2017年08月17日

世界および日本の経済格差の現状と原因は? 2

 3番目の論点として、1980年以降、多くの国で発生している経済格差の原因について考える。米国の標準的な労働経済学の教科書であるBorjas(2016)は、所得の大層を占める賃金格差の拡大について、1970年末からジニ係数が上昇していること、賃金の上位と中位以下の間の格差が拡大していること、労働市場に占める大卒の割合が上昇したにも拘わらず、大卒の賃金が高卒の賃金より上昇していること、同一グループ(年齢、教育、人種等)内の格差も拡大していること等の事実を指摘する。その上で、Borjas(2016)は、実証研究により上記の諸点との整合性や原因と結果のタイミング等を精査すると、賃金格差を十分説明できる原因について経済学者はコンセンサスを得られていないとする。以下、格差拡大の原因とされるいくつかの要因について説明する。
 第1に、グローバリゼーションである。国際貿易の拡大や1980年代以降の共産圏(中国、ソビエトブロック、インド)の国際貿易競争への参入に伴い、ヘクシャー・オリーンの定理が示すように、途上国では未熟練工による貿易財の輸出が増加し、先進国では低技能労働者を多数使う産業が衰退し、高技能労働者を多数雇用する産業が伸びた。Borjas (2013)は、貿易の拡大は賃金格差の拡大の20%程度を説明するとする。
 ただし、先進国の格差の拡大は、(シンプルなモデルが指摘する)低技能労働者の賃金の低下や高技能労働者の賃金の上昇だけでなく、中間層の賃金をも低下させた。これを説明するのが、第2点目のコンピューターの普及等の高技能労働者に偏った技術進歩である。こうした新たな技術を使いこなす者と活用できない者の生産性の相違が賃金格差拡大の殆どを説明するとする者もいる。ただし、米国で格差が急拡大したのは1980年代であるのに対して、IT技術の急速な進歩がみられたのは1990年代であるというタイミングのずれが説明できない。
 第3に、各種の制度要因である。Bourginon(2015)によると、労働組合の組織率低下、最低賃金の実質的低下、国際機関の構造調整プログラム、各国の規制緩和や構造改革等も所得や賃金の格差拡大に一定の役割を果たしたとされる。
 なお、長期にわたり持続的な高成長を確保するには構造改革や規制改革への継続的な取組みが大切であると考えられるが、高い経済成長と所得格差の関係は必ずしも定かではない。中国、インド、南アフリカの経験からは高成長は所得格差の拡大に関係しているようにみえる一方で、高度成長期の日本では所得格差の水準は安定しており、また、最近のブラジルや韓国の経験からは高成長は所得格差の縮小を伴っていたとされる。また、労働市場の改革は、労働者単位の賃金格差を拡大させた一方で、経済の効率性を高め、雇用者数を増加させることを通じて、家計単位の所得水準の格差にはさほど影響を与えていないとの実証分析もみられる。
 第4に、累進課税制度の緩和である。所得税及び相続税の累進課税制度(戦中から戦後にかけて戦費調達・戦争債務返済の必要性から導入された制度)に関して、1970年代以降、経済効率の向上やイノベーションの推進の観点からトップ税率が軽減されたことも、上位層の総所得に占める割合の増加に一定の影響を与えたとみられる。
 第5に、上位層の総所得に占める割合の増加を説明する理論として、スーパースターの理論やトーナメントの理論が使われる。前者は、IT技術の進歩やグローバリゼーションの進展に伴い、非常に大きな市場に低価格でアクセスすることが可能な幾つかの業種(エンターテイメント産業、ファンドマネージャー等)で観察される現象である。後者はスポーツのトーナメントと同様に管理職を競争させ、勝利(昇進)を得た者に高額の給与を支払うことで、多くの管理職に最大限の努力を払わせることができるとするものであり、こうしたインセンティブメカニズムの導入は、企業のパフォーマンスを向上させたとの実証研究もみられる。
 第6に、第5の考え方に疑問を投げ返る議論として、富裕層による報酬決定能力の高まりがある。企業、特に金融部門の幹部の報酬が極めて高いのは、企業統治の失敗、累進税制の緩和、経済の金融化等の影響を受けて、経営者が自分の報酬を自分で決められる影響力が高まっていることにあるとの指摘である。グローバリゼーションの進展と相まって、少数企業による市場支配力と寡占的利潤は増加しており、それを背景に富裕層は政治献金を通じて権力への影響を強めている。一方で、労働者は企業との交渉力を低下させており、低い条件を受け入れざるを得なくなっている。
 第7に、世代間の経済格差の継承については、Borjas(2016)によると、米国で親から子に受け継がれる賃金の水準(Intergenerational Correlation)は3割から4割であり、仮に第1世代に30%の賃金格差があると、第2世代は10%程度、第3世代では5%未満が格差として受け継がれる(ある程度平均賃金への回帰がみられる)とされる。
 第8に、Piketty(2013)は、資本収益率が成長率を上回ること( )から、資産の格差(ひいては所得の格差)が拡大するメカニズムが資本主義に内包されていると考える。ただし、殆どの研究者は、アメリカの所得格差の拡大の原因を主に勤労所得の格差の拡大にあると考えており、Piketty(2013)は、高齢化やイノベーションの低迷により成長率の低下が予測される将来の課題として、資本収益率と成長率の問題を指摘したと考えるべきであろう。
posted by GHQ/HOGO at 06:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする