2018年06月30日

なぜ生活保護基準の引き下げは問題なのか?

 生活保護基準とは、生きていく上での最低限必要な生活費の水準を指す。生活保護費のうち、食費や衣服費など日々の生活に必要な生活費を「生活扶助」といい、5年ごとに見直しがされている。2017年、その生活扶助の見直しが行われ、同年12月、最大5%の引き下げが決まった。
 生活保護世帯は、2017年10月時点で約164万世帯、延べ人数で約212万人になる。生活保護基準の引き下げは、この212万人だけの小さな問題だと思われがちだが、実は、生活保護を受けていなくても、所得が少なくなった場合に利用できる制度はたくさんあり、その多くの受給要件が生活保護基準をもとに決められている。
 自治体によって異なるのだが、例えば、小学校や中学校への就学援助を受けられる世帯は、所得水準が生活保護基準の1.3倍以下などと決められている。つまり、生活保護基準が引き下げられれば、就学援助が受けられる所得水準も引き下げられ、これまで受けていた就学援助を受けられなくなる世帯が出てくる。
 また、住民税の非課税基準も同様に下がるため、今まで課税されなかった人が課税されることにもなる。加えて、保育料や医療費、介護保険料などの非課税世帯に対する優遇措置も対象から外れるので、さらに負担は増えることになる。
 この生活保護基準の見直しで影響が出るとされる制度は国だけで30以上あり、各自治体の独自制度を含めると数はさらに増える。
 このように、生活保護基準の見直しは、生活保護世帯に対する影響はもちろんだが、関連制度利用者への影響の大きさに注意すべきだ。これによって生活に影響が出る人は、生活保護受給者を含めて、約3000万人にも及ぶと言われている。生活保護基準を下げることは、支援の対象者を減らすことであり、生活が苦しくても法的には困窮者とは認められなくなることを意味するのだ。
 この改正によって、額面で160億円ほどの財源が浮くと試算されているが、関連する制度の引き下げ分も加えると、さらにその10〜20倍になるのではないかと言われる。まさに、政府の狙いは、対象者の少ない生活保護基準を引き下げることで関連制度の基準も引き下げ、社会保障費全体を削ることなのである。
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2018年06月29日

紋切型の「自己責任論」

 格差拡大の事実を認めるか否か。格差拡大を是正すべきと考えるか否か。貧困を自己責任として切り捨てるか否か。これらは、現代日本における階級対立の主要な争点である。
 一方に、格差拡大は事実であり、これは是正される必要があり、貧困は自己責任ではなく社会の問題だと考える立場がある。これは下層階級の、そして下層階級の人々に共感と同情を抱く人々の政治的立場の表明である。
 反対に、格差拡大と深刻ではなく、是正の必要はなく、貧困は自己責任だと切り捨てる立場がある。これは特権階級の人々の、そして格差拡大を放置し拡大させてきた政府や企業を擁護する人々の政治的立場の表明にほかならない。
 さらに重要な争点を一つ付け加えよう。それは、現代の日本社会が階級社会であることを認めるか否かである。
 2015年に全国の1万6000人、2016年に首都圏に住む6000人を対象に行なった調査の結果にもとづいて、現代日本の危機的な状況について論じた『日本の新・階級社会』(講談社現代新書)に示したように、今日の日本は「格差社会」などという生ぬるい言葉で表現すべき段階にはない。
 明らかな「階級社会」、しかも900万人にも及ぶ新しい下層階級(アンダークラス)を底辺におき、これに犠牲を強いる、新しい階級社会だと考えるべきである。
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2018年06月28日

「1億総中流」は幻想

 高度経済成長が終わって以降の日本において、格差をめぐる階級間の対立で勝利を収め続けてきたのは特権階級の側だった。そしてこの間、日本政府が格差は深刻ではないと言い続けてきたということは、日本政府が特権階級の代弁者であり続けてきたことの、何よりの証拠である。
 1970年代の終わりには、「一億総中流」という言説が流布し、あたかも格差や貧困の問題は日本からなくなったかのような幻想が振りまかれた。たしかに当時、現在に比べれば日本の格差は小さかったが、中小零細企業や零細な農家には依然として深刻な貧困があった。
 そしてまもなく、1980年代に入ったころには格差は拡大し始めていた。しかし「一億総中流」という幻想のもと、格差拡大は放置され続けた。そればかりか、消費税の導入、高所得層の所得説率の引き下げなど、格差拡大を助長する税制の改変が行なわれた。
 1990年代に入ると、一部の経済学者や社会学者が、格差は拡大していると指摘し始めた。しかし、これらはほとんど無視され、政府は逆に格差拡大を積極的に促進するような政策をとり始めた。財界人を中心とするメンバーで構成された経済戦略会議は、日本の社会は、「行き過ぎた平等社会」だと根拠もなく断じ、富裕層減税と低所得者の増税を提言し、これが実行に移された。
 反面、非正規労働者の低賃金と不安定な身分は放置された。そのうえ規制緩和によって、非正規労働者は激増し、巨大なアンダークラスの出現へと至るのである。
2009年から3年だけ続いた民主党政権が、遅まきながら格差が拡大し、貧困率が上昇しているという事実を認め、対策を取ると明言したこともあり、こうした事実自体は、広く認められるようになった。
 代わって格差を正当化するイデオロギーとして流布し始めたのが自己責任論、つまり収入が低いのは自己責任だから放っておけばよいとする主張である。いまのところ自己責任論の影響力は強く、これが格差縮小に向けた合意形成の最大の障害になっている。
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2018年06月27日

「格差」は隠蔽されたか?

 格差拡大が話題になり始めたころ、政府、財界、そして一部のマスコミは、躍起になって格差拡大の事実を否定しようとした。
 最初の段階では、都合のいい統計データを示しながら、「格差は拡大していない」と言い張った。いくつもの指標が格差拡大を示していることを否定できなくなると、「格差拡大は見せかけだ」と言いだした。
 OECDが、日本の貧困率は先進国のなかで米国に次いで高いと発表すると、「この貧困率の計算方法は日本にはあてはまらない」などと言い張った。さらに統計的な証拠が集まって、格差が実質的にも拡大していることが否定できなくなると、「格差があるのは当然だ」と開き直った。
 こうして政府が、格差拡大と貧困の増大という事実から目を背け、開き直り、対策を怠っているうちに、日本社会は取り返しがつかないほどに変質してしまった。その結果が、前回の記事(平均年収186万円…日本に現れた新たな「下層階級」の実情:これがニッポン「階級社会」だ)で書いた、新しい階級社会と巨大な下層階級(アンダークラス=パート主婦を除く非正規労働者たち)の出現である。
 ここから明らかなように、格差は政治的な争点である。しかも、それは階級的な利害と密接な関係にある。
 人には日本国憲法で認められた生存権と平等権がある。だから生存権を脅かすような貧困の存在が明らかになれば、政府は対策を取らなければならない。
 平等権が侵されるほどに格差が拡大していることが明らかになれば、やはり政府は対策を取らなければならない。しかしそのためには、富を特権階級から下層階級へと移転させなければならない。特権階級の利害は脅かされることになる。
 だから特権階級は、貧困の存在も、また格差拡大の事実も認めたくない。特権階級は、自分たちが恵まれた立場にあることを隠すため、いまの社会では格差が小さいと主張する。そうでなくても、格差は許容範囲であり、縮小させる必要はないと主張する。
 このように貧困が存在するか否か、格差は拡大しているか否かといった、社会に対する認識自体が、階級間の対立の争点なのである。
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2018年06月26日

非正規社員を貧困に陥らせない方策はあるか?

 見直さなければいけないのが、年金だ。現在、非正規労働に従事する人の多くは国民年金に加入している。国民年金は、40年間保険料を納めて、満額で月額6.6万円を受給できる、というもの。もちろん、そんな収入で生活するのはそう簡単ではない。
 なぜ、こんな受給額が設定されているかといえば、そもそも国民年金が対象としていたのは、定年のない自営業者だからだ。年金以外の収入があることを想定して作られている制度なのである。
 しかし、非正規社員も勤め人である。老後も働き続けられるとは限らない。しかも、彼らは家計の補助のために働く主婦とは限らない。自分で食べていかなくてはならない、1人暮らしの未婚者がかなり含まれている。
 非正規社員が老後、貧困に陥らないようにするには、まず彼らが厚生年金に加入できる仕組みを作らなければならない。厚生年金は、年金保険料を企業と労働者が半分ずつ支払うことになっており、給付水準も比較的、恵まれている。これまで政府は、厚生年金の対象者を広げることを検討してきた。でも、業界団体の反対もあって、わずかな拡大にとどまっている。もっと広げていくべきではないだろうか。
 女性でも高齢者でも、きちんと働けてしっかり収入を得られる――そんな世の中が来れば、誰だって安心である。誰だっていつシングルになるかわからないはずだ。離婚や死別、別居。たとえパートナーがいても、1人で生きていかなければならないときが来るかもしれない。
 単身世帯の問題は、今、1人暮らしをしている人だけの問題ではない。誰にも起こりうる、社会全体の問題なのである。
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2018年06月25日

誰がいつシングルになっても生きていける年金制度を!

実は、日本はすでに高齢者の貧困率がかなり高い国である。65歳以上の高齢者全体で見ると、女性の貧困率は約25%。4人に1人の高齢女性が貧困状態なのだ。男性は18%で5人に1人。高齢者全体の平均貧困率は22%だ。OECD加盟国の平均は13%だから、日本は9ポイントも上回っていることになる。
今後、1人暮らしの人が増え、それとともに貧困率が上昇したら、日本社会はどう対応すべきなのか。
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2018年06月23日

50代単身女性は3人に1人が貧困

 物事には、何事につけ光と影がある。当然、単身世帯が増えることでいい面もある。例えば、単身者は同居人と光熱費などを共有しないため、1人当たりの消費支出額が大きくなりやすい。結果的に、単身世帯の増加が消費の拡大につながり、経済成長面でプラスに働く――という見方もある。
 ただ一方で、困った問題が起きる可能性もある。その1つが「貧困シングル」の増加だ。
 とはいえ、単身女性の貧困問題は何も今に始まったことではない。昔から、未婚女性や離婚した女性の中には、パート・アルバイトなどで働く人もいた。少ない稼ぎで子供を育てる女性もいた。それなのに、貧困問題としてあまり取り上げられてこなかったのは、「パート・アルバイトで働くのは夫の稼ぎで食べていける主婦」という見方が強かったせいだろう。
 女性の貧困問題は古くて新しい問題だ。それに比べ「シングル男性の貧困」は、これから見つめなくてはならない新しい問題といえる。
 2007年の政府統計から、65歳以上の男性未婚者の貧困率を調べるとなんと40%にものぼる。妻のいる高齢者の割合(16.6%)を大きく上回る数字だ。
 今のところ、65歳以上の男性高齢者に占める未婚者の割合は2.4%にすぎない。でも、2030年になると、この割合は10.8%になると予測されている。また、国立社会保障・人口問題研究所によれば、2030年の50〜60代男性の4人に1人が1人暮らしになる見込みだ。2030年の50〜60代というのは、ちょうど今の30〜40代に当たる世代だ。今後、高齢の未婚男性が増えれば、それだけ男性の貧困問題も深刻化する可能性がある。
 もちろん、「男性未婚者と貧困率」をめぐる数字には、複雑な事情がひそんでいる。日本はまだまだ男性を一家の稼ぎ手としている社会。このため、女性の場合は「未婚だから貧困に陥りやすい」という側面があるけれど、男性の場合は、「貧困だから未婚」というケースもあるのかもしれない。
 ただ、1人暮らしの人は病気したり、失業したりしても、同居人のサポートを得られない。その結果、貧困に陥る人が少なくないのは、見落とせないポイントだ。
 いずれにせよ、非正規労働に従事してきた人々が高齢期を迎えたときには、高齢男性の貧困問題は、さらに深刻化している可能性がある。
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2018年06月22日

非正規社員の結婚事情は、男女でこんなに違う!

 今、この国では「1人暮らし」の人が急増しつつある。「1人暮らし」と「貧困」の根深い関係について考えてみたい。
 1人暮らしの人のことを、国の統計では「単身世帯」、あるいは「単独世帯」と呼んだりする。簡単にいえば、同居人のいない世帯のことだ。総務省の国勢調査によると、単身世帯の割合は、1970年は5.9%だったのが、2010年には13.1%と2倍以上になった。この勢いで伸びていくと、いったいどうなるのか。国立社会保障・人口問題研究所では、「2030年には15.8%になる」と予測している。つまり、「6人に1人が1人暮らしという時代」が17年後にはやって来るのだ
 1人暮らしをしている男女にはいろいろな人がいる。離婚した人や、配偶者と死に別れた人たちもいるけれど、最近とくに増えているのが、「結婚しない人たち」だ。
 30代前半の男性の未婚者の割合を見てみると、90年は33%。それが2010年には47%になった。つまり、今や「30代前半の男性の2人に1人が未婚者」なのだ。
 女性の場合はどうかと言えば、30代前半の未婚率は、90年には14%だったのが2010年には35%に高まった。ほぼ3人に1人以上という割合だ。男性ほど水準は高くないけれど、女性も未婚化が進んでいる。
 では、なぜ、未婚者が増えているのか。
 理由はいろいろ考えられるけれど、最大の理由は、働く女性が増えてきたこと。昔は、男性に嫁ぐことで生活の安定を得る人が多かったけれど、今は自分で稼いで食べていける女性が大勢いる。
 独身男女に「なぜ結婚しないか」を尋ねると、「いい人にめぐり合わないから」という回答がいちばん多い。自分で生活の糧を得られるようになった分、理想の男性との出会いを待てるようになった、ということかもしれない。もちろん、女性の経済力が向上してライフスタイルを選択できるようになったことは、社会として歓迎すべきことだ。
 90年代以降、契約や派遣社員、パート・アルバイトなど、非正規社員として働く若者が増えたことも、未婚化が進んだ大きな要因だ。
 非正規の男性で結婚する人の割合は、正社員の男性と比べかなり低い。経済的に不安定だから、結婚したくてもできない――そんな人も多いのかもしれない。でも、非正規社員から正社員になるのは、まだまだ難しいのが現実。社会全体で、何らかの手を打たなければいけない問題だと思う。
 一方、女性は、男性と違い、非正規社員で結婚する人の割合は、正社員とほぼ同じ。最近は共働きが増えたとはいえ、「男性が主たる稼ぎ手であるべき」という考え方は依然として根強いからかもしれない。
 このほか、「昔のようにお見合いを勧めてくれる、面倒見のいい上司や親類が周囲にいなくなった」「コンビニに行けば、カロリー計算されたお弁当が並んでいて、結婚しなくても不自由しない」などの理由も考えられる。
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2018年06月21日

1人暮らしの急増で貧困リスクが上がる理由

 現在、約1億2800万人と言われる日本の人口。しかし、どんどん人口が減り、縮んでいく日本の社会。いったい私たちの行く手には何が待ち受けているのか。
 日本の人口は今何人くらいか、知っているだろうか。2010年の国勢調査を見てみるとだいたい1億2806万人。でも、この人口はこれからどんどん減ってくことになる。
 国立社会保障・人口問題研究所では、将来の人口について3つの見方で予測を立てている。このうち、「中位推計」――出生や死亡の見込みが中程度と仮定した場合の予測――を見てみると、2030年には1億1522万人、さらに2060年には8674万人となっている。これは、第二次世界大戦直後の人口とほぼ同じ規模だ。
 これまでは若年女性の1人住まいが 貧困化していると問題になっていた 男性に対して 女性に対する企業などの雇用条件が厳しかったり 派遣職員化による低賃金化ないしは低い賃金で抑え込む形で差別化されて来たことによるが それがさらに進行していて 男性の一部にもそうした傾向が表れ始めている。
 特にこれから増大するとされている年金受給者などの高齢者が深刻化してきている いわゆる年金で生活できないほど制度が疲弊しているからだ
 やっとマスコミでもこうした意見を取り上げ始めたことは良いことだが それだけ深刻化していると言うのが実態だろう。マスコミの取り組みも遅きに失している。政府の顔色を見ながら忖度しているとしか思えない。こうした問題が生じてきている根本的な問題は 国の政策の欠如以外の何物でもない。社会保障制度に占める国の出額が、だんだん増加しているために圧縮しているのが原因なのだ。
 圧縮だけで 止められると考えているのだろうか。人口動態から見れば増加することは 人間が生まれたときから明らかなのに何ら政策を講じてこなかった。これは国の無策による意図的な問題の創出だろう。逆に削れるものは削るべきだろう。公務員定数なんか半減させるべきだ。責任は国民にあるのではなく、歴代の内閣、政府の責任に他ならない。
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2018年06月20日

現役の生活保護受給者が明かす申請の実態「簡単に受けられる」

 厚生労働省HPによると、生活保護受給者の数は20年前に比べ約3倍の164万世帯に昇っている。保護費は年間約4兆円かかり、その費用は国民の税金で賄われている。1世帯年間で約8万円の負担だ。
 生活保護を受けながらフリーライターとして働く男性が、生活保護の実態を明かした。男性によると「お金がない」「援助してくれる親族がいない」の2点で「簡単に受けられる」という。さらに生活保護希望者は役所に対して、断られずに申請できる権利「申請権」が発生すると説明した。つまり、働ける健康な身体を持っていても保護申請は可能だというのだ。
 この告白に現役の福祉課窓口職員は大きくうなずき、「本当に困っている方よりも、受けられるならと申請する人も多々いる」「ある程度基準を満たしていれば今は大体申請が通る」と認める。役所側に保護希望者を調査する細かい審査権があるわけではないので、「(申請を)言ったもん勝ち」という側面があると明かしている。
 男性が働きながら生活保護を受けていることに、出演者から批判的な声があがると「僕は収入申告してますし不正受給ではない」「僕がおかしいんだったら制度がおかしい」と反論した。
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2018年06月17日

生活保護費増加の陰で貧困ビジネス拡大

 生活保護の急増にともない拡大しているのが、受給者から利益を得る「貧困ビジネス」だ。なかでも「囲い屋」と呼ばれる業者は、生活困窮者を集めて保護を申請させ、保護費の大部分をさまざまな名目で搾取する手口で制度を悪用する。
 「なぜこんなところに…」と首を傾げたくなる場所に目指す建物はあった。神奈川県内の住宅街のただ中。6年前までホテルだったという7階建てのこの建物こそ、役所の担当者から、「貧困ビジネスの舞台になっている」と耳打ちされたところだ。
 近づいてみると、建物にはスーパーの買い物袋を提げた中高年の男性が何人も出入りしていた。声をかけても、「余計なことをしゃべると怒られるから…」と、逃げるように立ち去る。次々に声をかけても同じ反応だ。仕方なく近所に住む住民に聞いてみた。「この建物はホテルの倒産後、空になっていましたが、一昨年になってNPOの相談員を名乗る者が『低所得者向けに住居を提供する施設にします』と挨拶に来たのです」
 それ以来、日が暮れる頃になると、NPOの関係者がどこからともなく車で男性たちを連れてきては、建物のなかに入れる姿が見られるようになったという。その数は日を追うごとに膨れ上がっていった。近所の住民は、昨年、この建物でぼやが起きたときのことを思い返す。
 「部屋のなかでカセットコンロを使って料理していてぼやになったらしく、消防車も出動する騒ぎになったが、そのときに中から一斉に入居者が避難のために出てきた。いつの間にこれだけ大勢が住むようになったのかと、びっくりしました」
 いったい建物に住む男性たちはどこから来たのか。粘り強く声をかけて続けていると、ようやく1人がはなしをしてくれた。
 「ここで暮らすのは、横浜や川崎で路上生活をしていたところを声かけられた人たちばかりですよ。『生活保護取らせてやるからこないか』って。」
 NPOは路上生活者を連れてきては、この建物に住まわせ、役所で生活保護を申請させていた。保護費の支給が認められると、当然だとばかりに保護費のなかから入居費用を徴収する。その請求書によると、1ヵ月の請求額は、家賃だけでも5万3700円。共益費や水道光熱費、弁当代などすべて合わせると、なんと11万200円。支給される保護費は13万円ほどだから、大部分がNPOに搾取される形だ。
 毎月、生活保護費の支給日には、NPOの関係者らが役所の玄関で待ち構えている。入居者が保護費を持って逃げないように監視し、その場で徴収するのだという。
 話をしてくれた男性によると、建物内の各部屋はベニヤ板で仕切られ、2人以上が寝泊りしている。ホテルだったので、各部屋に風呂があるのだが、大浴場以外は使用禁止。共益費を払っているにもかかわらず、掃除されずに荒れ放題になっている階もある。
 「生活保護を受けても自分で自由に使えるお金はほとんどない。ただただ搾取されているだけです」
 それでも、ここを出ると住所を失い、保護費を受け取ることができなくなり、もとの路上生活に戻るしかない。やむを得ずこのまま居続けるしかないのだという。
 この建物が所在する役所の担当者に聞くと、ここに住所を持ち生活保護を受給しているのは90人。NPOが保護費のほとんどを徴収している事実は、把握しているが、役所としては、就労が困難などの条件を満たしていれば、保護申請を認めざるを得えないのだという。
 ではこのNPOはいったいどんな団体なのだろうか。神奈川県内だけでなく、長野県などでもこうした生活保護の受給者を住まわせる施設を運営しているようだが、問い合わをしてみると「何も話せない」とまったく応じようとしない。
 しかし、神奈川新聞によると、この建物の部屋から覚せい剤5グラムが見つかり、部屋に住む男とNPOの相談員が覚せい剤の営利目的所持で警察に逮捕される事件が起きている。部屋に住む男は、NPOの相談員から「一緒にシャブを売らないか」と誘われたと供述したということで、相談員が闇社会との接点を持っていたことがうかがわれる。警察関係者は、「貧困ビジネスを運営する企業や団体の中には、暴力団とつながりを持ち、資金源となっているところも少なくない」と指摘する。
 響きの良いNPOを隠れ蓑に、ここでも暴力団関係者が路上生活者たちから生活保護費をむしり取っているとすれば、深刻な問題だ。
 生活保護受給者をねらった貧困ビジネスは、全国で急速に拡大中だ。このまま放置しておくわけにはいかない。
 生活保護の受給率が全国トップの大阪市では、平松邦夫市長が貧困ビジネスを法律で規制できるよう国に求めている。大阪府が生活保護の受給者に住居や食事などのサービスを提供する業者に対し、その内容を届け出るよう義務づける条例を施行している。これにより、貧困ビジネスに対する行政の監視を強化するのが目的だ。
 生活保護の受給者が多く、財政負担が重くのしかかる大阪では、とりわけ危機意識が強いのだろう。こうした動きがいち早く始まっているが、全国的にはまだまだ手つかずのままだ。法律による規制など国の対策もまだ取られていない。生活保護の受給者が全国で200万人を超え、保護費の膨張が深刻化するなかで、こうした不正をきっちり摘み取っていくことが欠かせないはずだ。早急な対策が求められる。
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2018年06月16日

貧困から抜け出す解決策とは?

 母子家庭が貧困から抜け出すための解決策として、非正規雇用から脱し、シングルマザーの正規雇用を増やすことが考えられる。
 シングルマザーのキャリア支援として資格取得講座の開催や、就業支援策を実施している自治体も増えてきている。しかし、家事育児の両立で忙しいシングルマザーには、このような取り組みはあまり認知されていない。まずは、このような支援の認知を増やし、1人でも多くの非正規雇用のシングルマザーを減らすことから始めなければいけない。
 さらに、養育費や助成金といった政府からの支援の拡充も大きな解決策である。助成金を受け取れる資格の基準を再検討するなど、塾考しなければいけないことは多い。
 そのためにも、母子家庭の貧困問題について、さらによく考える必要があるのではないか。
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2018年06月15日

母子家庭が貧困に陥る理由って何?

 なぜ貧困に陥る母子家庭が後を絶たないか。大きな原因として、以下の3点が考えられる。
 1点目は、母親の雇用形態だ。母子世帯の就業率は8割を超えている。しかし、シングルマザーの5割以上が非正規雇用とされ、その収入の平均は125万円。正規雇用と比較すると、かなり大きく下回っている。非正規雇用が多い背景としては、1人親で子供がいる、ということが就労するうえで不利に働くことが指摘されている。
 2点目は、働いても貧困から抜け出せない社会にある。母子家庭では、働けど働けど貧困から抜け出せないのが実態なのだ。例えば、OECD加盟国では、親が働いていない1人親世帯の貧困率は平均58%だが、働く親がいる1人親世帯の貧困率は平均20.9%。つまり親が働いた場合には、貧困率が大幅に低くなるというワケなのである。一方の日本では、親が働いていない1人親世帯の貧困率は50.4%だが、働く親がいる1人親世帯の貧困率についてもほぼ横ばいの50.9%。つまり、日本は、働いても貧困から抜け出せないという社会であると言えるのだ。
 3点目は、離婚後の養育費の未払問題にある。母子家庭への養育費は、8割以上が不払いなのだ(2011年度全国母子世帯等調査より)。そのうえ、7割のシングルマザーがDV被害を受けたという調査結果もある(大阪子どもの貧困アクショングループの調査より)。ゆえに、離婚後の養育費に期待ができない母子家庭が多く、貧困に陥ってしまうのだ。
 これらのことから、母子家庭の貧困が「自己責任」では片付けられない問題であることは明らかなのだ。
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2018年06月14日

母子家庭の貧困にあえぐ過酷な実態とは ?

 厚生労働省の「ひとり親家庭等の現状について 」によると、この25年間で、母子世帯は1,5倍に増えた。母子世帯が増えた分、貧困であえぐ母子家庭も増加している。母子家庭の貧困率は、何と6割を超えている。このように、母子家庭の貧困は大問題なのである。
 一番深刻な問題は、経済的貧困。月々の家賃4万円を支払ってしまえば、ほぼ生活費はなく、お米は高くて買えず、うどんやパスタを食べるしかない母子家庭もある。また、子供の学校の備品を買うのも厳しく、何とかおさがりをもらえないか探したりもすることがあるのだ。
 このような母子家庭の深刻な経済状況は、実は二次問題を発生させている。例えば、経済的貧困によって、子供と接する時間が大きく減る問題などが発生している。日々の生活のため、早朝から深夜まで働くシングルマザー。ここまで働かなければ、子供と生活していくのは無理だという。その結果、子供が普段何をしているのか把握することが難しくなり、我が子との距離があいてしまうシングルマザーが増えている。経済的貧困が子供と一緒にいる時間を減らし、すれ違いを生むという悪循環は大きな問題ではないか。
 このように、母子家庭の貧困は放って置けない社会問題なのである。
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2018年06月13日

強制力があるかないかも参加者自身が選択できる

 国連という「国際町内会」には、条約・規約など数多くのルールがある。それらは、トップダウンで勝手に決められたルールではなく、国際「ご町内」のみんな、各国政府・各国NGOなど多数の参加で、時間をかけて決められている。また、それらのルールを取り入れるかどうかは、各国に任せられている。あるルールを受け入れるにあたって、強制力の内容や程度を選択できる場合もある。
 そもそも、「国際町内会」への参加のあり方が国ごとに異なる。「とりあえず加盟だけ」から「費用をたっぷり拠出し、条約をたくさん締結し、前提となる国内法も整備して」までのバリエーションがある。しかし「とりあえず加盟だけ」でも、1948年に定められた「世界人権宣言」に従う約束はすることになる。
 世界人権宣言には、以下のように書かれている。
「基本的人権、人間の尊厳及び価値並びに男女の同権についての信念を再確認」
「一層大きな自由のうちで社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意」
「加盟国は、国際連合と協力して、人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守の促進を達成することを誓約」
「権利及び自由に対する共通の理解は、この誓約を完全にするためにもっとも重要」
 報告者たちは、世界人権宣言、および日本が締結してきた国際人権規約、女性差別撤廃条約、子供の権利条約、障害者権利条約など多数の条約に基づいて、日本政府に対話を求めている。とはいえ日本は、各条約を「一応、守ります。実施状況の定期審査も受けます」という形で締結しているに過ぎない(例外は子供の権利条約の一部)。
「やる気」がもう少しあれば、「ちゃんと守ります、違反したら、国民がそちらに通報してくれます」という形で、具体的には「選択議定書」を含めて締結するはずだが、そこまでの「やる気」は見せていない。だから日本は、無視を決め込むことができる。「内政干渉、激おこぷんぷん」とブチ切れ、対話を拒否することもできる。
 しかし、この対話の機会を逃すのは、日本にとって「損」ではないだろうか。しかも、北朝鮮が対話に応じようとしている歴史的な時期なのだ。北朝鮮と比較して「日本って?」という印象を持たれたら、少なくとも国際社会で「得」はしないだろう。
 日本政府には、申し込まれた対話に応じ、基本的人権についての理解をアピールする自由がある。国際町内会の「日本町」の中での社会的進歩と生活水準の向上を図ってきていることをアピールする自由もある。生活保護に直接関係する国際人権規約の社会権規約について、「日本、ちゃんとわかっているんです」とアピールする自由もある。国益のために、それらの自由は大いに活用すべきではないだろうか。
 もちろん、「わかってます」「やってます」だけであれば、特別報告者たちの鋭いツッコミや調査の前にタジタジするだけだ。しかし、「すみません、わかってませんでした」「申し訳ない、できてませんでした」と認め、どうすれば「わかっている」「できている」に近づけるのか、アドバイスを受けることもできる。
 国家財政の事情を含め、日本の数多くの「わが町の事情」をどのように扱えば、国家の破綻を起こさずに社会保障を充実させられるのか、世界の知恵を集めて解決に向かうこともできるだろう。
 この重要な機会を、ぜひ日本政府に活用してほし
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2018年06月12日

国連での振る舞い方は町内会のゴミルールから理解できる?

 わかりやすい例として、ゴミに関する町内会のルールを考えてみよう。
「ゴミを収集所に出すのは午前7時以後」といったルールは、7時より前に家を出なくてはならない会社員を、しばしば困惑させる。そのようなルールがすでにあると知らずに賃貸住宅に転居してきて、風紀委員のようなご近所さんに厳しくチェックされて不快な思いをしても、多額の初期費用をすぐに用意して転居するわけにはいかない場合が多いだろう。ルールを変えたいと思っても、賃貸住宅の入居者は町内会員にしない町内会もある。参入できたとしても、多数決で敗北する可能性が高い。すると、不平不満を抱えながら次の転居の機会を待つしかない。
 しかし、同じルールの作成に自分自身を含む多様な人々が加わっているとすれば、状況はまったく異なる。「午前7時」という時刻は、望ましい到達目標や当面の落とし所として決められるだろう。人により家庭により、事情がそれぞれ異なることは承知の上で定められるルールに対して、「厳守」と叫ぶ声は上がりにくい。
 プレスリリースは、英語版・日本語版ともコンパクトにまとめられており、日本語訳は全文で約1100文字という短さだ。それをさらに要約すると、以下のようになる。
(1) 今年10月から実施予定の生活扶助費の段階的な引き下げは見直しを。貧困層、特に障害者、一人親世帯、また高齢者の最低限の社会保障を脅かしてはいけない。
(2) 日本のような豊かな先進国で、貧困層が尊厳を持って生きる権利を、意図的に踏みにじっていいのか。
(3) 緊縮政策が必要なのはわかるが、差別撤廃も、基本的な社会的保護の保証もやめてはいけない。
(4) 日本の生活保護基準の決定方式、低所得層と生活保護受給者の消費を比べるという方法はおかしくないか。欠陥のありそうな方法で、貧困に陥る人々を増やしていいのか。
(5) 生活保護法の改正については、まつひつようがある。
 とはいえ、「守らなくてもよいルール」というわけではない。「午前7時」という時刻は、カラスなどによる被害を最小限に食い止めるために定められたはずだ。「午前6時40分が許されるのなら、午前6時30分でも大して変わらないはず。大して変わらない10分を積み上げていけば、前の晩の午後7時でも大丈夫」というわけにはいかない。「午前7時」はゴミ収集車の来る時刻、カラスの活動状況、「みんな」の都合などの要因を考慮して一応決めたラインだ。「みんな」がおおむね守れば、「みんな」が幸せになれるはずだ。
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2018年06月11日

生活保護法再改正の「ワナとムチ」― 国際社会も警鐘を鳴らす内容に

 2018年6月1日、生活保護法再改正が参院本会議で可決され、成立した。私から見れば、「アメとムチ」ならぬ「ワナとムチ」のような法律だ。「大学進学支援」という極めて少量の「アメ」が薄く引き延ばされて表面を覆っているかのように見えるが、24金で薄くコーティングした鉛の球を「24金の球」と呼ぶ人はいないだろう。
 直前の5月24日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)はプレスリリースを発表し、日本政府に対話を申し入れた。プレスリリースは、極度の貧困と人権の特別報告者、対外債務と人権の独立専門家、障害者の権利の特別報告者、高齢者の人権の独立専門家の連名となっており、国際社会に重く受け止められていることがわかる。しかし、日本政府は応答していない。外務省に送られたプレスリリースは、現在のところ完全に無視された格好となっている。
 ここでは、この特別報告者プレスリリースを通じて、日本の生活保護が国際社会の中でどのような役割を担っているのかを概観したい。
 なお、国連特別報告者は国連そのものではないが、国連の看板を背負って調査などの活動を行う専門家たち、「ほぼ国連」だ。意見の相違もあれば、一時的な勘違いもあるが、最初から正解を持っているわけではない。むろん、何らかの正解を押し付けるために活動しているわけでもない。活動目的を一言でまとめれば、「いつでもどこでも誰にでも、人権が守られているように」ということだ。人権はその個人にとっても重要だが、さらに世界規模の重要性を持っている。
 社会保障、特に公的扶助は、世界の発展と安定に対して非常に重要な役割を担っており、先進国には牽引が期待される。難民問題は戦乱や紛争から生まれる。戦乱や紛争は社会の不安定さから生まれる。
 社会を不安定にする大きな要因の1つは、貧困と格差だ。戦乱や紛争によって命からがら逃げ出すしかなかった人々は、近隣諸国の品性の問題として、待ったなしで救済しなくてはならない。しかし、「なんでウチがやらなきゃいけないんだ」というホンネの不平不満は避けられない。
 難民問題を含め根本的な対策は、各国単位でも地域単位でも世界単位でも「近所迷惑」「ご町内の迷惑」の発生を抑えることに尽きる。国連を「国際町内会」と考えれば、納得しやすいだろう。「その町内会はイヤだから、別の地球をつくって移住したい」と望んでも、現在のところは実現不可能だ。
 日本の公的扶助はほぼ生活保護だけである。「それしかない」という状況も問題なのだが、ともあれ生活保護は法律としても保護費としても、「扶ける」「助ける」の2つの「たすける」を組み合わせた「扶助」の名に値する必要がある。今回の国連特別報告者たちによるプレスリリースは、「日本のそのワナとムチ(極薄アメコーティング)、削減される一方の生活保護費は、『公的扶助』なのですか?」という問いかけでもある。
 一見した印象は、「ここまでツッコミが入るとは!」だった。問題があることは以前から理解されているとはいえ、非常に詳細な理解に基づき本質をえぐった今回のコメントには、正直なところ驚いた。生活保護受給者の暮らしを深く知る開業医は、「一読して、感動のあまり身体が震えた」と語った。社会運動家の結城翼氏らも、このプレスリリースに関する記事を直後に発表している(結城氏の記事はこちら)。
 しかし、特別報告者たちの申し入れは、あくまで「この件で日本政府と対話したい」という希望にとどまっている。強権をもって「応答せよ」と迫れるわけではないからだ。このまま日本政府が無視を続けたり、あるいは拒否したりすれば、「マナー違反」として呆れられるかもしれない。しかし、「そんな態度なら日本に何らかのお仕置きを」という成り行きは考えられない。少なくとも、 道路交通法違反と同レベルでの「ルール違反」 ではない。しかしだからと言って、「このまま無反応で構わない」というわけでもない。
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2018年06月10日

生活保護制度破綻の日は近い!

 生活保護制度は、生活に困窮する人々に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的とした制度だ。すべての人は健康で文化的な最低限度の生活を送る権利があるのだから、生活保護制度は絶対必要な制度であることは論をまたない。しかし、このままいけば生活保護制度は遠からず破綻する。
 国立社会保障・人口問題研究所の「生活保護」に関する公的統計データ一覧に基づき、生活保護制度の現状を見てみよう。
 まず、生活保護世帯数・保護率は1996年ぐらいから増加の一途をたどっている。1996年に613106件だった被保護世帯数(1ヵ月平均)は2012年には1558510件と2.5倍に増加、世帯千対の保護率も14.0‰から32.4‰へと2.3倍に増加している。今後もこのペースで増加することになれば、財政が破綻するのは火を見るより明らかだ。
次に保護費総額を見てみると、2011年時点で3.5兆円となっており、同じく1996年と比べて2倍強の増加だ。一方、1人当たりの支給額(月額)を見ると、1996年当時に比べても抑制されており、2011年で月額141327円、1997年に比べて9千円ほど下がっている。これが必要十分な金額に達しているかという点については議論の余地がある。全体としてみれば、1人当たりは抑制する傾向にあるが、ベースとなる被保護世帯数がそれ以上に増加しているので、総額の増加を止められないという状況だ。
 ちなみに地域別保護率(世帯千対)の推移を見てみると、保護率には地位的な偏りが大きいことが分かる。各地域に含まれる都道府県は次のとおりだ。(1)北海道、(2)東北(青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島)、(3)関東T(埼玉・千葉・東京・神奈川)、(4)関東U(茨城・栃木・群馬・山梨・長野)、(5)北陸(新潟・富山・石川・福井)、(6)東海(岐阜・静岡・愛知・三重)、(7)近畿T(京都・大阪・兵庫)、(8)近畿U(滋賀・奈良・和歌山)、(9)山陽(岡山・広島・山口)、(10)山陰(鳥取・島根)、(11)四国(徳島・香川・愛媛・高知)、(12)北九州(福岡・佐賀・長崎・大分)、(13)南九州(熊本・宮崎・鹿児島)、(14)沖縄。
 2011年を見てみると、北海道、近畿T、北九州、沖縄の保護率が高く、関東U、北陸などは低い。最も高い北海道と北陸ではおよそ5倍の保護率格差がある。ただし、いずれの地域においても近年は増加傾向にあるのは変わらない。日本全国あらゆる地域において、生活保護を必要とする人々の数は増加しており、結果として生活保護費総額は増加の一途をたどっている。
 2015年予算においては生活保護の削減が断行され、ただでさえ苦しい被生活保護世帯の生活を圧迫する状況になった。そんな負担を強いているにも関わらず、生活保護費総額はこの15年で2倍に急増し、このままいけば次の15年でさらに2倍に膨れ上がる。団塊の世代が高齢に差し掛かることを考えればペースはもっと上がるかもしれない。生活保護制度自体が立ちゆかなくなってしまう。
  問題はそれを止める手段が今のところ見当たらないという点だ。国も自治体もろくに助けてくれない、そんな時代がもうすぐやってくる。
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2018年06月09日

99%の生活者のための経済政策

 金融資産の保有額で比較すると、世界のわずか1%の富裕層の保有額が残りの99%の人々と同額に達している。資産格差が急拡大し、世界中で貧困格差を背景にしたさまざまな社会問題が広がった。
 どうしてこんなことになってしまったのか。いま世界と日本経済で何が起こっているのか。
 「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」、「われわれは99%だ(We are the 99%)」の運動が広がったのは、2008年9月のリーマン・ショックのなかで、自宅を取りあげられ、職場からも解雇された人々を輩出したアメリカだった。この運動は、瞬く間にヨーロッパに波及した。
 現代の金融ビジネスは、ニューヨーク・ロンドン・東京などの金融センターをコンピュータのグローバルなネットワークで連結し、国境を越えた100億円相当の取引もあっという間に成立し、国内証券市場の売買取引は数万分の1秒の速度でおこなわれている。いわば、時間と空間の制限を突破した金融ビジネスが行われるようになり、信じられないほど巨額の金融的収益が瞬きの瞬間に実現するようになった。
 その結果、世界の富が、巨大金融機関、大企業、大口投資家、富裕層へ加速的に集中する時代が訪れてしまった。
 貧困撲滅に取り組む国際NGO(オックスファム・インターナショナル=Oxfam International)の報告書( 「AN ECONOMY FOR THR 1% 」2016年1月)によれば、世界でわずか62人のスーパー富裕層が保有する資産(約195兆円)は、世界の貧困層36億人(世界人口の半分)の資産総額に等しくなった。すさまじいばかりの資産格差が発生している。
リーマン・ショックを引き起こしたアメリカの巨大金融機関リーマン・ブラザーズの経営トップの14年間の役員報酬は526億円だった。年間平均で約37億円の役員報酬を得ていたことになるのだが、この金額は、ウォール街の役員報酬としてはそんなに驚くほどの金額ではないのだという。
他方で、世界人口の1割あたる7億人は、1日1.9ドル(約200円)以下での生活を余儀なくされている。
 現代日本では、貯蓄のまったくない世帯が3割を占める一方で、1億円以上の純金融資産を保有する富裕層世帯が100万世帯・200万人を超えた。地域社会に密着した中小零細企業は自転車操業の厳しい営業を強いられる一方で、大企業は決算期ごとに戦後最高の利益を稼ぎ出し、その内部留保金は350兆円を超えた。
 日本の貧困率はOECD諸国の中でトップクラスになり、年間所得が122万円に満たない世帯数の割合が、16.1%(6世帯に1世帯の割合)に達する。とくに子供の貧困率は16.3%に拡大した。年間所得が122万円に満たない世帯では、子供を高等教育に進ませるだけの金銭的な余裕がないので、その子供たちは中卒や高卒で低賃金の職業につくようになり、貧困格差が再生産される社会になってしまった。
 金融資産や不動産を保有する大企業や富裕層は、資産バブルや不動産バブルを煽る金融緩和政策の恩恵を享受し、ますます資産を膨張させてきた。その傾向は2013年来の第2次安倍政権の経済政策(アベノミクス)で加速した。ここに「金持ち減税」、法人減税(1990年来の減税累計額は約260兆円)の恩恵が加わり、税制面でも富の蓄積を実現してきた。
 他方で、働いて所得を得る多数の国民にとって、1997年来つづく賃金の削減、正社員から非正社員へのリストラなどによって、所得が削減され、非正社員の7割にあたる1400万人の年収は200万円に満たない低水準に押し込められたままなのだ。
 そのうえ、逆進的な消費税増税(1990年来の増税累計額は約300兆円)、社会保険料の値上げなどで、国民所得に占める租税と社会保険の負担割合は、2016年、戦後最高の43.9%に達している。削減された賃金から税金や保険料を差し引かれ、手元に残る可処分所得は一層低下することになった。
 その結果、現代の経済社会は、99%の生活者にとって、所得低下と貧困を強いられる時代になってしまった。
 家計から企業部門への、99%から1%の富裕層への所得移転を促進している経済政策を転換し、99%の生活者のための経済政策が求められています。
 まず国民所得を公平に分配するために、株主への配当金や企業の取り分を減額し、賃金所得を大幅に引き上げることだ。99%の人々が依存するのは、賃金所得だからだ。そして、社会保障や福祉を充実し、社会保険料や各種の公共料金を引き下げ、家計の負担を軽減し、可処分所得を引き上げ、安心して生活できる社会を実現することがひつようなのである。
 「パナマ文書」は、世界中の企業、富裕層、権力者達の租税回避の実態を明るみに出した。1980年代のレーガン・サッチャー・中曽根政権以来の新自由主義的な経済政策は、市場原理主義と「金持ち減税」を柱にしていたので、この税制を見直すべきなのだ。賃上げにも、設備投資にも役立っていない大企業の350兆円の内部留保金には「特別増税」を実施すること、租税回避を防止し、大企業への特別減税を廃止し、また所得税、相続税などの最高税率を高い水準に戻すこと、キャピタルゲイン課税など金融商品から発生する所得に大幅に課税すること、物の裏付けのない内外の金融取引に課税すること、などが求められているのではないだろうか。
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2018年06月08日

「絶対的な最低生活費」から「一般国民との比較」へ

 生活扶助は、食事、衣類、光熱水道費をはじめ、通信費、交通費、教養費、交際費、耐久財の買い替えなどにあてるもの(住宅、教育、医療、介護などは別の扶助)。
 では、その基準をどうやって決めるのか。時代とともに国民の生活水準は変わり、最低限度の生活の水準も変化する。歴史的には、改定方式は以下のように変わってきた。絶対的な最低生活費を算出する方式から、一般国民と比較する相対的な決め方に移ってきたことがうかがえる。
<生活扶助基準の改定方式の変遷>
 【標準生計費方式】(1946〜47年)=当時の経済安定本部が定めた世帯人員別の標準生計費をもとに算出する
 【マーケットバスケット方式】(48〜60年)=最低生活に必要な食費、衣類、家具、入浴料といった個々の品目を一つずつ積み上げて算出する
 【エンゲル方式】(61〜64年)=必要な栄養量を満たす食品の価格を積み上げる。別に低所得世帯の実態調査からエンゲル係数(食費の割合)を求め、それから逆算して必要な総生活費を算出する
 【格差縮小方式】(65〜83年)=一般国民の消費水準の伸び率以上に生活扶助基準を引き上げ、一般世帯と保護世帯の消費水準の格差を縮小させていく
 【水準均衡方式】(84年〜)=従来の生活扶助基準が一般国民の消費実態とのバランス上、ほぼ妥当な水準に達していたと見たうえで、一般国民の消費実態や消費の動向を踏まえて調整を図る
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2018年06月07日

低所得化に合わせて基準を下げていいのか?

 厚生労働省が、生活保護の8種類の扶助のうち、主たる生活費である生活扶助の基準の見直しを2018年10月から20年10月にかけ、3段階に分けて実施する。
 見直しの影響は、世帯の人数、年齢構成、居住地域によって異なり、今より基準額が増える世帯もあるが、減る世帯のほうがはるかに多く、最大では5%下がる。生活扶助の総額で見ると、1.8%のマイナス。13年8月から15年4月にかけて平均7.3%(最大10%)の大幅引き下げが行われたのに続くダウンになる。
 なぜ、そうしたのか。簡単に言うと、低所得層(消費支出が最下位10%の世帯)の消費水準に合わせて基準を見直した結果なのだ。国民の生活水準が全般に低下してきた中で、貧しい層の動向に合わせるというやり方で、「健康で文化的な最低限度の生活」は守られるのだろか。
 見直しによって、生活扶助の基準額が具体的にどう変わるのか。生活保護制度では、物価水準の違いを考慮して市町村ごとに6種類の級地に分けているが、厚労省は、代表として3種類の級地の試算を示している。 大まかに見ると、大都市部、高齢単身者、子供の多い世帯はもっぱらマイナスになり、地方の郡部、夫婦だけの世帯、子供1人の世帯ではプラスの傾向。それで全体としてダウンするのは、生活保護世帯は大都市圏に多く、しかも高齢単身者が多いからだ。厚労省の推計によると、生活扶助額が上がる世帯は26%、変わらない世帯が8%、下がる世帯が67%となっている。
 全体の金額で影響を見ると、3段階の見直しが完了した段階で、生活扶助の本体部分の国負担額は年間でマイナス180億円、子供のいる世帯への加算額の見直しがプラス20億円。差し引きマイナス160億円となっている。18年度予算の概算要求で生活扶助の国負担見込み額は9056億円なので、それと比べると1.8%のダウン。生活保護費の国の負担割合は4分の3だから、実際の生活扶助費の総額は年間213億円のマイナスになる。それだけでなく、基準が下がると保護対象となる世帯が減るので、削減額はさらに大きくなるのだ。
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2018年06月06日

貧困層支援策を格差拡大政策に裏返してしまう「罠」に気をつけろ!

 近年の格差対策・再分配強化策には2種類のトレンドがある。1つは、等しくとって傾斜配分せよという考え方(均税傾給と名付ける)である。「等しくとる」方法として消費税の強化を主張することが多い。菅直人政権の経済ブレーンだった小野善康が代表的論者として挙げられる。もう1つは、金持からとって等しく生活保障レベルを給付せよという考え方(傾税均給と名付ける)である。この極端な例としては、民進党前原氏のブレーンである井手栄策氏の主張が挙げられる。氏は定率の税(=高所得者のほうが納税の絶対額は多くなる)と均等金額の給付により格差が縮小できるとしている。
・第1の罠――「均税均給」への野合による再分配機能の停止
 「均税傾給」型の主張と「傾税均給」型の主張は、それぞれ税か給付のいずれか一方を無差別に均等化すべきと主張している。その利点として、審査が1回になることでコスト低減になり、ごまかしや抜け穴が減るとすることが多い。この主張は、もしそれが本当に貫徹されるならば、メリットとして考慮されるべきだろう。しかし実際に政策議論の俎上に載せる際には、なかなか貫徹されないという点は注意が必要である。「均税」「傾給」「傾税」「均給」がバラバラになり、野合して均税均給になり格差を埋めるための傾斜が消失しがちであり、酷いものでは制度改革前後ではむしろ格差が拡大しかねないものに変化することさえある。
 例えば、与党は「教育無償化により貧しい人に機会を与えて社会を流動化させ、その費用は消費増税で賄う」といった政策を打ち出した。(高等)教育の全面無償化は、貧しくても大学に通えず格差が世代を超えて引き継がれるのを止める「教育機会の均等」になり格差対策になるとされていることから、この政策は一見すると福祉増強・貧困対策に見える。しかし個別のパーツを取り出すと、消費税は定率=均税寄りの税であり、教育無償化は全員無差別に給付する均給型の政策である。この組み合わせはもとより格差対策としては弱く、選挙前の現在すでに低所得者向けの「傾給」型教育給付が実施されている中で均税均給型政策を新たに導入すれば、格差解消能力は現在より弱まると専門家からも指摘されている。
・第2の罠――偽の均税、偽の均給
 再分配拡大論で「均税」「均給」の主張は多いが、一見すると均等に見えて、その実高所得者層に有利になっているという政策が存在する。その場合、その政策はむしろ逆進的に働く。これが第二の罠である。例えば「消費増税を財源とした教育無償化」の場合、消費税と教育無償化は双方とも単独で格差拡大に寄与するという指摘がある。
 まず、消費税は「全員が定率で負担するもの」とされているが、実際には低所得者は収入の多くの割合を消費に回すのに対して、高所得者では貯蓄や再投資に回すため、対所得で見た税率はむしろ高所得者のほうが下がることが知られている。これに対して「超長期的に見れば必ず貯蓄した分も消費されるはず」という意見があるが、少なくとも短期的には格差対策にならず、相続までされれば「個人」を単位としてみれば逆進性は解消されない。
 また、教育の一律無償化も一見すると全員に均等に利益があるように見えるが、高所得者は教育課程(一条校)外の私的教育に金を投じるため高等教育に進みやすく6、結果的に私的教育に金を投じられる高所得者が高等教育の無償化の利益を受けやすいため、むしろ逆進的であるという指摘もある7 8。そもそも、所得が一定以下の貧困層は結婚しないことが指摘されており、結婚できない低所得者からも均等に税を取り子供が持てるだけの所得を持つ人だけに給付すれば、逆進的になる上に、定性的には少子化を加速させる圧力になる。教育無償化で結婚を決意するハードルが十分に下がれば少子化への影響を相殺できるが、消費税を財源にして教育しか無償化されない程度ではその効果は疑わしい。
 以上見てきた通り、「再分配を強化する」と謳う政策でも、その実逆進的で再分配を弱体化させる政策が存在する。またそれらの政策は一見すると再分配の強化に見えるため、正義を楯に推進されるということが多くある。そのような政策を掲げている政党があれば、早めに「それは再分配にならない」という警鐘を送ることが必要であろう。
 また、再分配にならない政策に対して、その目的自体は肯定しつつ、再分配になる代替案を積極的に推していく必要もある。「消費税で教育無償化」は、やるならば、現行の免除システムを拡充する形で負担力に応じ免除・奨学金の可否が入学前に確定できる程度に公的資金を注入するほうが良いだろう。もしくは、初等・中等教育の無償化、給食等への公費注入であれば再分配に寄与するだろう。どうしても高等教育の全面無償化を推すならば、税の累進傾斜と必ずセットにすべしと強く拘束をかけるべきであろう。

 政治の世界では「一度公約に掲げたから」という理由で手段が目的に転化してしまうことはよくある。機会均等の達成を目的とし、その手段として高等教育無償化を提案したとしよう。その後「高等教育無償化は必ずしも機会均等に近づかず、むしろ格差を拡大する恐れがある」と指摘したとしても、それが一度公約に入ってしまうと、「公約だからやらなければならない」という形で手段が目的と化すことは珍しくない。だからこそ、これらの罠を常に頭に入れ、早めに警鐘を鳴らしつつ、真の目的を意識して代替案を提案していく必要がある。
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2018年06月05日

世代別の貧困者支援対策が重要

 世代によって必要な政策が分かれてくる。まず子供向けでは特に母子世帯向けの所得保障と就業支援が重要である。また貧困世帯児童向けの教育費用の支援も重要になる。若年・現役者向けには、非正規労働者への支援が重要である。非正規労働者は、国民年金や国民健康保険に加入するケースが多いが、これらの保険料は定額負担の性格が強く、低所得者ほど逆進性が高く、未納率の原因になっている。
 したがって、当面必要な所得再分配政策は、非正規労働者にも正規労働者と同じ社会保険(厚生年金、健康保険)を適用し、将来の生活展望や医療アクセスを保障する、非正規労働者でも将来展望を持って家族を形成できるように、住宅手当、児童手当の加算、子供に対する奨学金を充実させることである。低所得高齢者には、基礎年金制度を補う最低所得保障制度の導入、医療・介護費の保険料、窓口負担の軽減が重要になる。
 さらに全世帯に共通して生活困窮者の生活支援も重要である。就職の失敗や離職に伴う長期無業となり、引きこもる者、多重債務を抱える者も増えているが、現在、これに対する支援政策は存在しない。これらの問題は、現金給付だけでは対応できないので、就労支援、生活相談、金銭管理支援などさまざまな生活支援政策を行う必要がある。2015年4月からスタートした生活困窮者支援制度は、このような多様な生活困窮者の生活を包括して支援するまったく新しい仕組みであるとされ、その成否に大きな期待がかかっていたが、成果はあまり出ていない。
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2018年06月04日

1人親世帯の貧困率は50%で世界トップクラス

 全世帯の格差・貧困率の動向を見てきたが、ここでは世代別の貧困の課題を見てみよう。まず子供の格差・貧困であるが、これは大人の貧困率の上昇とともに上昇傾向にある。日本の子供の貧困率は16%であり、先進国でも上位にある。また特に1人親世帯の貧困率は50%であり、先進国でもトップクラスになっている。こうした貧困が子供に与える影響については、教育水準、健康面で明らかにされている。
 教育面については、親の所得階層によって基礎科目の成績で差がでていることや、大学などのへ進学率に差がでていることにより、所得格差と学力、進学機会の格差の関係が明らかになっている。またさまざまなデータが子供の貧困と貧困の世代間連鎖を明らかにしている。たとえば、少年院における貧困世帯の出身者の率の高さ、生活保護受給世帯出身の子どもが成人後、自らも生活保護受給になる確率が高いこと、養護施設出身の子供が成人後に生活保護を受ける割合も高いことなどが明らかにされている。
 次に若年者・現役世代の格差・貧困を見てみよう。90年代半ばから非正規雇用が拡大し、特に不本意ながら非正規労働者にならざるを得ないという若い世代の増加は、格差・貧困率の上昇、未婚率の上昇の重要な原因になっている。また学校、進学、就職・転職の失敗などをきっかけとする若い世代の引きこもりの増加が大きな問題になっている。
 高齢者の格差・貧困の主要因は、低い年金や無年金である。被用者は厚生年金、非被用者(自営業、無職、非正規労働者)は国民年金と加入する年金が分立している日本では、国民年金(基礎年金)のみの高齢者は850万人程度おり、その平均年金額 (月額) は5.5万円であり、生活扶助基準を大きく下回る。また2015年度から初めてスタートするマクロ経済スライドによって、基礎年金の実質水準は今後30年間にわたり約30%程度低下するとされている。今後の高齢者数の増大も考慮すると、膨大な貧困高齢者が発生する可能性もある。
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2018年06月03日

所得分布からみる格差の拡大―所得上位5%の占有率が急上昇

 日本国内での格差・貧困の動向についてもう少しきめ細かく見てみよう。格差・貧困の動向を見るためにはいくつかの指標を組み合わせてみる必要がある。
 まず所得の中位値と平均値である。厚生労働省の2013年「国民生活基礎調査」によると、2012年の平均世帯所得は537万円であるが、中位の世帯所得(所得を低いものから高いものへと順に並べて2等分する境界値)は432万円である。中位値より平均の方がかなり高めにでる原因は、高所得世帯の所得が平均を押し上げているからである。そこで中位値の世帯所得の動向に着目すると、世帯人数が減少していることや人口の高齢化が進んだことをも考慮しないといけないものの、1995年は550万円、2000年は500万円、2005年は458万円、2012年432万円というように、約20年間で中位値は120万円程度低下している。
 次に2012年の所得分布を見てみよう。全世帯の下位から約2割(19.%)は世帯収入「0から200万円」にある。中位の世帯所得の半分は216万円であり、これは後ほど触れる相対貧困ラインにも相当するが、それ以下の世帯が20%程度存在することになる。他方、上位から5% (4.8%)が世帯所得「1300万円以上」、同じく上位10%(11・3%)が世帯所得「1000万円以上」の高所得世帯層となっている。したがって、大ざっぱにいうと日本の世帯所得分布は1000万円以上で上位10%、201万円から999万円で中間層70%、200万円以下の低所得者層20%から構成されている。
次に高所得層への集中を明確にするためには、高所得層への占有率に注目する必要がある。OECDのデータベースでは、各国の所得上位層が全所得(課税前)の何パーセントを占有しているか公表している。上位5%の所得層の占有率を見ると、日本は90年代に入って急速に上昇しており、米国の約35%、英国の約30%には及ばないものの、25%に接近している。なお、フランスは21%、スウェーデンは17%であり、決して日本が格差や所得の集中度が低い国ではないことがわかる。
所得分布が格差の大きさを示すのとは別に、貧困の程度を示すものとしては相対貧困率がある。正確には相対貧困水準とは「世帯人数を調整したうえでの中位の所得の半分の所得を相対貧困ライン」と設定し、その相対貧困ライン以下の人の割合と定義される。もう1つの貧困ラインとしては、生活保護制度の定める最低所得水準(以下、生活扶助基準の貧困ラインとする)によるものがある。生活扶助基準からみた貧困ラインは、世帯を構成する家族の年齢や居住地によって異なるので、単に人数調整した相対貧困ラインとは単純比較できない。
しかし、相対貧困ラインからみて貧困世帯とみなされる低所得世帯と生活扶助基準ラインからみて貧困世帯とみなされる世帯は86%重なっていることが確認できる。したがって、相対貧困率の動向は、生活扶助基準以下の貧困率と類似した動きを示すことになる。相対貧困率の動向は、全体として貧困率は上昇傾向にあり、特に若年世代の貧困率が大きく上昇している。一般に、貧困率の上昇は、収入が少ない高齢者数が増加したためであるという指摘もあるが、決して人口要因だけではない。
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2018年06月01日

成長か分配か―揺れ動く国民の評価

 生活保護受給者数はほぼ220万人となっており、戦後最多の状況が続いている。生活保護を受給している世帯の約4割が高齢者世帯であるが、増加率に着目すると若い世代の生活保護受給者も増加している。このように貧困問題はより深刻になっているものの、所得再分配か経済成長のいずれを優先すべきなのかという問題は、常に経済政策で大きな論争になり、国民の評価もそのときの社会経済状況で大きく揺れ動いてきた。
 2007年から08年のように生活保護を打ち切られて餓死した高齢者の事件や、リーマンショック後の解雇で仕事と住居を同時に失った人々が日比谷公園に集まり、派遣村が開設されたことなどが報道されると貧困・格差に関心が集まり、再分配政策を支持するようになる。しかし、最近のように生活保護受給者が増加し、不正受給などが報道されるようになると、再分配政策への支持は小さくなる。再分配政策を重視した民主党政権とは異なり、自民・公明連立政権は、経済成長重視を鮮明にしている。
 トリクルダウン政策は、日本でも2000年代前半に雇用規制緩和などを進めた小泉純一郎政権、それに続く(第1次)安倍晋三内閣でも「上げ潮政策」として採用されているが、それが低所得世帯にどのような結果になったかは十分検証されていない。国際的にも過去20年から30年間で、先進国における格差がどのような状況になっているかは重要なテーマになっている。この点について経済開発協力機構(OECD)の “Divided We Stand: Why Inequality Keeps Rising” (2011年) は、1980年代半ばから2000年代後半の期間における所得上位10%の階層と下位10%の階層の実質所得の変化率について、「世帯規模」と「物価水準」を調整した上で、国別に動向を明らかにしている。
 フランスのように下位の所得の成長率が上位の成長率よりも高い国は例外であり、多くの国で、高所得者の所得の成長率は低所得者の成長率よりもはるかに高く、格差は拡大していることが確認できる。それでも低所得者の実質所得の成長率はわずかでもプラス成長であるが、日本のみ低所得者層の所得は実質所得が年平均マイナス0.5%になっている。日本では、低所得層の所得がより大きく低下していることが確認されたことになる。
posted by GHQ/HOGO at 06:42| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする