2017年09月13日

グローバル化は滅亡への道 5

 E 実は、グローバル化は非効率
 グローバル化により人、モノ、カネの資源が最適に配分されることは効率的である。その考えは正しいようですが穴がある。貿易や旅行により大量の物資や人員が地球を駆け巡わることになる。そこに膨大なエネルギーのロスがあるのだ。地産地消という考え方であれば、莫大なエネルギーを使って世界中の物資を運搬する必要はない。もちろん、ごく限られた地域でしか採取できない資源もあるだろうから、そのような資源の移動はやむを得ないかもしれない。しかし、消費財をなぜ外国で生産しなければならないのか。なぜわざわざ中国やインドネシアで生産しなければならないのか。それは為替レートに起因している。為替の関係から途上国で生産したほうが金銭的なコスト収支が有利だからなのである。使用されるエネルギー収支から言えば、実際には余計にエネルギーを浪費している。
 つまりグローバル化のメリットは為替の差による「人件費コスト」を利用しているに過ぎないのだ。為替差を利用して途上国の労働力を安く利用すること(搾取)がグローバリズムの本質であり、為替差のポテンシャルを食いつぶせばやがて為替差はなくなる。だから先進国は生産拠点を中国からベトナムへ、そしてさらに貧しい国へと移動しながら、為替差のポテンシャルを食いつぶす。そのたびに途上国の環境を破壊し、貧富の格差を広げて社会問題を引き起こすのだ。ただ「カネのためだけに」。グローバル化に未来はない。
 F 相互依存から自助自立へ〜脱グローバル化
 グローバル化がまったくダメというのではない。現実的には国際分業や貿易が不可欠なものであることは確かなのだ。しかし、グローバル化は目指すべき理想の社会ではない。新自由主義のように、何でもすべてグローバル化、グローバル化神聖主義のような考えに陥ることなく、グローバル化を冷静に見つめることがひつようなのである。冷静に考えれば、何でもすべてグローバル化ありきではなく、必要に応じたグローバル化、適切な範囲でのグローバル化という視点を手に入れることができるかが問題になってくる。
 それこそがバランスのとれた世界経済の仕組みを構築する上で不可欠なことなのかもしれない。
posted by GHQ/HOGO at 06:56| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グローバル化は滅亡への道 4

D グローバル化は適応しすぎて滅亡した古代生物に例えらる
 仮にすべての国が友好的で世界が平和になったとしたら、グローバル経済はすばらしい経済体制なのだろうか。それは違っている。世界分業ということは、生産地域が偏在することを意味するのだ。生産地域が偏在した場合、その地域の生産が何らかの理由で不可能になった場合、その影響は全世界に広がる。たとえば穀物の生産をアメリカに依存していたとして、アメリカが大干ばつに襲われて穀物がほとんど収穫できなかったらどうなるか。当然、アメリカはアメリカ国民のために穀物を使い、輸出は完全に途絶えるはずだ。そうなれば穀物をアメリカに依存していた国は大量の餓死者を出すことになってくる。もし、経済効率を優先するのではなく、すべての国々で食糧自給率を高い状態に維持していたなら、アメリカの大干ばつの影響は最小限に抑えることができる。
 高度に分業化された社会は効率的で高い生産性を有するのだが、ひとたび何かがあると悪影響は連鎖的に全世界に広がり、経済はたちどころに瓦解してしまう。それはまるで環境に適応しすぎて絶滅した古代生物に例えられるのだ。アンモナイトや恐竜といった古代生物は、進化の過程で無駄な機能を次々に捨て、生存のための最高の効率を手に入れた。このためアンモナイトや恐竜は爆発的に繁栄したが、その後、一気に絶滅している。なぜなら、無駄をすべて捨てたがために、環境が激変したとき、もはやそれに適合する能力を失っていたのだ。効率優先は「大繁栄か絶滅か」というまるでギャンブルのような行為なのである。効率化すれば良いとは限らないのだ。
 つまりグローバル化は最高の効率を求め続け、その結果、内部に巨大な「滅亡へのリスク」を抱え込むことになる。
posted by GHQ/HOGO at 06:55| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする