2017年01月31日

申請時に必要なものは?

 生活保護申請書―必ず必要なのが申請書。その他、資産・収入の申告書も必要。申請書と申告書はセットになっている。これらの書類には、保護を受けたい理由や、預貯金の額や資産、収入の状況を記入するようになっている。ありのままを記入するだけなので難しいものではない。
 そのほかに用意すべきものは、本人確認のため必要なもの(運転免許証、健康保険証など)、印鑑、財産に関するもの―銀行等の通帳(ネット専業銀行の場合、残高がわかるものを用意しよう)、登記簿謄本(所有不動産がある場合)、車検証(車を所有している場合)、年金の証書や生命保険の保険証券、その他―離職関係書類、賃貸借契約書(賃貸マンションなどに住んでいる場合)、家族の住所や連絡先、医療費や介護保険関連書類、その他行政から手当などをもらっている場合はその書類、診断書など(通院している場合)
※この他にも、書類の提出を求められる場合がある。
posted by GHQ/HOGO at 07:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

申請から決定までの流れは?

 申請から決定(却下)までの流れは、(1)相談、(2)申請、(3)調査、(4)決定(受給、却下)となる。
(1)相談
 事前相談の時点で必要な書類はないが、あらかじめ現在の収入・支出・預貯金などの資産状況を整理しておいたほうがスムーズに話ができる。生活に困っていること、生活保護を受けたいという意思を伝え、生活保護申請書を受け取るようにしよう。
(2)申請
生活保護申請書を提出。
(3)調査
担当者との面談や家庭訪問での調査がある。調査は、就業可能かどうかの調査、預貯金などの資産調査、援助が可能な家族・親族の調査(扶養調査)などが行われる。また、他の制度や手当を受けることが可能かどうかも検討される。なお、調査は本人の申告に基づいて行われるが、福祉事務所には法的に調査する権限が与えられているので、直接 申告者の銀行の残高照会を見ることもできる。
(4)決定
申請書を提出してから原則14日以内に決定がなされる(延長される場合でも最長30日以内)。保護決定通知書が郵送されるか、担当者が電話で連絡をしてくれることもある。もし14日以上たっても連絡がなく不安な場合は、担当者に決定の見通しを尋ねてみてもいいだろう。申請が通れば、生活保護費を受け取れるが、ダメな場合は、却下された理由が書かれた通知が出される。却下理由に納得ができない場合は、不服を申し立て、決定内容を審査するよう求めることができる。
posted by GHQ/HOGO at 08:21| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

生活保護を受けるには?  申請しなければ始まらない!

 働けない、収入がない、頼れる人もいない、そういうときのあなたの生活を助けてくれるのが生活保護。生活保護を受けている人が全国で212万人を超え、過去最多を更新したが、実は受給資格がありながら生活保護を受けていない人たちが、まだまだたくさんいるのだ。最後のセーフティネットと言われる生活保護。本当に必要な人が救われなければ意味がない。受給できる条件は揃っていると思うが、申請の手続が大変そう・・そう思っていないだろうか。生活保護の申請自体は思ったほど複雑ではない。実際の申請書もシンプルで記入しやすいものになっている。どうやればいいのかをもう一度見ておこう。
 生活保護は、申請主義という形がとられている。自ら申請をして初めて、受けることができる制度なのである。受給条件を満たす状態になったとしても、申請をしなければ国(福祉事務所)は何もしてくれない。そして申請を出せば、国は申請の拒否をすることはできないのだ。つまり申請書が出されたなら、国は申請を受け取り、調査をし、決定(却下)を出す義務がある。
 では、どこに申請すればいいのか。申請窓口は、現在住んでいる地域の福祉事務所になる。管轄の福祉事務所は、厚生労働省の一覧から探すことができる。
厚生労働省「生活保護と福祉一般:福祉事務所一覧」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/seikatsuhogo/fukusijimusyo-ichiran.html
 友人宅やネットカフェを転々としていて住所がない、住民票がないという方もいるだろう。また、住民票のある住所とは違うところで生活している場合もあるかもしれない。それでも大丈夫。今、あなたがいる場所の自治体に申請すればいいのだ。
posted by GHQ/HOGO at 08:21| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

 持ち家でも保護は可能、車は状況しだい

 生活保護制度については、いろいろと誤解が多く、福祉事務所の職員の中にも間違った説明をする人が結構いるので、困ったものである。
 その1つが「持ち家だと、生活保護を受けられない」というもの。そんなことはない。持ち家に住んでいるときは、処分価値が著しく大きい場合を除き、保有が認められる。
 「自動車を持っていたらダメ」と言われることもあるが、昔と違って、一律にダメではない。クルマについて、かなり厳しいのは確かだが、以前に比べると保有を認められる範囲は広がってきた。障害者の通勤・通院、公共交通の著しく不便な地域での通勤・通院、求職活動に必要な場合などは、条件つきでマイカーを使える。過去に「保護か車か」の選択になって生活保護をあきらめていた人も、再検討してみる余地があるかもしれない。
 持ち家は、そのまま住めるのが原則。アパート・マンション・借家・公営住宅などの場合、家賃や地代は住宅扶助の対象。住宅扶助の上限額は地域ごとに、世帯人数に応じて厚生労働省が決めている。それを超す家賃でも、生活扶助の中から自分でやりくりして負担することは許されるので、「家賃が高いから、先に引っ越さないと保護できない」という説明は間違い。ただし、その状態が長く続く場合は、最低生活費を圧迫するので、住み慣れた住居から引っ越すことによって生活上の問題が生じる事情がなければ、転居を指導される(転居に必要な費用は生活保護から出る)。
 では、持ち家はどうだろうか。住まいは生活に必要なものなので、現に居住している不動産は、生活保護を受けても保有を認めるのが原則。最低生活の維持のために資産を活用しているという解釈である。生活保護の要件である「資産の活用」は、売ることだけではないわけだ。
 では、売却を検討する目安は―。持ち家の売却処分を求められるのは「処分価値が利用価値に比べて著しく大きい」ときである。それに当たるかどうかは、福祉事務所がケース診断会議などを開いて検討する。
 厚労省が示している検討の目安は「標準3人世帯の生活扶助基準額と住宅扶助の特別基準額を合わせた額のおよそ10年分」である。標準3人世帯とは、30代・20代の夫婦と4歳の子の3人暮らし。その福祉事務所の担当地域で最も高い基準額を用いて計算する。
 地域差があるが、2000万〜3000万円ぐらいになる。不動産の価値は、固定資産税評価額(実勢価格の7割ぐらい)で見積もるのが一般的なようだ。これを目安に、ほかの事情も考慮して、売るべきかどうかを総合的に判断する。住宅の価格は昔より下がったので、大都市でも、小さな家なら売らずに済むだろう。生活に困ったときは、あわてて家を売るより、生活保護を考えたほうが賢明かもしれない。
 農業を含めた事業用の土地も、保有を認めるのが原則。田畑は、現に耕作しているか、おおむね3年以内に耕作する見込みがあるときは、処分価値が著しく大きい場合や必要以上に広い場合を除いて、保有を認められる。山林の利用も同様。
posted by GHQ/HOGO at 07:47| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

 働いていても、年金があっても、保護を利用できる

 生活保護について、働けない人や収入ゼロの世帯だけを対象にした制度というイメージを抱いている人もいるだろうが、それは大きな誤解である。簡単に言うと、生活保護は「足らずを補う」しくみだということ。
 いろいろな社会制度による給付や、親族からの援助があっても、手持ちの預貯金を使っても、勤労による収入を得ていても、それらを全部加えた金額が、健康で文化的な最低限度の生活を営むのに必要な金額(その世帯の生活保護基準の月額)に足りなければ、足りない分だけ、生活保護費の支給を受けることができる。必要な金額には、医療費や介護費も含まれる。
 働いていて収入があっても、年金や児童手当などの収入があっても、それらの金額が十分でなければ、生活保護を利用できる。
 足らずを補うとは―。簡単な具体例で説明しよう。足し算と引き算なので、それほど複雑ではない。たとえば、単身の人で、かりに、生活保護の基準が生活扶助8万円、住宅扶助(家賃)4万円だとすると、保護基準額は月12万円である。それに対して年金収入が6万円あるだけなら、差額の6万円の保護費が福祉事務所から支給される。
 同じ人に勤労収入があるときは、働くための必要経費として、収入額に応じてある程度の額が勤労控除され、それを除いた額が勤労収入として認定される。5万円のアルバイト収入なら1万円余りが勤労控除され、勤労収入の認定は4万円足らず。年金と合わせた収入認定額は10万円足らずなので、2万円余りの保護費を受け取れる。これは保護の要否を判定するときの計算方法で、保護が開始された後は、勤労控除が2万円近くに増え、支給される保護費も増える。
 この場合、医療費にあてることのできる収入はないので、医療を受けたときの費用は全額、福祉事務所から医療機関に支払われ、本人の負担はない。
 低年金の世帯でも、働いていて収入が少ないワーキングプアの世帯でも、生活保護の対象になりうるわけだ。実際、働きながら保護を受けている世帯は結構ある。フルタイムで働いていても、家族が多かったり、医療費が嵩んだりするときは保護を受けられることがあるのだ。
posted by GHQ/HOGO at 07:52| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

 日本は子供社会も競争社会

「いい大学に進学して、いい会社に就職する」
 将来に希望を持てない不安な大人達の姿を見ながら、それゆえに安定した地位を求めて激しい競争にさらされるのだ。競争を諦めた子供は取り残される。10代の学生の自殺や不登校は増加している。子供たちの居場所であったはずの学校が苦痛で退屈な場所へと姿を変えつつある。学校とは何かに興味を持って学び、自分の価値に目覚める場所だったはずである。日本の未来を担う子供たちの現状を変えていかなければ、日本が変化することはない。このような共通部分を共有し増大させることが、生きやすい社会につながっていくのでないだろうか。
 私が考える共通部分とは、「承認欲求」を満たすことである。「自由になりたい」などと多くの人は言うが、どこで何をしても構わないなどという無秩序の自由などには実は誰も魅力を感じていない。誰かから必要とされ、感謝され,存在を認められることが必要なのである。私は無意識のうちに欲するこの感情を「承認欲求」と呼ぶことにしている。幼い子供が母親に褒められること、自分の仕事が社会や人のために役立っていると感じられること。こうした些細な行為で、人は自分が生きていること、生きる価値があることの実感を得られる。社会から排除されるのではなく、必要とされたとき、自ら命を絶とうとする人々は死を思いとどまり、本当の「豊かさ」を感じられるのではないだろうか。
 最近のテレビや雑誌、マスコミの報道などメディアを通して「セレブ」という言葉をよく耳にするようになった。日本では「金持ち、優雅、ゴージャス」といった意味合いで用いられることが多い。きらびやかな服をまとい、専属シェフが作る料理を食べ、果ては自家用ジェットで海外旅行!自分の現在の生活と比較して、そうした非日常的な「セレブ」へのあこがれを抱く人々が増えているような気がする。その一方で、今日食べるものにも困るような生活を送る人々が溢れている。
 私は決して「セレブ批判」がしたい訳ではない。自分にないものを求めるのは人間の常である。ただ1つ言いたいことは、日本が二極分化してしまっているということだ。金持ちがいわゆる人生の「勝ち組」となり貧乏は「負け組」という定式ができてしまった。 カネとモノさえあれば豊かな生活が送れると考えている人はおそらくいないだろう。しか し、セーフティネットが崩壊し、年金もきちんともらえるかわからない日本社会では「カネ」という目に見える価値以外、信用できるものがなくなってしまったのだ。
 しかし、お金を貯めることに際限はなくとも人生という時間には限りがある。どのような人生を望むかは自由であるが、人生にとってお金は手段であり、目的ではないはずである。事実、都市部からまったく地縁のない田舎へ移り住み、就職するIターン者は増加している。そうした人々は「企業戦士」への道ではなく、豊かな自然を感じながら働く道を選んだ。こうした動きは過疎化と高齢化の進んだ地方にとっても活性化をもたらす。どちらが 正しいということはない。
 国会では新たに製造業派遣、日雇い派遣を原則禁止する労働者派遣法の改正案が審議さ れている。確かに派遣労働者の労働条件は改善されなければならない。けれども労働条件の改善は働いているからこそ求められることである。派遣という形ですら働けなくなれば 多くの人は本当に職を失うことになる。いま現在、派遣として働いている人々の存在を無視し、今後の対策もできていない中で、単に「派遣という形をなくせば良い」というのはあまりに安易な考えに感じる。
posted by GHQ/HOGO at 08:13| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

生きやすい社会を目指して−最低限度の生活とは もはや「個人の問題」ではない

 仕事が見つからないのは「個人の努力不足」、自殺するのは「個人の責任」、豊かな社会は「個人の心の持ち方次第」。日本はいつのまにか自己責任社会になってしまった。日本の 治安は世界的に見れば良いほうで「安全」かもしれない。けれども、「安心」して生活できる国ではなくなった。なぜなら、雇用不安、生活不安、将来不安に絶えず悩まされているからだ。これらは少なからず「個人の問題」 ではなく、「社会の問題」として捉えなければならない。雇用や社会保障といったセーフティネットの崩壊、資本主義国としての日本の社会構造の欠陥が引き起こした問題なのだ。 そもそも、福祉という社会の共有財産である生活基盤やセーフティネットを整備することは、「国を強める」という目的を持っている。セーフティネットがちゃんと張られているからこそ、思い切ったチャレンでき、社会に活力が生まれる。足元の不安を解消し、社会の活気を促進して支えることがセーフティネットの役割なのである。
しかし、これら は国民の税金によってまかなわれている。そのために、「貧困に陥ったのは個人の問題なのに、なぜ自分たちがお金を出さなければならないのだ」と言われる。セーフティネットを単なる「負担」ではなく国民に対する直接の「投資」と考え方を転換する必要がある。 さて、これらの解決には政府・自治体・民間団体・NPO などさまざまなレベルでの連携が必要不可欠である。自殺を考えている人は誰にもその悩みを打ち明けようとしない場合が多い。そうした人々の相談できる場としての「いのちの電話」や NPO 法人の「東京自 殺防止センター」。労働者のための「反貧困たすけあいネットワーク」といって活動団体がある。また、日本社会では自殺者とその家族に対する偏見は根強い。残された子供の就 職や結婚に影響するのではないか、兄弟親戚に迷惑がかかるだろうと案じ、死因を隠し続けている遺族も多い。自殺は当人ばかり注目されがちだが、こうした遺族の心のケアや 支援をする団体も存在する。問題はこうした支援団体の存在が、それを必要としている人々 に認知されていないことにある。
 個人の幸福を主観的なもの、として片づけることは最も簡単な片づけ方であるが、個人の幸福には、他人にも共通し、影響しあう共通部分がある。たとえば子供の教育問題 がその一例である。詰め込み教育からの転換を図るために導入されたゆとり教育では、学校は週 5日制になり授業時間は減らされた。しかし、それは同時に授業の質の低下も招き、受験勉強や十分に理解できなかった部分を補うために、塾に通う子供たちが増えた。ゆとりを育むどころか、逆に奪ってしまったのである。
posted by GHQ/HOGO at 07:57| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

ローマ字で「保護なめんな」とプリントされたジャンパーのエンブレム

 生活保護受給者の自立支援を担当する神奈川県小田原市の複数の職員が、「保護なめんな」「不正を罰する」などと、受給者を威圧するような文言をプリントしたジャンパーを着て各世帯を訪問していたことがわかった。
 職員が自費で作ったとみられ、市は16日、不適切だとして使用を中止させた。専門家は「生活困窮者を支えようという感覚が欠如している」と批判している。
 市によると、ジャンパーを着ていたのは、生活保護受給世帯を訪問して相談に応じるなどする市生活支援課のケースワーカー。在籍する25人の大半が同じジャンパーを持っていた。
 ジャンパーの背面には「我々は正義だ」「不当な利益を得るために我々をだまそうとするならば、あえて言おう。クズである」などの文章が英語で書かれている。
posted by GHQ/HOGO at 08:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

真の豊かさを求めて〜日本の再生〜

 「労働」を見つめなおす− 労働とは単に収入を得るだけでない。社会への貢献から自己の存在感を高め、そこで出会う人々との関係を深めていくことでより良い人生を築いていく。憲法にも定められているように、勤労は国民にとって義務であると同時に権利でもある。しかし、本来人々の生活を豊かにするはずの労働は、日本が先進国として経済競争を始めてから大きく変わってしまった。「低コスト・高利潤・高効率」が求められ、労働時間は長くなり、休日もまま ならなくなり、労働者はモノのように平気で使い捨てされるようになった。こうした状態 が続けば労働者の不満は溜まり、労働の質も低下する恐れがある。また、過度な競争・効 率社会は人間をも利己的にし、一方が利己的になれば、他者も自分を守るために利己的にならざるを得ないから万人は万人の敵になる。企業の優务は利潤の大小でのみ決めつけられる。これが今の日本の実態なのだ。
 しかし、社会は人間の労働によって成り立っている。労働の対価として受け取る賃金は、生活費であると同時に企業の生産物やサービスを買うお客としての需要作用を持っている。労働者は自分たちで作ったものを、再び賃金で買い戻しているのである。ところがこうした個人の消費支出は年々減尐していっているという。不況の中では個人消費が景気回復を左右するカギといわれているが、将来不安のために人々は財布のヒモを固く締めている。子供手当の多くが貯蓄されたのが良い例である。
 物が売れなければ、それを作る労働者も不要になる。そこで企業は労働者を解雇する。 その結果、失業者が増え、賃金は下がり、さらに需要は冷え込む。売れないからと言って価格を下げ、利益が上がらないと言ってまたリストラする。収入が減れば所得税も減り、 国の税収も減る。企業も国も、目先の利益を上げようとしては自分の首を絞めているのである。
 目先の利益追求の例を1つ紹介したい。例えば、ホームレス状態の Aさんが食べるものに困った挙句、おにぎりを1個万引きしたとする。前にも同じようなことをして再犯ともなれば、実刑を受け、3年ほど刑務所に入ることになる。刑務所に入るまでの過程やそこでの食事などには多くのコストがかかり、その額は1人の受刑者あたり1年で約5000万円と言われている。この人は食べられさえすれば万引きなどしなかった。その日食べることにも困るような状態を未然に防ぐことと、「自己責任」として万引きせざるを得ない 状況を放っておくこと。もちろん前者のほうがコスト的にも安く、Aさんの今後においても良いはずである。命や人権にかかわる問題に金銭問題を持ちだすのは間違いかもしれない が、もはや損得勘定をしなければ国は動いてくれないのである。
 もし今、一時的に労働者の保護や生活の保障により社会保障費が増えたとしても、このままAさんのような人々が拡大・増殖して国力の低下や社会不安、技術力の低下を招くことのほうが日本の未来にとってはマイナスであることは明らかである。労働が人間にとって生きるために必要であること、労働者が日本の未来にとって必要であることを再認識しなければならない。
posted by GHQ/HOGO at 07:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月20日

増加する自殺者 日本の自殺の動向

 現在、日本では自ら命を絶つ人々が12年連続で3万人以上となっている。警察庁発表 の数字では2009年の自殺者は3万2845人。これは同年の交通事故死亡者数 4914人の5倍以上の数字であり、1日平均で約89人、1時間に約3.7人、16分に1人が自殺している計算になる。また自殺未遂者はこの10倍はいると言われている。
 自殺の問題を考えるとき、時間軸で言うと2つのポイントがあると「NPO 法人自殺対 策支援センター ライフリンク」の清水康之氏は述べている。1つは1998年の自殺急増。日本の自殺者は長い間 2万人台で推移していたにもかかわらず、それが1998年になると 突如として3万2863人に跳ね上がってしまった点。もう1つは、なぜ増加したまま止まり、12年連続3万人超えという事態が続いているのかという点である。日本の自殺が急増したのはもっと正確に言うと98年の3月のことである。98年2月まではだいたい月2000人程度で推移してきていたものが3月から 3000 人ペースになる。98年3月は別の表現をすると97年度の年度末、決算期にあたる。97年といえば三洋證券、北海道拓殖銀行が 経営破綻に陥り、山一証券の自主廃業があった年である。山一証券では破綻した当日まで社員には何も知らされず、いきなり解雇が告げられたという。その年の年度末には日銀の短観が急激に悪化し、倒産件数も急増、98年3月には完全失業率が初めて4%台に乗 った。そういった社会経済状況の悪化に引きずられるようにして、自殺が急増したのである。そして「自殺は個人の問題」とされ社会的な対策が遅れる中で年間自殺者3万人という異常事態が続いているのである。これは本当に個人の問題なのだろうか。
 では、日本特有の自殺要因は何何だろう。警察庁が発表した2009年の自殺者のうち原因・動機が明らかにされているもののうち1位は健康問題で 1万5867人、2位に経済・生活問題で8377人、3位に家庭問題4117人となっている。 
 健康問題のうち6000人以上が「うつ病」だといわれている。また職業別に自殺者数を みると「無職者」が 1万8722人で全体の57%を占め最も多く、次いで「被雇用者・勤め 人」、「自営業・家族従事者」、「学生・生徒等」と続く。「無職者」というよりは「働きたいが仕事先が見つからずに苦悩していた人」と解釈した方がいいかもしれない。
 年齢別では「50歳代」、「60歳代」、「40歳代」の順に多く、これらの年代はすべて前年より増加して いる。もちろん自殺に至るまでにはさまざまな要因が複雑に絡み合っている。個人的な問題も 多いだろう。しかし、原因を探っていったとき「健康問題・無職者」という 2つのキーワードは何年経過しても変わっていない。やっと就職できたと思っても派遣社員で、いつクビを切られるかわからないという恐怖に怯えながら毎日何十時間も働かされる。そうして心労が重なりうつ病になり死を選ぶ。会社の経営の悪化から長年勤めた会社を50歳過ぎで突然リストラされる。退職金もままならない。いまさら高齢の自分を雇ってくれる会社もなく、老後に不安をおぼえ自殺に至る。こうしたことから自殺と労働は切っても切れない関係にあることがわかる。今回は特に日本特有の原因とも言える「過労死」について検討する。
 「過労死」という言葉はいつのまにか登場し、いつしかその言葉の意味に驚かされないほど日本に定着してしまった。それどころか日本のみならず「KAROSHI」として世界各 国でそのまま用いられ、日本人の悲惨な労働実態を象徴する言葉になってしまった。「過労死」とは長時間のサービス残業や厳しすぎるノルマ、休日なしの勤務を強いられた結果、 過労やストレスが原因となって心臓発作や脳溢血により突然死することである。自殺の原 因・動機の4位に勤務問題が挙げられているが、「過労死」の多くはそれに至るまでに食欲減退、寝不足からの「うつ状態」を伴うことが多い。つまり自殺の原因・動機の1位で ある健康問題にも通じているのだ。突然死と自殺は異なるのではないかと思うかもしれな い。しかし、当人が自ら死ぬこと以外でその過酷な現状から抜け出す方法が見つからないほど追いつめられていたとすれば(「ゆるやかな自殺」)、この2つは同じことではないだ ろうか。
 80年代は年間労働時間が2000時間以上の年が続き、日本の経済発展は「働きすぎ」がもたらしたものとして国際的に強く批判された。その後、「新前川レポート」で2000年 に向けて他の先進国を下回る1800時間程度を目標とすることが決められ、1988年には労 働基準法が改正に伴い、法定労働時間が48時間か40時間へ段階的に引き下げられた。 同時に、90年代には週休2日制も多くの企業で導入された。ところが数値だけでは他の先進国と大差がなくなったように見えるものの、実感的に労働時間が減ったと感じられないのはなぜなのだろうか。その答えの1つは2000年に導入された裁量労働にある。裁量労働に成果主義賃金を取り入れている企業の場合、その労働時間は無制限になりやすい。残業をしても裁量のため残業手当はつかない。残業代が残業の歯止めになっていたのに、余分な賃金を支払わずに済むようになった会社は「君の処理能力が低いから仕方ない」と言わんばかりに働かされる。たとえ週休2日でもこうした人々は家にまで仕事を持って帰らざるを得ない。
 また都市部に行けば行くほど、通勤時間も長くなる。日本では片道2時間をかけて電車 とバスを乗り継いで通う人々がいると聞いたある外国人は「これは通勤ではなく旅行だ」と言ったという。朝から晩まで働き続ける日本人。「企業戦士」という言葉が示すように、日本人にとって会社は戦場であり、働くということは生死にかかわる戦いに等しいのかもしれない。
posted by GHQ/HOGO at 08:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

生活保護費を搾取する貧困ビジネス

「貧困ビジネス」という言葉をニュースでもよく耳にするようになったのはここ 2、3 年のことである。湯浅誠氏は貧困ビジネスを「貧困層をターゲットにしていて、かつ貧困からの脱却に資することなく、貧困を固定化するビジネス」と定義している。
ターゲットにされる貧困層は 幅広く、「ワーキングプア」や「日雇い派遣」、「生活保護受給者」、「ホームレス」、「ネットカフェ難民」、「多重債務者」などが挙げられる。しかもその多くは「ワーキングプア」であると同時に「ネットカフェ難民」など事態は複合化している。労働者供給事業の弊害も「貧困ビジネス」の一部であり、貧困層を対象にしたビジネスは昔から存在していたことがわかる。
それにもかかわらず最近になってメディアで多く取り上げられるようになったのは、貧困層の増加とともに従来とは異なる新たなビジネスモデルが登場したにより「貧困ビジネス」が目に見える形として認識できるようになったためである。
一口に「貧困ビジネス」といってもその中身は多種多様である。
たとえば偽装請負や違法天引きなどはあきらかに非合法な部類にあたる。違法天引きといえば 2007 年当時、人材派遣会社大手であったグッドウィルが「データ装備費」(実際には使い道が不透明)と称 して同社に登録し働いていた労働者の賃金から一労働につき200円を天引きしていた事件 は記憶に新しい。会社側はデータ装備費を任意で徴収していたというが実際には拒否権のない強制的な徴収であった。後にグッドウィルで派遣社員として働いていたスタッフら数 十人が不当に搾取された賃金の返済を求め提訴、昨年和解が成立した。しかし、不当な搾取が行われていた 12 年間の間にグッドウィルに派遣登録していたすべての人々に賃金が返済された訳ではもちろんない。たかが200円と思うかもしれないが、何百万人という登録者がいたことを考えるとその総額は数百億円に上る。メディアで報道されてからこうした天引きを廃止する企業が増えたものの、不当な搾取が人材派遣業界では暗黙の了解として認識されていたことが派遣社員の労働環境の悪さ、弱い立場を物語っているのではないだろうか。当然の報いとも言えるが、真面目に働く人々から姑息な手段で金儲けをたくらんだグッドウィルは会社として何よりも大切な信頼を失い、廃業に追い込まれた。
 こうした中、数ある「貧困ビジネス」のなかで最近キーワードとされているのが「住宅」である。住む所がなくなれば人は無抵抗になる。その弱みにつけこんだ典型例がゼロゼロ物件や無料低額宿泊書、囲い屋と呼ばれるビジネスであり、これらは法的には違法かどう かの判断が難しいグレーゾーンの場合が多く取り締まりが進んでいない現状がある。
 @ ゼロゼロ物件
ゼロゼロ物件とは入居の際に必要な敶金と礼金がいらない物件のことである。場合によっては普通では考えられない保証人不要ということをうたい文句に低所得者を歓迎するような広告をだしている不動産会社も存在する。昔は敶金と礼金をとらない分家賃が高め に設定されていたが、今では通常の相場と変わらない賃貸物件が多い。住居費すら支払うことが困難で「ネットカフェ難民」が増加する中、まとまったお金がなくとも借りられる ゼロゼロ物件は貧困層にとって大きな魅力となっている。
ところが、家賃の支払いが少し遅れただけで部屋の鍵を付け替えられ、締め出された挙句に高額の違約金を取られるというトラブルが増加している。もちろん、あらかじめ契約書をきちんと確認しなかった借り手側にも反省すべき点はある。しかし、初めから支払いが滞ることを予期できる貧困層にターゲットを絞り、ビジネスを展開していることは無視できない。
A 囲い屋
囲い屋とは路上生活者などに自身が保有する住居を提供する代わりに生活保護を申請させ、自治体から支給される生活保護費から家賃などを天引きする業者のことである。家賃だけにとどまらず食事の提供や電気代という名目で保護費の8割近くを天引きする例もあり、実際に申請者の手元に残るお金はほとんどない。
囲い屋のビジネスの手口は実に巧妙である。彼らのターゲットは公園などで生活している路上生活 者だ。そうした人々を対象におにぎりやみそ汁、うどんなど温かい食事を無料で定期的に提供する。その繰り返しによって飢餓感から解放された路上生活者たちは囲い屋に心を許し始め警戒心を解くようになる。そこで住居と食事の提供を約束すると同時に生活保護を申請するように話を持ちかけるのだ。食事という餌をまけば、囲いこむ住人を何人でも釣り上げることができるため、囲い屋は公園のことを「釣り堀」と呼んでいるという。
貧困ビジネスの根底に共通しているもの、それは「とにかくどんな手段を使ってもいい から、取りやすいところからお金を取る」という考えであり、もはや人を人として扱う 尊厳などそこにはないのである。
posted by GHQ/HOGO at 07:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

不正受給防止対策と餓死 「オニギリ食いたい」52 歳男性、餓死

2007 年7月11日、北九州市で 52 歳の男性が「オニギリ食いたい」と日記に残し餓死した姿で発見されたという報道は多くの人々に衝撃を与えた。この事件が国民にとって生 活保護行政の現実を知り、在り方を考えるきっかけとなったことは言うまでもない。
元タクシー運転手の男性は糖尿病やアルコール性肝障害のために事件の1年ほど前に仕事を辞め、生活保護を申請していた。2006 年の12月には生活保護が開始されたものの、 その2ヵ月後には病院で「就労指導可」と判断され、ケースワーカーに積極的な求職活動を促された。その後、4月2日に「自立して頑張る」との申し出があり、4月10日付で保 護を辞退するとの辞退届が提出され、男性の保護は廃止された。しかし男性が亡くなる2,3ヵ月前の日記にはこう記されている。
 4月5日「体がきつい、苦しい、だるい。どうにかして」
5 月 25 日「小倉北の職員、これで満足か。人を信じることを知っているのか。3月、家で聞いた言葉忘れんど。市民のために仕事せんか。法律はかざりか。書かされ、印まで押させ、自立指どう(導)したんか」
男性は生活保護を打ち切られて以降、肝硬変なども患っていることを周辺住民にもらしており、病状は回復傾向にはなかったことがうかがえる。ときには道端に生えている野びるなど、食用の草なども食べて飢えをしのいでいたという。「オニギリ食いたい」の日記は6月5日に記され、それ以降日記が更新されることはなかった。こうした報道に対して北九州当局は「(辞退届は)男性が自主的に出したもので市の対忚 に問題はない」と主張。「生活保護制度を活用して短期間のうちに自立できたモデルケースだった」と自信に満ちた記者会見を行い、市長までもが「市の対忚に問題はなかった」と発言した。これらの発言は、北九州市で水際作戦が日常化していた何よりの証拠である。 男性の日記からも辞退届は自らの意思で提出されたものではなく、強制的に書かれたことが明白である。たとえ辞退届の提出があったとしても、収入の実態を調査せずに生活保護を廃止するのは生活保護法に違反する行為である。北九州市で生活保護にからむ餓 死・自殺事件は 2005 年〜2007 年の 3 年間の間で4件も起こっている。2007 年 6 月には 小倉北区に住む61歳の男性がアパートのベランダで首を吊って自殺しているのが発見された。男性は病気を患い入院している間は生活保護を受給していたが、退院後ケースワーカーから「働かん者は死ねばいいんだ」という暴言や執拗な就労指導にあい保護が廃止された(保護廃止理由は北九州市が公表を拒否しているため不明)。 その後も申請を試みるものの何度も断られ自ら命を絶つ結果に至った。
そもそも生活保護は自立を助長するためのものである。「自立して頑張る」ために生活保護が必要な手段として利用されるべきなのであり、生活保護を受けないことが真の自立では決してない。
 北九州の4件の餓死・自殺事件の中には、申請書すらもらえずに死に至ったケースもある。こうした「申請拒絶」は全国的に問題とされており、何も北九州市に限ったことではない。それにも関わらず「ヤミの北九州方式」などと問題視されるのは北九州市が生活保護行政にあってはならない「数値目標」とノルマを設定し、正当業務として認めていたためである。元北九州市の職員であり、ケースワーカーとしても働いていた経験がある藤藪貴治氏は、市の職員時代「生活保護費は絶対に300億円を超えてはならない」という「300 億円ルール」の存在を同僚から耳にしていたと著書で述べている。また福祉事務所の職員1人当たり、「申請書の交付は月5枚まで」、「廃止は年 5件」などとノルマ化したり、2005年度の門司福祉事務所運営方針では年間申請件数を184件と具体的に限定していた。上記のルールの下では6人目の申請者はたとえ要件を満たしていても申請拒否され、実際はまだ保護が必要な状況でも「辞退届の強要」が行われて廃止に追い込まれるということになる。改めて言うが、「申請拒絶」と「辞退届の強要」は生活保護法に違反した行為である。いつ、誰が、どのような貧困状況に陥り生活保護を必要とするかわからない中で予算やノルマのほうが人の命よりも優先されてしまっていたのだ。 ほかにも歴代市長が全福祉事務所長に1ヵ月の廃止件数を競わせ人事査定をしていたという。福祉の世界にあってはならない競争原理が持ち込まれていたのだ。もちろん、生活困窮者にどれだけ生活保護をきちんと受けさせたかという競争ではなく、生活保護をより受けさせず、より多く受給廃止したほうが勝利とされる競争である。まさに「福祉」が人を殺す場面が日常化していたのだ。 こうして北九州市は独自の生活保護切り捨てシステ作り上げ、徹底して行った結果1967 年から40年間で保護受給者は一気に5分の1 まで激減した。
 40 年前の北九州市は 炭鉱の閉山などにより失業者が大幅に増え、生活保護受給者は全国平の約4倍半にものぼっていた時期でもあった。それに対して旧自治省は「保護費の削減」を求め、北九州市は旧厚生労働省から天下り官僚を受け入れ、保護費削減の対策に乗り出しのだ。その結果が保護受給者の減少につながったのだ。国は1980年代には北九州市を「適正化(123 号通知に基づいて生活保護の審査が行われている)」の「モデル福祉事務所」として高く評価、全国の福祉事務所幹部の研修先にまでしていたという。一見するとこうした実態の責任は現場の北九州市の職員だけにあるように思われがちである。しかし、過去に遡ってみれば ヤミの北九州方式を作りだし、システム化し、推奨して全国に広めていったのは天下り官僚、つまり国である点を考えると、これは国主導で行われた「棄民政策」と言っても過言ではないのである。
posted by GHQ/HOGO at 07:46| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

ケースワーカー不足

生活保護の現業機関は福祉事務所である。福祉事務所で働き、生活保護世帯を定期的に訪問し要保護者と面談し、生活保護の決定・実施に必要な調査を行う職員のことを ケースワーカーと呼ぶ。
しかし、いま要保護世帯の最低限度の生活保障と自立助長のため に欠かせないケースワーカー不足が深刻化している。全国主要 74 市・区の半数に当たる 37 市・区で、1 人当たりの平均受け持ち世帯数(2009 年度)が 100 世帯超の「過重負担」に なっているのだ。受給希望世帯が急増する中で、自治体によるケースワーカーの確保が 追い付いていないのが現状である。
ケースワーカーの主な役割は自立に向けた生活指導で あるが、面談を通して保護費の不正受給がないかどうかのチェックも担う。このため後に 述べる「貧困ビジネス」を見逃している原因のひとつにケースワーカー不足があると考えられている。こうした過重負担ほかにも多くの弊害を招く。本来ならばじっくり時間をかけて申請者と面談を行わなければならない問題であるはずが、人数をこなすためには 1 人当りにかける時間を短くせざるを得ない。また、生活保護費の受給は申請者当人にとって生死に関わる重大な問題であり、そうした相談に日常的に対忚するケースワーカーには 過度な心理的ストレスがかかっている。その結果、自分の仕事をこれ以上増やしたくない がために相談以前に窓口で門前払いをしてしまう懸念が生まれる。
また、ケースワーカー 自身が仕事に忙殺され、燃え尽き症候群やうつ病を発症してしまったりと身体的・精神的 に異常をきたすケースワーカーも少なくない。制度に対する申請者の誤解とケースワーカーの誤った指導が行われることもある。
 また、実際に生活保護を利用したいと考えてもどこへ行き、誰に相談し、どのような書類を用意すれば良いのかわからない。あるいはどの程度生活に困窮すれば認可されるのかがわからない。生活困窮者の多くは孤立状態にあり、こうした疑問や悩みを抱いても解決策を見つけられない場合が多い。
たとえば資産や収入がまったくないときしか生活保護が受けられないというのは間違いである。働いて年金を受け取っていてもそれらの総額が国の決めた最低生活費に満たな ければその不足分の生活保護費を受給することができ、生活用品もその地域で普及率が一 定以上あるものは保有が認められる。あらゆる資産をすべて売却して生活費にあてる必要 はない。
また親や兄弟といった親族からの支援を必ず受けてからでなければ受けられな いというのも、現場のケースワーカーですら誤解者が多い間違いである。もちろん、生活保護制度を利用する前の資産調査(ミーンズテスト)の際に、可能ならば親族からの援助が求められる。しかし、福祉事務所に「相談」にいく段階で事前に親族に援助を依頼したり、援助の確約が絶対要件というわけではない。けれども現実にはこの要件を満たしていない がために、福祉事務所の窓口で門前払いをされるケースが後を絶たない。
ケースワーカーが故意に行っているのかはわからないが、指導方法が徹底されておらず、その監督が不十分であることは事実である。
posted by GHQ/HOGO at 08:36| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

生活保護が果たすべき役割と問題点 生活保護とは何か

もし私たちが何らかの原因で日常生活を送ることが困難になった場合、国が最低限度の生活を保障し、再び自立できるよう手助けすることを生存権に基づいて定めた法律が生活保護法であり、その救済措置が生活保護制度である。また生活保護制度は以下の4つの基本原理のもと実施・運営されている。
第 1 条 国家責任による最低生活保障の原理
第 2 条 保護請求権無差別平等の原理
第 3 条 健康で文化的な最低生活保障の原理
第 4 条 保護の補足性の原理
ここで特に着目したいのが第 2 条と第 4 条である。第 2 条を簡単に説明すると、生 困窮に至った経緯や原因、社会的身分を問わず生活保護の要件を満たせば無差別・平等に 保護を求められることを意味している。一方、第 4 条は基本原理のなかでも最も重要とされているものである。資産・能力などあらゆるものを活用し、親族などからの援助も頼み、 年金など他の制度・施策でもらえる給付があればそれをもらい、それでもどうしても最低 限度の生活ができない場合にはじめて給付が行われることを意味している。
ただし、事態が期間の猶予を許さない切迫している場合はこうした活用の有無は一時的に保留される。 上記の 2 点に着目する理由は本来ならば第 2 条の原理に基づいて、貧困状態にあるという事実さえ存在すれば認められるはずの生活保護を申請する権利が、実際には機能していないからである。全国の福祉事務所で申請書すらもらえず追い返されるという事例がある。これは当時、暴力団関係者などによる生活保護費の不正受給が相次いだことによる対策として行われた。内容は自治体に生活保護を申請する際、申請者から資産や収入の具体的申告照会のため一括同意書を提出させるというものであった。
その後、稼働能力や親族からの援助を受けなさいなどのハードルを設けて申請書を渡さず、生活困窮者を生活保護から排除する申請拒絶が広まり、水際作戦はどんどんエスカレートしていった。第2条の「保護請求権無差別平等の原理」とは裏腹に第 4 条の「保護の補足性の原理」が必要以上に強調され、「自助努力不足」の一言で一蹴されるのが現状なのである。
生活保護は公的扶助に属し、健康保険や年金保険を含む社会保険と並ぶ日本の社会保障制度の1つの制度体系である。「最後のセーフティネット」として貧困問題を最低限の水 準で食い止めるために必要不可欠な制度なのだ。それにも関わらず制度の実態からは本当に生活困窮者を救おうとする動きが感じられない。
posted by GHQ/HOGO at 08:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

セーフティネットの崩壊

雇用のネット・社会保険のネット・公的扶助のネット−日本はこれまでこれらの三層のセーフティネットから成立していた。しかし、今日の日本社会ではこれら安全と思われて いた重層な三層のセーフティネット構造が崩壊しつつある。
バブル崩壊後の平成の長期不 況下ではコスト削減を目的に正規から非正規への雇用代替が急激に進んだ。非正規労働者とは一定期間の短期契約で雇用される労働者のことで、パート・アルバイト・契約社員・ 派遣社員を広く含む呼び名である。政府の規制緩和により派遣社員が大幅に雇いやすくなり、いまやその数は全労働者の3割を超えていると言われている。
グローバ ル化という時代の流れの中で、いかにコストを削減していくかということに企業の生き残りがかかっている。人件費が安く、不必要になればいつでも「雇い止め」と称しクビが切れる。企業の存続と同時に日本経済が不況を脱するための手段として好都合な社員の非正規化は当然のことのように進められていったのだ。いまだかつて正規雇用を募集しても人が 集まらず、非正規雇用を自ら望む人たちが多数を占めたという時期はない。働く人たちの 意思とは別のところで事態は進められたのだ。非正規労働者は正社員に比べ安定した地位もなければ、賃金も安い。そのため働いても苦しい生活から抜けられず、働く場そのものから追い出されるという形で雇用のネットから社会保険のネットへと転落してしまったのである。
二層目の社会保険のネットでは雇用保険や健康保険といった多様な制度がふくまれているが、非正規労働者の尐ない賃金ではその日、その月を生きることに精いっぱいで支払う余裕がない。またここ数年、国民年金保険の未納問題が大きく報道され無年金で老後を迎える人々がどんどん増加している。しかしこの中には「払わない」のではなく「払えない」人も多く、「払わない」人の中にも「消えた年金問題」など一連の政治への不信があることも忘れてはならない。体調が悪くなっても保険に加入していないために医療機関に行けず、老後に不安を抱えて生活を送らなければならない。社会保険のネットにも大きな穴 が空いてしまっている。
三層目の公的扶助のネットとは、所得等が一般的な基準値に満たない時に生活費、医療費などの扶助が世帯単位で受けられる生活保護制度のことである。しかし、自治体が生活保護費での出費を極力避けるためなどの理由で、本来必要としている人が生活保護を利用できないこともある。
posted by GHQ/HOGO at 09:11| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

労働の規制緩和がもたらした不安定社会 繰り返される労働者派遣法の改正

戦後の日本社会は終身雇用、年功序列によって支えられてきた。それが日本の高度成長をもたらしたという考えにも一理ある。しかし、80 年代半ば、この日本型経営に変化が見 え始める。これまで行政主導で公共工事を行い、与えられた仕事を何の文句も言わずにこなしてきた人々が異を唱え始めたのだ。行政による企業活動の制限に反対し、もっと自由に働ける場を求め始めた結果、男女雇用機会均等法と同じ 1986 年に「労働者派遣法」として施行された。この時の適用対象業務は 13 業務でソフトウェア開発、通訳・翻訳・速 記、秘書、建築設備運転などがあり、期間の上限は 1 年間とされた。
また、1980 年代半ばは日本電信電話公社⇒日本電信電話株式会社(NTT)、日本国有鉄道⇒JR 、日本専売公 社⇒日本たばこ産業(JT)などの民営化が次々と決定された年でもあった。その後も世界規 模で規制緩和の流れが進行し、国内でもバブル経済崩壊後の経済停滞を打破するために規制緩和の動きが高まっていった。
1996 年には派遣労働者の適用対象業務が 13 業務から 26 業務に拡大され、1999 年には対象業務が一部を除いて原則自由化となった。それまでの「原則禁止、一部適用」という姿勢から、「原則自由、一部禁止」という姿勢へと大きく方 向転換する。ただし、港湾運送・建築・警備・医療といった専門性と危険を伴う職種、お よび製造業は認められておらず、派遣期間は新しい対象業務は 1 年、既存の 26 業務は営業、販売職を除いて 3 年とされた。
こうした中で大きな変化がみられたのは構造改革、「改革なくして成長なし」のスロー ガンのもとで行われた小泉内閣による労働の規制緩和、2003 年の大改正である。これによ りこれまで禁止されていた製造業の派遣が解禁された。2004 年まで認められてこなかった 理由は、第二次大戦前にあった労働者供給事業の弊害が挙げられる。労働法が十分に整備 されていない時代、求職中の弱い立場の労働者に就職をあっせんするビジネスが生まれた。
しかし、その実態は強制労働や労働者の賃金をほとんど取り上げる悪質なものであった。 労働者の権利を守るため、戦後は労働者供給事業が禁止され、労働者派遣事業は、労働者 供給事業と同様の性質をもった部分があるため長く禁止されてきたのである。しかし、当時の小泉内閣の強い意向と国民の後押し、産業界の要請を受け製造業においては解禁され た。当時、中国などの低賃金の国に工場を移すケースが相次ぎ、日本でも低賃金で働く非正規労働者が必要とされたのである。こうしたグローバル化という社会環境の変化に伴い労働者派遣法は何度も改正されたのである。
posted by GHQ/HOGO at 07:41| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

現代日本が抱える貧困

「貧困」という言葉を耳にしたとき、人々は何をイメージするだろうか。こうしている今も世界のどこかでは多くの人々が戦争や紛争に巻き込まれて命を落としている。世界銀行は1 日 1 ドル以下に満たない所得で生活を余儀なくされる国民の割合のことを「絶対的 貧困率」と定義している。WFP の調べによると、飢餓による栄養不足から 6 秒に 1 人の 割合で子供が死んでいるという。
これまでこうした発展途上国の現状は、日本人にとって縁遠いことと認識してはいなかっただろうか。道のいたるところには自動販売機があり、少し歩けばコンビニがある。お金さえ払えば食料はいくらでも買うことができる。「飢死」などという言葉は 21 世紀の日 本においてはもはや死語に近いものであっただろう。それがここ数年でこれまで当然とされてきた認識は大きく崩れ始めた。日本でも餓死者が発見され たという報道が増え始めたのだ。それも抵抗力の弱い子供ではなく、成人した大人が飢えで死んでいくのだ。これは特殊な例ではなくなりつつある。
発展途上国で「餓死」するということ。つまり発展途上国が貧困に陥る原因は戦争や紛 争による政治的混乱、欧米諸国や日本をはじめとする先進国の「多国籍企業」が進出した 結果それらの国々から資源や富、労働力を奪ったことに起因する。皮肉なことにこうした「労働力の海外依存」が日本の繁栄と同時に貧困を生みだす原因の1つになってしまっている。なぜなら、これまで日本にあった工場が海外に移動することでそれまで働いていた人々は労働の場を奪われてしまうからだ。職を失った人々が選択できる道はそう多くない。派遣社員やアルバイトといった労働条件の整っていないワーキングプアや、ホームレ スとしての生活を余儀なくされる。
先の見えない生活への不安と恐怖から自ら死を選ぶ人 も尐なくない。こうした点からみても、発展途上国と日本で「餓死」や「自殺」が起こる ということはそこに至るまでの背景と原因の構造が根本的に違っていることがわかる。もちろん、貧困を定義する明確な基準は存在しない。個人によって捉え方が異なることを踏まえたうえで、こうした餓死や自殺の増加を日本における貧困問題として考えるべきだ。
posted by GHQ/HOGO at 07:47| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

増加する自殺者?

「貧困」とは何か。それはもはや経済的に困窮している状態だけを指すものではない。 警察庁の発表によると 2009 年の日本国内の自殺者数は 3 万 2845 人と 12 年連続 3 万人を 超えた。WHO が世界 103ヵ国から収集整理している自殺統計をもとに、人口 10 万人当たりの自殺率の国際比較ではベラルーシ、リトアニア、ロシア、カザフスタン、ハンガリーに次ぐ世界第 6 位であり、先進国のなかでは第 1 位となっている。日本より上位の国は 旧ソビエト連邦諸国や旧ソ衛星国の体制移行国であり、混乱期の社会変動による長引く経済不信が自殺の大きな要因であると考えられる。資本主義国として発展を続け、先進国と呼ばれて久しい日本とは国内環境が大きく異なる。
この自殺率の高さこそが日本における貧困」を象徴しているのでないのだろうか。いくら働いても苦しい生活から脱却できないワーキングプア、働きたくとも健康上の問題などから働けない人々、自殺に追い込まれるまでの過程には個人のさまざまな事情があることは言うまでもないことである。
しかし、日本には生活保護制度という最後のセーフティネットが存在している。だが実際に利用している人々はほんのわずかであり、利用したくとも窓口で門前払いされる人、周囲の目を気にして申請しない人があふれている。また「貧困ビジネス」と呼ばれる貴重な生活保護費を搾取する悪のビジネスも横行している。
政権がめまぐるしく交代していく混乱の中で、日々の食事もままならない生活を送る 人々が助けを求めている。どうすればそんな彼らが生きることに希望を見いだせる社会を 取り戻せるか。
posted by GHQ/HOGO at 07:38| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

特養に入れない認知症妻を介護する78歳夫の苦労

 埼玉県内の男性(78)は、自宅で妻(84)と2人で暮らしている。最近妻の物忘れがひどく、買い物のときに迷子になって、交番から連絡が来るようになったという。あるとき、電車で1時間も離れた街に行ってしまったこともある。
 長男は関西地方で働き、長女は結婚して福岡に住んでいて、盆暮れ正月しか戻ってこない。男性は妻の認知症を疑っている。これ以上症状が進むと、面倒を見切れなくなる。自宅で生活できなくなるのではないか。かといって高額の施設に入るお金もない。子供にも迷惑をかけたくないのだ。
 夫婦の全収入は2人の年金月額約22万円。このレベルなら、以前は月額5万〜8万円程度の費用で特別養護老人ホームに入れていた。しかし2015年4月、特養への入所条件が「要介護3以上」に変更され、要介護1、2で認知症などを患う人たちが特養に入れない事態が発生した。
 地域包括支援センターのケアマネジャーに調べてもらったところ、男性の妻は要介護2判定だった。現状では特養入所は難しく、週3回程度の在宅ケアでしのいでいる。男性も高齢のため、老老介護がいつ破綻するか分からない。こうしたケースで近年、子供の介護離職が発生することが社会問題化している。
  厚生労働省の就業構造基本調査(2012年)によると、前の年1年間の介護離職者は全国で約10万人に上った。中高年の子供が親の介護のために一度離職すると、同条件での再就職はかなり困難。再就職しても賃金は以前より下がり、収入や蓄えが減って今度は自分の老後を不安定にする。
 生活保護基準相当か、それ以下で暮らしている年金受給者は少なく見積もって700万人、多く見積もると1000万人を超えると言われている。貧困寸前の状況は、介護や病気をきっかけに、子供世代に直接影響するのである。
posted by GHQ/HOGO at 07:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月09日

生活保護基準に届かない年金受給者の暮らしは?

 埼玉県内の病院で清掃の仕事をしている74歳女性は、3年前に夫を亡くし、月額12万円の遺族年金で暮らしている。週4回、早朝や閉院後に院内を清掃している。時給900円で1日4〜5時間働き、月10万円弱を稼ぐ。遺族年金と清掃の賃金で収入は月約22万円。74歳の高齢女性が、年金だけでは食べていけないからと、働き続けている。
 「足腰が悪くなり、仕事を辞めたいのだが、どういう制度を使えますか」という相談。いろいろ調べたところ、彼女は生活保護を受けられないことが分かった。預金が40万〜50万円あり、医療費もそう多くかかっていないため、保護基準に届かないのだ。
 1人で暮らすにしても、1ヵ月20万円前後は必要である。遺族年金12万円だけでは、家賃と医療費、国民健康保険料、介護保険料を払うと残りわずか。孫が遊びに来たときぐらいはお小遣いを持たせてやりたい、地域の冠婚葬祭や老人会の付き合いにも出たい、というのが人情。最低限の社会生活を維持するために、働き続ける必要があるのだ。
 女性の一番の不安は、もし働けなくなったらどうするか、というもの。その場合、収入は遺族年金だけになるのだ。家計をやりくりしてもらうことぐらいしかアドバイスできないのだ。家賃4万円のアパートから、家賃が安い公営住宅に移る、国民健康保険料の減免措置を申請する−−など、使える制度をなるべく使って、何とか生き延びてもらうほかない。
 無年金や病気で働けない場合はすぐ生活保護につながるが、年金が生活保護基準スレスレか、少し超えている、持ち家がある、地域によっては自家用車を持っている−−と、生活保護を受給できないことが多い。
 そのような人たちは低賃金で働き、生活費の不足分を補っている。また、自分や配偶者の医療費、介護費用を工面するために働く、という人も増えている。「フルタイムで働かないと補えない」「死ぬまで働かないといけないし、働けなくなった時は死ぬときだ」という人までいる。
posted by GHQ/HOGO at 08:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

膨らむ「生活保護寸前」高齢者

 40代に突入した就職氷河期世代は10年後、「親と共倒れ」の世界に直面する。その親世代の貧困はすでに先行している。生活保護受給世帯だけでなく、生活保護を受けてもおかしくない「高齢貧困層」がじわじわと増えている。厚生労働省が発表した「生活保護の被保護者調査」(2016年3月分)によると、生活保護受給世帯に占める65歳以上の高齢者世帯の割合は、初めて5割を超え、50.8%になった。
 受給世帯数は163万5393世帯で過去最多。受給者実数は216万4154人。高齢者だけか、高齢者と18歳未満の子供で暮らすいわゆる「高齢者世帯」が、全体の半数を超える82万6656世帯。高齢者世帯の半数超えは、1950年の生活保護制度スタート以来初めてである。このうち約9割は1人暮らし世帯だ。
 高齢貧困層は今後さらに増えることが予想される。中でも注目すべきは、生活保護受給世帯だけでなく、保護基準に届かず、生活保護制度の外側にいる実質貧困層の増加である。わずかな年金と低賃金労働で生きる「生活保護寸前層」が膨らんでいるのだ。
posted by GHQ/HOGO at 10:03| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

「子育てはぜいたく」というのが、貧困世代の本音

非正規雇用、年金問題などで将来に不安を抱える若い世代には、結婚して子供を産むという当たり前のことさえ、贅沢になってしまっている。これは何も誇張ではない。
 少子化問題を貧困問題とセットで考えることなく、結婚・出産しない若い世代だけのせいにしてしまう中高年の方々が、残念ながらまだ多い。実際、2016年1月には、千葉県浦安市の成人式で、市長が「人口減少のままで今の日本の社会は成り立たない。若い皆さんにおおいに期待をしたい」と発言した。しかし、期待をする以前に大事なことは、若者たちの現状に対する、豊かな想像力だ。
 大人たちには、子供を産みたくても産んで育てるほどのゆとりがない若者たちの姿が見えていない。子育ては贅沢というのが、貧困世代のホンネである。
ましてや、貯蓄などの資産形成もできない。そんな多くの若者たちは生活保護受給者予備軍であり、下流老人予備軍であり、それは相当に分厚い層をすでに形成している。貧困世代を放置すれば、近い将来、社会保障や社会福祉の対象として厳然と現れてくるだろう。いまから手を打てる限り、打っておくべきなのだ。
posted by GHQ/HOGO at 08:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月06日

「1億総下流老人社会」が到来する

 現在年金を受け取る立場の人よりもさらに現役時代の賃金が低い場合は、生活保護基準を割り込んだ年金収入しか老後に得られないことは明らかだ。若者の貧困と高齢者の貧困は相当に関連性があり、密接なつながりを有している。いまここで対策を打たなければ、「1億総下流老人社会」が到来することは目に見えている。
 にもかかわらず、若者たちへのまなざしや支援の希薄さは顕著である。下流老人や貧困世代の抱える問題は、もはや個人的な問題ではなく、社会政策として対応を求められているのだということは繰り返し強調しておかなければならない。
 現在の雇用形態や賃金が続けば、生活保護制度を利用せざるを得なくなる人々が、ちらほらというレベルではなく、間違いなく膨大な数に及ぶ。これは社会保障制度の根幹にかかわる問題である。
 国税庁の調査によると、日本の民間企業の従業員・役員が1年間に得た平均給与は、415万円とされる。この平均年収が40年間続くことを前提すると、前述したとおり、老後におよそ月額16万5000円の年金が支給される。
 東京都23区の生活保護基準額は、生活扶助費と住宅扶助費(上限額)を合計して、約14万円程度(単身世帯の場合)である。その場合、福祉事務所が継続的に生活保護を必要としなくなるための水準(生活保護自立水準=生活扶助基準+住宅扶助特別基準+基礎控除100%)だと想定しているのは、約17万円強である。
 この基準に医療費や各種税金、保険料などの減免も入れれば、東京都23区内において、1人で健康で文化的な生活を送るためには、20万円程度必要であることが理解できる。年収にすると、1人暮らしの場合、240万円程度は手取りとして必要な金額と言えよう。年収が平均程度の会社員でも、老後の年金水準では、都内23区に住み続けることが困難な指標だ。だから、正社員にはなれなかった若者たちが年老いたときに、現在同様、年金以外のセーフティネットが整っていないなら、生活保護でしか生活を維持できない世帯は明らかに増えるだろう。
posted by GHQ/HOGO at 08:16| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

生活保護受給者の爆発的増加は避けられない!

 「貧困に陥った若者が、「下流老人」になる未来 生活保護受給者の爆発的増加は避けられない 。「若者の貧困」は、最終的に財政負担の増大に行き着くだろう。高齢者の貧困問題について、『下流老人』(朝日新聞出版)が出版されている。そのなかで、若者の貧困と高齢者の貧困は密接につながっているということが書かれている。若者たちへの支援が十分でないと、彼らが年齢を重ね、老後を迎えた際の生活状況が凄惨なものとなる。
 消費意欲が高いにもかかわらず、多くの若者がすでに消費できない状況にある。下流老人の実態をテレビ報道などで目の当たりにすればするほど、若者たちは老後を憂い、保身的になり、萎縮してしまう。自分自身もああなってしまうのではないかと、不安に駆られ、消費行動にそれは現れる。モノを買ったり、積極的に何かを学習するなどの「自分への投資」をできる資金を稼いでいたとしても、老後のためにせっせと貯蓄に走る。
 定年を迎えた時、年金がもらえるかどうか分からず、自分の生活の先行きも不透明で、禁欲的な生活を送らざるを得ない。しかしそのことで結局、精神的にも豊かな生活ができず、ますます若者らしい快適な生活ができないという悪循環に陥ることになる。
 自動車を1つの例にとろう。1990年代以降、トヨタ自動車の国内販売台数と海外の販売台数は反比例している。少子高齢社会の特徴は、個人消費の落ち込みだし、日本を象徴する企業であるトヨタ自動車が過去最高益を上げていても、国内にはトヨタを買えない若者たちが大勢いる。過去最高益の背景は、海外の販売が好調であることで、もはや日本国内の消費は減り続けているのだ。
 しかし、若者が貯蓄に走れるならまだいいほうだ。これらの貯蓄をはじめとする資産形成ができない環境が貧困世代に急速に広がっている。若者の雇用環境と賃金、生活状況を見るかぎりにおいては、貯蓄するには極めて困難が付きまとう。経済学者の森岡孝二氏も、著書『雇用身分社会』(岩波新書)において、「労働者がさまざまな雇用形態に引き裂かれ、雇用の不安定化が進み、正規と非正規の格差にとどまらず、それぞれの雇用形態が階層化し身分化することによって作り出された現代日本の社会構造」が問題だと指摘する。
  森岡氏は同じ企業内において、厳然と身分が形成されていることを指摘し、非正規雇用と正社員の間にある「断絶」を問題視している。そのような雇用形態としての身分は、戦前にあった繊維産業の工場労働者における正社員と、差別を受けていた「職工」や「女工」のようであるとすら記述している。
 若者たちは、日々の生活を送るだけで精一杯だ。現代日本の社会構造の問題として若者の労働環境を是正しなければ、日本は生涯にわたって低賃金で不安定な階層を作り出し、温存していくこととなる。若者に自動車を買うなどの消費をするための余力を与えてほしい。
posted by GHQ/HOGO at 09:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

あなたも貧困層の仲間入り…9つの危険信号

 @ 食事が貧素になってきている
 お金がないくせに自炊はまったくせずにジャンボカップ麺やスーパーのタイムセールの菓子パンや惣菜ばかり食べていた…。栄養価の低い食事ばかり摂り、 食に気を配れなくなった私は当然のことながら貧困に陥った。
人の経済状態はその人の内面と行動を映し出す鏡である。マインドと健康に管理が行き届かない「だらしのない人」はお金においても、だらしなくなる。私がまさに「だらしのない人」だった。絶対に食を貧素にしてはいけない。教訓にしてほしい。
 A 生活が不潔化している
 ゴミをこまめに捨てない、洗濯をこまめにしない、部屋をこまめに掃除をしない、毎週布団を干さない、歯を朝晩きちんと磨かない、風呂に毎日入らない…こうしたことをあたり前のように やっている人から見れば、そんなことをできない人がいるのか、と不思議に思うかもしれないが貧困層の人は清潔にすることができない人が多い。事実、私は貧困時代に生活が不潔化していた。不潔な人からはお金はどんどん遠ざかる。あたり前のことができない人は危険信号だ。
 B パチンコにハマっている
 パチンコファンの皆様に申し訳ないが、あのようなギャンブルにハマって銀球やコインにお金を使ってしまうマインドのままでは遅かれ早かれ貧困層の仲間入りを果たす。私はもう2度とやることはない。パチンコの遊戯場で遊んでいる人たちの姿を冷静になって一度よく観察してみれば遊技場にいるのは貧困層の人間とその予備軍ばかりだと、わかるはずだ。ハマっている人にはなかなか それがわからないというのが困りものなのだが…。
 C サラ金でお金を借りている
 サラ金でお金を借りる人の末路は確実に貧困層である。かつてサラ金から合計300万円も借りてしまった愚かな私は貧困からの脱出に時間がかかった。サラ金地獄から脱出することは決して簡単なことではない。サラ金とは日本で貧困層を量産している悪のビジネスである。さわやかなコマーシャルに騙されてはいけない。
 D 寝てばかりいる
 貧困当時、私は休みの日は寝てばかりいた。なぜなら、寝ることは最も手っとり早い現実逃避だったから。貧困層にいる人は無気力な人ばかりだ。無気力な人は四六時中眠い。そして寝れば寝るほどもっと眠くなる。ホームレスの仕事は寝ることだ。収入を増やしたかったら、 休日に寝てる場合なんかじゃない。
 E 勉強嫌いになっている
 実は勉強嫌いを自覚していない人ほど厄介である。なまじ過去に少し勉強したことがある人はこの傾向がある。私がそうだった。自分は勉強しなくてもすでにいろいろなことを知っているといい気になっていた。それで貧困状態だったのだからお笑い草だ。いま生活の収入が足りてない人は勉強がまったく足りていない人、もしくは勉強の方向性が間違っている人である。それを自覚しないとあなたは貧困から逃れられない。
 F 自分は中流だと安心している
 日本は中流社会なんだから自分は貧困とは無縁だと私は思っていた。アルバイトは探せばいくらでもあるし働こうと思えば普通の暮らしは誰でもできると考えていた。でも、私は貧困に陥った。中流志向の人は競争心が薄い人達ばかりだ。中流は自分より下の暮らしを見てまだ自分は彼らよりマシだと比較して満足してしまうから中流貧乏になる。ときどき、日本を東南アジアの貧しい国と比較して日本は素晴らしいとか言ってる人がいるがそうした発想は正に中流貧乏人の発想だ。この資本主義社会では常に上を目指していないと いつでも転落に陥る可能性がある。いちいち下なんか見ている場合じゃない。下ばかり見ているとやがてあなたは下流の磁場に吸い寄せられることになるだろう。
 G 周りが貧乏な友だちばかりになっている
 収入は周りの人間環境の影響を大きく受ける。貧困な時代、私の周りの友達は貧乏思考の人ばかりだった。
周りの人間もタイムセール菓子パンを食べたりときどき風呂に入らなかったり、パチンコに行ったりしているから自分も大丈夫なのだ、これが普通なのだと勘違いしてしまう。周りが貧乏な友達ばかりということはあなたは既に貧困ワールドにいるということだ。友達は選んだほうがいい。
 H お金に興味がなくなっている
 お金に興味がなくなったとき 貧困はあなたの元に忍び寄る。お金持ちになれなくてもいいとか人生はお金じゃないとかそういうことは言う人は お金に興味がない人達だ。私も昔そんなことをかっこつけて言っていた。だから貧困になった。間違ってもお金を否定する言葉は口にしてはいけない。お金に興味がないからこそ貧困になるのだ。あなたの心が現実を作っている。今日から誰よりもお金が大好きな人間になろう。そうすれば、あなたは必ず貧困に勝てる。
posted by GHQ/HOGO at 07:29| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

貧困に陥らないために日本人の独身女性が肝に銘じておくこと

 日本の働く単身女性の3人に1人が貧困層に陥っているのをご存じだろうか。働く単身女性の3分の1が年収114万円以下で生活しているという。貧困層の定義は、月給10万円以下あるいは家賃を引いて8万5千円以下となっている。貧困女子の原因としては、まず、派遣やアルバイト・パートなど非正規雇用で給与が少ないことが挙げられる。離婚したシングルマザーも貧困に陥りやすい。母子家庭では貧困率は50%を超えている。シングルマザーの3人に1人が貧困状態にあるということだ。さらに20代のシングルマザーの貧困率はなんと80%で年収114万円以内で生活している。幼い子供を抱えて保育園代を払いながら自分1人で2人分を養っていくのがいかに大変かは誰でも容易に想像できるだろう。さらに都市部では待機児童の問題があり、母親が働きたくとも児童を預けられず、働けないことがさらに状況を悪化させる。
 貧困に陥らないためには何が必要なのか。
 @ 高学歴を身につける
 日本が学歴社会と言われて久しいが、アメリカも相当な学歴社会である。さらにアメリカの経済格差は、日本とは段違いに激しく、1%の超富裕層と99%の貧困層という二分された凄まじい社会になっている。富裕層であれば家庭教師を雇ったり、塾に通わせたり、子供の学問能力を引き出すためにさまざまな選択肢がある。富裕層は年間500万の有名私大授業料も払えるし、多額の寄付も可能だ。世界で一位・二位を競う教授を私学に呼び寄せることも可能だ。
 ところが貧困層は明日の食費を稼ぐことや来月の家賃を払うことで手一杯で、教育どころではない。学校に行くより、むしろ日銭を稼いできてくれれば、と思うのは当然のことだ。子どもも、経済的に苦しむ親を見れば、学校に行くより一日でも働いて家計を助けようと思うのが自然だ。
 貧困は伝染すると言われている。親が貧困であれば子供に十分な教育を与えられない。教育より1日も職について一家を経済的に支えることが望まれる。しかし学歴も職歴もスキルもない十代の子が就ける仕事といえば、工場労働者やファーストフードなどの単純労働など選択肢が極端に絞られてしまう。十分な教育がなければ給料の高い仕事に就くのは難しい。したがって子供も最低時給の仕事に就くしかなくなり、親と同じように貧困の道を辿ることになる。日本もこの方向に向かっている。したがって、貧困に陥らないための要件の1つは学歴だ。できる限りの学歴を身につけることである。
 ただし、気を付けたい点が1つある。大学費のために奨学金を利用する方も多くなっているが、返納しなければならない奨学金の利用はお勧めしない。大学卒業と同時に毎月2〜3万円の借金を返納しなければならないため、スタート時から大きなハンデを背負うことになる。就職したとしても、職が永遠に保証されているとは限らない。すでにシャープや東芝などの大手企業が何千人もリストラ する時代なのだ。職が保証されていると考える方がどうかしている。職を失った時点で、毎月数万円の借金が重くのしかかってくるのだ。
 したがって、財政的に許せる限りの高学歴を身に着けることがサバイバルの第一要件になる。まちがっても高校をドロップアウトしたりしてはならない。1つの分野に特化するか、2つ以上のスキルを身に着ける。もう1つがこれだ。生活の糧となる仕事においで、1つの分野に特化すること。専門分野を身につけるだけではなく、そこからさらに1つの分野を選んで特化させるのだ。たとえば会計士は専門職だが、この先IT化がさらに進み、AI(人口知能)がさらに活用され始めると、会計の仕事もロボットが取って代わる日が来るかもしれない。数十年先、ホワイトワーカーの仕事はほとんどAIによって取って代わられると警告する者もいる。そのため、たとえ専門職であってもロボットが及ばない分野に特化するのがサバイバルできる方法である。 ロボットはまだ「感情」を勉強していないので、「生き残る仕事」には精神性や感情を読み取る仕事が目立つ。
 また、100年も200年も代々続いているいわゆる「職人」というものも、この先も高確率で生き残る可能性が高い。たとえば日本刀の鍛冶職人。日本刀の発祥は平安時代末期とも古墳時代ともいわれているが、これだけ最先端技術があふれる社会でも職人が手作業で一から製造し、1000年以上も形を変えず生き残っているのである。ということはこの先1000年も日本刀は形を変えず生き残る可能性が高く、日本刀を造るのに熟練した技量を要する刀職人はこの先も生き残る可能性が高い。
 逆に言えば、誰でもできる仕事は避けなければならない。事務やサラリーマンなどはいくらでも代わりがきく。企業は今後ますますコストカットを進めていくので、あなたが月給23万円の35歳の事務員であれば、企業は月給16万円で20歳の事務員を雇おうとする。移民政策を進める日本政権下ならば、月給3万円の東南アジアからの事務員を雇おうとする。代替のきくサラリーマンを選ぶことは、間違いなくリスクを含んでいる。
 また、スキルを2つ以上身に着けることもサバイバル能力を高めることにつながる。たとえば英語と日本語の二か国語は話せる人は多いが、プラス中国語の三か国語を話せる人は少ない。あるいは英語ができてプログラミングもできるなど、それだけであなたが仕事を得る可能性は高くなる。
A 質素な生活、倹約、貯金に励むべし
 高度成長期だろうが不景気だろうが、貧困に陥らないためのサバイバルの基本は、質素な生活を送り、倹約を習慣にし、貯金に励むことだ。これができてなければ、年収1000万だろうが2000万だろうが、いずれ金を食い潰す。
 数年前からミニマリストという言葉が流行りだしたが、これは時代に合った至極まっとうなサバイバル方法であると言える。今は金を使う喜びより、金を使わない喜びの方が大きい。
 B 結婚相手は保守的な人を選べ
 日本が高度成長期にあったとき、人気のあった「3高」はすでに影をひそめ、昨今は「3強」を選べと言われている。3強とは、不景気に強い、結婚生活に強い、身体が強いの3つだ。
 これは時代を鑑みると、理にかなった選択だ。いくら1000万稼いでいても、不景気のあおりで解雇されてしまえば身も蓋もない。そのときは同業者も同じように不景気の影響を受けているので、それまでの年収を維持するどころか再就職さえ難しくなるだろう。
 結婚生活に強い=妻子を守ろうとする気構えが強いということだ。何よりも妻子が大事なので、浮気の心配も低くなる。たとえ浮気したとしても、遊びに過ぎず、妻子を捨てることはない。
 そして身体が丈夫で強いこと。年収が高くても健康を害してしまったら元も子もない。身体は第一の資本だ。精神的にも身体的にも丈夫な人が理想だ。
 また、何があっても妻子を守ろうと思うので、仕事をクビになっても、落胆している時間があったら他にお金を稼ぐための道を見つけ出す。妻子のために、やれることはなんでもやろうとする(ただし犯罪に手を染めるような人は選んではならない)。
 保守的な人は貞操観念が強い人が多いので浮気もしにくい。他に好きな相手を作って妻子を置いて出て行ってしまうということはまずないであろう。
 C 簡単に離婚しないこと
 最近、シングルマザーが非常に多くなっている。アメリカではない、日本での話だ。離婚したら、夫に頼らず自活していかなければならない。
 子供がいる場合、アメリカの場合はふつう共同親権になるが、日本ではなぜか母親に親権が与えられるケースが多い。そして養育費を元夫からもらうことになるわけだが、養育費を払っていないケースも多いのである。
 アメリカでは養育費を払わないと、運転免許証やパスポートの更新ができなくなり、銀行口座も差し押さえられ、いずれ刑務所行きになる。レイオフされ、貯金もないなど、物理的に本当に何もない場合は、情状酌量され、その後の養育費支払計画などを交渉することになる。
 しかし日本では、もらえるはずの養育費をもらっていない人も多いのである。養育費に頼れないということは、自分がより働かなければならないということだ。
 DVやモラハラ、ギャンブル、酒など、離婚しなければならない重大な理由がある場合は離婚したほうが良い。そうでない場合は、簡単に離婚をしない覚悟が必要だ。離婚した後の経済的負担や子供と二人だけでやっていく人生を具体的にイメージしてみるとよいかもしれない。
posted by GHQ/HOGO at 07:50| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

扶養義務者の援助が先

 扶養義務者とは、家族、親せきなどを指し、食べ物がないことやお金がないのであれば、食べ物やお金を貸すといったことをしなくてはならない。扶養義務者には生活保護を受ける前段階で、必ず援助する義務がある。もしも生活保護を受けるのであれば、先にこれらの援助を受けることは必須となるし、受けられるのであれば、最大限可能な範囲の援助を受けることが必要となる。これ以外にも、地域によっては土地や家屋、車などの財産があれば先にそれを処分することも求められる。必ずしも財産を処分しなくてはならないというわけではないが、生活指導と言う形で処分を言い渡されることになるケースが多い。
 これらの行為を行った上でお金がないなどの生活が困難となった段階ではじめて生活保護の相談が可能となる。もちろん、働ける年齢で就業可能な健康状態であれば、先に働く先を探す必要性もある。原則として、本人、または扶養義務者の力によって何とかできる段階では生活保護の申請は認められない。
posted by GHQ/HOGO at 07:37| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする