2018年08月28日

貧困大国 ・日本―その元凶は市場原理主義

 一国の経済規模を示す国内総生産(GDP)でみると、アメリカが世界第1位、日本が第2位の経済大国である(中国が2位といわれているが嘘の統計によるものと考えられる)。日米両国はつい最近まで誇り高い経済大国であったはずだが、今や貧困大国という汚名を着せられる始末となっている。それは、「市場にまかせれば万事うまく事は運ぶ」という触れ込みで強行された市場原理主義が元凶なのである。
 湯浅 誠著『反貧困』を手がかりに貧困大国・日本の実像をさぐり、対抗策を考えるてみよう。
 『反貧困』の副題は、「すべり台社会」からの脱出― となっている。「すべり台社会」とはどういう社会なのか。 一度転んだらどん底まですべり落ちていってしまう「すべり台社会」の中で、「このままいったら日本はどうなってしまうのか」という不安が社会全体に充満している。
 このような貧困状態に落ち込む背景としてつぎの「五重の排除」を挙げている。特に「自分自身からの排除」が新しい今日的な貧困を意味している。
@ 教育課程からの排除
 背景にはすでに親世代の貧困がある。
A 企業福祉からの排除
 非正規雇用が典型。低賃金の不安定雇用にとどまらず、雇用保険・社会保険にもは入れず、かつての正社員が享受できた福利厚生(廉価な社員寮・住宅ローン等)からも排除される。さらに労働組合にも入れない、など。
B 家族福祉からの排除
 親や子供に頼ることができなくなった。
C 公的福祉からの排除
 生活保護制度が、若者には「まだ働ける」、老人には「子供に養ってもらえ」―などとその人が本当に生きていけるかどうかに関係なく、追い返す技法ばかりなってしまっている。
D 自分自身からの排除
 何のための生き抜くのか、何のために働くのか、そうした「当たり前」のことが見えなくなってしまう状態。。@からCの排除を受け、しかもそれが自己責任論によって「あなたのせい」となり、さらに本人自身が「自分のせい」であると考えたとき、人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思えない状態に追い込まれる。
 ある生活保護受給者が「死ねないから生きているにすぎない」と言っていた。生きることと希望・願望は本来両立すべきなのに、両者が対立し、希望・願望を破棄することでようやく生きることが可能となる状態―これを「自分自身からの排除」と湯浅氏は考えた。
 「あれだけ本人も頑張っているから、助けよう、というのが普通の感覚だが、現実は違う。頑張れ、と言われても頑張りようがないところに追い込まれている人が多い。例えば34歳の男性は『自分はこのままでいいんスよ』と言い張る。なかなか共感を得にくい人たちでもある。しかし重要なことは頑張れという前に頑張れるための条件づくりが先決だ。それが社会と国家の責任だと思う 」
posted by GHQ/HOGO at 04:55| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする