2017年08月21日

バングラデシュは最貧国だけどインシャーアッラーの精神がない日本人のほうが貧しい!

 児童労働、感染症、ヒ素問題、ストリートチルドレン、慢性渋滞、電力不足、解決しなければいけない問題は山積み。これだけ読めば、日本は恵まれていると思うかもしれない。だが少なくとも日本が必要以上に恵まれているとは感じない。なぜそう思うのか。
 インシャーアッラーとはアラビア語で神さまの望むままにという意味で、バングラデシュだけでなくイスラム教徒の人はどの国の人も使う言葉。よく何か約束事をするときに使われる。
 「明日は大事な会議だから朝8時集合ね」
 「インシャーアッラー」(神さまが望んだらね)
 つまり約束はできないということ。この言葉にいつもやられる。待ち合わせ時間にこない、予定通り物事を進めようとしない、天候のせいにする。一般的な日本社会で生まれ育ってきた人ならば、許せないことだろう。でもあるときわかることになる。インシャーアッラーとは約束を守りたくない、気分次第ということではないということを(言い訳に使う人も多いのだが…)。
「ぼくにとって一番大切なものは家族。家族に何かあったとき、友人や仕事の約束よりも家族を優先する」
一番大切なものを優先しただけで、何で約束を破ったことになるのかわからないと言われる。
 バングラデシュの人々の心の中にはいつも家族がいる。今何してるかという緊急性のない話題。日本では仕事中はプライベートを持ち込まないことが当たり前とされ、私用電話をしていたら白い目で見られるはず。でも、家族よりも会社を大切にしたら、会社は家族を守ってくれるのか。まずそんなことはない。
 バングラデシュの人々の休暇理由で一番多いのは、「家族の問題」です。日本ではどうでしょう?家族になにかあったとして、忌引き以外の理由で休む人いますか?もしくは理由を堂々と家族の問題でと言えますか。ぼくは言えないし、休めません。
 一番大切なものを大切にするためにインシャーアッラーという言葉があるんだなと教わることになる。バングラデシュ人のようにできなくても、用事があるときだけでなく、「元気・・・」の一言だけでも家族に電話をする心の豊かさをもったらどうだろうか。
 今日気づいたら昼飯たべる時間なかった、という人手挙げてください。結構いるのではないか。しかも忙しさをアピールするかのごとく言っていないか。バングラデシュ人は食事のこととなると血相を変える。例えば昼前に終わる研修に参加したとする。日本であれば昼前に終わるのであれば、昼飯は自分で用意するか、食べにいくかするはずだ(基本的に自腹で)。でもバングラデシュ人は違う。「研修に呼んでおいて、昼飯も用意しないとは何事だ」と大騒動になる。だから驚くことに、研修や会議の予定を立てるときはまず昼代おやつ代をどこから捻出するかという議論が巻き起こる。
 バングラデシュの村で、住民に税金を納めることの大切さと方法を伝える会合を開いたのだが、1時間半くらいのことだったが、お茶もお菓子もださないのかよという批判が殺到した。「外国人が主催するのだからさぞ豪勢なお菓子がもらえるんだろう」と期待してそれだけのために来た人もいたそうだ。驚きと苛立ちで何と表現したらいいかわからなかった。それだけでと思うかもしれないが、バングラデシュでは大切なことであり、これがないと人が集まらない。仕事よりも、友達との約束よりも食事を大切にする。
 「ぼくたちにとって、食べることはどんなことより楽しくて幸せなことなんだよね。だからそれを阻害されると何もやる気がおきないし、何も考えられなくなる」
 仕事を言い訳にして、食べることを後回しにしていないか。12時から昼休憩だとして、12時になったとたん食事に行くことをためらっていないか。生きるために必要なことは食べることより仕事なのか。周りとの波長を合わせることなのか。
 バングラデシュ人のように、食べることに異常なまでの執着をもちなさいとは言わないが、食べることも忘れて、もしくは忘れたふりをして、食べないのをやめにしませんか。
posted by GHQ/HOGO at 07:37| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする