2016年12月30日

生活保護支給額の目安はいくら?

 生活保護の支給額ですが、基本的な考え方として、最低限度の生活ができる範囲内での金額が支給される。近年の不正受給などの報道で、アルバイトするよりも生活保護をもらったほうがいいと思っているかもしれない。
 だが、実際のところ、支給されるのは、厚生労働大臣が定める基準に基づいた最低生活費で、生活保護法によって定められている範囲内の金額である。言い換えると、最低限の生活ができる金額なのである。
 では、実際に、月額いくらもらえるのか。
生活保護の申請をする段階で住むことになった住居にかかる家賃のほか、食費、光熱費などを含めた額である。大体平均すると1人暮らしの場合であれば、大体月額で12万円程度となっている。この金額はあくまでも目安であり、状況によって金額的な部分は変動する。また、地域や家庭の状況でもらえる金額が変わってくる。
 例えば、2人暮らしや子供がいるような複数人数の家庭であれば当然金額は上乗せされるし、都心部の物価が高い場所でも金額が高くなる。反対に、都心部から離れた場所では物価も安いため、支給額が減る場合が多い。また、夏の間や冬の間には冷房や暖房が必要となるケースもあり、こうした時期にはその分の金額が上乗せされることもある。
※ 詳細については生活保護を受ける市町村においてルールが異なる場合がある。どこの地域でも同じような金額になるわけではないことは頭に入れておき、分からないことは事前に確認するようにしよう。
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2016年12月28日

格差が進む日本の未来は?

 富裕層と貧困層が激しく二極化することによって日本人の未来はどうなってしまうのか。
 もちろん考え方によっては成果を出すものが正当に評価される平等な社会とも捉えることができる。格差には正社員と非正規社員の待遇の格差、大都市と地方の人口の格差などもあり、中には格差はやむを得ないものと思う人もいるだろう。
 国でさえ格差が拡大しているという事実に対して「格差に関する指標はさまざまであり、格差が拡大しているかどうかは一概には申し上げられない」と答えている。
 とは言っても実際に貧困の格差が進むことによって起こる問題は多い。
•若くして子供を産んだものの生活能力がなく貧困に陥り子供への虐待が増える
•雇用や収入の不安定さから結婚をする人が減り、少子化が進む
•経済的な問題から勉強をすることができない子供たちが社会に出ることで日本の生産力は低下する
 これらはすでに起こっている問題の一部だが、今後ますますこういった問題は深刻化し、働いても、働いても生活が楽にならないという状況はさらに悪化するだろう。
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2016年12月27日

加速する日本の格差社会!富裕層と貧困層が激しく二極化?

 世界でも有数の経済大国となった日本だが、格差は徐々に浮き彫りになりつつある。親の世代が貧困となればその子供たちも貧困から抜け出せない状態になり、貧困格差は今後ますます激しくなっていくことが予想される。
 貧困率は世界第4位となっている日本だが、不思議なことに日本では毎年新しい億万長者が生まれている。平均所得はこういった一部の億万長者の影響で底上げされてしまうことから、平均所得や平均年収を見ると、一見豊かな生活を送っている人は多いのではと思うのだが…。
 しかし、実際には日本国民の6人に1人は平均所得の半分以下で生活をしており、平均所得に満たない収入の貧困層がかなりの数で存在している。そして生活保護受給者も増加している。それなのに億万長者は毎年生まれている。とても矛盾した話なのだ。
 高所得者の取り分が増えれば増えるほど中間層と貧困層の差がなくなっていく。中間層が消滅することで貧困層はさらに増加する可能性が高い。このことから富裕層と貧困層は激しく二極化することが安易に予想される。
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2016年12月26日

子供の貧困、誰が悪いのか?

 日本の子供の貧困率は先進国の中でも最悪のレベルにあると言われている。全国の平均所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子供の割合は過去最悪となり、今では6人に1人が貧困に直面している。子供の貧困は深刻なものであり、学校給食が唯一の食事という子供、保険証がないことから病気や怪我で病院に行けない子供、家庭崩壊からホームレス同様の生活を送っている子供など、心が痛くなる話ですが現実にこの日本で起こっている。
 子供の貧困にはさまざまな理由があるが中でも問題になっているのが母子家庭や父子家庭の貧困であり、これは世界でも1位の貧困率となっている。1人親の場合、なかなか貧困から抜け出せないという現状があり、中には親の離婚で子供に苦労をさせてと感じる人もすくなくない。だが離婚の原因にはさまざまなものがあり、中にはシングルマザーの7割が配偶者からDVを受けていたという調査結果もあり、一概に親のわがままによって母子家庭になったとは言えない。
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2016年12月25日

サラリーマン世帯が貧困化!

 日本でも確実に広がっている貧困だが、中間層と呼ばれる一般的なサラリーマン世帯が貧困層へシフトチェンジし始めているの。
 年収600万円でも貧困…。年収600万円という数字は一見して十分な年収に見える。結婚をして家族を養い、ある程度の文化的娯楽を楽しむには十分な給与と思われる。だが実は年収600万円でも家計はギリギリという家庭も少なくない。
 例えば一戸建てに家族と住む年収600万円のサラリーマン世帯の場合、年収600万円の中から税金や社会保障費を除くと450万円程度。そこから住宅ローン(150万円)、生命保険(50万円)、子供にかかる学費や教育費(150万円)を引くと残りは100万円。
 この残り100万円の中から食費や雑費、交際費や燃料費などを捻出しなければならないと考えると貧困の理由もわかるはず。例えば家族4人は年間100万円で暮らして行かなければならないとなるとギリギリ、もしくは赤字のはずだ。
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2016年12月23日

年収300万円時代に突入している日本 貧困率は世界第4位!

 年収300万円時代とは日本経済ではよく使われる言葉であり、当同社の賃金が下がり続けることで日本国民の年収が300万円程度になるという時代なのだが、実際に1990年以降は日本国民の年収は下がり続け、戻ることなく現在にいたっている。そして平成28年には年収300万円以下の人口が全給与所得者の5割近くを占めている。
 代表的な理由はやはり不況。この不況の中で非正規社員やパートタイマーが増加し、海外から来た外国人の雇用によって人件費が下落したことなどがある。また急激な高齢化が進む中で生産労働人口が減少したことも理由になるだろう。
 その国がどれだけ豊かなのかというのを数字で表すことができるのが経済規模を表すGDP(国内総生産)では日本は世界第3位となっている。だが、ОECD(経済協力開発機構)の貧困率の調査では日本は世界第4位となっている。何だかとても矛盾しているように思える。
 貧困率が世界第4位となった背景にはワーキングプアの増加、母子家庭の増加などが挙げられるのだが、特に母子家庭や父子家庭だけの貧困率では実は日本は世界第1位となっている。
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2016年12月22日

貧困層拡大の原因は何なのか?

 日本において貧困層が拡大している。大学生の半分近くが卒業時に奨学金の返済という借金を背負っている。多くの年金受給者も生活不安を抱えている。労働者の40%にも達している非正規労働者は低賃金で将来に大きな不安を抱えている。
 貧困層が拡大してきた原因はどこにあるのか。多くの政治家や学者は経済成長が止まったことが原因だという。しかし本当だろうか。逆ではないのか。つまり貧困層が拡大するような政策がとられたことによって経済成長が止まったのではないか。
 今日のアベノミクスという「異次元の景気対策」がとられているが、景気回復に最も重要な個人消費は伸びるどころか減少している。つまりお金があれば個人消費を拡大する貧困層にはお金は回っておらず、株価の上昇などで資産を多く持っている富裕層にお金が回り、富裕層は今以上消費するものはないので個人消費は伸びず、さらなる資産形成にお金を回すという悪循環が今の日本に起きているのだ。
 最近の政治運動の特徴は富裕層と貧困層対立ではなく、中流層や貧困層内部での対立をあおることで人気を得るところにある。典型的なのがおおさか維新の元代表橋下氏であり、アメリカではトランプ氏だ。橋下氏は自治体職員の待遇が民間企業に比べて良いことや、生活保護水準が一部の低所得者より良いことなどを取り上げ、その間の対立をあおってきた。
 このため、富裕層の税負担を高くして、貧困層の負担を低くする政策は進んでいない。給付型奨学金の充実や保育士・介護士の待遇改善など、貧困層の拡大を防ぐ政策に力を入れる必要がある。やらないだろうが…。
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2016年12月21日

老後に備えて生活保護を!

 生活保護は、最低限の品格ある暮らしを継続して送るための国民のための制度だが、地方自治体によってその審査の内容も少しずつ異なっている。貯金の額や財産、自家用車などの持ち物をどのように判断されるかの基準は難しいのだが、財産や貯金、車や家電などは贅沢だということで手放すことになりかねない。少なくとも普通以上の暮らしはできないと考えていたほうが無難である。
普通以上の生活を求めるのならばできれば生活保護は受けずにしっかり根気よく働いたほうがいいのかもしれない。ただし、働ければの話だが…。
徴収した年金の破綻が噂されたり、国民の政府に対しての不信感は徐々に高まっているが、日本そのものが、完全に法律等の崩壊がない限り、なくなることはなく、もしもの場合も代わりの法律ができるというのが大方の予想がある。あくまでも予想だが…。
長期の不安な老後の暮らしのため、今から年金以外にもできるだけ貯蓄をしたり、民間の保険に加入する等さまざまな状況を考慮して準備をしている人も年々増加していると言われる。半面、貯金ゼロという家庭も急速に増加してきているのだ。
しかし、今後年金だけでは暮らしが成り立たないというのならば、しっかりと生活保護の手続を見据えておく必要があるだろう。
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2016年12月20日

生活保護は年金の受給額を引いて支給される

 1ヵ月単位で計算された年金は収入として認定される。老齢・障害・遺族年金を受給してもその差額分で生活保護は支給される。トータルが基準を超えた場合は支払いが行われない。
遺族年金などで収入があることを申請しないと第85条に反することになる。 不正受給として罰金や罰則を受けることになる場合がある。 単純に額面だけで生活保護を受給したほうが国民年金の満額受給より額が大きくなるからそのほうがいいとお考えの方もいるのかもしれない。 確かに老齢基礎年金の平均月額は60万円ほど。 厚生年金は170万円ほどである。
25年の年金加入がない場合だと、年金の支払いは一切ないため生活保護を視野に入れるのは当然とも言える状況を踏まえた選択なのかもしれない。 しかし、死ぬときまで支給される生涯年金であるこの制度をみすみす放棄する意味はあまりない。遡って支払いができる場合は国民年金を納める事に越したことはないし、これは現段階で支払能力がなくても手続で保険料免除期間にすることができる。
以上のことを現時点で簡単に一部のポイントとして解り易く要点をまとめると、国民年金を受給しても生活保護は差し引いた分の受給が可能だすが、この保険が受給できないからと言って生活保護を確実に受けれるかと言ったらそうではないということになる。
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2016年12月19日

生活保護と相対的貧困の関係

日本の貧困率16%というのは、国内に赤ちゃんも含めて2000万人の貧困人口がいるということだが、貧困というより「低所得者」、より正確には「社会保障給付金との合計所得が貧困線以下の人」のことである。
 この2000万人には、無職無業で、年金など社会保障給付金も少ないので、金融資産(預貯金、株、債券、投資信託等)を取り崩して(現金化)生活している中間層、プチ富裕層も少なくない。
 これらの資産家を除いたグループの中に、生活保護の適格者がいるのだ。つまり、当初所得と(生活保護費以外の)社会保障給付金の合計額が生活保護基準以下で、かつ資産のない人のことだ。
 この生活保護の適格者が生活保護を受給することで、2000万人のうちの1人でなくなるとは、一概に言えない。
 貧困線の手取り122万円は月額にして約10万2千円である。東京の生活保護受給者で賃貸住宅に住んでいる単身者なら、この月額以上の合計所得を保障されているはずである。
  しかし、持ち家の受給者への保護費はこの額に満たないだろう。また、賃貸であっても、例えば生活保護制度上の3級地の受給者で安い賃貸だったりすると、やはり貧困線以下になるケースがあるだろう。
生活保護受給者がOECD式の相対的貧困を脱しているとは限らないことになる。
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2016年12月18日

貧困ビジネスは儲かるからヤメられない?

 生活保護の不正受給が一時期爆発的に話題になり、大問題となりましたが、それと比べて問題化していないと感じるのが生活保護絡みの貧困ビジネスである。
 埼玉県内では昨年10月、生活困窮者のための「無料・低額宿泊所」の売上金を隠し、所得税約6300万円を脱税したとして、低額宿泊施設「ユニティー出発(たびだち)」を運営する和合秀典被告=所得税法違反罪で起訴=が逮捕された。「ユニティー出発(たびだち)」という低額宿泊施設を経営する男が脱税した所得税額は約6,300万円と多額である。税金額から逆算すると、この経営者には少なくとも1.5億円くらいの所得があったことが分かる。このことからも、一部の低額宿泊施設の目的は「貧困者の自立」ではなく、「カネ」であることが分かるはずだ。
 「貧困ビジネス」トラブルの被害者を支援する団体が主催した「貧困ビジネスツアー」に参加。宿泊所を訪れ、元居住者の話を聞くことで、改めて貧困ビジネスの仕組みの「巧妙さ」に驚かされた。
 「あそこから中が見えるでしょう」
 そう示され窓に目を向けると、さほど広くないと思われる薄暗い室内を、ベニヤ板のようなもので仕切っている様子がうかがえた。
 男性は支給される生活保護費約12万円のうち、約11万円を施設に支払っていた。施設ではそのカネのうち、保護費支給日に1万円、その後は2日に1回1千円が支給されるという。
「仕事を探すためのカネだと説明されるが、実際は部屋でじっとしているぐらいしかできない」
 悪質な貧困ビジネスの経営者は、表向きは貧困者支援の目的をもったNPO法人(非営利団体)の顔を持ち、ホームレスなどの貧困者を自分たちの無料・低額宿泊施設に入るよう斡旋するが、その目的は「貧困者の自立」などではなく、「金儲け」であることは間違いない。
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2016年12月17日

最近の生活保護急増の主因は、景気低迷ではない!

 日本には、生活保護制度をきちんとデータに基づいて議論する研究者はきわめて少なく、それが生活保護制度についてウェットな感情論が横行する原因の1つとなっている。しかし、きちんとデータに基づいて分析をすれば、巷で言われているように、最近の生活保護急増がリーマンショック後の景気悪化によってもたらされたわけではないことは明らかである。稼働能力層に生活保護を広げる厚生労働省の政策変更が、急拡大をもたらしているのである。政策変更によってもたらされたものは、景気回復によっても元に戻りはしない。
 リーマンショック前の数年間にわたって2兆8千億円程度であった生活保護費は、昨年度は3兆2500億円、今年度は3兆4500億円程度に急拡大をしている。つまり、この3年ほどの間に、6000億円もの財政支出増となっているのである。民主党になって創設した第二のセーフティーネットは、約1兆円の財政支出増となっているから、両者合わせれば、子供手当ほどではないが、それに匹敵するような相当な財政規模であると言える。
 しかも、現在の増加ペースから言って、これらは今後ますます増えてゆくことが予想される。加えて、震災の被災者たちが、失業保険切れ、雇用調整助成金切れで、大量に生活保護世帯になってゆくことも覚悟しなければならない。
  国の財政がひっ迫し、子供手当や高速無料化などの目玉政策が次々と廃止になる中、生活保護についても、ウェットな議論で現状を野放しにすることは、もはや限界に近いと言えるだろう。財政規模の急拡大を今後も許すのであれば、増税など、どういう財源を手当てするのか、先送りせずにきちんと議論すべきである。
  一方で、急拡大する稼働能力層の自立支援や、自立へのインセンティブ確保により、彼らを切り捨てるのではなく、生活保護費の効率化をすすめる余地はないのか、生活保護制度改革に対する真剣な議論も必要である。
 その中では、生活保護制度内だけの改革ではなく、生活保護制度に稼働能力層を受け入れるのが本当によいのか、それとも、第二のセーフティーネットをきちんと支援付きのものにして機能させたり、「給付付き税額控除」を導入することによって、低所得者が働きながら十分な収入を得る自立促進的な仕組みを整えるなど、生活保護に安易に入れずに支援する手立ても、十分に議論すべきである。
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2016年12月16日

権力性に悩みながら仕事をしてほしい!

 生活保護法で、福祉事務所は保護の利用者に対して必要な指導・指示をする権限、保護の停止・廃止をする権限、給付すべきでなかった費用の返還を決める権限を持っている。重要な決定は組織として行うもので、幹部と関係職員によるケース診断会議にはかる必要があるが、担当ケースワーカーは、権限の一端を実質的に握っている。
 そういう権力を背負い、対等とは言えない関係の下で、本当の意味でのケースワークができるのだろうか。生殺与奪とも言える権力を持った相手に、制度利用者がどこまで本音を語れるのか、納得できないけれど、しぶしぶ従っているだけではないのか、自己決定という形を取っていても実際は半強制になっていないか、根本的に疑問がある。
 とはいえ、保護の要件の審査や、不正への対処は必要。生活保護の基本が経済的給付である以上、権力性を伴う仕事はどこかに残る。
 法的権限を持っていても、きちんとした姿勢で臨み、経験を積めば適切なケースワークができる、と言うベテランもいる。一方、対人援助としてのソーシャルワークの業務を、経済的給付の権限を持つ者から分離すべきではないかと考える(制度設計は簡単ではないが…)。
 どのように解決するかは難しい問題だが、少なくともケースワーカーは、自分の持つ権力性が、福祉的な援助の妨げになるものだという自覚を持ち、悩みながら仕事をしてもらいたい。
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2016年12月15日

肯定のアプローチで自尊感情、自己効力感を高める

 バイステックの原則のほかにも、社会福祉の理論はいろいろ発展してきた。たとえば、その人の短所やできない点ではなく、長所(ストレングス)を見つけ、そこに着目して生かしていくという考え方が出てきた。その人が本来持っている力を引き出す(エンパワメント)という考え方も登場した。
 肯定のアプローチで、自尊感情(自分を大切にする気持)や自己効力感(自分も何かやれるという気持)を高めることが、現代的なケースワークの基本と言える。単純に何でもかんでもやさしくしろ、と言っているわけではない。不当な要求や悪質な不正には、 毅然きぜん とした態度が必要なのだ。
 しかし一般的には、その人のよい点を見つける、親身になって自覚を促す、前向きの方向へ勇気づけるという接し方こそ、有効である。アルコールなどの依存症の場合も、そうだ。否定されて自己評価が下がり、無力感が強まると、かえってアルコールなどに逃げたくなる。
 環境との関係も重要。ここで環境というのは、その人を取り巻くすべてのこと。生活の場、仕事の場、人間関係、制度や事業の実情、社会のあり方などが含まれる。生活上の問題は、個人の内部だけでなく、周りの状況との関係で生じていることが多い。個人のありようと周りの状況には、相互作用がある。だから、その人が置かれた環境をよく検討して問題を理解する。よりよい生活にするためには周囲を変え、環境を変え、社会を変えることも大切だ。周囲や社会にも働きかける活動をするから、ケースワークではなく、ソーシャルワークと呼ぶのが社会福祉では一般的になっている。
 生活保護のメインの課題である貧困には、社会的な要因がある。そのことを踏まえれば、個人の生活態度ばかりを問題にして上から指導する、というスタンスにはならないはずだ。
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2016年12月14日

否定・強制されたら、人間は気持が落ち込む

 まだ若いんだから働きなさい、もっと仕事を探す努力をしなさい、酒をやめなさい、きちんと金銭管理をしなさい……。生活保護の申請者や利用者に、そういう趣旨の発言をするケースワーカーが結構いる。そう言いたくなる状況があるのかもしれないのだが…。
 信頼関係を築いたうえで、親身になって、ていねいにアドバイスするなら、まだいいのだが、上から目線で言ってしまうケースワーカーがいる。すると、心理的に弱い状態にある申請者や利用者の場合、命令されたように、あるいは責められているように感じる。同じ「働けませんか」という疑問文でも、口調や態度によって、受ける印象はずいぶん違う。
 人間は、自分を否定されたら嫌だし、指図や強制をされても嫌になる。「おまえはダメだな」「勉強しろ」と言われて喜ぶ子供はいない。大人もそうだ。
 日本社会には、厳しい態度で接するほうが本人のためだ、そうすれば本人が発奮する、人を甘やかしてはいけない、という思想が強く残っている。昔の軍隊がそうだった。今でも、運動クラブのしごきや職場のパワハラの底流に、そういう発想がある。
 けれども普通、厳しく言われた側は、気持が落ち込み、自己評価が下がる。そう簡単に前向きの意欲には結びつかない。生活の再建、生活の自立を目指すには、何よりも本人の気持が大切。「どうせ自分なんて」と感じていては、前へ進めない。説教する、指図する、尻をたたく、責めるといったやり方は、心理的に逆効果になる。
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2016年12月13日

バイステックの7原則

 社会福祉の対人援助の古典に「バイステックの7原則」がある。ケースワークを行うときに、援助する相手と関係を築くための基本的な作法を、1957年に米国の研究者がまとめたもの。社会福祉に限らず、人とかかわるときの参考になる。少しかみ砕いて紹介しよう。
@ 個別化=相手を1人ひとり、名前を持った個人としてとらえる。問題は人それぞれに異なり、まったく同じ問題は存在しない。たとえば「脳梗塞で寝たきりの高齢女性」といった属性で判断しない。
A 意図的な感情の表出=相手が自分の気持を抑えることなく、否定的な感情を含めて吐き出せるようにする。
B 統制された情緒的関与=援助者は感受性を発揮し、共感などの態度を示す。ただし自分の感情を自覚してコントロールしながら行う。
C 受容=相手の長所、短所を含めて、ありのままを受けとめる。言いなりになる必要はなく、社会のルールや市民道徳に反する行為を認めるわけではないが、頭から否定せず、どうしてそうなるのかを理解するよう努める。
D 非審判的態度=相手を一方的に非難しない。自分の価値基準で裁いたり評価したりしない。その行為が問題解決のために良いか悪いかの判断は、相手自身にしてもらう。
E 自己決定=相手の人格を尊重し、自分自身の考えや意思に基づいて決定し、行動できるよう援助する。
F 秘密保持=プライバシーや個人情報を守る。
 以上の原則に反する言動や態度をとると、相手はいやな気分になり、よい関係を築けない。適切な援助にならないということだ。とくに個別化、非審判的態度、自己決定を意識する必要がある。
 ところが、生活保護担当の自治体幹部に尋ねても、この古典的な原則を知らないと言われたことが何度もあり、そういう初歩的な素養さえない人が、ケースワーカーとして働き、査察指導員として部下の指導にあたり、ときには課長までやっているのは、恥ずかしいことだ。
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2016年12月12日

社会福祉は同じ目線で支援

 社会福祉の相談援助(ソーシャルワーク)は、上下関係ではなく、相手と同じ目線で支援することを重視しなければならない。いわば水平の位置関係での支援である。このスタンスは、社会性と並んで、ソーシャルワークの生命線なのだ。
 古くは欧米でも、貧困状態にある人々について、本人の生活態度に問題があるとみて、上から指導するようなアプローチをした時代があったのだが、やがて、スタンスが変わってきた。
 実は、「援助する」という立場も、「援助される」立場の人に対して、上からの姿勢・意識になるおそれがある。たとえ給付などの権限がなくても、人間関係のうえで権力を持ってしまう。支援者は、そのことを自覚して支援にあたる必要がある。
 生活保護法には「指導・指示」という用語が使われる。法律ができた1950年には、それが自然だったのかもしれないのだが、現代の社会福祉の考え方からは、かけ離れた言葉なのである。意識を変える必要があるのだ。
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2016年12月11日

行政職員か、福祉の職業か

 ケースワーカーの多くに行政職員という意識が強い背景の1つは、大半の自治体が職員採用のときに専門性を重視せず、人事異動にあたっても専門性を軽視している点にある。一部の自治体を除いて、もともと福祉職の枠で採用された職員はわずかである。きのうまで住民登録や税金や健康保険の仕事をしていた事務系の職員が、本人の希望と関係なく福祉事務所へ異動し、十分な研修も受けないまま働いて、2〜3年たつと別の部署へ異動していくほうが一般的なのだ。しかも生活保護部門は、自治体職員の間であまり好まれている部署とは言えず、「次の人事異動まで、しばらく我慢の期間」といった感覚の職員も少なくない。むしろ、最初から生活保護担当として公募で採用された非正規のケースワーカーのほうが、福祉の職業という意識をしっかり持っている傾向がある。
 行政職員でも、たとえば街づくりのような分野では、柔軟な発想やアイデアが求められるが、法律・制度を適用していく分野では「しっかり管理する」「ミスをしないように」という発想が強くなることがある。生活保護のように経済的給付を行う制度では、なおさらである。少なくとも、どこかで見破れるレベルの不正受給を見逃してはいけないので、管理の意識を持つのは当然かもしれない。
 だが、「給付する」という立場と、「給付を受ける」立場は、上下関係になりがち。法律上の権限は別にしても、人と人の間の力関係という意味で「権力性」を帯びるわけである。
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2016年12月10日

「隠れ貧困層」推計2千万人 生活保護が届かぬ生活

 生活保護を受ける人は200万人を超え、20年前の2.4倍に増えた。その背後には、さらに膨大な「隠れた貧困層」もひかえている。人々が安心して暮らせる手立ては用意されているのか。
 「毎月やりくりしても赤字が出ちゃう…」
 埼玉県の女性(77)が、通帳とにらめっこしながらため息をついた。10年前には100万円以上あった貯金は、すでに10万円を切っている。
 40代で会社員の夫と別れ、子連れで住み込みの寮母などをして息子2人を育てた。清掃員をしていた70歳のとき、高齢を理由に仕事を辞めさせられた。その後は探しても職がなく、年金頼みの暮らしになった。
 女性は厚生年金の加入期間もあり、もらえる年金は1カ月で9万円ほど。うち半分は、一人で住むアパートの家賃にあてる。電話代や光熱費などで計1万円強。食費を切りつめても、長年かけてためたお金が目減りしていく。息子たちが月2万円ずつ援助してくれると言うが、もらえない月もある。それぞれの生活で大変なことを思うと、催促はできない。
 年金収入だけでは、生活保護の基準を下回っている。だが、「保護の申請は気持ちの踏ん切りがつかない」と言う。
 「生活保護は本来、障害や病気に悩む人のための制度だと思う。昔から健康に働き、子供を育ててきたプライドがある。何とかやり繰りしなければ…」
 できる限りの節約が続く。テレビは、地上デジタル放送への対応機が必要になったとき見るのをやめた。新聞購読もやめ、近くに住む妹からもらって数日分を読む。老眼鏡のレンズの度が合わなくなったが、がまんしている。
 2013年秋から、過去の物価下落時に据え置いた分の年金の減額が行われた。「もうこれ以上、どうすればいいの」。女性は、減額分の給付を求める集団訴訟に原告の1人として加わっている。
 国民年金は満額でもらっても6万円台に過ぎない。多くの高齢者が、埼玉県の女性に輪をかけた低年金に苦しんでいる。
 一方、生活保護を受ける65歳以上の高齢者世帯は約80万。低年金でも、生活保護で補えていない人たちがいる。
 主な理由は、「最後のセーフティーネット」とされている生活保護の受給条件の厳しさだ。地域や年齢で決まる「最低生活費」の1ヵ月分が、収入や貯金などで賄えないと判断された場合、保護が支給される。自家用車を持つことも原則として認められていない。
 兄弟や子供に支援できる人がいないかもチェックされる。生活保護への世間の偏見から、申請をためらう人もいる。
 社会保障に詳しい都留文科大学の後藤道夫名誉教授は「丸裸になるまでは自助努力に任せるのが、日本のセーフティーネットの現状だ。最後のセーフティーネットの網にかからず、福祉の手が届かない人々がたくさん存在している」と指摘する。言わば、「隠れた貧困層」だ。後藤氏の推計によると、世帯収入は生活保護の基準以下なのに実際には保護を受けていない人は、少なくとも2千万人を上回る。高齢化が進めば、その数はさらに膨らむ。
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2016年12月09日

国の抜本的な労働政策の変化が必要

 近年「子供の貧困」が注目され、貧困世帯の子供に食事や学校用具などを提供する運動が各地で広がっている。そのような動きは評価できるものの、抜本的な解決には国の労働政策の変化が絶対に必要なのである。
 地方独自で貧困世帯をなくすには限界があり、国が率先して削減努力をする必要があるのだ。非正規労働活用を規制したり、最低賃金を上げたりする政策が欠かせないのである
 また、国だけでなく自治体側にもできることがある自治体の民間委託先の会社で、低賃金労働によるワーキングプアが生まれることがある。自治体は、委託先の会社で社員に適正な賃金が支払われているかどうかを入札時の評価項目に入れるなど、率先してワーキングプア削減の模範を見せる必要がある。生活保護については、現在自治体が一部負担しているのを全額国庫負担とすることで自治体の『水際作戦』をなくせるはずだ。
 根本を変えないと立て直せない。貧困対策の必要性を強調したい。
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2016年12月08日

子供の貧困の原因は「子育て世代の非正規労働者増加」

 なぜ、日本はこんなに貧しくなったのか。その根本的な原因として、日本全体の労働環境の悪化に目を向ける必要がある。
 生きていく上での基本は働いて賃金を得ることだが、現在労働者の約4割が非正規労働者である。子育て世帯は就労世帯でもあるため、賃金の低下が子供の貧困に直接関係する。つまり、「子供の貧困」の増加は、子育て世代での非正規労働者の割合が増えたことが原因なのだ。
 子供の貧困をこのまま放置すれば、地域経済が悪化し、負のスパイラルに陥ることになる。「(子供の貧困の原因となる親世代の)低賃金の非正規労働者が多く存在すれば、待遇のいい正社員の賃金もワーキングプアにひきずられて低下する。企業は、同じ仕事をしてくれるのなら、賃金2分の1や3分の1で済む非正社員を選ぶからである。
 その結果、地域経済に何が起きるか。今いる正社員に対してサービス残業を強いたり、賃金カット、非正社員に置き換えるなど労働条件が悪化する。すると地域がワーキングプアだらけになり、賃金低下で消費意欲も低下し、物が売れなくなり、ますます人件費がカットされ、さらに消費が低下し・・・といった悪循環でどんどん地域経済全体が沈下していく。子供の貧困の背景にある、社会全体の貧困率の上昇に目を向ける必要があるのだ。
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2016年12月07日

全世帯の18%、子育て世帯の14%が「生活保護基準以下」

 政府は一般的に「貧困率」を算出するとき、国民の所得を高いほうから低いほうへと並べ、その「中央値の半分未満の所得層」を「貧困」と呼ぶ「相対的貧困率」を用いている。一方で「生活保護の収入以下で暮らしている世帯」を「貧困層」と考え、貧困率を算出すこともある。つまり、この調査結果は、「日本では全世帯の18.3%、子育て世帯の13.8%が生活保護基準以下の収入で暮らしている」と言い換えることができるのである。
 生活保護は国公認の貧困の救済基準。生活保護基準を使うことで、国との救済義務対象となる貧困層が明確に分かり、生活保護が国の救済措置として機能しているかどうかが可視化できる。生活保護基準以下の収入で暮らす全世帯のうち15.5%しか生活保護を受給していないという結果が明らかになっている。
 生活保護基準以下の収入しかない世帯の多くが生活保護を受給していない理由については、生活保護は手元に7万円程度の現金や車などの資産を持っていると受給できない場合があることや、生活保護を申請させないことで財政負担を避けようとする自治体の「水際作戦」の影響が考えられるのだ。
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2016年12月06日

生活保護の金額を少しでも多く受給するコツ

 生活保護制度は、日本国憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障される」という条文を根拠としている。
 しかし、生活保護費の金額は、都市部の単身者で約13万円と、生活費を切り詰めての節約生活は、決して楽なものとはいえない。「健康で文化的な生活」とはかけ離れた生活をしている生活保護受給者が多数いるのではないだろうか。そのような現状であなたは考えるだろう。
「生活保護費の金額を少しでも、楽をして多くもらえる方法はないのだろうか」
 そのお悩みの答えは、「楽をして保護費の金額を多くする方法はないが、ある程度の努力と知恵で生活費の金額を効率的に増やすことは可能」ということだ。ではどのように生活保護費の金額を増やすのだろうか。
 皆さんは生活保護費がどのように計算されているかをご存知だろうか。大まかな計算は以下の通り。
 生活保護費= 生活保護の基準 − (稼働収入-基礎控除-社会保険料-経費) − 非稼働収入
 稼働収入とは働いて得た収入、非稼働収入とは手当や年金などの収入を指す。つまり、あなたの世帯の生活保護の基準から、世帯の収入を差し引いて保護費の金額を計算するのである。
 ただし、働いて得た収入の場合は、給与を全額、保護費から引かれるのではなく、経費や社会保険料、基礎控除というものを除いた分が収入として扱われるのだ。
 基礎控除とは…働いて給与を得た人が、働いていない人よりも優遇されるように、収入から控除される金額
とでも覚えておくことだ。実際はもっと難しい言葉で説明されるのだが、本質はこの説明で足りる。
 働いている人も、働いていない人も同じだけの生活費だと、働かないほうが得だということになる。基礎控除という概念を設けることで、「働けば働くほど生活は楽になる。さあみんな働こう」と、生活保護受給者の勤労意欲を助長する役割を担うのが基礎控除という概念である。
 そこで、この「基礎控除」という概念を上手く利用して、少ない努力で多くの保護費をもらうための秘訣をこれから伝授する。
 (問題) 生活保護費が満額で13万2千円支給されているAさんがいる。Aさんは先月から仕事を始め、給与が5万円入った。さてAさんの生活保護費はいくらになるか。
 @ 8万2千円
 A 10万400円
 B 13万2千円
 答えは、Aである。皆さんの中には、給与が5万円入ったのなら、13万2千円−5万円=8万2千円と考えた方が多いかと思われる。しかし、収入の計算の際には基礎控除というものが必ず控除されることとなる。給与が5万円の場合の基礎控除は、基準額表によると18,400円なので、計算としては、生活基準13万2千円−(給与5万円−基礎控除18,400円)=10万400円、がAさんの生活保護費の金額となる。
 もしAさんが働いていなかったら、生活費は、生活保護費のみの13万2千円だけである。一方、Aさんが働き、5万円の給与を得ることで、生活保護費10万400円と給与5万円を足した15万400円がAさんの今月の生活費となる。どうですか、もう一度言いたい。
 生活保護費のみの場合の生活費・・・13万2千円
 保護を受けながら働いた場合の生活費・・・15万400円
 つまり、基礎控除18,400円分だけ生活費が増えることとなる。
 基礎控除は、収入が多くなればなるほどその控除額が増加する。そしてその下限額は15,199円。
ここまでで基礎控除の概念をお伝えした。では生活保護を受ける上で最も効率的な給与額はいくらなのか。
 正解は、15,199円分の給与を稼ぐことである。基礎控除の下限は15,199円と言った。つまり、給与の金額が15,199円以内であれば、基礎控除が全額適用され、あなたの生活保護費が減らされることはない。あなたが頑張った分だけあなたの生活が楽になる。
 でも、「もっともっと多く稼いだら、基礎控除が増えるから、その分だけもっと得じゃないの」と思われる方もいらっしゃるだろう。しかし、基礎控除は15,199円を超えた後は、収入が4000円増えるごとに、控除額が400円増えるのみなのです。15,199円以上稼ぐと、労働対対価の面では非常に非効率となる。例えば、15,199円の給与⇒基礎控除が15,199円控除され、収入とみなされる金額は0円となる。
 しかし倍額の30,000円を稼いだ場合はどうだろうか。30,000円の給与⇒基礎控除が16,400円なので、13,600円が保護費から減額される。基礎控除の差額は1,201円だ。そうなのだ。仕事を2倍頑張って働いても、生活費は1,201円しか楽にならない。
 では、10倍頑張った場合はどうだろうか。15万円の給与⇒基礎控除が28,400円なので、121,600円が保護費から減額される。基礎控除の差額は13,201円である。10倍頑張っても、たった1万円程度しか生活は楽にならない。つまり、皆さんの中で、最小の努力で最大限効率的に生活費の金額を増やしたいという人は15,199円を稼ぐといい。
 ただし、生活保護の制度には、活用できる能力は活用しなさいというルールがある。あまりに露骨にやり過ぎると、ケースワーカーから増収指導といって、「給与をもっともらえるように努力しなさい」と指導されることになる。バリバリ働ける人は悪用しないこと。
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2016年12月05日

試されている共同体意識

 社会保障はそもそも何のためにあるのだろうか。人生では、いろいろなことが起きる。病気、障害、育児、離婚、失業、高齢、介護など、何らかの困難に遭ったとき、生活の維持や向上を公的に助けるのが社会保障であり、社会福祉である。自分も家族も絶対にどれにも関係しない、どんな時でも自力だけで生きていく、と言える人がいるだろうか。生活保護をむやみに攻撃する人は、自分は絶対に受けない、身内が困ったときも自分がすべて面倒をみる、と宣言できるだろうか。
 いま試されているのは、日本社会で暮らす人々すべてを一応の仲間と見るか、という共同体意識でもある。共同体の中に弱い人、困っている人がいれば助ける、自分が困ったときには助けてもらう。その役割を果たすことが、現代の国家の重要な機能であるはず。社会保障制度を維持するために社会保障を抑え込むというのでは、目的と手段が逆立ちしている。何の社会保障もない弱肉強食社会を望む人も、日本にはほとんどいないだろう。
 日本社会の貧富の差が大きくなる中で、かつて分厚かった中間層の崩壊が進み、没落の不安にかられた中間層がバッシング行動に出ているという見方もある(井手英策・慶応大教授ら)。それが正しいかどうか、材料不足なので判断を保留するが、階層的な対立が底流にあることは確かだ。
 考えたいのは、限られたパイの奪い合いしかないのか、という点である。どの領域にどれだけ課税するかを含め、社会保障に必要な財源は本当に確保できないのか、利益や資産をため込みすぎている人や組織はないのか、ほかの分野への財政支出は妥当か、生活保障をしっかりやって消費購買力を高めるほうが経済は好転するのではないか、貧困層に限定して給付する「選別主義」の政策より、社会の全員に生活に必要な公的サービスの費用負担を減らす「普遍主義」の政策がよいのではないか……等々。
 社会保障費の負担と配分という狭い土俵だけでなく、広い視野と柔軟な発想で社会・経済・財政を議論することが、ギスギスした争いを減らすために必要ではないだろうか。
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2016年12月04日

社会保障費をめぐる「奪い合い」

 社会保障の費用負担をめぐる争いは最も現代的な課題であろう。社会保障費が増大すると財政負担になる、すると、自分が納める税金や社会保険料の負担が増えるから、気に入らない、だから社会保障費を食いつぶしている連中をやっつけろ――という発想である。
 背景には、日本経済が大局的に見て20年以上にわたって停滞を続け、人口も減少に向かい、パイが大きくならないこと、高齢化・少子化の進行によって社会保障の受け手が増え、支え手が減ったこと、しかも経済的な格差が拡大してきたことがある。
 この間、多くの勤労者にとっては、賃金水準が下がる一方、所得税・住民税・消費税が上がり、社会保険料の負担、医療・介護を利用する時の自己負担も、どんどん上がった。教育費の負担も大きくなった。その結果、自由に使えるお金が減り、生活が苦しくなってきたわけである。
 一方で、国家財政の借金はふくれあがっている。自分が公的にもらえるお金が期待できず、むしろ社会保障制度によって自分の負担が増えるなら、使っている側を減らそう、そういう奪い合いの意識がさまざまな攻撃・非難のベースにあるのではないか。
 標的の1つにされたのが生活保護である。攻撃する側は、怠けている連中が多いから安易に受けさせるな、という見方をしている。ヘイトスピーチをする連中は、在日外国人は生活保護から排除せよ、と主張している(在日外国人も税金は納めているのだが……)。
 高齢者もターゲットである。高齢者の年金、医療、介護の費用が財政を圧迫している、と政府・財務省・厚生労働省はいつも強調している。高齢者は肩身の狭い気持になるだろう。高齢者にむだな医療費が使われている、寝たきりになったら医療で長引かせずにさっさと死なせろという議論は以前からある。最近登場した超高額の抗がん剤について、高齢者には使用を制限せよと主張した医師もいる。
 病気の人も標的になる。最近では、長谷川豊というアナウンサーが、自堕落な生活で糖尿病から人工透析になった人は自業自得だから、高額の透析医療費は全額自己負担にせよ、それが無理なら殺してしまえ、という趣旨の文章をブログに書いて、問題になった。
 貧困者・障害者に対しては、もともとの差別意識もある。生活に困って路上や公園で暮らしているホームレス状態の人々は、迷惑で汚い存在だ、そんな生活を好きでやっている怠け者だ、と白眼視され、「役に立たない存在」と見た少年たちなどから襲撃を受けて、各地で相次いで殺されてきた。
 それに加えて社会保障の費用負担を理由に、社会的に弱い人々をお荷物のように見る風潮が強まっているのである。重度障害者はいなくなったほうがいい、という考えから大量殺害に及んだ相模原の事件も、そういう社会風潮が動機形成の根底にあるのではないか。
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2016年12月03日

個人差や社会背景を考えない「自己責任論」

 自分の生活を成り立たせるのは自分の責任だ、働いて稼いで自活するのが社会の基本だ、働く能力がないならともかく、働けるのに食っていけないのは自己責任であって、救済する必要はない――そういう主張である。これも昔からあるのだが、1990年代後半から新自由主義と呼ばれる競争至上主義の経済思想が力を持つにつれ、広がった。そして新自由主義的な政策を推進した小泉純一郎政権時代の2004年、イラクで日本人3人が武装勢力の人質になった事件をきっかけに、「自己責任」という言葉が日本社会で多用されるようになった。
 しかし人間は、持って生まれた資質、たとえば知的能力や身体能力に明らかに差がある。どんな地域のどんな家庭に生まれ育ったか、どんな教育や訓練を受けられたかといった環境条件によっても、人の能力や性質は違ってくる。親が亡くなる、病気になる、事故や災害に遭う、勤め先が倒産するといった運のよしあしも影響する。
 そういう違いを無視して、すべてを本人の努力次第とみなし、うまくいかないのはすべて、本人の努力不足や道徳の欠落のせいのように言うのが自己責任論である。人間社会の現実とかけ離れている。貧困に陥った原因として、人によっては自己責任の部分があるかもしれないが、それ以外の原因も合わさっていることが多い。逆に、経済的な成功者のほうは、たしかに努力した人が多いかもしれないが、そのときどきの環境や時代情勢、たまたまの幸運もあったはず出し、うまく立ち回ったからだ。
 そして貧困には、社会構造、産業の動向、景気、雇用情勢、制度・政策といった社会的要因がある。性別・年齢による扱いの格差もある。たとえば、失業問題を本人のせいに帰するのは、無茶である。また、経済・社会の状況が厳しいとき、その影響はまんべんなく全員に及ぶのではなく、力の弱い人々から先に不利な状況に追い込まれる。
 そういう社会的要因を含めて経済格差、貧困をどう解決していくかが、現代の大きな課題なのだ。ところが、他人を責めて、切り捨てるだけの自己責任論は、人間の生きる権利を無視しているうえ、社会的な問題の改善・解決につながらない。個人の生活態度に問題のある人がいるときも、どうやって改善に結びつけるかを工夫する必要があるのに、オレたちは知らん、どうにでもなれ、というのでは、何の役にも立たない。はなはだ非建設的な議論であるのだ。
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2016年12月02日

貧困者・弱者をたたく「精神の貧困」

 経済的に困っている人々や、生活保護を利用している人々を攻撃する風潮が強くなっている。ネットの世界ではとくに顕著。
 なぜ貧困や生活保護をたたくのか。他人の心の中は正確につかめないし、本人も自覚しないさまざまな要素が絡んでいるが、日本社会のギスギスした状況や、社会的弱者への攻撃とも深く関係するのではないか。
 弱い相手、反撃しにくい相手をたたくことによって、優越感を得ようとする心理がある。端的に言うと「いじめ」なのだ。主観的には正義感あるいは被害意識を抱いているかもしれないが、自分のほうが強い立場にいること、自分のほうが優れていることを確かめ、気分をよくしたいのではないか。
 もちろん倫理的にも能力的にも、たたく側の人間が優れているわけではない。単に主観的な「優越感の確認」なのである。対象者をおとしめることによって、自分の位置が相対的に高まった気になるだけのこと。政治的な意図で扇動する人間は別として、わざわざ優越感を得たがるのは、ふだん自分に自信がなく、何らかの劣等感や不遇感を抱いているからにすぎない。
 たいていは匿名だが、放置していると実名で行動する人間も現れることになる。反撃されにくいからかもしれない。一方、国会議員の政治資金の使い方(税金による政党助成金も入っている)には、なぜもっと怒らないのか。権力を持つ強い相手だからなのか。
 貧困者・弱者をたたくのは、ねたみ、やっかみであることが少なくない。生活保護の利用者に対しては、「働かずにお金をもらえていいなあ」、「自己負担なしで医療を受けられていいなあ」、と見る人たちが確実にいる。自分たちは懸命に働いてお金をかせぎ、その中からさまざまな負担もして大変なのに…。
 そんなに生活保護がよければ、自分も申請して、積極的に利用してはどうか。これはイヤミではない。働いていても年金があっても、その世帯の保護基準より収入が少なく、資産も乏しければ、不足分を補う形で保護の給付を受けられるのだ。医療費がかさむ場合、それも保護基準に含まれるので、医療扶助だけを受けることもあり得る。実際には、生活保護世帯の8割は高齢・障害・傷病などによって働くことの困難な世帯で、残り2割のうち半分は現に働いている。
 ただし、やっかみには、理由のある部分もある。所得水準が保護基準より少し上、あるいは若干の資産があって、保護の対象にならない低所得層の人々も、生活が苦しいのだ。
 生活保護になれば、医療や介護の自己負担はなく、税金や、年金・健康保険・介護保険などの公的保険料、保育・障害者福祉のような公的サービスの利用料も原則としてかからない。自治体によっては水道料が減免されることもある。一方、生活保護より少し上の層には、それらの負担が軒並み生じるので、実質的に見た生活費(自由に使えるお金)に逆転現象があるのも確かだ。
 それらの層の人たちが生活保護を攻撃しているのかどうかは不明確だが、もしそうだとしたら、見当違いなのである。かりに保護基準が下がれば、各種の負担軽減制度の適用基準が連動して下がり、自分たちも苦しくなる。収入が減って生活に困ったときに保護を受けにくくなるのだ。
 低所得層の保険料、利用料、公共料金の負担を、幅広く軽減するか無料にすることによって、ギャップの解消をはかるべきだ。とりわけ医療費の自己負担と、低所得層にとって高すぎる国民健康保険料の軽減を急ぐべきなのだ。
 また、他者に対して厳しくしたがる考え方もある。これは日本人ではかなり多い。とにかく必死に努力しろ、苦しくても我慢しろ、泣き言を言うな、限界までがんばれ……。そのように考える人々が好む言葉が「甘えるな」なのだ。甘やかしたら人間は怠ける、だから厳しくしないといけないという思想―軍隊のような組織、過労死・過労自殺を招く企業、いわゆるスパルタ教育、運動系クラブのしごきなどにも共通するところがある。
 しかし、厳しくつらい状況に人を追い込むことが、よい成果をもたらすというのは、一種の思い込みにすぎない。自分に辛抱と努力を課するだけならともかく、条件の違いを無視して他人に要求するのは迷惑なことなのだ。
 貧困対策の分野では、19世紀にイギリスが「新救貧法」で採用した「劣等処遇の原則」がある。救済を受ける貧困者は最底辺の労働者より劣る生活水準にせよ、そうでないと労働者が勤労意欲を失う、というもの。「院内救済の原則」もある。施設に収容して厳しい労働と規律を強制し、耐え難い生活にせよ、そうでないと救済を受ける者が増える、というもの。
 けれども時代が進むにつれて考え方が変わり、多くの先進国は、すべての国民への最低限度の生活保障(ナショナル・ミニマム)を定め、貧困者には支援を重視するようになりました。実際問題としても、人を非難せず、勇気づけるアプローチこそ、有効なのである。
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2016年12月01日

母親の25%が心身に疾患 生活保護受給の母子家庭

 生活保護を受けている母子家庭のうち、母親の4人に1人が心身に疾患を抱えていることが、厚生労働省の調査で分かった。来年度には生活保護の水準を見直す予定で、厚労省の担当者は「子供の貧困につながらないよう、実態把握を進める」としている。
 生活保護を受けている全世帯を対象に行う2014年7月の調査から、18歳以下の子供がいる約10万3千の母子世帯を分析。25.3%の母親に障害があったり病気を患っていたりした。そのうち半数近くは症状が半年未満と比較的軽度な精神障害で、1割強は半年以上続く重度な精神障害があった。障害や病気がある母親のうち働いている母親は4.8%だった。
 厚労省の11年調査では、母子家庭の母親で自分の健康に悩みを抱えていると答えた人は全体の9.5%。生活保護受給世帯の母親は心身に疾患を抱えている割合が高い傾向にある。
posted by GHQ/HOGO at 08:22| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする