2017年06月09日

育児放棄された子どもは餓死する

 「6人に1人の子供が貧困」という数字の根拠が、親権者養育者の相対的貧困率だったために、貧困女子高生騒動などでも「そもそも先進国日本の相対的貧困は貧困なのか」とか、日本に餓死する子供はいないといった言説も流布されるが、これは噴飯ものだ。
 考えればわかることだが、親がどれほど高所得でも立派な仕事に就いていても、育児を放棄し食事を用意せずに家から追い出せば(自ら出て行くしかないほど劣悪な家庭にしてしまえば)、自力で稼ぎ食物を得ることができない子供はほんの数日で絶対的貧困のレベル、餓死のレベルにまで追い込まれる。現実としてそれはある。
 これが育児放棄の恐ろしさなのだ。暴力を伴う虐待よりも育児放棄を軽視するような雰囲気を感じたことが少なくないが、育児の放棄とは暴力とまったく同じ程度に子供を傷つけ、そして絶対的貧困レベルの苦痛を子供に与えることになる。
 なので、まず子供の貧困については「相対的貧困」という指標は一部分を意味するものにすぎないのである。支援すべきは相対的貧困線を割った世帯の親子のみならず、養育者が養育者として機能していない世帯の子供すべてだ。それが子供の貧困当事者でもあるし、将来の貧困予備軍でもあるからなのだ。これが見直したい大前提だ。
 この前提のうえで、未就学からローティーン世代の子供の支援として提言できるのは、「利用したくなる居場所ケア」だ。居場所ケアについては政策サイドでも地域単位でもその必要性が高らかに言われているが、ちょっとしたズレを感じている。実際、親の育児放棄や貧困があって非行化した子供も、小学校低学年まではそれぞれの生育地域の学童保育(的なサービス)を利用していたケースはかなりある。そして彼らに共通の記憶が、「何で学童、夜開いてねーんだよ」だ。複数の取材対象者に共通のエピソードが、こんなものだ。
 小学校が終わって放課後に友だちと遊ぶ。親が家にいる子は夕飯の時間までに帰るが、帰っても親がいない家の子は、腹を減らして家に帰って親を待つ。お菓子ぐらいはあることが多いようだが(一方でレトルト食品やカップ麺が段ボール箱単位であって食べ放題というのも定番エピソード)、独り小腹を満たして親を待つkotoninaru。
posted by GHQ/HOGO at 08:03| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする