2017年12月15日

「自立」とは、経済的自立?

 建屋内の案内は、英語・中国語(簡体)・ハングル・中国語(繁体)が併記されている。
 「○○市の福祉事務所では、生活保護廃止(生活保護からの脱却)に至る人数に年間ノルマが課されていて、『自立指導』という名目での強引な就労指導が行われている」
 といった風聞は後を絶たない。
 しかし、江戸川区の担当者に率直に尋ねてみたところ、
 「江戸川区では、そのような数値目標は設定していません」
 という答えが、即座に返ってきた。逆に
 「ご自分の考える『生活保護からの自立』って、何ですか」
 と問いかけられた。
 たとえば、障害者で車椅子等の補装具を必要としているとすると、「障害者の自立」とは、補装具が不要になることではない。このケースにとっての生活保護費は、障害者にとっての補装具と同じと考えていいいのではないか。でも、この考え方は、「生活保護は甘え」という主張の持ち主に受け入れられるだろうか。
 返答に窮してしまった。すると、担当者は、
 「私たちは、自立を3つに分けて考えています。経済的自立、日常生活の自立、社会生活の自立。まず、1人ひとりに合わせた、その段階での『自立』を考えます。各ケースワーカーも考えますし、担当チームや係でも話し合います」
 と言う。
 「経済的自立」は、生活保護水準以上の収入が得られる就労をすれば実現できる。しかし、無理にそのような就労を目指すと、せっかく就職しても短期間で心身の健康を害するかもしれない。
 「日常生活の自立」は、経済的自立の前提条件でもある。たとえば、精神疾患を持つケースのうち相当数は、引きこもって昼夜逆転した生活をしている。これでは、通院もできない。この段階での目標は、まず「昼間起きていられること」になる。
 「社会生活の自立」は、生活するために必要不可欠なことである。たとえば介助の必要な重度障害者にとって、「自分の意志を表明する」「支援者とのコミュニケーションを取る」は、生存を維持し、少しずつでも生活の質を高めていくために必要なことである。
 人間が1人ひとり異なる以上、個人の特性を無視した画一的な「自立指導」は成立しないのだ。
posted by GHQ/HOGO at 07:12| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする