2018年07月31日

なぜ政治家と官僚は少子化問題に真剣に取り組まないのか!?

 年金制度改革案のニュースが少し前にあった。違和感があるのは、本質的な真因は少子化であり、今小手先で対処しても逆ピラミッド構成を解決しないと、年金制度は破綻にしか向かわないことが明らかであるにも関わらず、少子化対策としては保育所整備程度のものであったことだ。
 誰でも分かっているはずだが、出生率2以下ということは、恐ろしい速度で人口が減り、民族の消滅を意味している。利息の逆で相乗的に利くから、気づいたら妊娠可能婦人人口がいなくなってしまうということに行き着くはずだ。
 今、行うべきは出生率3に向けて、大胆な手を打つことではないか。妊娠可能な女性が、子供を3人産んだほうが生活が楽になるというような方策、例えば3人以上産んだら無税にするとか、教をただにするとか、明確で思い切った対策がいるのではないか。少子化対策ではなく、誤解を恐れずに言えば、産めよ、殖やせよ策が必要ではないのか。
 今の政治家・官僚が少子化を前提とした考えでいれば、民族を滅ぼすだけだと思う。早く手を打てば、まだ人口を増やせるのぞみがあるのではないだろうか。
 他人事ではなく、老人たちには若い人が子供を作りたいと思えるように支援することを考えて欲しい。特に団塊の世代には強く言いたい。あなたたち(私を含めて)一番酷い世代だからだ。よく考えてみることだ。
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2018年07月29日

努力してもムダな仕事が「若者の貧困」を生む―大人は、高度経済成長期の感覚で物を言うな! 1

 必死に努力しても、報われない社会が到来している。非正規雇用でどれだけ努力をしても、正社員になれない若者がいかに多いことだろうか。非正規社員の力や経験に大きく依存しながら、企業の経営や社会の存続が保たれているのにもかかわらず、「機械の歯車」のような位置づけである。若いうちは努力をするべきで、それは一時的な苦労だという考え方(努力至上主義説)も神話にすぎない。
 取って代わるような人々はいくらでもいると言わんばかりに、企業は労働者を大切に扱わない。ましてや正社員化を進めようとしない。雇用は増え続けているが、もっぱら非正規雇用の拡大であり、その不安定な働き方に抑制が利かない。いかに人件費を削ればよいかということが企業目標にもなっており、若者たちの労働環境はこれまでにないほど劣化している。
 このような労働環境の劣化を放置しながら、若者にただただ努力を求めるのは酷ではないだろうか。たとえば、ビジネスマンが目指す理想の企業経営者で有名な、京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者の稲盛和夫氏は、「1日1日を懸命に生きれば、未来が開かれてくるのです。正確に将来を見通すということは、今日を努力して生きることの延長線上にしかないのです」(『成功への情熱─PASSION』PHP研究所)と述べている。
 しかし、この時代にその考えは当てはまるだろうか。今日、このような努力至上主義を信奉することこそ、若者たちを追いつめていくと批判せざるを得ない。彼のように、企業経営者の中には少なからず、自身の成功体験もあるせいか、努力至上主義を主張する者がいる。
 もちろん、努力が必要ではないと言っているわけでは決してない。努力をして「報われる労働」と「報われない労働」の2種類にハッキリ分かれることを確信しているのだ。この2種類があることを説明することなく、すべてにおいて「努力すれば報われる」と述べるのは、時代錯誤的、あるいは無責任であると考えている。
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2018年07月28日

「労働ビッグバン」「ホワイトカラーエグゼンプション」などを許さない!

 労働市場における規制緩和政策により、ワーキング・プアなど格差と貧困の問題が拡大し深刻化している状況があるにもかかわらず、例えば経済財政諮問会議は2006年に、いわゆる「労働ビッグバン」を打ち上げ、労働時間の裁量化として、一定年収以上のホワイトカラーに残業代を支給しないいわゆるホワイトカラー・エグゼンプション制度の導入や、派遣労働の期間制限撤廃などの規制緩和策を提言した。
 ホワイトカラーエグゼンプションは、長時間・過密労働とサービス残業を強いられている労働者に対して、自己管理型労働と称して労働時間規制を適用除外することにより、不払残業を合法化し、さらなる人件費圧縮につなげようとするものだ。日本経団連は、違法なサービス残業を解消するために政府が発出した「サービス残業解消通達」をやり玉にあげ、「企業の労使自治や企業の国際競争力の強化を阻害しかねないような動きが顕著」などと非難して、サービス残業を合法化し、人件費カットを意図していることが明らかである。
 ホワイトカラーエグゼンプション導入は、労働者、労働組合、広範な市民の反対により政府は法案上程を断念するという展開をみたが、依然として財界はこの導入を強く求めており、政府もこの制度の導入に意欲を示すなど、労働時間規制に関するさらなる規制緩和を求める動きは継続している。
 派遣労働に関しても、派遣会社側の違法行為、賃金ピンハネ、誇大広告による労働条件の偽装が社会問題化するなか、登録型派遣の禁止、原則自由の労働者派遣を再規制(労働者派遣は原則禁止、一定の類型だけを特に許すという1997年以前の規制内容に戻す)を求める声と取り組みが非常に大きくなっている。反面、日本経団連の規制改革要望では、雇用労働分野の36項目中、派遣期間制限の撤廃、雇用申込義務の廃止、禁止業務の解除など派遣関係でも1項目を掲げ、完全な自由化を求めるものになっている。
 労働市場における規制緩和は雇用格差と貧困をもたらし、これらをもたらす新自由主義改革政策が続けば状況はさらに酷くなる。新自由主義的政策に異議申立てを行うことが今極めて重要になっている。
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2018年07月27日

作られた雇用格差

 不安定雇用の増加、給与の低下は自然発生的に生じたものではない。財界と政府が一体となって作り出してきたのである。
 1995年に日経連(当時)は、「新時代の『日本的経営』」を発表し、そこで、労働者を@長期蓄積能力活用型、A高度専門能力活用型、B雇用柔軟型の三種に分類し、少数精鋭の正社員、流動化された専門職、そして安価な労働力としての非正規雇用の大量活用という方針を打ち出していた。これは企業利益の極大化のために総人件費を圧縮するという財界戦略に基づくものであり、そして、当時の橋本内閣以降歴代政府は労働市場における規制緩和政策を次々ととり続け、この財界戦略をバックアップし、推し進めてきたのだ。
 有期雇用に関する規制の緩和、派遣労働の自由化等の労働市場における規制緩和は、派遣労働者や製造現場における請負労働者などの非正規雇用労働者を大量に生み出し、これらの労働者は安価にかつ企業の需要に応じて流動化させられるという、安く使い捨てられる労働者とされ、請負労働者で給与は時給、正社員の半分以下、ボーナスや昇給はなく、短期雇用でいつでも辞めさせられるという、「ワーキング・プア」が作り出されていったのである。
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2018年07月26日

不安定雇用の増加

 雇用において不安定雇用が劇的に増加していることはいたるところで指摘されている。その実情は、2006年(10から12月期)において、役員を除く雇用者数5132万人の内、正規雇用者三四四三万人(67.1%)に対し、非正規雇用者は1691万人(33.0%)と三割を超える雇用者が非正規雇用となっており、非正規雇用者の内訳は、パート・アルバイトが17万人(21.8%) 契約・嘱託等431万人(8.4%)、派遣43万人(2.8%)となっていた。おおよそ20年前1985年でみると、非正規雇用者655万人(16.4%)、パート等で499万人(12.5%)であるのに対比すると、非正規雇用者は人数で約2.6倍、構成比で約2倍と非常に大きく増加しており、同時に正規雇用者は大きく減少をしていることが顕著である。ここからは、この間に労働者派遣や有期雇用契約に関する規制の撤廃や緩和により、契約社員、派遣等の雇用形態が激増し、パートタイムだけでなくフルタイム型の非正規雇用が増大してきていることが分かるのだ。
 不安定雇用が増加すると同時に給与水準も近年低下し続けている。 国税庁の民間給与実態統計調査よれば、2006年の平均給与額は435万円で、前年に比べて2万円、0.4%の減少であり、平均給与は1998年から9年連続で減少している(1997年は467万円)。給与階級別の分布をみると、年収200万円以下が2002年では、853万人(構成比で19.1%)であるのに対して、2006年では1023万人(構成比で22.8%)と170万人(3.7%増)の増加となっている。
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2018年07月25日

格差と貧困を生み出しているものは?

  資本主義社会においては、形式上、自由と平等が建前とされているが、実質上は、持てる者の自由と持たざる者の不自由が生み出されているのである。
 第二次大戦後のいわゆる先進諸国はいわゆる自由主義(リベラリズム)に基づく政策が主流で、個人の自由で独立した選択を実質的に保障し、極度の貧富の差による弊害を防ぐためには政府や地域社会による積極的な介入も必要であるという考えに基づき(市場の自由を重視する自由放任主義=古典的な自由主義に内在する欠陥が世界恐慌などの弊害をもたらした)、年金、医療等の社会保障の拡充、公共事業による景気の調整、主要産業の国有化など国家が積極的に介入し個人の実質的自由を保障すべきとの政策をとり、福祉国家と呼ばれる路線と政策を行ってきているのだ。
これに対して、80年代以降に英国や、米国などに登場した新自由主義(英語ではネオリベラリズム)は、国家による福祉、公共サービスを縮小させ、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視をいうもので、福祉国家を敵対視するものである。
 日本においては、とりわけ90年代後半以降、小泉政権の構造改革に代表される新自由主義的施策が極度に進み、企業の国際競争力強化のためなどとして市場原理万能の規制緩和を行い、弱肉強食型の結果を惹起し、弱者を見捨てる政策が断行された。
 この新自由主義改革に基づく政策、施策は、構造改革、規制緩和と称して行われてきており、あたかも国民、消費者の利益になり、国民生活を向上させるかのように語られているのだが、実はこれらの自由主義改革が格差と貧困という矛盾を生み出す根源となっている。
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2018年07月24日

世代別の貧困者支援対策が重要

世代によって必要な政策が分かれてくる。まず子供向けでは特に母子世帯向けの所得保障と就業支援が重要である。また貧困世帯児童向けの教育費用の支援も重要になる。若年・現役者向けには、非正規労働者への支援が重要である。非正規労働者は、国民年金や国民健康保険に加入するケースが多いが、これらの保険料は定額負担の性格が強く、低所得者ほど逆進性が高く、未納率の原因になっている。
したがって、当面必要な所得再分配政策は、非正規労働者にも正規労働者と同じ社会保険(厚生年金、健康保険)を適用し、将来の生活展望や医療アクセスを保障する、非正規労働者でも将来展望を持って家族を形成できるように、住宅手当、児童手当の加算、子供に対する奨学金を充実させることである。低所得高齢者には、基礎年金制度を補う最低所得保障制度の導入、医療・介護費の保険料、窓口負担の軽減が重要になる。
 さらに全世帯に共通して生活困窮者の生活支援も重要である。就職の失敗や離職に伴う長期無業となり、引きこもるもの、多重債務を抱えるものも増えているが、現在、これに対する支援政策は存在しない。これらの問題は、現金給付だけでは対応できないので、就労支援、生活相談、金銭管理支援などさまざまな生活支援政策を行う必要がある。2015年4月からスタートした生活困窮者支援制度は、このような多様な生活困窮者の生活を包括して支援するまったく新しい仕組みであり、その成否に大きな期待がかかる。
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2018年07月23日

一人親世帯の貧困率は50%で世界トップクラス

ここでは世代別の貧困の課題を見てみよう。まず子供の格差・貧困であるが、これは大人の貧困率の上昇とともに上昇傾向にある。日本の子供の貧困率は16%であり、先進国でも上位にある。また特に一人親世帯の貧困率は50%であり、先進国でもトップクラスになっている。こうした貧困が子供に与える影響については、教育水準、健康面で明らかにされている。
 教育面については、親の所得階層によって基礎科目の成績で差がでていることや、大学などのへ進学率に差がでていることにより、所得格差と学力、進学機会の格差の関係が明らかになっている。またさまざまなデータが子供の貧困と貧困の世代間連鎖を明らかにしている。たとえば、少年院における貧困世帯の出身者の率の高さ、生活保護受給世帯出身の子供が成人後、自らも生活保護受給になる確率が高いこと、養護施設出身の子供が成人後に生活保護を受ける割合も高いことなどが明らかにされている。
次に若年者・現役世代の格差・貧困を見てみよう。90年代半ばから非正規雇用が拡大し、特に不本意ながら非正規労働者にならざるを得ないという若い世代の増加は、格差・貧困率の上昇、未婚率の上昇の重要な原因になっている。また学校、進学、就職・転職の失敗などをきっかけとする若い世代の引きこもりの増加が大きな問題になっている。
高齢者の格差・貧困の主要因は、低い年金や無年金である。被用者は厚生年金、非被用者(自営業、無職、非正規労働者)は国民年金と加入する年金が分立している日本では、国民年金(基礎年金)のみの高齢者は850万人程度おり、その平均年金額 (月額) は5.5万円であり、生活扶助基準を大きく下回る。また2015年度から初めてスタートするマクロ経済スライドによって、基礎年金の実質水準は今後30年間にわたり約30%程度低下するとされている。今後の高齢者数の増大も考慮すると、膨大な貧困高齢者が発生する可能性もある。
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2018年07月21日

相対貧困率と生活扶助基準ライン

所得分布が格差の大きさを示すのとは別に、貧困の程度を示すものとしては相対貧困率がある。正確には相対貧困水準とは「世帯人数を調整したうえでの中位の所得の半分の所得を相対貧困ライン」と設定し、その相対貧困ライン以下の人の割合と定義される。もう1つの貧困ラインとしては、生活保護制度の定める最低所得水準(以下、生活扶助基準の貧困ラインとする)によるものがある。生活扶助基準からみた貧困ラインは、世帯を構成する家族の年齢や居住地によって異なるので、単に人数調整した相対貧困ラインとは単純比較できない。
しかし、相対貧困ラインからみて貧困世帯とみなされる低所得世帯と生活扶助基準ラインからみて貧困世帯とみなされる世帯は86%重なっていることが確認できている。したがって、相対貧困率の動向は、生活扶助基準以下の貧困率と類似した動きを示すことになる。相対貧困率の動向を見ると、全体として貧困率は上昇傾向にあり、特に若年世代の貧困率が大きく上昇している。一般に、貧困率の上昇は、収入が少ない高齢者数が増加したためであるという指摘もあるが、決して人口要因だけではない。
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2018年07月20日

所得分布からみる格差の拡大―所得上位5%の占有率が急上昇

 日本国内での格差・貧困の動向については、めにはいくつかの指標を組み合わせてみる必要がある。
 まず所得の中位値と平均値である。厚生労働省の2013年「国民生活基礎調査」によると、2012年の平均世帯所得は537万円であるが、中位の世帯所得(所得を低いものから高いものへと順に並べて2等分する境界値)は432万円である。中位値より平均の方がかなり高めにでる原因は、高所得世帯の所得が平均を押し上げているからである。そこで中位値の世帯所得の動向に着目すると、世帯人数が減少していることや人口の高齢化が進んだことをも考慮しないといけないものの、1995年は550万円、2000年は500万円、2005年は458万円、2012年432万円というように、約20年間で中位値は120万円程度低下している。
 次に2012年の所得分布を見てみよう。全世帯の下位から約2割(19・4%)は世帯収入「0から200万円」にある。中位の世帯所得の半分は216万円であり、これは後ほど触れる相対貧困ラインにも相当するが、それ以下の世帯が20%程度存在することになる。他方、上位から5% (4・8%)が世帯所得「1300万円以上」、同じく上位10%(11・3%)が世帯所得「1000万円以上」の高所得世帯層となっている。したがって、大ざっぱにいうと日本の世帯所得分布は1000万円以上で上位10%、201万円から999万円で中間層70%、200万円以下の低所得者層20%から構成されている。
次に高所得層への集中を明確にするためには、高所得層への占有率に注目する必要がある。OECDのデータベースでは、各国の所得上位層が全所得(課税前)の何パーセントを占有しているか公表している。上位5%の所得層の占有率を見ると、日本は90年代に入って急速に上昇しており、米国の約35%、英国の約30%には及ばないものの、25%に接近している。なお、フランスは21%、スウェーデンは17%であり、決して日本が格差や所得の集中度が低い国ではないことがわかる。
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2018年07月19日

国際比較から見た格差の現状―低所得層の大幅所得低下は日本だけ

トリクルダウン政策は、日本でも2000年代前半に雇用規制緩和などを進めた小泉純一郎政権、それに続く(第1次)安倍晋三内閣でも「上げ潮政策」として採用されているが、それが低所得世帯にどのような結果になったかは十分検証されていない。国際的にも過去20年から30年間で、先進国における格差がどのような状況になっているかは重要なテーマになっている。この点について経済開発協力機構(OECD)の “Divided We Stand: Why Inequality Keeps Rising” (2011年) は、1980年代半ばから2000年代後半の期間における所得上位10%の階層と下位10%の階層の実質所得の変化率について、「世帯規模」と「物価水準」を調整した上で、国別に動向を明らかにしている。
フランスのように下位の所得の成長率が上位の成長率よりも高い国は例外であり、多くの国で、高所得者の所得の成長率は低所得者の成長率よりもはるかに高く、格差は拡大していることが確認できる。それでも低所得者の実質所得の成長率はわずかでもプラス成長であるが、日本のみ低所得者層の所得は実質所得が年平均マイナス0・5%になっている。日本では、低所得層の所得がより大きく低下していることが確認されたことになる。
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2018年07月18日

成長か分配か―揺れ動く国民の評価

 生活保護受給者数は220万人あまりとなっており、戦後最多の状況が続いている。生活保護を受給している世帯の約4割が高齢者世帯であるが、増加率に着目すると若い世代の生活保護受給者も増加している。このように貧困問題はより深刻になっているものの、所得再分配か経済成長のいずれを優先すべきなのかという問題は、常に経済政策で大きな論争になり、国民の評価もそのときの社会経済状況で大きく揺れ動いてきた。
 2007年から08年のように生活保護を打ち切られて餓死した高齢者の事件や、リーマンショック後の解雇で仕事と住居を同時に失った人々が日比谷公園に集まり、派遣村が開設されたことなどが報道されると貧困・格差に関心が集まり、再分配政策を支持するようになる。
 しかし、最近のように生活保護受給者が増加し、不正受給などが報道されるようになると、再分配政策への支持は小さくなる。再分配政策を重視した民主党政権とは異なり、自民・公明連立政権は、経済成長重視を鮮明にしている。
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2018年07月16日

日本の貧困層と生活保護制度の問題点

 かつて日本は、国民の八割が自分の生活は「中の上」だと認識しているという、いわゆる「一億総中流社会」を形成していた。戦後の高度成長期を背景として、誰もが自分の望む仕事に就けて、毎年給料が上がっていって、会社は手厚く社員の面倒を見てくれて、退職する時は子供のマイホーム購入に一役買ってやれるだけの退職金を用意してくれる― そんな夢みたいな時代が確かに存在した。
 けれど、近年では、たび重なる経済危機、グローバリゼーションによる競争の激化、東日本大震災などによって、日本の雇用情勢や家計所得は低迷を続けている。「ワーキングプア」や「ネットカフェ難民」のように格差社会の底辺に位置する低所得層も増加していて、セーフティネットの最後の砦である「生活保護制度」に助けを求める人々が急増している。
 厚生労働省が推計・発表した日本の「相対的貧困率」を年代別に示すと、90年代後半から相対的貧困率が上昇傾向である。「相対的貧困率」とは、全国民における低所得者の割合のことで、全国民の可処分所得の中央値に満たない人の割合を指している。国際比較で考えてみても、日本の「相対的貧困率」は高い水準となっていて、日本はOECD加盟30ヵ国中、4番目に悪い数字となっている。また、18歳未満の子供が低所得家庭で育てられている割合を示す「子供の相対的貧困率」も高い数字を示している。
 では、日本は諸外国と比較して貧困層が多く、さらに人数も増加していると言えるのだろうか。OECD主要国による「相対的貧困率」は、日本の相対的貧困率は14.9%であり、アメリカ(17.1%)に次ぐ高さである。しかし、いくら「失われた20年」を経験し、さらにリーマンショックなどの金融危機による打撃を受けて、中国に抜かれたとはいえ、日本が世界3位の経済大国であることには変わらない。それにしては、これほど高い割合で貧困層が本当に存在しているのだろうか。
 実は、日本の貧困層の割合が高いのは、貧困層を「相対的貧困率」によって捉えているためなのである。ある国における貧困層の割合を把握するには、その尺度として「相対的貧困率」を使用する場合と、「絶対的貧困率」を使用する場合があるのだ。
 「相対的貧困率」は、特定の国の中で他人と比較して、相対的に貧しい人の割合を測る尺度であるから、貧困層といっても、その収入の水準は国よって大きく異なるのだ。一方、「絶対的貧困率」は、収入が極端に少なくて、明日の朝食を口にできるかどうか心配しなければならないほど困っている人たちの割合を指している。世界銀行の定義では、1人あたり年間所得が370ドル(約3万円)以下、または、1日の所得が1ドル以下に満たない国民の全国民に占める割合を指している。
 この「絶対貧困率」の尺度で考えると、日本の貧困層はゼロに近い数字となってしまう。つまり、日本は絶対的な貧困に苦しむ人の数は、ほぼゼロだけれど、所得格差が拡大していて、同じ国で生活している他人と比較した場合に、相対的に低所得な人が増えているということである。
 もともと、90年代後半の「失われた20年」の間に、日本の生活保護受給者は、世帯数・人数ともに増加の一途をたどってきたけれど、リーマン・ショック以降、急激に増加している。だけど受給者が多すぎるかどうかというと、これがなかなか難しい。
 他の先進国との比較で考えた場合、日本の公的扶助支出額のGDPに占める比率は小さいけれど、総人口に占める公的扶助を受けている人の割合は、相対的に大きい。このことから、日本の公的扶助支出額は小さいけれど、公的扶助を受けている人、つまり1人当たりの支出額は、先進国の中では大きいのではないかと考えることができる。
 実際、現在の生活保護費は見方によってはかなり余裕のある水準に設定されている。例えば、東京都区部などの場合、高齢者単身世帯の食事などの生活費にあたる生活保護費は月あたり8万820円と、国民年金の満額支給(6万6000円)を超えている。このほかにも、医療費や介護費の自己負担分や、家賃などを別途受給できることを考えると、わずかな年金で暮らす要保護高齢者から見れば、比較にならないほど好待遇を受けていると言える。
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2018年07月14日

増え続ける高齢者の生活保護

 2015年の65歳以上の人口は約3,394万人だが、2025年には3,658万人に増加し2035年には3,740万人、2045年には3,857万人に増加することは間違いない。
 つまり、2015年に比べて30年後の2045年の高齢者の人口は463万人も増加する。近い将来に「東日本大震災」級の大災害が頻発し核戦争でも起きない限り、高齢者の人口は間違いなく増えるのだ。
 しかも、日本の近未来の社会保障は不安が一杯である。何しろ将来の社会保障の道筋を決めているのは、現在、高齢者である政治家だからである。自分たちが生きている間に、痛みを先取りするような政治家は残念ながらいないからだ。
 また、1000兆円に達したと喧伝する国の財政赤字を減らすには、国が個人金融資産1,500兆円に手を突っ込むしかないと財務省は主張する(実際は財務省のまやかしなのだが…)。財務省の戦略は資産課税を強化しマイナンバー制度を活用して税の徴収漏れを減らすことなのだ。その戦略の第一弾が相続税の課税強化なのである。そして消費税の増税である。
 したがって、例えば、年金の給付額や医療費や介護費用を考えても、今より改善しているとは考えられない。つまり、年金の給付額は減少し医療費や介護費用は増えているはずだ。
 その結果、年金だけでは暮らせない高齢者が増え、生活保護に頼らざるを得ない人が増える可能性が十分に考えられる。だから、生活保護と年金をリンクさせた新しい発想の高齢者のセーフティーネットの構築を急がねばならないのである。
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2018年07月13日

生活保護とワーキングプアの問題

 日本がデフレ経済に陥ってすでに15年以上になるが、その間、勤労者の平均所得は減少を続けてきた。一方で生活保護の支給額は減っていないため、生活保護支給額と最低賃金の逆転現象が起っている。
 つまり、生活保護支給額がフルタイムで働く人の最低賃金を上回る逆転現象が起きているのだ。しかも、生活保護の受給者は保護費に加えて医療費や介護費用が免除になり、住民税・国民健康保険・介護保険料・国民年金保険料・NHK放送受信料などが免除になる。
 したがって、生活保護受給者の実質年収を勤労者の所得に換算すると、年収400万円に達するという試算も報告されている。また、夫婦と子供2人の世帯の場合は、実質年収が500万円に達する場合もあることが指摘されている。
 その結果、就労可能な若い世代において、この逆転現象は社員になれずフリーターや契約社員として働いている人たちの労働意欲を減退させていることは否定できない。
 つまり、「あくせく働いてワーキングプアになるよりも、失業を理由に生活保護を受給したほうが得」という心理が、就労可能な世代の生活保護申請を後押ししていると言える。
 したがって、最低賃金が上昇しフルタイムで働く人の賃金が生活保護支給額の水準を上回ることが最も望ましい状態だが、景気が回復しなければ一朝一夕に解決できる問題ではない。
 また、一方で「生活保護支給額の水準が適正なのか」という議論があることも事実である。例えば、先進諸外国の同様の制度と比較してみると、比較対象のイギリス・フランス・ドイツ・スウェーデンの中で日本の支給額は最も高くなっている。
 特に、日本の支給水準は、フランスとスウェーデンの約2倍になっていることは驚きだ。ただ、社会保障制度が異なる諸外国と、一概に金額だけで比較することに余り意味はない。
 そして、もう1つの問題点は、世帯所得が生活保護支給基準を下回る世帯が依然として多いということである。ある試算によると世帯所得が生活保護支給基準を下回る世帯が705万世帯に対し、その内、生活保護を受給している世帯は108万世帯に過ぎないという調査結果が出ている。
 つまり、生活保護を受給している世帯の割合は約15%に過ぎず、残りの85%の世帯は制度の認識不足かモラルやプライドが高いという理由で生活保護を申請していない。
 したがって、今後も生活保護支給額とフルタイムで働く人の最低賃金の逆転現象が続くと、85%の世帯が生活保護の申請を始める可能性は否定できないのだ。
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2018年07月12日

生活保護は、誰のためにあるのか?

 生活保護バッシングが吹き荒れるわずか数ヵ月前、2012年、札幌市白石区のとあるマンションの一室で、2人の女性の遺体が発見された。部屋に住んでいたのは40代の姉妹。料金滞納で電気・ガスは止められ、冷蔵庫のなかは空っぽ。ちなみに42歳の姉は脳内出血で病死、そのあとに亡くなった知的障がいのある40歳の妹はやせ細った状態で凍死していたという。
 そして実は、その後の報道で、この姉妹が約1年半前から3回にわたり区役所へ生活相談に訪れていたことが判明した。しかし、結果的に生活保護の申請にはいたらず、2回目の相談にいたっては非常用のパンの缶詰を交付されたのみだったことがわかった。遺された姉の携帯電話には「111」の発信記録が何度も残されていたと言う。知的障がいを持つ妹が、姉が倒れたあとに、何度も何度も、救急や警察などの助けを求めようとしたのだろう。そして、その声は届かなかった。
 生活保護は、本当に過剰に支給されてきたのだろうか。手厚すぎたのだろうか。少なくとも、必要な人に支援はまだ届いていない。
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2018年07月11日

脆弱なセーフティネット

 2012年「社会保障制度改革推進法」が制定された。これは、この国の社会保障の将来的な方向性を定めたものであるが、附則の第2条には、生活保護をはじめとする生活困窮者施策に関して次のような記述がなされている。
 1項においては、「不正受給対策の強化」「生活保護基準の見直し」「就労の促進」が掲げられ、2項においては、「貧困の連鎖の防止」「就労可能層への支援制度の構築等」が明記されたのだ。そして、この記述をもとに、「不正受給対策の強化」としては、2013年に生活保護法の改正、そして「生活保護基準の見直し」としては、2013年生活扶助基準(生活保護の生活費分)の段階的な削減が断行され、2年後の2015年からは住宅扶助および冬季加算の削減も行われた。
「就労の促進」については、2013年に「就労可能な被保護者の就労・自立支援の基本方針」という通知により、稼働年齢層(15歳から64歳まで)の生活保護利用者に対し、生活保護開始から3〜6ヵ月以内に、低額でも必ずいったん就労することが求められるようになった。そして、「貧困の連鎖の防止」に関しては、2013年に成立した「子どもの貧困対策法」に、「就労可能層への支援制度の構築等」に関しては2013年に成立した「生活困窮者自立支援法」へとつながっていく。
 この「社会保障制度改革推進法」は、社会保障の税源を明確化したり、国の責任や方針を明らかにした、という意味では評価ができるだろう。しかし、生活保護をとりまく最低生活保障の部分に関しては、正直、かなり厳しい内容となった。生活保護は文字通り、生活に困ったときの最後の砦。その最後のセーフティネットが、財政的にかなり削られてしまうことになった。210万人を超える人の生活に大きな影響をもたらしたほか、今後の生活保護をめぐる議論にも大きな影を落とした。
 生活保護バッシングが吹き荒れた2012年は、良くも悪くも生活保護をとりまく環境を一変させた最初のきっかけとなったのだった。
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2018年07月09日

210万通りの貧困がある!

 210万人以上が利用する生活保護制度。日本人の約60人に1人が使っている計算だ。単純に考えたら、新宿駅のホームにだって何十人も生活保護利用者がいることになる。みんながみんな駅で寝ているホームレスのおじさんのように、一目で困窮しているのがわかるような人ばかりではない。イメージとはかけ離れた人たちがたくさんいる。
 210万通りの貧困のかたちが、たぶんある。
 考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。1人ひとりの置かれている状況や歩んできた道のりは違う。1人として同じ人はいない。そのようなことは当たり前のことなのに、わかりやすいかたちを求めたがる。そのほうが、誰を助けるか、誰を助けないのかの判断が楽だからだ。
 そして、どう見ても困った状態にある人でも、誰が見てもかわいそうな状況にある人であっても、次の瞬間には、自己責任としか言いようのない、眉をしかめたくなるような行動を起こすことがある。そういった瞬間をたくさん見てきたし、ある程度は裏切られることもあると思って割り切ることにしている。それは当たり前のことだから。
 彼らにかわいそうなふるまいを期待するのはたぶん、いつだってわたしたちの側だからだ。
 「生活保護=こんな人」「貧困=こんな感じ」などという図式は成立しない。1人ひとりに向き合うしかない。そして、それと同時に、制度や政策、社会の仕組みについてはある程度、普遍化していく必要がある。たとえば「○○な人が多いから××な政策を」というように。
 だが、相反するものをどうやってまとめていったらいいのだろう。そして、どのように貧困という目に見えない問題をとらえていけばいいのだろうか。
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2018年07月08日

転換点は「税と社会保障の一体改革」?

 「生活保護は最後のセーフティネットだ」
 「国は当事者の声を聞け」
 生活保護バッシングが吹き荒れるなか、支援団体、法律家などは生活保護についての誤解や偏見が広がらないようにと、さまざまなアクションを起こしている。議員会館に出向いて国会議員に直接生活保護利用者の声を届ける活動をしたり、生活保護バッシングにより不安に感じている人への相談会を開いたりし。ている
 しかし、生活保護の利用者が、つまり当事者が声をあげるというのは並大抵のことではない。身近な人、近所の人に知られたら恥ずかしい、世間の目が怖い、フクシのケースワーカーにいやがらせをされるんじゃないか......。
 彼ら・彼女らの生活を支えていたのは、まぎれもない「生活保護」そのものなのだ。だからこそ、それを支給してくれる国や納税者である世間に対して声をあげる勇気を持つ人は、本当に少なかった。
 ただ、一部のメディアでは支援者等の声を報道してくれた。しかし、残念ながら、そういった声は必ずしも政策に反映されたとは言えない。
 「わかりました。いただいたご意見はしっかりと検討させていただきますから」
 「必要な人が生活保護を受けることについては、何も反対なんかしていませんよ。あくまで、悪質な事例に対処するために生活保護制度の改革が必要なんです」
 官僚も政治家も、話は聞いてくれた。でもそれは本当に、聞いてくれただけだった。
 こうして2012年、「税と社会保障の一体改革」の名のもとに、「社会保障制度改革推進法」をはじめとする関連8法案が可決された。この法案は、日本の社会保障を、そして生活保護をはじめとした生活困窮者支援施策にとって、大きな転換点と言えるものだった。
 このときほど、無力さを痛感したことはなかった。
 「あんなやつら」って、誰だ。
 「生活保護、ありがとう」
 ある支援団体が主催するイベントで登壇した女性は、現在、生活保護利用中だという。彼女は震えながらも、自分の気持を壇上から伝えた。
 「私は病気になりました。支えてくれる人もいないし、頼れる人もいなかったです。だから生活保護を利用しました。生活保護に助けられて、支えられて、いま生きています。もし生活保護がなかったら、いまの私はありません。そして、この制度を必要とする人は、これからもたくさんいると思います......」
 彼女の言葉に異議を唱える人が、どれくらいいるだろうか。必要な人が必要な制度を利用する。それは、当たり前のことだ。きっと、誰もが賛同するに違いない。でも、必要か必要でないか。この2つの間に、どれほどの違いが、どれほどの差があるのだろうか。正しい線引きは、誰がしてくれるのだろう......。
 多くの人が叫ぶほど、本当にいまの生活保護制度は必要でない人が過剰に利用しているのだろうか。ほとんどの人は本当にそれが必要な状況なのだ。もちろん、なかには眉をしかめるたくなる人もいるが、それは一部も一部だし、その人にもきっと、それを必要だと思った背景や事情があったはずだ。
 イベントで話していた女性のように、どうしようもない事情の人だっている。それに、彼女は持病があると言っていたが、見た目には健康そのもののようだった。生活保護の利用者であることを打ち明けられなければ、まったく気がつかなかったかもしれない。
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2018年07月06日

「支給基準10%カット」の意味するもの

 一連の生活保護バッシングに大きく関わった国会議員が所属する政党が主宰する生活保護に関するプロジェクトチームでは、生活保護に関する改革案を提言した。そこでは、支給基準を10%カットすることや、お金ではなく食料などの現物給付にすることなどが盛り込まれたほか、議論のなかでは、就労可能な人は生活保護受給期間を有期にする、などといった話も出た。
 まず、「支給基準の10%カット」。これは、とても大変な話だ。確かに、生活保護が財政を圧迫しているという議論はある。しかし、ある日突然あなたが、会社から給料を10%カットすると言われたら、きっとたまったものではないだろう。
 しかも、生活保護基準というのは生きていくための、ただでさえギリギリの額だ。都内で言うと、生活費だけでも1ヵ月で約7〜8万円かかるだろうか。その10%といえば、相当な重みを持ってくる。多くの人がまっさきに食費を削るだろう。冷暖房を抑えたり、外出をひかえて家に引きこもるかもしれない。高齢者や傷病・障がいを持つ人にとってみれば自体はさらに深刻で、最悪、死活問題になりかねない。
 そして、生活保護基準が下がるということは、最低賃金の下限も下がるなど、生活保護以外のほかのさまざまな制度にも大きな影響を及ぼすのだ。誰にとっても決して他人事ではない。
 次に、食料などの現物支給。これは現実には難しいはずだ。コメの配給にするのか、一部のお店でしか使えないクレジットカードのようなものにするのかわからないけれど、何を食べるか、食べられるかは人によって違う。それに、そういった配給のほうが間に業者が入って中間マージンをとるなど、余計なコストがかかる可能性が高い。
 最後に、就労可能な人の生活保護を有期にするというものだが、もし仕事先が見つからなかったらその人はどうなるのだろう。僕が知り合ったホームレスのおじさんや生活困窮者の多くは、可能なら仕事がしたいと希望している人たちだった。でも仕事が見つからない。有期化の議論は、結果的に生活保護が必要な人を機械的に締め出すことにつながりかねない。
 これらの提案は、あくまで1つの党のなかでの議論に過ぎなかった。しかし、メディアが煽りに煽った生活保護バッシングという潮流は、政策決定の場にまで大きな影響力を持っていくことになる。支援団体は、半ば絶望感を持ちつつも、その流れに抗おうとしている。
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2018年07月04日

「私たちは恥ずかしい存在なのでしょうか?」

 お笑い芸人の不正受給問題は、誰にとっても脅威以外の何ものでもなかった。
 報道合戦が連日繰り広げられ、国会議員までもがそれに参戦し、国会質問のなかでまで取り上げられるようになった。あるワイドショーでは生活保護についての街角インタビューなども行われたし、お笑い芸人の事例を超えて、生活保護という制度自体についての報道も増えていった。
 ○○市で不正受給があった、××区で生活保護受給者がタクシーで通院していたなど、実際にそれが適法なのかどうかといった検討をおこなうこともなく、「生活保護」や「不正受給」といった言葉がひたすら消費されていった。
 それにともなってか、「不正受給が増えている」「悪質な事例が増えている」「生活保護受給者は怠けている」などの言説が、ネット上にもあふれかえるようになっていた。
 認定NPO法人もやいでおこなっている居場所づくりの活動「サロン・ド・カフェこもれび」には元路上生活者や生活保護の利用者の人たちが多く訪れてくる。彼ら・彼女らは、みんな不安な声をあげていた。
 「テレビをつけるのが怖くなりました。出かけるときも、周りの人に後ろ指をさされていないかが気になって。最近は引きこもりがちになりましたね...」
 「大家さんに家賃を納めに行ったら、あんたたちは社会の恥だ って、怒鳴られちゃって」
 「この前、テレビのクルーがD区のフクシに来ていて、支給日に並ぶ人たちを撮っていたんです。もちろん、モザイクは入るんでしょうけど、それ以来、テレビを見るのが恐ろしくなりましたよ」
 もちろん、なかには深刻に受け止めすぎていたり、なかば妄想じゃないかと思うようなものも含まれていたりしたのだが、でも、現実に彼ら・彼女らの多くが生活保護バッシングに本気で怯え、不安を覚え、日常生活に支障をきたしていた。
 「担当のフクシのケースワーカーから、扶養照会について厳しくすると言われました。でも、私はDVで逃げてきたんですよ。旦那に連絡されるんじゃないかと心配で」
 「私たちは、恥ずかしい存在なのでしょうか。迷惑な存在なのでしょうか。苦しいです」
 電話、ネット問わず、全国からも多くの声が寄せられた。なかには、「死にたい」と言ったきり電話越しで泣き崩れてしまう人もいた。統計で見ると、生活保護利用者の多くは高齢者や傷病・障がいをかかえた人たちだ。精神的な不調に悩まされている人も少なくない。過熱する報道や世間の眼差しによって、健康をより一層害してしまった人もいた。
 そして、もやいにも、「不正受給をほう助している」「生活保護の受給者を増やして税金を無駄使いしている」といった中傷が届くようになった。
 「あなたたちは、なんでも生活保護、生活保護って。言ってて恥ずかしくないんですか」
 「税金を使って生きているやつらを囲って金を巻き上げてるんだろう。偽善者め」
 こういった誹謗中傷は、相談窓口の電話にまで紛れ込んできた。電話対応をしているスタッフやボランティアたちも、どんどん疲弊していった。
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2018年07月03日

2012年からはじまった「生活保護バッシング」

 「自分の母親が生活保護を受けているということについてどんな気持なのですか」
 テレビの記者会見で、レポーターが興奮気味に尋ねた。おびただしいカメラのフラッシュにさらされて、お笑い芸人の男性は涙ながらに謝罪した。
 「むちゃくちゃ甘い考えだったと深く反省しております」
「自分の母親が生活保護を受けているということは、正直、誰にも知られたくなかった」
 2012年4月、女性誌が、匿名でお笑い芸人の母親が生活保護を受給していることを報道した。その後、各週刊誌やワイドショーなどでの報道が相次ぎ、やがて実名での報道がはじまった。
 5月に入ると、国会議員がブログやTwitterで言及する事態にまで発展し、同月25日には、テレビで全国中継されるなか、渦中のお笑い芸人が記者会見をした。
 「税金を負担してくださっている皆さんに申し訳なく思っています」
 会見に同席していた弁護士の男性は、「このケースはいわゆる「不正受給」ではなく、あくまでも道義的な問題である」と説明していた。もちろん、民法上に「扶養義務」という規定はあるのだが、家族の状況はそれぞれだちがうはずである。
 実際の生活保護法上の運用でも、「扶養は可能な限り行う」というのが一般的だし、このお笑い芸人の場合は仕送りなども所轄のフクシ(福祉事務所)と相談しながら行っていたというから、法律上は不正受給にはあたらない。
 だとすれば、この「道義的な問題」とは何なのか。
 生活保護を受給すること自体が道義的な問題なのか。それとも、高額所得者でありながら母親を援助しなかったことが問題なのか。母親と親密な関係であったのに援助しなかったことが問題なのか。もしくは、母親からの暴力があるなど、劣悪な関係性であったのならば認められたのか。
 結局、いくら考えても納得のいく答えはでなかった。
 2012年4月にはじまったいわゆる「生活保護バッシング」は、その後の生活保護をめぐる法改正への布石となった。
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2018年07月02日

本当に怖いのは東京オリンピック閉幕後だ!

 2020年8月開催の東京オリンピックを前に、日本は建設業を中心に好景気が続いている。また、12年に始まった景気拡大は、高度成長期の「いざなぎ景気」を超えたとも言われている。一方で、東京オリンピック閉幕後の雇用悪化や景気落ち込みが今から話題になっている。これはオリンピック特需が終わるからだが、さらに懸念されるのは、21年までに実施される各種財政維持のための引締対策である。
 生活保護基準の引き下げを含めて、今後、次の4つが実施される。
(1)年金改革法によるキャリーオーバー制の導入(2018年4月〜)
 16年12月に成立した年金改革法では、年金給付の水準を調整する「マクロ経済スライド」方式の見直しが決まっている。これまでは、賃金や物価の上昇が小さく、スライド調整率を適用すると前年度の年金額を下回ってしまう場合、下回った分のスライド調整率は適用されず、年金額が下がらないように調整されきた。
 しかし、18年4月以降は、前年度の年金額を下回る分のスライド調整率は、これまで通り適用はされなくなってキャリーオーバー制が導入されている。これによって、景気が大きく上昇しても年金支給額はこれまでのようには上がらず、低く抑えられることになる。
(2)生活保護基準を最大で5%引き下げ(2018年10月〜)
 今回の生活保護基準の引き下げは、すぐに実施されるわけではない。18年10月から3年をかけて段階的に行われ、最終的に20年に最大で5%が引き下げられる。生活保護世帯の約67%が減額される想定だが、オリンピックの年が最も厳しくなる。
(3)消費税率が10%に(2019年10月〜)
 19年10月に消費税率が10%に引き上げられることになっている。これによって約5兆円の増収が見込まれるが、このうち約2兆円は国の借金返済に使われ、2兆円は教育無償化などに、1兆円が社会保障費に使われるとされている。この増税に対して、自由民主党と公明党以外は反対または凍結を主張しており、また延期するのではないかとの声も聞こえてきている。
 これまでは消費税率が上がるとき、消費に大きな影響が出ないように生活保護基準も引き上げるような対応もされてきたが、今回は低所得者対策として食品などの軽減税率の導入も検討されている。しかし、消費税は低所得者ほど所得に占める生活必需品の割合が高くなるので税負担が重くなるという、消費税の逆進性が指摘されている。
(4)年金改革法による「賃金・物価スライド」の新ルール(2021年4月〜)
 16年12月の年金改革法では、もう1つ、毎年行われる年金額の改定ルールが変更になった。これまでは、物価が上がったのに賃金が下がった場合は年金額は据え置き、賃金と物価の両方が下がった場合は物価の下げ幅に合わせて年金額が下がったが、21年4月以降は、すべて賃金の下げ幅に合わせて引き下げられる。つまり物価が上がっても賃金が下がった場合は賃金の下げ幅に合わせて下がり、物価よりも賃金の下落が大きい場合も賃金の下げ幅に合わせて年金支給額は下がることになる。これによって現役世代の年金はある程度確保されるが、年金受給者にとっては支給額の減額になる。
 このように、20年東京オリンピック景気の盛り上がりの影で実施されるのは、財政を維持しつつ、少子高齢化でかさむ社会保障費を抑制するための政策である。続く25年には、団塊の世代が75歳以上になり、35年には国民の3人に1人が65歳以上の高齢者になる。社会保障費は雪だるま式に増えていくとはいえ、どこまで削減を続けていくのだろうか。
 全国を回ってみてみると、すでに高齢化率30~40%という地域も少なくない。こうしたところでは年金と生活保護支給が経済の資本になっている。その支給額を減らすということは、地方経済にとっても大きな打撃だ。
 17年にOECDが発表した調査結果では、日本の貧困率は12年の16.1%から15年には15.6%と少し下がっている。しかし、貧困ラインは122万円のまま変わらず、貧困率もOECD(経済協力開発機構)加盟国の平均11.4%よりも高いままなのだ。貧困率は、その対策に予算をかけない限り、決して下がることはない。具体的には、所得再分配政策、つまり税金を上げてその分を再分配しない限り、貧困率は下がらないのだ。
 しかし、政府は大きな反発を恐れて税金を上げられない。財政危機だということで配分する予算がないとして、いまある予算のどこかを削るしかないというのだ。どこを削るか、常に足の引っ張り合いになっている。今回の生活保護基準引き下げは貧困率を下げるどころか逆にあげてしまうことはあきらかである。これがさらなる悪循環を生み、格差拡大を加速する契機になるはずだ。もはや「一億総貧困」が大げさなあおりではないところまできているのだ。
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2018年07月01日

影響は最低賃金にも…?

 所得の高低に関係なく影響が出る制度がある。「最低賃金」だ。生活保護基準は最低賃金とも連動しており、双方の整合性が常に問われている。近年、最低賃金は政策によって上がる傾向にあるが、生活保護基準が下がれば今後は上がりにくくなるはずだ。また、最低賃金は時間給のパートやアルバイトだけではなく、月給をもらっている社員にも関係してくる。時間給に換算して月額給与に適用されるので、給与も上がりにくくなる。決して、生活保護世帯だけの問題ではないのだ。
 2012年以降、緩やかに景気は回復してきていると言われるが、実感がない人のほうが多いのではないだろうか。実際、生活保護基準以下またはそれよりも少し上という低所得層の増加傾向は変わらず、さらに拡大を続けている。15年の1年の所得が200万円以下の世帯は19.6%、300万円以下の世帯は33.3%で、平均所得(545万8000円)を下回る世帯が全世帯の60%以上にのぼる(厚生労働省「平成28年度 国民生活基礎調査」より)。シングルマザーや高齢者世帯、非正規雇用の若者など、働いていても収入が生活保護レベルを超えない世帯は年々増加しており、かなり厚い低所得者層が形成されている。
 12年に起きた生活保護バッシングを覚えているだろうか。長引く不況から、生活保護費より低い生活費で暮らしている人たちが多く存在することが明るみに出た。政府はこれを改善することはせずに、逆にこれまでにない大幅な生活保護費の削減を実施し、15年までに生活扶助費が最大で10%削減された。
 それまで、一般世帯や収入下位20%の一般世帯、生活保護世帯のそれぞれの消費額と比較して決められていた生活扶助費の額の算定方法を、下位10%の低所得者層との比較に変更したのがこのときだ。これによって出した数字を根拠に10%の削減が決められたのである。当時も、生活保護基準以下の低所得世帯の消費額と比較することの意味が大きく問われ、これを違法として国を訴える裁判が現在でも全国各地で行われている。
 そして、さらに追い打ちをかける生活扶助費5%の引き下げ−これがどのような結果をもたらすのかは明らかだ。
 生活保護基準とは、生きていく上での最低限必要な生活費の水準である。それは、「ぎりぎり死なない程度に食事が取れればいい」という意味ではないのだ。憲法25条で保障しているのは、「健康で文化的な最低限度の生活」ができる水準である。誰かとたまには映画を観たり、外食したりできる暮らしである。「生活保護費は高いから下げろ。最低賃金を上げろ」という主張は矛盾しており、結果的に自分の首を絞めていくことになるのだ。
posted by GHQ/HOGO at 07:26| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする