2018年10月21日

豊かさのなかの貧困

 豊かな富、技術力、専門知識を持った相互連結するグローバル社会において、何十年もの昔に極貧が根絶されなかったということは、道徳的に批難されるべきであり、経済的に先見の明を欠いているということだ。しかし、経済的グローバル化の企業主導型政策が広く取り入れられた1980年代以来、着々と拡大してきた世界的不平等レベルを同時に正すことなくしてそれは不可能だろう。「豊かさのなかの貧困」の拡大する危機に取り組むためには、分割されますます不平等になる世界を維持する不公平な政策および制度を改革することにより多くの重点が置かれねばならない。
 今日、非常に偏った国際貿易、経済および課税体制は、外国援助として政府が提供するより少なくとも10倍の財政が発展途上国から富裕国へ流れていることを意味する。グローバル経済のこれらの不公平な取り決めの結果として、世界人口の最貧困層の20%が世界総計収入のたった1%しか受けていないのに対し、最富裕層の20%は83%近くを所有している。 近年、この富の集中はますます極端になっており、世界の最も裕福な1%が110兆ドルを所有し、それは世界人口の下半分の富の総計の65倍である。
 富と収入の驚くべき誤った分配は、他が当然とする基本資源へ無数の人々がいまだアクセスできないとき、世界の優先事項がどのように歪んでいるかを正確に浮き彫りにしている。世界正義キャンペーナーがしばしば繰り返しているように、このはなはだしい不公平の根本的原因は、政府の政策選択、経済関係を司る体制、そして世界最大企業の無敵の権限と影響力から生じており、事実上、政治的なものである。
 これら構造上の状態を改革することなく、外国援助とその他の経済の再分配が、貧困を根絶し富裕者と貧困者の格差を狭めるためには決して十分な手段にはならない。もしグローバル経済が万人の利益へ仕えるべきものであるなら、多国間の協力と経済的分かち合いの真の形態に基づきそれは永続的に社会的・経済的権利の成就を保証する方向へと第一に進められねばならないのだが、現状はますます酷いものになってしまっている。
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2018年10月20日

世界の貧困と不平等

 経済的分かち合いを促進する国際的枠組みを確立する最も切なる理由は、基本的人間のニーズが普遍的に充足されるさらに平等な世界を創造するためである。
 1948年に国際連合総会が世界人権宣言を導入した当初、各国政府はこの目標の実現に向かって取り組んだ。世界人権宣言第25条は以下のように明言している。「すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利並びに失業、疾病、心身障害、配偶者の死亡、老齢その他不可抗力による生活不能の場合は、保証を受ける権利を有する(ウィキペディア引用)」
 65年以上が経った現在、万人のためにこれらの基本的権利を成就することは今だに国際社会の遠い希望、そしてあやふやな熱望として残っている。多くの最富裕国でさえ貧困率は10年間上がり続けており、緊縮財政処置が社会的セーフティーネットを収縮させ不可欠な公共サービスを弱体化させると同時に状況は迅速に悪化している。2008年の経済危機から5年後、例えばアメリカでは、政府が食料費補助対策を劇的に削減する以前でさえ、約5千万の人々(人口の6人に1人)が公然と飢えていた。過去何十年もの社会的発展が今激しい攻撃を受けているヨーロッパでは、根強い貧困のなか分割された大陸を分析者たちは10年以上前から警告してきた。
 世界の豊かな地域での高まる飢餓率と不必要な剥奪以上に、社会における分かち合いの実践から遠ざかる危険な動向を示すものはない。しかしサブサハラアフリカ、アジア、ラテンアメリカの最も貧しい国々、他の低所得、中間所得層地域では一般的に、極貧の影響が遥かに深刻であり続けるという事実から逃げることはできない。ここ数十年間の世界人口の大部分の生活水準の急速な向上にもかかわらず、考えられないほど多くの人々がいまだ生活必需品へのアクセスを拒否されている。
 例え極貧を半減させるミレニアム開発目標(Millennium Development Goals; MDGs)が満たされたとしても、2015年には10億人当たりが生存のための適切な手段を持たず公然と生活することになる。実際にはその数はもっと高いのだが。全体的に、発展途上国に住む95%の人々が1日10ドル未満に値する金額(実際に米国で10ドルに価する)で生き延びている。高所得国ではおおよそ生活不可能な金額だ。議論の余地のある貧困の「1日1ドル」対策もまた、発展途上都市の急増するスラムどころか世界の大部分の人々の厳しい生活の現実を反映できていない。
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2018年10月19日

世銀による新たな共認支配:グリーン・ネオリベラリズム

 世界の貧困や飢餓の撲滅を掲げる国連の組織(世界銀行やIMF)や、世界の公正な貿易の推進を謳う組織(WTO)が、実は、単にアメリカの巨大企業の利益を上げるためのお膳立てを行う機関に過ぎない。この事実は、なぜか日本ではあまり知られていないが、世界では常識になっている。その証拠に、反グローバル運動は世界中で大きなうねりとなっている。
 この全世界からの非難に対抗するために、世銀はこんな手をうっている。
 彼らが行っているのは、自分たちの主張にお墨付きを与える学者に研究資金を出し、御用学者として飼いならしながら、世界の環境運動、貧困撲滅運動を行う非営利組織などを逆に取り込んで味方に付けていく、という巧妙な方法である。
 学者を金(研究費)で釣って、己の都合のいい理論武装をするために利用している。これは昔からロックフェラー財団などが行っている方法論で、特に新しい手法ではない。だが、プロ専門家の仮面をかぶった人々が都合よくねじ曲げたデータを出して、「権威」を主張されたら、途上国や貧困層の人々はなかなか有効な反論ができない。協力しない学者は学会から徹底的に干されるので、学者生命を賭けて反旗を翻す学者は稀少である。それに加えて、巨大資本をバックとした企業をスポンサーに付けているマスコミも、正面から事実を報道することができない。
 マスコミしか情報源のない人々は、世界の福祉を考える超国家的機関である世界銀行やIMF、WTOが、まさか特定の企業と結びついて金儲けのお膳立てをしている…なんて夢にも思わないだろう。
 こうして、人々の素朴な善意さえ、先進国企業によるさらなる途上国からの収奪に利用されているのである(ODAなどはその典型である)。
 世銀は、今度は「地球温暖化」「CO2は悪」「自然保護」「アフリカの貧困」「第二の緑の革命」「貧しい人々に食糧を!きれな水を!」を声高に叫ぶことで人々を騙し、莫大な資金を集め、さらに効率よく途上国から収奪しようというシステムを整えていく。
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2018年10月18日

這い上がろうともがく者をさらに崖から突き落とすIMF

 世界銀行からの多額の借金や、乱開発による社会的・経済的混乱などで財政的に破綻した途上国から、先進国がさらに貪り尽くすことに手を貸す機関がある。IMF(国際通貨基金)である。
 IMFは、1979年以降、「融資の効果を阻害するような政治状態の国」には、「政策改善」を条件にした(コンディショナリティ (Conditionality) )融資を行うようになった。その国家の政策に対して外から口を出す権限を得るわけだ。
 この際に、対象国に課せられる要求のことを「構造調整計画 (SAP:Structural adjustment program) 」と呼ぶ。
 緊縮財政を敷き福祉などの支出を大幅カット、税金△で国民から搾り取るだけ搾り取り、市場開放、貿易の自由化、公的機関の民営化などを強制的に推し進め、徹底的にグローバル企業の餌食になるためのお膳立てを行なう。
 これにより、アフリカ諸国や南米(ブラジルやアルゼンチン)、アジアなどの途上国では、様々な経済問題(失業など)が発生し、社会が大混乱に陥った。
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2018年10月17日

世界の貧困と飢餓を拡大させた「緑の革命」の実態

 現在の世界の食糧危機の原因をさかのぼっていくと、必ずと言っていいほど「緑の革命」に行き当たる。
 「緑の革命」とは、“世界の食糧危機を克服する”目的で、1940年代から1960年代に世界で推進された運動。高収量品種(HYV種)の導入や化学肥料の使用などによって、穀物の収穫量増大をはかったもの。
 「何で食糧増産が食糧危機の原因になるの?」と意外に思われるかもしれないが、この近代農業の導入が各地で地域社会を破壊し、自給自足や地域農業を崩壊させ、飢餓人口をかえって増大させた主原因なのである。
 そのプロセスは概略次のようになる。
 @ 「農業改革」そのための「開発援助」と称して世界銀行が途上国に融資を提案する。高収量品種(HYV種)や農薬を生み出したモンサント等の巨大メーカーやカーギルなどの穀物メジャー、そしてそれら巨大資本を動かす金貸し勢力の息のかかった研究機関等の要員が、途上国政府の上層部に融資を持ちかける。この融資は、東西の冷戦構造とも相まって、あらゆる手段をもって途上国は承諾させられた。
 A 高収量品種(HYV種)は、大量の水を必要とする。融資された資金をもって、土地を集約し、ダムや水路・道路などの大規模インフラを整備する。工事を受注するのは専ら多国籍企業(先進国のゼネコンなど)であり、資金は先進国へ還流する。
 B 高収量品種(HYV種)は他にも、多量の化学肥料・農薬、そして一代限りの種子(F1)を大量に必要とする。高収量を上げ続けるには、これらを毎年購入しなくてはならないが、普通の農家には不可能である。逆に、収穫した農産物は先進国に買いたたかれるため、多くの人々が土地を追われ経済的に生きていけなくなった。
 C 多国籍企業は、このようにして土地を追われカネが無くては生きていけなくなった地元の人々を、不当な低賃金で雇って、本国で売れる単一作物を作らせる。作物は、天然ゴム、タバコ、コーヒー、カカオ豆、パーム油、サトウキビ、茶葉、綿花など、趣向品が多く、おおよそ主食にならないものばかり。地元の人々は、輸入された先進国の食糧を、労働で得た賃金で購入するしかない(WTOは、先進国に有利な貿易のルール作りで、途上国の破壊に一役買った)。その結果、自給自足的な地域共同体は破壊され、ささやかに暮らしていた地元の人々は完全に市場に組み込まれる。
 D 多量の化学肥料・農薬を使用する近代農業は、年ごとに収穫が減少し、さらに多くの資材に依存する悪循環をもたらす。運良く経済的に破綻しなくても、農薬による自然破壊や健康被害、大量の水を使用するため塩害などが起こり、農業生産ができなくなる土地が続出する。
 このようにして、途上国の今までわずかでも食糧を生み出していた農地は、農薬汚染や塩害などで砂漠に変わっていった。貧しい国には餓死者が大量に発生した。
 途上国には、農薬、化学肥料、種子、インフラ整備の費用が莫大な借金として重くのしかかった。
 モンサント等の種苗・農薬メーカー、カーギルなどの穀物メジャー、ベクテルなどの開発企業、そしてそれら巨大資本を動かす金貸し勢力だけが、数千万の途上国国民の死体と引き替えに巨利を得た。
 これが「緑の革命」と称して行われた「国連による経済支援」「世銀による開発援助」の実態である。
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2018年10月16日

「新自由主義」は本当に効率的なのか?

 人間とは生きているだけでコストのかかる存在である。しかし、効率重視と言われる新自由主義が、人間のコストパフォーマンスを真剣に検討してきたかと言えば、はなはだ疑わしい。新自由主義とは、1980年代以降、イギリス、アメリカから世界に広がってきた経済路線である。社会保障支出を最小限に抑える一方、企業活動を制限する規制を緩和することで、経済を効率化できるとする考え方だ。日本では小泉純一郎政権などが推し進めた。だが現実には、新自由主義は人間のコストパフォーマンスという視点を軽視し続け、その点でむしろ、非効率的な社会を作り上げてきてしまったのではないか。
 コストパフォーマンスは「自助」によって図られるべきものだ、とよく言われる。しかしそれで片付くのであれば、企業に対する経済産業省も、人間に対する厚生労働省も不要だろう。そんな単純なものではないからこそ、試行錯誤を繰り返し、制度や行政機構は今の形に至っている。
 新自由主義とは、実は大変非効率な経済学だったのではないか、という反省が経済学自身の中から生まれてこなければならないはずだ。そして、人々がそれぞれに生きている実態に即して、人間の生存を確保するほうが、はるかに高いコストパフォーマンスを実現することを、数値的にも立証すべきではないか。それは、「貧困対策は最大の景気対策だ」ということになる。
 製造業派遣に従事していて「派遣切り」にあったある日系ブラジル人労働者が集会で言っていた。「私たちはいい消費者だったはずだ。しかしもう消費もできない」と。労働を掘り崩し、消費を低下させ、生存コストのみを負担させる社会に未来があるのか。どんなハンデを背負っていても、その人を生かすことのできる社会がもっともコストパフォーマンスのいい社会ではないのか。
 人間の生存コストをきちんと勘案できる、まがいものでない経済理論の再生が必要だ。
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2018年10月14日

生活保護は、誰のためにあるのか?

 生活保護バッシングが吹き荒れるわずか数か月前。2012年1月。札幌市白石区のとあるマンションの一室で、2人の女性の遺体が発見された。部屋に住んでいたのは40代の姉妹。料金滞納で電気・ガスは止められ、冷蔵庫のなかは空っぽ。ちなみに42歳の姉は脳内出血で病死、そのあとに亡くなった知的障がいのある40歳の妹はやせ細った状態で凍死していたという。そして実は、その後の報道で、この姉妹が約1年半前から3回にわたり区役所へ生活相談に訪れていたことが判明した。
 しかし、結果的に生活保護の申請にはいたらず、2回目の相談にいたっては非常用のパンの缶詰を交付されたのみだったことがわかった。遺された姉の携帯電話には「111」の発信記録が何度も残されていたと言う。知的障がいを持つ妹が、姉が倒れたあとに、何度も何度も、救急や警察などの助けを求めようとしたのだろう。
 そして、その声は届かなかった。
 生活保護は、本当に過剰に支給されてきたのだろうか。手厚すぎたのだろうか。
 少なくとも、必要な人に支援はまだ届いていない。
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2018年10月13日

脆弱なセーフティネット

 2012年には、社会保障制度改革推進法」が制定された。これは、この国の社会保障の将来的な方向性を定めたものであるが、附則の第2条には、生活保護をはじめとする生活困窮者施策に関して次のような記述がなされている。
 1項においては、「不正受給対策の強化」「生活保護基準の見直し」「就労の促進」が掲げられ、2項においては、「貧困の連鎖の防止」「就労可能層への支援制度の構築等」が明記されたのだ。そして、この記述をもとに、「不正受給対策の強化」としては、2013年12月に生活保護法の改正、そして「生活保護基準の見直し」としては、2013年8月より生活扶助基準(生活保護の生活費分)の段階的な削減が断行され、2年後の2015年7月からは住宅扶助および冬季加算の削減もおこなわれた。
 「就労の促進」については、2013年5月に「就労可能な被保護者の就労・自立支援の基本方針」という通知により、稼働年齢層(15歳から64歳まで)の生活保護利用者に対し、生活保護開始から3〜6か月以内に、低額でも必ずいったん就労することが求められるようになった。
 そして、「貧困の連鎖の防止」に関しては、2013年6月に成立した「子どもの貧困対策法」に、「就労可能層への支援制度の構築等」に関しては2013年12月に成立した「生活困窮者自立支援法」へとつながっていく。
 この「社会保障制度改革推進法」は、社会保障の税源を明確化したり、国の責任や方針を明らかにした、という意味では評価ができるだろう。しかし、生活保護をとりまく最低生活保障の部分に関しては、正直、かなり厳しい内容となった。
 生活保護は文字通り、生活に困った時の最後の砦。その最後のセーフティネットが、財政的にかなり削られてしまうことになった。210万人を超える人の生活に大きな影響をもたらしたほか、今後の生活保護をめぐる議論にも大きな影を落とした。
 生活保護バッシングが吹き荒れた2012年は、良くも悪くも生活保護をとりまく環境を一変させた最初のきっかけとなったのだった。
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2018年10月11日

転換点は「税と社会保障の一体改革」

 「生活保護は最後のセーフティネットだ!」
 「国は当事者の声を聞け!」
 生活保護バッシングが吹き荒れるなか、もやいをはじめとする支援団体、法律家などは生活保護についての誤解や偏見が広がらないようにと、さまざまなアクションを起こしていた。議員会館に出向いて国会議員に直接生活保護利用者の声を届ける活動をしたり、生活保護バッシングにより不安に感じている人への相談会を開いたりした。
 しかし、生活保護の利用者が、つまり当事者が声をあげるというのは並大抵のことではない。身近な人、近所の人に知られたら恥ずかしい、世間の目が怖い、フクシのケースワーカーにいやがらせをされるんじゃないか......。
 彼ら・彼女らの生活を支えていたのは、まぎれもない「生活保護」そのものなのだ。だからこそ、それを支給してくれる国や納税者である世間に対して声をあげる勇気を持つ人は、本当に少なかった。
 ただ、一部のメディアでは僕たちの声を報道してくれた。しかし、残念ながら、そういった声は必ずしも政策に反映されたとは言えない。
「わかりました。いただいたご意見はしっかりと検討させていただきますから」
「必要な人が生活保護を受けることについては、何も反対なんかしていませんよ。あくまで、悪質な事例に対処するために生活保護制度の改革が必要なんです」
 官僚も政治家も、話は聞いてくれた。でもそれは本当に、聞いてくれただけだった。
 こうして2012年8月、「税と社会保障の一体改革」の名のもとに、「社会保障制度改革推進法」をはじめとする関連8法案が可決された。この法案は、日本の社会保障を、そして生活保護をはじめとした生活困窮者支援施策にとって、大きな転換点と言えるものだった。このときほど、自分たちの無力さを痛感したことはなかった。
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2018年10月10日

「支給基準10%カット」の意味するもの

 一連の生活保護バッシングに大きく関わった国会議員が所属する政党が主宰する生活保護に関するプロジェクトチームでは、生活保護に関する改革案をに提言していた。そこでは、支給基準を10%カットすることや、お金ではなく食料などの現物給付にすることなどが盛り込まれたほか、議論のなかでは、就労可能な人は生活保護受給期間を有期にする、などといった話も出た。
 まず、「支給基準の10%カット」。これは、とても大変な話だ。確かに、生活保護が財政を圧迫しているという議論はある。しかし、ある日突然あなたが、会社から給料を10%カットすると言われたら、きっとたまったものじゃないだろう。
 しかも、生活保護基準というのは生きていくための、ただでさえギリギリの額だ。都内で言うと、生活費だけでも1か月で約7〜8万円かかるだろうか。その10%といえば、相当な重みを持ってくる。多くの人がまっさきに食費を削るだろう。冷暖房を抑えたり、外出をひかえて家に引きこもるかもしれない。高齢者や傷病・障がいを持つ人にとってみれば自体はさらに深刻で、最悪、死活問題になりかねない。
 そして、生活保護基準が下がるということは、最低賃金の下限も下がるなど、生活保護以外のほかのさまざまな制度にも大きな影響を及ぼすのだ。誰にとっても決して他人事ではない。
 次に、食料などの現物支給。これは現実には難しいはずだ。コメの配給にするのか、一部のお店でしか使えないクレジットカードのようなものにするのかわからないけれど、何を食べるか、食べられるかは人によって違う。それに、そういった配給のほうが間に業者が入って中間マージンをとるなど、余計なコストがかかる可能性が高い。
 最後に、就労可能な人の生活保護を有期にするというものだが、もし仕事先が見つからなかったらその人はどうなるのだろう。生活困窮者の多くは、可能なら仕事がしたいと希望している人たちである。でも仕事が見つからない。有期化の議論は、結果的に生活保護が必要な人を機械的に締め出すことにつながりかねない。
 これらの提案は、あくまで1つの党のなかでの議論に過ぎなかった。しかし、メディアが煽りに煽った生活保護バッシングという潮流は、政策決定の場にまで大きな影響力を持っていくことになる。
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2018年10月09日

中国の貧富の差が日本の5倍もある?

 富裕層上位20%の所得を貧困層下位20%の所得で割った倍率が、日本は3.5倍なのに対し、中国は17.8倍で、中国の貧富の差は日本の5倍に達する。中国は社会主義国で日本は資本主義国なのに、これはなぜなのか。
 これに対してさまざまなコメントが寄せられた。
 「日本には所得倍増計画という立法があるからだ」 「欧米や日本は成熟した民主国家。中国や北朝鮮は封建制度の独裁専制国。貧富の差の根本原因は政治体制だろ」 「日本は民主制度で国民に権利があるから貧富の差が小さい。われわれの方は一党制で、国民に選択の権利はないから貧富の差が大きい」「欧米諸国は真の社会主義国。資本主義なんて象徴にすぎない。わが国は実は封建主義国。社会主義なんて象徴にすぎない」 「毛沢東路線を続けていれば貧富の差はなかった。富裕層はいないが、みんな食事にも事欠いただろう。今は少なくともお腹いっぱい食べられるし、ネットもできる」「毛沢東時代、庶民と高官の貧富の差は50倍どころではなく、500倍はあったと思うぞ」 「『先に富んだものが、まだ富んでいない者を富むようにする』という言葉をよく復習したほうがいい」 「共産党に反対した国民党が支配する台湾のほうが、大陸より貧富の差が小さい理由を誰か説明できるだろうか」
 つまり、中国の共産党は、社会主義政策を行っているのではなく、単に独裁主義政策を行っているにすぎないのだ。中国に共産主義は似合わない。
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2018年10月08日

日本でも広がりをみせるフードバンク

 日本にもフードバンクは存在し、28の事業者が活動をしているが、食料の無駄をなくす食料廃棄、食品ロスなど、環境的側面でフードバンクが語られている印象だ。
日本のフードバンク「セカンドハーベスト」によると、児童養護施設、福祉施設、シェルターなど一部の貧困に陥ってしまった人への支援が行われているが、まだ認知度や取組みの規模は小さいのが現状。 貧困世帯の増加は、日本においても他人事ではない。
終身雇用が崩壊し、非正規雇用が増加し、かつ1人親世帯が増加している現代においては、生活費や物価の上昇が発生すれば、普通に仕事をしていても容易に生活苦に陥る可能性がある。食事にありつけないという状況は他者からはみえづらく、課題として表面化しにくいという問題もある。
日本においてもイギリスのようにフードバンクが普及することで、施設やシェルターで生活する人たちだけでなく、広い意味での貧困状態にある人たちにもサービスが広がっていくことが望まれる。
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2018年10月07日

なぜ格差が広がり続け、貧困層が増えていくのか?

 グローバル化によってアメリカを筆頭に世界中の国で経済格差が広がっている。日本も経済格差が広がり、ほんの一部の富裕層が資金を増やし、中間層が減って貧困層が増えている。サラリーマンの平均年収は、 毎年、落ち込んできている。 実際はもっと低い年収で人々は暮らしている。派遣労働者、パート等の年収が200万円を切るのは当たり前なので、全体の平均年収がさらに下がるのは明白だ。今後も正社員削減や完全な年俸制により、結果が出なければ何時間でも企業は社員を働かせることができるようになる。今の状況と今後を感がえれば、我々が何をしなければならないかは想像がつくのではないか。
 アメリカは世界一の経済大国だが、日本よりも遥かに格差が大きく、月給だけでは食べていけない人が猛烈に増えている。食べていけないためフードスタンプ(スナップ)という食料費補助券をもらって何とか生活している。フードスタンプは月額100ドルで、 主に食料品を買うことができる。世界のアメリカはフードスタンプなしでは食べていけない人が5,000万人もいる国に変貌してしまった。これもグローバル化による弊害である。世界一繁栄した都市と言われたアメリカ・ミズーリ州のデトロイトは破綻してしまい、街は廃墟と化している。
 アメリカの現状は数年後の日本だ。企業はグローバル化することで、 最大の利益を上げることに重きを置いている。企業の利益が上がれば、国民の生活が疲弊しようと関係ないのである。 日本政府はグローバル企業と米国の傘下にあるので、グローバル化から逃れることはできない。どんどんと貧困層が増え、国民は疲弊していく。
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2018年10月06日

世界の貧富の格差が拡大、1820年代の水準にまで悪化

 経済協力開発機構(OECD)は、世界の富裕層と貧困層の格差の拡大は1820年代と同じ水準にまで悪化しているとの報告書を公表している。こうした変化は過去200年で「最も憂慮すべき」事柄の1つである。
 過去2世紀の世界の生活状態を調べた報告書の中でOECDは、所得の不均衡が急速に拡大したのはグローバル化が進み始めた1980年代以降だと指摘している。
 調査では25ヵ国の1820年以降の所得水準を調べ、世界が1つの国であるとみなしてデータを突き合せて比較したところ、世界の所得格差は東欧各国における共産主義の台頭などに代表される20世紀半ばの「平等主義革命」によって急速に縮小した後、拡大に転じ、2000年までに1820年と同じ水準にまで広がったことが分かった。
 調査に協力したイタリア・ボッコーニ大学(Bocconi University)のグイド・アルファーニ(Guido Alfani)氏は、「非常に驚くべき」結果だとして、「過去200年の世界経済の特徴の中で最も重大、かつ憂慮すべき点だ」と警告している。
 世界の所得格差についてはフランスの経済学者、トマ・ピケティ(Thomas Piketty)氏が著書「Capital in the Twenty-First Century(21世紀の資本論)」の中で厳しい警告を発して議論を呼び、同書はベストセラーになっている。
 オランダの経済学者、ヤン・ライテン・ファン・ザンデン(Jan Luiten van Zanden)氏はこのOECDの報告書について、「ピケティ氏と同じ問題点を指摘し、世界の格差拡大に対して同じ懸念を持っている」と述べ、 ピケティ氏の著書は主に欧米諸国を扱っているが、世界規模で同じ分析を行うべきだとの見解を示した。.
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2018年10月05日

貧困ビジネスの親玉は「大学」、低所得層から奨学金を吸い上げて借金を残す − 貧困再生産の元凶

 新聞が触れない大学教育の暗部を、週刊誌が暴きつつある。 貸与奨学金の受給率を大学入学の難易度別に調べると、 難関大学は奨学金利用が少なく、Fランクに近付くと奨学金利用が増える。また、貸与奨学金の返済における滞納率でもおおむね同様で、 難関大学は滞納率が低く、中堅大学、底辺大学となるにつれて滞納率も上昇する。つまり、中堅以下の私立大学は貸与奨学金のお蔭で経営が成り立っており、 奨学金がなければ破綻する大学が相当数あるということだ。
 貸与奨学金は、滞納率が5%もある大学が複数存在することが情報公開によって明らかになっており、相当な額の借金を残して卒業生の負担を生み出し続けている大学があることは事実と言って良い。つまり底辺層の大学こそが「貧困ビジネス」の親玉に等しく、 借金と公費で経営を成り立たせ、それを食い物にしているということになる。それを否定するのなら、自学の学生の貸与奨学金利用率と滞納率を公表するがいい。
元々、難関大学とそうでない大学とでは1億円前後の生涯賃金の差があることがさまざまな調査によって推測されている。同じ「大学」という名でも完全に別物なのだ。社会的効果においても、経済的効果においても高等教育は就学前教育に劣る。特に、底辺層の大学の経済効果が大きく劣ることはすでに明らかになりつつある。
社会正義を掲げるリベラル派は、何も考えずに給付奨学金や無償化を謳うが、 安倍と同様に経済リテラシーの低い彼らは「貧困再生産と非効率性」を招いているのだ。 大学を出ても安定して高い賃金を得られる職がなければ、たとえ貸与奨学金が給付奨学金になっても貧困のままだ。ジェンダーの強い日本では女性の就労抑制が多いのでなおさらに非効率である。だから高負担で働かざるを得ず、女性でも自立して働き続けなければならない。
比べるのも変だが、北欧の教育・経済システムは日本より、そしてもちろん安倍政権より遥かに優れている。ただその北欧でも貧困格差が広がっている。そうなると日本の前途は暗すぎるのだ。
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2018年10月04日

生命と尊厳を守る社会保障の再構築を!

 健康保険については、労働者を違法に管理するいわゆる「ブラック企業」の問題も無視できない。ブラック企業で往々にして見られるのが、労働者を「個人事業主」扱いすることで、被用者保険へと加入させることを回避し、労働コストを抑えるといったことである。労働者が国民健康保険に入れば、企業が被用者保険のために保険料の企業負担分を支払う必要もないため、経営上合理的だというのである。多くのブラック企業裁判の事例でもこうしたことが普通に行われており、労働者は高い保険料を負担せざるを得なくなっていた。自分の保険がどうなっているか、いま一度よく見ておいたほうがいい。
 現在、非正規雇用者の割合は3割を超え、実数では2000万人近くに上っている。これに応じて、若年層の貧困率は年々高くなっているのが現状だ。特に、OECDの調査によれば、各種制度によって所得の再分配が行われた後でも、18〜25歳の若年層は5人に1人程度が貧困状態に置かれており、事態は極めて深刻である。こうした中にあって、日本の社会保障制度は私たちの生活の支えにならず、むしろ格差と貧困を助長する。
 社会保障を、生命と尊厳を守るという理念に立脚し再構築すること、これが今最も必要なことである。若い人が希望を持って生活をおくり、温かい家庭を築くことで社会を再生産していく、そういう国を作らなければならない。
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2018年10月03日

もともと自営業者を対象としていた「国保」

 国民健康保険はもともと、企業で働く労働者ではなく、自営業者を対象にした保険であった。しかし、現在ではその加入者の多くは企業に雇われる「被用者」となっており、「国民健康保険の被用者保険化」が進んでいる。これは、国民健康保険が、企業の健康保険からもれた非正規雇用者層の受け皿となっているためである。「平成24(2012)年度国民健康保険実態調査」によれば、被用者の占める割合は35.2%に上っている。
 国民健康保険には保険料の応益割部分があり、その負担は逆進的である。これは、旧国民健康保険法に国民健康保険が「相扶共済の精神」により運営されると明記されていたこととも関係している。ようするに、国民健康保険はもともと、地域の助け合いの観点から制度化されており、地域住民が等しく負担し、サービスに応じて保険料を支払うことが望ましいとされていたのである。
 しかし、その結果、さきほど示した「国民健康保険実態調査」によれば、1000万円以上の所得層にとっては保険料負担の割合がわずか3%程度にすぎない一方で、30万円未満の所得層では19.4%にも及んでいる。加入者層として最も多い100万円以上150万円未満層でも、負担割合は12.1%と極めて高い。こうした応益割の負担が厳しいとのことから負担軽減措置が一応あるが、これが適用されている者はわずかに全体の6.1%しかいない。いくら所得が低くとも、ほとんどの者は保険料の支払義務を免れることができない状況なのである。GDP世界第3位のこの豊かな国で、保険を満足に使えず、いわゆる「無保険」状態で死亡していく者が後を絶たないのもこのためである。
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2018年10月02日

背景にあるのは「雇用の劣化」

「平成23(2011)年国民年金被保険者実態調査」によれば、国民年金第1号被保険者1737万人のうち、滞納者は何と455万人、割合としては26.2%に上っている。この数字がいかに深刻かは、1996年調査における滞納者172万人(11.0%)という数字と比較すればすぐに分かるだろう。滞納者は、この15年間でなんと3倍ほどに膨れ上がっているのである。
この背景には雇用の劣化が著しく進展していることがある。96年度調査の際には、被保険者のうち「臨時・パート」が13.8%であったが、11年度調査では28.3%と、およそ2倍程度になっているのだ。滞納者本人の所得で見ると、100万円未満の者が全体の60%超を占めていることにも驚かされる。保険料を納付しない理由として、「保険料が高く、経済的に支払うのが困難」と答えた者が74.1%と圧倒的に多くいたことは、不安定就業層の拡大と保険料未納者層の増大との関係を裏付けるものである。
また、滞納者の多くが単身世帯に身を置いていることは特徴的だ。96年調査において、滞納者のうち単身世帯の割合は11.4%とまだ少数を占めていたにすぎないが、11年調査では39.3%と、およそ4割近くに上っているのである。
 仮に年金に関して保険料を支払い続けられたとしても、将来それが生活の支えになることもない。国民年金の受給額では、月額3〜4万円台を受給する層が、満額(6万6000円程度)を受給する層に次いで多くなっているが(「平成24〈2012〉年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」)、これでどうやって生計を成り立たせればよいというのであろうか。後で示すOECDの調査を見ても、高齢者の貧困率が極めて高く、76歳以上ではおよそ4人に1人が貧困状態に置かれていることが示されているが、これは世界で最も高い水準なのである。
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2018年10月01日

低所得者層ほど負担が重い社会保険

 日本においてなぜ、社会保障制度が貧困をより拡大させてしまうのか。国の予算に含まれる社会保障関係費の内訳を見てみると、社会保険給付費が全体のほぼ75%を占めている。日本の場合、社会保障とは医療保険、年金、介護保険、雇用保険などの社会保険のことを指していることが分かる。言い換えると、この国では、社会保険に加入しないと生活上のリスクに備えることが困難なのである。この場合、次の点を理解することが非常に重要だ。社会保険制度へと加入し、ここから失業や疾病などの際に給付を受けるためには、保険料を支払わなければならないということ。そしてまた、この保険料が人々の支払い能力を十分に考慮して制度設計されているわけではないということである。
 このことを、低所得者も多く加入する国民年金や国民健康保険を例に取りつつ見てみよう。年金や健康保険はそもそも、老齢や疾病によって働けなくなった場合に、賃金の代わりに生活の支えとなるよう制度化されたものである。しかし、国民年金や国民健康保険に加入するためには、定額の保険料を支払ったり、「応益割」による負担をしたりしなければならない。「応益割」については説明の必要があるだろう。国民健康保険料は、収入などの負担能力に応じて課せられる「応能割」部分と、収入や資産に関係なく一律に課せられる「応益割」部分で構成されている。要は消費税と同じく、所得がどうあれ同じ地域に住む者は同じだけの保険料を負担する必要があるということだ。国民年金も同様だ。満額で受給するためには、加入者の所得とは無関係に、毎月1万5250円(2014年度、年間18万3000円)の保険料を40年間支払い続けなければならない。
 しかし、非正規雇用者などの不安定就業層が社会の隅々に広がっている現在の状況では、所得に無関係な定額拠出、応益割の負担は極めて厳しいものとなる。たびたびテレビ、新聞などの報道で保険料未納の問題が取りざたされるが、これは保険料の拠出が、低所得者層ほど負担が重くなるという「逆進性」を持つ以上、生じるべくして生じている事態なのである。
posted by GHQ/HOGO at 05:55| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする