2018年07月08日

転換点は「税と社会保障の一体改革」?

 「生活保護は最後のセーフティネットだ」
 「国は当事者の声を聞け」
 生活保護バッシングが吹き荒れるなか、支援団体、法律家などは生活保護についての誤解や偏見が広がらないようにと、さまざまなアクションを起こしている。議員会館に出向いて国会議員に直接生活保護利用者の声を届ける活動をしたり、生活保護バッシングにより不安に感じている人への相談会を開いたりし。ている
 しかし、生活保護の利用者が、つまり当事者が声をあげるというのは並大抵のことではない。身近な人、近所の人に知られたら恥ずかしい、世間の目が怖い、フクシのケースワーカーにいやがらせをされるんじゃないか......。
 彼ら・彼女らの生活を支えていたのは、まぎれもない「生活保護」そのものなのだ。だからこそ、それを支給してくれる国や納税者である世間に対して声をあげる勇気を持つ人は、本当に少なかった。
 ただ、一部のメディアでは支援者等の声を報道してくれた。しかし、残念ながら、そういった声は必ずしも政策に反映されたとは言えない。
 「わかりました。いただいたご意見はしっかりと検討させていただきますから」
 「必要な人が生活保護を受けることについては、何も反対なんかしていませんよ。あくまで、悪質な事例に対処するために生活保護制度の改革が必要なんです」
 官僚も政治家も、話は聞いてくれた。でもそれは本当に、聞いてくれただけだった。
 こうして2012年、「税と社会保障の一体改革」の名のもとに、「社会保障制度改革推進法」をはじめとする関連8法案が可決された。この法案は、日本の社会保障を、そして生活保護をはじめとした生活困窮者支援施策にとって、大きな転換点と言えるものだった。
 このときほど、無力さを痛感したことはなかった。
 「あんなやつら」って、誰だ。
 「生活保護、ありがとう」
 ある支援団体が主催するイベントで登壇した女性は、現在、生活保護利用中だという。彼女は震えながらも、自分の気持を壇上から伝えた。
 「私は病気になりました。支えてくれる人もいないし、頼れる人もいなかったです。だから生活保護を利用しました。生活保護に助けられて、支えられて、いま生きています。もし生活保護がなかったら、いまの私はありません。そして、この制度を必要とする人は、これからもたくさんいると思います......」
 彼女の言葉に異議を唱える人が、どれくらいいるだろうか。必要な人が必要な制度を利用する。それは、当たり前のことだ。きっと、誰もが賛同するに違いない。でも、必要か必要でないか。この2つの間に、どれほどの違いが、どれほどの差があるのだろうか。正しい線引きは、誰がしてくれるのだろう......。
 多くの人が叫ぶほど、本当にいまの生活保護制度は必要でない人が過剰に利用しているのだろうか。ほとんどの人は本当にそれが必要な状況なのだ。もちろん、なかには眉をしかめるたくなる人もいるが、それは一部も一部だし、その人にもきっと、それを必要だと思った背景や事情があったはずだ。
 イベントで話していた女性のように、どうしようもない事情の人だっている。それに、彼女は持病があると言っていたが、見た目には健康そのもののようだった。生活保護の利用者であることを打ち明けられなければ、まったく気がつかなかったかもしれない。
posted by GHQ/HOGO at 06:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする