2018年03月05日

「健康で文化的な生活」への距離を測るもう1つの指標

 2018年1月22日、通常国会が開始された。審議対象の1つである政府予算案には、厚労大臣が「最大5%引き下げる」とした生活保護基準が含まれている。5年おきに見直される生活保護基準は、2013年の見直しに引き続き、子供のいる世帯に対する引き下げ幅が特に大きい。しかし日本にとって、子供の貧困の解消は重大な取り組み対象の1つではなかっただろうか。いずれにしても、国会で活発な議論が行われるだろう。
 今回は目の前の切実すぎる問題を、「相対的剥奪指標」から俯瞰してみたい。生活の「あきらめ指標」と言い換えてもいいだろう。2017年に開催された社保審・生活保護基準部会での重点的検討課題の1つでもある。
 試行という位置づけではあったが、同部会報告書の28ページには、「この検討の結果(略)ひとり親世帯は他の世帯類型に比べて、生活水準が低い可能性があることを確認した」と記述されている。にもかかわらず、1人親世帯は大幅な引き下げ対象になっている。
 生活保護世帯に限らず、可処分所得は「できる指標」だ。可処分所得が増えれば、購入できるモノ・サービスや実現できる希望が増えていく。しかし厳しい家計の中での「何を実現するか」の選択は、「何をあきらめるか」の選択と裏腹だ。一見、貧困状態にあるとわかりにくい「見た目」の裏にある「あきらめ」を数え上げれば、「実は相対的貧困状態にある」という事実が明らかになるかもしれない。
 生活の「あきらめ指標」として広く用いられているのは、相対的剥奪指標だ。
 可処分所得が下がると、何かを断念しなくてはならなくなり、「剥奪」が起こる。人によっては、「ポルシェの新車に乗れない」「タワーマンションの最上階に住めない」「子供を私立大学の医学部に進学されられない」といったことを「剥奪」と感じるかもしれないが、日本の多くの人々はそれらを「ゼイタクな悩み」と冷笑しそうだ。
posted by GHQ/HOGO at 07:02| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする