2015年、G20各国政府は、BEPS行動計画(税源浸食と利益移転行動計画)の合意を通じて多国籍企業の租税回避の問題に取り組むことに合意した。しかし、その合意内容は、タックスヘイブンの課題にはほぼ触れていない。世界的に見て、タックスヘイブンの口座に預けられている個人資産は、約7.6兆ドルと言われている。この資産に対して本来支払われるべき税金が各国政府に納められた場合に追加的に捻出される税収入は毎年1900億ドルにのぼる。
アフリカの金融資産の多ければ30%がタックスヘイブンに置かれていると予測され、このことによって毎年140億ドルの税収入が失われている。140億ドルの財政予算があれば、母子保健の充実などを通して年間400万人の子供の命を救うことができるばかりか、アフリカのすべての子供たちが学校に通うために必要な教員を雇用することができる。
ダボス会議の企業パートナーである10社のうち9社が少なくとも1つのタックスヘイブンに登記されている。多国籍企業による租税回避による途上国に対する損失は最低でも年間1000億ドルと言われている。2000年から2014年にかけてタックスヘイブンに対する企業投資はおおよそ4倍になった。
国連の「持続可能な開発目標」を達成し、2030年までに極度の貧困をなくすためには、各国政府が企業と個人を問わず、富裕層からしっかりと税収入を得ることが不可欠。極度の貧困に暮らす人々の数は1990年から2010年にかけて半分になったものの、過去25年間で最も貧しい10%の人々の収入は年間3ドルも増加していない。
これは、各個人の収入が年間1セントも増加していないということだ。1990年から2010年までの間、各国の格差が広がっていなければ、貧困を抜け出すことのできた人の数は2億人多かったはずなのだ。
ほぼすべての先進国、そして大半の途上国に見られる格差拡大の背景にある傾向の1つが、労働賃金が国民所得に占める割合の低下である。これに加えて、所得規模における格差拡大も傾向として見られる。所得格差の拡大、そしてタックスヘイブンの活用が、経済における富と権力の集中を促している。
日本も決して例外ではない。フィナンシャル・タイムズでも、経済論説主幹のマーチン・ウルフ氏が、日本の場合、GDPに占める労働賃金・世帯収入の割合が極端に低く、一方でGDPに占める企業収益が大きいことを指摘している。経済の活性化のためには、賃金を上げること、もしくは法人税を上げることが必要だという議論へとつながる。また、日本は、管理職における女性の割合の低さ、そして男女の賃金格差の大きさが、先進国の中で際立っているのが実態なのだ。
オックスファムは、拡大する格差への対処として3つの柱を提唱している。1つ目がタックスヘイブンに代表される租税回避の問題への対処である。2つ目は、貧しい人々の生活に大きな利益をもたらす保健や教育などの必須社会サービスへの投資にこそ税収入が向けられなければならないという途上国内の政策における対処である。そして3つ目は、各国政府は、しかるべき賃金が裕福な人々に対してだけでなく、貧しい人々に対してもきちんと支払われるようにしなければならないということである。最低賃金を生活賃金の水準に引き上げ、男女間の賃金格差にも取り組まなければならないのである。
ほんの一握りの人々が独占する極度の富は、病める世界経済の表れである。一部の富裕層に集中した富は、世界の過半数の人々、そして特に最も貧しい人々の犠牲の上に成り立っているのだ。
かつて一億総中流と言われた日本。日本の社会や文化の素晴らしい部分を大切にしつつ、高齢化が進み、新興国に見られるような経済成長を成しうることが困難であるからこそ描ける未来を提起していかなければならないのだ。