2015年12月31日

公平性と効率をともに発展させることは可能?

 アンソニー・アトキンソン氏は著作で、不平等を減らし貧困に対処するための提案を紹介している。それにはもちろん異論もあるだろう。
 1つ目に、「公平性と効率のトレードオフ」は国民所得とその成長力を減じるものだと言う人もいると思われる。それに対しては、そうした異論は現代の経済の仕組みをどのように理解するかに決定的に依存しているのだと答えたい。市場経済には多くの欠陥があり、公平性と効率を共に発展させることのできる状況があるのは明らかである。不平等を減らすことは経済のパフォーマンスを高めることと矛盾しない。
 2つ目に、「グローバル化された経済において、国家は不平等の縮小などという選択肢を選べない」と言う人もいるだろう。それには、国家はただ単に世界の発展を受動的に受け止めるだけの存在なのではないと答えたい。一国の富の分配は、変化し続ける世界へ政府がいかに対応するかで変わるものである。
 3つ目の異論は「私たちにそんな余裕はない」というものだ。確かに、身を切る選択をする必要もある。もし真剣に不平等を減らして貧困に対処したいと思うのならば税は引き上げられなければならないだろうし、どのように市場での所得が決定されるかについて再考しなければならない。
 やるべきことはある。私たちは「何もできることはない」などと口にするべきではないのである。
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2015年12月30日

失われた20年で非正規雇用が爆発的に増加

 非正規雇用、いわゆるフリーターが目立ちはじめたのは1990年代半ばごろのことだった。以来、その数は増えつづけている。
 厚生労働省によると、雇用者に占める非正規雇用者の割合、すなわち非正規雇用率は、80年代半ばには十数%だったものが、今年は40%近くにまで達している。いまや、この国の労働力の5人に2人、実に2000万人以上が非正規雇用者というのが実情なのだ。
 労働経済ジャーナリストの小林美希氏によると、「80年代後半、自由な働き方を示すものとして“フリーター”という言葉が誕生する一方、労働者派遣法などが改正され、企業が責任を負わずに簡単に労働力を確保できるようになりました。その後、折からのバブル崩壊で、93年大学卒業組からはじまる、いわゆる“就職氷河期組”がどっと社会に出ました。彼らが不本意ながら非正規雇用で就労した結果、非正規雇用者は爆発的に増えたのです」。
 それから、およそ20年が経過したが、景気は回復せず、“失われた10年”が“失われた20年”になるとともに、フリーターたちは中年世代にさしかかっている。彼らの多くは、老後を考えて生活を変えたくても、いまの職場から動けないという状況におかれている。休んで収入がストップしたら、生活が立ち行かなくなるからだ。ほかの可能性を考える精神的な余裕もなくなってしまったのだ。
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2015年12月29日

三度のご飯を満足に食べられず、おなかをすかせた子供たち…

 三度のご飯を満足に食べられず、おなかをすかせた子供たち。戦中や戦後ではなく、平成日本の話だ。貧困や育児放棄などで十分な食事を取れない子供たちに、住民らが無料でおいしいご飯と幸せなひとときを提供する「子ども食堂」が全国で広がっている
現実には、国内の子供の6人に1人が「貧困状態」。1人親家庭に限ると5割を超える。一方で膨大な量の食物が廃棄されている。まだ食べられるのに、形や色が悪い、包装が傷んだ、賞味期限が近い−といった理由で。
こうした「もったいない」を少しでも減らし、必要としている人に届けるための「フードバンク」という活動もある。品質に問題がないのに販売できなくなった食品を企業から無償で譲り受け、福祉施設や生活困窮者らに提供している。
 「子供の権利宣言」には、「子供たちは健康に生まれ、安全な水や十分な栄養を得て、健やかに成長する権利を持っている」。その精神を根付かせ、「ごちそうさま」の笑顔があふれる社会にしたい。
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2015年12月28日

若年出産と貧困

 人口動態統計によると、2014年の出生児のうち母親が10代なのは1万3011人(全体の1.3%)。その約8割は婚前妊娠。労働政策研究・研修機構の調査では、出産年齢が若いほど母子世帯、低収入となる割合が高い。子の養育環境も厳しいことが予測され、児童虐待が起きやすいと指摘される。
 DV被害者や子どもの支援に取り組む北九州市のNPO法人「FOSC」によると、貧困家庭で育つ少女は生活のために歓楽街に働きに出て、若年出産する傾向がみられる。野口真理子理事長は「寮を完備し、孤立した少女を迎えている性産業もある。彼女たちがそこに流れざるを得ない現状を改めなければ、貧困の連鎖は止められない」と指摘する。
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2015年12月27日

公平性と効率をともに発展させることは可能

 所得は雇用からだけではなく資本の所有からも生まれるものである。トマ・ピケティは日本での、資産と所得の高い相関に注目した。だが富の所有と富のコントロールとの区別をすることが重要だ。
 今日では多くの国で、富は100年前よりもずっと公平に分配されている。だが、確定拠出型年金基金に入っているからといって、その基金が投資する会社の意思決定に参加することはできない。だから私はステークホールダー間での力のバランスを見直す必要性について論じている。
 この目的のために、独占禁止政策に所得分配の観点の導入や、適切な労使関係の確保がなされていい。
 TTIP(環大西洋貿易投資連携協定、米国とEU〈欧州連合〉の間のFTA〈自由貿易協定〉で大西洋版TPP〈環太平洋経済連携協定〉といわれる)のような案件に関しては、事業者と同じように労働者と消費者の利害も反映されるべきだ。
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2015年12月26日

労働者よりも高齢者へ向けられる国の支出

 大阪大学の小原美紀氏と大竹文雄氏の研究によれば、日本では社会の高齢化に伴い高齢者への国の支出が増加しており、訓練や教育のための助成金などといった労働人口への支出は、かなり限定されているということだ。
 ただし、不平等を減らすことはただ単に財政の課題であるわけではない。『21世紀の不平等』での英国オックスフォード大学フェローのアンソニー・アトキンソン氏の提案の多くは賃金と資本所得に関連したものだ。収入格差の拡大は、高学歴労働者に対する需要がその供給以上に早く増えることからもたらされる。経済学の教科書にはそう書かれている。
 オランダの経済学者であるヤン・ティンバーゲンは40年前に、優秀な労働者を生み出すための教育と、より多くの熟練工を必要とする技術的な変化とのせめぎ合いについて解明した。それに加え、今日は労働者の需要がグローバル化しているという要因もある。
 この話は、それぞれの国の労働市場に関する制度に照らして考える必要がある。日本での非正規雇用の割合は1984年から12年の間に2倍以上に増加した。
 所得は雇用からだけではなく資本の所有からも生まれるものである。トマ・ピケティは日本での、資産と所得の高い相関に注目した。「富の所有と富のコントロールとの区別をすることが重要だ」と言う。
 「今日では多くの国で、富は100年前よりもずっと公平に分配されている。だが、確定拠出型年金基金に入っているからといって、その基金が投資する会社の意思決定に参加することはできない。だから私はステークホールダー間での力のバランスを見直す必要性について論じているのだ」
 この目的のために、独占禁止政策に所得分配の観点の導入や、適切な労使関係の確保が必要になる。
 TTIP(環大西洋貿易投資連携協定、米国とEU〈欧州連合〉の間のFTA〈自由貿易協定〉で大西洋版TPP〈環太平洋経済連携協定〉といわれる)のような案件に関しては、事業者と同じように労働者と消費者の利害も反映されるべきなのである。
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2015年12月25日

豊かな国における貧困?

経済的不平等の現状に関する懸念は世界中で共通のものだ。近年は豊かな国と貧しい国との差が縮まり、世界全体として見れば1日に1.90ドル(約230円)以下で暮らす極貧層の数は目覚ましく減った。
 ただ、不平等は多くの国で生じており、豊かな国にも貧困が依然として存在している。これを受けて米国のオバマ大統領は、不平等の問題を「現代における明確なチャレンジ」と呼んだ。
 同様に、IMF(国際通貨基金)のクリスティーヌ・ラガルド専務理事も「不平等は世界の経済的システムの安定性を脅かすものだ」と述べた。そして国連のメンバーは2015年9月に、貧困と不平等の問題を強調した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に署名した。
 だが世界のリーダーたちは、不平等をなくして貧困に打ち勝つために取る手段そのものについては発言していない。彼らは公正な成長を求めているが、それはどうしたら実現されるのだろうか。
 この問題に取り組むために、英国オックスフォード大学フェローのアンソニー・アトキンソン氏は著書『21世紀の不平等』に所得の不平等と貧困を減少させるための15の具体的な提案を盛り込んだ。
 日本における所得の不平等や経済的困窮の程度は、1世代前よりも目に見えて高くなっている。米国や英国ほどの高さではないかもしれないが、ドイツやフランスよりは高い。OECD(経済協力開発機構)による2013年の経済調査には、「日本での不平等と困窮について、ともに近年上昇しており、相対的な貧困度は34のOECD加盟国で6番目に高い」とある。
 日本の場合、財政再建への取り組みが不平等と貧困にかえって悪影響を与えたといえる。不平等には世代間格差という重要な側面があるが、これには政策の影響も大きいといえるだろう。
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2015年12月24日

実は先進国トップの貧困率だった日本 貧困の波が押し寄せている

 経済規模を表すGDPこそ世界第3位の日本だが、貧困層は確実に広がっている。まずは、等価可処分所得の中央値の半分の額を「貧困線」(12年は122万円)といい、それに満たない世帯の割合を示す「相対的貧困率」は16.1%。これはOECDに加盟する34ヵ国のなかで第4位。さらに、大人が1人(つまり母子・父子世帯)に限ってみれば貧困率は54.6%で、これは世界第1位の低水準となる。
 労働組合東京ユニオンの関口達矢書記長は、現状をこう見ている。
「アベノミクスで景気がよくなったといわれても、それを実感できているのは、一部の富裕層に限った話。雇用の流動化を進める安倍政権が目指すのは、1%の富裕層が富を独占するアメリカのような超格差社会です。すでに、正社員の労働環境も不安定化しており、中間層が下に落ちてきています」
 中間層にまで貧困が拡大する現状の流れにはあらがえないのか。労働問題に詳しい人事コンサルタントの城繁幸氏は次のように語る。
「30年後には1人の現役世代が1人の高齢者を支える超高齢化社会が到来することは周知のとおりですが、その流れは企業内にも起きています。たとえば90年代、30代前半だったソニーの正社員の平均年齢が今は42.5歳。パナソニックでは45歳です。40歳で課長なんて『島耕作』の世界だけの話で、現実には50歳になっても平社員のままなんてことが容易に想定できます。新興国が10分の1以下の人件費で参入してきているグローバル化の流れと合わせて、中産階級は貧しくなる一方です」
 給料頭打ちの閉塞感は、負の連鎖に繋がると見ているのは社会学者の阿部真大氏。
「個々の意識がディフェンシブになればなるほど、経済全体が萎縮していき、それはそのまま収入にも反映してくる。そもそも経済成長とは、自由に元気に活発に、みんなが未来を見て仕事に打ち込むことが大前提。共産主義や社会主義がなぜ失敗したかといえば、その活力を労働者から奪ったからですよね。今の日本社会は、そうした悪循環に陥っています」
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2015年12月22日

非正規雇用が4割に 「賃金の節約」が理由のトップ

 非正規雇用が4割を超えたという厚生労働省の調査結果が話題となっている。非正規雇用はなぜ増加しているのか。
 厚生労働省は、就業形態の多様化に関する総合実態調査の結果を発表した。それによると、パートや派遣労働といった正社員以外の労働者の割合(事業所調査)は14年10月時点で40.0%となり、調査開始以来、初めて4割に達した。この調査は、官公営の事業所も調査対象に入っており、2010年の前回調査から1.3ポイント増加している。
 非正規雇用の一部には非常に高い賃金の仕事もあるのだが、マクロ的に見ると非正規雇用の賃金は正社員より安く、本人が望んでいないにも関わらず非正規の仕事しかないという状況であれば、改善の余地があるだろう。正社員として働ける会社がなかったからという理由を上げた非正規社員の割合は18.1%で、前回調査の22.5%を下回った。また専門的な資格・技能を活かせるからという理由は18.6%から20.1%に増えている。雇用環境が好転していることから、やむを得ずという理由は減少しているのかも…。
 ただ企業側の調査結果を見ると、正社員以外を雇用する理由のトップは「賃金の節約」(38.6%、複数回答)となっている。やはり企業は人件費を削減する手段として非正規雇用を活用している。
 確かに日本全体で見ると、労働者に回るお金の割合は低くなっていることが分かる。ニッセイ基礎研究所の調査によると、日本の労働分配率は過去20年間で最低水準まで低下した。つまり企業が生み出した付加価値(粗利益)が労働者にあまり分配されていないのだ。企業が利益を優先し、人件費を抑制していることが主な理由であり、非正規社員の増加はそのための手段なのだ。
 バブル崩壊以後、日本企業全体の売上高は、円安になった一時期を除いてほとんど伸びていない。当然だが、この結果は、日本の名目GDPが横ばいであったという事実と符合する。同じ期間、各国のGDPは1.5倍から2倍に拡大しているのだが、このことは日本企業のビジネス形態が20年間ほとんど変化しなかったことを間接的に示している。
 一方で、高齢化対策もあり、日本企業が雇用する従業員の数はむしろ増加した。雇用を維持するため、正社員の数を減らし、非正規社員の割合を増やすことで総人件費の抑制を進めてきたわけだ。この動きを止めるためには、企業が生産性をさらに向上させ、賃金増加の原資を確保する必要があるのだが、今の日本企業はそのような状況をつくろうとしていないし、そうやろうともしていない。
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2015年12月21日

「ティッシュって甘いんだよ」幼い姉妹、母と空腹の日々

 白飯、サラダ油、しょうゆ。
 2年前に生活保護を受けるまで、長野県に住む女性(30)の食卓に、しょっちゅう並んだ献立だ。ざっくり混ぜて食べると、油のコクで空腹が満たされる気がした。最初はツナ缶の残りの油をかけていたが、缶詰は買えなくなった。長女(9)と次女(8)は「おいしいよ」と食べた。
 おなかをすかせた2人は当時、女性に隠れてティッシュペーパーを口にした。次女は塩をふってかみしめた。「ティッシュって甘いのもあるんだよ」。後になって長女が教えてくれた。いい香りのするもらい物のティッシュは、かむと一瞬甘いという。
 そんな困窮状態になっても、周囲に「助けて」とは言い出せなかった。
 2010年、夫の暴力に耐えきれず家を出た。派遣社員として工場で働き、月収は多くて15万円ほど。だが、うつ状態で休みがちになった。収入は落ち込み、光熱費を滞納し始めた。
 夫から「役立たず」「ダメなヤツ」と罵倒され続けてきたことで、「自分がすべて悪い」という心理状態が続いた。夏でも窓を閉め切り、買い物に出かけるのもためらった。
 国民健康保険料を滞納したために呼び出された役所では、「収入10万円でも払っている人はいるんだ」と職員に言われた。ぜんそくの長女が風邪をひき、手持ちがないまま訪ねた薬局で、「後日必ず払います」と懇願したが、「慈善事業じゃない」と断られた。
 親類や知人も生活は苦しく、「甘えるな」「節約したら」と言われた。「人を頼っちゃいけないんだ」。そう思い込んだ。
 2012年暮れ。次女が風邪をひいた。この状況を何とかしなければと訪れた病院で、小児科医らに生活保護を勧められた。だが役所では、うつだと話しても、「もう少し働いたら」と何度も促された。「やっぱり頼っちゃダメなの」。申請をあきらめた。その後、クレジットカードのキャッシング(借金)を繰り返したが、数カ月で返済が滞った。
 13年12月。電気の止められた部屋で、野菜の切れ端が入った薄い雑炊を3人で1杯づつすすった。ろうそくの炎を見つめるうち、長女から「死んじゃうの」と聞かれ、決意した。
 あのときの小児科医に助けを求め、福祉相談に応じている病院の職員に付き添われて生活保護を申請。うつが悪化し、就労は困難だとして認定された。
 今は月18万円ほどで暮らす。前は何も欲しがらなかった長女や次女が、「マック食べてみたい」「弁当にから揚げ入れてね」と言うようになった。
 女性は振り返る。「周囲の厳しい視線を感じて殻に閉じこもった。周りの人もがんばっているんだから自分だけ助けてって言うのは恥ずかしく、なかなか言い出せなかった」
 以上は朝日新聞の記事からだが、ほかの問題はいいからこの問題だけを徹底して追求したらどうか。これこそまさに政治の貧困なんだから…。1人親世帯は母親も父親も苦しい。こんな現状で子供をつくれは無理。すると政治家も資本家も移民と言い出す。酷い国だ。
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2015年12月20日

増える貧困家庭。月給25万、年収305万でも貧困層!?

 貧困層と聞いて何が思い浮かぶだろうか。明日食べる物もままならない。ボロい借家で家族がひと間で暮らしている。貧困と聞くとそんなイメージを持つかもしれない。
 しかし、厚生労働省が発表した「貧困率」によれば、日本の貧困率は15.3%、OECD諸国平均値の10.2%を上回る結果となりました。15.3%と、決して低くはない数字だが、みんながイメージするような家庭が現代の日本にそれほど存在しているのだろうか。
 では実際の貧困率はOECD(経済協力開発機構)において「等価可処分所得の中央値の半分の金額未満の所得しかない人口が全人口に占める比率」を「相対的貧困率」と定義している。
 日本の場合、等価可処分所得の中央値は274万円というデータがあるので、その半分の137万円未満の人が貧困層ということになる。年収137万円未満の人が貧困層だというなら納得できるかもしれないが、しかし、年収137万円未満の世帯が日本に15.3%も存在するはずはない。実はこれにはちょっとしたカラクリがある。
 等価可処分所得とは、世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って調整した所得のことをいう。つまり、妻1人、子供2人の合計4人家族のサラリーマン世帯ならば、月給25万、年収305万円未満ならば貧困層と定義される。概算で、年収305万円のうち社会保険料や税金などを差し引いた可処分所得が274万円。それを4人の平方根の2で割った数値が137万円なのだ。
 しかし、貧困率が上昇したのはこれまでの政府の責任であるとの批判や、現政府は貧困率を下げるよう努力すべきとの主張が多くみられるが、月収26万円以上稼げないことが政府の責任なのか。社員に25万円の月給を払っている企業でさえ貧困層を生んでいる問題企業と見なされるのか。すべての平均的世帯の月間所得が最低で26万円以上になるように手当てを支給することが政府に求められるのか。そのあたりが今後の議論を呼びそうなのだが…。
 では具体的にはどのような家庭を指すのか。日本をはじめ先進工業国では、物質的・金銭的な欠如だけが問題ではない。お金がないために人とつながりをもてない、働くことや文化活動に参加できない、人間としての可能性を奪われる、子供を安心して育てられない、というような状態に追い込まれることが大きな問題になってくる。これを「相対的貧困」という。
 では具体的に相対的貧困とは何なのか。まず貧困には2つの種類がある。1つは「絶対的貧困」。これは生きるのすら危ぶまれる状態。簡単に言うと衣食住の確保が厳しく飢餓で苦しんだりするような、普通に生活するのが絶望的な状態をさす。日本においては珍しいケースであり、少なくともネットでこのページを見ている層には当てはまらないはず。そしてもう1つが日本で問題となっている「相対的貧困」。これは日本において普通とされる暮らしをするのが難しい状況をいう。それは何も死に直面した状況をさすわけではなく、自分が暮らす地域での一般家庭という基準のもとに存在する定義であり、そこが絶対的貧困との違いである。
 ただし、相対的貧困は精神にも多大な影響を与える。貧困家庭の子供は周りの友達との暮らしぶりに違和感を持ち惨めな気持を味わう。これにより「何で自分だけが」「自分には価値がない」などネガティブな感情を抱えることになり、結果精神状態が不安定になってしまったり、自己肯定感が低くなったりする恐れがある。自分に自信が持てないことから孤立しがちになり結果、将来にまでその影響が及ぶケースも少なくない。
 母子家庭=貧困ではない。たしかに、母親が稼ぎ手となる母子家庭での貧困率は確かに高い。しかし、両親が揃い父親が稼ぎ手となって働く家庭にも貧困の波は押し寄せている。2人親世帯の所得の低下も、子供の貧困化の大きな原因となっている。なかでも、父親が若い、とくに20代の世帯の貧困率がとくに高いのだが、たとえ共働きをしたとしても、低賃金の非正規雇用が多いために、貧困から脱出できない状態にあるのだ。
 これといったスキルも学歴もない場合、やはり手取りで25万を超えるのはなかなか厳しいのが現状。年収300万付近の人は結構な割合で存在すると思われる。また、共働き世帯の場合でも妊娠などで妻が働けなくなった場合など、さらに家計を圧迫するケースも少なくない。年収が大してあがらないこの時代だからこそ、さほど無駄遣いをしてなくても、予期せぬことが勃発すれば家計は火の車になってしまうのだ。ここに大きな問題があるという認識を持つべきなのだ。
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2015年12月19日

高齢者の「貧困率が高い国」 1位韓国、日本4位

 OECD加盟国の65歳以上人口のうち、12.6%が相対的貧困層に属することが最近の調査でわかった。相対的貧困層とは、所得がその国の世帯平均の50%に満たない集団を意味する。統計全体では高齢の女性は男性よりも貧困状態に陥るリスクが高い。この傾向は75歳以上のグループをそれ以下の年齢集団(66歳以上75歳未満)と比較した場合に、明らかになっている。
 OECDのレポートによると、65歳以上の貧困率が最も高い国は韓国で、その割合は何と50%にのぼる。オーストラリアとアメリカでも年金生活者の貧困率が高く、それぞれ35.5%、21.5%となっている。一方、年金生活者の貧困率が低いのはオランダとフランスだ。韓国では年金制度が十分に整っていないことが、高齢者の貧困率の高さにつながっていると、レポートは述べている。
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2015年12月18日

一人親世帯の貧困率は54.6%

酷い数字となっているのが、一人親世帯の貧困率である。2012年の厚生省の発表だと、一人親世帯の貧困率は54.6%。 約半数が貧困と背中合わせの生活をしているのだ。
 OECDがまとめたレポートでも、日本の一人親世帯の相対的貧困率はOECDに加盟する33ヵ国のうち、アメリカ、スペイン、イタリアをおさえ、最も高い数値となっている。
 「一般的な所得の半分未満のお金で生活する人」が決して少なくない日本。その数値は世界的にも高くなっており、また、一人親となった場合の貧困率は世界でトップクラスだ。
 親の貧困率が高まれば当然、子供に十分な教育の機会を与えることが難しくなるし、十分な医療を受ける機会を損失する可能性もある。早急に対応しなければならない問題には間違いないが、この対策が十分に進んでいるかといえば課題が多い」ということになる。
 2014年8月に子供の貧困対策に関する大網が閣議決定されたが、柱となった「教育支援」「生活支援」「保護者の就労支援」「経済的支援」の4つは、ほとんどが各省庁の既存の事業を並べて再構成した印象が強く、新鮮味のある施策は見当たらない。
 さらに大網では貧困率を改善するために数値目標が掲げられなかった。地方自治体の対策事業も努力目標にすぎないのだ。
 貧困率をいつまでに何%に下げるのか。そのために、国は地方自治体と連携してどのような対策を取るのか。その結果をどう検証して次に生かすのか。そうした計画と実行と検証を繰り返してこそ、法律が実効性のあるものになるはずだ。ちなみに、子供の貧困率を大きく下げたことで知られるイギリスは、2020年までに10%未満にする目標を掲げている。
 実際に国をあげて改善を行い、結果を出している国もある。まず、日本においても国民的な関心事として貧困率について考えてみる必要がある。次世代を担う子供たちにいつまでも苦しい環境に置いておくわけにはいかないはずだ。
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2015年12月17日

あまりに酷い日本の「子供貧困率」

 25〜29歳の女性:218万4000円
 30〜34歳の女性:235万1000円
 35〜39歳の女性:247万9000円
 40〜44歳の女性:255万4000円
 45〜49歳の女性:263万5000円
 こちらは、平成26年に厚生労働省が公表した女性の年齢別賃金の推移である。働く女性の年収だが、これは25年度に調査した時点と比較して、どの年齢層も増加している。この数字が日本の働く女性の平均的な年収となる。少なくないか。
さて、日本は、世界の経済規模で3位に位置しており、国民の多くが中流家庭と自覚していた。外からみると裕福に見える日本だが、今、あるカテゴリにおいて大変なことになっている。それが、「子供の貧困率」である。
 子供の貧困率が高まると、子供たちは教育や医療を受ける機会を失い、明るい未来を失い、ひいては、少子高齢化・無縁社会が進むこの国の傾向をより加速させることにもつながる。
 厚生労働相が2014年7月に発表した「国民生活基礎調査」によると、子供の貧困率は16.3%である。つまりこれは、日本の子供の6人に1人、約326万人が貧困状態になるのである。
 なぜ、日本で貧困というような疑問を抱く人も多いかもしれない。貧困というと、食糧がなく生活環境が劣悪で生命の危機がある「絶対的貧困」を想像しがちだが、ここで言う貧困とは「相対的貧困」を指すのだ
 これは世界の関係機関が採用している考え方で、世帯収入から税金・社会保険料を引き、世帯1人当たりが自由に使えるお金(可処分所得)を出し、それを低い方から並べたときに、人数にしてちょうど真ん中にあたる人を基準とし、所得がその半分に満たない人の割合のことである。ひらたく言うと、「一般的な所得の半分未満のお金で生活する人の割合」ということだ。
 2012年の時点では、1人世帯で年間122万円がこれに該当しており、2人世帯では約173万円、3人世帯で約211万円となった。その額を下回る世帯が日本全体で16.1%、子供のいる世帯では16.3%となったのである。
 長引くデフレ経済の下、子育て世代の所得が減少したことが影響している。母子世帯も増加しており、母親が働く仕事での給与水準がなかなか上がらないことも影響していると分析されている。
 日本の貧困率を世界から見るとどうか。これはこれでショッキングな数字となっている。2009年にユニセフ・イノチェンティ研究所の発表によると、日本の貧困率は14.9%で、調査した35ヵ国の中で9番目の高さだ(厚生省のデータとは算出方法が異なる)。
 しかし、これを1人当たりのGDPが高い順に先進20ヵ国で見てみると、日本は、アメリカ、スペイン、イタリアに次いで4番目に高かった。つまり、「先進国でワースト4の子供の貧困率」である。
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2015年12月16日

生活保護世帯のうちもっとも多いのは?

 生活保護世帯は過去最多を更新し続けているが、構成比を見ると高齢者と障害者・傷病者が多く、全世帯の7割超を占める。
 これらは事実上働くことができない世帯だ。保護費の内訳を見ると医療費にかかるものが半分を占める。生活保護というと不正受給に注目が集まりがちだが、生活保護費の総額に占める割合は 0.5%前後で推移しており、多いとは言い難い。
 高齢者が増えるに伴って、今後も生活保護受給世帯が増え続けるのは間違いない。生活保護費だけに着目して予算を削減するのではなく、年金、医療、介護など約30兆円に上る社会保障関係費全体の中で議論すべきだろう。
 国もセーフティネットの拡充に向けた問題意識は持っている。今年4月から生活保護に陥る手前で支援するために「生活困窮者自立支援法」を施行した。
 フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が記した『21世紀の資本』。ピケティ氏は米国などにおいて上位1%の富裕層に富が集中する格差の構造を炙り出した。一方、現在の日本で問題視される格差とは、大衆層の貧困化なのである。
 多くの人は、貧困は他人事だと思っているだろうが、実はそうではないのだ。女性、高齢者、子供などにもその闇は広がり、日本を覆いつつある。まずはその事実にきちんと向き合うこと、そしてどのような対策を打つのか考える必要がある。
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2015年12月15日

多くの日本人が貧困に沈むのは、なぜなのか?

 貧困世帯にはときとして厳しい批判が飛ぶ。だが本当にそうなのか。病気、ケガ、介護、転職、失業……誰にでも起こりうる事態をきっかけに、人々は「安定」からいとも簡単に滑り落ちていくのだ。
「まさかこんなことになるなんて……」
 50代の男性はそう嘆く。彼はかつて誰もがうらやむエリートビジネスマンだった。外資系IT企業を渡り歩いてキャリアアップ。ピーク時の年収は1200万円に上り、充実した生活を送っていた。ところが、現在の年収は約300万円と4分の1に。一時は生活保護の申請に足を運ぶなど、生活に困窮していた。彼の身に一体何が起こったのか。
 生活保護への風当たりは強い。もともと受給者の負担のない救貧施策のため、批判を浴びやすいが、保護費負担金は3.8兆円(事業費ベース)に膨らんでいることもあって、予算削減の動きが加速している。
さらに不幸は重なる。しばらくして今後は母親が心臓の病気で倒れた。都内のマンションから東京郊外にある実家に戻り、看護をしながら通勤する生活に。通勤時間は片道2時間半。終電に間に合わず、週の半分はサウナに寝泊まりしていたという。それでも親の看護と仕事の両立は簡単ではない。自分が倒れたときに有給休暇を使い切っており、欠勤扱いになる日が増加。2011年末に会社を解雇されてしまった。
 解雇と同じくして母親は他界。さらに父親にも肺がんが見つかり、母の死から数ヵ月後になくなった。精神的にはどん底だったが、それでも働かなければ生活できない。実家暮らしで家賃負担はなかったが、希望の仕事を見つけるのは難しい。コンビニのバイトを始めた。生活保護の申請にも行ったが、持ち家と数十万円ほどの貯金があるから認められないと担当者はにべにもなかった。
 その後、家を300万円で売却。友人たちの誘いなどもあり、貯金を元手に都心に戻ってきた。現在はITの知識を生かしてフリーのコンサルタントとして生計を立てている。だが病気などで働けなくなったらどうなるのか、老後はどうするのかを考えると不安は募る。
 経済学に「貧困の罠」という言葉がある。本来は税制や社会保障制度などの欠陥によって貧困から抜け出せない状況を意味する。ただこの男性のように普通に生活をしていても、貧困に陥る「罠」は少なくない。
 転落者を受け止めるセーフティネットも手薄だ。雇用保険や医療保険、年金などのように保険料を支払い、いざというときに給付を受ける社会保障制度はそれなりにある。が、それら防貧ネットからこぼれ落ちた人たちの受け皿となるセーフティネットは生活保護しかないのが実情だ。
生活費にあたる生活扶助は今年4月からカットされた。これで2013年から3度目の切り下げだ。7月以降は家賃に当たる住宅扶助や暖房費などの冬期加算も削減された。
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2015年12月14日

増加し続ける生活保護受給者

 「不景気で事業を廃止せざるおえなくなった」「貯蓄が底を尽いた」「派遣切りで職を失った」「病気や障害、高齢で働けない」などさまざまな理由で生活保護の受給率は増加の一途を辿っている。生活保護の受給者数は平成7年を底に増加に転じ平成25年度で215万8946人となっており、生活保護の利用総額3兆6028億円にものぼる。
 受給者の半数近くを占めるのが高齢者で、高齢化社会になってゆく日本は今後も生活保護受給者は増える一方だ。受給者数を年齢別で見てみると、60歳以上が50%を占めており、20代〜30代は20%と少ない。その理由の1つに、就労が困難というのがあげられる。
 生活保護を受給しながら働くことは可能だが、その割合は少なく保険証を持つことが出来ないため必然的にアルバイトやパート就労となってしまうからだ。意外なのが、10代の受給者数が20代〜30代を上回っているということである。おそらく、母子家庭の子供が要因だと思われる。
 生活保護者が増える一方で生活保護の不正受給がメディアで報道されることが増え、生活保護=不正受給というイメージが横行している。だが、そういったケースはわずかで不正受給は全体のわずか0.53%しかない。利用者が増え、国の財政が圧迫されているという意見もあるが、生活保護は「セーフティーネット」で、職を失った人が生活の立て直しを図るためのものでもある。
 だが、毎年10万人以上の人が受給廃止となる中「収入が増えた」という廃止理由が全体のわずか12%というのが現実で、不正等の廃止理由よりはるかに下回っているというのが現実。なかには失踪、家出といった悲しい理由もある。厳しい制約が嫌になったのかもしれない。
生活保護者の受給者数が増加しているが、実は受給資格がある世帯の内80%もの世帯が受給していないというのもまた実情。その多くは自身に受給資格があることを知らずに生活している。世界的に見ると、ヨーロッパは60〜90%の世帯が利用しており、先進国の中で日本の生活保護世帯はとても少ない。
 生活保護費が財政を圧迫しているという指摘もあるが、むしろ日本の受給者を少なくされてきたことが問題ではないか。公的扶助が行き届いておらず、政府の政策が貧困削減の効果をなしておらず、格差社会に拍車がかかり貧困が生み出されているのだ。
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2015年12月13日

日本こそが先進国で一番冷たい格差社会

日本の格差問題も英米に比べればまだまし――。そう考える人は多いことだろう。しかし、ハーバード大学のマルガリータ・エステベス・アベ教授は、福祉機能で米国に劣り、雇用環境で欧州以下の日本こそが、先進国で一番冷たい格差社会であると警鐘を鳴らす。
日本で格差問題が悪化したのはアメリカ型の市場原理を導入したからではないか、との批判が高まっているが、これにはいくつかの誤解がある。
 アメリカは確かに国家の福祉機能が小さく、利潤追求と競争の市場原理を重視しているが、それがすべてというわけではない。市場原理にまったく従わない民間非営利セクターが大きな力をもち、福祉機能、すなわち社会を維持する役割を担っている。貧困者や市場で失敗した人たちの救済活動はその分かりやすい例だろう。
 非営利団体はホームレスのシェルター(無料宿泊所)を運営したり、食事や古着を提供したりしている。ハーバード大学の学生も忙しい勉強の合間にボランティアで恵まれない子供に勉強を教えたり、あるいはシリコンバレーで成功した人が社会貢献活動をするのがブームになったりしている。このようにアメリカには、政治に対する意識とは別に自分が社会に何を還元できるのかを考える人が多いのである。
日本はアメリカと似て国家の福祉機能が小さく、また、「自助努力が大切だ」と考える人が多い。しかし、企業や社会にはじき出された人を守るシステムが弱く、家族に頼らなければならない。経済的に余裕のある家庭ならばよいが、問題は家庭内で解決できないときにどうするかである。
意外に聞えるだろうが、生活保護の受給条件は実は日本のほうが厳しい。アメリカでは個人に受給資格があればよいが、日本では家族の所得も事実上調査される。大学教授だった私の知人は裕福だが、息子は生活保護を受けている。日本だったら、まずあり得ない話だろう。日本の役所は生活保護の申請書をくれなかったりするが、他に助けてくれるところがないから行政に行っているのになかなか助けてくれない。
 ちなみに、アメリカ型の市場原理に対する批判はヨーロッパでもある。ただ、欧州先進国の多くは国家の福祉機能が大きく、「市場で失敗するのは個人だけの責任ではないので、国家が助けるのは当然だ」と考える人が多い。こうしてアメリカとヨーロッパ、日本を比べてみると、日本が一番冷たい社会のように思える。
正規・非正規社員の賃金格差の問題にしても、同じ仕事をしながら賃金に大きな差がでるということはアメリカではあり得ない。もしあれば明らかに組織的な差別であり、企業は訴訟を起こされて何十億円もの莫大な賠償金を強いられるだろう。
日本企業ではインサイダー(内輪の人間、つまり正規社員)の雇用保護が強いので、アウトサイダーの非正規社員が不利益を被ることになる。皮肉なことだが、日本が本当に市場原理を導入していればこのようなことは起こらないはずだ。
本来は労働組合が何とかすべき問題だが、企業内組合なのでアウトサイダーのために本気で闘おうとはしない。
インサイダーの雇用保護はヨーロッパでも起こっており、日本特有の問題ではない。ドイツやフランスなどで若者の失業率が高くなっているのはそのためだ。しかし、ヨーロッパでは労働組合(産業組合)が強いので、非正規社員に同じ仕事をさせて賃金を低くするという雇用形態は許さないだろう。
日本は非正規社員を守るシステムが事実上ほとんどないが、これは政治的に解決できる問題だ。政府がそれをしないのは、企業の反対が強いからだろう。
しかし、日本企業もいつまでインサイダー保護を続けられるかというと、限界がある。製造業にしても正規社員が増えるわけではないし、これまでのやり方では社会保障などのコストが高くなりすぎる。正規社員が減れば厚生年金加入者も減り、受給者とのつじつまが合わなくなる。高度成長の時代ではないので、何が持続可能なのかをよく考える必要がある。最終的には日本人がどういう社会で生きたいのかということだ。考えるとしてだが…。
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2015年12月12日

生活保護「水と番茶の違い」

 「紅茶を飲むのは、英国人にとって自然なことで、それさえ奪われるのは貧困だ」
 英国の貧困研究の大家・ピーター・タウンゼントは彼の「相対的(権利)剥奪」の考え方を、そのように説明した。日本流に言えば、のどが渇いても番茶さえなく、水で我慢するのは「相対的な貧困」である。
  生活保護基準は「マーケットバスケット方式」「エンゲル係数方式」を経て、1965(昭和40)年、この相対的な貧困概念の「格差縮小方式」が採用された(〜83年度)。一般世帯と被保護世帯との格差を埋めるため、政府見通しの個人消費支出の対前年度比伸び率に格差縮小分が上乗せされた。一般世帯を100%として被保護世帯の消費支出は80年度にはほぼ60%に漕ぎつけた。84年度以降は、一般国民の消費支出の伸びを基本に調整を図る「水準均衡方式」が実施されている。
 先進諸国の生活保護制度(公的扶助)の共通点は、
 @ 最低限度の生活保障
 A 所得・資産の資力調査(MEAMSTEST)実施
 B 費用は全額租税
の3点といえる。
  最低限度の保障は「ナショナル・ミニマム」とも呼ばれる。その水準は、豊かな社会では「基本的保障」と呼ぶのが適切かもしれない。生活保護制度もその到達点を模索してきた。
「生活扶助」は飲食費や衣服費だけではない。例えば耐久消費財はどう扱うのか。1966年、大阪府八尾市で乳児を抱えた母親が保護の申請をしたところ、ミルクを冷やすために買った電気冷蔵庫の処分が条件と言われ、母子心中した事件が起きた。電気冷蔵庫と電話の条件付き保有は翌67年、カラーテレビの保有は72年などと、次第に認められるようになった。
電化製品等の保有は、その居住地域で7割程度の普及率が目途にされる。しかし、近年でも埼玉県桶川市で、79歳の女性がクーラー保有を理由に「保護打ち切り」を通告され、クーラーを外して脱水症状で倒れた事例があった(94年)。今もマイカーは原則認められないが、重度障害者の外出や過疎地域の通院患者には必需品である。
「教育扶助」はあっても、高校進学は長い間、特例扱いだった。2005年度から就労援助の「生業(せいぎょう)扶助」に含めて公立高校で学ぶ費用が支給され始めた。高校を卒業しなければ就職先を見つけるのも難しい時代だからだ。
生活保護は「サービス付きの現金給付」といわれる。相手の生活状態に応じたきめ細かな保護と自立への支援が常に問われる。
一方、生活保護を受ける際には「資力調査」が伴う。「生活困窮者がすべての資産・能力等を活用したうえ、なお不足する分を補う」(保護の補足性)。そのための調査だが、厳しすぎると、申請をためらったり、困窮者が拒否されたりする「漏救」が多発する。生活保護基準以下の低所得者層をどの程度「捕捉」しているか。日本の捕捉率は国際的に極めて低いとされる[橘木俊詔・浦川邦夫(2006年)では生活保護制度は保護基準未満の推計16.3%〜19.7%の補足率、小川宏(2000年)では同9.8%にすぎない]。
逆に資力調査が緩やかに過ぎると濫りに保護する「濫救を引き起こす。2011年度で不正受給は3万5568件、173億1299万円。最多は収入の無申告、次いで収入の過少申告等(総務省行政評価局)。全受給世帯数に占める不正件数の割合は2.4%、保護費総額に占める不正額は0.5%だが、租税を財源とする生活保護にとって不正防止は制度の生命線に違いない。
暮らしを支えるさまざまな社会保障制度が整えられたにもかかわらず、この「最後のセーフティネット」に頼る人々が増え続ける。 被保護人員は2013(平成25)年度216万6381人(2月)で、敗戦直後を上回った(総人口に占める保護率は2.42%から1.70%へ)。生活保護費は同年度約3.8兆円(国4分の3、地方4分の1)。
被保護人員は好況期の1985(昭和60)年度以降は減少・横ばいを続けたが、「バブル経済」の崩壊と不況を背景に95(平成7)年頃から増加に転じた。その後の急上昇は、景気低迷や無年金者の増加だけではない。
2008(平成20)年の冬、東京・日比谷公園にNPOや労組が設けた「年越し派遣村」は食事と寝場所を求める失業者、ホームレスらであふれた。とりわけ派遣先の職場で仕事を失うと、宿舎からも追い出される“派遣切り”の過酷さが際立った。
2013年度の世帯類型では65歳以上の高齢者45.5%、傷病・障害者29.3%、母子7.1%と貧困に陥りやすい世帯が並ぶ。しかし、「その他の世帯」が03年度の8万4941世帯(総数の9.0%)から28万7570世帯(同18.1%)へ膨張した。うち50歳以上53.5%、20歳代も5.3%で、重病や重度障害でなければ働ける世代である。
現に余りにも収入が低く、保護費で穴埋めする例もある。この底流にあるのは90年代から始まる非正規労働者の急増と推測される。
今年4月からは「生活困窮者自立支援法」が施行さたが、それは、一見「豊かな社会」に深く広がる貧富の差をいかに埋めるか、という難作業になるだろう。予測としては溝を拡大させるに過ぎないかもしれない。難作業を役人・政治家がやるだろうか。大いに疑問である。


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2015年12月11日

ニートという立場

「ニート、無職、生活保護は努力不足だ。ニート、無職、生活保護の努力不足が日本を悪くする原因だ」と言う意見をよく聞く。しかし、努力不足という精神論的な観点を否定はしないものの、当然、肯定もしない。なぜ増加するのかを客観的に考えてみる。
 日本衰退の原因がニート、無職、生活保護の増加ではなく、日本衰退の結果がニート、無職、生活保護の増加であるのではないか。原因と結果を取り違えて努力不足という精神論でニート無職生活保護を日本衰退のスケープゴートとして叩くのは疑問なのだ。
 マクロ視点で考えると経済が成長しない限り、企業は労働者を吸収することができない。その吸収できない労働者を「家計」がとりあえず吸収した形態が「ニート」「無職」であり、「政府」がとりあえず吸収した形態が「無職」「生活保護」ではないか。
 日本が少子多老化、人口減少により経済が縮小していく中で企業が労働者を吸収できない現状が「ニート無職生活保護の増加」または「若者の就職率の超低迷」である。これは企業が悪いとはばかりは言い切れないし、ニート・無職・生活保護や若者が悪いとも言い切れないのだ。「ニート・無職・生活保護の増加」は単純に資本主義社会のシステム上「企業」が労働者を吸収できないというただの結果に過ぎないのではないか。
ただし、ミクロ視点では確かに努力不足のプロフェッショナルニート、プロフェッショナル生活保護という好まれざるプロフェッショナルも相当数いることは大きな問題ではあるのだが…。
 これからニート・無職・生活保護を吸収できると思われる「企業」は需要が激増する「老人産業」ではないだろうか。だが、その老人産業に就かないニート・無職・生活保護を努力不足と考えるか否かは意見の分かれるところかもしれない。
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2015年12月10日

生活保護法を成り立たせる考え方

 生活保護法の法律作成にあたった旧厚生省の担当課長は「何らかの意味において社会的規準から背離している者を指導して自立できるようにさせることこそ、社会事業の目的」と説明している(小山進次郎『生活保護法の解釈と運用』)。
 貧困状態に至った人の中には、ギャンブルや浪費で身を持ち崩した人、刑務所に入っていた人、余裕がないのにパチンコをしょっちゅうやる人、お酒をたくさん飲む人、どんどんお金を使って月の途中で食べていけなくなる人も、確かに一部いる。それでも、排除するのではなく、問題解決のための支援をしっかりやって、生活を立て直してもらおうという考え方なわけである。
 このあたりには抵抗感を抱く人もいると思うが、個人の生活問題の背景には依存症、軽い知的障害などが絡んでいることがよくあることだ。かりに問題を抱えた人たちをどんどん拒絶・排除していたら、どういう事態が社会に生じるかも、想像する必要がある。
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2015年12月09日

かつては働けない者だけが救済対象だった?

 戦前の日本にあった公的扶助制度は、対象となる者の範囲を限定する「制限扶助主義」だった。
 1874年(明治7年)に制定された「恤救恤救規則」の救済対象は、次の3つのパターンである。労働能力がないうえ、人民相互の情誼情誼(親族や近隣による助け合い)で生計を維持できない極貧者、という非常に限られた範囲にコメ代を支給した。
 @ 障害・疾病で、独身または家族が70歳以上か15歳以下の極貧者
 A 70歳以上の重病あるいは老衰で、独身または家族が70歳以上か15歳以下の極貧者
 B 13歳以下で、独身または家族が70歳以上か15歳以下の極貧者
 1929年(昭和4年)に成立した「救護法」は、市町村長が救護の責任を持ち、生活扶助に加えて、医療・助産・生業(仕事に必要なもの)の扶助と埋葬費の支給を行った。 対象者は次の通りで、働くことが困難なことに加え、扶養義務者が扶養できない場合に限定していた。
 「65歳以上の老衰者、13歳以下の幼者、妊産婦、傷病・障害で労務に支障のある者」
 また、「性行著しく不良なるとき、または著しく怠惰なるとき」は、救護しないことができるという欠格条項があった。
 戦後すぐの1946年に制定された旧生活保護法は、国家責任、無差別平等をうたう一方で、能力があるにもかかわらず勤労の意思のない者、勤労を怠る者、生計の維持に努めない者、素行不良な者には、保護を行わないという欠格条項を定めていた。怠けている、素行不良、生計の維持に努めないといった判断には、行政側の主観がかなり入る。
 1950年にできた現行の生活保護法は、労働能力の有無にかかわらず、すべての生活困窮者を対象にする「一般扶助主義」を採用した。欠格条項の規定もなくなった。
 貧困に至った原因が何であっても、現に生活に困窮していて、「利用しうる資産、稼働能力その他あらゆるものを、最低限度の生活の維持のために活用する」という要件を満たせば、保護の対象になる。ただし、稼働能力を意図的に活用しない者は除外するという欠格条項的な要素は残っている。
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2015年12月08日

違法な運用を社会運動が正してきた?

 路上や公園などで寝泊まりする野宿者が90年代後半から2000年代にかけて急増したのは、失業の増加に加え、以上のような福祉行政による排除(差別)が大きな要因だった。このため、ホームレス支援団体や法律家は、行政への改善要請、審査請求、行政訴訟などに取り組んだ。
 厚生労働省は2003年7月31日に「ホームレスに対する生活保護の適用について」という保護課長通知を出し、「居住地がないことや稼働能力があることのみをもって保護の要件に欠けるものではない」とし、住所の有無や年齢で線引きしてはねつける運用が間違っていることを明確にした。また、ホームレス状態の人を保護する場合、病院への入院または生活保護施設への入所に限定していた自治体があったのを改め、敷金を支給して路上から直接、アパートなどの居宅で保護してよいことを示した。
 2008年秋のリーマンショック後の不況では、「派遣切り」によって仕事と住まいを一気に失う人が相次いだため、同年末から「年越し派遣村」の運動が東京・日比谷公園を舞台に展開された。東京都と厚労省は、稼働能力のある年齢層も幅広く保護の対象として認め、公園からの保護の申請、公園を現在地とする保護の即日開始、保護費の即日支給、居宅へ移るための敷金や家具などの支給を行った。翌年に相次いで出された厚労省の課長通知は、失業困窮者への速やかな支援と住宅確保を求め、居宅を確保するまでの一時的な宿泊費も支給できるとした。
 社会運動が行政の姿勢を正し、生活保護の理念、無差別平等の原理を、少なくとも国の運用通知のレベルでは実現してきたわけだ。ただし、自治体幹部の無理解や現場のケースワーカーの勉強不足から、ルールに反する運用は、最近でも多く見受けられるのは嘆かわしい限りだ。
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2015年12月07日

働く能力があっても受けられる?

 「まだ若いから働けるでしょ」と、福祉事務所へ相談に行った人が追い返されるケースもしばしばあった。ホームレス状態の人に限ったことではない。
 生活保護の要件の1つに「稼働能力の活用」がある。働いてお金を稼ぐ能力のこと。通常は65歳(一部の自治体では60歳)になるまで、病気、障害、乳児の養育、家族の看病・介護といった事情がなければ、働いて稼ぐ努力をするよう求められる。
 しかし、65歳未満で労働能力があるからといって、生活保護を利用できないわけではない。心身の状態や家庭の条件から見て本人が働ける状況にあるか、実際に就労できる場があるか、働いたらすぐに収入を得られるかを考えて、保護の必要性を判断する必要があるのだ。
 働こうと思っても不景気で適当な仕事が見つからないこともあれば、個人の年齢、能力、資格、資質などの関係でなかなか雇ってもらえない人もいる。たとえ就職しても給料日までお金をもらえなくて困る場合もあるし、懸命に働いても低い賃金しか得られないこともある。一律に年齢で区切って排除するのはおかしい。
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2015年12月05日

困ったら、誰でも生活保護を利用できる

 経済的に困ってやっていけないとき、人間らしい暮らしを支える最後の手だてになるのが生活保護制度。重要なポイントの1つは、要件を満たしていれば、どんな人でも生活保護を利用できることである。
 生活保護法は、次のように定めており、「無差別平等の原理」と呼ばれている。
 第2条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる。
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2015年12月04日

困ったら、だれでも生活保護を利用できる

 経済的に困ってやっていけないとき、人間らしい暮らしを支える最後の手だてになるのが生活保護制度。重要なポイントの1つは、要件を満たしていれば、どんな人でも生活保護を利用できることである。
 生活保護法は、次のように定めており、「無差別平等の原理」と呼ばれている。
 第2条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる。
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2015年12月03日

生命保険、学資保険の扱い

 保護を申請したときに、解約返戻金のある生命保険に加入していると、資産として解約を求められるのが原則。ただし返戻金が少額で、保険料も高くないときは、保険金や返戻金を受け取ったときに保護費を返還するという条件つきで、保護を受ける方法が認められている。目安としては、返戻金の額が、医療扶助を除いた保護基準額の3ヵ月分程度、保険料が、医療扶助を除いた保護基準額の1割程度以下とされている。
 このほか、厚労省の見解は示されていないのだが、近いうちに亡くなるか重い障害になる病人がいて、やがて保険金が出る見込みのとき、入院特約があって入院の見込みがあるとき、年金特約があって年金給付が近く始まるときなどは、加入の継続を認めるべきではないだろうか。福祉事務所が認めない場合は、法律家に相談して交渉してみるといい。
 学資保険は、保護を申請する時点で加入している場合、解約返戻金が50万円以下なら、保有したたま保護を開始してよいという解釈を厚労省は示している。先に述べた中嶋訴訟の事例にぴったり合わせた金額なのだ。
 ただし保護を受けてから加入した場合と違い、満期でお金を受け取ったら原則として、申請時の解約返戻金に相当する額を返還するよう求められる。学費がどんどん高くなった中、大学などに進学するために入った学資保険でも、もともと保有していた分を没収されるとしたら、自立を助長するという生活保護の目的に反する気がするのだが…。
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2015年12月02日

保護費のやりくりで貯蓄するのは問題ない?

 保護を受けてから、保護費をやりくりして貯蓄するのは、認められるのか。
 保護費の使い道は基本的に自由。生活の維持向上や自立に向けた貯蓄は問題はない。
 かつては、保護費を切りつめた貯蓄でも、資産と解釈して高額なら収入認定するという運用があったのだが、加藤訴訟秋田地裁判決(1993年4月23日、高齢の障害者が将来の介護費用として約80万円をためていた)、中嶋訴訟最高裁判決(2004年3月16日、子供の高校進学のため満期保険金50万円の学資保険に加入していた)――を経て、運用が変わった。
 中嶋訴訟で最高裁は「生活保護法の趣旨目的にかなった目的と態様で保護金品等を原資としてされた貯蓄等は,収入認定の対象とすべき資産には当たらない」と判断したのだ。
 この裁判の影響もあって、高校・高専レベルの学校の就学費用は、2005年度から生業扶助として生活保護から出るようになった。
 しかし、子供の塾代や大学の進学費用は出ない。家財道具や電化製品の修理・買い替え費用、結婚費用も出ないのが現状。あまりにも切りつめた生活をするのは問題だが、やりくりによる貯蓄を認めるのは当然ではないか。
 なお、住宅が傷んだときの修理費、資格や技能の習得費、就労活動費、就職支度費、出産費、葬祭費は、一定の範囲で生活保護から支給されることになっている。
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2015年12月01日

生活再建をかえって妨げないか?

 手持ち金の実務上の線引きに対しては、ほとんど丸裸にならないと保護を受けられず、厳しすぎるという意見が多い。保護を受けていない段階では、公的な保険料や医療費、水道代などの負担がかかる。生活費以外のお金が乏しいと、就職活動のための交通費や衣服代を出せない、医療にかかりにくいといった状況が続き、生活力が弱って精神的も追い込まれがちである。弱ってから保護するのでは、生活再建がむずかしくなるのではないか、ということなのである。
 保護を受け始めてからも、手持ち金が乏しいと、生活の向上や自立に向けた活動の余裕がなく、かえって保護からの脱却を妨げるのではないか、という指摘が多い。
 2004年12月に出された「生活保護制度の在り方に関する専門委員会報告書」は、破産法の規定を参考に、手持ち金の保有限度額を3ヵ月程度まで認めるべきだという多数意見を示した。しかし、一般世帯とのバランス、国民感情、財政負担などを理由に反対する意見もあったことから、厚労省は保有限度額を拡大していない。いやむしろ反対に、保護基準を下げてしまったのだ
 他の先進国の公的扶助制度では、これほど厳しい資産基準は設定されていない。手持ち金がほぼ完全になくなってから保護するという考え方は、見直すべきではないか。
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