が高いこと、養護施設出身の子どもが成人後に生活保護を受ける割合も高いことなどが明らかにされている。
 次に若年者・現役世代の格差・貧困を見てみよう。90年代半ばから非正規雇用が拡大し、特に不本意ながら非正規労働者にならざるを得ないという若い世代の増加は、格差・貧困率の上昇、未婚率の上昇の重要な原因になっている。また学校、進学、就職・転職の失敗などをきっかけとする若い世代の引きこもりの増加が大きな問題になっている。
 高齢者の格差・貧困の主要因は、低い年金や無年金である。被用者は厚生年金、非被用者(自営業、無職、非正規労働者)は国民年金と加入する年金が分立している日本では、国民年金(基礎年金)のみの高齢者は850万人程度おり、その平均年金額 (月額) は5.5万円であり、生活扶助基準を大きく下回る。また2015年度から初めてスタートするマクロ経済スライドによって、基礎年金の実質水準は今後30年間にわたり約30%程度低下するとされている。今後の高齢者数の増大も考慮すると、膨大な貧困高齢者が発生する可能性もある。
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2019年01月25日

相対貧困率と生活扶助基準ライン

 所得分布が格差の大きさを示すのとは別に、貧困の程度を示すものとしては相対貧困率がある。正確には相対貧困水準とは「世帯人数を調整したうえでの中位の所得の半分の所得を相対貧困ライン」と設定し、その相対貧困ライン以下の人の割合と定義される。もう1つの貧困ラインとしては、生活保護制度の定める最低所得水準(以下、生活扶助基準の貧困ラインとする)によるものがある。生活扶助基準からみた貧困ラインは、世帯を構成する家族の年齢や居住地によって異なるので、単に人数調整した相対貧困ラインとは単純比較できない。
 しかし、相対貧困ラインからみて貧困世帯とみなされる低所得世帯と生活扶助基準ラインからみて貧困世帯とみなされる世帯は86%重なっていることが確認できている。したがって、相対貧困率の動向は、生活扶助基準以下の貧困率と類似した動きを示すことになる。その相対貧困率の動向を見ると、全体として貧困率は上昇傾向にあり、特に若年世代の貧困率が大きく上昇している。一般に、貧困率の上昇は、収入が少ない高齢者数が増加したためであるという指摘もあるが、決して人口要因だけではない。
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2019年01月24日

所得分布からみる格差の拡大―所得上位5%の占有率が急上昇

 日本国内での格差・貧困の動向についても見てみよう。格差・貧困の動向を見るためにはいくつかの指標を組み合わせてみる必要がある。
 まず所得の中位値と平均値である。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、近年の平均世帯所得は530万円超であるが、中位の世帯所得(所得を低いものから高いものへと順に並べて2等分する境界値)はほぼ430万円である。中位値より平均の方がかなり高めにでる原因は、高所得世帯の所得が平均を押し上げているからである。そこで中位値の世帯所得の動向に着目すると、世帯人数が減少していることや人口の高齢化が進んだことをも考慮しないといけないものの、1995年は550万円、2000年は500万円、2005年は458万円、近年はほぼ430万円というように、約20年間で中位値は120万円以上低下している。
 次に所得分布は、全世帯の下位から約2割は世帯収入「0から200万円」にある。中位の世帯所得の半分は210万円あまりであり、これは相対貧困ラインにも相当するが、それ以下の世帯が20%程度存在することになる。他方、上位から5% が世帯所得「1300万円以上」、同じく上位10%が世帯所得「1000万円以上」の高所得世帯層となっている。したがって、大ざっぱにいうと日本の世帯所得分布は1000万円以上で上位10%、201万円から999万円で中間層70%、200万円以下の低所得者層20%から構成されている。
 次に高所得層への集中を明確にするためには、高所得層への占有率に注目する必要がある。OECDのデータベースでは、各国の所得上位層が全所得(課税前)の何パーセントを占有しているか公表している。上位5%の所得層の占有率を見ると、日本は90年代に入って急速に上昇しており、米国の約35%、英国の約30%には及ばないものの、25%に接近している。なお、フランスは21%、スウェーデンは17%であり、決して日本が格差や所得の集中度が低い国ではないことがわかる。
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2019年01月23日

国際比較から見た格差の現状―低所得層の大幅所得低下は日本だけ

 トリクルダウン政策は、日本でも2000年代前半に雇用規制緩和などを進めた小泉純一郎政権、それに続く(第1次)安倍晋三内閣でも「上げ潮政策」として採用されているが、それが低所得世帯にどのような結果になったかは十分検証されていない。国際的にも過去20年から30年間で、先進国における格差がどのような状況になっているかは重要なテーマになっている。この点について経済開発協力機構(OECD)の “Divided We Stand: Why Inequality Keeps Rising” (2011年) は、1980年代半ばから2000年代後半の期間における所得上位10%の階層と下位10%の階層の実質所得の変化率について、「世帯規模」と「物価水準」を調整した上で、国別に動向を明らかにしている。
 フランスのように下位の所得の成長率が上位の成長率よりも高い国は例外であり、多くの国で、高所得者の所得の成長率は低所得者の成長率よりもはるかに高く、格差は拡大していることが確認できる。それでも低所得者の実質所得の成長率はわずかでもプラス成長であるが、日本のみ低所得者層の所得は実質所得が年平均マイナス0・5%になっている。日本では、低所得層の所得がより大きく低下していることが確認されたことになる。
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2019年01月22日

成長か分配か―揺れ動く国民の評価  

 生活保護受給者数は220万人あまりとなっており、戦後最多の状況が続いている。生活保護を受給している世帯の約4割が高齢者世帯であるが、増加率に着目すると若い世代の生活保護受給者も増加している。このように貧困問題はより深刻になっているものの、所得再分配か経済成長のいずれを優先すべきなのかという問題は、常に経済政策で大きな論争になり、国民の評価もそのときの社会経済状況で大きく揺れ動いてきた。
 2007年から08年のように生活保護を打ち切られて餓死した高齢者の事件や、リーマンショック後の解雇で仕事と住居を同時に失った人々が日比谷公園に集まり、派遣村が開設されたことなどが報道されると貧困・格差に関心が集まり、再分配政策を支持するようになる。しかし、最近のように生活保護受給者が増加し、不正受給などが報道されるようになると、再分配政策への支持は小さくなる。再分配政策を重視した民主党政権とは異なり、自民・公明連立政権は、経済成長重視を鮮明にしている。
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2019年01月21日

生活保護の矛盾?

東京地裁で生活保護をめぐる判決が下りた。生活保護受給者のAさんが70万円分余分に受給していたケースで、役所から返還請求を受けていたもの。その際にAさんは余分支給額70万円には気が付かず、うち6万円をパソコンの購入費に充てた。そこで役所から70万円の返還請求を受けたわけだが、この6万円のパソコン購入費は就職するのに必要なモノだったから返還免除してほしい旨の訴えを東京地裁に起こした。その裁判で東京地裁もパソコンの購入は就職に必要不可欠なものである、と認めたのだが…判決は「パソコンは知人から借りるなどすればよい」「購入費に充てた6万円を含めて全額役所に返還すること」というものだった。わざわざパソコンを貸してくれる知人などが存在するのか、という非常に不明確な理屈による判決だが、これが東京地裁の答えなのだ。どんなに原告に同情的であっても、地裁の判決は覆ることはない。「血も涙もない判決」ではないだろうか。しかし、一方で生活保護という国民の血税によって賄われる社会保障費は、慈善事業ではない。どのような理由があろうとも、その費用が不正に使用された場合は、返還義務があることは言うまでもないことである。
 しかし、日本人に対して、かくの如く冷酷非情な判断がされているのに、他方で外国人らはやりたい放題というのであれば、これは断固糾弾しなければならない。そもそも、生活保護というのは、憲法25条で国民に対して、最低限度の人間らしい生活を送る権利を保障するも。ここで問題になるのは、憲法で保障しているのは国民に限っていることであり、外国人は含まれない。であるなら、なぜ外国人にも生活保護が支給されているのか。憲法が制定されて間もなく、この問題が取り沙汰されるようになった。言うまでもなく朝鮮人の問題だ。彼らは戦後、半島に帰らず、自分の意志で日本に残っていたにも関わらず、復興のために社会に貢献するでもなく、ひたすら怠惰に日がな1日を送っていた。さらに性質が悪いのは、彼ら朝鮮人が怠惰な1日を送るために生活保護を日本政府に求めたことだった。これについて、日本政府がきっぱりと「朝鮮人に生活保護を支給することは出来ない」としていれば、今の騒ぎはなかったはずだが、戦後、ひたすら米国の顔色を窺い、かつての気概もなく、ただただ事なかれ主義に陥っていた日本の政府は、彼らの言い分を認めて、昭和29年に「当面の間、日本人に準じて外国人にも生活保護を与える」という内容で厚生省局長通達を出したのだ。まさに愚かな局長通達ではないだろうか。
 そもそも「当面の間」が60年以上続いていることに、誰も何も思わないのか。通達では「外国人」となっているが、これは事実上朝鮮人のことだったのだ。現在に至っても、生活保護を受給する外国人は7割が朝鮮人である。もちろん、他の国籍者、例えば米国人や英国人などもいるが、その数はすくない。これに対して在日韓国人や朝鮮人などは2万7000世帯以上となっている(平成22年)。外国人受給世帯数の総数は4万世帯となっているため、先の通り、朝鮮人だけで約七割を外国人生活保護世帯が占めるという事態になっている。もし、仮に、この2万7000世帯に支給している生活保護費を日本人に回せば、その数だけ日本人が救われることになる。今のように、生活保護がもらえなかったからという理由で、富士の樹海で首を吊る人も、ひょっとしたら助かったかもしれない。これを言い出すと、必ず「では朝鮮人は死んでもいいのか」と尋ねる「市民」がいるが、よく考えて欲しい。国家というものは、国民を保護すること、国民の生命・財産・安全を守ることを第一義としており、それ以外の人間(外国人)の保護はその外国人の所属する国家、この場合であれば朝鮮半島の国家の一義的な責務の範疇なのである。
 ともあれ、生活保護をめぐる裁判から見えてくる、日本の歪な生活保護の在り方に何とも言えない気分になる。自国民を死に追いやるような行政でありながら(「おにぎりが食べたい」と遺書を書いて、福岡県では生活保護を打ち切られた日本人世帯、2世帯で餓死事件が起きている)、一方で大盤振る舞いに近い外国人への生活保護支給。本当にこれでいいのか。。だからこそ、ぜひとも国民最後のセーフティーネット、生活保護について考えて欲しい。
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2019年01月20日

生活保護費の引き下げで貧しい人がますます苦しく!

 貧しい人のための社会保障制度に生活保護がある。日本では高齢化に伴って、生活保護費の受給額は年々増えているが、生活保護制度の捕捉率(生活保護を受ける資格がある人のうち、利用している人の割合)は2〜3割といわれ、これは世界の国々と比べてもとても低い。
 そんななか、政府はさらに2018年度から生活保護費の引き下げを決めた。都市部の一人暮らし、子どもが多い家庭の引き下げ率が大きくなるといわれ、問題になっている。
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2019年01月18日

日本にも貧困はあるの? 国民の6人に1人が貧困

 日本は世界でも豊かな国の1つ。貧困なんて存在しないと考える人も多い。しかしOECD(経済協力開発機構)によると、日本は先進国のうち、アメリカに次いで2番目に全体の相対的貧困率が高い国だ。
 国民の6人に1人、約2千万人が貧困ライン以下で生活しているといわれ、特に一人親(その多くはシングルマザー)の世帯の過半数が貧困という状態が長く続いている。このような国は先進国のなかでも日本以外にない。
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2019年01月17日

貧困を放っておくとどうなるの?

 他人の貧困は自分と関係ないと思っていても、貧困が広がることで社会にはさまざまな悪影響が出る。
 例えばいろいろな要因で社会が不安定化すると、経済の生産性が低下し、それを補うための公的負担、個人の税金も増える。社会への不満をためた人によるテロの影響を受けるかもしれない。
 つまり、一生貧困とは無縁という人にとっても、何かしらの影響があるのである。
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2019年01月16日

貧困が生まれる主な理由

(1)想定外のアクシデント
 貧困は世界のどこにいても、病気やケガ、事故、失業、離婚などの要因によって誰にでも起こりうる。周りに家族や友人、コミュニティーなどの支えがないと立ち直ることが難しく、社会的に孤立して貧困に陥ってしまう人も多くいる。
(2)世代間の連鎖
 貧困は次の世代に連鎖する。例えば日本においては、中学校・高校卒業者の約半数が非正規雇用で、正規雇用の3分の1の給料しかもらえない。年収が低いと子供の教育にもお金をかけづらい。このように、いったん陥るとなかなか自分の力だけでは抜け出すことができないのが貧困の現状だ。
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お金持ちに都合のいい社会のルール

 今、世界のほとんどの国の経済は自由市場というしくみで動いている。個人や企業などがそれぞれのもうけを最大限に追求し、自由に競争し合うことで世界全体の富が増えれば、貧しい人まで恩恵が行き渡るという考え方だ。でも実際にはそうはなっていない。社会のルールづくりは一部のお金持ちが影響力を行使することが多く、彼らにとって都合のよいルールは、なかなか変えることができない。
 一部の経済学者は「今の経済理論を見直す必要がある」と強く指摘している。でも、そのしくみに変わるものが何か、まだ明確な答えが見つかっていない。
 特に格差が広がるアメリカでは、2011年以降、「ウォール街(金融街)を占拠せよ」という抗議デモが起きている。一般市民が「私たちは99%」と主張し、富を独占する1%に対する不満が爆発している。日本をはじめ、世界の国々はアメリカと同じ制度を取り入れているので、格差の拡大は世界中に広がっていくだろう。
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2019年01月15日

貧困は誰のせいか?

 世界銀行によると、1日当たりの生活費が1.9ドル(約210円)未満という貧困状態(絶対的貧困)の人々は、世界で約8億人(2013年時点)もいる。こうした人々へ支援の手を差し伸べることは緊急の課題だ。一方、先進国でもその国の平均的な水準に比べて所得が著しく低いという貧困(相対的貧困)が存在する。もちろん、日本も例外ではない。
 貧困は世界のどこにいても、いくつかの要因が重なれば誰にでも起こりうる。それなのに「貧しい人は努力が足りない」「能力がない」「運が悪かった」など、個人の自己責任の問題として考えられてしまいがちだが、社会の構造に問題がある以上、個人の問題ではなく社会の問題として考えなければ、ますます格差は広がっていくことになる。
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2019年01月13日

就学援助、対象減る恐れ 保護受けない低所得世帯に余波

 政府が昨年10月から生活保護の基準額を引き下げたことで、生活保護を受けていない低所得世帯の子供に給食費や学用品代を支給する「就学援助」の要件が厳しくなる、との懸念が出ている。低所得世帯への生活支援制度は、生活保護の基準額を参考に支給対象を決めるためだ。
 政府は影響が出ないようにするとしているが、就学援助は地方自治体の単独事業で、国に権限はない。5年前の前回に生活保護基準額が引き下げられた際、全国で多くの自治体が就学援助を縮小した。
 保育料の減免、医療保険の自己負担の上限額の軽減など多くの生活支援制度は、国の事業で、生活保護の基準額が引き下げられても、国の判断で適用要件を据え置くことができる。
 問題は自治体の単独事業で、特に就学援助への影響が懸念される。支給対象世帯として、各自治体が生活保護基準額の「1.1倍」「1.3倍」などの所得と適用対象を独自に定める仕組み。政府は前回の生活保護引き下げの際、各自治体に就学援助に影響させないよう要請したが、全国89市区町村で就学援助の基準が引き下げられ、多くの子供が対象外となり、就学援助費を受け取れなかった。
 横浜市の場合、前回の生活保護基準額の引き下げ前は両親と小学生の子供2人の標準世帯で年収約358万円以下を就学援助の対象としていたが、引き下げ後の14年度から約344万円以下に。推計977人の子供が対象から外れた。
 東京都中野区も、標準世帯(横浜市とは世帯人数などが異なる)で基準を年収約335万円以下から、14年度に約11万円下げた。就学援助を受ける子供の割合は13年度の24.6%から、17年度は19.8%と大きく減った。
 区教育委員会事務局は「判断基準は生活保護に準じているため、厳格に適用した」と話す。 

<生活保護> 憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障し、自立を助ける制度。収入が国の定める最低生活費に満たない場合、不足分を支給する。食費や光熱費などに充てる「生活扶助」や家賃に充てる「住宅扶助」、義務教育に必要な学用品を賄うための「教育扶助」などがある。生活扶助は5年に1度見直され、政府は2018年10月から全受給世帯の3分の2で段階的に最大5%引き下げ、3年かけて国費計約160億円を削減すると決めた。
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2019年01月12日

生活保護 貧困対策に逆行 子育て世帯4割が減額へ

 2018年度の生活保護費見直しで、約十五万に上る子育て世帯のうち四割近くが減額になった。政府はひとり親世帯への「母子加算」を平均2割カットするほか、児童手当に当たる「児童養育加算」も一部を減らす方針。これでは子供の貧困対策に逆行する。
 ひとり親世帯に支給される母子加算は、現在の平均月2万1000円から1万7000円に減額されるが「ひとり親だからこそ必要となる経費が十分に考慮されていない」との指摘される。
 子供の健全育成のため、子育て世帯に支給する児童養育加算は、対象を現在の「中学生まで」(月1万円)から「高校生まで」(同)に拡大する。一方で3歳未満は1人当たり月1万5000円から1万円に減額。一般家庭には1万5000円の児童手当が支給されており、貧困家庭への差別ではないか。
 高校生の学習支援費は、上限を年約6万2000円(定額)から約8万3000円(実費)に引き上げ、生活保護世帯の子供が大学などに進学する際は一時金を支給する。
 受給費全体では、6割の子育て世帯で増額となるが、大学などに進学した場合、世帯に支給される保護費から子供の分を大きく差し引く「世帯分離」の仕組みは残ったまま。進学を阻む要因が解消されていない。
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高齢、単身世帯が最多更新 生活保護、昨年10月時点

 厚生労働省は、全国で生活保護を受けている65歳以上の高齢者世帯(一時的な保護停止を除く)が昨年10月時点で前月比1665増の88万2001世帯だったと発表した。このうち1人暮らしの単身世帯も1649増の80万4964世帯で、いずれも過去最多を更新した。経済的に困窮する単身の高齢世帯が増えている。
 生活保護を受給している世帯(一時的な保護停止を含む)は全体で前月比2946増の163万9185世帯となり、8月時点以来2ヵ月ぶりの増加。受給者数は2976人増の209万7426人。
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2019年01月10日

扶養義務の強化には反対

 結論から言うと、扶養義務の強化には反対である。というか、やることにまったくの良い点がない。支援の視点からよくないどころか、行政コストもあがるはずだ。
 貧困の連鎖を助長するし、必要な人の生活保護の申請をためらわせてしまう。 また、扶養の履行の調査をすることの意味もわからなくなる。前時代的ではないか。「扶養義務の強化」を狙った「調査」は行う必要はいっさいない。厚労省は再考すべきだ。
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2019年01月09日

極端な話を言いすぎと言われるかもだが…

 極端な話を言いすぎと言われるかもしれないが、「ある程度以上の所得がある人が限定だよ」、とか、「虐待やDVなどがなかった場合だけだよ」などの基準はどこにあるのか。しかし、考えてみて欲しい。ある程度以上の所得とはどのくらいなのか。 月に100万円稼いでいる人が月に3万円援助するのは可能かもしれないが、では、30万円なら、20万円なら、という話なのである。 住宅ローンがあるとか、子供がいるとか、個別の事情も発生するわけで、なかなか一律の基準は作れない。目安は出せるかもしれないが、個別の判断になる。現状の「可能な範囲」というのはそういうことではないか。
 でもそうなると、扶養義務の履行は下がるわけで、扶養義務を強化する、履行率をあげるとなると、どうしても、個別の事情を鑑みない運用にしないと成果が出ないわけだ。また、DVや虐待はその限りではない、とも言われるかもしれない。これはもちろん、現行法の「可能な範囲」でも同じだ。しかし、このDVや虐待というのはなかなか判断が難しいものもある。身体的な暴力などの客観的に見えやすい暴力ではないものであった場合、それこそ、自治体等の判断が誤ってしまうこともある。
 ここも、扶養義務を強化する、履行率をあげるとなると、どうしても、DVや虐待等の事情に対して被害を訴える側にとって厳しい判断をする可能性がでてくる。そうしないと扶養義務の履行率をあげるという成果が出ないわけである。でも、もし加害家族に連絡して何か大きな問題起きてしまったらどうするのだろうか。
 毒親やDV夫に連絡されるのを恐れて、生活保護の申請をためらってしまう人がでてしまうかもしれない。それでは、本末転倒なのではないか。
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2019年01月08日

扶養義務が「義務」になったら…「貧困の連鎖」から抜けられない

 生活保護家庭の大学進学については、今、さまざまな議論があって、進学しやすくなるように前進しそうなけはいはある。しかし、「扶養義務の強化」をおこなうと、その効果を半減させる、もしくは、打ち消してしまう可能性も少なからずある。
 生活保護家庭出身の子供などにとって、大きな「呪い」になる可能性があるのだ。せっかく「自立」しても、親の援助をし続ける。なかには虐待などをしてきた親の援助を求められることもあるかもしれないのである。
 これは「呪い」以外の何物でもない。
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2019年01月06日

2012年の「生活保護バッシング」と生活保護法の改正

 2012年にお笑い芸人のお母様が生活保護を利用していたということでバッシングが起こったことを覚えている方も多いのではないだろうか。その後、2013年に生活保護法の改正(63年ぶりの改正)が行われ、「不正受給対策」などと同じく「扶養義務の強化」も大きな改正点となった。
 法改正された内容を要約すると、
 ・「扶養義務者」に対して申請があったことを、厚生労働省令で定める事情がない限りは福祉事務所が通知しなければならない。※厚生労働省令で定める事情とはDVや虐待など
 ・福祉事務所は「扶養義務者」に対して資産や収入の状況について報告を求めることができる。
 ・福祉事務所は「扶養義務者」の資産・収入等について官公署に資料の提供や報告を求めることができる。
 ・福祉事務所は、現在だけでなく過去(当時)の被保護者およびその「扶養義務者」の保護期間中の資産・収入等について、官公署に資料の提供や報告を求めることができる。
 ・官公署は上記の求めがあれば速やかに資料等の提供をおこなう
 というものである。
 見ていただければわかるように、「通知しなければならない」とか、「報告を求める」とか、「資料の提供をおこなう」という文言であって、強制的に徴収をするなどというものではないのだ。
 これは、ある種、当たり前なのだが、生活保護利用者の家族も困窮していることもあるし、家族の世帯の状況(子育て中とか介護をしているとか病気があるとか)も違うので、一律に「あなたの収入はいくらですから○○円毎月送金してください」みたいに決められないのである。
 実際にはケースバイケースで、家族が「可能な範囲」で援助をすることもあれば、それなりの収入があっても住宅ローンや子育て中などの理由を考えて、援助を求めていない場合もある。
 そして、お金の話は人間関係のこじれを生んでしまうこともあるので、各自治体でも家族関係を壊さないように、扶養義務の履行によって人間関係が断絶してしまわないように一定程度の配慮をしたうえで対応しているところもあるが、自治体によっては個別の事情を勘案せずに「扶養調査」をしてしまうことも少なからずあるのだ。
 ただ、残念ながら「家族で支えあう」を至上主義とする人たちからすれば、この改正はぬるいというか、甘いと考えるというのはある。ちょうど、そういった主張をしてきた人たちの部会で今回の「調査」が発表されたというのもあながちつながりがないとは言えない。
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2019年01月04日

生活保護の「扶養義務」とは?

 生活保護の扶養義務や、記事中にでてくる「扶養調査」とは何だろうか。 生活保護制度は収入や資産が基準以下(国が定めた生活保護基準。東京だと単身で12万円ちょっとくらい)の状況になったときに利用できる制度である。もちろん、家族や親族からの援助が期待できる場合にはそれを活用することが求められる。 しかし、扶養「義務」といっても、「可能な範囲での援助を行う」というもので、法的に強制されるものではない。よく誤解されがちだが、扶養義務は生活保護の「要件」ではなく(収入や資産等の状況が生活保護基準を下回っていることが要件)、「可能であれば」というものなのだ。
 一般的に、生活保護の申請があった際に福祉事務所(自治体の生活保護の窓口)は、「扶養照会」といって、おもに申請者の2親等、場合によっては3親等の家族・親族に対して、「生活保護の申請があったこと」「申請者の扶養義務者として扶養して欲しい」という連絡をする。 とはいえ、DVや虐待など、特別な事情で家族や親族と離れて暮らす必要がある場合や、連絡を取ることが良くないと判断される場合など、申請者の状況や状態、環境によっては「扶養照会」を止めてもらうことができる。また、家族や親族の経済状況によっては、「扶養」ができないことも多いのが実情である。
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2019年01月03日

紋切型の「自己責任論」

 格差拡大の事実を認めるか否か。格差拡大を是正すべきと考えるか否か。貧困を自己責任として切り捨てるか否か。これらは、現代日本における階級対立の主要な争点である。
 一方に、格差拡大は事実であり、これは是正される必要があり、貧困は自己責任ではなく社会の問題だと考える立場がある。これは下層階級の、そして下層階級の人々に共感と同情を抱く人々の政治的立場の表明である。
 反対に、格差拡大と深刻ではなく、是正の必要はなく、貧困は自己責任だと切り捨てる立場がある。これは特権階級の人々の、そして格差拡大を放置し拡大させてきた政府や企業を擁護する人々の政治的立場の表明にほかならない。
 さらに重要な争点を1つ付け加えよう。それは、現代の日本社会が階級社会であることを認めるか否かである。
 2015年に全国の1万6000人、2016年に首都圏に住む6000人を対象に行なった調査の結果に基づいて、現代日本の危機的な状況について論じた『日本の新・階級社会』(講談社現代新書)に示されたように、今日の日本は「格差社会」などという生ぬるい言葉で表現すべき段階にはない。明らかな「階級社会」、しかも900万人にも及ぶ新しい下層階級(アンダークラス)を底辺におき、これに犠牲を強いる、新しい階級社会だと考えるべきである。
 かつてフランスの社会学者ピエール・ブルデューは、「階級が存在するかしないかということは、政治闘争の主要な争点の1つである」と指摘した。現実には格差や貧困があるに「日本には階級がない」と考えるのは、格差と貧困の深刻さから目を背けることであり、人々の間に対立関係はないと言い張ることにほかならない。
 今日の日本社会が、アンダークラスに苛烈な境遇を押しつける階級社会だという現実を認めることこそが、貧困のない、より平等な実現するための一歩になるはずだ。
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2019年01月01日

「一億総中流」は幻想

 高度経済成長が終わって以降の日本において、格差をめぐる階級間の対立で勝利を収め続けてきたのは特権階級の側だった。そしてこの間、日本政府が格差は深刻ではないと言い続けてきたということは、日本政府が特権階級の代弁者であり続けてきたことの、何よりの証拠である。
 1970年代の終わりには、「一億総中流」という言説が流布し、あたかも格差や貧困の問題は日本からなくなったかのような幻想が振りまかれた。たしかに当時、現在に比べれば日本の格差は小さかったが、中小零細企業や零細な農家には依然として深刻な貧困があった。
 そしてまもなく、1980年代に入ったころには格差は拡大し始めていた。しかし「一億総中流」という幻想のもと、格差拡大は放置され続けた。そればかりか、消費税の導入、高所得層の所得説率の引き下げなど、格差拡大を助長する税制の改変が行なわれた。
 1990年代に入ると、一部の経済学者や社会学者が、格差は拡大していると指摘し始めた。しかし、これらはほとんど無視され、政府は逆に格差拡大を積極的に促進するような政策をとり始めた。財界人を中心とするメンバーで構成された経済戦略会議は、日本の社会は、「行き過ぎた平等社会」だと根拠もなく断じ、富裕層減税と低所得者の増税を提言し、これが実行に移された。
 反面、非正規労働者の低賃金と不安定な身分は放置された。そのうえ規制緩和によって、非正規労働者は激増し、巨大なアンダークラスの出現へと至るのである。
 2009年から3年だけ続いた民主党政権が、遅まきながら格差が拡大し、貧困率が上昇しているという事実を認め、対策を取ると明言したこともあり、こうした事実自体は、広く認められるようになった。
 代わって格差を正当化するイデオロギーとして流布し始めたのが自己責任論、つまり収入が低いのは自己責任だから放っておけばよいとする主張である。いまのところ自己責任論の影響力は強く、これが格差縮小に向けた合意形成の最大の障害になっている。
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