2018年11月29日

貧困政策の効果は何で見る?

 政府は国民から税金や社会保険料などを受け取り、さまざまな社会保障給付として国民に還元している。これを「再分配機能」と呼び、貧困に対する政策の効果を読み解くには、「再分配前」と「再分配後」の貧困率の比較が重要である。
「再分配前の貧困率」とは社会保険料や税金を引かれる前の所得で計算した貧困率で、「再分配後の貧困率」とは税金や社会保険料を引かれてあらゆる給付金が支給された後の所得で計算した貧困率である。この差が、政府の「貧困削減」の効果を表す。「再分配後」の貧困率が「再分配前」より減少していればいるほど政府の貧困削減効果が上がっているといえるのである。
 2008年OECDの調査では、日本は先進諸国において再分配後の貧困率が再分配前の12.4%から13.7%と高くなっている唯一の国であった。このように日本の子供の貧困率が高いのは、政府の再分配機能が働いていないからといえる。
 もともと再分配機能は、税金や社会保険料などとして富裕者層から徴収したものを貧困者層にさまざまな形で給付する貧困削減の機能である。でも、この結果からは当初の主旨は見受けられない。なけなしのお金で税金を納めても、自分たちのメリットはほとんどなく、税金や社会保障費を納めた分、収入は減って暮らしが苦しくなっている。
 実際のところ、貧困者が支払う所得税はさほど高くはないものの、かなりの額の社会保険料を支払い、受ける給付が非常に少ないのだ。ユニセフの調査報告では、ようやく再分配後の貧困率がわずかに再分配前を下回ったが、それでも連日財政赤字に関するニースが流れるギリシャ、イタリアに続いて下から3番目というのは、日本国民として複雑な心境である。
 「再分配前」と「再分配後」の貧困率の逆転を修正し、再分配後の貧困率を減少させるにはどうしたらいいのか。給付を増やせば問題は解決するのか。
 2006年OECDの報告では、「貧困が起こってしまってからの制度は対処的なものにしかならず、どんなに効果的な制度・プログラムであっても、子供期の貧困の影響を100%なしにすることはできない」とある。そして、貧困を上流で防止するため現物給付よりも現金給付が効果的と強調している。“現物給付より現金給付”という点には単純には同意しかねるが、「上流で貧困を防止する」という点には共感する。
 お金もモノも大事、でもそれらを活かしながら生きていく力を育んでいくのは教育ではないだろうか。私たちの税金が、未来の社会を担う子供を貧困の連鎖から断ち切れるように、正しく使われることを願っている。


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2018年11月26日

所得格差は経済成長を損なう!

 OECD分析によると、所得格差を是正すれば、経済成長は活性化されるという。所得格差の縮小している国は所得格差が拡大している国より速く成長すると分析している。
 成長にとって最大の問題は、下位中間層および貧困世帯とそれ以外の社会層との格差が拡大していること。重要なのは教育で、格差が成長を損なう主な要因は貧困層の教育投資不足である。
 アンヘル・グリアOECD事務総長は「この説得力あるデータは、大きく、さらに拡大しつつある格差問題に取り組むことが、力強くかつ持続可能な成長を促進する上で重要であり、こうした取り組みを政策論議の中心に据える必要があると示している。幼少期から万人の機会均等を促進する国は、成長し、繁栄する。」と述べている。
 推計によれば、メキシコとニュージーランドでは、格差拡大が過去20年間の成長率を2000年代後半の経済危機までに10%以上押し下げた。イタリア、英国、米国では、所得格差が拡大していなければ、累積成長率は6-9%高く、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーでも、低水準からではあるものの、成長率はより高くなっていただろう 。他方、スペイン、フランス、アイルランドの場合は、経済危機前の格差縮小が1人当たりのGDPの増加に寄与した。
 OECD分析では、格差が経済成長に影響を及ぼす主要なメカニズムは、貧しい社会経済的背景を持つ子供の教育機会を損ない、社会的流動性の低下をもたらし、技能開発を阻害することになるということを示している。
 低学歴の両親を持つ個人は、所得格差が拡大するにつれ、教育成果が悪化する。これに対し、中学歴または高学歴の両親を持つ個人は、格差が拡大しても、ほとんどあるいはまったく影響を受けないという。
 経済成長への影響は、社会の最下位10%の最貧困層と社会全体との格差によるだけではなく、下位40%の所得層との格差からも生じている。OECDによれば、貧困防止対策のみでは対策は十分ではないのだ。現金移転や質の高い教育、訓練、保健医療などの公共サービスへのアクセス拡大も、長い目でみれば、機会均等化を進めるための極めて重要な社会的投資なのだ。
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2018年11月23日

「まずは施設に」という考えが路上生活から抜け出せない一因に

 精神障害者に対しては、イタリア・トリエステ市で1960年代から行われた「バザーリア改革」の中で、精神科病院の解体と元入院患者の地域生活を推進する取り組みが同時進行で始まった。以後、ここ数年の日本でも話題になっているフィンランド・西ラップランド地方の「オープン・ダイアローグ」、ニュージーランドに起源を持つ「ファミリー・グループ・カンファレンス」など、精神障害者が地域の普通の住まいで生活することを基本と考えた上での取り組みの積み重ねが、数多く存在する。
もちろん日本でも、すでに数多くの取り組みがある。精神障害者の地域生活に対する世の中の理解は、少しずつ深まってきているのではと思いたい。しかし、精神障害を持たない生活困窮者一般に対しては、「同じ考え方を拡大していいのか」という意見もありそうだ。
 基本は同じだと思うのだが。日本ではいまだに、路上生活の方々が生活保護を申請すると、「まずは施設に」、あるいは同等の場所に、となるのだ。そして、数ヵ月あるいは数年間、そこから出られないことになる。施設というのは、無料低額宿泊所とか、5月に火災になった川崎市の簡易宿泊所などだ。
 施設そのものが劣悪で危険な場合もある。貧困ビジネスの搾取の場であった例も、過去にあった。そういう住環境にいること自体、もう「健康で文化的な最低限度」未満なのである。
 福祉事務所のケースワーカーに「なぜですか」と聞くと、「ある程度、訓練をした上でないと、アパートに住ませることはできない」ということだ。だが、精神障害者に対するステップアップ方式と同じで、失敗が多くなっている。
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2018年11月21日

劣悪な住まいでも「転居」が許されない生活保護世帯

2015年7月より生活保護費の家賃補助(住宅扶助)が、10月からはさらに暖房費補助(生活扶助の冬季加算)がそれぞれ削減された。劣悪な居住環境で暖房費がかさめば、その他の生活費が食費を中心に圧迫されることになる。人間の生活の基本は、「住」ではないだろうか。住は「大切」というよりも、住まいそのものが基本的人権ではないか。日本ではなかなか、この「住まいは基本的人権である」という考え方が理解されにくい。
 住に関する問題を抱えていない方は、日本には、ほとんどいないかもしれない。持ち家にしても賃貸にしても、個人や家族単位で住を確保し続けるのは大変である。
 もともとの住宅市場にも、問題がある。入居するためのコスト、特に賃貸住宅の初期費用が大きいとか、不利な条件を抱えた方は賃貸アパートへの入居が難しいとか。生活保護受給者が、いったん住み始めたアパートに問題が発生したとき、転宅を希望しても、福祉事務所がなかなか転宅を認めないとか。福祉事務所からすれば、「気に入らないから転宅させては国民感情が許さない」ということなのだろうけれど、これも初期費用の問題が大きいのだ。
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2018年11月20日

外国人の生活保護受給世帯数の拡大

 大手メーカーの工場が立地する群馬県大泉町。バブル期の人手不足を機に外国人の受け入れを拡大し、今では町の中のあちこちにポルトガル語の看板がある。
 生活保護を受けている外国人が月平均で約5万世帯に上り、過去最高に達したことが分かった。日本語能力の不足で職につけない外国人が多いことなどが理由とみられる。人手不足が深刻化する中、政府は経済財政諮問会議で、外国人労働者の受け入れ拡大方針を示したが、福祉のあり方まで含めた的確な議論や対策が求められる。
 厚生労働省によると、外国人が世帯主の生活保護受給世帯数は月平均で前年度比0.4%増。景気が上向いている。ここ数年は伸びが鈍化しているが、06年度(3万174世帯)からの10年間で56%増えた。
 また人数ベースでみても外国人が世帯主の世帯生活保護の受給は大幅に増えている。月平均約7万人弱と、06年度の約5万から50%あまり多くなった。一方、在留外国人全体の人数の増加率は、ほぼ同時にあたる07年末から17年末にかけての10年間で25%にとどまっている。
 外国人の生活保護受給が増えている背景には、バブル期の人手不足で労働者として大量に入ってきた日系南米人などが、リーマン・ショックなどによる景気悪化で解雇後、日本語が話せないため就職が難しいことだとされる。また、1982年の難民条約発効に伴う国民年金法の国籍条項撤廃で、老齢年金の支給対象から外された在日外国人が高齢化し無年金状態であることも大きいとみられる。
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貧困に対して何をすべきなのか?

 次のようなことが考えられる。
 1.新しい労働組合への参加と労働組合活動の復権
 2.スカラシップの導入と富裕層への課税
 3.子供の貧困対策とも連携を
 4.家賃補助制度の導入と住宅政策
 5.貧困世代は闘技的民主主義を参考に声をあげよう
 これらの提言の詳細は読んだ人がその諾否を考え、よりよい対策があれば提案するということが、今求められていることだ。
 「政策や社会システムによって、意図的に作り出されて」きた「貧困世代」、「一生涯貧困に至るリスクを宿命づけられた状況に置かれた若者たち」の問題は決して“自己責任”などという言葉で語ってはならない。新たな社会システムを探り、構築することが求められているのだ。
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2018年11月16日

持っている人、持っていない人?

 生まれつき資産の蓄えられた家庭に生まれるか否かによって、「持っている人」と「持っていない人」が固定化している。正社員、非正規社員という働き方によっても、格差は拡大する。つまり、努力をするかしないかに関係なく、人生の大筋は生まれ持った運で決まってしまい、そこから脱却することは容易ではない。努力で何とかなる、頑張れば報われるという時代ではなくなっているのではないだろうか。──
 それは、少しも大袈裟ではない。「持ってない人」は満足に学ぶこともできない。学びたいと思っていても、彼ら、彼女たちを待ち受けているのは「ブラックバイト」や「奨学金」という卒業後も続く借金地獄である。
 「下流老人」とリンクする「貧困世代」が間違いなく増えている。もはや前時代的な「努力」「苦労」などという言葉では理解も分析もできない事態を迎えている。「働き方改革」や「一億総活躍社会」というお題目では何の解決にもならない。「仕事」は就けばいいというものではない。その「仕事」がどのようなものなのか、その「仕事」に就くことで彼ら、彼女らの生活は改善されたのかということがすべてなのである。
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2018年11月15日

労働万能説を論じるとは?

 労働万能説を論じる人々は、労働していない若者や、労働を望まない若者を怠惰だと見なす傾向がある。 
そのため、できるだけ早く労働するように、なかば「仕事は選ばなければ何でもある」と、労働に若者を駆り立てる。たとえ、駆り立てられた若者が行き着く先がブラック企業であったとしても。
「労働万能説」はブラック企業を黙認することにもなりかねない。労働環境の改善を阻害し、ワーキングプアを増大することになる。就業人口の増加といっても、このようなブラック企業に勤めざるをえない人々、また、待遇が恵まれていない非正規雇用人口を含んでの増加だから、企業の利益に荷担することはあっても、生活の改善、貧困から脱出ということには繋がらない。企業の利益増は好景気と考えられやすいのだが、それでは“労働の実態・実体”は見落とされてしまう。
 「家族扶養説」では、そもそも家族が貧困であること、その連鎖の中にいるということを見落としてはならない。この扶養説は“家族重視”という美名で「社会福祉や社会保障の機能を家族に丸抱させ」、家族全体の貧困化を進ませることにもなる。
 「時代比較説」や「努力至上主義説」には、現実に「必死に努力しても報われない社会が到来していること」を認めないという頑迷さがうかがえる。
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2018年11月14日

「ワーキングプア問題」を忘れない!

 働いてもまともな賃金が得られる保証がない職種も増えている。そして、その仕事はたいてい非正規雇用で、終身雇用ではないため、不安定な就労形態をとっている。賞与や福利厚生がない職場も多く、働いたからといって、生活が豊かにならないことが現在の労働市場で起こっているのだ。働いても貧困が温存されてしまうのである。就業してもそれが貧困問題の解決に繋がっていかないのだ。
 貧困問題・貧困事情が理解されないのはなぜなのか。ここには貧困に対する偏見、先入観がある。これには次のように、大きく5つのもの(神話と名づけています)があるだろう。
1.労働万能説:働けば収入を得られるという神話
2.家族扶養説:家族が助けてくれるという神話
3.青年健康説:若者は元気で健康であるという神話
4.時代比較説:昔はもっと大変だったという時代錯誤的神話
5.努力至上主義説:若いうちは努力をするべきで、それは一時的な苦労だという神話
 このような「神話」に取り憑かれていては「貧困の実態・正体」はわからないはずだ。それどころか「貧困の拡大」に繋がることにもなる。
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日本の貧困事情はなぜ表面化しないのか?

 総務省統計局のこのような統計数字がある。
 労働力調査(基本集計) 平成28年(2016年)8月分 (2016年9月30日公表)
(1)就業者数,雇用者数
   就業者数は6465万人。前年同月に比べ86万人の増加。21安倍ヵ月連続の増加
   雇用者数は5722万人。前年同月に比べ83万人の増加。44ヵ月連続の増加
(2)完全失業者
   完全失業者数は212万人。前年同月に比べ13万人の減少。75ヵ月連続の減少
(3)完全失業率
   完全失業率(季節調整値)は3.1%。前月に比べ0.1ポイント上昇
 最後の完全失業率こそ前月マイナスだが、数字は好転している。これは実感としても正しいのだろうか。景気は緩やかに回復していると考えた人は、「貧困をわからない」状態にあるのかもしれない。就業人口の増加は、景気の上昇を反映しているかも知れないが、必ずしも生活の改善(上昇)を意味しているわけではない。ここにも“貧困”への感受性の弱さ、無神経さが存在する。景気の上昇は企業、資本の好況を意味するのだが、それがそのまま貧困の解決にはならないのだ。
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2018年11月11日

紋切型の「自己責任論」

 格差拡大の事実を認めるか否か。格差拡大を是正すべきと考えるか否か。貧困を自己責任として切り捨てるか否か。これらは、現代日本における階級対立の主要な争点である。
 一方に、格差拡大は事実であり、これは是正される必要があり、貧困は自己責任ではなく社会の問題だと考える立場がある。これは下層階級の、そして下層階級の人々に共感と同情を抱く人々の政治的立場の表明である。
 反対に、格差拡大と深刻ではなく、是正の必要はなく、貧困は自己責任だと切り捨てる立場がある。これは特権階級の人々の、そして格差拡大を放置し拡大させてきた政府や企業を擁護する人々の政治的立場の表明にほかならない。
さらに重要な争点を1つ付け加えよう。それは、現代の日本社会が階級社会であることを認めるか否かである。
 2015年に全国の1万6000人、2016年に首都圏に住む6000人を対象に行なった調査の結果にもとづいて、現代日本の危機的な状況について論じた『日本の新・階級社会』(講談社現代新書)に示したように、今日の日本は「格差社会」などという生ぬるい言葉で表現すべき段階にはない。
 明らかな「階級社会」、しかも900万人にも及ぶ新しい下層階級(アンダークラス)を底辺におき、これに犠牲を強いる、新しい階級社会だと考えるべきである。
 かつてフランスの社会学者ピエール・ブルデューは、「階級が存在するかしないかということは、政治闘争の主要な争点の1つである」と指摘した。現実には格差や貧困があるに「日本には階級がない」と考えるのは、格差と貧困の深刻さから目を背けることであり、人々の間に対立関係はないと言い張ることにほかならない。
 今日の日本社会が、アンダークラスに苛烈な境遇を押しつける階級社会だという現実を認めることこそが、貧困のない、より平等な実現するための一歩になるかもしれない。
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2018年11月08日

「一億総中流」は幻想

 高度経済成長が終わって以降の日本において、格差をめぐる階級間の対立で勝利を収め続けてきたのは特権階級の側だった。そしてこの間、日本政府が格差は深刻ではないと言い続けてきたということは、日本政府が特権階級の代弁者であり続けてきたことの、何よりの証拠である。
 1970年代の終わりには、「一億総中流」という言説が流布し、あたかも格差や貧困の問題は日本からなくなったかのような幻想が振りまかれた。たしかに当時、現在に比べれば日本の格差は小さかったが、中小零細企業や零細な農家には依然として深刻な貧困があった。
 そしてまもなく、1980年代に入ったころには格差は拡大し始めていた。しかし「一億総中流」という幻想のもと、格差拡大は放置され続けた。そればかりか、消費税の導入、高所得層の所得説率の引き下げなど、格差拡大を助長する税制の改変が行なわれた。
 1990年代に入ると、一部の経済学者や社会学者が、格差は拡大していると指摘し始めた。しかし、これらはほとんど無視され、政府は逆に格差拡大を積極的に促進するような政策をとり始めた。財界人を中心とするメンバーで構成された経済戦略会議は、日本の社会は、「行き過ぎた平等社会」だと根拠もなく断じ、富裕層減税と低所得者の増税を提言し、これが実行に移された。
 反面、非正規労働者の低賃金と不安定な身分は放置された。そのうえ規制緩和によって、非正規労働者は激増し、巨大なアンダークラスの出現へと至るのである。
 2009年から3年だけ続いた民主党政権が、遅まきながら格差が拡大し、貧困率が上昇しているという事実を認め、対策を取ると明言したこともあり、こうした事実自体は、広く認められるようになった。
 代わって格差を正当化するイデオロギーとして流布し始めたのが自己責任論、つまり収入が低いのは自己責任だから放っておけばよいとする主張である。いまのところ自己責任論の影響力は強く、これが格差縮小に向けた合意形成の最大の障害になっている。
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2018年11月07日

「格差」は隠蔽されたか?

格差・貧困に背を向けた結果、日本は「階級社会」に突入していた。これは、極めて政治的問題だ 。格差拡大が話題になり始めたころ、政府、財界、そして一部のマスコミは、躍起になって格差拡大の事実を否定しようとした。最初の段階では、都合のいい統計データを示しながら、「格差は拡大していない」と言い張った。いくつもの指標が格差拡大を示していることを否定できなくなると、「格差拡大は見せかけだ」と言いだした。
 OECDが、日本の貧困率は先進国のなかで米国に次いで高いと発表すると、「この貧困率の計算方法は日本にはあてはまらない」などと言い張った。さらに統計的な証拠が集まって、格差が実質的にも拡大していることが否定できなくなると、「格差があるのは当然だ」と開き直った。
 こうして政府が、格差拡大と貧困の増大という事実から目を背け、開き直り、対策を怠っているうちに、日本社会は取り返しがつかないほどに変質してしまった。その結果が、新しい階級社会と巨大な下層階級(アンダークラス=パート主婦を除く非正規労働者たち)の出現である。
 ここから明らかなように、格差は政治的な争点である。しかも、それは階級的な利害と密接な関係にある。
 人には日本国憲法で認められた生存権と平等権がある。だから生存権を脅かすような貧困の存在が明らかになれば、政府は対策を取らなければならない。平等権が侵されるほどに格差が拡大していることが明らかになれば、やはり政府は対策を取らなければならない。しかしそのためには、富を特権階級から下層階級へと移転させなければならない。特権階級の利害は脅かされることになる。
 だから特権階級は、貧困の存在も、また格差拡大の事実も認めたくない。特権階級は、自分たちが恵まれた立場にあることを隠すため、いまの社会では格差が小さいと主張する。そうでなくても、格差は許容範囲であり、縮小させる必要はないと主張する。
 このように貧困が存在するか否か、格差は拡大しているか否かといった、社会に対する認識自体が、階級間の対立の争点なのである。
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2018年11月06日

日本のシングルマザーの貧困率が突出して高い理由

 日本は、GDP(国内総生産)で米国、中国に次ぐ世界3位の「経済大国」だ。しかし、その陰では、「シングルマザー」世帯の貧困が先進国でも突出して深刻なのはご存じだろうか。
「経済大国」なのに…日本は豊かな国だろうか。GDPで中国に抜かれたとはいえ、まだ世界3位。れっきとした「経済大国」である。データを見ずとも、日本は先進国に数えられると考える人も多いはずだ。むろん、G7(先進7ヵ国)の中にも日本は含まれており、世界各国からもそのように認識されているだろう。しかし、データを「深読み」していくと、意外な事実が浮き彫りになる。
 厚生労働省の発表した2016年度の「全国ひとり親世帯等調査」によると、日本には約142万の「1人親世帯」がある。内訳は、父子世帯の約18万7000世帯に対し、母子世帯はその6倍以上、約123万2000世帯に上る。ひとり親世帯の9割近くが母子世帯だ。
 注目すべきは、その経済的困窮ぶりだ。OECD(経済協力開発機構)の調査では、ひとり親世帯で、なおかつ親が就業している場合の相対的貧困率(全国民の所得の中央値の半分を下回っている割合)は、日本が54.6%と先進国では頭1つ抜けている。世界でも有数の経済大国にもかかわらず、なぜここまでひとり親世帯の子供の貧困率が高いのだろうか。
 前述の厚労省の調査では、約123万2000の母子世帯のうち、81.8%の母親が就業しているという。しかし、そのうち「正規の職員・従業員」は44.2%に過ぎない。43.8%が「パート・アルバイト等」。「派遣社員」も含め、ほぼ半数の48.4%が非正規雇用だ。母子世帯全体の平均年間収入も348万円にとどまっている。
 同省が発表した16年の国民生活基礎調査によれば、全世帯でみると世帯の平均所得は545万4000円だ。児童のいる世帯に限れば707万6000円に上る。ちなみに、収入から生命保険料や確定拠出年金の掛け金など所得控除される分を差し引いた額が所得金額だ。そう考えると、いかに母子世帯の収入が低いかが分かるだろう。
さらに、15年の国勢調査を見ると、母子世帯のうち、母親の親(子供から見ると祖父母)などがいない「母子のみにより構成される母子世帯」の数は約75万世帯、世帯平均年間収入は厚労省の調査結果よりさらに低い243万円だ。
 父子世帯より母子世帯のほうが経済的に苦しいのは、むろん、就業によって得られる収入に差があるからだ。  父子世帯の場合、父親の85.4%が就業している。この数字は、母子世帯の母親の就業率(81.8%)と大きな差はないが、その中身はまるで異なる。父親の場合、就業している人のうち、18.2%が「自営業者」で、68.2%が「正規の職員・従業員」である。非正規雇用の割合は圧倒的に低く、男性と女性で稼ぐ条件に大きな差があると言わざるを得ないのだ。
 前出の1人親世帯等調査によると、1人親世帯となった時点の末子の年齢は、父子世帯の6.5歳に対し、母子世帯は4.4歳。子供が幼いので、フルタイムでの勤務が難しいという事情もありそうだ。
 「女性は離別した夫から養育費をもらうではないか」と思う人もいるかもしれない。しかし、同調査によると、離婚した父親からの養育費の受給状況で「現在も受けている」と回答したのはたった24.3%だけだ。しかも養育費の平均月額(※養育費の額が決まっている世帯)は4万3707円。収入の男女差を埋めるには明らかに少ない。
 さらに、シングルマザーの2割以上が「未婚(の母)」か「死別」だ。こうしたケースでは基本的に彼女らは養育費を受け取ることはない。この点は注意しなければいけない。
 ここまで、政府の統計データを基に、日本でシングルマザーの生活が厳しい理由を見てきた。しかし筆者は、ほかにも要因は複数あると考えている。まず、指摘したいのは日本にはベビーシッターの文化が浸透していないことがある。理由は複数あると考えられるが、何より大きいのは、ベビーシッターのサービスを受けるための価格が高いことだろう。ベビーシッターの1時間当たりの利用料は、一般的に1000〜4000円程度は相場だ。さらに、交通費などの料金が加算される。
 仮に、1時間2000円程度としよう。1日8時間、週5日間利用するとなると、交通費などを除いても1ヵ月でなんと35万円ほどかかってしまう。年間だと420万円。ほかにも家賃や食費、光熱費などの生活費がかかるだから、これでは母子世帯だけでなく、夫婦共稼ぎの世帯でも支払うのは難しい。さらに、「利用したい日の1週間前に要予約」といったケースも多く、「使いたいときにすぐ使える」サービスは少ないのが実情だ。
 行政も、これを社会問題ととらえ、東京都が待機児童となっている子供のいる家庭を対象に、ベビーシッターの利用料の大半を補助する制度をスタートしたり、企業が社員向けの補助制度を整備したりするなど、利用促進に向けた支援が拡充されつつある。
 しかしながら、筆者が実際に複数のシングルマザーにベビーシッターを活用するかどうかについて聞いてみたところ、否定的な答えが多かった。費用の面より、気持の面で活用をためらうケースも多いようなのだ。
 自分が自宅にいないとき、ベビーシッターという「他人」に子供と一緒にいてもらうことや、保育園に迎えに行ってもらうことに対し、「抵抗感がある」というのだ。
 また、日本の企業の旧態依然とした働き方も、シングルマザーの生活を苦しくしている要因といえそうだ。私が話を聞いたシングルマザーたちの中でも、若い母親たちは特にこの点を強く指摘していた。
 日本の企業では、定時の就労時間を午前9時から午後5時に設定しているケースが多い。そして、基本的には社員全員がオフィスへ出勤し、机を並べて仕事する。仕事が終わった後にも、度々職場の食事会や飲み会が開かれ、そこでのコミュニケーションが社内の人脈づくりや評価につながり、「将来の出世や昇給に響く」と感じる人は少なくない。1人親世帯の子供は、一般的に認可保育園に入りやすいケースが多いため、待機児童の問題で悩むことは少ないはずだ。しかし、シングルマザーが前述のような働き方をするのは極めて難しい。
 午前9時にオフィスに到着しなければならない。すると、午前6時には起きて子供を保育園や幼稚園に送る準備や、食事の支度をし、子どもたちを送り届けてから満員電車に乗ってオフィスへ行く。
 保育園への「お迎え」があるので、「時間短縮(時短)勤務」の制度を活用したり、夕方は定時に退社したりしなくてはならず、遅い時間に緊急の会議が開かれたとしても、出席は極めて難しい。まして仕事の後の「付き合い」などできるはずがない。
 フルタイムでの勤務自体が難しいため、なかなか昇給も昇格もせず、「ボーナスをもらえないこともある」という。収入が少ないのは、ある意味必然と言える。
 ただ、最近は「働き方改革」が進み、企業なども少しずつ変わってきている。
 フレックスタイム制を導入する企業も増えてきており、リモートワーク(在宅などによる勤務)をできる企業もある。様々な「チャットツール」や、ウェブ会議のための通信用アプリケーションも開発されており、全員がオフィスに集まる必要もなくなってきた。
 また、「副業」や「パラレルキャリア」という言葉を耳にすることが多くなってきたように、技能さえ持っていれば、フリーランスで収入源を複数確保することも可能になってきた。実力が収入につながれば、仕事のあとの宴席などを気にする必要もなくなるはずだ。
 シングルマザーの貧困が子供の貧困を招き、そして最終的に日本の国力の低下にもつながりかねない。一部の家庭の話だと切り捨てるのではなく、国を挙げて対策を検討し、早急に改善されていくことを期待したい。
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